妖精世界の憑依者   作:慧春

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憑依者の仕事④

 

 

 

 そこはとある遺跡の奥深く――かつて伝説の黒魔導士と呼ばれた呪われた男が作り上げた遺跡の最下層。

 

 『それ』は何者かの侵入を感知した――

 『それ』は直ぐに遺跡に組み込まれた防衛システムを動かし、自身の手駒を向かわせた――

 

 侵入者は凡そ『30』・・・魔力の量からして魔導人形(ゴーレム)二十体も送れば簡単に殲滅できる。

 

 しかし、それらの侵入者は、なんと魔法と技巧を駆使し、向かわせた魔導人形(ゴーレム)を掻い潜り、そこの一つ上の層にまで時間を懸けて辿り着いた。

 そして、魔導人形(てごま)を生み出すための装置の役割を果たす魔方陣を壊してくれた。

 これによって『それ』は自身に組み込まれたシステムに従い己を『使う』ことを決定した。

 魔方陣が壊されてしまったら、そこから産み出された『魔導人形(にんぎょう)』は使えなくなるからだ。

 むろん、それまでに産み出された魔導人形(ゴーレム)が消えるわけではないが、魔方陣が破壊された以上、自動修復するまでは魔導人形は停止してしまう。

 この遺跡を創った魔導士は、何故か『魔方陣』と『それ』以外の防衛手段を造らなかった。

 もはや、残された手は己を使うしかない。

 

 故に『それ』は起動した――そして、その僅か数分後、その場に三十人ばかりの人間がそこで一人残らず絶命した。

 そこに踏み込んだ者達は、魔導評議院が『とあるアイテム』の回収のために送り込んだ魔導士達と精鋭のトレジャーハンターであったが、それらの死体は全て絶望の色が濃く残っていた。

 そしてまるで、有り得ないものでも見たかの様な――そんな驚愕が浮かんでいた。

 

 

 それから、幾ばくかの時間が過ぎ去った――

 

 

 『それ』は再び侵入者を感知した――

 『それ』は組み込まれたシステムを使い、自身の手駒を向かわせた――そこまでは前回と同じ。

 しかし、今度の侵入者は以前とは遥かに格が違った。

 なんと、魔導人形(ゴーレム)達を正面から破壊しながらとんでもないスピードでこちらへ向かってくる・・・前回の侵入者は魔導人形(ゴーレム)を一体も相手にすることなく、すり抜けるようにこちらへ向かって来た為、時間もそれなりに掛かっていたが、今度の敵は正面から堂々と障害を力で粉砕し、恐ろしい速度でここへ来つつある――

 以前の者達が『盗人(ぬすっと)』であるなら、此度の者達は『強盗』だ。それもかなりの腕前を持っていて、こちらの防衛システムを強引に破壊しながら奥へ奥へと侵入してくる。

 被害を被る『それ』からしたら理不尽きわまりない状況だが、『それ』はただのシステムに過ぎない。

 ただ、決められたルールに従い、使命を守るだけの存在であるがゆえに、その様な思考をしていない。

 在るのはどう侵入者を叩き潰すか合理的に計算するだけの機能のみだ。

 

 このままでは自身を起動する前にそこへ来かねないと判断した『それ』は魔導人形(ゴーレム)の数を増やして、出来たものから順次投入し、なるべく時間を稼ぐ――

 

 

 その数分後、それの全ての準備が整った時――三人の魔導士と『それ』は相対した。

 

 

 

・・・・・・・・・

 

・・・・・・

 

・・・

 

 

 エリック、ウルティオ、アズマの三人は慎重な足取りで周囲を警戒しながら、その階に辿り着いた。

 これまでの道程は決して、並の魔導士に通れるような楽な道取りではなく、厳しいものだったが、普通の範疇に留まらない三人の魔導士は、僅か三人でその実力を持ってここまで辿り着いたのだ。

 

 ここに至って彼等には細かい傷や服の解れ等を除いて、ほとんど無傷と言って良い格好であり、前の階層でひとまずの準備と小休止を取ったので、体力的な疲れはほぼ解消され、魔力量も未だに三分の二以上残っている。

 体力的にも、魔力的にも余裕があり、気力も決して衰えてはいない。

 しかし、彼等の表情は一様に冴えない――何故なら、彼等は既に感じ取っているからだ。

 

