風見幽香の殺し方【完結】   作:おぴゃん

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2『日輪の物語(上-2)』

『一通の新着メールを受信しました』

 

 ――――

 

 差出人:ユキ

 宛先:ハジメ

 タイトル:(無題)

 

 やほー、はじめ

 あいつのけいたい盗んでこっそりめーるをかいてるんだけれども

 ゆかりのやつがてきとうにつかい方教えるから、

 これがほんとうにあんたのとこに届いてんのかとかしらないけど。

 まぁ、それはそれでいいんだけど。

 

 わたしがあんたに言ったこと、忘れてないよね。

 それがこうして、わたしたちがあんたたちの空の下で戦うりゆうなんだから。

 

 あんたはあんたで、最後までわがままを通して見せなさい。

 

 じゃあ。また。

 これが終わったら、またあんたの学校にでもまぎれこんでみるかな。

 そのときは案内よろしく。

 

 ――――

 

 ◆◆◆

 

 外に出なければいけないような気がした。

 それはよく晴れていたからとか、風が暖かかったとか、あるいはなんとなくとか。仕事も学校もショッピングも放り出して、それぞれの理由で人々はぞろぞろと通りを歩き始めた。

 そんな調子で、昼過ぎを越える頃には町の中心部はすっからかんになっていた。

 

「なぁ、俺達何を待ってるんだ?」

「さあ?」

 

 そんなやり取りを何度繰り返しただろうか。

 まるで誰かに縛り付けられてしまったかのように、誰もが固唾を呑んで摩天楼を見上げていた。F市。駅前ばかりがハリボテのように発展していった、典型的な、しみったれた地方都市。

 

 今日まではそのはずだった。

 何もない、何も起こらない日常がそこにあって、いつまでもいつまでも続くはずだった。

 ただ、黒く焼けた一つのビルだけがそれを否定していた。

 

 そうじゃない、と。大事なものを見落としているぞ、と。

 その声が聞こえるかのように、都市部をぐるりと取り巻く『観衆』の間には、正体不明の静かな熱狂があった。

 

「あ?」

 

 誰もが驚きの声を上げていた。ひしゃげたシルエットを呈するビル。

 その頂に輝く真昼の太陽が、二つに分裂した。ざわめきは一瞬にして悲鳴に変わる。

 

『花符――!!』

 

 暴風のような衝撃波が、立ち尽くす人々をぶん殴っていったのだ。

 やがてよろよろと立ち上がった彼らの視線の先。宙にまき散らされ、巨大な図柄を描く無数の光弾。それは、まぎれもなく弾幕なのであった。

 

 ◆◆◆

 

「早くないか」

 

 雪之丞がカップを置いた。

 その指先には既に金属の甲殻が生じ始めている。

 

「私達の動きは筒抜けだった、ってことかしら」

 

 紫と霊夢の力によって、無意識のうちに町の外縁に集められた『見届人』たちの一部がわらわらと崩れた。怒り狂う獣の群れのように遠い地鳴りを響かせてやってくるのは無数の装甲車だ。

 

「かもね」

 

 それまで無人のカフェテラスでお茶を飲んでいた三人は、イスから立ち上がって、迫りくる鋼鉄の車列に対峙する。

 このタイミングで彼らが現れるというのなら、彼らを率いる存在は、おそらくこうなることを予期してずっと前から準備を進めていたのだろう。

 

「それで、私達の仕事が何か変わるのかしら?」

 

 その底知れなさが呼んだ不安を振り払って、紫はおどけた様子で二人をかえりみた。

 

「別に。ただ、大変なのはもっと多くの観客を集めなきゃいけないハジメ達よね」

「俺たちはそれまで、大立ち回りを邪魔するやつらを片っ端からぶん殴る。それだけだ」

 

 突風が吹き、雪之丞の姿が消えた。

 あたりを見渡すと、さっそく手始めの一閃で装甲車を両断した悪鬼が、仮面の隙間から赤黒い地獄の業火を吐き出すところだった。

 

「なにより、あの人の一世一代の戦いのお膳立てなんだ。邪魔はさせないさ」

 

 金属を引きちぎるような咆哮で、雪之丞は挑発した。

 

「さぁッ、かかってこいよ! 俺がお前たちの言う虚構なら、俺を消して見せろッ!!!」

 

 それを皮切りに、銃弾の雨が容赦なく雪之丞に注がれる。点ではなく面で叩き付けられる衝撃にさすがの吸血鬼の鎧も見る見る間に歪み、内部には確実にダメージが入っていく――ように、思えた。

