妖精世界の憑依者   作:慧春

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毒竜の目覚め③

 

 

 

「なん…だ……?」

 

 体を迸る熱さが治まった時――オレの両腕には、爬虫類みたいな毒々しい鱗に覆われていた。

 

 それに、体もおかしい……さっきまでの内側から熱せられる様な熱や胸の動悸は治まってはいるが、それでも、肉体全体の温度が上がっているような気がする。

 まるで、全力で走った後みたいな疲労感と心地良さがある――そして、今まで以上の『力』が、『魔力』がオレの中から溢れんばかりに沸き上がるのを感じる。

 

「ノア……それは――」

 

 オレの後ろで、ウルティオが驚いているのが分かる。そりゃ、一緒に戦ってる相手に何かしら変調があれば、気にはなるだろう……

 

 だが、今オレの心には『何故今になって?』という疑問の気持ちと『ようやくか』という歓喜の気持ちが攻めぎ合っていた――

 

(そうだ――ようやくオレは――)

 

【ドラゴ…スレ…ヤー……ヲ、カクニ――サイユウセン……イジョタイショウ……ヘンコウ】

 

 オレが感慨に浸る間も無く、ウルティオの魔法によって朽ちる寸前にまでボロボロと成った『黒蜥蜴』は、その半壊している口を開き、息吹(ブレス)を放つ動作をする――

 

「――ウルティオ!!」

 

 オレは、駆け出すと同時に、ウルティオに向かって叫んだ――

 

「やってやんぜッ! 黒蜥蜴!!」

 

 そうだ。やってやる……今ならオレはお前を恐れない――もう、お前はオレの恐怖じゃねぇ!

 

 自分自身に激動を送りながら、オレは全力疾走で黒蜥蜴に向かって駆ける――そうすると、今までの速度が『歩いていた』と思えるような圧倒的な早さが出た。それも【加速(ソニック)】の魔法も、【強化(ドーピング)】の魔法も使わないで(・・・・・・・・・・・・)だ。

 

 それだけじゃねぇ……今オレはその圧倒的な速度を簡単に使いこなしている。修行も無しにいきなり大幅に上昇した身体能力の使い方を完璧に掌握している。

 普通ならば、手に入れたばかりの【魔法】をここまで使いこなすことは絶対にできない。少なくとも、才能に乏しいオレは、今まで如何なる魔法も例外無く、血ヘドを吐くような壮絶な修行を経て、今の様に部分的に魔法を掛けて使うなどの事が可能に成った。

 だが、この【魔法】は、今の今まで手に入れてから三ヶ月の間、発現することの無いままだった。

 それが、唐突に発現し――しかも、それでいてそれを完璧に使いこなしている自分に、どうしようもない違和感を感じる。

 

 ――だが、事実として、まるで産まれ時から無意識に自分の手足の動かし方を知っている様に、本当にオレは『無意識』に、『自然』に、それでいて『完璧』にオレは【この魔法】によって上がった『能力』の使い方を理解しているのだ。

 

 こんなことは、今まで無かった――

 いつだってオレは、才能が、適性が無かったから――

 一番、使いこなせる【聴力付加(イヤリング)】ですらも、最初は耳が良くなりすぎて、よく暴走して倒れてた位だし。

 

「けど――使える!」

 

 今だって、オレはアクノロギアは怖い。

 あんな強烈な存在を忘れることなどできない……でも、オレは――

 

滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)として――お前を殺す!」

 

 自分の為に、そして何よりも仲間の為に――

 今だけは、ちっぽけな自分自身を信じて前に進む――想いの力を糧に『魔力』を操る。

 

「【毒竜の――】」

 

 距離を詰める――前へ、もっと先へ……

 

 魔力を操る――拳へ、もっと多く……

 

 力を込める――足から腕へ、もっと練り上げろ!

