落第騎士と怠け者の天才騎士   作:瑠夏

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episode.1

破軍学園。ここは《伐刀者》を育成する学校だ。《伐刀者》とは、己の魂を武装ーー《固有霊装》として顕現させ、魔力を用いて異能の力を操る千人に一人の特異存在のこと。古い時代には『魔法使い』や『魔女』とも呼ばれていた。

 

そして、《伐刀者》は、科学では測れない力を持っており、最高クラスになれば時間の流れを意のままに操り、最低クラスでも身体能力を超人の域で底上げすることが出来る。人でありながら人を超えた奇跡の力。武道や兵器などでは太刀打ちすることすら叶わない超常の力。

 

今や、警察も軍隊も、戦争ですら《伐刀者》の力なくしては成り立たない。

 

だが、大きな力には相応の責任が伴う。その一つが《魔導騎士制度》である。魔導騎士制度とは、国家機関の許可を受けた伐刀者の専門学校を卒業した者のみ『免許』と『魔導騎士』という社会的地位を与え、能力の使用を認めるというものだ。

 

伐刀者の専門学校は全国に七校存在し、破軍学園もそのうちの一つなのだ。

 

 

『日本のAランク騎士、春日野白雪くんが破軍学園入学!同時にヴァーミリオン帝国からステラ・ヴァーミリオン姫が、そしてステラ姫と同じ皇族のセリス・リーフェンシュタール姫も入学!』

 

今はどのニュース番組も、新聞記事もこのことばかりが報道、記載されていた。

 

テレビには春日野白雪、ステラ・ヴァーミリオン、セリス・リーフェンシュタールの三人が映し出されていて、上には『若き三人の天才Aランク騎士!』と、表示されていた。

 

朝のランニングのため、部屋を出ようとしたところで春日野白雪は、テレビに映る自分と同じAランク騎士をちらっと一瞥してすぐにテレビから視線を外した。

 

電源を落とし、部屋に鍵を閉める。

そして、正門前まで軽いジョギングで向かう。

 

「あ!白雪君!おはよう。来てくれたんだね!」

正門前から誰かが白雪を呼ぶ声が聞こえてくる。その声は、どこか嬉しさが混じったようなものだった。

 

「……ああ、一輝、おはよう。今日はたまたま朝から目が覚めてな……二度寝しようにもできなかったから、カラダ動かしに来た」

そう返した白雪はとても眠そうに、瞼を半分近くまで閉じていた。

 

その仕草から、無理して出てきていることが丸分かりだ。白雪は一輝に言われた、「気が向いたときでいいから、一緒に朝練しよう」と言葉を恩を返すためとはいえ迂闊にも承諾してしまい、最低でも週に2、3回は顔を出すよう心がけていた。一輝には白雪が無理して来ていたことに気づかれ、「無理なら来なくても大丈夫」と言われた。ここで頷けば、この朝練を止めて寝続けることができるが、それは白雪のプライドが許さない。

 

「さ、行こうか!」

「……おう」

目を擦りながら気だるげに声を出す。

 

朝練は正門前でて、二十キロを走る。そして走り終わると、木刀を使っての模擬戦。怠け者の白雪は、「こんなの絶対無理だ」と初めは口にしていたが、さすがはAランク騎士と呼ばれるだけのことはあり、息を乱しながらも全てやり終える。

 

余談だが、白雪は怠けてはいるが、昔から努力はしていたので身体能力は極めて高い。

 

 

白雪にとって一番辛いのは二十キロのランニングだ。白雪は身長が低い。だいたい145センチくらいだ。身長が低いと必然的に足が短くなる。そして、ランニングスピードの速い一輝と走っていると、そのペースに合わせるために一輝よりも足の回転を早めないといけない。一輝にはペースを落とそうか?聞かれたことがあったが、白雪はそれを断った。

怠け者のくせに無駄にプライドが高いのだ。

 

