東方己分録   作:キキモ

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前回からの続きとなっています。


十六話 成果

ホールの……といっても円柱型ではなくドーム型のショートケーキを八等分を想定して切り分けた俺は、アリスと魔理沙、そして自分でも試食するために一切れずつ小皿によそう。

このときのために用意した数本の銀製のフォークは、里のとある道具屋でそれなりの大枚を叩いて購入したものだ。

わざわざ言うようなことでもないので魔理沙には黙っておくが。

 

作業場と称した奥の部屋から、普段の生活で使用している玄関前の部屋のちゃぶ台に切り分けたケーキを並べ、三人で卓を囲む。

 

「上海、蓬莱、ご苦労様」

アリスが巨大なトランクを運んできた二人を労う。

その光景を尻目に、魔理沙は目の前のケーキを興味津々と言った様子で観察する。

「ショートケーキねえ。外の世界の食べ物か?」

 

「そんなところかな。っとと」

トランクを置いた上海と蓬莱だが、久しぶりの俺との再会が嬉しいのか、一直線に俺に向かってとんでくると、胡坐を掻いた膝の上に着地する。

なんだこの可愛い生き物……まあ生き物ではないんだろうけど、普通に心癒されるので頭を撫でてやる。

 

そんなことを思いながら、魔理沙の質問に答える。

「まあ、ショートケーキといってもこれは俺としては不完全だな」

「不完全?」

「まあね。ショートケーキといえばそのトッピングに使うのは苺だ。ショートケーキイコール苺と言ってもいい。他の果物も使われるがやはり王道といえば苺だろう」

「これは……ジャムか」

俺の熱い語りを、おそらく半分以上聞き流しながら魔理沙が呟いた。

 

「……その通り。流石にこの季節に苺は用意できなかった」

「確かに苺の収穫時期は春だものね」

アリスも魔理沙と同様に目の前のケーキを観察する。

「でも、いくら保存のきくジャムとはいえ、手に入れるのは難しかったんじゃない?」

 

確かにアリスの言うとおり、幻想郷にはビニールハウスも温室といった季節はずれの果物を育てる施設もないし、冷蔵庫や冷凍庫といった長期保存できる機器ももちろんないので、真冬のこの季節に苺のジャムを入手するのは難しかった。

しかしながら奇跡的に、商家の地下倉庫に保管された僅かなジャムを、こちらもそれなりの額で譲ってもらった。

 

「ああ。正直なところ幻想郷に来て一番の出費と言っても過言ではなかった。阿求さんのところで働いてなかったら借金をする可能性すらあったね」

「……さすがにそれは冗談だろう」

「半分くらいは」

「半分か……」

困惑顔の魔理沙に真顔で答えると、魔理沙は呆れ顔になり額に手を当てる。

 

「しかし、それだけの価値はあるはずだ。今回はケーキの試作がなんとか形になったのを祝して、ふんだんに使用した」

苺ジャムの使用を判断したのは分身の俺だが、グッジョブだ。

「さあ、せっかくだし、試食してってよ」

 

俺の言葉にアリスと魔理沙は互いの顔を見合わせると、フォークを使い一口分、口に運んだ。

それを見届けた俺も、一旦上海蓬莱を撫でるのをやめ(ずっと撫でていた)、目を閉じて自分のケーキを一口味わう。

 

うむ。

やはり味は少々荒いが概ね予想通り。

自分なりに調査した結果、幻想郷にはパンはあってもケーキがないことは確認済みだ。

ならば、このクオリティのケーキはそれなりに流行るのでなかろうか。

特に、苦労して完成にこじつけたホイップクリームの食感は俺の世界の物と比較してもそこまで劣ってない……と思う。

とはいえ、やはりジャムではなく普通の苺を使いたかったなあ。

いやでもいい出来だ。きっと、いや絶対流行る。

と、俺は確信を持ちながら目を開いた。

 

「どう?」

目の前の二人の少女に感想を請う。

 

「そうだな」

まず魔理沙が切り出した。

「黄色いのは、パンかと思ったが、食感が違うな。どちらかといえばカステラに似てる」

 

「え?あ、ああ。そこはショートケーキの土台、スポンジケーキだよ。確かにカステラにも用いられる薄力粉を使っている。とはいえ、この食感で焼き上げるのは大変だった。外の世界ではオーブンを使うけど、こっちにはオーブンも型も無いからね」

