破軍学園の理事長、新宮寺黒乃の合図で模擬戦が開始された。
はずなのだが…………。
『どっちとも動かないぞ?』
『どうなってんだ?もしかしてセリスさんの方、あの大っきな固有霊装(デバイス)で動けないんじゃないか?』
『春日野くんもまったく動かないしね』
『Aランク同士の戦いって、もっと派手だと思ってたのに……』
観客席から落胆の声が上がる。白雪たちの前の模擬戦は派手なものだったため、余計にこの戦いに期待感を寄せていた分、何も起きない状況にショックを受けているのだろう。
「…………」
セリスは構えたまま動かない白雪を最大限に警戒しながら観察していた。彼の一挙一動を見逃さないように、どんな攻撃が来ても対処できるように。
(ただ構えているだけに見えて全く隙が見当たらない……! でも……)
しかし、模擬戦が始まって暫く、痺れを切らして先に攻撃に出たのはセリスだった。
「ハァァアアア!!」
セリスは巨大な剣の重さを感じさせない速さで白雪に詰め寄り、水纏う鮫の大剣を振り下ろす。
一見、巨大な剣を力任せに振っているように見えるが、実際は恐ろしく鋭い。
それを前に白雪は、始まりと同様動かない。
《皇鮫后》が白雪に当たるという寸前で、初めて動く。
《氷輪丸》の刀身を斜めにずらし、 《皇鮫后》をずらした刀身で滑らすようにいなす。
「ッ!?」
ただなんともない一つの動作だけで躱されたことにセリスは目を見張る。
いなされた《皇鮫后》は地面に叩き付けられた。
瞬間ーー、
ずおんっ、と白雪たちが戦っている第三訓練場そのものが激震した。
「うわ……」
そう、思わず言葉を漏らした白雪は悪くないだろう。
「何よ、 シロちゃんだってこのくらいできるでしょう?」
「いや、簡単には無理だよ……」
何を当たり前のように言っているのだろう。白雪が呆れたような視線を向けると。
「そうかしら? ステラだってさっきの模擬戦でガンガンここ揺らしてたわよ?」
「…………」
白雪は、もう何も言うまいと口を閉じ静かに追撃に備え構えた。
それが合図かのようにセリスが《皇鮫后》を振る。上下右左と、あらゆる場所からの連撃。その一撃一撃が第三訓練場を大きく揺らすほどに重い。
(これ、ステラちゃんもガンガン揺らしてたっていうのはうそじゃないね)
その全てをいなしている白雪は内心でその馬鹿げた力に呆れたながらも納得していた。
「シロちゃんは攻めてこないの? このままじゃ、わたしに勝てないわよ?」
真正面に振り下ろされた《皇鮫后》を《氷輪丸》で受け止める。そしてつばぜり合いになったところで、セリスがそう口にする。
「ん〜。そうは言われても、小学生のときから今までずっとこれだったしな」
白雪は眉を顰め、困惑気味に答えた。
「あら、ならいつもはどうやって勝ってるの? シロちゃん、その様子だと攻撃なんてしなさそうだけど……っ」
《皇鮫后》に力を加え、押し潰そうとしながらも再度疑問を浮かべ白雪に尋ねる。
「どうやってって、今の通りにずっと防いでたら、何故か相手が勝手に降参していった」
「………」
途端、セリスの顔がなんとも言えないような表情を浮かべた。それと同時に、重くのしかかっていた《皇鮫后》の力がほんの少し弱まったのを感じた。
「よっ……と」
「え? ーーきゃっ!」
その隙に、白雪は軽く《皇鮫后》を押し返す。無意識のうちに力が弱まっていたのだろう。お押し返されたセリスは可愛い悲鳴をあげて、何歩か後ろへ下がる。
「もう、いきなり酷いわね」
セリスが頬を膨らませ不満げに言った。
その様子が、白雪は可愛いと思ってしまったのだが、それは内緒である。
「それにしても、みんながみんな降参、ねぇ。シロちゃんはなにか心当たりとかないの?」