 

「ハハッ」

 

 勢いのまったく衰えない悪鬼が勢いよく炎を吐き出して、槍を振るう。その度に十人とも二十人ともつかぬ機動部隊が吹き飛んでいく。花と炎と血飛沫を散らして、地獄の底から響くような声で、語る。

 

「安心しな。殺すなっていわれてるからさ」

 

 仁王像のように肉体を捻り上げた雪之丞の手の中で赤い槍がぼんやりと光を放ち始める。

 

「それ以外は何でもオッケーなんだと」

「ちょ、あんた」

 

 背後に控えていた霊夢までもが巻き添えの予感に口を挟みかけた瞬間、地鳴りのようなエンジン音が轟く。

 

「きやがったな」

 

 味方の装甲車を蹴散らして、花屋仕様と化した装甲車が飛び出した。「いたっ」霊夢を軽く小突いてそいつの直撃コースからどかしてやると、悪鬼はノーガードで両手を広げて迎え入れる。

 

「あぁ、そうだ。殺すなってハナシ。例外があった――――あんた以外は、だ」

 

 直後、分厚いフロントの装甲が鋼鉄の悪魔を押しつぶした。

 装甲車の勢いは止まらず茫然とする一団をあとに、車体の下からおびただしい火花と砕けた装甲の破片をまき散らしながら近くのショーウインドーに突き刺さる。

 

「ユキ!!」

「彼なら大丈夫よ」

 

 尚も350馬力を全開にして手近なビルの内部へと突き進んでいく装甲車を尻目に、紫はすっかり二人を包囲した機動部隊の黒山を見渡した。

 

「あいつら、なんて?」

 

 この瞬間も彼らの間でやり取りされている通信の内容が、紫には分かるのだろう。ふんふんと頷いていた紫が、不穏な笑みの浮かんだ口元を隠すように扇子を広げる。

 

「化け物、ですって」

 

 ◆◆◆

 

 分厚いコンクリートの壁をぶち壊して装甲車はショッピングモールの中を暴走した。

 車体の下に巻き込まれた下半身をすりおろしにされるのもお構いなしに、鋼鉄の吸血鬼は前部装甲に爪を突き立てて這い上がろうとする。

 その意図をいち早く察したように、装甲車は進行方向を変えた。床に赤い血でラインを描きながらジュエリーショップの陳列を粉砕する。

 エンジンがうなりを上げて店と店を仕切る壁に突撃する。鉄筋の壁を一つまた一つと突き破るにつれて雪之丞の体は徐々に車体の下に呑まれていった。

 

 ギャリリリリリィッ――――

 

 肉と装甲をまき散らす凶悪なシュレッダーと化した鉄の塊はたっぷり時間をかけてぐるぐるとフロアを回り続け、赤い輪の図柄を床に描いていく。

 

「それで――あんたの――――攻撃は―――――終わり、か?」

 

 冷たいナイフのように研ぎ澄まされた声は、おそらく爆走を続ける装甲車の鉄板を貫いて、内部にも響いたに違いない。

 

「そう――例外が――――あんたなら――――――潰してもいいって―――――紫が」

 

 まさに悪魔の呻きと化した声をかき消すように、装甲車は方向転換。床を引っぺがす勢いでタイヤを空転させると、モールの二階へと通じる大階段を駆け上る。ガコガコと激しく階段の段差を打ちつけながら登っていく装甲車と床の間にはわずか数センチの隙間しかない。

 

「だから、許す。今だけ好きなようにすればいい。そのほうが後で、あんたを心置きなくミンチにしてやれる」

 

 雪之丞の肉体はより激しく損耗していく。

 にも関わらず、車体の下から発せられる声も、その気配の強大さも増していくとは、一体どのような理屈が働いているというのだろうか。

 階段を昇り切った装甲車が極め付けに吹き抜けへとダイブする。

 16トンの塊はその役目の最後に数メートルばかり空を飛ぶと、吸血鬼を下敷きにしたまま一階のフロアに垂直に突き刺さり、その勢いのままに地下の食品売り場まで貫通して更に雪之丞の肉体を押しつぶした。

 中ほどまで埋まった装甲車はそのままエンジンを停止した。照明が明滅し、もうもうと舞う塵をぼんやりと浮かび上がらせる。

 紫の施した人払いの暗示が無ければ、間違いなくこの特攻で誰かが巻き添えを喰らっていただろう。

 暫く、完璧な静寂がそこに漂っていた。

 はりつめた静寂だった。

 