 

「【――毒侵拳】!!」

 

 右腕を基点にして【毒の滅竜魔法】を使えるようになった時の為に、オレが頭の中でイメージしていた技の1つが、竜に似た『黒蜥蜴』に炸裂した――

 

 だが、次の瞬間には、飛び上がって黒蜥蜴の胸に打ち付けられたオレの拳は、魔法の不可に耐えられず、ブジュ!という裂けるような音と共に血が噴き出す。

 そして、黒蜥蜴はその巨大な頭部を振るい、オレを弾き飛ばした――当然、全ての力を込めて攻撃したオレに、それに抗う術など存在しない……呆気なく、地面に叩きつけられた。

 

「ノア――ッ!」

 

「コブラッ!?」

 

 あ――意識がスゲー曖昧だ。

 オレを心配しているであろう二人の声が遠くに聞こえる。何時もならば、この程度の距離なら耳元で騒がれるのと大差無いぐらいには聞き取れる筈なのに……

 

 あぁ……自分が本当に限界なんだってことが良く解る……今までも戦いで死にかけたことはあっても、こんなにも全力を振り絞って戦ったことはなかったなぁ……

 

【ハイ……ジョ……ス――】

 

「ノア、避けろ!!」

 

 未だに聴こえてくる無機質な音声と慌てたような仲間の声――大丈夫だ。

 

「だい…丈夫だ……」

 

 だから、聞こえるように――安心できるように、オレは聞こえるように声を紡ぐ――

 

「毒竜の毒は、万物を侵し――」

 

 口から息吹(ブレス)を放とうとしている黒蜥蜴に視線を向けながら力強く――宣言する。

 

「――破壊する――」

 

 ピシリッ――と、砕けるような音が空間に響いた。

 

 そして、その音の共に肉体全体がひび割れていき――とうとう、黒蜥蜴の肉体はバラバラに砕け散った――

 

 

 

 【滅竜魔法】とは何か――オレはかなり前に、それを考えたことがある。

 【滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)】とは、竜を倒すために、竜と同じ力を得た魔導士の事を差す――要するに、竜は人間の手には負えない存在。つまりは竜を倒せるのは竜だけなので、人間が(それ)になりましょうというのが【滅竜魔法】なのだ。

 ならば、人間に竜の力を付与する一種の【付与魔法(エンチャント)】なのかと言うと、それは違うだろう。

 竜を追う者は竜となる――つまりは、属性や力を付与するのではない。『人間の体』を『竜の肉体』へと『変化』させるというのが滅竜魔法だ。

 しかし、それだけではない。ただ竜と同じ力を持ったところで、人間と竜とでは、そもそも基礎能力が圧倒的なまでに違う――体格から、体重、身体能力から魔力量まで違う。比べることすらも烏滸がましい差がそこには広がっているのだ。

 本来であるなら、そこまで力の差がある以上は、例え竜と同じ力と魔力を持ってしても、あの頑強な鱗を壊すことなどできない――

 

 では何故――滅竜魔法は、竜に対して有効な攻撃手段と成りうるのか……

 それはやはり、滅竜魔法が肉体を竜に変化させる魔法であると同時に、竜と言う存在に対しての弱点をつく、或いは何らかの理屈で必殺と成りうる力を秘めている魔法であるからだろうと推測される……

 

 それは、一体何なのかと考えたときに、パッと思い付くのは、竜と言う種族に対しての専用の特化魔法であるということ――けどオレは、これの矛盾に気がついた。

 

 こんな、話がある――【氷の滅悪魔法】を使う【滅悪魔導士(デビルスレイヤー)のシルバー】と、そいつから魔法を受け継いだ息子の『グレイ』の氷の魔法は、『タルタロス』の悪魔達に対して凄まじい効果を発揮した。

 それこそ、竜に対する滅竜魔法と同等の働きを見せた……この事から推測するに、恐らくは【スレイヤー系魔法】は、何に対しての効果が特化しているのかという違いこそあれど、理屈の上では似たような魔法であると考えられる……であるならば、滅悪魔法はその名の通り『悪魔』という種族に対しての特化魔法であるはずだ。

 なら、何故――【滅悪魔法】はタルタロスの悪魔に対して有効に働く?

