東方己分録   作:キキモ

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主人公の拠点が人里なので、人里の住人としてのオリキャラが今後も登場します。
今回は導入の味付け程度に出すつもりでしたが、なんか思ったよりピックアップしてました。


十一話 薬売りの少女

なんだかんだと最近は寺子屋に稗田家と二足の草鞋だったり、何かと里の外に用事を作ったりで、朝から分身して行動することが多かった。

とはいえ、分身は体力を消費するため、朝っぱらからどこか倦怠感を伴って過ごすことになる。

だが、今日は講師補佐も里の外に行く用事もない。

完全なフリーであり、能力も使用していないためすこぶる調子がいい。

ついでに言えば兼業のおかげで少し懐が暖かい。

 

そういった事情で上機嫌な俺は、鼻歌混じりに人里を歩いていた。

 

「よう、ご機嫌じゃねえか」

と、不意に野太い声を掛けられる。

 

「ああ、善一さんですか」

振り返ると長身で屈強な体つきをした男が立っていた。

「どうもこんにちは」

 

「おう」

と笑みを浮かべるこの人、善一さんは人里のとある酒造の次男坊だが、豪快で人の良い兄貴肌な男である。

ちなみに「あまり調子に乗るなよ」と俺を脅した人物でもあるのだが、そこで真摯(必死)に謝る俺に毒気を抜かれたのか、それ以来なぜかよくお世話になってる。

礼を言うと、「慧音先生に何かしないか監視しているだけだ」と返されるのだが、どう見ても照れ隠しなのが見え見えで、間違いなく根はいい人だ。

 

「今日は非番かい?」

「はい。寺子屋も阿求さんのとこもお休みなので、暇つぶしがてら街の散策ですね」

「だったら一杯どうだい」

と、お猪口を呷る動作をする善一さんに俺は苦笑する。

 

「まだ昼前ですよ。それに用事がないわけじゃないんですよ」

「お、なにかあるのかい?」

「ちょっとプレゼント……贈り物を見繕いに」

 

先日大妖精に話した物を探していた。

 

「ほぉ~贈り物かい。お前も隅に置けないねえ」

何を勘違いしたのか、ニヤケ顔で小突いてくる善一さんに俺は「違いますよ」と首を振る。

 

「でも、渡す相手は女の子なんだろう?」

なんで断定してるんだこの人。

「まあ、そうですけど」

 

「ほーう。どいつだどいつだ」

善一さんは更に口端を上げる。

グイグイくるな。

 

「えーと、そのー」

まさか妖精に贈り物をするなど言えるはずもない俺は言いよどむが、そんな俺の様子に善一さんは「まさか!」と頓狂な声を上げる。

 

「お前……性懲りもなく慧音先生に」

「違います違います!」

一瞬恐ろしい形相になる善一さんに慌てて否定する。

「だいたい10歳ちょっとの女の子ですよ!」

 

俺の弁明を聞いた善一さん、今度は半眼になり顔をしかめる。

「お前……そういう趣味なのか」

「え?…………いやいやいやいやロリコンじゃないですって!」

「いや、俺も人の趣味にとやかく言ったりはしねえが流石にそれは……」

「聞いて!!」

 

なんというか、人妖問わず幻想郷の方々はマイペースな人が多い。

日ごろから翻弄されてばかりである。

 

「いや、でもそういう趣味なら慧音先生に手は出さないから問題ないか……」

「俺にそんな趣味はありませんし、そんな人が寺子屋で勤めてたら問題ありですよ……」

一人で勝手に納得する善一さんに、俺は嘆息しつつツッコミをいれる。

 

と、そんな俺の視界の隅にある人が映る。

「あ……あれは」

「ん?」

急に視線を固定させた俺に、善一さんは首を傾げ、俺の視線の先を見た。

「ああ、竹林の妖怪兎か」

 

いつぞやの、葛篭を背負った兎耳少女、鈴仙が歩いていた。

初めて会った時のように、頭を項垂れ、とぼとぼと歩いている。

 

「確か、置き薬の訪問販売をしてるんでしたっけ」

俺たちから離れていく方向へ歩んでいく彼女の背を見ながら、俺は善一さんに問いかける。

 

「ああ、らしいな」

「……なんというか、落ち込んでいるみたいですね」

「あれはいつもあんな感じだ。陰険ったらねえ。こっちまで暗い気分にさせられる」

と、鼻を鳴らす善一さんに俺は目を丸くする。

ここまで辛辣な口調の彼を見るのは初めてだ。

 