今日もなんとか走りきった白雪はベンチに身体を委ねる。あらかじめ用意しておいたスポーツドリンクを手に取り、半分近くまで飲む。

 

「ぷはっ! 生き返る〜〜〜〜」

足をだらんと伸ばして天を仰ぐような体勢になる。

 

「ハハ、お疲れ様」

隣に立っている一輝は、汗こそかいてはいるが息を乱していなかった。あり得ないほどの体力の大多さに、白雪は素直に感心していた。

 

「さて、早速次に行こうか!」

普段よりテンションの高い一輝が木刀を持って、既に構えを取っていた。

 

「えーー!早すぎだろー。俺は、もう少し休みたい!」

駄々をこねる白雪は動かないとばかりにベンチにしがみつく。それを見た一輝は苦笑しながらも、ポケットに手を入れて、

 

「ほら、飴あげるから始めよう」

一輝がそう言った瞬間。

 

「飴!?」

ベンチからガバッと起き上がると目にも留まらぬ速さで一輝のそばに移動した。

 

怠け者の白雪とは思えないほどの速さで駆け寄ってきたことにやはり苦笑を隠せない一輝。

 

(理事長に駄々をこねたらこれを渡せば言うことを聞くとは言われてたけど……)

そこで一輝は彼と出会った一ヶ月前のことを思い出していた。

 

 

それは一輝が一人で朝練をしていたときのことだ。いつもの通り、二十キロを走り終えた一輝はスポーツドリンクを飲んでいた。

 

そんなとき、正門前に一台の高級車が止まった。一輝は訳ありで留年していたのだが、ここ一年間で、こんな早朝から車が止まるなんてことは一度もなかった。気になった一輝はその車を伺っていると、車のドアが開いた。そして中から出てきたのは、

 

(ッ……!あれは日本に二人しかいないAランク騎士の春日野白雪くん!? 彼がどうして……? しかもなぜ理事長に担がれて?)

 

春日野白雪だった。彼は銀髪の髪に翠の目を持った、身長の低い少年だ。そして今、世間では注目を集めている魔導騎士のAランクだ。そんな彼が、なぜ入学式の一ヶ月前に?そして何故理事長に?と、一輝は疑問で頭がいっぱいだった。

 

連れて行かれるAランク騎士ただ見送りながら、立ったままでいると、

 

「ッ!?」

 

春日野白雪と目があった。

 

「そこの少年! 助けてくれ! 誘拐だ! だから助けてくれ〜!」

「………え?」

予想外の言葉に一輝の思考が止まる。

 

「人聞きの悪いことを言うな。誘拐などしておらん。お前の両親から許可をもらっている」

「嘘だ! 母さんたちが俺を見捨てるはずがない! さては、貴様、俺の両親に何かしたな!?」

「おい、春日野。理事長である私に向かって貴様とはーーーいい度胸だ!」

「切れるところそっちかぁぁあああっ!」

などと、理事長と漫才を始めるAランク騎士。しかし、この学園の理事長である新宮寺黒乃が抱えていた白雪を一輝の方へ投げた。

 

「うわっ……と!」

一輝は飛んできた白雪を何とかキャッチした。

 

「おっ、黒鉄じゃないか。ちょうど良かった。黒鉄、そいつ寮まで連れて行ってやってくれ。部屋はお前の隣だから」

(なにが黒鉄じゃないか、ですか。わかってて投げたくせに)

一輝は心の中でそう愚痴りながらも黒乃に尋ねた。

 

「それは良いですけど。でも、なんでこんな時期なんですか?入学式まであと一ヶ月近くはあるはずですけど……」

すると、黒乃は煙草を吸いながらだるそうに答えた。

 

「そいつ、学校へ行きたくないとか言っててな。それにほっといたら寝続けてこの学園に来ないだろうから私が直々に迎えに行ったんだ。私もこれからのことで予定が詰まっていてな、昨日今日しか迎えに行く時間がなかったんだ」

一輝は、素直に抱きかかえられている白雪を見て苦笑した。

 

