東方己分録   作:キキモ

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十五話 天下取り

稗田邸の書斎は、阿求さんの仕事部屋でもあり、俺がその日の里の外での調査報告をする場でもある。

今日は珍しく、分身を消したり消されたりといったことがない、有体に言えば生還したわけだが、同時に妖怪を見かけることもほとんどなく、成果は非常に芳しい。

 

「……とまあ、そんな具合です」

俺は手帳に記したメモを確認しつつ、短い口頭報告を締めくくる。

 

「まあ、言い様によっては平和、ということでしょうか」

「そうかもしれませんね」

阿求さんのコメントにしては、辛辣な言葉がないので密かに安堵する。

 

「ふむ、まあ、今年も残り僅かですし、次のお仕事はまた来年としましょうか」

「あと一週間ほどで今年も終わりですね」

僅かと言っても仕事納めには早いと思ったが、恐らく年末年始と稗田家でもいろいろと忙しいのかもしれないと俺は勝手に納得する。

 

「ええ。それでは、今年はご苦労様でした。来年もよろしくお願いします」

「あ、こちらこそ、よろしくお願いします」

礼儀正しく頭を下げる阿求さんに、慌てて応じる。

しかし、さすがは豪邸のお嬢様……いや、当主と言うべきか、お辞儀一つとっても様になってるように見えてしまう。

 

「ああ、そういえば」

と、頭を上げた阿求さんが俺を見つつ口端を上げる。

「聞きましたよ」

「何をですか?」

「悠基さんの噂ですよ」

「ああ…………」

 

俺は頭痛がするのを感じ眉間に皺を寄せる。

「どういった内容ですか」

「そうですね、一番酷いものだと……」

阿求さんはクスクスと笑いながら話し始める。

 

一週間前、寺子屋で萃香に襲われた俺だったが、その時の話が盛りに盛られて広まっているらしい。

 

実際のところは意味も分からないまま瞬殺されただけなのだが、それがどういう訳か、萃香と死闘を繰り広げたことになっている。

というか噂の出所は間違いなくその場に居合わせた寺子屋の年少組の子供たちだ。

そこから子供特有の感性で寺子屋の生徒を中心に噂に尾ひれがつけられながら広まった結果、鬼と戦った外来人というとんでもない称号が付けられている。

 

「一週間ほど前、突如として寺子屋に現れた鬼から子供たちを護るために丸一日の死闘を繰り広げ、最後に草薙の一振りで鬼を打ち負かした、とか」

「……とうとう倒しちゃいましたか」

昨日聞いた話ではまだ追い払った、という程度だったはずなのだが。

草薙の剣は一体誰が入れ知恵したんだ。

 

「ふふふ、一躍里の人気者ですね」

「いや、笑い事じゃないんですよ実際に」

俺は頭を抱えたくなる衝動を堪えながら応じる。

 

「里の退治屋さんには商売敵として見られますし、子供たちにはやってもいない戦いの話をせがまれますし、親御さんに感謝されたときはもう罪悪感すら感じてますし……」

「誤解は解かないんですか?」

「それはもちろんです。むしろ積極的に誤解だと伝えて回ってるんですが……その……」

「逆に強さをひけらかさず謙虚な方だと評されているわけですね」

「……見てたんですか」

「ふふふ。途方に暮れてましたね」

「アハハ……ハア……」

 

心から可笑しそうに笑う阿求さん。

彼女のこんなにも無垢に笑う姿は初めてだ。

まあ俺は乾いた笑いしか返せないが。

 

「まあ、人の噂も七十五日と言いますし、その内噂も落ち着くでしょう」

「…………ですね」

それでも暫くは誤解を解いて回る必要がありそうだと、俺は内心ため息をついた。

 

 

* * *

 

 

翌日、阿求さんから暇を頂いた俺は里を歩いていた。

 

今日は慧音さんの寺子屋も年末前の最後の授業を控えた休日ではあったが、里の中での用事があった。

だが、家での作業もあり、分身が家で控えている。

 

朝からちらほらと雪が降ったり止んだりを繰り返していた。

積もらない程度に降る雪は、地面を泥濘らせており足場は非常に悪い。

ただ、この日の俺はどこか浮かれていて、足元に気をつけながらも足取りは軽く、鼻歌さえ歌っていた。

 

「ふんふんふーん」

と、口ずさむのは『ジングルベル』。

今日は12月25日、クリスマスだ。

 

