妖精世界の憑依者   作:慧春

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 明けましておめでとうございます。
 初の一万文字越えです。


憑依者の仕事③

 

 

 

 

 

 迫り来る『石の拳』をギリギリでかわし、体を捻って後ろに跳ぶ――『ドゴンッ』という音が響き渡り、耳に障る。

 音の発生源を見ると、不気味な魔力で覆われて、余程の力を加えなければ一切傷が付かない筈の床が粉砕されている。

 

「一体どんな力加えれば、あんな芸当が出来るんだよ? クソッタレ!!」

 

 思わず毒づくと【強化魔法】で筋力を底上げし【硬化魔法】で固めた拳を思いきり振りかぶり、目の前で拳を降り下ろした姿勢で固まっている石で構成された『魔導人形(ゴーレム)』の胸にアッパーを打ち込む――

 

「・・・いや、馬鹿力はお互い様だと思うぞ? 【フラッシュフォワード】!」

 

「同感だね――【ブレビー】」

 

「うるせぇよ! 乙女に対して馬鹿力とか言う暇があるならとっとと数減らせ!!」

 

 オレに殴られ、十メートル以上の高さまで宙を舞い、空中分解してバラバラになった石のゴーレムを見ながら、ボソリと呟く声を聴き、デリカシーの無さすぎる発言をした馬鹿共に怒鳴り付ける。

 

 その場に目を向けると、ウルティオの【時のアーク】によって多重に分身した水晶玉が、高速で石のゴーレムを次々に粉砕し、アズマの【爆発魔法】がゴーレムを爆散させていた。

 

「いや、三メートルの魔導人形(ゴーレム)を殴り飛ばす様な女を『乙女』とは言わないだろう」

 

(下手をしなくてもゴリラ以上だろ。何を言ってるんだ? しかし、なんて身体能力に魔力だ――やはり、前までとは別人のように強くなっている。単純な修行の成果・・・というだけじゃ説明がつかないな。何があったんだ?)

 

「これまた同感だね・・・君が乙女なら、大抵の女は乙女だろう」

 

(ふむ、やはり強い・・・ウルティオよりも強いと言うのもあながち誇張ではないな。いつか手合わせ願いたいものだね)

 

 うん、確かに自分で言ってて「ないわー」と思った。

 だけど、自分でもそう思ってても他人から言われると凄い腹立つことってあるだろ? 

 つーか、ウルティオは兎も角としてアズマの野郎もさらっと酷いことを――幾らなんでもそこまで言われる謂れはないぞ。煉獄の七眷属には毒舌しか居ないのか? そもそも、ギルドマスターからして面倒事をオレに押し付けてくるわで、何ともオレ個人に対して優しくない組織だ。

 

 オレは腹立ち紛れに、魔法で強化した足で先程と同じ様に、近くに居た石の魔導人形(ゴーレム)を蹴り飛ばす――「魔導人形(ゴーレム)」の中には体に埋め込まれた『核』とも呼ばれる部分を破壊しなければ何度でも再生するような高性能な物も在るが、コイツらは核と呼ばれる部分は無い。壊せばそれまでで、大量生産が容易い、言わば量産型だ。

 その割りには一体一体に込められた魔力の量がちょっと尋常じゃない気がするがな・・・

 いや、本当に・・・これってオレ達だから簡単に破壊できてるけど、普通の魔導士じゃ歯が立たないぞ?

 というか――

 

「これで何体目だよッ! クソッタレ!?」

 

 更に通路の奥から次々と湧いてくる『魔導人形(ゴーレム)』にへきへきとし、苛立たしい声を上げる。

 マジで何なの、コイツら? 超湧いてくるんですけど?