「でも、それは理事長自ら行かないとダメだったんですか?他の教師の方でも…………て、そういう事ですか」

一輝は途中で何故理事長が自ら行かないといけなかったのか、その理由に気づいた。

「さすが、察しがいいな、黒鉄。お前の思っている通りだよ」

黒乃は一輝の顔を見て頷いた。

 

「やはり、Aランクである彼を連れてこれるのは同じAランクの理事長だけ、と言うわけですか」

一輝の推測は合っていたようで、黒乃が満足げにしていた。

「やぁ、ここまで連れてくるのに大変だった。じゃあ、そういう訳だから黒鉄。そいつのことよろしく頼む。ーーそれと、そいつには飴玉をやったらある程度は言うこと聞いてくれる」

黒乃はそれだけ言い残して、その場を去っていった。

 

 

これが、春日野白雪と黒鉄一輝の初めとの顔合わせとなった。

 

 

あれからは一輝が白雪を寮まで連れて行き、部屋のベットで寝かしてそこで一輝と白雪は別れた。と言っても白雪はずっと寝ていただけだが。

 

そして、翌日は白雪がお礼に何かしたいと言い、一輝が白雪を朝練に誘い、寝ていたいはずの白雪は恩を返すために朝練に付き合い始めたのだ。週に2、3回程度だが、一緒に朝練をしていくうちに仲良くなり、今では一輝、白雪と下の名前で呼び合っているのだ。

 

 

 

「あー、もう疲れた。今日はこれで終わろう」

何度か模擬戦を終え、とうとう限界がきた白雪が木刀を持ったまま地面に寝転がる。

「そうだね。今日は来てくれてありがとう。白雪くんのおかげで楽しかったよ」

「そーお?俺なんかが来ても邪魔にしかならないと思うけど」

「そんな事ないよ。模擬戦なんて一人じゃできないから、それだけでも大助かりだよ」

そこまで言われたら、悪い気はしない。

 

「……そっか〜。なら、また来るよ」

白雪がそう言うと、一輝は驚いた表情をしていた。

 

「なに?こられちゃ迷惑だった?」

白雪が首を傾げて聞くと、一輝は否定した。

 

「ううん。そんな事ない……って言うより是非来てくれ。僕はいつでも歓迎するから」

「わかった。じゃ、とりあえず今日は部屋に戻ろう」

「うん。僕も十分に動けたから満足だよ」

白雪はのそりと木刀を杖代わりに起き上がり、寮へ歩いていく。隣には一輝も一緒に歩いているが会話はない。

 

白雪は模擬戦を始める前に一輝から貰った棒付きの飴玉を舐めて歩く。

 

「それじゃあ、俺はもう一回寝るよ」

寮へ到着し、部屋のドアの前まで行くと、白雪は一輝にそう言ってドアを“開いた”

 

「…………あれ?」

(おかしい。ドアの鍵は出て行くときに閉めて行ったはず)

白雪は恐る恐る部屋の中へ入っていく。最大限の警戒をしながら。

 

するとーーー

 

『いやぁぁああああ!!ケダモノぉおおおお!!!』

と、“隣”の部屋から女性の悲鳴が耳に届いた。

 

「うん?隣の部屋?」

そう隣の部屋から悲鳴が聞こえてきたのだ。隣の部屋の住人といえば、

 

「ッ……!一輝!」

白雪は鍵が開いていた謎には目もくれず、瞬時に隣の部屋へ向かった。

 

「一輝!何があった……!」

普段の日常なら、こんな血相を変えて動くことはない白雪。だが、友のピンチかもしれないときに、悠々と寝ていられるほど白雪は薄情者ではない。(実際はまだ寝ていなかったが)

 

白雪が一輝の部屋の扉を勢いよく開く。友の無事を確認するためにだ。

 

しかし、扉の向こうに広がっている光景は白雪にとって、(いや、この場合誰だってそうだろうが)予想外の光景だった。

 

