妖精世界の憑依者   作:慧春

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なんか、思った以上に感想をくれた人がいてびっくりしました。
気が付いたら、短編から連載に――そして、知らない間に二話目の以降の構想を仕事中頭で考えている自分にびっくりです。

あっ、駄文です。それから矛盾、誤字脱字などがあったら教えていただけると幸いです。




憑依者の苦悩

 

 

 

 湖の浅瀬に足首までを浸からせた状態で、彼女――エリック・ノアは立ち止まる。

 彼女の格好は、体のラインがピッタリ浮き出る薄手のTシャツに太股の中間りまでしか生地の無い短パンという出で立ちだ。

 魅力的な脚線美を描く長い脚に、豊満な胸、少し日に焼けたような健康的な肌――顔も野性的ではあるが整っている。全体的な印象としてはワイルドな美人といった評価が相応しいが、現在彼女は目を瞑り、全く表情を動かしていない。それが、野性的な風貌とは少し欠け離れたクールな印象を見るものに与えるだろう。

 

「スー、ハァ~~」

 

 ゆっくり息吸い込み、それよりも更にゆっくり息を吐き、肺に溜まった空気を体外に放出する。

 そして、精神を集中し、体の中にある魔力を感じ取ると同時に、更に体の奥深くにまで埋め込んだ『ラクリマ』に意識を集中する――そして、一通り確認したいことを確認したら、意識を少しずつ表面に浮上させていく。

 

「まだ、完全には馴染んでねぇが――それでも魔力も身体能力もアホみたいに強くなってやがるな」

 

 彼女の魔力量は、以前も才能は無いなりに長年訓練していたので、ようやくそれなりの量になってきたと思っていたが、それよりも明らかに大きくなっている。

 魔力量が、彼女の主観でラクリマ埋め込む前の三倍近くまで増えてるのだ。

 

 体はどちらかというと反射神経に重きを置いて鍛えていた。それでも前世で読んだ専門書を思い出しながらアホみたいに鍛えまくっていたので、身体能力は一般人よりも遥かに高かった。

 それこそ、それだけなら格闘家ギルドの連中にもそうそう遅れをとらない程度にはな・・・しかし、悲しいことに才能はないので接近戦では、魔法なしではきついのが現状だったはず。しかし、今は魔法も技術も無しの状態でそこらの格闘家なら殴り殺せそうだと彼女は思った・・・

 

 しかも、まだラクリマが完全に馴染んでいない今でさえこれなのだ・・・完全に馴染んだら、それこそどうなるか――それを想像して、エリックはつい思わず笑みを漏らしてしまう。頬が緩むのが抑えられない。

 ようやく――ようやく、今までにやって来たことが無駄ではなかったのだと、報われた気がしたのだ。

 だが、次の瞬間には、どこか微妙そうな表情をする。

 

「でも、これだと今までにやった修行はなんだったんだって思うぜ・・」

 

 ラクリマを体に埋めるだけで、今までにやって来た血ヘドを吐くような修行よりも遥かに効率的に自分の強さが上がったという事実にどこか納得いかないような気になるが、結局は自力が上がったのだから喜ぶべきだと思い直す。

 彼女が最も得意とする魔法は聴力を強化し、一定範囲の人間の心の声が聴こえるようになる【聴力付加(イヤリング)】だが、相手を倒すときに使うメインは【強化】【硬化】の魔法を使用しての接近戦はがほとんどだ。勿論、他にも数種類魔法を使えるが、主体となるのはその二つ――そして、それらの魔法は自前の身体能力が高ければ高い程に効率的だ。

 魔力も高ければ高いほどに、その辺りに融通が利くようになる。

 なので、彼女の現在の状態は願ったり叶ったりな筈だ。

 しかし――彼女の顔色が少し曇る。

 

「・・・まだ、滅竜魔法は使えねぇのか・・・」

 

 今日でもう二ヶ月だ。

 ラクリマを埋め込んで二ヶ月が経つが、未だに彼女は完全な【毒の滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)】には成れていない。それどころか、滅竜魔法すらも満足には使えない状態だ。

 

 魔力は凄く増えた――

 身体能力も眼に見えて上がった――

 体はより頑丈になった――

 

「だが、オレはまだ【滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)】じゃない・・・」

 

 その言葉をまるで絞り出すように、そして、何かに耐えるように呟くと彼女はぐっと拳を握り込んだ。

 

(多分、ラクリマが完全にオレの肉体に馴染んでいないから滅竜魔法を使えないだけだと思うんだが・・・な)