 

「僕は40――いや、46体だ」

 

 ウルティオの奴が魔法で、この場に居る『魔導人形(ゴーレム)』の数を一気に数を減らし、その分を加えた数を言う。

 

「こっちはこれで28体だね」

 

 そして、アズマの方も【大樹のアーク】で一体一体を確実に破壊していた。

 ちなみに、オレも細かい数は数えてないが、30体以上と言ったところ・・・

 

「三人合わせりゃ、ざっと100体以上かよ・・・」

 

「その割りには、減ってる気配が無いな――今はまだ大丈夫だが、このままこれが続くと確実にバテるぞ」

 

「解ってはいるが・・・それでも進み続けるしかない――何ともやりづらいね」

 

 オレの言葉に、ウルティオが冷静な指摘が続き、アズマは短的に現在のオレ達の状況を告げた。

 そうだ。オレ達は今、この遺跡を戦いながら先へ先へと進んでいる。

 確かに、こういった風に罠を警戒し、尚且つ迫り来る敵を相手しながら進むのはアズマの言う通り、やりづらいだろうな。

 オレは仕事で危険物を守りながら運ぶなんてのは、やったことあるけど、なんつーか、こう言うのって戦闘系の魔導士の仕事じゃねぇんだよな。実際にやってみると、戦闘能力とは別の力が必要になってくるのだ。

 ましてや冷静な頭脳と汎用性の高い魔法が売りのウルティオは兎も角、アズマは完全に戦闘特化型の魔導士だからな。

 

「マジで、コイツら何体居るんだよ」

 

 また一体を破壊しながら、底をつく気配が全く無いゴーレムに溜め息を吐きながら呟く。

 魔法で聴力を強化しているオレは、この中では一番罠の感知に長けている。なので先頭を進んでいる。

 オレ達の進んでいる通路の奥から次々と現れては、こちらに襲いかかってくる魔導人形(ゴーレム)の群れ・・・その数は前を見渡せばそいつらで視界がいっぱいなるぐらいに多くて、数えるのも億劫なレベルだ。本当にいい加減にしてほしいぜ。

 

「もう、1時間は走りっぱなしだ。余りよくないな・・・」

 

(魔力はまだまだ余裕がある・・・しかし、体力的に持つのか? 先に何が在るかも解らない状況でこれは・・・)

 

「ああ、このままではジリ貧でしかないが・・・イチイチ迎撃していては、魔力と体力の消耗が激しいね」

 

(ふむ、つまらんね。性能はそこそこではあるが、こうも動きが単調では訓練にもならん、が・・・このままこれが続くようであれば何かしら手段が必要になってくるか・・・)

 

「けど、こうも際限なく奥の通路をから湧いて出てこられたら絶対に避けるのは無理だぜ?」

 

 二人の会話と内心の心の声を聞いて、オレも自分の意見を述べる・・・そう、オレ達が遺跡に潜り始めてから、程なく現れた魔導人形(ゴーレム)は、休む間もなくオレ達の前に立ち塞がり続けている。もう既に遺跡に潜ってから1時間以上経過しているにも関わらず途絶える気配はない。

 

 会話をしている間も、オレ達は誰一人として休むことなく、石の人形相手に無双している。

 オレの今使っている魔法はどれも魔力の燃費が良くて、長時間の戦闘も普段ならば問題ないが、さっきから二つ三つの魔法を常に重複して使用しているから、魔力の消耗が中々激しい。体力も走り通しなので、少しずつではあるが、確実に減ってきている。

 と言っても、滅竜魔法のラクリマを体に埋め込んで以来、オレの魔力は驚異の上昇を続けているので、この程度ならば未だ全然余裕だ・・・だが、終わりの見えない中でこれは流石に精神的にくるものがある。

 何と言うか・・・ひたっすらに体力気力の続く限り耐久で同じ作業を延々と遣り続けるみたいな感じだ。

 体力的にはまだ全然余裕なのに、スゲェ疲れる。なんだ? この無情感は・・・

 

 なんか、オレの想像してたトレジャーハンティングと違う・・・もっとこう――冒険の末にお宝を手に入れるみたいなのを想像してたんだがなぁ。何でオレ、石で出来た人形を殴りながら耐久障害物マラソンしてんだ?

