屋敷に着いた頃には既に夜中になっており、月明かりのシルエットで浮き彫りになる本拠はさながらホテルのような巨大さであった。
耀は本拠となる屋敷を見上げて感嘆したように呟く。
「遠目から見ても大きかったけど……近づくと一層大きいね。何処に泊まればいい?」
「本来であれば、コミュニティ内の序列に従って上位から最上階に住むことになっているのですが……今は好きなところを使っていただいて結構でございますよ。移動も不便でしょうし」
「そう。そこにある別館は使っていいの?」
飛鳥が屋敷の脇にある建物を指さす。
「ああ、あれは子供たちの館ですよ。本来は別の用途があるのですが、警備の問題でみんな此処に住んでます。一二〇人の子供と一緒の館でよければ」
「遠慮するわ」
飛鳥は即答した。苦手ではないにせよそんな大人数を相手にするのは御免なのだろう。
四人は箱庭やコミュニティの質問はさておき、『今はともかく風呂に入りたい』という強い要望の下、黒ウサギは湯殿の準備を進める。
しばらく使われていなかった大浴場を見た黒ウサギは真っ青になり、
「一刻ほどお待ちください!すぐに綺麗にいたしますから!」
と叫んで掃除に取り掛かった。それはもう凄惨なことになっていたのだろう。
四人はそれぞれに宛がわれた部屋を一通り物色し、来客用の貴賓室で集まっていた。
※
「駄目だよ。ちゃんとお風呂には入らないと」
「……ふぅん?聞いてはいたが、オマエは本当に猫の言葉がわかるんだな」
耀がニャーニャーと鳴く三毛猫と話している姿に十六夜は声をかける。
「うん」
簡単な返事をする耀の腕の中で十六夜に向けて怒りを込めた鳴き声を出す三毛猫。
「駄目だよ、そんなこと言うの」
傍目ではニャーニャー鳴いているようにしか見えない猫の声に反応する耀は不気味に見えたが、
「猫と話せる奴なら俺の世界にもいたしな……猫限定だったが」
当然だ、という風に番一が反応するおかげで中和されていた。
「……いい加減気になるんだが、番長の世界はどうなってるんだ?」
「あ、それ気になる」
「私も気になるわね」
三人に興味津々の表情で詰め寄られた番一は迷惑そうに手を振る。
「あー……。今度話してやる、暇な時とかに」
「ちょうど今が暇な時なのだけれど?」
飛鳥が追い打ちをかけ、番長の世界についての情報を絞り出そうとするも、
「ゆ、湯殿の用意ができました!女性様方からどうぞ!」
そんな黒ウサギの声が廊下から聞こえ、中断されてしまった。
「な?暇じゃないだろ。お先にどうぞ?」
「……。そうね、先に入らせてもらうわ。十六夜君もそれでいい?」
「ああ。俺は二番風呂が好きな男だから特に問題はねえよ」
「それじゃ行ってくる」
女性二人は黒ウサギと共に大浴場に向かい、仕切り直しの様に十六夜は番一に話しかける。
「で、なんでそんなに話そうとしないんだ?」
「説明に時間が掛かるから、だな。だからこそ『暇な時間に』って言ってるんだ」
「女性陣の風呂という暇な今、話してくれよ」
「いいぜ。ただ―――時間がないからザックリと、な?」
ゴホン、と咳払いをしてソファに座り直す。
「さて十六夜。何を聞きたい?」
「そうだな……番長が勝てない奴はいるのか?」
「いるぞ。それも割と多くな。そうだな……」
んー、と番一は少し悩み、
「たとえば……商店街のパン屋の店長とかな」
「なんでパン屋の店長が強いんだよ」
ガハハ!ヤハハ!と笑って十六夜が何かに気づいたように窓を見る。
「時間がないってのは
「ん?やっと気づいたのか」
番一は笑みを浮かべ、十六夜は笑いを止めて番一に言う。
「早く終わらせねえとな。
「ガハハハハ!
※
その夜は十六夜の月だった。
黒ウサギ達に招かれた館を出た二人は、コミュニティの子供たちが眠る別館の前で仁王立ちするかのごとく腕を組んで立ち尽くしていた。
「おーい……そろそろ決めてくれねえか、風呂に入れん」
ザァ、と風が木々を揺らす。一見して人の気配はないものの、番一は呼びかけ十六夜は面倒くさそうな顔をしながら立ち尽くす。
「ここを襲うのか?襲わないのか?やるならシバかれる覚悟で来いよ?」
ザザァ、ともう一度だけ風が木々を揺らす。やはり誰かが隠れているようには見えない。
「……十六夜、やるか?」
「……おう番長、やるぞ」
二人は石を幾つか拾い、木陰に向かって番一はノックし、十六夜は軽いフォームで投げる。
「ほっ!」
「よっ!」
ズドガァン!と軽いノックやフォームからは考えられないデタラメな爆発音が辺り一帯の木々を吹き飛ばし、同時に現れた人影を空中高く蹴散らせ、別館の窓ガラスに振動を奔らせる。
別館から何事かと慌てて出てきたジンが十六夜に問う。
「ど、どうしたんですか!?」
「侵入者っぽいぞ。例の<フォレス・ガロ>の連中じゃねえか?」
空中からドサドサ落ちてくる黒い人影と瓦礫。
意識のある者はかろうじて起き上がり、十六夜を見つめる。
「な、なんというデタラメな力……!蛇神を倒したというのは本当の話だったのか」
「ああ……これならガルドの奴とのゲームにも勝てるかもしれない……!」
侵入者の視線に敵意らしいものは感じられなかった。
番一はなんとなく侵入者に歩み寄って声をかける。
「お前らは人間……?いや、擬人化した動物?」
侵入者たちの姿はそれぞれ人間とはかけ離れたものだった。
犬の耳を持つ者、長い体毛と爪を持つ者、爬虫類のような瞳を持つ者。
十六夜も番一と同様に物色するように彼らを興味深く見つめた。
「我々は人をベースに<獣>のギフトを持つ者。しかしギフトの格が低いため、このような半端な変幻しかできないのだ」
「へえ……。で、何か話したくて襲わなかったんだろ?ほれ、さっさと話せ」
十六夜がにこやかに話しかける。侵入者たちは沈鬱そうに黙り込んだ後、意を決するように口を開く。
「恥を忍んで頼む!」
「断る!」
「<フォレス・ガロ>を完膚……って、え……!?」
番一が話し始めた侵入者の言葉に即座にお断りする。
「おい、番長。やっと話してくれるんだから初っ端から断るなよ」
「えー……。どうせ言いたいことは
『自分らは人質取られててー、だから強いあんたに助けてほしくてー、お願い♪』だろ?
