この国では十五歳から元服を迎え、大人の仲間入りになる。つまり、一応白雪とセリスも結婚できる歳で、今の時代では、結婚という言葉は案外身近に感じるものになっている。
なので、結婚を前提にという告白は、プロポーズと捉えられてもおかしくない。
セリスは文句なしに美少女だ。
だが突然、そんなお嬢様から結婚を前提に付き合ってほしいなんて言われれば、困惑してしまうのも事実。
もしかしたら、何らかの悪戯や冗談の可能性も考えられる。
だが、白雪はその考えを瞬時に否定する。
何故なら、このお嬢様が悪戯に告白なんてできるだろうか?
答えは否だ。胸を触らせていたが、あの時の白雪の手を握る彼女は羞恥に身体を震えていた。
それに、キラリと美しく輝いて見えるその双眸は、ただ一点、白雪の瞳を見続けていて、それと目を合わせた白雪は彼女が本気なのだと、言われずとも理解できた。
しかし、ならば尚のこと白雪は困惑した。
何故自分なのだろう?
と。
セリスと会ってまだ二日目。初日も、模擬戦を行っただけで、好感度を上げるような行動も言動もした覚えはない。
ましてや、実は会ったことがある、なんてベタなこともない。
可能性としては二つ。
知らず知らずの内に、セリスの好感度を上げるような事をしていた場合。
それと、何か別の目的がある場合。
可能性としては、限りなく後者のほうが高いだろう。
取り敢えず、いつまでも黙っているわけにはいかない。白雪は一旦、疑問についての思考を止め、返事を返すことにした。
告白されているのにいつまでも黙っていては失礼だろうから。
白雪の答えは決まりきっている。白雪は、面倒ごとをとことん嫌う。
故に、
「ごめんなさい」
困惑はすれど、迷いはしない。
まだ面倒ごととは決まったわけではないが、白雪は直感的に感じ取ったのだ。
断らなければお前に平穏はないぞ、と。
「断られるであろうとは思っていたけど、迷いなく言われるなんて……」
ショックを受けたようで肩を落とすセリス。
だが気を取り直して、再度アタックを仕掛けてきた。
「もしわたしと結婚したら、シロちゃんの好きな飴、いつでもどこでも食べたい放題よ?」
「………………」
何も答えず無視を決め込むが、ピクリと体が動く。それを見逃さなかった彼女は、にやりと口を歪ませ続きを話す。
「それに働かなくて済む上に身の回りの世話は全てメイドや執事らがやってくれるわ。飴が毎日食べれて、身の回りのことは他に任せられる。シロちゃんにとって夢のような生活じゃない?」
「………………」
先程のように無視を決め込んでいるが、動揺しているのがバレバレだ。身体は自分の意思とは反して素直に反応するもの。
そのことに白雪はくっと、悔しそうな声を漏らす。
あと一押しと思ったのか、セリスは更に好条件を突き立てて、逃げ場をなくしていく作戦に出た。
しかし、どれだけ好条件を並べられても白雪は頷くつもりはない。
確かにセリスの言う生活はとても何て言葉では足りないくらい魅力的で、夢のようだ。
しかし白雪は知っている。
タダほど怖いものはないっ!! と。
そんな夢のような生活を提供して、裏がない何て無い。必ずそれと同等の見返りを求められるはず。それは、白雪の平穏の終わりと同義だ。
(そんなこと、神が許しても俺が許さないーーーーっ!!)
だが、何故いきなり告白してきたのか?
気にならないわけはなく、白雪はセリスに尋ねた。
「セリスはどうして俺に告白したの? セリスはお嬢様なんだから引く手数多だろ」
「…………ええ、隣国から婚約の話は幾つもきているわ。でも、わたしはその話すべてを断っている。その相手が好きじゃないって言うのもあるけど、非伐刀者だったり、伐刀者でも弱かったりするからよ」
「なんで? 結婚とかに強さとか関係なくないか?」
率直に、思った疑問を言う白雪。
その疑問に、セリスは自国のことも交え話し始めた。
「シロちゃんも知ってることだろうけど、ヴァーミリオン皇国は小さい国なの。それは国の大きさ、人口もそうだけど、軍事力も同等。他国に攻められたらひとたまりも無いわ」
A級騎士が二人もいる時点で軍事力に関しては過剰だろうとツッコミたい。が、それでも国が相手ならば数の暴力で押し切られる可能性は限りなく高いだろう。
それが十年に一人、いずれ歴史に名を残す大英雄と謳われようとだ。
「だからわたしは修行も兼ねてこの国に来た。あの国にい続けたらきっと、わたしとステラは強くなれないと思ったから」
セリスがなぜこの国に来たのかはわかったが、肝心の結婚についてはまだ聞かされていない。
別に催促はしないが、結婚前提にお付き合いを申し込まれた白雪はそこが一番知りたい。
まぁ、何となく気づいてはいるが……。