何せ、紅の色の真っ赤な髪の、とても綺麗な少女の下着姿と、心配して駆けつけた友の上半身が裸で、お互い向かい合っていたからだ。

 

「ご、ごゆっくり……」

「し、白雪くん!? こ、これは違うんだ。僕はただーーーー」

一輝が白雪に対して弁明を始めた瞬間。扉をそっと閉めた。

 

「……そう言えば、聞こえてきたのは女性の声だったな……何故気付かなかった……」

白雪は一気に疲れが襲い、とぼとぼと部屋へ戻っていく。“先ほどの鍵のことを機にすることなく”。

 

「はぁ、もう寝よ寝よ」

「ーーーあらあら、まだ寝るには早すぎると思いますよ?」

「ッーー!?誰……! へぶぅっ……!」

白雪は二段ベッドの下に飛びつこうとしたところで、急に声をかけられ足を滑らしてしまった。そのまま地面とのキス。

 

ドン!

と、鈍い音が鳴り、次には人の呻き声が続く。

 

「ぐ、ぉおおお……い、いだい。めっちゃ痛い……」

「やだ、ごめんなさい。驚かしてしまって」

声からして性別は女性。その女性が顔を抑えて呻いている白雪のもとへ駆け寄ってきた。

 

「ほら、大丈夫よ。痛いの痛いの、飛んでいけ! 」

そう言って、頭を撫で始めた。

 

(そんなので痛くなくなるわけないだろう!)

と、激しく突っ込みたかったが、顔が痛かった事で断念した。だんだん痛みは引いてはきたが、まだ痛い。白雪の様子を頭を撫でながら見ていた女性が、

 

「あら?これをしたら痛いのが飛んでいくって、お母様が昔教えてくれたのに」

(おいおい、それは子供相手にしか通じんぞ!高校生には通用しないぞ!)

 

しばらくすると、痛みも引きやっと起き上がることができた。

 

そして、先ほどまでの少女は誰なのかと思い、顔を上げると。

 

そこには美しい少女が立っていた。

「綺麗だ……」

まず初めに、少女をみた白雪の感想だった。

少女は、ゆるりと巻きの入った金髪に艶やかさが加えられ、バランスの良い体の線。指先の綺麗さ、つま先の揃え方に至るまで、全部が優雅で気品にあふれている。

 

「き、きれい……!?わ、わたしがですか……? 」

白く整った顔が羞恥で赤く染まる。恥ずかしそうに、両手で頬を抑えている姿は綺麗とは違い可愛く見えた。

 

「あ、ごめん。急に知らない男にきれいなんて言われても迷惑なだけだよね」

白雪は相手の反応を見て、頭を下げる。

 

「い、いえいえ。頭をあげて?別に迷惑なんて思ってないから………ただ、異性に綺麗なんて、宮殿にいた頃は言われもしなかったから」

 

「そうなんだ。君ならもっと言われていると思っていたけど…………宮殿?」

最後の方は聞き取りずらかったが、辛うじて聞き取ることができた。やはり、少女が恥ずかしがっている姿は、初めに印象を受けた綺麗より可愛いだった。しかし、ここで白雪はあることに気づいた。それは今目の前の彼女を“どこかで見たことがある”と、いうことを。それもごく最近。もっと細かく言えば、今日の早朝のテレビで、だ。

 

「ねぇ……君って……」

白雪が震える声で名前を尋ねようとする。が、白雪が聞きたいことを悟ったのか、眼前の少女は口を開いた。先ほどの照れた様子がなくなり、そこには“お姫様”がいた。

「あ、自己紹介がまだだったわね。わたしはーー」

 

(おいおい、まじですか……)

 

「セリス・リーフェンシュタール。セリスと呼んでね。慣れない日本で分からないことが多いと思うけど、よろしくお願いします」

そう、頭を下げ、最後に可愛く微笑んだ。

 

 

 

 

(なんじゃこりゃぁぁぁあああっ!?)

白雪は胸の内で絶叫を上げるのだった。

 




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