東方己分録   作:キキモ

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十八話 スイーツと兎

「邪魔するよー」

「ああ、妹紅か?どうぞ上がって」

年末が目前まで迫ったその日、妹紅が俺の住む寺子屋の離れの扉を開いた。

 

「おっと、勉強中だったか。悪いな」

正面の机に本を広げたまま振り返る俺に、妹紅は眉尻を下げた。

 

「いや、構わないよ」

正直なところ、扉を開く前にせめてノックくらいはしてほしかったが、既に申し訳なさげな妹紅になんとなく気も削がれ、注意するのはまあまた今度でいいかという結論に至る。

俺は立ち上がると、部屋の隅に重ねた座布団を手に取り、妹紅の目の前に敷いてやる。

「それよりも、今日は随分と早いね」

外に目を向けると、影の傾き具合から、まだ日が高い位置にあることが分かった。

「自警団の会合があったんだろ?早く終わったのかい?」

 

妹紅は、一応は人里の自警団に所属している。

所属しているとは言ってもその扱いは少々特殊で、活動範囲は彼女が住んでいる迷いの竹林に絞られ、主な業務は迷いの竹林入り口と永遠亭間における案内や護衛だけに限られているそうだ。

特殊な形ではあるが自警団の所属と言うことで定期的に開かれる会合には参加しているらしく、よくその帰りに慧音さんや俺に会いに寺子屋に訪れている。

 

いつもなら寺子屋も終わった夕方に来ているのだが、妹紅が訪れた今はまだ昼下がりで、慧音さんも分身の俺も授業の真最中だ。

今は静かだが、あと一時間もすれば、授業終わりにはしゃぐ子供たちの声がここまで聞こえてくるだろう。

 

「逆だよ。いつもなら午後からやるところを、今日は朝っぱらからさっきまでず~~~っとやってたのさ」

「へえ、それはご苦労様」

俺はお茶を淹れようと竈に向かう。

 

「しかし、そんなに早くから会合なんて、何かあったのか?」

竈の薪が湿ってないか覗き込みながら妹紅に問いかける。

「年末だからとか?」

 

「いや、違うよ」

妹紅の声がすぐ近くから返ってくる。

振り返ると、妹紅がいつのまにか俺の傍まで寄ってきていた。

 

「ちょっとどいて」

「あ、うん」

不意に接近していた妹紅に驚きながらその場を譲る。

片手を竈の中に突っ込む妹紅。

その指先からゆらゆらと揺れる炎が不意に現れたと思うと、次の瞬間には薪に火が移っていた。

妖術……というらしい。

便利そうなのでそのうち教えてもらいたいところだ。

それにかっこいいし。

 

「ああ、ありがと」

「どういたしまして」

妹紅は頷くと、俺が先ほど敷いた座布団の上に胡坐を掻く。

俺はそれを見届けると、再びお茶を淹れる準備にかかる。

 

「……ちょっとした事件があってね」

おそらく俺の背中を眺めているのであろう妹紅は、話を再開させる。

 

「事件?」

「そ、殺人事件」

「ひ、人殺し……?」

物騒な響きに思わず手を止めて振り返った。

 

「そうそう。ちなみに現場はこの近くだよ」

「え?嘘だろ?そんな話聞いてないけど」

「嘘じゃないさ」

妹紅は肩を竦めた。

 

「10日ほど前の話だよ」

「10日前?……いや、やっぱり何かあったって話は聞いてないけど」

「本当に?」

「ああ……でも、どうしよう。子供たちを送っていった方がいいよな」

「ん?なんで?」

 

振り返ると、妹紅が僅かに首を傾げ俺を眺めていた。

「だって、会合が長引いたってことは、犯人はまだ捕まってないんだろ?そんなやつがこの辺をうろついていたら物騒じゃないか」

「ああ、なるほどね。それなら大丈夫さ」

口元を上げる妹紅に、今度は俺が首を傾げる。

 

「大丈夫って?犯人は捕まったのか?」

「まあ、お仕置きは受けたみたいよ」

「お仕置きってまた平和な響きを……そこは刑罰とかだろ」

「そんな大袈裟な話でもないさ」

 

「大袈裟って、人が死んでるんだろ」

飄々とした態度の妹紅に、俺は自分の目つきが険しくなるのを自覚する。

「……いや、待った。そもそも誰が殺されたんだ?」

 