 

 いや、まぁ今潜ってるのは黒魔導士ゼレフが関連してて、お宝は聞いた人間を皆殺しにするという物騒極まりない笛型の【集団呪殺魔法】なんて呼ばれてる悪魔な訳だが・・・ロマンって大切だろ? マジで逃げりゃ良かったって後悔しつつあるけどな。

 こういう場所には便利なアイテムとかありそうだし、そういうのを見つけたらこっそりオレの物にしようかなぁ~とか言う不純な動機もあったんだが、良く考えてみたら、ここにあるとしたら黒魔術か呪いの産物みたいな奴しか無さそうな気がする。

 どうしようかな。マジで帰りたくなってきた。

 

 それになんか、嫌な予感がする・・・割りと修羅場を潜って来てるから元々勘は鋭い方だが、【占い】の魔法を身に付けてから更に『こういう勘』が当たるようになったんだよな。

 しかも、深刻にオレの『命』に関わってくるような仕事の最中となると神経が研ぎ澄まされる影響か、この『勘』は余計に当たる傾向にあるのだ。

 

「嫌な予感しかしねぇんだが・・・」

 

「それはそうだ。こんな状況で良い予感がするなら、それはそれで問題だろう。主に君の精神面が・・・」

 

「いや、そうだけどよ・・・」

 

「ところでコブラ――ここはどの辺りか解るかね?」

 

「多分、地下三階ぐらいだろう・・・なッ!」

 

 掌に魔力を集めて、それを一気に魔力砲として放出し、前方の敵を六体ほど纏めて吹き飛ばしながらアズマの質問に答える。

 うん、今までに通った階段の数からして、そのぐらいだな。

 

 魔力砲は魔力を放出するだけなので、ある程度の魔導士ならば誰でも出来る――何故か、原作では使っている者がほとんど居なかったが――ので、オレの基本的な戦術の一つだ。

 ちなみにイメージは、『ドラゴンボール』の気弾みたいな感じだ。『かめはめ波』は出来ない。それっぽい模倣なら可能なのだが、別に溜めを大きくしたところで威力がでかくなったりはしないから、やる意味がないのだ。

 それでもオレの手札の中では数少ない遠距離を攻撃出来る手段だし中々重宝はしている。

 ちなみに、何でイメージが『ドラゴンボール』なのかというと、主に前世で見たアニメを中心に色々と試した結果、これに落ち着いたからだ。何と無くオレに合うのだ。

 

「『お宝』が在るのは地下八階。あと五階層だな・・・つーか、お前ら意外に余裕そうだな」

 

「意外か?」

 

「仮にもギルドの幹部なのだからな――この程度は出来て当然だ。侮ってもらっては困るね」

 

「・・・そうかよ」

 

 なるほどねぇ、考えてみれば『あの』マスターハデスがその才能を見極めて、魔法を授けるほどだ。

 コイツらが並みではないことは既に解っていたが、思った以上にやるな。

 オレは内心で、煉獄の七眷属の実力を上方修正しつつ、油断なく前を見据える。

 

 コイツらも、恐らくは原作主要メンバーや転生者程ではないだろうが、潜在能力はかなり高そうだ。

 ウルティオに至っては『天才』という言葉すら生温いほどの素質を生まれながらにして備えているわけだしな。

 ウルティオの奴は強くなりたいと思う気持ちが強い。普通はあれだけの才能があれば多少なりとも慢心しそうなものだが、それもなく、こいつ才能にかまけて努力を怠ら無い・・・つまりは努力の出来る天才という珍しいタイプだ。

 しかし、ウルティオは自分が『天才』であることを自覚し、それを客観的に見れている――故に「過剰な努力」はしない。

 勿論、あいつが努力を怠っているという訳ではない。ウルティオは自分に出来る範囲内で最大限の努力をしている。だが、限界を越えて(・・・・・・・・・・・・)修行したりはしないのだ。