 

 彼女は、転生時に天使を名乗る女に才能を最底辺にまで下げられた状態でこの世界に送られた。

 ゲーム風に言うならば「弱くてニューゲーム」状態で転生した者――魔法に関する才能や適性も、一部を除いて壊滅的だ。

 それ故に彼女は、もしかしたら自分に適性が無いから【滅竜魔法】が使えないのではないか? と最近、懸念し始めたのだ。

 

 彼女――『エリック・ノア』は警戒心が強い。

 この世界には、自分よりも強いものなど幾らでも居ると知っているが故に――そして、彼女がこれほどまでに滅竜魔法を欲している理由は強くなる為というのが大きいが、一番の理由は最強の竜にして最強の竜殺し【暗黒の翼】――アクロノギアへの対策の為だ。

 彼女はなまじ、実物を見たことがあるので、もしも敵対した時に何の対抗手段もない状態では、逃げることすらも出来はしないだろう事を正確に理解しているのだ。

 

 他の転生者にしてもそうだ。

 いつ敵対するかどうか解らないのだから、自力を付けておくに越したことはない。

 

 この世界には、彼女が把握する限りでは自分以外にも十六人転生者が存在する。

 

 そして、その中で彼女は一番弱い――それもダントツにだ。

 

 そもそも、最初のスタートラインの時点で他の転生者とでは全然違うのだ。

 その上、転生者はそのほとんどが恐らくあの『駄天使』に幾らかの特典を貰っている。なんせ、大抵が前世の漫画などで見たことがあるような力を魔法として使えるのだ。しかも身体能力もアホみたいに高い。

 中には、反則的な力を使える転生者も居る――彼女の表情が焦燥に歪む。

 彼女は最早、進んで原作に関わるつもりはない。というか、原作の流れそのものが大幅に歪んでしまっていて、もはやどうなるか読めない部分が多すぎるのだ。

 そんな状態で介入するなど、ある意味自殺行為にも等しいと彼女は思っている。

 何よりも、彼女にとって【FAIRY TAIL】は確かに好きな漫画ではあるが、別にその世界に行きたいとか、原作キャラと仲良くなりたいとかそんな風に思ったことなど一度としてない。ただ読者として漫画が好きなだけだったのだ。

 

「――クソッたれ!」

 

 ――モヤモヤする。何でオレが――

 

 これまで押さえ込んでいた感情が次々と頭に浮かんでくる。

 良くない傾向だ・・・そう、彼女は理解している。しかし、それでも焦りが募っていくのを押さえることができない・・・理不尽の全てを受け止めることが出来るほど彼女は強くないし、吹っ切れるほどクールでもない。

 

 一体どうすれば――どうすればオレは奴等に対抗出来る?――

 

 その時、彼女の敏感な耳に何かが地面を這うような小さな音を拾った。

 それまでの葛藤を全て頭の中から追い出し、直ぐ様に意識を切り替える。

 動きにくい水の中から出て、思考する――まっすぐ自分の元に向かってきているので確実に彼女を補足しているだろう。

 

「それに速い・・・」

 

 呟くと冷静に手早く考えをまとめる。相手の速度から考えて、この距離では逃げ切るのは困難と判断すると、戦闘に意識を集中し、臨戦態勢を整える。

 

 しかし、目標が近づくにつれてそれが、自分がいつもの聞き慣れた音であることを確信すると、それまでの警戒を解き、それまで纏っていた濃厚な殺気を霧散させた。

 この音を――欠け換えのない「相棒」である存在の「音」を聞き間違えよう筈もない。

 

「シュ~シュ~~」

 

 木々の間から、全長三十メートル以上で一メートル近い太さの胴体を誇る巨大な大蛇が姿を表す。

 そして、その蛇はエリックに向かい、真っ直ぐに突き進んでいく。普通の人間ならばそれだけで文字通り蛇に睨まれたが如く余りの恐怖で動けなくなるだろうがら彼女は全く動じず、むしろ腕を広げて受け止める構えを見せる・・・

 

「はっは! 久し振りだな。どうした『キュベリオス』?」

 

「~~♪」

 

 その蛇――キュベリオスと呼ばれた大蛇はその巨大な頭部を甘えるように彼女の体に擦り寄せる。エリックもキュベリオスの頭部の顎辺りを優しく撫でている。

 

「というか、お前またでかくなったか?」

 

「~♪」

 