「まだ分からないかね」

険を僅かに帯びた俺の視線に、妹紅はなぜか呆れ気味の半眼で応じる。

「分からないって、何がさ」

 

「ん」

短い声とともに俺を指差す妹紅。

「……ん?」

俺は確認の意味を込めて自分の顔を指差す。

「ん」

またも短く声を発しながら、妹紅は頷いた。

 

なぜ妹紅が俺を指差すのか、一瞬分からなかった。

だが、それまでの会話の流れを思い起こし、彼女の行動の意味が至るところをたっぷり10秒かけて理解すると、自然とうめき声が漏れた。

「…………萃香の事件か」

 

「そ」

妹紅がニヤリと笑う。

 

「自警団の地区長どのの内、何人かはこの事態を重く見ているようでね。年末年始だからと浮き足立ってないでいつも以上に警戒するように、だとさ」

「それはなんと言うか……いろいろご迷惑をおかけして申し訳ない」

「ま、悠基が悪くないってことくらいは分かってるさ」

妹紅は小さなイタズラが成功した子供のように無邪気に笑った。

 

 

* * *

 

 

「へえ、これがケーキとやらね」

お茶を淹れた湯呑を置き、俺の正面で胡坐を掻く妹紅は、目の前に置かれたケーキをしげしげと眺める。

「そ。ほら」

「はいどうも」

俺が差し出したフォークを受け取ると、妹紅は早速ケーキを一口含む。

 

「どう?」

「ふむ……甘いな」

どうも幻想郷では俺の作るケーキほど甘いものはないようで、試食した人の半数以上の感想が同じ内容だったりする。

 

「皆同じこと言うよ」

「まあ、美味しいよ」

苦笑する俺を見て、社交辞令気味に感想を言う妹紅。

どうやらそこまで彼女の口には合わなかったらしい。

 

「じゃあ、こっちは?」

俺は妹紅が食べているものとはまた別のケーキを妹紅の前に置いた。

 

「おや、色が違うね」

「クリームに抹茶を混ぜたものだよ。こっちなら口に合うかも」

「それじゃあ一口」

妹紅は淡い緑色のクリームを口に入れると、味わうように瞳を閉じた。

 

「……うん。なるほどね」

満足げな笑みを口元に浮かべる妹紅を見て、俺は軽く安堵する。

「私はこっちの方が好きだな」

「ああ、慧音さんも同じこと言ってたよ」

「だろうねえ」

 

そのまま二口三口と抹茶ケーキを食べていく妹紅。

その姿に満足しつつ、俺も自分のケーキにフォークを入れようとしたそのとき、玄関の扉が再びノックもなしに開かれた。

 

「失礼します」

その台詞は玄関を開ける前に言ってほしいなと思いつつ、俺は玄関口に立つ、葛篭を背負ったウサギ耳の来訪者に軽く手を挙げた。

「やあ、鈴仙」

 

「どうも。置き薬の定期補充に――って妹紅さん?」

玄関に背を向ける形で座っていた妹紅が振り返ると、鈴仙が目を丸くする。

「鈴仙じゃないか。よくここで会うね」

「そうですね。あ、そういえば姫様が寂しがっていましたよ」

 

鈴仙の言葉に妹紅が眉を顰める。

「輝夜が?冗談でしょ?」

「それが、最近よく『誰かさんが来ないから平和ね』ってぼやいてるんですよ」

「それは寂しがってるのか?」

「師匠はそうおっしゃっていました。それから今朝のことですが、このことを妹紅さんにも伝えておくように、とも」

 

すまし顔の鈴仙に、妹紅は視線を逸らしつつ頬を掻く。

「…………だったら、また今度遊びに行くって伝えておいて」

「はい」

 

「なんか嬉しそうだね妹紅」

「なにニヤついてんだ」

二人が話している間に部屋の奥の棚から薬箱を持ってきた俺が茶々を入れると、妹紅は眉間に皺を寄せ睨んできた。

 

「ごめんごめん」

「全く……」

口では謝りつつも頬を緩めたままの俺に呆れたのか、妹紅は腕を組んでそっぽを向いてしまった。

その頬は僅かばかし朱く染まっている。

 

「さて、それじゃあ薬の補充をお願いしようかな」

俺は鈴仙に向き合うと、彼女の前に薬箱を置いた。

「はいはい」

俺と同じように口元に笑みを浮かべる鈴仙は、葛篭を脇に置くと、玄関と居間の間の段差に腰掛け薬箱の中身を確認し始める。

 

