落第騎士と怠け者の天才騎士   作:瑠夏

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episode.9

 

 

朝のトレーニングが終わり、セリスに部屋まで運ばれた白雪は、シャワーで汗を流し、学園の制服に着替えていた。これがまだ休みならば私服でもよかったのだが、今日は始業式だ。

どこの学校もそうであると思うが、校則で学園がある日は制服着用と決められている。

 

「…………怠い……眠い……」

 

半分しか空いていない瞼が、今にも閉じそうだ。今日は始業式とあって、白雪は頑張って重い瞼を半分で維持しているのだが、そろそろ限界が近い。このまま寝たい欲求にかられるが、始業式や学園を欠席すると黒乃に何言われて、どんなペナルティーが課されるかわかったもんじゃない白雪は必死だった。

人差し指で無理やり瞼を持ち上げたり、両手で頬を叩き、つねったりと目を覚ます努力をしていた。

しかし効果はいまいち。

「寝ちゃダメよ? これから始業式なんだから」

 

セリスにも釘を刺される。

 

「もう……むり……いしきが………………とぶ……」

 

「いつまでも布団に入ってるからそうなるんでしょう? ベッドから降りなさい」

 

学園へ向かう準備をしながら白雪に注意するが、意識が朦朧としている白雪は聞いていなかった。

 

(ぐへ、もう寝ちまっていいんじゃねーか?)

 

突如そう、悪魔の囁きが脳内に届く。

寝る寸前の白雪にはその誘惑は絶大な効果を発揮する。

しかし、

 

(惑わされてはダメよ。ここで寝てしまったらセリスさんに迷惑がかかってしまうわ)

 

悪魔の囁きに対抗するように天使の囁きが白雪に届く。

 

(誰かに迷惑かけるなんて今更だろ? だから遠慮することねぇって)

 

すかさず悪魔が睡眠へと誘う。

もう寝たい白雪は悪魔にかたよろうとする。それを感じ取ったのか天使は囁やく。

 

(今まで迷惑をかけていたから、これからも迷惑かけていいなんてことはありません。迷惑をかけていた分、逆に自分が恩返しをしないと)

 

天使と悪魔の言い争いが激しさを増していく中、ふと、ある事を思い出した。

それは、まだ春休みの頃、一輝の朝のトレーニングに行くつもりのなかった白雪はセリスに抱えられて、連れて行かれていた。

 

(それなら学園までセリスに連れて行って貰えばよくね?)

 

そこまで考えが及んだ瞬間。白雪は、ならセリスに任せようと、耐えていた瞼を躊躇いもなく閉じ、プツンとテレビが消えるみたく白雪の意識は黒く塗りつぶされた。

 

 

結果に至った経緯はどうにしろ、勝者は悪魔だった。

 

 

 

ゆさゆさ、ゆさゆさ。

身体を左右に揺らされる感覚に、沈んでいる白雪の意識が浮上していく。

少しずつ瞼を開いていくと、その隙間から光が差し込んでくる。光が眩しいが、目を擦り眠りから覚めていく。

 

「……ふぁ…………、ここ、どこ?」

 

「教室よ。もう、シロちゃんったら結局は寝ちゃうんだから」

 

寝起きの白雪の頬をツンツンと突きながら、口では不満そうに、顔はにっこりしていた。

多分、頬を突くのが楽しいのだろう。

 

「あ、……そっか、俺寝ちゃったんだ……ってことはセリスが連れてきてくれたってことだよね? ありがとう、セリス」

 

「いいのよ、気にしないで。朝練の時もやっていたことだから」

 

そう言ったセリスは男女を魅了するほどの笑顔をしていた。

まさにそこを狙って寝た白雪の思惑通りだったが、その笑顔を見ると、罪悪感が湧いてくる。

白雪はもう一度ありがとうとお礼を言うと、机に倒れていた身体を起こす。

すると、ちょうど教室のドアが開き、スーツを着た一人の男性が入ってきた。

 

「あの人がこのクラスの担任か〜」

 