「それと結婚がどうして繋がるかってことだったわね。さっきの話で予想はできたと思うけど、これからのヴァーミリオンには強い伐刀者が必要なの。それも生半可な強さじゃなく、それこそ“歴史に名を残せる程”の強者が」
セリスの真剣な眼差しが白雪へ向けられる。
そこまで言われれば、例え鈍感であったとしても理解するだろう。つまり、彼女の告白の意味、そして目的はーーーー
「A級騎士でいて、わたしよりも強い。“卍解”を使えば他のA級騎士すらも軽く凌駕できるその力が、自国を守るために欲しいの! だからお願い。わたしと付き合って……いいえ、結婚してください」
「…………」
布団の上で、向かい合う形で座っているセリスが頭を深く下げてお願いする。
それを見て白雪は考える。
この話を受けるメリットとデメリットを。この話を受ければ、将来は約束されたようなものだろう。だが、もし将来、戦争などが起こったとしよう。セリスの話が確かなら、白雪は戦場へ駆り出されることになるだろう。それも最前線に、戦争が終結するまで。あくまで、戦争が起きればの話だが、今の時代。完全にないとは言い切れない。何かの拍子で起きてもおかしくはないのだ。
「なら、尚更ごめんなさい」
「ーーーーっっっ!!」
セリスの顔が悲痛に歪む。
「どう……して? わたしってそんなに魅力がない? それともまだ何か足りない? 言って。できることなら何でもするから!」
すがりつくように白雪の袖を掴む。そこまで必死なのは国を愛するがため。ヴァーミリオン皇国は国王、貴族、民など関係なく皆等しく家族。家族を守りたいのは当然であろう。
しかし、ならば尚更ーー、
「別にセリスに魅力がない訳でもないし条件が不満な訳でもない」
「じゃあーー」
「もし、本当に国を救いたいというのなら、俺は止めておいたほうがいいよ」
「…………え?」
セリスの言葉を遮って出てきたのはそんな言葉だった。セリスは白雪の言った意味を一瞬理解するのが遅れたのか、少々間があった。
「俺は見ての通りこんな性格だし、例え戦争なんかに連れて行ってもみんなと連携も取れず足手まといになるだけ。そんな奴いない方が逆に国のためだよ」
「そんなことは……」
ないとは言い切れないだろう。きっとセリスは今、昨日の模擬戦で氷輪丸が観客の生徒たちに被害を及ぼしたことを思い出しているのだろう。
「それに、俺は戦力としては不安要素が多すぎる。今回セリスに見せた“卍解”あれはまだ未完成なんだ」
「ーー!? うそ……ッ!! あれで……まだ未完成……?」
セリスが驚愕に目を見張るが、白雪はなんでもないように話を進める。
「なにも未完なのは“卍解”だけじゃない。俺の固有霊装……《氷輪丸》すら、きちんとした固有霊装ですらないよ…………まぁ、“卍解”も《氷輪丸》も、完成することは無いだろうけどね」
(ま、結局のところ俺は“伐刀者”としても未完で、それを踏まえた上で未熟すぎるってことだな)
「…………固有霊装すら未完……? 完成することは、無い……? そんなことがありえるの……」
当然の疑問だ。“卍解”ですら知らなかったのに、更に固有霊装まで未完成など知り得なくて当然。白雪が例外中の例外すぎだだけなのだ。
しかし、セリスの疑問にあまり深く聞かれたく無い白雪は苦笑で返すのみ。
その気持ちを察知してくれたのか、セリスの追求はなかった。
ありがとうと、心で感謝しつつ白雪は話を終わらせる様に進める。
「気にしなくても、セリスなら近いうちに俺を超える伐刀者になれるよ。昨日戦った感じ、セリスは魔力制御が雑だから、そこを意識して訓練すれば今までより格段に強くなれる!」
珍しくはっきりと言う。
いつも怠けている白雪には到底見えないだろう。しかし、白雪のその姿は、“妹の世話を焼く兄の様”にセリスの瞳に映った。
♢
「はぁー! はぁー! ゴール……ッ」
「おつかれさま」
「へ、平気よ……ッ、こ、これくらいっ」
流れる汗を拭く余裕も無いほど疲れきっているくせに、ステラはたいした根性だ。
が、それはステラだけでなくこの場にはたいした根性持ちは他にもいる。
「はぁー、はぁー、よ、よくこれほどの練習量を、はぁー、毎日こなせるわね……ッ」
一輝の日課の特訓に、前々からステラとセリスも加わっていた。いつも気まぐれに参加していた白雪も驚くことに毎日顔を出していた。
それもそのはず、白雪の意思とは関係なしにセリスが部屋から連れてくるからだ。
しかし、その当の白雪は先ほどから姿が見当たらない。
まさか帰ったのか? と、セリスは辺りを見回す。すると、近くのベンチから誰かの息遣いが聞こえてきた。
「すぅ、すぅ……」
近づいてみれば、ベンチに仰向けで寝息を立てていた。それはもうぐっすりと。
これは起きないと知ったセリスは白雪の頭を浮かしそこへ座る。そして、白雪の頭を自身の膝の上えと乗せる、膝枕だ。
自分とはまた違った綺麗な銀色の髪を、割れ物を扱う様にソッと撫でる。