と言っても幻想郷にはクリスマスを祝う習慣もなく、人里もいつも通り、大晦日や正月に備えた年末ムードである。

特に何かがあった訳ではない。

ただ、子供に夢を与えるこの日が、俺は無性にワクワクする。

別にこの歳になってサンタを信じているわけでも、親にプレゼントをせびるわけでもないのだが、おそらく子供の頃の記憶が自然と気分を高揚させるのだろう。

いつまでも少年の心を忘れないって、大切なことだよなうんうん。

 

「あ、先生」

「ゆーきせんせー!」

浮かれる自分を騙しながら歩いていると、背後から声をかけられた。

 

「お。春、伍助、こんにちは」

寺子屋の年長組、年少組で通う兄弟に軽く手を上げる。

 

「こんにちは、先生」

「こんにちは!」

挨拶は必ずすること、というのは慧音さんの教えで、それを怠ると厳しい罰則の頭突きが待っている。

二人とも、どうやらその教えは身に着いているようだ。

 

「おお、いい挨拶だ伍助」

「だろー!」

ちなみに、うっかり者の弟、年少組の伍助の場合は、頭突きが身に染みていると言った方が正しい。

 

「ご機嫌ですね」

姉であり年長組の生徒でもある春がクスクスと笑う。

鼻歌を聴かれていたようだ。

 

「ああ、聴かれていたか」

声を抑えていたとはいえ、聴かれてもいいか程度には開き直っていたいたが、それでも若干恥ずかしい。

 

「先生はどちらへ?」

「ああ、最近生徒たちに噂になってる物を見に」

「先生のことですか?」

「そっちの噂はいいから」

春の返しに俺は苦笑する。

 

「私たちもそれを見に行こうとしてました」

「ああ、でもこの天気だからな。ちょっと微妙かなあとは思ってるんだけど」

今はまだ曇っている程度だが、灰色の空からは、いつ白い雪が降ってきてもおかしくない。

 

「絶対やるって!絶対!」

「弟がこう言っているので」

伍助の力強い言葉に春が眉尻を下げる。

 

「せんせーも行こうぜー」

「そうか。じゃあ、俺もご一緒しようかな」

「ええ、では行きましょうか」

伍助の提案に俺が応じると、春が微笑む。

俺たち三人は、泥濘に気をつけながら歩き始める。

 

「そういえばせんせー」

「ん?」

「さっき歌ってたのは何の歌なんだ?」

「ああ、『ジングルベル』か?まあ……遠い異国の歌だよ」

「どんな歌なんですか?」

「ああ……」

 

教え子たちにクリスマスの定番ソングを教えながら、俺は目的地に向かった。

 

 

* * *

 

 

「ジングルベールジングルベール鈴が鳴る♪」

「ヘイ!」

「今日は楽しいクリスマス♪」

「ヘイ!」

春が歌い、伍助が合いの手を入れる。

 

にこやかに『ジングルベル』を歌う兄弟は、見ているだけこっちまで楽しくなってしまうほど微笑ましい光景だ。

ついつい頬が緩みそうになる。

うちの教え子超可愛い。

 

とはいえ、にやけ顔で同行していると変質者として見られかねないので我慢する。

せちがらいぜ……。

 

「あの、先生」

春が戸惑った様子で尋ねてくる。

 

「ん?どうした春」

「この合いの手って本当に必要なんですか?」

「ああ。必須だ」

 

「……嘘ですよね」

我慢していたつもりだが結局顔に出ていたようだ。

「まあまあ、伍助も楽しそうだし」

「へい!」

「そうなんですけど」

 

しれっと嘘を交えつつ二人と歩いていると、人だかりが見えてきた。

「お、どうやらやってるみたいだな」

だいたい30人ほどか。

大半が子供だが大人も予想以上に多い。

 

「やったー!」

「あ、こら!」

伍助が歓声を上げ人だかりに突っ込んでいくと、春が慌ててその後を追う。

そんな二人を微笑ましく思いながら、俺もゆっくりと人だかりへ近づいた。

 

「お、いたいた」

子供たちの頭越しに、目的の人物を見つける。

 

たくさんの人形が宙を舞い、慌しく作業をしている。

その中心に立つのはアリスだ。

 

最近寺子屋の子供たちを中心に、たまに里で催される人形劇が話題になっている。

だいたい一月ほど前、俺が幻想入りしてから少し立った頃から催されているようで、子供受けの良い童話や昔話などを題材に、人形たちがまるで生きているかのような立ち振る舞いで演じているらしい。

それにしても、小さいとは言え舞台セットまで組み立てられたりと、予想以上に本格的だ。

 