 

 色々とファンタジー要素が溢れるこの世界には、悪魔という生き物も種族として普通に存在している。原作の四巻から六巻に掲載された『ガルナ島編』で、ガルナ島に住む固有の種族として悪魔が出てきたのだ。

 もちろん、この世界に存在する悪魔は彼等だけじゃない。オレもそれを思い至るに当たって、色々と調べた結果では、この世界には多種多様な悪魔達が世界中に散らばって生息している。

 滅悪魔法が、悪魔という種族に対しての専用魔法であるというならば、その効果の対象は、これらの悪魔種族であるべきなのだ。

 

 そもそも、タルタロスの悪魔の正式名称は『エーテリアス』……『黒魔導士ゼレフ』が、不老不死である自らを呪い、己を殺すために創造された人工生命体だ。

 それが、その姿の恐ろしさや残虐性、更にはゼレフが創ったという事実から、エーテリアス達は時代が過ぎると共に『ゼレフ書の悪魔』と呼ばれるようになり、本人達もそれを肯定し、自らを悪魔と名乗った――そういう経緯があってあいつらは悪魔って呼ばれてるけど、種族的な悪魔では断じてないのだ。

 滅悪魔法が対悪魔種族専用の魔法なら、エーテリアスであるあいつらには有効には働かないはずなんだ。

 

 もうひとつ、疑問はある……原作の『エドラス編』で登場したエドラス王が操る【ドロマ=アニム】という魔法と、主人公である『ナツ・ドラグニル』を含めた三人の滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)が戦った時の事だ。

 あの戦いで、三人の【滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)】達の魔法は『対魔無効魔水晶(ウィザード・キャンセラー)』によって魔法が一切効かない筈の【ドロマ=アニム】に対して有効に働いていた。

 『対魔無効魔水晶(ウィザード・キャンセラー)』を使用しているのならば、それがどの様な魔法であれ(・・・・・・・・・・・・・・・・・)、魔力を使用している以上は、絶対に効かない筈なのに(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・)である。

 

 この事から、オレは無い頭を捻って、ある一つの考えに至った――【スレイヤー系魔法】とは『概念』に対して攻撃する魔法なのではないか――と。

 滅竜魔法なら『(ドラゴン)』という概念に対して、滅悪魔法なら『悪魔(デビル)』、滅神魔法なら『(ゴッド)』――それぞれの対象の概念に対して、魔法で干渉する……

 もちろん、推測にすぎない……でも、これはそんなに外れてねぇと個人的に思ってる。

 何故なら、それなら一応は説明が付くからだ。

 

 ドロマ=アニムとは、エドラスの言葉で『竜騎士』を差す言葉であり、竜の姿を模した魔導兵器だ。竜の形を真似た『竜騎士(ドロマ=アニム)』という兵器であったからこそ、滅竜魔法はその真価を発揮し、本来魔法が効かない筈の【ドロマ=アニム】にダメージを与えた。

 滅悪魔法に関しても『エーテリアス』達が、自分達を悪魔と認識し、アースランドの人間からも『ゼレフ書の悪魔』と認識されていたからこそ、滅悪魔法の適用範囲(・・・・・・・・)に入るのだとしたら……スレイヤー系魔法は、単純に竜や神といった人間の手に余る巨大な存在に、対抗する為の魔法ってだけじゃねぇのかもと当時は思ったもんだが……本物じゃなくても『似てる』や『真似てる』といった相手にまで、その効果を及ぼすなら、正しく『失われた魔法(ロストマジック)』『古代魔法(エンシェントマジック)』という言葉に相応しい力だ。

 

 【スレイヤー系魔法】ってのは、もしかしたらオレが思ってる以上に――

 

 

・・・・・・・・・

 

・・・・・・

 

・・・

 

 

「ノア! おい、無事か!?」

 

「見たところは、落ちているだけだな――ウルティオ……直ぐにこの場を離れるぞ」

 

「アズマ?」

 

 僕は、力尽きたかのように崩れ落ちた彼女――エリックの無事を確認し安堵したが、アズマの言葉を聞いて振り向き――絶句した。

 

「アズマ!? その身体は――ッ!?」

 

「やれやれ……少し、無茶をし過ぎたかね……」

 

 そこには、一目で限界と解る風体のアズマが、その死に体の身体を引き摺りながら立っていた……

 

「無茶って……」

 

 何故、その身体で立っていられる――いや、意識を保っていられるのか……アズマの頑強さは、やはり僕の理解を越えている。

 

「俺や彼女の身体を労ると言うのならば、直ぐにでもこの遺跡を離れて――って、言っている側から……」

 

「これは――ッ!?」

 

 足元が――否、遺跡その物が揺れている!?