「置き薬販売は順調みたいだね」

「ええ、おかげさまでね」

「鈴仙も前よりは愛想が良くなったって評判だよ」

まあ俺がよく世話になる善一さん曰く、マシになった、という程度らしいが。

 

「そう」

鈴仙の返しはそっけない。

だが、俺の言葉を聞いた鈴仙の頬が一瞬緩んだのはばっちり見えていたので、おそらく笑うのを我慢するのに神経を使ったのだろう。

 

「なにニヤついてんのよ」

薬の点検が終わったらしい鈴仙が顔を上げ、俺の顔を見ると同時に半眼になる。

「ごめんごめん」

相も変わらず頬を緩めっぱなしの俺に、鈴仙はため息を吐いた。

さっきもやったなこんなやりとり。

 

「それにしても……」

鈴仙は葛篭を開くと、台帳を取り出しなにやら書き取り留め始めた。

「確か、あなたの家に薬を置いたのは半月前よね?」

「ああ、そうだけど」

 

「……擦り傷切り傷用の塗り薬が六つ、打ち身用の湿布が三枚、バンテージが八枚と……たった半月でこれって、随分と生傷が絶えない生活をしているみたいね。そういった風には見えないけど」

鈴仙は呆れ顔で俺の体を眺める。

 

「ああ…………」

俺は気まずくなり頭を掻く。

「いや、年少組の子が遊び盛りというかやんちゃ盛りというか……」

「呆れた。寺子屋の子供にあげてるの?」

「ああ、うん。まずかったかな」

実際のところ人里の外で活動しているともっとひどい怪我に見舞われかけたりもするのだが、分身は傷をフィードバックしないので自分に薬を使うことは全くなかった。

 

「まあ、親切心で薬を誰に他人に使うのは構わないけど、飲み薬は子供の体に合わないのもあるから与えないように」

「うん。気を付けるよ。おいくら?」

「ええと……これくらいね」

 

「……結構高いな」

「あなたが使い過ぎなのよ」

薬の提示額に頬をひくつかせると、鈴仙の方は尚も呆れ顔で補充分の薬を葛篭から取り出している。

 

うーんほんのちょっと前まで微量ながら蓄えがあったのだが、そろそろカツカツだ。

この前は方々におすそ分けしたけど、妹紅に貰った筍をいくらか残しておいた方がよかったかもしれないと今更後悔する。

まあ、それはそれとして。

 

鈴仙に薬の料金を渡しながら、俺は恐る恐る問いかけてみる。

「……それで鈴仙、お願いがあるんだけど」

「……なによ」

あからさまに怪訝な表情を浮かべる鈴仙。

 

「その、さっきの塗り薬とか、絆創膏とか、置いておく量を増やしてもらうのって、無理かな?」

「……そんなことじゃないかと思ったわ」

鈴仙は嘆息するが、そんなことを言いつつも薬箱に補充する薬の量は以前よりも随分多い。

 

「すまん。助かる」

「どうせ子供のためでしょ」

「まあ、うん」

「お人好しも大概にした方がいいわよ」

「アハハ……」

乾いた笑みではぐらかしてみるが、鈴仙の言葉は耳に痛い物がある。

先日も、お人好しだけが理由でないとはいえ、ルーミアに喰われても可笑しくなかったことをしでかしてたし。

 

「忠告のし甲斐が無さそうね…………まあ」

相変わらずの半眼で鈴仙は睨んでくるが、最後に視線を逸らす。

 

「ん?」

「そ、そのお人好しのおかげで、助かったのも事実だけど……」

鈴仙の言い方からして、俺は鈴仙に対して何か手助けしたらしい。

……思い当たることといえば、俺と妹紅で行った鈴仙の接客指導くらいか。

 

「ああ、どうやら余計なお節介にならなかったみたいだね」

俺は胸を撫で下ろすと、鈴仙は視線を向けないまま首肯する。

「だ、だから、その、感謝……してるというか」

頬を赤らめながらあらぬ方向に視線を彷徨わせる鈴仙。

 

初対面ではそっけなかった鈴仙が、こういう風に感謝してくれると、頬が緩むのを抑えきれないくらい嬉しい。

確か、こういうの、デレっていうんだよな。

そんなことをしみじみと思いながら鈴仙を眺めていると、反応がないのを不審に思ったのか鈴仙がチラリと俺を見る。

 