 そのまま時が止まってしまってもおかしくない程の静寂は、空気を極限まで吹き込んだ風船にも似ている。

 

「さて」

 

 その一言で、風船はパチンと音を立てて弾けてしまう。時間は動きだし、現代に生きる吸血鬼と幻想を滅ぼす男との決着へとむけてジェットコースターじみた勢いで降下を始める。

 

「おあつらえ向きの場所じゃないか」

 

 鉄の柱と化した装甲車が傾いだ。

 果物を満載したワゴンが丸ごと押しつぶされる。

 

「ここなら邪魔は入らない。あんたを取り巻きどもからひっぺがす手間が省けたってもん、だッ!!」

 

 床から引き抜かれた装甲車が宙を舞った。地階の床と天井にピンボールのようにぶつかって激しくバウンドした装甲車は、やがて薄暗い空間に火花を散らしながら横滑りし、最後に鉄筋の柱を一つ押しつぶして止まる。

 

「あの時の恨み、しっかり晴らせてもらう」

 

 クレーターから立ち上がった雪之丞の頬を、金属質の甲殻が滑るように覆っていく。千切れた肉をも金属で補っていく。狭間雪之丞はほんの数秒で鉄の悪魔の貌を取り戻す。日中というハンデの下にあって、驚愕に値する再生能力だ。

 

「あの時あなたを逃がしたことは僕たちの手落ちでした。ここで、僕たちの手で、汚名を返上させていただこうかと思いまして」

 

 甲冑に覆われた指先が向けられる先では、横転した装甲車から影法師のように巨大な男が立ち上がるところだった。

 

「ときに、『僕たち』を殺すと?」

「あぁそうだ」

 

 多世界に跨って存在する能力を持つ異形、万場幾恵が肉のひきつった顎を小さく撫でる。

 

「あんたの能力、ハジメたちにさんざ説明された今でもぶっちゃけ何がなんだかよく分からねえけど。とにかくただの人間なんだ。なら殺せるだろ」

「はたしてあなたに僕たちを殺しきることができるでしょうか」

「あんたがメゲるまで何万回でもやる。なにせ、あんたには借りが山ほどあるからな」

 

 万場は長身を、これまた長大な対物狙撃銃に預けて雪之丞の出方を窺っている。

 鋼鉄の仮面の中で雪之丞は僅かに眉根を寄せる。この男はこんなデカブツをいつ、どうやって取り出したのか。もとから持っていたのだったか。いや――――記憶を辿ろうとすると、フィルターがかかったように数秒前の万場の姿がおぼろげになってくる。

 

「つくづく君は、しぶといですね。もう出番は終わったというのに」

 

 この奇妙な感覚は万場の能力に起因するものなのだろうか。

 

「勝手に終わらせんな。俺はいつでもクライマックスなんだよ」

 

 記憶の齟齬が作り出した眩暈を振り払うように雪之丞が首を振っていると、万場が銃のオバケに弾倉を喰わせてやりながら口を開いた。

 

「哀れな人だ。同情しますよ」

 

 万場はまたどこかから取り出した軽機関銃を片手に、対物ライフルを残された腕一本で構えた。

 

「自分自身を切り捨て続けて、結局何も得られなかった。それでも尚あがくのを辞めない。幻想なんてくだらない物を信じて、見苦しくあがくだけの」

 

 万場の声が地下に響く間、雪之丞は辛うじて装甲車の下敷きを逃れたリンゴを一つひろい上げる。

 

「その姿がどこかの誰かに、見なくてもいい夢を見せる」

 

 万場の異形に浮かぶのは、患者の体内に手遅れの腫瘍を発見した医者のような表情だった。

 

「現実に叶わぬ夢を上書きして生きようとする君たちが、いくつもの世界線を腐らせる。だから僕たちは幼年期を卒業できないんですよ」

「なぁオッサン。あんま子供をバカにすんなよ」

 

 リンゴを遠くに放り、雪之丞は構える。

 今日は紅い槍が、体の一部のようによく馴染む。ハジメと殺し合った時よりも、救済と称して幽香を殺そうとした時よりも。殺されかけた時よりも。薄暗い照明が照らす埃と塵まみれの空気でさえ、どこまでも澄み渡ったような錯覚を覚える。

 

「難しいことをごちゃごちゃ並べやがって。お前の言うオトナってのが自分の夢を見て見ぬふりして生きることなら、俺はクソガキのままでいっこう構わねえんだよ」

 

 奇妙な感覚に囚われながら、彼は槍の穂先を目の前の敵へとまっすぐ向けた。

 

