東方己分録   作:キキモ

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十話 幻想郷フィールドワーカー

見えてきたな…………。

 

本格的に冬になり、ただでさえ寒いというのに、更に気温が下がっていくのを感じながら俺は歩みを進めた。

木々の間から見えてくるのは霧の湖と呼ばれる湖だ。

だが、濃い霧が立ち込め、その全容は伺いしれない。

 

……これ以上は近づかないでおくか。

俺は近場の木の根に腰を下ろす。

草は水分を吸いしっとりと濡れているので、茣蓙を敷く。

 

「さて、と…………」

 

木の幹に背を預け、僅かしか見えない湖を眺める。

周辺には、紅魔館と呼ばれる屋敷があるらしいが、霧はかなり濃く、だいたいの場所すら覚束無い。

まあ、今回の目的は紅魔館ではないし、あの場所は危険だから絶対に近づくなというお言葉を頂いているので、問題はない。

 

寒さに歯をガチガチと震わせながら、俺は注意深く湖の霧を眺めた。

 

 

*

 

 

幻想郷には人妖問わず特異な能力の持ち主がいる。

例えば慧音さんは、「歴史を食べる程度の能力」と聞いた。

曰く、歴史を無かったことにすることが出来て、以前はその能力を使って人里を無かったことにして隠したこともあったらしい。

その能力の原理だとか、その能力がどう作用して里を隠したのかなどイマイチ分からない。

 

ただ、それは自分に突如として発現した能力にも同じことが言える。

慧音さんに習って名をつけるなら「分身をする程度の能力」といったところか。

非日常的な能力といえば、男ならば誰もが一度や二度、どころか何度でも憧れるものだ。

まあ、見た目はそれほど派手ではないが、なにも持たずに幻想郷に住むことになった俺にとって、この力は今後の生活を営む上でネックとなる可能性が大いにある。

 

そんな考えもあり、俺は幻想郷に住むことになってからある程度自分の能力について実際に使用して調べてみた。

分かる範囲での能力の性質を簡単に纏めると以下のような感じだ。

 

・分身するには体力と精神力を消費する。

・分身した自分はどちらも本物とも言えるし偽物とも言える。

・短期間に連続で分身は出来ない。だいたい5分前後のクールタイムが必要(ムラがある)。

・3人以上に分身できない。つまり、一度分身したら、どちらかが消えるまでは分身出来ない。

・分身している状態なら、どちらか一方は自分の意志で分身を解く……つまり自ら消えることができる。

・分身が消えた際、残っていた方は消えた分身の記憶を引き継ぐ。

 

改めて見ると便利そうだが、使用者にとってなかなかに怖い能力である。

特に怖いのは分身両方が全く同じ人格、記憶を持っているところだ。

その時点でちょっと不気味だし、分身直後から異なる体験を積むことで、同じだった俺は次第に全く異なる存在に乖離していく。

あたかも、ある分岐点で異なる歴史を歩み、結果似て非なる世界となった、俺のいた世界とこの世界を彷彿とさせる。

寒気がした。

 

あーやめやめ。

こんなこと考えてても正気度が減るだけだ。

クトゥルフ神話じゃあるまいし。

 

頭を振って不吉な考えを取り払う。

 

それに分身能力だって、そもそも体力や気力なんていう目に見えないエネルギーから、有機物である俺の分身を作り出しているのだ。

質量保存則とかエネルギー保存則を鼻で笑うかのような現象だ。

そもそも幻想郷には魔法だの妖怪だのと現代科学や常識で図れない不思議な事象が溢れてる。

 

そう。

だから俺は、自らの精神安定のために1つの結論に達していた。

幻想郷では現代社会の常識は通じないし、分からないことは分からないまま受け入れるしかない。

 

つまり、幻想郷では常識に囚われてはいけないのである。

 

……まあ、それってただの現実逃避じゃないのか、と自問しないこともないがまあ、それは置いておく。

 

そんなことを考えている俺が今いるのは人里の外である。

 

幻想郷に住む人間の殆どは、基本的には里の外には出ない。

幻想郷の掟として、妖怪は人里で人間を襲わないかわりに、里の外ではその限りではないからだ。

襲われても文句は言えない訳である。

もちろん無力な人間である俺も妖怪に襲われたらひとたまりもないのだが、そこで俺の能力が生かされる。

 

分身の性質上、片方が怪我や事故に見舞われても、もう片方が安全な場所にいれば記憶を引き継ぐことができる。

考え方にもよるが、簡単に言えばバックアップが取れるわけだ。

 