 

 オレみたいに、一歩間違えれば体に致命的な後遺症が残るような激しい修行などしないし、魔力量を増やすために限界を越えて魔力を絞り出すような無茶なこともしない。

 あいつの場合は、普通に鍛えていれば(・・・・・・・・・・・・・・)、それで十分にオレが死ぬ気の努力する以上の成果が付いてくる・・・なので、こう言っては何だが、ウルティオはオレよりも遥かに「努力」をしていない。

 

 それにも関わらず、あいつは十代後半で超一流クラスの実力を持っているのだ。マジで才能という一点に置いては、恐らくは原作主要メンバー並みか、それ以上だ。

 恐らくは、将来的には『ハデス』や『イシュガルの四天王』とすら並ぶほどの大魔導士に成るだろう。

 

 正直、こいつの才能に嫉妬したことは一度や二度では利かない。

 いや、才能だけじゃねぇな・・・ウルティオ・ミルコビッチという男を見ていると、どうしてもかつての――『前世のオレ』と比べてしまう。

 なんつーかな、コンプレックスを刺激されると言うか・・・とにかく、何とも言い難い気持ちになり、複雑なのだ。

 こういう完璧な資質を持つ男を目の前にすると、既に『男の象徴』を失ってしまったオレでも色々とかんじいるものがある。

 

 それに、ウルティオは兎も角、アズマの方もウルティオと本当に同格の実力があるらしい。

 ウルティオ並の天才がゴロゴロ居る訳がないので、こちらは並み並みならぬ努力の賜物だろう。何と無くだが、厳しい修行を積む事で堅実に自分を高めている者特有の感じがする。

 オレと同じように修行を日常の一部にしている修行者の様な・・・そんな感じだ。

 勿論、才能もあるだろうが、こう言う奴には好感が持てるな。

 

 この二人が居てくれて、今のところは物凄く助かっている。

 評議院の部隊は一体どうやってこんな障害を潜り抜けたんだ?

 多分、同行したトレジャーハンターギルドの精鋭のお陰かね? あいつらはオレ達と違って、遺跡発掘のプロだしな。罠を潜り抜ける専用の技術や魔法の一つや二つ持ってるんだろうな。

 まぁ、オレ達はそういう経験がなく、技術もないので力押しで行くしかないんだが・・・

 

 このままの調子なら・・・力押しで行けそうか?

 

 それにしても・・・本当に何なんだ?

 この嫌な胸騒ぎは――この先で『何か』が起きようとしている。

 しかも、それはオレにとってはよろしくない『何か』だろう。それは間違いなさそうだ。

 

「気合い入れるしかねぇか・・・」

 

 ポツリと呟いた声はオレの後ろに居る二人の耳には入らなかった。

 この先に何が待ち受けているのかは解らんが、コイツらも居るし、大丈夫だろ・・・

 そう考えながら、先に進む毎に強くなる予感を振り払う様に目の前のゴーレムに拳を振るう――あ、強く打ち過ぎたか? 後ろに控えている他のゴーレムを巻き込みながら、凄い勢いでブッ飛んでいった。

 いや、粉々にするよりこっちの方が効率良いか・・・ありゃ? 今度は上半身だけがバラバラになったぞ?

 力加減が難しい――どうも、ラクリマを埋め込んでからというもの、その辺の匙加減が大雑把になっちまったな。これも急激に魔力が増えた弊害か・・・

 折角だし、こいつらで練習しながら先に進むかね。

 そうでもしないと、嫌な予感を忘れられそうにないしな――

 

 

 

・・・・・・・・・

 

・・・・・・

 

・・・

 

 

 

「うぉぉお、らあッ!!!」

 

 雄叫びをあげながら振るわれる『彼女』の右拳が眼前の魔導人形を粉々に打ち砕く――その様を見て、やはり化け物だなと率直な感想が胸を過る。

 

「ハア・・・ハァ・・・こいつで、最後か?」

 

