妖精世界の憑依者   作:慧春

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時魔導士の思い

 

 

「転移――成功」

 

 辺りの景色が、切り替わる――それまでの味気の無い石造りの遺跡から、僕らの侵入した穴の付近に――辺りを見回し、鬱蒼と茂る木々を見て、僕は【転移魔法(テレポート)】の成功を確信した。

 

「いや、まだだ」

 

「!?」

 

 アズマの警告を聞き、僕はまだ終わっていないのかと僕の肩に触れるアズマの腕を振り替える――

 

「ウルティオ急いでここを離れるぞ。遺跡の崩壊でこの辺りの土地が陥没するやも知れん」

 

 その言葉で、僕は先程までいた場所が地下であることを思い出した――

 

「行きましょう――」

 

「うむ」

 

 そう言うや否や、僕とアズマは走り出す――僕らがその場を離れた数秒後、後ろを振り替えると地面に亀裂が入り、侵入口の穴が崩れていく――危ないな。けっこうギリギリの判断だったんだな……

 

 そのまま、僕達が来たときに通った場所を戻っていく――やがて、僕が【時のアーク】で朽ちた橋の時間を巻き戻し、渡った渓谷にまでたどり着いた。

 因みに橋に関しては、僕達が渡った後に、誰も使えないように元に戻しておいたので、今は元通り朽ちて使い物になら無い『橋の残骸』が渓谷を挟んでこちら側とあちら側の崖にあるだけだ。

 

 僕らは、そこで足を止めた。

 

「アズマ、身体は大丈夫ですか?」

 

「問題ない…と言いたい所だが、流石に限界だね……」

 

 そう言うと、彼は地面に座り込む……改めて見ると、やはり重症だな……

 上半身は、あの黒いドラゴンの魔力で何度も攻撃された為か、所々抉れて血が流れ出ている。

 魔力も、いつも植物を連想させる活力に溢れた彼の魔力とは思えないぐらいに弱々しい。

 

「アズマ……『副作用』は?」

 

 僕らの使う【失われた魔法(ロストマジック)】は、その巨大な力に相応しい副作用がある。

 僕の【時のアーク】には、大した副作用はないが、アズマの【大樹のアーク】は――使いようによっては小さい島程度なら、そこにある植物の生命力を根こそぎ奪える強力な力を持つが、それに見合う副作用が存在している。

 

「安心したまえ……そこまで無茶はしていない」

 

「……そうですか――良かった」

 

 その音声から、嘘ではないと判断してホッと息を吐く。僕はこの時、限りなく安心していた。アレほどまでに、強大な敵を前に『三人全員』で生還したという事実に――信じられないような気持ちが湧いてくるが、それ以上に、安心した。

 

「俺のことよりも、君の『お姫様』を心配してはどうかね?」

 

 だから――その、アズマのからかうような言葉には、完全に虚を突かれた――

 

「ブフゥッ!? あ、アズマ!」

 

「まぁ、お姫様というタマでもないか……彼女も彼女で、かなり無茶をしていたからね……と言っても、魔力が完全に切れて寝ているだけかもしれんがな……」

 

 アズマはそう言って、僕の腕の中の彼女――『エリック・ノア』に目を向ける。

 

「な、何度も言っていますが、彼女はあくまで『古い付き合いの友人』であって……」

 

「ククッ…その割には、彼女の事を随分と気に掛けていたではないか……『君は僕の光』――だったか?」

 

「ガハッ!」

 

「中々くさい表現ではあるが、君がどれだけ『彼女を想っているのか』が解る良い台詞だったよ」

 

「グフッ!? す、すいません……もう、勘弁してください」

 

 自分で思い出しても、頭を抱えて悶えたくなる台詞だが、人からそれを指摘されると、もう恥ずかしいなんてレベルじゃない。

 くそ……これから、ノアに対してどんな顔で接すれば良いんだ……

 

 もちろん、それらの言葉に嘘は一切無いが、体面という物がある。それに、彼女の中では、僕は精々『仲の良い友達』位の認識の筈だ。

 仮に、何かの間違いで発展したとしても『そういう関係』には絶対に成らないと断言できる。

 

 価値観や思想じゃない……むしろ、そういうものは割りと近い方だし、話も合う。お互いに一緒にいても苦にはならないし、相性は良いだろうとは思う。

 

 だが、僕達の間に在る『立ち位置』の違いは、決して埋まることはない。

 彼女はどちらかというと『闇側』かも知れないが、少なくとも今は『光』の中に居る――そして、そのまま『そこ』に居るべきだ。

 

