妖精世界の憑依者   作:慧春

10 / 15
2月は忙しく、3月に入っても暫くは忙しそうなので、今の内に中途半端ではありますが、書き上げて投稿させて頂きます。



毒竜の目覚め①

 

 

 

 

 『絶望』――それが、初めて『本物の竜』を見た時に抱いたオレの感情だ。

 

 【FAIRY TAIL】の世界に転生したオレは、一度死んでいる・・・前世において、オレはトラックに正面から激突するという有りがちでありながらも、中々にスプラッタな死にかたをした。そして、不本意ながらもその時のことと、その「後の事」も鮮明に覚えている。

 自分が死んだ記憶を持っているというのは結構クルものが有るわけで・・・正直、それらのことは、オレが二度と死にたくないと魂にまで刻み付けられるには十分すぎる理由だと個人的には思ってる。

 

 それからオレは自分が死ぬぐらいなら、他人を害し、或いは『殺してでも生き残る』という考えを持つようになった。

 良心の呵責? そんなもんは知らん。いっぺん死んだら、そんな価値観ぐらい簡単に引っくり返るわ。

 勿論、それはオレ自身も、間違っていることが解る――いや、どうしようもなく歪んでいると理解している。

 だが、オレの中の『死に対する恐怖』がそうさせる・・・しかし、オレはそれを言い訳にするつもりはない。どんな理由があるにしろ、それは人を殺す理由にはならないのだから・・・それに、オレが初めて人を殺した時――オレはこの世界の人間を同じ人間であるとは思っていなかった。心の何処かで『ここ』は創作物の世界であり、現実ではない。そんな認識が少なからずオレの中にあったのだ。

 

 今では、オレはこの世界もかつていた世界と同様に現実として認識を改めてはいるが、それでオレが今までに犯してきた罪を帳消しになど出来る筈がない。

 何よりもオレ自身がそれを絶対に許せねぇ。

 

 オレは自分自身、死に対しての恐怖が尋常ではない事を理解している――それ故にその竜を見た時に感じたのは、絶望だった。

 オレはあの『黒竜(アクノロギア)』を前にして、己の死を確信したのだ。

 

 だが、アイツはオレに気付く事無く、震えて蹲るオレの前を悠々と通り過ぎて行った。

 その時、オレは好奇心でアクノロギアに近づいたことを心底後悔し、同時に生き残れた事に心底安堵していた。

 

 

 本当は解ってる。

 オレに【滅竜魔法】が使えない理由を――【滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)】に成れない理由をオレは理解している。

 ただ、認めたくないから『滅竜の魔水晶(ラクリマ)』を身体に埋め込んでから二ヶ月以上もその理由から目を背けていたのだ。

 

 【滅竜魔法】とは、究極的には『人間が竜を倒すための魔法』だ。その力の源泉は竜という存在に対しての闘争心・・・だが、オレと原作の『滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)』達とでは条件が違う。

 原作主人公の『ナツ・ドラグニル』を含む第一世代、第三世代の『滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)』は竜に育てられたので、彼らにとって竜とは親であり、身近な存在だった。

 『ラクサス』に『原作コブラ』という第二世代の『滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)』は逆に竜を全く見たことがなく、その圧倒的な力を知らなかった。

 それらが全てという訳ではないだろうが、彼等は竜に対して、そこまでの脅威を感じる事無かったが故に竜を滅ぼすという異常な魔法を使えた。

 

 そしてオレは――竜を『倒せる存在』だとは思っていない。

 何故なら知っているから――あの黒いドラゴンが一体どれだけ出鱈目な存在なのかを・・・

 

 滅竜魔法は、竜と戦う為の魔法だが――オレの中の竜に対しての闘争心はあの時・・・アクノロギアに完膚なきなまでにへし折られている。

 

 恐らくは原作の滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)達もオレと同じく、初めて会った竜がアクノロギアであったなら――いや、そうでなくとも自分に敵対的であったならば、その圧倒的な力を肌で感じ取ってしまい【滅竜魔法】など使えないはずだ――ああ、そうだ。その筈なんだ。

 だから、オレが悪い訳じゃないはずだ。

 