 荒い息を整えながら、彼女が僕達に問い掛けてくる。

 僕も効率の良い呼吸で息を整え、額の汗を拭いながら返事を返すべく、口を開く

 

「ああ、そして――」

 

「ここが、最後の階層へ降りる為の階段だね」

 

 僕の言葉をアズマが引き継いで答える。見れば、アズマは汗一つ掻いておらず、呼吸も最初と変わっていない。僕らの遺跡攻略は基本的は戦闘しながら走り通しだった。それは全員同じなのに、僕はここまで疲弊し、アズマは未だ未だ余裕綽々・・・悔しいが、やはり肉体面の性能はアズマの方が僕よりも上の様だ。

 ノアの方は、ひたすらに一番前を走っていたから、場所的に一番疲労しやすいので当たり前だが・・・それでも僕よりは体力は多い事は間違いない。

 

 正直、男の僕がアズマは兎も角、女に――それもノアに負けているのは余り面白くない。

 此が片付いたら、身体をもっと鍛えようと決意し、階段に視線をぶつけた。

 さしずめ、地獄への入口――と言ったところか。

 

「間違いないねぇ・・・ここに入ってからずっと感じてた不気味な魔力はここから――」

 

「ここまで来れば、僕でも解る」

 

 ああ、解る・・・この階段の奥から漂ってくる不気味な魔力を――ここまで来れば魔導士なら誰でも感じられるだろう。

 

「しかし、この遺跡自体に魔導人形(ゴーレム)の製造ラインが有るとは・・・どうりで次から次へ現れる筈だね」

 

「ああ、全くだぜ」

 

 アズマの言葉にノアは肯定を示す。

 そして、僕はすぐ横にある魔導人形を製造する魔方陣の残骸に視線を向ける。

 驚いたことに、僕たちが入口からずっと戦い続けていた魔導人形は、全てこの魔方陣から生み出された物なのだ。

 既にアズマが破壊したので、そこには魔方陣の名残が残っているだけなのだが、その魔方陣を見たときは正直、息を呑んだ・・・

 

 恐らくは、侵入者の反応を感知すると、自動で動く代物だったんだろうが、驚くべきは『そこ』ではない。

 あれは、所謂【黒魔術】に属する魔法で、周囲の魔力を吸い上げ魔導人形を作り上げる魔法だが、恐ろしいことに精製に『上限が無い』――つまり、あの程度の魔導人形ならば大気中の魔力の元――エーテルナノさえ続く限り、幾らでも造れる。それもそれさえあるなら材料も無しに・・・だ。

 そして、無限にも等しい魔力が存在するこの世界において、それは無限に稼働し続けることが出来る――つまり、これがあればそれだけで無限の数の兵力を手に入れたも同然なのだ。

 あのレベルの魔導人形(ゴーレム)を無限に造り出せるならば、それは国の一つや二つ簡単に滅ぼせる。

 いや、それどころか、使いようによっては大陸すらも――こんな魔方陣は視たことが無かった。

 だが、一旦発動さえしてしまえば大気中のエーテルナノで賄えても、その起動時には――多くの魔法がそうであるように、この魔方陣の魔法も、発動する際は起動者の魔力を消費しなければならない筈だ。

 

 こんな魔法――起動する際に消費する魔力がどれ程のモノになるというのか――僕がやれば、間違いなく死ぬ。しかも、僕が死んだとしても――死ぬほどの魔力を注ぎ込んでも、これは起動さえしないだろう。

 ああ、見ただけで解る。これが――【黒魔術】。【失われた魔法(ロストマジック)】すらも越える程の凄まじい犠牲を伴う禁忌の魔法・・・ゼレフ信奉者や裏の魔導士の使う有象無象の魔法とは比べ物にならない。これが本物の【黒魔術】――マスターが【魔の深淵】とは「闇の中」・・・【黒魔術】にあると常々言っているが、そんな『戯言』も信じられるほどだ。

 

 これは――この魔方陣の魔法は、僕ごときでは理解できない程の叡智が惜しみ無く使われ、これだけでも下手をすると一国以上の価値がある。

 しかし、同時に何と無く確信出来ることが一つ――これを創った者は『異常者』だ。それも明らかに人間として『破綻』している。

 

 魔方陣の造形から創った者が明らかにまともではなく、僕などその足下にも及ばないほどの天才ではあるだろう。しかし、どうしようもなく狂っていることが解る。いや、解ってしまう――これを創ったのはあの『ゼレフ』・・・なのか?