「それに――彼女とこれ以上近くなろうとは思っていませんよ」

 

「それは……闇ギルドに所属しているから――か?」

 

 アズマの言葉に、返答に詰まる。

 

「そんな理由ならば、彼女を連れてここから離れたまえ……幸い、ザンクロウとラスティが此処に着くまでに時間の猶予はある」

 

 その様子を見て、何かを悟ったのかアズマは真剣な顔つきで此方を諭すような音声で驚くべき事を話し始めた。

 

「アズマ!?」

 

 それは、アズマの誠実性から出た提案――彼女と共に在りたいならば逃げ出してしまえ――彼は、そう言っていた。

 

「俺は、マスターハデスには恩義がある。だから、命令があれば追わん訳にもいかんが……今ならば、遺跡で死んだことに出来る――彼女のことが大切で、側で守りたいならば、何処かの田舎の片隅で……何だったら別の大陸でも良い――二人で我等の目の届かん所に行くべきだ」

 

 その言葉には、彼の想いが込められていた。

 アズマは、東洋の島国でハデスにその才能を見いだされ、拾われたと前に聞いたことがある。

 元々アズマは、自分の事については多くを語らない。その過去についても、魔導士の高みを目指すために、共に研鑽を積んでいた時に、少しだけ語ってくれただけだ。

 口数は少なかったが、その時の言葉には多くの感情が籠っており、本当にマスターハデスに感謝しているということが良く理解できた。

 

 東の島に住む者達の中には、己が主と認めた者に対して一欠片の不義を働くことなく仕える者達が居るときくが、アズマにとっての『主』とはマスターハデスに他ならない。

 アズマは、誠実な男だ。少なくとも僕は他の七眷属の中では、最も信頼し、頼りにしている。

 だが、彼はマスターの命令には消して逆らわない。マスターの言葉一つで彼は、万人にとっての悪魔になりうる忠誠があるのだ。

 

 だが――彼は、それを曲げて僕に『逃げろ』と言っている。

 僕は、彼の言葉から、忠誠を曲げるほどの『友情』を感じ取り、内心で感謝した。

 しかし――

 

「それでも、僕には僕の叶えたい望みがある――そして、それを叶えるためには、マスターハデスの下に、『闇』の中に居なければ……」

 

「それが答えかね?」

 

「ええ……すみません」

 

 アズマは僕の返答に何も言わなかった……

 しかし、それは、彼が本当に僕の事を理解してくれているからだ。

 だからこそ、僕に曲げる気がない事を解って何も言わないのだ。

 

 僕の決意は固い……思い出したんだ。

 僕の本当の目的を――それを叶えるのには、今はまだ『ハデス』の元に居た方が都合が言い。

 と言っても、この思いも時間が経てば再び封印されるのだが……全く、厄介な魔法だ。

 だが、これで良い……時が来るまでの間は、ノアと僕も含めた『五人』は関わり合わない。

 そういう『計画』だ。

 

「まぁ、良いか……ソレよりも間近にある問題を解決するとするかね」

 

「――そうですね」

 

 僕は、アズマに返答すると直ぐに魔力弾を辺りを囲む茂みに放った。

 

「ぐわぁ!」

 

 僕の魔力弾が命中した辺りから、悲鳴が上がった。

 

「ソレで隠れてるつもりか? 良い加減出てきたらどうだ?」

 

 僕達三人の回りを囲む様に感じられる複数の気配と魔力の持ち主達に、冷たい視線を向ける。

 

「なんだぁ~評議院かと思ったら、正規ギルドの魔導士共か?」

 

 僕達の正面から、鎌を肩に担いだ男が現れる。因みに上半身には複数の刺青が彫られており、服は着ていない。

 ザンクロウと同じタイプの変態か?

 

 死神のような風体の男を視界に捉えながらも、何時でも戦えるように心身の準備を整える――よし、戦闘は十分に可能だ。

 

「そのギルドマーク……確か闇ギルドの『鉄の森(アイゼンヴァルト)』か?」

 

「ほう? 良く勉強してるじゃねぇか…流石は正規ギルドの魔導士様だ。お利口なこった。おい、てめぇら出てきて良いぞ……」

 

 彼のその言葉に続くように、ゾロゾロと回りを囲んでいた魔導士達が出てきた。

 10…25……38――四十人と少しか……部隊として考えるなら随分多いが、中規模のギルドの魔導士全員と考えれば、妥当な数だ。

 しかし、大した魔力は感じられない。コイツらは雑魚だ。

 と言っても、闇ギルドの特性上は仕方がないか……闇ギルドは、一部を除いたら、正規のギルドで落ちぶれた者か、そうでなければ正規ギルドに入るだけの力が無い者が裏で徒党を組んでいると言った例が多い。