「…………なんか変なこと考えてない?」

「え?……うーん、そうかも?」

「なにそれ」

脱力したように鈴仙は肩から力を抜いた。

 

「イチャイチャしてるとこ悪いんだけど、ちょっといいか悠基」

不意に声をかけられる。

見ると、妹紅が先ほどまで俺が向かっていた机の前まで移動しており、一冊の本を開いていた。

妹紅に渡したケーキは既に平らげているようで、手持無沙汰になったためか、俺の机に積まれた本に興味を持ったようだ。

 

「い、イチャイチャなんてしてませんっ」

真っ赤になって妹紅の軽口に反論する鈴仙。

相変わらずこの手の話には耐性がないのか、過剰に反応しすぎだと思う。

まあ、見てる分には面白いんだけど、一緒にからかわれた手前俺もちょい恥ずかしいです。

 

「はいよ、どうした?」

とはいえ、そこまで動揺する訳でもなく妹紅の言葉を流した俺は、妹紅の開いた本を覗き込む。

「これ、外来本だよな」

彼女が膝の上に広げているのは、外の世界の女性向け雑誌だ。

 

「うん。あ、借り物だから汚さないようにね」

「この頁、思いっきり癖ついてるけど」

タイトルにスイーツ特集と記されたページを妹紅が指し示す。

見開きでいくつもの色彩豊かなスイーツが並べられた写真が使用されており、写真の空いたスペースに紹介文を記すレイアウトだ。

 

「それは……まあ、参考資料だから仕方ないってことで」

「そうかい」

妹紅はクスリと笑う。

 

「それにしても、外の世界では甘味をスイーツ?なんて呼び方をしてるみたいね」

「ああ、そうみたいだね。外来語を使うと言葉の響きがお洒落になるからだと思うよ」

「へえ。それにしても、この本のケーキとやらは随分と豪勢だな」

妹紅はフルーツをこれでもかと盛り合わせたショートケーキの写真を指差す。

スイーツというより、誕生日ケーキと言った方が違和感のないボリュームで、並べられた他のスイーツと比べ存在感がありすぎて明らかに浮いていた。

 

「材料さえあれば、ある程度の再現は出来るんだけどねえ」

俺は自分の更に盛ったケーキを見る。

 

今回は蜜柑や林檎を盛り付けに使用したが、色彩的に物足りない感がどうしても残る。

いうなれば、スイーツ(未完成)だ。

蜜柑だけに。

うん、くだらない。

 

「こういうのもできるの?」

妹紅はマカロンの写真を指差しながら言った。

「作り方は分かるし材料も一応はあるから、いつかは作りたいとは思ってるよ」

とはいえ、幻想郷にはオーブンがないから、この辺りも代替案を考える必要があるんだよな。

 

「ふーん。今回の抹茶を入れたやつは美味かったから、また新しいのを作ったらまた食べさせて頂戴よ」

「気に入ってくれたのは嬉しいし、それくらいは構わないけど、ちゃんと甘味処にも買いにきてよ」

俺は苦笑しつつ、ふと鈴仙を振り返る。

 

「あ、そうだ鈴仙」

「……なによ」

鈴仙がジト目で睨んでくる。

未だに顔が赤いのは、妹紅に茶化されたことよりも、むきになって大袈裟に反応したことに気付いて恥ずかしくなってるのだろう。

 

俺はケーキを盛った自分の小皿を鈴仙に差し出す。

「よかったら、これ、試食してみてくれない?」

「……このケーキ、あなたが作ったの?」

「うん。あ、食べようとはしてたけど、まだ手をつけてはないから」

「それなら、まあ、いいけど」

 

鈴仙は俺から皿を受け取ると、縁のフォークを手に取った。

「外の世界では、もうこんなものがあるのね」

「ああ。再現するのになかなか苦労したんだ」

「ふーん」

 

胸を張って主張したらそっけない反応を返される。

いやまあ興味がそれだけケーキに向いていると前向きに考えよう。

視界の隅で妹紅が苦笑しているのが見えた気がしたが気のせいだろう。

 