「よお悠基」

声をかけられ振り向くと、いつもの魔女スタイルに、手編みなのか毛糸のマフラーを分厚く巻いた魔理沙がヒラヒラと手を振りながら近づいてくるところだった。

「やあ、魔理沙」

 

「お前も見に来たのか」

「魔理沙もかい?」

「いや、私は主催側だ」

「主催?」

俺は隣に立つ魔理沙と作業中のアリスを交互に見る。

 

「へえ、魔理沙とアリスの二人でやってたのか。それは知らなかった」

「いや、いつもはアリス一人さ。今回はまあ特別だ」

「特別って?」

「脚本を書いたのさ」

「魔理沙が、か」

そういうの書けるのか。

 

「私が、だぜ。意外って顔してるな」

「……それは、まあねえ」

「まあ見てな。今回のは悠基でも楽しめる話だ」

「ふーん。どんな話?」

「もちろん、見てのお楽しみだな」

「じゃあ期待しとくよ」

「ふふん」

魔理沙はやけに得意気だ。

 

「しかし、思ったよりも盛況だな」

「ああ、私もこの前初めて知ったんだが、まさかアリスがこんなこと始めてるとは思わなかったぜ」

そこでふむ、と魔理沙は腕を組む。

 

「なあ悠基」

「ん?」

「アリスがあんなことを始めたのはお前が幻想郷に来てかららしい。何か知らないか?」

「うーん……さあ。少なくとも俺は関係ないと思うけど」

「そうか」

首を傾げる魔理沙を横目に、俺はなんとなく心当たりがあった。

 

俺がアリスに案内され人里を歩いていたときの、アリスと慧音さんの会話を思い出す。

『魔理沙の言うところによると、君はいつも家に篭りきりだそうじゃないか』

『アイツ……』

 

まさか、そんなことを気にして……いやいやまさか。

さすがにそれは邪推しすぎか。

いやでも意外とあるかも……。

 

そんなことを考えていると、周囲のざわめきがだんだんと静まっていく。

見ると、人形用の小さな舞台が完成しており、アリスがその横に立ち観衆をゆっくりと見回す。

アリス自身は一言も発していないが、その振る舞いが、始まることを示している。

 

「お、始まるようだな」

「ああ」

俺にしか聞こえないように声を抑えた魔理沙の囁きに頷く。

 

「ちなみにだな」

「ん?」

「話の題材は、今一番ホットな話、だぜ」

「…………」

 

とても嫌な予感がする。

 

 

* * *

 

 

さて、アリスの人形劇だが、かなりの大盛況に終わった。

公演中も人が増え、気付くと50人近い人々が皆アリスの人形劇に見入っていた。

 

そんなわけで、公演も終わって一刻ほど。

片付けも終わったアリスは、俺と魔理沙とともに里を歩いている。

俺たちの後ろでは、巨大なトランクを抱えた上海と蓬莱がふよふよと飛びながら着いてきていた。

「いやあ、中々に賑わったなあ」

「ええ」

隣を歩く魔理沙が満足げに笑うと、アリスも口元に微笑みを浮かべながら頷く。

 

魔理沙の告知通り、アリスの人形劇は最もホットな話、つまり俺と萃香の誇張された話だった。

昨日阿求さんから聞いた話以上に壮大に脚色され、萃香と俺の死闘は三日三晩におよび、最後には致命傷を負った俺の最後の一振りが萃香を捉え、相討ちとなり果てていた。

突っ込みどころ満載の混沌とした内容だったがそれでも要所要所に魅せる物があった。

 

「ほんとに、見事な劇だったよ」

俺はというと、額に手を当てたうんざり顔を見せていた。

 

「ハハハ、悠基も気に入ったか」

「ああ、正直なところ、出来が良かっただけに複雑だ」

最後の方とか俺死んでたし。

 

「その言葉が引き出せたなら、まあ合格だな」

魔理沙はうんうんと頷く。

 

「ていうか、いつの間にあんな演劇準備したんだ?噂が流れたのなんて最近だったのに」

「ああ、脚本は半日とかからなかった。題材が良かったからな、筆が乗って昨日だけで仕上がった」

「え?昨日?脚本を書いたのが?」

「ああ」

でもそれだと準備期間が一日もないような気が。

 

「夜鍋して作ったわ」

魔理沙を挟んでアリスが主張する。

相変わらず表情に変化が乏しいが、どこか誇らしげにも見える。

 

「す、凄いな」

噂を広めたくない当人としてはなんでそんなに張り切ったのか問い詰めたいところだったがぐっと堪える。

 