普段、自分の気に入った人物や関わりが深かった人しか覚えなかった白雪だが、一応自分の担任であろう人物だけは頭に入れることにした。

ーーーーしかし、

 

「なんか普通ね。伐刀者を育成する学園の講師なんだからもっと厳ついを想像していたのだけど」

 

そう、言葉を漏らした通り、教壇に立った担任? は、この学園の雰囲気にあってない印象が強い。

年のころは四十路前後。黒縁眼鏡に髪は七三分け。風采の上がらないことこの上ない。くたびれたサラリーマン然とした男である。

教師が来たことにより、生徒はいつの間にか皆、着席していた。

 

「新人生のみなさん。入学おめでとうございます。君たちの担任を務める田中太郎だ。よろしく」

 

名前までパッとしない。

 

「今日は初日なので授業はありません。しかし、先生から『七星剣武祭代表選抜戦』について連絡がありますので、皆さんは生徒手帳を出してください」

 

この学園の学生証は、身分証明から財布、インターネット端末と、何にでも使える優れものである。

 

「理事長が言っていた通り、去年までの『能力値』は廃止し、『全校生徒参加の実戦選抜』に制度が変わります。選抜戦上位六名が選手として選抜される。試合日程や場所などは『選抜戦実行委員会』からメールで送られてきます。指定の日、時間、場所に来なければ不戦敗扱いになるので気をつけるように」

 

その後は、生徒からの質問タイムで、それが終われば解散と言って田中太郎は教室から出て行った。

あまりに呆気なく終わった説明に、生徒たちから戸惑いが見て取れたが、暫くすると各々席を立ち帰る支度を始めた。

「じゃ、帰ろっかな……って重……」

 

さっきまで寝ていたからか、重い身体を、両腕を使い持ち上げ立ち上がる。

あのふかふかな布団に包まれたい白雪は早々に教室を出ようと、セリスが持ってきてくれていた荷物を持った。

 

「あら、もう帰るの? わたしこれからステラのいる教室に行こうと思っていたのだけれど」

 

「えー、俺はいいよ。わざわざ四組から一組まで行くなんて怠いし……それにーー」

 

そこで白雪は教室を軽く見回して、もう一度セリスに向かい、

 

「周りの視線も鬱陶しいから」

 

「ああ……、なるほど、シロちゃんらしいわね」

 

十年に一人と言われるA級騎士がクラス内にいるだけで注目されるのは当然。それに加え、白雪とセリスの容姿も注目に尺をかけているだろう。止めに、昨日の模擬戦だ。途中からあの戦いを見ていたのはレフェリーの黒乃のみ。

どっちが勝ったのか、気になっているはずだ。

 

が、見ての通り白雪はこの性格。

話しかけたくても寝ているか、話しかけるなオーラを振りまいている。しかしセリスに話を聞こうにも、側には白雪がいるのと、その人間離れした美貌に気後れして話しかけられない。

そうなれば後は遠くからチラチラと見ているしかなくなる。

変な空気が教室内を占めている中、一人の女子生徒が変な空気など気にしないとばかりに、教室から出て行った。

 

『おい、今の『深海の魔女』(ローレライ)じゃないか?』

 

『あの黒鉄家の?』

 

『間違いないって、さっき自己紹介で黒鉄って言ってたしーー』

 

今しがた出て行った生徒について周りはヒソヒソと小声で話し始めた。

『黒鉄』この苗字は白雪の友人である一輝と同じだ。そう言えばと、前に一輝が妹が今年入学すると言っていたのを思い出した白雪は、彼女が彼の妹で間違いないだろうと、一人納得した。

 

(……おっ? 一輝の妹に注目が集まっている今なら誰にも見つからず教室を抜けられるか?)