 この『アポス遺跡』に潜った時から感じていた不気味な魔力――それは、下に降りれば降りるほどにより濃厚になり、邪悪さを増していき、現在彼等の居る最下層と思われる場所からは、それが当然の様に今までに無いぐらいに感じ取れる。

 その魔力の凶悪さ足るや、魔導士である以前に優れた戦闘者である彼等に自身に迫る死の気配を連想させる程だ。

 

 何が起こっても素早く反応できる様に心掛けながら、周りを見渡していたウルティオが何かを発見し、続いてアズマも同じ方向で視線を固定し固まった。

 そして、エリックは彼等とは別の方向を注視し――『目当ての物』を発見し、その顔に喜色を浮かべた。

 

「こいつがそうか――」

 

 彼女は『それ』こそが目当ての物であることを確めるべく、それに近づいていく――当然その際に焦って不用意な行動を取らず、これまで通り慎重に警戒を怠らずにそれに近づく・・・

 

 そして、それに近づいていくにつれて罠の類いはなさそうだと判断し、恐る恐るそれに手を伸ばす。

 念のために音の反響で物理的な罠の有無と、感性を最大限に高めて魔力についても調べる――やがて魔法的な罠もないと判断し、ゆっくりと『それ』を持ち上げる――

 

「これが――【呪歌(ララバイ)】」

 

 エリックの手に収まったそれは『笛』だった――但し、断じて普通の『笛』などではない。

 ドクロを模した形の不気味な造詣もそうだが、これは歴とした魔法だ。

 その音色を聞いた人間を全て呪いによって殺すという凶悪な性質を持った魔笛――そう、これこそが【集団呪殺魔法――呪歌(ララバイ)】――かの伝説の黒魔導士が『自身を殺す』・・・その為に創り上げた悪魔の一体にして、最悪の魔法。

 それこそ、今彼女の手に在る笛の正体だ。

 

 

 彼女は、それを手に取って喜んだのも束の間・・・己の手中にある筈の【呪歌(ララバイ)】の余りの脆弱さに気が付いた。

 まるで、魔力を感じられない・・・その事に果てしない違和感を感じたのだ。何せ、あのゼレフが創ったものだ。この程度なのかと疑問に思うも、【呪歌(ララバイ)】本体をよく目を凝らして見てみれば、極々微細な魔力の流れが、まるで帯のように巻き付いていることが彼女にも解った――そして、納得した。

 

「なるほどな。確か封印されてたな」

 

 彼女の中にある原作知識で【呪歌(ララバイ)】は、闇ギルド『鉄の森(アイゼンヴァルト)』に所属する『カゲ?』と呼ばれていた【解除魔導士(ディスペラー)】に封印を解除されるまでは、厳重な封印が掛けられていた筈だ。

 

 そして、【呪歌(ララバイ)】が載っていた台座から、少し離れた場所の壁に壁画が刻まれているのを見つけると、そこに向かっていく。

 

「これは――フィオーレの王城に在るのと同じ物なのか? 何でこんな所に・・・」

 

 それは、以前彼女がフィオーレ王国の首都――クロッカスの街に寄ったときの事だ。

 ついでに原作にあった場所を回ってみようと思い至り、王城の地下に潜り込んだときの事だ――そこで彼女は、これと同じものを見た。

 火を吹いている竜とその炎を何らかの手段で防いでいる人間の魔導士を描いた絵・・・最も王城の地下にあったのは石板に掘られたものだったのに対して、これは壁に直接掘られている等の違いはあるが・・・何と無くだが、彼女はこれらの絵が同じ人物に描かれた物ではないかと思った。

 

(だとするなら・・・・これを書いたのはゼレフか? けど何のために『竜王祭』についてあちこちに残す必要が在るんだ?)

 

 この壁画は『竜』と戦う『滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)』を描いており、その意味の指し示す所は確か――

 

「ノア――それが間違いなく本物の【呪歌(ララバイ)】だというなら、早くここを出よう。これ以上ここに留まる理由はないだろう?」

 

 最近、どうも存外に当てにならない記憶を掘り起こそうとしたところで、彼女の意識にウルティオの声が割り込んできた。

 

「そう・・だね。どうにも嫌な気配がする――このままここに居たら不味いことになる気がしてならない」

 

 ウルティオに続いてアズマもまた、撤退を促す。

 その声を聞き、彼女は二人の声が少し震えている事に気が付き、身体を反転させて二人の方に向いた――そして、彼等の背中と「それ」を視界に捉えた。

 

「こいつは――」

 