だからこそ、危険な場所にもほぼノーリスクで出向くことができる。

現に、分身の片割れは今でも慧音さんの授業の補佐をしているのだ。

 

そんなわけで、今俺がしているのが人里の外の調査、フィールドワークである。

 

 

*

 

 

「こんにちは」

うお、びっくりした。

 

視界外から突然声をかけられ、心臓が跳ねた。

 

振り向くと、緑髪をサイドで結んだ少女が笑顔で立っていた。

まあ、少女というより、正しくは妖精である。

証拠に、その背からは鳥類を彷彿とさせる羽毛の生えた羽がある。

 

「ああ、こんにちは、大妖精」

俺は木に背を預けたまま手を振ると、彼女は笑顔のまま俺の正面まで歩いてきた。

 

「びっくりしました?」

「うん。それなりに」

可愛らしく首を傾げる彼女に、俺は頷く。

ああ、やっぱり気配を消してこっそり近づいてきていたのか。

俺の反応を見て、大妖精は満足気だ。

 

幻想郷には妖怪だけではなく妖精も暮らしている。

自然の具現とされているらしい彼女ら(少なくとも俺が見たことがある妖精は皆少女の姿をしている)は、悪戯好きで知られ、名前はないと語る彼女、大妖精も同様だ。

ただ、大妖精の場合は悪戯が非常に些細で微笑ましく、また妖精らしからぬ礼儀正しさを持ち合わせている。

 

「こんなところにいると風邪を引いちゃいますよ」

「俺もあまり長居はしたくないんだけどね」

吐く息が白くなっていくのを視界の端に捕らえながら、大妖精からの忠告に俺は肩を竦めた。

 

「もしかして、チルノちゃんになにか御用ですか?」

大妖精は考えるように一瞬視線を彷徨わせると、氷精の名前を出してきた。

 

チルノといえば、俺の数少ない「東方」知識に含まれるキャラクターだ。

俺が知っているくらいだから、さぞかし有名なのだろう。

 

「そんなところ。ここで待ってれば会えるかなと思ってたんだけど見てないか?」

「朝から見てませんね。隣いいですか?」

「ああ、どうぞ」

俺は茣蓙の端に寄ると、大妖精は器用に羽を畳みながら隣に腰を下ろす。

 

「どんな用事ですか?」

膝を抱えるように座りながら、大妖精は俺を見る。

「まあ、ちょっと訊きたい事があったんだ」

 

ちなみに俺も大妖精と同じく膝を抱えて座っている。

だって寒いし。

そんなわけで小さな茣蓙の上で成人男性と見た目10歳くらいの少女が、俗に言う体育座りの体勢で肩を並べているのは、きっと傍目から見るとシュールかつ哀愁漂う光景なんだろうなあとぼんやりと思った。

 

「訊きたい事?」

「寒気とか、季節のことかな。これからどれくらい冷え込むのか、この寒さはどれくらい続くのかとか、もしかしたら氷を操れるチルノなら分かるかなあと思ったんだけど」

「どうでしょう。自然そのもの、なんて言われてますけど、妖精って案外そういうのあまり分からないんですよ。この前も季節外れの夕立でびしょびしょになっちゃいましたし」

大妖精は少し恥ずかしそうに笑った。

 

「まあ、もしかしたら、くらいのつもりだったし」

「でも、チルノちゃんは強いから、そういうの分かるかも」

「そっか……だったら、一応訊くだけ訊いてみるよ」

 

大妖精は、「そうですか」と頷く。

そんな彼女は、半袖のワンピース状の服で、裸足姿だ。

普通の人間なら、寒いどころの服装ではない。

 

そう思い至った俺は、そのことを尋ねてみることにした。

「寒くないのか」

「え?」

一瞬ぽかんと目を丸くする大妖精だが、クスクスと笑った。

 

「少しだけ寒いですけど、悠基さんほどじゃないです」

「俺ほどじゃない?」

「体、震えてますよ」

まあ、やっぱり寒いし。

 

「俺のことは置いといて、なにか着るものでも持ってこようか?」

自然の具現と呼ばれる妖精に対し、お節介かなと思いながらも訊いてみると、大妖精は目を見開き満面の笑みを浮かべる。

「わあ!ほんとですか?」

 

「……まあ、コートとかは無理だけど」

「コート?」

ああ、コートは知らないか。

 

「手袋とか、マフラーくらいなら……」

半袖に裸足の大妖精には気休め程度にしかならないな、と思うと、自然と語尾が小さくなってしまう。

だが、大妖精は嬉しそうな笑顔のままだ。

「よく分かりませんけど、嬉しいです!」

 