 彼女は己の記憶を探るように、頭に手を当てて、最後に会った二週間前よりも少し大きくなっている気がしたので、蛇に対して問い掛け、キュベリオスも器用に頭部をコクコクと頷くように動かして見せる。

 

(改めて見ると、本当にでかくなったなこいつも・・・)

 

 初めて会ったときは、本当に掌サイズだったのになと感慨深げに呟く・・・

 正直、ただの蛇がここまでの大きさになっているのは明らかにおかしいのだが、彼女はその異常を余り気にした雰囲気はない。

 この世界には人語を話す動物は珍しくないし、ファンタジーらしく不思議な生物も沢山存在するので、キュベリオスもその一種だろうと思っているのだ。

 しかし、地球に存在する種とは若干色彩が異なってるが、キュベリオスは正真正銘「ハブ」の一種である。当然サイズも地球のそれと大して変わらない筈である――では、何故そのキュベリオスが年々大きくなり続け、現在のサイズに至ったのか――それは、誰にも今は解らない・・・

 

「それで? 一体どうしたんだ?」

 

 普段、キュベリオスは拠点で行儀良く主人であるエリックの帰りを待っているのだが、彼女はここしばらく拠点には帰っていない。

 滅竜魔法のラクリマを体に埋めこんで以来、彼女は徐々に、そして確実に変わりつつある。

 身体能力の向上も普段の筋トレと平行しているからか、凄まじいが、それ以上にとてつもないのは魔力量の増加だ。

 これもたった僅か二ヶ月で元の量の三倍にまで増えたのだから、上手く制御しなければならないのだ。

 ここまで量が違うと魔法を使うときにコントロールを誤り、魔法が暴走しかねない。

 なので、彼女はもしもの場合に備えて一人、拠点から二十㎞以上も離れた森の中でひたすらに修行しているのだ。

 それに、彼女には折角湧いた機会だから、これを気に出来る限り魔力増やそうという魂胆もある。元々普通の魔導士に比べればそれなりに多い方だが、それでも一流クラスの魔導士に比べれば一歩及ばない程度の量でしかない。それがたったの二ヶ月で「一流」を通り越し「超一流」クラスの魔力を手に入れたのだ。この成長期がいつまで続くか解らないが、出来る限り増やしたいというのが本音だ。

 この世界に生まれ落ちて既に十六年――馬鹿みたいな量の修行をほぼ毎日している彼女は既に自分の成長加減というものを完璧に把握している。

 原作の妖精の尻尾の主要メンバーは、大魔闘演武編の修行パートで三日で目に見えて魔力が増加していたらしいが、実際はあんな風には上がらない。

 少なくとも才能に乏しい『エリック・ノア』の肉体では、丸一年修行を積んで、ようやく「1.5倍」といったところだ。しかもこれはかなり厳しい修行をやることが前提になる。

 彼女の最初の魔力量は非魔導士の一般人の中でもかなり少なかった。このアースランドにいる人間は多かれ少なかれ魔力を持っているので、この世界に生まれた以上は魔力量が全くの0というのは有り得ないと何度も自分に言い聞かせてようやく感知できたが、その感知した自分の魔力量の余りの微弱さに絶望した事が彼女の魔導士人生の始まりだったのだ。

 それでも、才能が無いなりにも幼少の成長期の絶頂時代は少ない魔力はぐんぐん延びていったのが救いだ。それがあったから曲がりなりにも一流に食い下がれるぐらいには魔力量を伸ばすことが出来たのだ。

 

「シュ~」

 

 彼女の質問にキュベリオスは、その巨大な頭を地面から五メートルほどの高さに維持し、巨大な尾先を彼女の前にまで持ってくる・・・

 

「・・・手紙――依頼か?」

 

 彼女は、尻尾の先に紐でくくりつけられた便箋を見て、そう聞くと、その通りと言わんばかりに大蛇はまた首を縦に動かす。

 その様子は完璧に人語を理解しているようにしか見えない――このヘビ賢すぎである。

 だが、エリックは人語を理解するどころか、人語を話す猫の存在を知っているので、こういう物だと思いこんでいて気にしない。例えそれがどれだけ異常なことでもファンタジーだからという理由で納得しているのだ。いや、突っ込むを諦めたとも言える・・・

 

「これは・・・」

 

 紐を解いて、便箋を開く前に便箋の裏側を見て、顔を強張らせる。

 そこに浮かんでいたのは・・・バラム同盟の一角である闇ギルド【悪魔の心臓(グリモア・ハート)】の紋章だった――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




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