 

多くの視線に晒されながら帰るなんて生理的に嫌だった白雪は今がチャンスと、気配を消して教室を出ようとしたーーーーが、誰かに腕を掴まれ失敗に終わった。

いや、誰かなんてすぐにわかる。白雪の気配を掴めるなどこのクラスにはそうそういない。もしいたとしても白雪の腕を掴めるほど親しい、もしくは度胸のある奴なんていない。

となるとーー、

 

「なに? 俺は今すぐ帰るから手を離して、セリス」

 

「シロちゃんも一緒に行きましょ? ステラと黒鉄くんのところに」

 

「怠いからヤダ。行くなら一人で行って」

 

そう言って腕を解こうとすると、腕を掴む握力が強まった。

 

「……痛いから離して」

 

「一緒に行きましょ」

 

「離して」

 

「行きましょ」

 

「…………」

 

「…………」

白雪はいつもと変わらぬ眠たげに半分閉じた目を向け、そしてセリスは男女関係なしに魅了する微笑みを浮かべている。

しかし、そんな表情とは裏腹に二人から放たれる威圧感は凄まじかった。

 

『ひっ……!』

 

『こ、これ、絶対まずいだろ……』

 

『ってか、この教室異様に寒くねーか?』

 

『見ろよ! 教室のいたるところが凍ってやがる!』

 

まだ教室に残っていた生徒が言った通り、教室の温度が急激に下がり、凍り付いていた。

二人から放たれる謎の威圧感に、生徒たちは皆逃げようとするが、恐怖で身体が竦み動けず、冷や汗をだらだらと流していた。

固有霊装すら顕現させ、今すぐにでも戦闘が始まりそうな雰囲気を破ったのは、意外にも威圧感を放つセリスだった。

 

「ならこうしましょう? わたしがシロちゃんを抱えて歩くの。今朝と同じように。簡単で、シロちゃんは歩くという怠い動作を省ける。わたしはシロちゃんと一緒に行ける。どう? お互いの条件は満たしていると思うけど」

 

「………………なんで俺を連れて行きたいのさー」

 

「なんでって、シロちゃん目を離すと心配なの。どこか道端で倒れて寝てないかーとか、飴に釣られて変な人について行かないかーとかね」

 

「俺はあんたの子供かっ!?」

 

「子供というより弟ね」

 

「弟じゃねーよ!? 逆に俺は立派なおにい………………」

 

「おにい?」

 

さっきまでの勢いはどうしたと言いたくなるほどに、白雪は静まり、黙った。

突然の変化に困惑した表情をするセリスを、申し訳ないと思い、何でもないとそこで話を切った。

 

(自分の事情のせいでセリスとの空気を悪くするのはごめんだ…………それに)

 

「…………何が立派……だよ」

 

誰も聞き取れない音量で呟いたその言葉は、騒がしい教室内に溶けて、消えていった。

 

 

 

 

 

「疲れたぁ。そして眠い……」

 

寮へ帰ってくるなりそう呟いた白雪は、荷物を適当な所に放り投げ、二段ベッドの上段へ登るために梯子に足をかけた。

そこで、白雪はある違和感を感じた。

ーー何かがおかしい……。

セリスとの模擬戦の日から始業式までの数日。

住んでいたがこんな違和感を感じたのは初めてだ。

「酷いわね、シロちゃん。一人だけバレないように逃げるなんて」

 

違和感の正体を突き止める前に、あの騒動に巻き込まれたセリスが帰ってきた。

あの騒動とは、簡単に纏めるとステラと一輝の妹、黒鉄珠雫が喧嘩を始め、固有霊装で教室を吹き飛ばしたことだ。

その場に白雪とセリスもいたのだが、いち早く面倒ごとを察知した白雪は教室が吹き飛ばされる前にセリスの目を盗んであの場から逃げた。

逃げた直後に、背後から爆音が聞こえてきたときは、逃げて正解だと白雪は自分の直感に感謝した。

「だって、あの場にいたら絶対俺まで飛び火しただろうから……案の定、セリスも巻き込まれただろ?」

 

「ええ……」

 

頷く彼女を見て、やっぱりとあの場にいなかったことに安堵する。

白雪はまだ梯子に足をかけたままだったことを思い出し、上段へ梯子を上っていく。

そこであることに気づいた。

ーーあれ? 梯子を上る?