魔理沙には理解できない単語が混じることを承知しつつも、俺は説明を続ける。

「形がドーム状ぎみなのは土鍋を使って焼き上げたからだ。だが、それよりも常に火力を一定に保つのが大変でね。里の鍛冶屋の子にコツを教えてもらいなんとかこの質まで仕上げたんだ」

 

「ふむ。よくは分からんが、随分と研究してるようだな」

魔理沙が腕を組み頷く。

正直なところ語りすぎかもと自覚はしていたのだが、魔理沙が案外普通に聞いてくれたのは素直に嬉しい。

 

「これは、牛乳?」

アリスは口の中の食感を確かめるように目を閉じる。

「不思議な食感ね。口の中で溶けていくわ」

 

「ホイップクリームだな」

俺はうんうんと頷く。

「このクリームの作成が一番苦労したんだ。何しろ外の世界では生クリームから作るんだけどこっちにはそんなものないからね。生乳の脂肪分を濃くしたもの程度の知識はあったけど、さすがに製法までは分からなかったから、それなりに試行錯誤したんだ」

 

「生クリームからってことは、その生クリームを加工してこのホイップクリームとやらを作ったわけだな」

魔理沙が二口目を口に運びつつ言う。

「ホイップ……whipかしら?この場合は刺激した生クリームということ?」

「いや、多分だけど、泡立てたって意味だと思うよ」

首を傾げるアリスに、俺は自信がないながらも答える。

 

「スポンジケーキもなんだけど、ケーキの材料は泡立てて細かく空気を入れて作るんだ」

「なるほど、だからこの食感なわけね」

「ああ。ちなみにこの泡立て作業だけど、霖之助さんのところで買った道具のおかげで随分捗ったんだ」

「香霖か?ああ、そういえばこの前後生大事になにか抱えてたな」

「そのときに買ったのがステンレス製のボウルと泡立て器だ。それまでは菜箸を束ねた物と木製のお椀で代用していたが、やっぱりこっちの方が断然良かったね。まあ、霖之助さんにとっては泡立てるための道具というものにそこまで意義があるのか疑問だったみたいだけど」

 

「しかし牛乳ねえ。その様子じゃそれなりに材料を使ったんじゃないか?」

「いい質問だ魔理沙」

「いい質問なのか」

「いい質問だとも。なにしろ材料の工面も頑張ったからな」

正直ちょっと褒められたいところでもある。

 

「報酬の卵と牛乳のためにほぼ毎朝、日が昇る前に起床して里の農家の手伝いをしていたんだ。二人が今食べてるそのケーキも、今朝花子の乳を搾って採ったものだよ。あいらには随分世話になったな……」

俺はここ一ヵ月掃除やら餌やりやらで世話をした乳牛たちの姿を思い起こす。

 

「あ、ちなみにちゃんと煮沸処理してるから雑菌は大丈夫なはずだ」

「あ、ああ。別にその点は心配してないが、この季節に毎朝か」

「毎朝さ。暖かい布団から出るのはすさまじい試練だった」

「そりゃ大変だっただろうな……大したもんだぜ」

「ありがとう魔理沙。もっと褒めてもいいぞ」

「お、悠基。随分浮かれてるな」

「もちろん。有頂天だ」

鼻高々に胸を張る俺。

 

と、そんな俺の顔にアリスがちゃぶ台から身を乗り出して、手を伸ばしてきた。

…………え、なに?

「あの、アリス」

俺は驚きながらやんわりとアリスの手を止める。

「この手は何かな?」

「何って、褒めろって言うから」

「言うから?」

「頭を撫でようかと。上海と蓬莱も喜んでるし」

……なるほど?

 

「……普通に恥ずかしいんで勘弁してください」

「そう」

アリスは手を引きながら体勢を戻しつつ俺に問いかける。

「落ち着いた?」

 

首を傾げるアリスに、俺の中で「ああ、そういう」と合点がつく。

「……ああ、頭が冷えたよ。あの、鬱陶しかった?」

「少し」

少しじゃなかったんだろうな……。

「……そっすか」

 

「悠基。その割には顔が赤いぜ。私が代わりに撫でてやろうか」

「うるさい。あまり大人をからかうなっ」

自分の頬がやや染まっていることを自覚しつつ魔理沙に対して少し口調を荒げる。

……でも多分これは大人のする対応ではないんだろうな。

 

「そ、それより二人とも、感想を聞きたいんだけど」

「「感想?」」

揃って首を傾げる二人に俺はため息をつく。

 