来た理由も『上の奴に言われてー、人質攫わないと俺らの人質助からないー』みたいな」
「その話し方やめろ気色悪い。で?どうなんだ」
十六夜は無駄にキャピキャピした気持ちの悪い喋り方で話した番一の言葉の真偽を侵入者に問う。
「は、はい合っています……。どうしてそこまで御見通しで……?」
「むしろそれ以外に理由がないと思うんだが?」
「だな。とりあえずオマエら。その人質はもうこの世にはいねえから。はいこの話題終了」
「―――……なっ」
「十六夜さん!!」
ジンが慌てて割って入る。しかし十六夜は神にも冷たい声音で接する。
「隠す必要あるのかよ。お前が明日のギフトゲームに勝ったら全部知れ渡ることだ」
「そ、それにしたって言い方というものがあるでしょう!番一さんもどうしてふざけていられるのですか!?」
「そりゃ俺には関係ないし、自分たちの責任だろ?」
「ああそうだ。殺された人質を攫ってきたのは誰だ?他でもないコイツらだろうが。なんで気を使わなきゃならない」
もしも人質を救うために新しい人質を攫ってきていたのだとしたら……殺された人質の半数は彼らが殺したといっても過言ではない。
と、そこで十六夜は妙案を思いつく。
(人攫いのゲスイ悪党……使えるか?)
ふと番一を見ると、同じように暗黒に染まる微笑を浮かべてこちらを見ていた。
((よし))
二人は出会って時間もあまり経っていないにもかかわらず、アイコンタクトで作戦を共有した。
十六夜はまるで新しい悪戯を思いついた子供のような笑顔で侵入者の肩を叩き、
「<フォレス・ガロ>が憎いか?叩き潰してほしいか?」
「あ、当たり前だ!俺たちがアイツのせいでどんな目にあってきたか……!」
「そうかそうか。でもお前達にはそれをするだけの力はないと?」
ぐっと唇を噛みしめる男たち。
「ア、アイツは魔王の配下。ギフトの格も違うし、俺たちがゲームを挑んでも勝てるはずがない!いや、万が一勝てたとしても魔王に目を付けられたら」
「その<魔王>を倒す為のコミュニティがあるとしたら?」
え?と全員が顔を上げた次の瞬間、番一はジンの肩をガッチリと掴み、
「何を隠そう!このジン坊ちゃんが
「なっ!?」
侵入者一同含め、ジンでさえ驚愕する。
本来、ジンのコミュニティの趣旨は、
コミュニティを守り、旗印と名を取り戻し、奪っていった魔王を倒すことである。
しかし番一の説明では、
全ての魔王を対象として、倒す事を趣旨としているコミュニティではないか。
「魔王を倒す為のコミュニティ……?」
「そう、魔王を倒すのさ。その傘下も含め全てのコミュニティを魔王の脅威から守る。守られるコミュニティは口を揃えてこういってくれ。
<押し売り・勧誘・魔王関係お断り。まずはジン=ラッセルの下にお問い合わせください>」
「じょ、」
冗談でしょう!?と言おうとした口を番一は塞ぐ。十六夜も番一も何処までも本気である。
十六夜は勢いよく立ち上がり、まるで強風を受け止めるように腕を広げ、
「人質の事は残念だった!けれど安心してくれ!明日、ジン=ラッセル率いるメンバーがお前たちの仇を取ってくれる!その後の心配もするな!なぜなら俺たちのジン=ラッセルが<魔王>を倒す為に立ち上がったのだから!」
「おお……!」
大仰な口調で語る十六夜。それに希望を見る侵入者一同。
ジンは必死に腕を振り払おうとするが、番一の馬鹿力に押さえつけられ声もでない。
「さあ、コミュニティに帰れ!そして仲間たちにこう叫べ!
『我らが英雄ジン=ラッセルが<魔王>を倒す為に立ち上がった』と!」
「ああ!ああ!必ず言うよ!明日は頑張ってくれジン坊ちゃん!」
「うおおおおおお我らがジン=ラッセルー!!」
「ま……待っ……!」
当の本人のジンの叫びは届かず、ジン=ラッセル万歳と叫びながら走り去る侵入者一同。
腕を解かれたジンはハイタッチをする二人の傍で茫然自失になって膝を折るのだった。
赤坂です。
大変遅れました。本当に申し訳ありません。
やるやる詐欺はいい加減にしろと、自分にも言い聞かせています。
それと活動報告の方に理由その他諸々を書いておきます。
ではでは。