「ないーーーあー、でも一つ訂正。あのときは相手が攻撃してきても俺は何もしなせず、ただ突っ立ってただけだった」
「何もせず突っ立ってただけ? 今みたいに受け流していたわけではなくて?」
「うん。必殺技とか言って攻撃してきたけど、俺に傷一つも作れそうになかったから」
「…………」
白雪がそう言うと、セリスは何故か急に白雪を見る目が冷たいものに変わっていた。白雪は何故急に冷たい目で見られているのかわからなかった。自分の発言の中に気に障ることでも言ったのだろうか? と白雪は必死に頭をひねるが、ついぞ答えが出てくることはなかった。
「……シロちゃん、それよ」
「ん? どれ?」
「はぁ……。その“必殺技を受けて無傷だった”って所よ」
呆れと、出たため息とともに、セリスは指摘する。
「なんでそんなことだけで?」
それが、訳を聞いた白雪の感想だった。
「それだけのことじゃないわよ。あのねシロちゃん。自分の自信のある最大の技が、防がれたわけでも避けられたわけでもなく、突っ立ってただけの相手に傷をつけられなかったって、余程のショックなのよ?」
「そうかな〜? 俺に傷をつけたやついたけどなぁ」
「それはいるでしょうよ。でもね、最大の技を使っても無傷だったていうのはもしわたしだったとしてもショツクよ。ましてや小学生なんだから、自信が打ち砕かれ、心が折れちゃうわよーーーーー」
セリスの瞳が哀れみの色が濃く浮かぶ。それは今まで白雪と戦ってきたものに対してなのか。
「ーーー日本に向かうときお父様が言っていた『伐刀者殺し』ってもしかしてシロちゃんのことじゃないのかしら」
ふと、セリスが小さく、自分にしか聞こえない程度で呟く。
それは、セリスが日本に発つとき父親から言われた言葉だった。
「『伐刀者殺し』に気をつけろ」と。
それを聞いたそのときは物騒だとそのとき思う反面、出てきたら返り討ちにしてやろうと、そこまで警戒するようなことはなかった。
しかし、
(なるほど、物理的に伐刀者を殺したのではなく、精神的に殺していたってわけね。しかも無意識で……)
運悪く白雪と当たり、心を折られていった者たちをセリスは本気哀れを感じてしまった。
それよりもーーー。
「いい加減、再開しないといけないわね。…………シロちゃん、ここからが“本番”よ。攻撃するつもりないなら、今からシロちゃんはわたしに潰されるだけ」
雰囲気がガラリと変わる。肌に刺すようなピリピリ感が、第三訓練場に充満する。
「攻撃するつもりはない訳ではないんだけどね。ただ、今まで俺から動く必要がなかっただけで」
白雪とセリスは少し話しすぎたと言わんばかりにお互いが構え直す。もうお喋りは不要、ここからは剣で、固有霊装(デバイス)で語ろうと。
そして、またも仕掛けるのは当然、セリスからだ。白雪が自分から攻撃を仕掛けないスタイルで戦っているならセリスから始めなければならない。
生半可な攻撃では通用しないと、理解したセリスはいなすことなどできないほどの威力で潰しにかかった。
魔力で動く速度を上げたことで更に力が増す。
それから功を描くように振り下ろされる《皇鮫后》は、霞んで見える程。
「ッ……!」
今までのようにいなしてかわすのは不可能と判断した白雪は即座に違う回避行動に出る。
いなすまでは同じ動作だ。しかし、刀身同士がぶつかりあった瞬間、白雪は横へ吹っ飛んだ。
一見、周りからは白雪が吹き飛ばされたように見えるが現実は違う。セリスの威力を利用して“白雪自らが横に飛んだのだ”。
「まだよ、シロちゃんっ!」
それを理解しているセリスは魔力をエンジンのように蒸し、急速に接近、追撃する。