「厳しいですね」

「んなことねえよ。ただ単に、客商売なのに態度は陰険、喋りは早口で聞き取りづらい上に内容もよく分からん。竹林のお医者さんの薬はよく効くと評判になってきているが、あんなんじゃあ薬も売れねえよ」

「そうですか……」

俺は苦々しげに鈴仙を見る善一さんから、鈴仙に視線を戻す。

少なくとも、アリスと対面したときの彼女は慌しくはあったが、陰険とは程遠い雰囲気ではあった。

 

善一さんの言うとおりなら、客が取れなくて落ち込んでいる……ということだろうか。

 

少し前、といっても俺が幻想郷に迷い込む前の話だが、永夜異変と呼ばれる、夜が明けない異変が起きたらしい。

その異変が解決したころに、迷いの竹林と呼ばれる場所に現れたとされるのが『永遠邸』と呼ばれる建物で、そこには妖怪兎と共に医者が住んでいるとのことだ。

 

と、聞いた話が本当なら鈴仙はその永遠邸の住人なのだろう。

そして、おそらく幻想郷……少なくとも人里で見るならば、俺と同じくらいの時期にやってきた新参者となる。

少し親近感が沸いた。

落ち込んでいる様子を見て、何か力になれないだろうかと思ってしまう。

 

……お節介、になるだろうな。

 

「あの、善一さん」

「どうした悠基」

鈴仙から視線をはずさない俺に、同じく鈴仙を半眼で見る善一さんが応じる。

 

「ちょっと行ってきます」

「確かに見た目は可愛いが、あまりオススメはせんぞ」

「違いますって」

言葉のニュアンスを汲み取ってくれるかと思って暈した言い方をしたら、勘違いされた。

 

「ちょっとお節介焼いてきます」

と、俺は鈴仙の背中を追って歩き出す。

そんな俺に向かって、善一さんは声を上げた。

 

「よっ、プレイボーイ!」

「どこで覚えたんですかそんな言葉!」

 

 

* * *

 

 

いざ鈴仙に追いついてみると、彼女の背中からは初めて会ったときを思い出す黒々とした陰険なオーラをこれでもかと醸しだしていた。

まあ、オーラに関してはただの幻視なのだが、それでも彼女は悪い意味で近寄りがたい雰囲気である。

 

俺は軽く深呼吸すると、意を決して声をかけることにした。

「やあ、鈴仙」

 

ふいに声を掛けられ驚いたのか、鈴仙は肩と長い耳をびくりと震わせ振り返る。

片手を中途半端に上げる俺を見て軽く目を見開くと、今度は訝しげに顔を顰め、そして一言呟く。

「…………誰?」

 

あーやっぱり覚えてないかー。

会ったのは一ヶ月近く前の一度きりだし、あの時鈴仙はアリスを意識していたようだったので、薄々はこの反応を予想していた。

まあ、予想していた反応ではあるので決して傷ついてはいない。

決して。

 

「先月人里でアリスと一緒に歩いてた外来人だよ」

「……ああ、あの時の」

俺の説明で思い至ったのか鈴仙は軽く頷く。

 

「外に帰ったのかと思ってたわ」

「まあ、あれから色々あってここに住むことにしたんだ」

「へえ」

「というわけで、岡崎悠基だ。よろしく」

「ええ」

 

……なんだろう、喋り方と言うか、声のトーンからして興味がなさそうである。

というか、視線に敵意さえ感じる。

 

「で、何か用?」

と半眼……というよりもやや睨むかのように見てくる彼女に、俺は内心何か気に障ることでもしてしまっただろうかとたじたじである。

「ああ、その……」

 

んー……これは警戒されてるっぽいな。

ここで「何か力になろうか?」とか言っても、多分断られそうだな……。

と、そこまで考えを巡らせた俺は、

「置き薬の販売をしてるんだよね?」

と切り出すことにした。

 

「ええ。それが?」

「それはもちろん、配置薬を依頼したいんだけど、いいかな?」

俺の問いかけに、鈴仙の目つきが少し緩んだ。

 

「そ。案内して」

「うん」

相変わらず口調はぶっきらぼうなままだ。

 

俺は踵を返すと、寺子屋へ向けて歩き出す。

鈴仙は俺の斜め後ろを着いてきた。

 