白雪は、黒乃に連れてこられたときのことを思い出す。

まだ部屋が一人のとき、二段ベットの上に上るのが面倒くさくて、下段で寝ていたはず。

それはセリスが初めて部屋に来た時も、ベットの下段にダイブしようとしたのはまだ記憶にある。

なのに何故、今自分は梯子に足を置き、更には上ろうとしている?

そこまで考えたところで、感じていた違和感の正体に気づき、白雪は「あああっ!!」と大声を上げる。

 

「…………!? な、なに、シロちゃん?」

 

脱衣所から私服に着替えて出てきたセリスは声を張り上げた白雪に驚き、その金色に光る綺麗な瞳を丸くしていた。

キラッと光って見える瞳は宝石のようで見惚れてしまう。しかし、白雪はそんなこと知らんとばかりにまた同じ声量で続ける。

 

「いつの間に俺がベッドの上で寝てるの!? セリスが来る前までは下のはずだったのに」

 

「ああ、そのこと。それは理事長さんがやったことよ。『レディーファーストだ。それにあいつは少しは苦労というものを知る必要がある。例えそれが梯子を登る小さなことでもな』だって」

 

「本当に小さいなっ!?」

 

そう突っ込まずにはいられなかった。

 

「けどまぁ、理事長さんの言うことには一理あると思うわ。急に大きな面倒ごとが来たらシロちゃん絶対やらないでしょ? 」

 

「今まで俺を持ち上げてベッドの上に乗せていた本人がそれを言うか……」

 

白雪はそう言うがセリスは知らんととぼけて見せる。

 

「それに、この国には“塵も積もれば山となる”って言葉があるぐらいなんだし、ちょうどいいと思うわよ?」

 

「何が塵も積もれば山となるだよ。積もるのは俺の疲労とストレスだけだ」

 

「ふふ、ならストレス解消に今週の休みの日にデパートにでかけよっか」

 

その提案に一瞬嫌な顔をした白雪だったが、あの約束があることを思い出して頷く。

 

「別にまだストレスが溜まったわけじゃないけど……、模擬戦に勝った約束として、飴を買ってもらおうかな」

 

模擬戦に勝てば飴を買ってもらう。その約束で初めた戦いだ。

ーーきっちり約束は守ってもらわないとな。

 

「じゃあ、当日はデートね。こっちでの生活用品とかも買いたいから朝から行きましょう。あ、寝ていたらわたしが起こしてあげるから安心してね」

 

芸術的な美しさを持つセリスとデートとなれば、男なら舞い上がる出来事だろうが、白雪はジト目でセリスを一瞥した後、気になっていたことを聞いた。

 

「気軽にデートとか言ってるけど、セリスって初めて会ったときはもっと、大人しめっていうか、そっち方面には初心だったよね?」

 

「それはそうよ。男性なんてお父様以外なら一人しかあまり合わないんだから。でも、妹達がいるからかな? シロちゃんはなんて言うか、弟みたいな感じなの。だから、少し大胆な台詞くらいへっちゃらだわ」

 

別に異性としてみて欲しいわけではない。けど、最近子供のような扱いを受けていたのはその為かと今ので察する。

弟(子供)のようと言われては黙って入れない。

 

「なら、セリスは弟にプロポーズする変態なんだ」

 

たったの一言がセリスの胸にグサリと刺さったようで、目にめえて動揺していた。

 

「そ、そそそそれは…………オホン、ま、まだあのときはシロちゃんの事を弟として見ていなかったからセーフよ。ええ、セーフですとも」

 

頬を赤めて必死に弁明するその姿を笑って見ていた白雪はちょっとだが仕返しができたからいいかと、セリスを無視して上段の布団にくるまった。

 

「だからあれはーーーーって、シロちゃん! 何無視して寝ようとしてるのよっ」

 

寝るために横になっている白雪は肩を掴まれ強く揺らされる。その際頭もぶんぶんと揺れる。

そんな状況で寝れるはずもなく、現在も揺らされている白雪は思う。

 

ーーセリスをからかうのは極力避けよう。

 

でないと自身の安眠まで妨害されることになる、と。揺らされる中、白雪はそう、強く決意した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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