 伝説の黒魔導士の力の一端・・・マスターの話では、今現在彼は眠っていて、本来の彼ではないらしいが、本来は一体何れ程なのか・・・

 

 正直、仮にゼレフを起こしたとしても、魔導士以外の人間が生きられない、生きられたとしても地獄の世界。そして、魔法が本来の輝きを取り戻す『大魔法世界』を創造することは、はっきり言って不可能だと思っていた。

 なんせ、それは言ってしまえば「世界の改変」だ――そんなことは何れ程の魔力と力が有っても不可能だ。

 だが、僕はゼレフを甘く見ていたというのか・・・たった一つの魔法でこれ程の狂気を感じさせるなど尋常ではないぞ。

 これは、少々『不味い』か?

 

 そこまで考えたところで、己の思考に何処か違和感を覚えた。

 なんだ?

 

「一体何が「不味い」というんだ?」

 

 大魔法世界の創造は僕の悲願の筈だ――なのに何故だ?

 その言葉に何も心引かれない・・・どころか、何か――

 

「おいッ!」

 

「・・・なんだ?」

 

 急にノアが肩を掴んで、僕を無理矢理、己の方に向かせた。

 

「今は――余計なこと考えるな」

 

「ッ!?」

 

 何故だ――と口を開きかけたところで、顔に出しすぎだと指摘してきた。

 

「お前もあの魔力を感じてるなら、あれが脅威だって解んだろうが・・・つーかよ、このタイミングで余計なことでうじうじ悩むなってんだよ。悩むなら、全部終わってからにしてくれよ」

 

 ――ッ! 全くこの女は無茶をいってくれる。

 だが、言っていることは正論だ。

 心に取っ掛かりのある状態で、この先に進むのはダメだ。確実にこの先には「何かが居る」――もしくは「在る」のだ。

 

「コブラ――これまでの道程で何が気になった?」

 

「・・・罠が一切無かったな」

 

「そうだな。僕は古代遺跡を他に知らないが、普通はもっと『何か』あるものじゃないのか?」

 

「・・・そうだな。不自然すぎる」

 

 本当にこの先に何があるんだ?

 出発の前に聞いた話では確か、この先で評議院の部隊が全滅したんだった。

 

「しっかし、マジでこの先に何があんのかね・・・呪歌(ララバイ)が罠で発動でもしたのか?」 

 

「考えられるな・・・では、いざというときは耳を塞ぐ必要がある。それを念頭に置いておいてくれ」

 

 僕が二人の顔を見てから告げると、二人が首を縦に振る。

 特にノアは、耳が異常なほど良いので、魔法で聴力を強化していたら、耳を塞いでいても聴いてしまうかもしれないので、魔法を切っておくように伝えると、これにも彼女は素直に頷いてくれた。

 

 今まで罠が無かったからと言って、これからも無いとは限らない。

 というか、確実に在るんだろう――でなければ、評議院の部隊が二度に渡って全滅したことに説明がつかない。

 特に、二度目の部隊はここまでは確実に来た筈だ。現にここに来るまでに彼らが残したと思われる痕跡が山ほどあったのだから・・・間違いなく、彼等はここまではたどり着き、この先で全滅したのだ。

 

「さてと――行くか」

 