 オレにとって竜は恐怖の象徴だ。

 だから、滅竜魔法が使えない。

 竜を倒せるなんてこれっぽっちも思えないから――使えるわけがない。

 オレの心は――既に折れているから。

 

 

・・・・・・・・・

 

・・・・・・

 

 

「――クソッ!」

 

 途切れた意識が一瞬で回復し、それと同時に口から悪態を吐く。

 どうやら、オレは一瞬気絶しちまったらしい。

 

「ウル! アズマ!」

 

 今この場においての、仲間二人の名前を呼び、無事を確認するように先程まで居た場所に慌てて目を向ける――

 

 そこには、何も無かった。

 この遺跡全体を覆っている魔力のせいで、恐ろしく頑丈な筈の床がそこだけ消滅していた・・・まるでそこには、何もなかったかのように――だ。

 

 クソッ! もう、罠とか警戒してる場合じゃねぇ!

 オレは今まで【呪歌】を警戒して使って無かった【聴力付加(イヤリング)】を発動した。

 

 当然、それは普段視覚よりも頼りにしている聴覚によって仲間の安否を確認するためだ。

 しかし――二人の仲間の無事を音で確認するよりも早く、オレの鋭すぎる聴力は別の存在(・・・・・・・・)が発する音を聴いてしまった・・・

 

「ぁ、あぁ――」

 

 音の発生源に目を向けたとき、オレの身体は恐怖によって固まった。

 足がすくんで震える――オレの心が恐怖で塗り潰されていく・・・

 

 そこに居た「それ」は黒い鱗を持った「黒い竜」だった・・・ソイツは光を灯さない無機質な瞳でオレを見ている。

 「黒い竜」――鱗の形も体のシルエットもまるで違う。

 『アイツ』はもっと全体的に丸い形状をしていたし、鱗の色もまるで全てを飲み込むような光沢を放つ漆黒だった。

 『コイツ』は頭部も含めて全体的に鋭い形状だし、鱗も同じ黒系統でも、影を連想させる薄い黒だ。

 

 違う――全く違う筈だ。

 『コイツ』は『アイツ』ではない。

 なのに、何でだ――なんで目の前の『コイツ』が『アクノロギア』に重なるんだよッ!!

 

【ハイジョスル】

 

 黒い竜は、足が震えて動けないオレに向けて、その巨大な腕を降り下ろしてきた――

 

 まるで、前世の死ぬ直前みたいに、オレに対して落ちてくる竜の腕が――いや、時間が流れるのが酷く遅く感じる・・・だが、オレの身体はその時間の流れに対応出来ていないし、何より、身体が全く言うことを聞かない。

 

 オレの二度目の人生はここで――

 

「ノア!!」

 

 ここで終わりかと諦めて、オレは両目蓋を閉じてしまった。

 しかし、竜の巨大な腕が降り下ろされるよりも早く、オレの身体は横からの衝撃を受けて、ぶつかって来た物と共に勢い良く床を転がる――

 

「おい、無事か!?」

 

「ウル・・ティオ?」

 

 体の勢いが止まると、オレは仰向けの姿勢で床に転がったまま、自分に覆い被さるウルティオの姿を呆然と見つめる。

 

「何をしているんだ!? 何故避けない!」

 

「オレ、は――すまねぇ」

 

 真剣にオレを見つめてくる視線に耐えられず、顔を背けて謝罪を口にしてしまう。

 ウルティオの奴は、オレの顔を見つめたまま、何かを考えこむような思い詰めた顔のままオレから身体を離して立ち上がった。

 

「・・・無事なら良い。なら早く、立ち上がれ――死にたいの訳じゃないだろう? 流石にアズマ一人では荷が重い」

 

 その言葉に、顔を先程まで自分達が居た場所に向けると、アズマが一人で、黒竜を相手に孤軍奮闘していた。

 アズマは自身の魔法を巧みに使い、何とか攻撃をかわしてるようだが、既に全身に傷がある。

 その様子を見て、アズマが一人でかなり危険な状況にあることを認識し――

 

暗竜の散爪(アンリュウノザンソウ)

 

「ハハハ! これがかつて最強と謳われたドラゴンか!! 流石に手強いね!!」

 

 ――訂正。割りと余裕そうだった。

 良く視ると、身体は傷だらけのように見えるが、どれも軽症の掠り傷・・・動きにも影響は視られない。

 

 あれ? なんかアイツ原作に比べて強すぎないか?