 ◆◆◆

 

「むむむ」

 

 肩に飛び乗ってきた黒猫に何事か囁かれた紫が眉間にしわを寄せた。

 

「どうしたの?」

「霊夢、私も少し離れなきゃ。ここ、お願いね」

 

 眉をひそめた霊夢が何か言う前に、紫は気の抜けた表情でビル街の方角をしゃくった。霊夢の結界で人払いがされた大舞台。幽香とハジメの戦いの余波で割れた高層ビルのガラスが、スパンコールのように陽光を乱反射して地面に降り注いでいく。

 

「誰かが結界の隙間からあそこに入っちゃったみたい。危ないから見てくる」

「……ちょっと、つまりこの場私一人に任せるってこと?」

「ええそうよ」

 

 言うだけ言って紫はさっさと空間のスリットに潜り込んでしまう。

 

「あーそう。結局いつも通りってことね。はいはい」

 

 前髪をかき上げて霊夢は気だるげに首を振った。

 もちろんこの瞬間も容赦なしの実弾射撃が続けられ、霊夢の周囲に張り巡らされた結界に干渉して青い火花を上げて弾け続ける。

 

「ま、ぶっちゃけその方がやりやすいわ。アリガト」

 

 大暴れしても巻き添え出ないし――と呟く霊夢の、春風に揺れる黒髪。その毛先が虹色の輝きを帯び始める。

 

 ◆◆◆

 

 軽率だった。

 お祭り好きのハジメのクラスメートたちは、珍しく後悔していた。

 

「わひぃ」

「死ぬう」

 

 あそこでハジメたちが戦っているのなら、他でもない私達が見届けなきゃあ――と息巻いて突っ込んでみたはいいものの。

 

「あいつら、俺達、見えて、無いのかよっ」

 

 弾幕ごっこは殺し合いを避けるためのゲームであることに間違いはない。

 だがそれはあくまである程度自分の身を守る術を持っていることが前提となる。放たれる弾丸は衣服をこそげ、ブロック塀程度なら粉砕する威力を持っている。

 

『日輪―――――』

 

 ハジメの声が大気を振るわせた直後、空気の質が変わった。

 それまで無作為にバラ撒かれていた弾丸が軌道を変える。内が外へ、外が内へ。交錯する光弾の渦。巻き込めばシュレッダーじみて相手を粉砕する暴力の渦を、幽香が難なく掻い潜る。

 

「ま、またくるぞ!!」

 

 輪から外れた弾丸は自然消滅するか、何かにぶつかるまで止まることはない。

 ほとんどは背の高いビルに阻まれて地上に着弾することはなかったが、そのかわりとばかりに破壊された外壁やらガラスがこれでもかと降り注ぐ。

 

「おいミヤコ、頭さげろ!!」

「わぶっ」

 

 その様子をケータイで撮影していた女生徒が、無理やり頭を押さえつけられて伏せた直後、ばらばらとガラスの雨が彼らを打った。

 

「もう十分撮ったし撤退撤退! ケータイ仕舞って走れって!!」

「だってぇ、これせっかくの生放送だし」

「おいこっち向けんなって俺の顔が映るだろ!」

 

 集団の後ろを数歩分遅れて走る女子生徒――ハジメをつるみんと呼ぶ彼女の手にはこんな時でもしっかりとケータイのカメラが空で繰り広げられる閃光の応酬に向けられ、手ブレ激しい動画をどこかのサイトに配信していた。

 

「とりあえず見に行こうとか、野次馬にもほどがあるだろ!」

「やっぱり大人しく向こうで待ってりゃよかったんだ!」

 

 と、数人が彼女を責めるが、自分のことはすっかり棚上げである。

 

「いいじゃんいいじゃん、もしかしてこれ、世紀の瞬間かもよ。ピース!」

「お。ぴーす!」

「潰されるぞ!!」

 

 こんな時でもやっぱりどこかのほほんとしたやり取りを繰り広げる一団。

 

「だああ、止まれやっぱり止まれ!」

 

 とはいえ一クラスの人数で細い路地を走っていてはそう簡単に止まることもできず。

 先頭を行く生徒が悲鳴じみた声を上げながら転げると、後続の集団も次々と押し合いへし合いになりながら玉突き事故めいて潰れていく。

 

「さっきから走れって行ったり止まれっていたり、もう――――」

 