『は、速すぎだろ……!』
『目で追えねぇーぞっ!』
『ってかこれ、もう大きな地震じゃないか……!』
『ただの斬り合いだけでここまで激しいなんて……』
観客席からそんな声も聞こえるが、白雪は息つく暇もなく激しい攻防に見舞われていた。《氷輪丸》と《皇鮫后》が合わせるごとに、今までと比較できないほどの“激震”が起こっている。
中にはその激しさに耐えきれずに、耳を抑える者、すぐにここから出て行く者、そしてこの戦いを見逃さないとしっかりと両目を開き観察するように見ているものいた。
「まさか、シロちゃんがここまで打ち合えるなんて……」
「いっただろ? 今までは俺から動く必要はなかっただけって」
徐々にお互いのスピードが、剣を振る軌道が速くなる。
固有霊装(デバイス)が空を切る音、金属同士が激しくぶつかり合う音。
まだお互いに異能を使わずにこの迫力、この威力。まさにAランク騎士、規格外の化け物通しの戦いだった。
他の有象無象などの介入は許さない、否、許されない。
自分たちとは立っている次元が違う。そう、見に来ていた生徒たちの心に深く刻み込み、心を折る模擬戦となっていた。
無意識とはいえ『伐刀者殺し』の異名は健在だった。
「このままじゃ、拉致があかないな……」
決着がつかない。それはセリスも同意見だった。
故に、今のままではいけない。
セリスは一旦距離を取る。展開のない硬直したこの状態を動かすために。
《皇鮫后》の切っ先をを白雪に向けて構える。
すると《皇鮫后》が黄色にメラメラと輝き始める。
その輝きは人を魅了する美しくさを放っているが、白雪は最大限警戒していた。
(あの黄色に光るもの、綺麗に見えるけどあれは魔力だ。それも《皇鮫后》に凝縮された魔力の塊……さて、どんな技なのかな)
「波蒼砲(オーラ・アズール)」
そして、技の名前が口から紡がれた。
と同時に、凝縮された魔力が放たれる。
「ーーーーく、はっ……!」
放たれた魔力は、予想もしない速度で白雪を貫いた。
貫かれた勢いで、白雪は後方の壁まで吹き飛ばされた。耳を叩くような衝突音とともに土煙が上がる。
(っ〜〜〜〜! 今のはモロにくらっちゃったな。さすがに効いた〜。……けどこれが幻想形態の模擬戦でよかった)
白雪はゆっくりと立ち上がりながら、強くそう思った。
(波蒼砲(オーラ・アズール)……。もしあれを実戦でくらっていたらと思うと…………ッ!)
ゾクッ!
と、そこまで考えたところで白雪の背中に悪寒が走った。もしこれが実戦ならば、間違いなく今の一撃で白雪は致命傷を負っていただろう。
(これは俺も真面目に攻めていかないとジリ貧だな…………しかたない、腹をくくろうかな)
白雪は周囲を漂う土煙を、《氷輪丸》で払う。土煙が斬り裂かれ、視界がはっきりとする。
土煙が晴れ、まず初めに視界に入ったのは、再度、同じ技を構えたセリスの姿だった。
「波蒼砲(オーラ・アズール)」
白雪を吹き飛ばした凝縮された魔力が空間を切るように一直線に進む。
放たれた後で構えても間に合わない高速の攻撃。それはなんの狂いもなく白雪へと“当たるはずだった”。
しかしーーー
「二度も同じ技にやられるつもりはないよ」
白雪が呟いた瞬間。白雪の周りからは冷気が溢れ出し、ちょうど額のあたりで波蒼砲(オーラ・アズール)が“氷った”。
「ッーーーー!?」
なんの動作もなしに自分の攻撃を氷らされ、セリスの顔は驚きに染まった。
「行くよ、セリス。次は俺からだ」
そう言うと、セリスが答える暇もなく白雪は行動する。
「霜天に坐せーーーーーーー」
その解号ともに、空気中にある水分が凍り、渦巻くようにして白雪の周りに集まってくる。それは、巨大な氷の竜となる。