 ウルティアがウルティオで、性別の変化に伴って強くなったように、アズマも原作に比べたら強化されているように感じてはいたが、まさかここまで強いとは・・・

 

 だが――

 

「やはり、攻撃が――」

 

「一切通ってねぇ」

 

 竜を倒せるのは【滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)】だけなのは、【滅竜魔法】以外の魔法では奴等にまともなダメージ一つ与えることが出来ないからだ。

 他の魔法では、竜に対して一切のダメージが通らない。いや、もしかしたら余程の攻撃力があれば或いは通るかもしれないが、少なくとも、オレの知る限りでは、聖十大魔導の「ジュラ」ですら竜に対してはほぼ無力だった。

 いかにアズマやウルティオが強いといっても、現時点でジュラよりも強いと言うことはまず無い筈。

 

 ――そして、攻撃が通らない以上、オレらに勝ち目など無い――

 

「おい、何とかここから・・・」

 

 『出られないか――』その言葉は、最後まで口から漏れることはなかった。

 方法が思い付かないからだ。

 ただ一つの出口は防がれた――壊すことは出来なくはないだろうが、どうやっても時間が懸かる。

 壊すまでの間に皆殺しにされて終わりだ。

 

 かといって、他の出口を探すのも壊すのと同じく、それをやるまでの間に殺されるだろう。

 

 かくれるか? いや、ここは向こうのテリトリーだぞ。直ぐに見つかるに決まってる。

 

 どうする?

 一体どうすれば――

 

「ノア・・・君は諦めているのか?」

 

「ッ!?」 

 

 驚愕した――まるで心を見透かされたかのように錯覚するほど、コイツはオレの心境を読み取っていたから――だから、ウルティオのその言葉は、真っ直ぐにオレの心に突き刺さった。

 

 頭がカッと沸騰しかけているのが解る・・・それが、見透かされた羞恥によるものなのか、それとも無神経な言葉に対しての怒りによるものなのか――正直、オレにも良く解らない。

 

 だが、次の瞬間にはオレの中から、そんな感情は消え去り、代わりに心を支配していたのは別の感情だった。

 

「・・・悪いかよ?」

 

「なんだと?」

 

「――あんなもんに勝てるわけねぇだろ? そうじゃねぇのかよッ!」

 

 眉をピクリとしかめたウルティオに叫ぶ――

 

「アイツはドラゴンなんだぞ!」

 

「それが一体どうした?」

 

「人間が勝てる相手じゃない!! 解らないのか!!」

 

 そうだ。勝てるわけがない。

 ならば、戦うべきじゃない――お前程の力があれば解る筈だろ。

 勝ち目など無い事を理解できない筈はないということを。

 

「だから、だからオレは――ッ!?」

 

 思わず口を閉じてしまった。

 こちらを見るウルティオの目が余りにも悲しげだったから・・・

 

暗竜の咆哮(アンリュウノホウコウ)

 

 ウルティオの表情に絶句した次の瞬間、またも俺達に向かって暗黒の魔力を宿した息吹(ブレス)が飛んでくる――

 

 オレは、ハッと意識を向けた頃には既に遅く、避けることは不可能な間合いまでそれは迫っていた。

 眼を瞑り、身体を守るように両腕を自分の前で交差させるが、こんなもので竜の息吹(ブレス)から身を護れる訳がない。

 

 そして、オレ達の元にそれは殺到した――が、どういうことだ? 何時まで経っても予想した痛みがやってこない。

 

 何故だ――そう思って、恐る恐る眼を開いていくと、オレの視界には大きな友人(ウルティオ)の背中が映った・・・

 

「ウル!?」

 

「ノア・・無事か?」

 

 ウルティオの全身は傷だらけだった。

 間違いなくオレを庇って、息吹(ブレス)の直撃を受けたのだろう。

 

「お前――何で!?」

 

 その様を見て、オレの中に後悔が過る――自分が足手まといになっているという現実にどうしようもない悔しさが沸々と湧いてくる。

 

 何よりも情けないのは、この期に及んで尚もオレの中に戦おうという気持ちが生まれない事だ。

 

 情けない。一体何のために滅竜の魔水晶を体に取り込んだんだよ。

 

 一体オレはどれだけ――ッ!!