 

「恐らくは、先程の奴がこの遺跡の中枢部と繋がっていたのだろうな――」

 

「【生体リンク】――いや、生き物ではなく『システム』と『遺跡その物』を……」

 

「このままでは生き埋めだね……」

 

 術式その物の構造は単純だが……クソッ!?

 アズマの落ち着きっぷりが腹立たしい……!!

 

「アズマ! 僕に掴まってください!!」

 

 僕は、念のために仕掛けておいた『保険(・・・)』を使うべく、魔力を振り絞る――

 

「何か手があるのかね? 俺は正直手詰まりだが……」

 

「ええ、一応は保険は掛けて――って、手詰まりなのに、そんなに落ち着いてたんですか!?」

 

 余りに冷静に見えるんで、てっきり、この状況をどうにかできる切り札でもあるのかと思ってたんだが……本当になんでそんなに冷静で居られるんだ?

 

「いや、ドラゴンという強者と死力を尽くして戦った後だからか……自分自身、ここで仲間と共に果てるのも悪くないなと」

 

「駄目に決まってるでしょう!? 何で、そんな『覚り』を開いたみたいな清々しい雰囲気なんですか!?」

 

「まぁ、一時の気の迷いというやつだ……助かるというのなら、それに越したことはない――で、保険とは?」

 

 一応は助かる気は有るのか、大人しく僕の近くに寄ってくるアズマを見て安心する。

 

「【転移】の魔方陣を遺跡の入り口付近に仕掛けて敷いておいた……と言っても、アレの邪悪な魔力のせいで使えませんでしたけどね――ノア…コブラがアレを倒したお陰で、あの魔力は薄れていってます――」

 

 恐らくは、今ならば自由に転移の魔法を使える……

 

「転移……ね。先程の【天照百式】といい……君は多芸だね。だが、魔力は持つのかね?」

 

「ああ……それなら大丈夫です」

 

 ノアの肉体を抱き抱えながら、アズマの疑問に答える。

 そう――大丈夫なのだ。

 魔力量の問題なら、ハッキリ言って全く問題無い(・・・・・・・・・・・・)

 

「大丈夫……だと? 君は我々の中で一番魔力を使っている筈だが?」

 

「ええ……つい昨日までの僕なら、とっくに魔力切れになっていてもおかしくない…でも――何故か、魔力が内から溢れんばかりに湧いて出てくるんです」

 

 自分でも、おかしいと思っている……でも、これは――まるで魔力を貯めていた『器』その物がもう一つ出来たみたいだ(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・)……自分自身の魔力量が、散々使った今でさえ、普段の僕よりも断然上だ。

 間違いなく、魔力量が倍以上に膨れ上がっている。それだけではなく、魔法の発動効率も断然――いや、それよりも今は――

 

「兎に角、魔力の方は問題ありません……少なくとも、転移の発動には何の不足も――」

 

 その時、遺跡の崩壊による振動で、僕の足元に『黒い何か』が転がってきた……普段なら気にも止めない。ましてや、今は非常事態だ。

 一刻も早く、この場を離れなければ命が危ない――なのに、僕はその微量な魔力を宿した『黒い何か』を拾い上げた。

 何故か、そうしなければいけない気がした――

 

「黒い……魔水晶(ラクリマ)?」

 

「ウルティオ――そろそろ不味いぞ?」

 

「――転移します! 僕の身体のどこでも良いので掴まって!」

 

 黒い魔水晶(ラクリマ)を懐に仕舞い、それとは別に僕が普段【時のアーク】を使用するときに好んで使用する魔水晶(ラクリマ)を取り出す。

 魔法を発動する触媒としては、これが一番やり易い……

 

「【転移魔方陣――発動】!」

 

 

 転移する直前、崩れ行くその場で――ノアの魔法によって崩れ落ちた黒いドラゴンの亡骸が、どうにも印象に残った。

 

 


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