よく分からないけど嬉しいのか……。

そんな彼女の言葉に苦笑する。

 

「今度用意するよ。まあ、期待せずに待ってな」

「はい!」

元気よく挨拶を返す彼女は、さながら優等生然としていて微笑ましい。

 

「あ」

と、急に大妖精が僅かに声を上げると、視線を逸らし、空を見上げる。

大妖精に従い見上げると、件のチルノがふわふわと降りてくるところだった。

 

あっと、不用意に上から降りてくるからスカートの中見えてる。

いくらドロワーズとはいえ、無防備すぎる。

 

「チルノちゃーん」

大妖精が膝を抱えたまま手を振る。

 

「大ちゃん、と悠基かー」

なんだか大妖精のオマケみたいな言われ方のような気がしたが、気にしないでおこう。

 

チルノはこちらに降りてきながら俺と大妖精を見下ろしているのだろう。多分。

スカートの中を見ないように視線を逸らしてるので予想になるが。

 

…………決してチルノの下着を意識しているわけではなくあくまで紳士的な対応をしているだけである。

ついでに言えば、見た目小学生のチルノにそんな邪な感情を抱くような性癖は持ち合わせていない。

 

そうして、俺と大妖精の目の前の草地にふわりと着地したチルノは、俺たちを訝しげに交互に見る。

 

「……なんで二人ともちっちゃくなってんの?」

揃って膝を抱えている光景に困惑しているようだ。

 

そんなチルノの問いかけに対し、

「「寒いから」」

と答えをハモらせる俺と大妖精であった。

ていうかやっぱり大妖精も寒かったのか。

 

「ふーん……」

俺たちを見て何か思うところがあるのか、考え込むように黙るチルノ。

 

「チ、チルノ、ちょっといいか?」

「んー?」

膝を抱えたままの姿勢で尋ねる、が、更にぐっと下がった気温に震えが止まらない。

まず間違いなくチルノがすぐ近くにきたせいだ。

 

「訊きたいことがあるんだけど」

「訊きたいこと?」

 

俺は先ほど大妖精に話した質問をチルノに問いかけてみる。

が、チルノは腕を組み首を捻る。

 

「なんでそんなこと知りたいの?」

「まあ、ある程度先のことが分かれば、対策が立てられるからな」

「寒いのなんて、我慢すればいいじゃん」

無茶なこと言うなあ。

 

「無理だよ。俺たち人間は寒すぎると死んじゃうからな」

現に今の俺がもう寒すぎてやばい。

 

「ふーん。人間って弱っちいのね」

ふむ。

「チ、チルノちゃん……失礼だよ」

チルノの言葉に大妖精は慌てたように立ち上がった。

 

「仕方ないさ」

俺は苦笑する。

「みんながみんな、チルノみたいに強くないからね」

 

その言葉にチルノが目を輝かせた。

「ま、あたいったら最強だからね!」

お、予想通り乗せられたな。

チョロい、というかチョロ可愛いな。

この反応を見るだけで満足である。

乗せた意味は特にない。

 

「それでチルノ、どうなんだ?」

鼻高々に仁王立ちするチルノに問いかける。

「なにが?」

「さっきの質問だよ。これから寒くなったりするのかが分かるかって話」

 

俺の言葉にチルノはニヤリと笑う。

おお、この反応はもしかして

「あたいは最強だから分からなくても問題ないよ!」

「分からんかー」

一瞬期待した俺はがっかりと項垂れる。

 

調子に乗っている上に開き直ってるチルノは「えっへん」と鼻息を荒くする。

何がえっへんやねん。

これには大妖精も苦笑である。

 

「あ、でもレティなら知ってるかも」

ふと、思い出したかのようにチルノが言った。

「レティ……レティ・ホワイトロック……か」

その言葉に俺は遠い目をする。

 

レティ・ホワイトロックは寒気を操る程度の能力を持つ妖怪だ。

確かに気候を知りたいのならば彼女の方が適任であろうとは思う。

しかし

 

「見つからないんだよな」

「ああ、あの人は冬の間は陽気になっていろいろなところを飛び回ってますから」

俺のぼやくような言葉に大妖精がやはり苦笑顔で言った。

 

「私さっき会ってきたよ」

「「え」」

得意気なチルノの声に、俺も大妖精も目を丸くする。

 

「会ったって、なんで?」

俺の言葉に、チルノはふふんと鼻を高くする。

「レティは私のししょーなんだ」

 

「ええ!?」

大妖精が口もとを覆う。

反面、俺はふむ、と期待した眼でチルノを見る。

 