 

「ノア・・・君、は・・強い」

 

 息も絶え絶えに、こちらを向くことなく掛けられる言葉にオレは「そんなわけねぇだろ」と小さな声で反論する。

 口から漏れたその声は余りに小さく、恐らくは聴こえなかったのだろう。

 眼を伏せて、考える。

 強い人間には基本的に二つ種類がある。

 単純に「強い奴」と――如何なる状況でも「折れない奴」だ。

 物語における主人公達は、そのほとんどが後者の折れない奴か、その二つを両方兼ね揃えている奴だ。

 そして、オレにはどちらも当て嵌まらない。

 オレ程度の魔導士、この世界には掃いて捨てるほど存在するし、オレ以上の実力者も沢山居る。

 何よりも、オレは既に折れているのだ――

 

「君は、常に前を向いてきた。どんな逆境にも負けず、ただ前に向かって突き進んでいった――たとえその道が『正しいものではない』と解っていても、間違っていようとも・・・その様が僕には眩しかった」

 

 ――買い被りだ。

 オレが進み続けてきたのは、眼を背けるためだ。

 初めて人を殺したあの日から、オレは沸き上がる罪悪感から眼を逸らすために、正義でも悪でもない中途半端な道をひたすらに駆けてきた。

 そうしなければ押し潰されそうな気がしたから――

 

「たとえ、闇を、罪を纏っていても――君は僕の『光』だった――」

 

 やめてくれ・・・オレごときに光を見いだすな!

 お前に『光』を与えるのは『グレイ・フルバスター』・・・今は亡き、お前の母の弟子の筈だ。

 

 

「何故、君の輝きが色褪せてしまうのか・・・その原因は、僕には解らない。辛うじて解るのは――今、君がそうなっているのは|『あいつ』のせいであることだけだ!!」

 

「ウル! 止めろ!!」

 

 力強いその声は、オレの耳に心地好くスルりと入ってくる一方で、コイツが何を考えているのか簡単に察してしまえる。

 制止の声を投げ掛けるが、その程度ではコイツは止まらない――長い付き合いであるが故にそれを理解してしまう。

 

「ならば、僕のやるべきことは・・君の中の光を遮る物をどうにかする事だろう。僕はその為にここに来た!」

 

 オレは動かない体を必死に叱咤し、ウルティオの背中に手を伸ばす――

 

「君の中の恐怖は――」

 

 だが、その手は止まってしまった。こちらを振り向いたその顔が、決意を決めたであろう男の顔がオレの行動を止めた。

 

「僕が・・・封じよう――」

 

 ウルティオが、片手を開き、その開かれた掌の上に握りこんだもう片方の腕を重ねた状態で構える。

 オレはそれに眼を見張った。

 その構えは、コイツの実の母が得意とし、後に二人の弟子にそれを教えた【造形魔法】であり、ウルティオが先天的に扱える魔法だったからだ。

 

「【アイスメイク――】」

 

 ウルティオの肉体から、力強い魔力の波動がこちらにまで伝わってくる。

 この遺跡から、或いはあのドラゴンから感じるようなおぞましい物ではない。

 温かく、包み込むような安心感に満ちた魔力――これこそがウルティオの本来の魔力の質なのだと理解できる。

 

「【薔薇の王冠(ローゼンクローネ)】!」

 

 ウルティオの声に反応して、黒いドラゴンはこちらにその無機質な視線を向けるが、遅い。

 高速で生成される氷のイバラが黒竜の身体に巻き付き、拘束するように締め上げた。

 

「早い!」

 

 原作の通り、造形魔法にあるまじき生成速度だ――これが【氷の造形魔法】か!?