「氷輪丸っ!」
刀をセリスへ向けて振る。刀身から放たれた氷の竜が、セリスに牙を剥いて襲いかかった。
セリスは驚きから我に返り、波蒼砲(オーラ・アズール)で迎え撃つが、氷輪丸へたどり着く前に、氷輪丸の放つ冷気によって氷らされていく。
「う、そ……」
うめき声に似た腹の底から絞り出すような声を上げる。
氷輪丸は加速しながら、セリスのいる地へ激突し、そのままの形で氷柱になった。
その氷柱の中にはセリスが固まり、閉じ込められていた。
『うおぉおお! さみぃーー!!』
『ぎゃぁぁぁあああ! 俺の腕、腕が氷ったぁぁッ!!』
『落ち着けっ! 見ろ! お前の隣のやつなんて、半身氷ってるぞ!』
(あー、注意するの忘れてたなぁ)
観客席から届く悲鳴のようなものを聞いた白雪は声をあげて生徒たちへ言った。
「言い忘れてたけど、俺の氷は観客席ごと巻き込むから、自分の身は自分で守ってね〜。もし無理ならこの場所から出て行くことをお勧めするよ」
『それを早く言えやぁああ!』
『こっちなんて何故わからんが下半身だけ氷ってんねんぞ!!』
「下半身だけ氷ってる……プッ」
『あいつ、人が氷ってるのに笑いやがった……』
『鬼や、悪魔や……違う、妖怪や。雪女や』
『やばいよ。このままここにいたら私たちセリスさんのように氷柱の中に凍らされちゃうよ……』
白雪は誰にも聞こえないように呟いたつもりだったが、どうやら生徒たちはしっかりと拾い上げていたようだ。
だがしかし、今の声の中に聞き捨てならないものが混じっていた。
ーーーー雪女、だと……?
「誰が雪女だぁ! それなら俺は雪“男”だろ!?」
男の部分を強く強調するように叫ぶ。白雪の怒気のこもった声を聞いた生徒たちは、怯えて、第三訓練場を出て行った。
と言うけども、実際、彼ら彼女らはこのままこの場に留まり続けていたならば、間違いなく氷漬けにされていたであろう者たちだ。結果的には出て行って正解だ。
「ったく……、ん?」
生徒たちはが完全に出て行った頃、氷輪丸によって氷漬けにされているセリスの氷柱にヒビが入る。
そのヒビは徐々に広がり始め、バリンッ! と砕け散った。
「はぁ……はぁ、はぁ……『氷雪の覇者』、って言われるぐらいだから……はぁ、氷を使うのはわかっていたけど、いきなりあんな技を使ってくるなんて……!」
肩で息を乱しながら、地面に散らばっている氷の破片をシャンシャンと音を鳴らしセリスは歩く。
「それはお互い様だよ。俺だって急にあんな早いの飛んでくるなんて思いもよらなかったし」
「はぁ……、はぁ、それに、何よそれ……固有霊装(デバイス)が変わるなんて聞いたことないわよ……」
セリスが見つめる先、それは白雪の固有霊装。白雪の固有霊装(デバイス)である《氷輪丸》は珍しく鞘のある長い刀だった。しかし、今持っている《氷輪丸》の柄尻の部分には、初めにはなかった鎖が伸びていた。その鎖は三日月型の刃物が付いていて、それはさながら龍の尾のようにに見える。
「まぁ、これは俺の固有霊装(デバイス)が特別なだけだから、気にしないで」
長く、地面まで伸びている鎖を手に巻く。
「気にするわよ。見たこともない現象が目の前で起きれば……」
「まぁ、それもそうだね……でも、自分の手の内は簡単には明かせないよ」
「それもそうね。……なら、力尽くで聴かせてもらうわ!」
覇気のある声あげると同時に、セリスのもつ《皇鮫后》から膨大な量の水がうまれた。
ここに来て、セリスの言う“本気”という意味に触れた。つまりは、『能力を主に使った戦い』。
そして、これから本当の意味でAランク騎士の化物同士がぶつかることとなる。