 呟かれた言葉は少し上擦っていた。

 彼女は目を見開き、刮目した――

 

 それは『骨』だった――

 

 『人』の物ではない――骨格や骨の数がまるで違う。

 何よりも『それ』は人間のものでは有り得ないほどに巨大だった。

 

「『ドラゴン』の――骨?」

 

 そう、それは巨大な『竜』の骨格だった――それも、全身がほほ残っていて、非常に保存状態が良いと判断できる物で、生物学者なら眉唾ものだ。

 彼女の知る限り、これ程の物は、フィオーレ王国の王城の地下にも無かった。あそこに在ったものは全て、何かしらの損傷があり、恐らくは生きている頃にとてつもない『何か』――恐らくはアクノロギア――に致命傷を与えられた事が見てとれたが、これはまるで無傷の様に見えるのだ。

 

(病気か何かで死んだのか? それにしては――この骨は『綺麗(・・・・)』過ぎるぞ!)

 

 とてつもなく嫌な予感がする――まるでかつてのアクノロギアが少しずつ自分に近づいてくるごとに己が死に近づいているように感じたあの時のような――まるで生きた心地のしなかった絶望の数分間に匹敵する程に、煩く彼女の勘は煩く警鐘を鳴らしているのだ。

 

 そして――

 

【ハイ・・ジョ・・・・スル】

 

 ――全身に悪寒が走り抜け、一気に冷や汗が身体中に流れた。

 それは、彼女だけではなく他の二人も同じだ

 

「――撤退だ!!」

 

 エリックが全力で叫ぶように指示を出す。

 それからは一瞬だった――エリック、ウルティオ、アズマは己が出せる最高速度で瞬時に出口に向かって駆け出した。

 三人が共通して感じた恐怖の故か、普段以上の速度を出して出口に殺到する。

 

 しかし――先頭を走っていたウルティオ――位置的に一番近かった――がそこにたどり着くよりも早く、そこは壁が盛り上がり塞がってしまった。

 

【ニガサ・・・ナイ】

 

「クソッタレ!?」

 

 エリックは、吐き出すように叫びながら、後ろに居る『それ』に対応するために勢い良く振り返る。

 そして見た――先程見た骨の中心部から、まるでこの遺跡の中にある魔力が全て結集しているかのように集まっている所を見てしまった。

 

「【枝の剣(ラームスシーカ)】!」

 

「食らえッ!」

 

 アズマの【大樹のアーク】で作り出された剣を思わせる形をした枝が、ウルティオの魔力弾がそれぞれ『それ』にぶつかった――

 このままでは不味いと判断した二人は、何かが起こる前にそれを破壊するべく渾身の力を持って攻撃したのだ。

 

「・・・これは――」

 

「夢でも見ているのかの様だよ――」

 

 攻撃を当てた二人の顔色は決して芳しいものではない。

 解ってしまったからだ・・・『それ』が無傷であることを――そして、理解した。

 目の前のそれが自分達の手に負える類いの物ではないと――

 

 二人の攻撃によって、辺り砂が舞い上がり、着弾点であるそこは砂煙で見えない。

 そして、ゆっくりと砂が晴れていく――そこには、既に『骨は』無かった・・・そこに居た(・・・)のは、完全な姿を取り戻した『一頭』の『(ドラゴン)』が居た――

 

「おい・・・何だよアレッ!?」

 

「竜・・に見えるな」

 

「んなことは解ってるよッ! 問題は何で骨がああなったんだよッ!?」

 

「どうやら、先程の亡骸に何らかの【魔法】が作用して、生前の姿を取り戻した・・としか考えられんね」

 

 震える声で絞り出されるエリックの声に答えながら、ウルティオは彼女の声に恐怖が混ざっている事が気になった。

 いや、恐怖事態は彼も、そして、アズマも感じているが、それでも彼女のそれは彼等の比ではない様に感じるのだ。

 

(どうにも、必要以上に怖がっている様に見えるが・・・何故だ?)

 

 それはほんの些細な表情の変化だったが、曲がりなりにも、付き合いの長い彼から見たら一目瞭然だった。

 一体何が彼女をそこまで怖がらせているのか――恐怖を与えているというのか・・・しかし、彼のその思考も長くは続かなかった――眼前の敵が動いたからだ。

 

闇竜(アンリュウ)ノ――咆哮(ホウコウ)

 

 次の瞬間――闇の属性の魔力の奔流が彼等の立つ場所に殺到した――

 

 

 

 

 

 




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