 その後、十分ほどの時間を懸けて、必要な準備を整えて立ち上がる。本来ならばもう少し魔力が回復するまで待ちたいのが本音だが、そうグズグズもしてられない。

 僕達が破壊した魔導人形(ゴーレム)を造る魔方陣は時間を懸ければ自動修復するタイプの物だと考えられるからだ。

 でなければ、僕達が入ってきたときに起動した事に説明がつかない。僕達よりも前に潜った評議院の部隊はここまで来ているのだとすれば、まず間違いなく、彼等もあの魔方陣を破壊した筈なのだから・・・にもかかわらず動いていた事実を鑑みて、自動修復機能がついていると考えるのが妥当だからな。

 

「ハァ~、疲れるな。ウルティオこれ終わったら呑みに行こうぜ・・・勿論お前の奢りで」

 

「いや、呑みに行くのは構わないが、酒は無しにしてくれよ? というか、そこは割り勘じゃないのか?」

 

 いや、というか君と呑みに行くときは大抵は僕の奢りな気が・・・それに、君と酒の席に同席するのは正直遠慮したいんだが――多少のアルコールなら問題ないが、ノアは酔うと面倒だ。

 

「いやいや、未来の大魔導士様が細かいこと気にすんなよ」

 

「ふむ、ウルティオの奢りだと言うなら俺も付き合おう」

 

「アズマ!?」

 

 ちなみにアズマはかなり食べるし、酒乱だ。こちらも酔うとかなり面倒臭い。

 何て事だ――僕に味方は居ないのか・・・そんな風に黄昏ている体を見せると、彼女は笑いながら先に進んで行き、僕とアズマもその後に続いて階段を降りていく。

 

 これらの会話は間違いなく、彼女なりに気を効かせた結果なのだろう。

 彼女の気遣いは不器用だが、それでも何処か暖かいと感じる・・・

 

 

 

 慎重に警戒しながらに階段を降りていくが、僕達が感じている不気味な魔力の波動は、下に降りるとどんどん強くなっていった。

 まるで、階段を一つ一つ降りる度に自分が死に向かっているみたいだ。

 正直、僕は今ここに来たことを僅かながらも後悔し始めている・・・ザンクロウやラスティに押し付けてしまえば良かったと・・・だがその場合、僕は『友』を見捨てる事になっただろう。

 予感がある――これから先に在るものは『彼女』一人では乗り越えることは出来ないだろうという予感――いや、確信がある。

 彼女がこの先に待ち受ける何かを乗り越えるのには僕とアズマの力が絶対に必要だ。

 それは出発する前――ノアが、僕に紛らわしい誘いをかけてきた後には、既に僕の中にあった。

 君を守る――その為に、態々彼女を誘導して僕とアズマの二人が同行するように仕向けたのだ。

 

 安心してくれ。

 この先に何があるのかは解らないが、それでも『僕ら』が――『僕』が居る限り、君を決して死なせはしない・・・何故かさっきまで忘れていた『あの日』に僕は君に救われた。

 

 いや、それだけじゃない。今までに僕は何度も救われてきたのだ。

 これらの記憶は、恐らくは何者かの手によって封印されていた・・・未だに全てを思い出したわけではないが、やったのは僕とノアの共通の知り合い――それもそれなりに親しい人間だと想像できる。

 だが、今の僕にはそれが一体誰なのか解らない。

 そして、時間を置けば、恐らくは今思い出した記憶も再度忘れてしまうだろう。これ程強固な記憶操作は、掛かり手――つまりは僕がその魔法を自分から受け入れない限りは不可能な筈だ。だからこそ、これをかけた人物を以前の僕はかなり信用していた筈だ。

 

 多分、僕がこれらの記憶を保持したままで居られるのは、そう長い時間じゃない。このマスターからの依頼の間だけでも持てば上等だろう。

 だから、今『借り』を今返そう・・・僕がこれらの記憶を認識している内に――そう決意を固めて、震えそうになる身体をそう見せないように堂々と見える様に取り繕い足を動かした。

 

 

 

 

 

 

 

 

  

 




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