ふと、視界の隅、遠くに巨漢の善一さんが映る。

満面の笑み、もといニヤケ顔であった。

俺は鈴仙に気づかれないように小さく嘆息すると、努めて明るい声で鈴仙に話しかける。

「どうだい、薬売りの調子は」

 

「……別に、関係ないでしょ」

お、すっげーツンツンしてるけど反応してくれた。

嫌われるようなことをした覚えはないが、正直無視されることも危惧していたので少し安心。

 

「永遠亭の薬はよく効くらしいね。評判になってるよ」

「当然よ。師匠の作った薬だもの」

「確か、八意永琳さん……だっけ。竹林のお医者さんの」

 

俺の周辺でも時たま話題に上がっている人物だ。

美人だと専らの評判で、里の若者の憧れの的だとか、そんな話を聞いたこともある。

 

「ええ。そうよ」

「凄腕のお医者さんらしいね」

「正確には薬師だけど……まあ、そうね。師匠に敵うような医師は存在しないわ」

口調が誇らしげなのは気のせいではないだろう。

 

「師匠ってことは、君も薬を作るのかい?」

「もちろん」

よしよし、乗ってきた乗ってきた。

そんな調子で俺と鈴仙は雑談を交えながら寺子屋に向かった。

 

 

* * *

 

 

「失礼するよ」

寺子屋の離れ、俺の自宅にて鈴仙から薬の説明を受けていると、不意に戸が開かれた。

見ると、背中に大きな籠を背負った妹紅が目を丸くしている。

 

「おっとこれは」

と彼女は、軽く目を見開く鈴仙と、おそらく苦虫を噛み潰したような表情をしているであろう俺を交互に見た。

 

「やあ、一週間ぶり、妹紅」

ちなみに慧音さんと妹紅の三人で飲んで以来である。

挨拶すると、妹紅は面白い物でも見るかのように俺に視線を固定させる。

「よお、悠基。偉く珍妙な顔をしているな」

「まあねえ」

俺は嘆息しつつ妹紅に応じる。

 

妹紅は鈴仙に視線を移す。

「鈴仙じゃないか」

「妹紅さん。どうしてここに?」

鈴仙が目を丸くしたまま妹紅に問いかけると、妹紅は自慢げに背中の籠を俺に見せてきた。

 

「悠基に差し入れだよ」

と、背負っていた籠を下すと、中には筍がこれでもかというくらい入っている。

 

「おお、筍か。いいのかい貰っても」

「私の住処じゃそこらじゅうに生えてるからね。かまわないよ」

「それじゃあいくつか頂いていくよ」

「いくつかとは言わないさ。全部やろう」

妹紅の言葉に俺は瞠目する。

 

「ええ……流石に一人じゃ無理だよ」

「ははは。私も持ってくる途中で気づいた」

笑いながら答える妹紅に俺は呆れ顔になる。

 

「ドジっ子か」

「ドジ……?なんだって?」

「いや、分からないならいいや」

プレイボーイが知られていたのでもしやドジっ子という単語も広まっているかと思ったが別にそんなことはなかった。

 

「ともかく礼を言うよ。どうもありがとう」

「どういたしまして。それにしてもやるじゃないか悠基」

「何が?」

「鈴仙を家に連れ込むなんて、とんだプレイボーイだね」

なんでプレイボーイって単語はこんな知られてんの!?

 

「ち、違います!」

鈴仙が頬を少し染めながら声を上げる。

「この人の家に置き薬の営業に来ただけですっ」

 

反応が初々しくて面白い。

 

「そうなのか」

と同じことを思っているらしいニヤケ顔の妹紅に、俺も半笑になって首肯する。

 

「どうだい、薬の売れ行き、というか、この場合は客が取れたかってところか」

と妹紅が尋ねると、鈴仙はさきほどと打って変わって、少し顔を曇らせた。

「……まあまあです」

やや俯きぎみなって答える鈴仙に、俺と妹紅は互いに顔を見合わせる。

 

ははあ、やっぱり先ほど落ち込んでいたように見えた原因は、薬の普及具合が思わしくないということか。

「なんだ?永琳の作った薬は評判が良いと慧音から聞いたんだが、あまり売れてないのか」

「……はい。なぜか……」

力なく答える鈴仙を見て、妹紅は眉を顰める。

 