そんなことを考えつつ固まっている俺を無視して、鈴仙はケーキを一口味わう。

「……美味しいわ」

「ほんと?」

「ええ、正直驚いた」

目を丸くして口元を片手で隠す鈴仙は、お世辞抜きに正直な感想を口にしているっぽい。

「ほんとに?」

「ん……しつこいわよ」

なおも問いかける俺に鈴仙はジト目を向けるが、なんだかんだでフォークを動かす手は止めない。

 

……正直ここまでガチな反応をしてくれると、めっちゃ嬉しい。

 

「ハハハ、口にあったなら、まあ、うん。良かったよ」

「悠基、顔が赤いぞ」

妹紅が面白い物でも見るような目で俺を見る。

 

「いやあ、ここまで気に入ってくれると、照れるね」

「…………」

鈴仙はケーキを食べつつ俺を見据えるが、否定しないあたり俺の言っていることも間違っていないようだ。

 

「あ、そのケーキだけど、来月からそこの通りを左に曲がった先にある甘味処で出すつもりなんだ」

「へえ……て、あなたって確か、ここの寺子屋以外でも働いてるんじゃなかったの?」

「新しく兼業するんだ。というわけで、これからはこのケーキ作りでも食っていくつもりだから、ぜひ買いに来てよ」

 

「……その内過労で倒れそうね」

意気揚々と宣伝していると、鈴仙からまたも耳に痛いお言葉を貰った。

……まあ、分身しているとはいえ、確かに現時点で手伝い程度ではあるが複数兼業しているし、さらに追加となると大変だろう。

とはいっても、慧音さんの補佐は期間限定の仕事だし、それまでの辛抱だ。

 

「ま、ほどほどに気をつけるよ」

「信用ならないわね」

「ハハ、確かに」

鈴仙がため息をつくと、妹紅も呆れ気味に笑う。

そんなに信用ならないかなあ。

 

「あ、宣伝といえば、コレ」

ケーキを食べ終えた鈴仙が、思い出したように葛篭から一枚のチラシを取り出し手渡してきた。

 

鈴仙から受け取ったチラシには、でかでかと「月都万象展」と書かれている。

「えーと、げ、げっとばんしょうてん?」

「ああ、またやるのかい?」

妹紅が横からチラシを覗き込む。

 

「以前好評だったので定期的に開催することになったんです」

「へえ、ってことは、竹林の案内の仕事もまた忙しくなりそうだな」

「あ、もし大変なら、兎を遣わせますけど」

「別にそこまでではないさ。それにいつもは暇だし、こういうときくらい自警団の使命を全うさせてもらうさ」

妹紅は鈴仙に応じつつ、肩を竦めた。

 

「これって、何かの博覧会なの?」

開催場所に永遠亭と書かれたチラシに目を通しながら、俺は二人に問いかける。

「ま、一言で言えばそれなりに珍しい物が見れる展覧会だな」

「シンプルに纏めましたね」

鈴仙が苦笑する。

 

「珍しい物って?」

「それは見てのお楽しみってとこかな。そういえば、今回もアレやるの?」

妹紅に問いかけられた鈴仙はやけに疲れた顔で答えた。

「まあ、好評でしたので……」

 

「そりゃご苦労様ね」

「アハハ……」

二人が何を話しているのかは分からないが、鈴仙の乾いた笑いからして彼女的には気が進まないものらしい。

 

「まあ、どこかで時間を作って見に行くよ」

「そ。まあ、お客様としてなら喜んで歓迎するわ」

鈴仙はどこか含みのある言い方をする。

 

妹紅は彼女の言いたいことに思い至ったのか、目を細めた。

「患者としてなら?」

「……嫌々歓迎します」

ああ、なるほど。

まだ過労で倒れないか心配しているのか。

 

「鈴仙は心配性だなあ。別に前科があるってわけでもないんだから」

「あなたのそういうところはなぜか信用できないのよね……」

鈴仙を安心させようと笑顔で言うと、ため息をついて返された。




布石とかフラグとかをばら撒きつつ私的にほのぼのと会話するお話でした。
ネタバレというほどではありませんが、最後の方で妹紅と鈴仙が言っていたアレというのは月兎の餅つき企画的なアレです。
分からない方は書籍の東方文化帖をご覧ください(ダイマ)。

私情ですが、年末辺りから多忙で、更新が遅くなりがちです。
これからもしばらくは忙しいままなので、楽しみに読んでくださる方々には申し訳ありませんが、気長にお待ちいただけると幸いです。

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