くすぐったそうに頭を揺らす白雪を見て、セリスは微笑む。
その笑みはまるで、手のかかる弟を見守る姉。
「ちょっとセリス。次はじめるわよ」
名前を呼ばれたセリスは一度頭を撫でる手を止め、白雪の寝顔を見ていた顔を上げる。
声の主、ステラが固有霊装《レーヴァテイン》を片手に待っていた。
どうやら、休憩はおしまいのようだ。
寝ている白雪を起こさないよう今度も頭を浮かせ、立ち上がる。
「セリス、こいつは起こさなくていいの?」
「こいつって……彼みたいに名前で呼んであげなさいよ」
「一輝のことは関係ないでしょ!? それに、アタシはまだこいつの事認めてないんだから!」
「どうしてよ。シロちゃんはわたしに勝ったのよ?」
「それが未だに信じられない。百歩譲って、セリスが負けたことは納得してあげる。でも、手も足も出ずに完敗って、それだけは信じられないのよっ!!」
「それは理事長さんにも聞いたでしょ? あれは本当の話よ。前半はいい感じに戦ってはいたけど後半からはわたしは手も足も出せず敗北したの」
「だから、それが信じられないって言ってるのよ!」
セリスの実力を、一番知っているからこその白雪へ対する疑問で、疑心。
セリスとステラはヴァーミリオン皇国ではライバルとして何度も己を高め合ってきた。
だからこそ信じられないし、信じたくないのだ。自分のライバルが、どこの馬の骨とも知れない伐刀者に負けたことが。
しかし、そう思っているのはなにもステラだけではない。
「そうは言うけど、実際のところわたしの方が信じられないのよ? ステラがFランク騎士に負けたことが……それに比べたら、わたしの完敗なんて大したことではないでしょう? シロちゃんはA級騎士なんだから」
「ーーッ!! そ、それは……、アタシだって正直驚いたわよ。でも、それは一輝が死ぬような努力を何年も続けていたからよ。こいつみたいにぐうたらしてるだけの怠け者と同じにしないでよ!」
この発言には、ついカチーンときてしまった。
それはセリスがバカにされたからではない。白雪がバカにされたからだ。
「ほぅ、ならステラはわたしがぐうたらの怠け者に負ける弱者であると? それならわたしは怠け者以上の怠け者ってことね」
いや、やはり自分がバカにされた事に少しは怒っていた。
「なっ……! そんなこと一言も言ってないじゃない……ッ!」
「いいえ。ステラはそう言ったも同然よ? 怠け者に負けたわたしは怠け者以下だって」
売り言葉に買い言葉。二人の言い合いがどんどん激しくなっていく。すると、ステラから炎がメラメラと燃え始めた。それはセリスも同じで、水がセリスを守るように現れる。そして、終いには固有霊装まで顕現させるまでにエスカレートしていく。流石に見過ごせなくなったのか、セリスとステラの間に一輝が割って入ってきた。
「ふ、二人ともっ、喧嘩はその辺にしてーー」
「ちょっと一輝! 邪魔しないでよ」
「ええ、そうね。これはわたしとステラの問題。部外者は黙っていなさい」
できれば一輝もこの中に割って入りたくなかっただろう。それは一輝の引きつった顔からはっきりと読み取れた。しかし、ここでセリスは引くつもりはなかった。この脳筋女に、白雪をわからせてやると。
ステラを睨むセリスに、セリスを睨むステラ。
両者一触即発の空気。
もう、その激突は止められない。
セリスは《皇鮫后》を握りしめ、地を蹴ろうと足に踏み入れた瞬間。
「いい加減うるさい」
『な…………っ!?』
鬱陶しそうな声とともに、バシィィンッ! と、二人は固有霊装ごと、下半身が凍りついた。
「シロちゃん!? いつの間に起きて……」
「ウソ……アタシの炎がこんな簡単に凍らされたなんて……」
セリスは模擬戦で悉く技を凍らされた経験からなんともなかったが、ステラはそうはいかなかった。氷と炎。明らかに炎が結果的に勝つはずだが、先ほど凍らされたステラの炎は一向に溶ける気配がない。その事に、ステラは歯噛みし、そして同時にわかってしまう。白雪の実力に。
「喧嘩するなら他所でやってよ……。こんな所でA級騎士同士が戦ったら近くで寝てる俺まで被害受けるどころか学園そのものが危ないよ」
気持ちに駆られてその事をすっかり忘れていたセリスは氷を解かれたら直ぐに固有霊装を消した。
「ごめんねシロちゃん。わたしもどうかしてたわ、こんな場所で戦おうだなんて」
「正直、どこで誰が戦おうと俺には関係ないけど、せめて俺が被害受けないよう気をつけてね」
それだけ言うと、白雪はまた眠ってしまった。
一瞬の出来事に、ステラはまだ悔しそうに顔を歪め、一輝は苦笑していた。
若干、気まずい空気にはなったが、一輝が朝練を開始した事によってそれは消えた。
だが、その時のステラの鬼気迫る勢いには恐怖を感じたと、後に二人は語った…………。