そんな調子で話していた俺たちが到着したのは、寺子屋だ。

更に言えば、寺子屋の離れ、俺の住むところである。

「そういえば、なんで悠基の家に用事があるんだ?」

「なんだ、知らずに着いてきてたのか?」

俺の家に用事があるのはアリスだ。

魔理沙は流れで俺たちに着いてきている。

 

「まあな。……やっぱりお前たち、そういう関係なのか」

ニヤリと笑う魔理沙に、俺は軽く嘆息を交えつつ応じる。

「好きだな。そういう話」

「ああ、恋と魔法は魔女には不可欠だからな」

さいですか。

 

「理由なら魔理沙も知っているはずだけど」

「ん?」

アリスの言葉に魔理沙は首を傾げる。

 

「この前香霖堂で話してたでしょ」

「……ああ、思い出したぞ。大妖精の防寒具か」

 

大妖精に防寒具を持って来ることを約束していた俺だったが、先日香霖堂でアリスに会った際に、ふと思いついて依頼したのだ。

一週間ほどしたら持っていくと聞いていたのだが、寺子屋の子供たちの間でアリスの人形劇が今日行われるとの噂を聞いて、里に訪れるのならついでに持ってくるかもしれないと予想したら、案の定だった。

 

「ただいま」

引き戸を開け、離れの玄関に入る。

「おう、おかえり」

と、奥の方で『作業』しているもう一人の俺が答える。

傍目から見ると非常に奇妙な光景だが、さすがにこんなやりとりを一ヶ月もやっていた俺は既に慣れてきた。

 

「邪魔するぜ」

「ん?魔理沙か?」

もう一人の俺が顔を出した。

アリスが来る可能性は考えていたが、魔理沙の方は予想外だっただろう。

 

「おう。ていうか悠基、分身なんてして何してるんだ?」

魔理沙が二人の俺を交互に見る。

 

「別に、大したことじゃないよ」

俺が応じる。

「それに、なかなか成果も得られないし」

最後は自虐が混じっている。

 

まあ、正直なところすぐに作業の結果が身を結ぶとは思っていなかったが、一ヶ月も長引くと少し凹むところもある。

毎朝寒い中頑張ってるのになあ……。

 

「ああ、その成果だけど」

ふと、もう一人の俺が切り出した。

「奥に準備してるよ」

その顔には、笑みが浮かんでいた。

 

もう一人の俺の言葉に、俺は目を見開く。

「え?出来た……のか?」

「ああ。ばっちり」

 

「悠基?」

「随分嬉しそうだな」

アリスが分身した俺たちのやりとりに首を傾げ、魔理沙が呟く。

 

だが、俺は、俺たちは、気分の高揚でそれに答える余裕がない。

「ついに?」

「ついに」

「マジで?」

「大マジ」

「嘘じゃない?」

「ホントホント」

「ドッキリじゃないよな?」

「しつこい」

 

興奮を抑えきれない俺にもう一人の俺は苦笑し分身を解いた。

途端に、もう一人の俺の記憶が流れ込んでくる。

子供のように顔を輝かせる俺の顔が最後に映り、我ながら恥ずかしくなってくるがそれどころではない。

 

「ちょっと待ってて!」

俺は困惑ぎみのアリスと魔理沙に後ろ手に伝えると、奥の作業場に駆け込む。

 

現物を見て、歓声を上げた。

予想通りの仕上がりだ。

さすがは俺と、この時ばかりは諸手を上げて喜ぶ。

 

その声に、「なんだなんだ」と魔理沙たちが着いてくる。

俺はそんな二人を振り返り、頬が緩むのに任せ再び満面の笑みを浮かべる。

平らな皿の上に盛られたそれを慎重に持ち上げ、彼女たちに掲げる。

 

「それは?」

アリスが首を傾げる。

 

「ショートケーキさ」

俺は告げる。

この一ヶ月の成果物の名前を。

それでもってテンションが可笑しいことは自覚しつつ、後になっていじられようが構うものかと宣言する。

 

「俺はこれで、幻想郷の天下を取る!」




現状における主人公は、能力がある以外は、一般的な大学生と同程度のスペックです。
そんな彼に幻想郷での立ち居地を確立させるための結論としてこのような形になってます。
言い訳ですが幻想郷は明治初期頃から文化的な進歩はしていないと考えると、洋菓子についてもほとんど普及していない、という設定です。
こういった具合にこの作品内でぼかしている謎についてはぶっちゃけそれほど大したオチはつけていません。
ほのぼのなので仕方ないです。

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