 

 だが、氷の荊は黒竜の肉体には一切の傷を付けていない。いや、それどころか竜は完全にこちらを意識したのか、自身の肉体が拘束されていることを構わず、こちらに向かって動き始めた。

 その動きに応じて、氷の荊は簡単にひび割れ、壊れていく。

 

「グッ!?」

 

 微かな苦悶の声がオレの前から聞こえてきた――それは、オレでなければ聴き逃してしまうようなちいさな声だが、確かにオレには聴こえた。

 しかし、ウルティオは構えを崩すことなく、更に魔力を高める。

 

「させるか――ッ!」

 

 こちらに向かって悠々と歩を進める竜の身体に新たに生成された荊が絡み付き、ひび割れた荊もその部分を修復され、より強固に竜の動きを封じた。

 

 一秒毎に次々と複数の氷の荊が竜の身体を覆い、黒い鱗に氷の薔薇が咲いていく――そして、ついに竜の前進が止まった。

 

 だが――黒竜は、拘束の薄い右腕を振り上げてそこから攻撃を放とうとしている。

 しかし、その腕に木の蔦が絡み付き、動きを封じた。

 その光景を見て、オレとウルティオはバッと首を魔力の感じる方へ向けた――

 

「アズマ!? 無事でしたか」

 

「まぁ、無事ではないが・・・流石にこの状況で寝てるわけにもいかないからね」

 

 そこには地面に片膝を着きながらも、両腕を前に突き出す格好でアズマが居た。

 本人の言う通り、その全身はボロボロでとても無事なようには見えない。

 多分アイツもさっきの息吹を直接受けたのだろう。

 

「僕と違って防御してたようにも見えなかったのですが・・・良く生きてますね」

 

「鍛え方が違うからな。何とか生きているよ」

 

 二人の男は互いの生存を喜びながらも、決して全霊の力を込めた束縛を解くことはない。アズマもウルティオも次にあの息吹を受ければ――いや、あと一撃でも攻撃を受ければ命が危ないと理解しているから。

 それぐらい今の二人はボロボロだ。

 直撃を受けたアズマと、魔法で防御していても素の肉体の防御力がそれほど高くないウルティオ・・・だが、二人の魔導士は決して諦めてはいなかった。

 

 オレは前の二つの背中を唖然と見る・・・『アレ』――竜に何で立ち向かえる? 何で絶望しない?

 それどころか二人は勝つ気で居る――二人の目はそれを物語っている。

 

「さてと、このまま倒すなり封印するなりしたいところだがね――「二人とも」手が塞がっていてはどうにもならんね」

 

「アズマはこのまま拘束を続けてください」

 

「何か手があるのか?」

 

 どうやら、アズマは完全にオレの事を『戦力外』と判断したらしい。

 ウルティオの方はオレの方をチラリと見た後で、再び決意を秘めた表情で拘束された黒竜を睨み付ける――

 

「僕の全魔力を奴にぶつけます」

 

「とっておきと思って、期待していいのかね?」

 

「これが無理なら、もう残された手は『一つ』しかないです」

 

 とっておき――あの【造形魔法】を見た後ならそれは容易に想像できる。

 

 【絶対氷結(アイスドシェル)】――氷系統の魔法では【スレイヤー系魔法】を除いたら文句無しに最強の魔法。だが――

 

「ウル! てめぇ!!」

 

 ――それは、術者本人の肉体そのものを絶対に融けない氷に変える禁術だ。

 それを理解しているオレは制止の声を掛ける。

 気が付けば、さっきまで重くて仕方のなかった体が普通に動くようになっていた。

 

「僕を『ウル』と呼ぶな・・・」

 

 淡々とした小さな声がオレの鼓膜に響いた――

 

「僕はまだ、そう呼ばれるに相応しい人間ではない――それに心配しなくても『それ』は本当に最後の手段だ。まだ(・・・)使う気はない」

 

 それを聞いて、オレは一応ではあるが安堵する。

 だが、同時にいよいよとなればそれを躊躇わずに実行するだろう覚悟が今のウルティオからは感じられる。

 

「何で・・・オレの為にそこまでするんだよ」

 

 本当に、何でお前はそこまで・・・

 オレなんぞ見捨てちまえば、そこまで深手を負うことなんて無かった。

 最初からアズマと二人でなら、何らかの手段でこの場から逃れるぐらい出来た筈だ。

 にも拘らず、足手まといも良いところのオレを庇って逃げるチャンスを見いだせず、更には傷も負った。

 今のオレに価値なんざ――

 

「それは――僕が君に救われたから」

 

「?」

 

「そして何よりも――『初めての友人』の為だから・・それでは理由にはならないか?」

 

 オレがその言葉に絶句し、言葉では表せない激情が胸に込み上げてくるのを感じた。

 決して嫌な感情ではない。これは――そう、一番近いのは歓喜だろうか?