 僕ら『悪魔の心臓』や他の『バラム同盟』の様に正規のギルドすら寄せ付けない強力な魔導士が徒党を組んた闇ギルドは本当に極一部でしかない。

 

 だが――目の前の男は別格だ。

 周りの有象無象の中にも四・五人程度だが、油断できない魔力の持ち主はいるが、この鎌を持った男はソレすらも越える力を持っている。

 トップクラスの正規魔導士ギルドに所属していても普通にエースを張れる実力はあるだろう。

 

 恐らくは、この男が『鉄の森』のエース――【死神エリゴール】か。

 

 厄介なことになったな。闇ギルドは大抵がバラム同盟の傘下に入っているのがほとんどだ。

 僕の記憶が確かならば、彼等『鉄の森』は『六魔将軍(オラシオンセイス)』の傘下ギルド――同じバラム同盟と言えども所詮は不可侵条約程度の浅い同盟関係を結んでいるに過ぎないのが現状だ。

 

 だが、幾ら関係性が薄いとは言え、余所の傘下のギルドを潰したとなると流石に外聞が悪い――いや、考えすぎてしまうのは僕の悪い癖だ。

 

 考えても見れば、コイツらは僕達の事を正規ギルドの魔導士と勘違いしている。

 ならば、ここで今から起こる出来事は、闇ギルドの一団と正規ギルドの所属と思われる(・・・・・・・・・・)謎の魔導士の乱闘に過ぎないじゃないか。

 

 うん、『悪魔の心臓(グリモアハート)』なんて名前の闇ギルド僕は知らないな。

 

「アズマ、戦えますか?」

 

「無茶を言うね……君も」

 

 そう、無茶だ――これほどまでに肉体も魔力も消耗しているアズマに対して僕は、無茶と知りながら訪ねた。

 そして、ついでに僕の吹っ切れた考えが伝わったのか、やや呆れた目を向けてくる。

 

「まぁ、限界は近いが戦えんことはないさ」

 

 全てを理解した上でそう言ってくれているアズマには誠意を返さなければいけないな。借りはこの後で纏めて返すとしますか。

 

「なら、ノアの様子を見ておいてください――彼等の相手は僕が一人(・・・・・)でやります」

 

 僕のその言葉に『鉄の森』の連中は少しざわついた様だが、直ぐに怒りの籠った品性の無い言葉が飛んでくる。

 

「おいおい兄ちゃん……俺の耳がおかしくなけりゃ、お前は今、一人で俺等全員の相手をするって言ったか?」

 

 エリゴールは、他の面々と同様に怒りを堪えながら、僕に質問してきた。

 闇ギルドでエースを張れると言うことは、エリゴールとて馬鹿ではない。実力を見極める眼力は持っているだろう。彼は他のギルドメンバー達とは違い、僕とアズマがかなりの実力者であることを察しているはず。

 

 しかし、その二人は明らかに損耗しており、アズマに明らかに満身創痍だ。

 そんなピンチな筈の状況の中で、僕はアズマに「彼女を連れて逃げろ」とは言わなかった。

 

 それはつまり――

 

「お前程度なら僕一人で充分――という事だ」

 

 そう、そういうことなのだ。幾らエース級の実力者であっても、自分から見ればその程度の脅威でしかない。それに相手が【闇ギルド(どうるい)】ならば、遠慮は一切しなくて済む。

 

「――殺せ。全員だ」

 

 エリゴールのその言葉の後に、怒りの咆哮を上げながら僕に迫ってくる【鉄の森】の面々――それに呼応する様に心の心胆が醒めていくの感じる。

 

「これは僕の友の言葉だが――」

 

 ああ――体が軽い。心が軽い。

 心臓は激しく鼓動しているというのに、心は自分でも驚くほど冷静だ。

 何より魔力が――魔力が、体の奥底から沸き上がってくる。

 まるで、体の奥底に何重にも封印されていたそれが、解き放たれたかのようだ――今や肉体すらも煩わしい拘束具の様に、溢れんばかりに魔力が湧き出てくる。

 

 ――危険だ。

 これは可能な限り使って消費してしまった方が良いだろう。

 

「殺して良いのは……殺される覚悟のある奴だけらしい」

 

 ――全くもって同感だ。さて【鉄の森(アイゼンヴァルト)】の諸君――君達には果たして、その殺気に伴う程の殺される覚悟は在るのか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




やっとララバイ編に一区切り

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