「ケーキの味だよ。二人ともどうやって作ったかってことを訊いてばかりじゃないか」

魔法使いゆえの研究者気質なのかもしれないけど。

 

「でも悠基もノリノリで説明してたよな」

「確かにそうね」

「そ、そりゃまあそうだけど、それはそれとして、俺としては一番聞きたいのは味の感想。美味かったかどうか、だよ」

咳払いをしつつ半眼になる俺に、アリスも魔理沙もお互いの顔を見合わせる。

 

「そうだな……甘かった」

「甘かったわね」

「……出来ればもう少し具体的な感想がほしいかな」

俺は眉根に皺を寄せる。

 

「美味いと言えば美味いが、私にはちと甘すぎるぜ」

「うーん確かに、和菓子と比較すると砂糖は多めだし、少し甘さは控えた方がいいか」

「あら、私としては、食感も味も新鮮だったわ。そういう意味ではそれなりに甘い方がいいとんじゃないかしら」

「ああ、確かにそういう見方もあるのか」

俺は二人の意見に頷きつつ問いかける。

 

「いやでもあれだな」

魔理沙が腕を組む。

「酒の肴にはあまり、って感じだな」

「確かに」

魔理沙の言葉にアリスが即答し、力が抜ける。

 

多分二人ともショートケーキは初めてのはずなのだが、期待していたほど反応は芳しくない。

「やっぱり代替品じゃあまり美味しくないか……苺さえあればなあ」

「いや、美味いと思うが、苺が乗るとそんなに違うのか」

「まあ苺に限った話じゃないけど、やっぱり瑞々しい果物が乗ってると違うよ。少なくとも俺はそっちの方が好きなんだよな」

魔理沙に答えながら、俺は目の前の自分のケーキを眺めた。

 

 

* * *

 

 

暫くアリスや魔理沙と話した俺は、彼女たちが帰宅した後、里のとある甘味処に訪れていた。

「こんにちわ」

暖簾を潜りつつ声をかけると、配膳をしていたらしいお盆を抱えた看板娘の千代さんが振り返る。

「あら、悠基さん。いらっしゃい」

「どうも」

頻繁に来ているのもあって顔もそろそろ覚えられている俺は、軽く会釈をしつつ店内を見る。

 

一応書入れ時となる時間を避けてきた甲斐あって、今は店内の客はそれほど多くない。

俺はそれを確認しつつ、千代さんに問いかける。

「玄さんと話がしたいんだけど、いいかな?」

「お父さんね。呼んでくるから席で待ってて」

「ありがとう」

俺は千代さんが示した席に腰掛けると、彼女の父親を待つ。

この甘味処は、玄さんとその一人娘の千代さんの二人が営んでいる。

いつもならば甘味やお茶を楽しみに待つところだが、今日はやや緊張気味だ。

 

なぜかというと、そもそもの話として、俺がショートケーキをわざわざ幻想郷で再現しようとしたのかという話になる。

 

俺は今、慧音さんと阿求さんのもとで仕事を掛け持ちしている。

ただ、慧音さんの寺子屋補佐はほとんど慧音さんの温情によるところが大きい。

更に言えば、丁度今は農家がオフシーズンであるため生徒数が多く俺の仕事もあるが、春頃になれば状況も変わるだろうし、俺だっていつまでも世話になるわけにはいかないと考えている。

阿求さんの下での調査も、阿求さん曰く、将来的に安定した職業ではないとのお言葉を預かっている。

 

つまり、現状俺は無職予備軍なのだ。

そんなわけで将来的に安定した仕事に就く、というのが幻想入りしてからの俺の目的の一つとなるわけである。

しかし、現代っ子でひ弱な大学生であり、幻想郷の明治時代の生活すらままならない俺に選択肢は限られる。

そこで俺が見出した答えが、即ち。

 

「よう悠基」

「こんにちは、玄さん」

千代さんに呼ばれ俺の正面に着く玄さんに、俺は頭を下げる。

「さて、その様子じゃあできたようだな」

「はい。こちらに」

 

俺は風呂敷に包んだ重箱を玄さんに差し出す。

玄さんは、風呂敷を開き箱を慎重な手つきで開け、そこに置かれたふた切れのショートケーキを繁々と眺める。

 

「いかがですか?」

「ふむ……まあ、食ってみねえとなんともな。二つあるってことは、千代の分だな。これは」

「はい。小皿とフォークを用意しました」

「ようし。おい、千代!」

 