確かに、チルノとレティは似たような能力を使うし、もしかしたらそういう関係性もありうるとは考えた。

「それでチルノ、レティはこれからどこに行くかとか言ってたか?」

「知らないけど、別れるときにあっちの方に行ったよ」

とチルノは一方を指差す。

霧でよく分からないが、その方向は多分。

 

「妖怪の山ですね」

「ああ…………」

大妖精の言葉に嘆息する。

 

あそこは縄張り意識の強い天狗をはじめ、危険な妖怪が数多く住まうとされる。

近づくなと厳しく忠告されているところだ。

レティなる妖怪に会うのは無理みたいだな。

 

「チルノ、頼みたいことがあるんだけど」

「なによ」

怪訝な顔をするチルノ。

 

「レティにさっきの質問を訊いてみてくれないか?」

「んー……ま、覚えてたらね」

期待薄な答えである。

 

「そうかー」

「それより悠基」

肩を気づかれない程度に落とす俺に、今度はチルノが声をかけてきた。

 

「相変わらず寒そうだね」

「チルノの冷気のおかげでな」

「そ」

と、短く相槌をうつチルノ。

 

隣で聞いている大妖精は「チルノちゃん?」と訝しげである。

 

直後、チルノは満面の笑みを浮かべる。

「え?」と俺が心の中で声をあげると同時に、チルノは膝を抱えるようにして座る俺に抱き着いてきた。

「もっと寒くしてあげようか?」

 

チルノは冷気を操る妖精であり、その体からは常に冷気を放出している。

この冷気はチルノの周辺の気温を下げ、その体は触れたものの温度を奪い凍りつかせる。

つまり、現在進行形でチルノに抱きつかれている俺は

 

「一度人間の氷付け見たかったんだー」

 

というチルノの言葉の通りである。

そして、今、チルノが触れている足や腕の感覚が既にない。

 

「チルノ、人間にこんなことをしたら死んでしまう」

手遅れながら、次に会う機会のことを考え、忠告する。

分身しているとはいえ命の危機なのだが、そのわりに我ながら冷静である。

まあ、三度目ともなれば流石に慣れたてきた……。

 

「知ってるよ」

チルノは俺の忠告に悪びれもせず答えた。

「だからこんなことするのは悠基だけだよ」

「え?」

なんか抱きつかれている現状で微妙に勘違いしそうな言い回しだが多分違うだろう。

なので本気でチルノが言っている意味が分からない。

 

「悠基は死んでも復活する人間なんでしょ?」

「…………」

 

なるほど。

一瞬の思考ののち、俺は次第に薄れ行く意識の中で合点がつく。

 

妖精の性質(?)として、妖精は不慮の事故で消滅しても、時間経過で復活するらしい。

つまり、チルノは俺が同じような人間であると、そう考えたようだ。

 

違うと否定したかったが、体が動かない。

あ、もう駄目だコレ。

次第に凍り付いていく俺をチルノは満足げに笑顔で見る。

 

一見すると天使のような純粋な笑顔だが、俺からすると悪魔の笑顔である。

妖精の本懐、イタズラ好きの笑顔でもあった。

俺が死なないと思っているとはいえ、シャレにならないレベルのイタズラであった。

 

俺は視線を逸らし、大妖精を見る。

彼女は先ほどから慌てた様子でどうにかしようとしているようだが、チルノが意識して強い冷気を発しているためか、近づけないようだ。

 

もはや口も動かせない俺は、アイコンタクトでどうにか彼女に別れの挨拶をしようとしたが、上手くいかなかった。

 

ああ、それからチルノ。

 

俺は消えるから氷付けは見れないぞ。

 

 

* * *

 

 

「おおぅ」

人里の蕎麦屋で唐突に身震いした。

 

寺子屋業務の合間の休憩時間だった。

向かいでは慧音さんが目を丸くし、蕎麦を啜る姿勢で固まっている。

 

分身の消滅に伴う記憶の奔流であった。

そして、消える直前の記憶が、寒気となって俺を驚かせる。

 

「っんく……分身が消えたのか」

口の中の蕎麦を飲み込んだ慧音さんが、察しよく問いかけてきた。

俺は黙って頷く。

 

絶対チルノには分身なしでは近づかないでおこうと心に固く誓った。

 

 

* * *

 

 

夕刻、里の中でも格別広い敷地と屋敷を持つ稗田家の廊下をいつもの調子で家人に案内された俺は、一つの部屋の前で立ち止まる。

「失礼します」

「はい。どうぞ」

 