 オレの事をこれほどまで思ってくれている者なキュベリオス以外には居ないと――そう思っていた。

 けど、それと同じくらいウルティオに対して『オレにそんな価値など無い』と叫びたい気持ちがある。

 

 ウルティオは左右の掌の人差し指と中指の二本の指を立てた状態で腕を宙に走らせる――あれは、指に魔力を込めて陣を描いてるのか?

 

高魔力(コウマリョク)感知(カンチ)――ハイジョスル】

 

 どうやら、ウルティオを本格的に自らの敵であると見定めたのか、その全身から黒い魔力を放出し、これまでとは一線を画する力強さで暴れ始める――

 

「ウル!」

 

「ウルティオ!!」

 

「解ってる!! もう少しだ」

 

 全力を持って暴れ狂う黒竜に、ついに奴の体を縛っている氷の荊と木の蔦が音を発てて壊れていく。

 オレとアズマの叫びに、ウルティオも最大の一撃を放つための準備を進めていくが、相当な大魔法なのだろうか? 氷の荊で奴を縛りながらの並行では、幾らウルティオが天才であっても直ぐには終わらない。

 

 オレは直ぐにウルティオの前に移動し、全身を魔法で強化しながら【空間魔法】でオレが普段別空間にしまってある『専用武器』を取り出す――

 

「【換装――竜撃手甲】」

 

 コイツは前に暗殺ギルドの『混沌の毒竜』の馬鹿共を潰したときに、【毒の滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)】だった『ヒュドラのイチ』が実戦用に取っておいた特別な物で、オレは奴と戦うとき、奇襲で先ずはこいつを使えないような状況に追い込んでから戦ったという経緯がある。

 それは、腐っても相手が滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)なので、この武器を持たれたらオレでは負ける可能性があると認めたが故にそうした。

 この手甲は、イチを始末したあとに使えるかもしれないと回収し、後は『知り合い』にオレ用に仕立て直して貰い、ほんの少しの改良も施された上で今回の依頼の前に取りに行っておいた。

 コイツに籠められた魔法が必要だ。

 

 そして、とうとう拘束を力業で無理矢理外し黒竜は俺たちの方へ全力で駆けてくる――

 オレ達よりも明らかに近い位置に居るアズマをガン無視し、オレ達――というよりウルティオのもとへと翼を広げながら駆けてくる。

 

 竜が――絶対的な恐怖が迫ってくる――その様を見てまたオレの足は一瞬震えるが、直ぐ後ろには(ウルティオ)が居る・・・そう考えると、不思議なことに恐怖が消えたわけではないのに、足の震えは止まった。

 

「ノア!」

 

「行ける! 心配すんな!!」

 

 ああ、行ける!

 オレは今は『女』だけど、友達にこんなに『男』を魅せられて黙ってられるかよ!!

 

「行くぞ! 黒蜥蜴!!」

 

 沸き上がる恐怖を押さえ込むように大声を張り上げて、竜に向かって地面を蹴る。

 

 不思議な気分だ――体が熱い。今なら何でも出来そうな気がするほどの高揚感に身を包まれながらも、その反面、冷静に自分自身と周りの状況が良く解る。

 恐怖が在るのに、それ以上に強い衝動がオレの身体を突き動かす。

 そう、オレは『ウルティオを護りたい』・・・それが、その思いがオレに恐怖を乗り越えさせてくれる。

 

「やってやる! てめぇを先に行かせねぇ」

 

 決意を胸に秘めて、前を見据えながら魔力を集中させる。

 その時、オレの中の『何か』が微かに震えた気がした――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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