「悠基、何か――」

と、妹紅が俺の方を向いてなにか言いかけるが、俺の神妙な顔つきを見て怪訝な顔をする。

「お前、また変な顔になってるぞ」

 

俺は失礼なことをいう妹紅を横目でチラリと見て、咳払いをし鈴仙に向き直る。

「では、僭越ながら」

二人の視線を受けながら俺は立ち上がり鈴仙を見据える。

 

「鈴仙」

「な、なに?」

戸惑い気味の鈴仙に、俺は心を鬼にする覚悟を決める。

 

「接客態度が最悪。薬が悪いんじゃなくて鈴仙が悪い」

「……そ、そんなことは、ない……」

微妙に片言になってるし語尾が弱弱しくなってるあたり、否定はしてても自覚は薄々あったようだ。

 

「そんなに酷いのか」

妹紅の問いかけに俺は頷く。

 

「さっきまで薬の説明受けてたけど、まず声が小さい上にぼそぼそ喋ってるから聞き取りずらい。喋ってる内容も専門用語が多すぎて理解できない。おまけに質問しようにもこっちを無視して一方的に話しすぎ。あと視線下げすぎ。ちゃんと相手の目を向いて話しなさい」

普通に話している時は、そんなことは無いんだけどなあ。

 

と、捲し立てた俺にまず妹紅が反応する。

「悠基、ずいぶん饒舌じゃないか。説教をするときの慧音みたいだったぞ」

「俺は今真面目に言ってるの。茶化さないでくれ」

まあ、あの人の影響を少なからず受けているのは間違いないのだけど。

 

一方の鈴仙は、「うう……」と俺の剣幕にたじろぎつつも、俺を上目使いに睨み付けてくる。

「し、仕方ないでしょ!今までこんなことしたこと無かったから、勝手が分かんないのよ!」

あ、反論はしてきたけど自分の接客態度が悪いのは認めてるし、案外素直だ。

 

「考えて分からないなら人に訊けばいいじゃないか」

「だ、だって、師匠はお忙しいし、姫様にきくわけにはいかないし」

 

「姫様?」

「ああ、あいつはこういうことは分からないだろうなあ」

鈴仙の言葉に俺が首を傾げる一方で、妹紅は勝手に納得している。

 

「それに、てゐ達にはこういうところ見せたくないし……」

「誰?」

妹紅を見ると、彼女は苦笑した。

「なんというか、鈴仙にも立場があるということだよ」

「はぐらかされてる気がするけどまあ分かった」

 

俺は頷くと鈴仙を再び見据える。

「つまり遠慮とか変なプライドが邪魔して相談する相手がいないってことだな」

「変なプライドってなによ」

鈴仙は非難めいた視線を向けてくるが、俺は気にしないことにした。

 

「だったら練習すればいい」

「れ、練習?」

「そうだな」

鈴仙が困惑した様子で俺を見るが、妹紅は俺の魂胆に気付いた様子で同意した。

 

「妹紅、協力してくれるのか」

「かまわないさ。竹林の案内の仕事も、こうも寒いと閑古鳥みたいでねえ、せっかくだし付き合うよ」

 

「あ、あの、何を」

俺と妹紅のやりとりに戸惑いがちに問いかけてくる鈴仙に、俺たちは互いに頷きあう。

「もちろん!」

「鈴仙の練習相手になるのさ!」

 

……まあ、この時点でテンションが少しおかしかったのは自覚している。

だが、半ば困惑した様子の鈴仙に、俺と妹紅は勢いに任せて半強制的に接客指導をするのだった。

こうして俺の久しぶりの休日はうっかり潰れていった。

 

 

 

 

後日談として、善一さんから聞いた話だと、鈴仙の置き薬の販売営業はなんだかんだで盛況になりつつあるらいい。

接客指導が余計なお世話にならずに済んだようでなによりだ。

 

ついでに余談として、妹紅から貰った筍の処理や、うっかり忘れていた大妖精への贈り物など、俺は微妙に悩みを抱えることになった。




鈴仙といえばイジラレキャラ的なイメージです。

ほんとうはもう少しイジリ倒したかったのですが、今回は自重しました。
ノリノリで書いてみたものの見返してみるとちょっと可哀そうに見えたので。嘘ですが。
ボケ約に適任すぎてオリキャラを引き立たせすぎました。
ノリノリで書いたので仕方ないです。

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