落ち着いた少女の声が中から返ってくる。

家人の人が障子を開くと、巻物がいくつも開かれた畳敷きの部屋の中央で、少女が正座したまま振り返る姿勢でこちらを見上げていた。

彼女の体の正面には机があり、そこにも巻物が広げられている。

どうやら執筆作業の途中だったようだ。

 

「どうぞ、お掛けになってください」

「はい」

少女に促され、俺は部屋に踏み入ると、敷かれた座布団の上に腰を下ろした。

 

少女……彼女の名は稗田阿求、幻想郷の妖怪などについて綴った『幻想郷縁起』の著者であり、ここ稗田家のご令嬢である。

それでもって、フィールドワークの報告をする俺の雇い主でもある。

 

「さて、今日は湖に向かうんでしたね」

「ええ」

恐らく自分よりかなり歳の低い少女に対し、俺は礼儀正しく首肯する。

年下であっても、上司は上司なので、俺なりの礼儀で敬語を使っている。あと敬称も。

 

「湖には着けましたか?」

「なんとか無事に。湖までの道周辺を軽く見て回りましたが、見かけた妖怪は2体ほど。遠目にでしたが」

「先週よりも随分数が減りましたね。寒いからかしら」

「そうかもしれませんね」

阿求さんの推測に、俺も曖昧に頷く。

 

「チルノには会えました?」

「はい。彼女に気候について尋ねてみましたが、分からないそうです」

「そうですか」

阿求さんもそれほど期待していなかったのか、淡白な返事である。

 

「その後は湖周辺の探索でしたね」

「あーその予定だったのですが」

歯切れの悪い俺に阿求さんは首を傾げる。

「どうしたんですか?」

 

「チルノに殺されました」

 

「…………確か、先日の二度の接触を経て、三度目でやっと話せる程度の中になったと聞いたのですが」

阿求さんの言うとおり、俺はチルノに以前三回遭遇し、二回目までうっかり氷付けにされ、三回目にてやっと会話する程度まで仲を進展させ、生還したのである。

 

「……『妖精のイタズラ』です』

「ああ……確かにチルノのイタズラともなると、洒落にならなそうですね」

阿求さんは苦笑を浮かべた。

 

「他には特に報告することはないですか?」

「役に立つかは分かりませんが、チルノからレティが妖怪の山へ向かったと言ってました」

 

「ほう」

と亜求さんは目を輝かせる。

「寒気を操る程度の能力を持つ妖怪、レティ・ホワイトロックですか。確かに彼女なら、今後の幻想郷の気象について把握している可能性が高いですね」

「一応チルノに訊いてみるよう頼んでます」

と俺が報告すると、阿求さんは固まる。

 

「……あまり期待はできませんね」

恐らくチルノに対して、まあ、なんとういうか簡潔に言えば『バカ』という印象を持っているらしい阿求さんは、溜息を吐く。

 

「やはり、直接訊いて見るしかありませんね」

「レティにですか?」

「ええ」

確認するような俺の問いかけに阿求さんは首肯する。

 

「でも彼女は……」

「今は妖怪の山にいるかもしれませんね」

すまし顔で言う阿求さんに、俺は雲行きが怪しくなってきたことを感じながら、恐る恐る問いかける。

 

「あの、まさか」

「明日は妖怪の山に行ってもらいます」

彼女の言葉に絶句する俺。

 

「あの……この前妖怪の山は危険だから近づくなとおっしゃていたような」

「でも、あなたは死んでも大丈夫なのでしょう?」

 

頭を抱えた。

チルノと同じこと言ってる……。

 

「行かなきゃ駄目ですかね」

「どうかよろしくお願いします」

気が進まないことを全力で態度で示す俺に、阿求さんはにっこり笑顔で、言葉とは裏腹に有無を言わせぬオーラを全身から醸していた。

これでも最初のころは「あまり無理をするな」と気遣ってくれたのだが……。

 

「……報酬に色を付けてくださいね」

「それは報告次第です」

変わらぬ笑顔で言い放つ彼女に俺は嘆息した。

 

 

 

 

 

 

……なお後日、哨戒していた白狼天狗に瞬殺された。




主人公の能力と副業の話です。
一章からだいたい一ヶ月かからないくらいの時期です。
こんな感じで主人公は少しずつコミュニティを広げていきます。
殺されながら。
なんか殺伐としてます。ほのぼのに入り混じる狂気です。
でも私はクトゥルフの雰囲気とか結構好きなので嫌いじゃないです(自画自賛)。
次回は殺伐としていない話を書きたいです。

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