現代っ子の俺が幻想郷で職につくために出した答えが、菓子作りの腕を見込んで雇ってもらうことだ。

明治時代からそれほど発展していない幻想郷で、ケーキは物珍しいだろうし、需要はある筈だ。

ケーキの売り込みは、俺の菓子作りの腕前を認めてもらうという目的こそあるが、それ以上に重要なのは、ケーキがそれなりの売り上げがあると見込んでもらうことが目的だ。

なにしろ現状俺を雇わずとも、この甘味処は玄さんと千代さんの二人で十分人手は足りている。

つまり、ケーキの売り上げが俺を雇っても十分黒字になると考えてもらうことが最低条件なのだ。

 

そこまで思考を巡らせながら、俺は目の前の親子を見る。

二人揃って、フォークで一口大に切り分け味わっている。

 

「あら、おいしい」

最初に感想が出たのは千代さんだ。

「いいわね、これ。ホッペがとろけちゃいそう」

と、満面の笑みを浮かべ頬に手を当てる。

 

結果がどうなるかは分からないが、苦労して作ったものを喜んでもらえたのは単純に嬉しい。

「そうですか」

やや高揚した声色で頬を緩める俺だが、肝心の店主であり菓子職人である玄さんの答えがまだ無い。

俺は気を引き締めなおすと、玄さんを見る。

 

目を閉じ、何か考えていたらしい玄さんだったが、暫くしてその口端をニヤリと上げた。

「なるほど。確かにこれはいいな」

「本当ですか」

「ああ、売れるな、これは」

 

その返事に思わずほっと息をつく。

 

「だが」

頬を緩めていた玄さんが、口元を引き締めた。

厳しい顔つきになった玄さんに、俺は再び気を引き締める。

 

「ここからは商売の話だな。千代」

「あ、はい」

声をかけられた千代さんは、店の奥に早足で駆けていく。

暫くして戻ってきた彼女は、算盤を手にしていた。

「悠基、これ一切れの原価はいくらだ?」

「…………そうですね」

 

俺は算盤を弾く。

実際のところ、俺もその点は無視できない問題だと思っていた。

実は生乳から得られる生クリームの量はそれほど多くない。

俺の作り方が今ひとつ下手なのかもしれないが、もう少し洗練したとしても、大量の牛乳は必要になるだろう。

玄さんに渡したケーキには高価なジャムを用いているが、これは特例なので省く。

それにしたって、それなりの数字を示す算盤を、俺は玄さんに苦虫を噛み潰したような顔で渡す。

 

「ざっとこんなところですね」

「……高いな」

「はい」

玄さんは算盤を弾き、数字を足していく。

 

「一ヶ月でこれくらい売れるとするなら……まあ、これくらいの値段でなんとか収益だな」

算盤を見て、眉根に皺を寄せる。

「ちょっとした高級菓子ですね」

「そうだな」

「厳しそう……ですね」

「ああ、その通りだ。だがな」

半ば諦め意気消沈していた俺の顔を真っ直ぐ見据え、玄さんは再びニヤリと笑う。

 

「逆に言うなら当たると凄いぞ。これは」

「え?」

 

「俺の予想だが、最初は売れねえな。誰だって、わけの分からないものに高い金は払いたくはねえ。だがな、認知度が上がれば状況は変わる可能性はある」

職人気質の玄さんだが、たまに出る言葉の中には、外来人のような単語が混じり、ギャップのせいか知性的にも見える。

「実際問題、これの美味さを知った俺からすると、この額は少々高いが、払う価値はある、と考えている」

「あ、私もー」

のほほんとした様子で千代さんが頷く。

 

「あの、じゃあ」

「ま、そうだな。試験雇用ってやつだ」

その言葉に、俺は胸を撫で下ろす。

 

「とはいえ、試験は試験だ。3月までの売り上げ次第、だな」

それに、玄さんの温情によるところもあるのだろう、と俺は微笑む。

「はい!よろしくお願いします!」

 

 

と、まあこういった経緯で、幻想入りした俺は、三つの仕事を掛け持ちする次第となったのである。




ほとんど解説回となってしまいました。
主人公は生き生きと語っていますがぶっちゃけこんな感じでケーキが出来るのかどうかは作者は分からない模様。
まあ出来るということにしてくださいお願いしますなんでもはしません。
主人公がケーキを作れる理由についてはまた別の機会に書ければなあ、とは思います、
次回はほのぼの日常回になるはずです多分。

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