 不平の声をかき消すのは腹の底に響くような空気のうなり。

 折り重なって倒れた彼らの手前数メートルを帯状の閃光が駆け抜けていく。コンクリートのビルが熱せられたナイフを押し付けられたバターのように切り裂かれていく。

 

「熱っ」

 

 離れていても熱風が押し寄せてきた。

 上空では白い翼をひるがえした幽香が、まるでミラーボールのようにあたり一面へと殺人光線をまき散らしている。

 

「……きれい」

 

 極彩色の閃光を縫って飛ぶオレンジの流星は、ハジメだろうか。

 依然として死地にいるにも関わらず、全員が倒れ込んだままの姿でぽかんと口を開いて空を見上げていた。興奮で上気した彼らの頬を、咲き乱れる花火の光が虹色に染める。

 

「本当、あの二人は楽しそうだよねぇ」

「もう少し下にいる俺たちのことを考えてくれればいいんだけれどな」

 

 美しくも激しい応酬を見ていて沸いてくるのは、次は何が起こるんだろう。彼らは何を見せてくれるんだろう。そんな期待ばかり。

 

「夢でも見てるのかねぇ」

「なぁ、なんかヘンな音しない?」

 

 くぐもった疑問の声は無視された。

 

「夢ねぇ。確かに、次に瞬きしたら家の布団の中だったりしてな」

「それはイヤだなあ」

「なんで?」

 

 ミヤコが擦りむいた膝小僧に食い込んだ砂利を叩き落としながら立ち上がる。こんな時でもしっかりカメラは片手で構えたまま。空中。激しく交錯する二筋の光を、彼女はレンズと瞳を輝かせて追い続ける。

 

「その方が楽しいじゃん?」

 

 ミヤコの放ったシンプルで強烈な回答に、何人かがくすくす笑いを漏らす。

 

「まぁそりゃヤバい状況だけどさ。わたし、わりと楽しんでるよ、今。だってこんなの見たことないじゃん。黒板と校庭と、宿題と試験勉強と部活と――もちろん私達の人生がそんなんばっかでもいいけどさ。でも」

 

 本日何度目かに引き起こされた空中大爆発を背負って演説をぶちかましていたミヤコは、不意に赤らんだ顔を背け、足元のコンクリート片を蹴って転がした。

 

「……ごめん。コーフンしすぎかも」

「いや、なんとなく。言いたいことは分かる」

 

 全員、次に語るべき言葉を見失ってしまったようだった。

 その間もミヤコの握るカメラは目の前で繰り広げられる『弾幕ごっこ』の様相を余すことなく記録し、ネットに、全世界に生中継で配信し続ける。

 

「せっかくだし祈ってみるか?」

「祈る?」

 

 何気なく言葉を放ってから、その男子生徒はうんうんと、自分の言葉に頷く。

 

「世の中、少しくらいワケの分からないものがあった方がいい。だからさ」

「これが夢じゃありませんようにって?」

「そう」

「いいね、それ」

「とりあえず手でも合わせておくか」

「拝んでどうするんだよ」

「いいからとりあえずやっとけよ。イワシの頭もなんとやら」

 

 祈ったところでどんな効き目があるのか。

 それでも一同、思い思いの形で願ってみると何か不思議な満足感が沸いてくるようで、笑って視線を交わし合う。と、

 

「おい、だからさっきから――わああ上、上!!!」

 

 ずっと無視されてきた音の正体はたっぷり勿体つけてからその姿を現した。

 光線によって斜めにスライスされたビルの上半分が、丸ごと滑り落ちてくる瞬間だった。

 世界を滅ぼしかねない妖怪と、何もかもぶち抜く力を持った人間の戦いにここまで持ちこたえたこと自体が驚くべき快挙だ。

 

「うおーっ、すごーい!!」

 

 子供の頭ほどもある破片が流星群のような勢いで叩き付けてくる。

 

「お前ら走れ走れ!!」

「だからミヤコさん、カメラなんてどうでもいいから――わっ」

「ぎゃっ」

「ぐえっ」

 

 持ち主の手をすっぽ抜けた後もカメラは仕事を続けた。

 およそ三十人分のなさけない悲鳴と恐怖の表情をたっぷりと全世界に配信した後、轟音とともに画面は激しく揺れ、暗転した。

 

 ◆◆◆

 

『一通の新着メールを受信しました。』

 

 ――――

 

 宛先:ハジメ

 差出人:ユキ

 題名:さっきのメール

 

 は、霊夢のイタズラだからな。

 

 さておきお前とはいろいろやったな

 ぶっちゃけ前ほど素直にお前の顔を見れなくなったってのはある

 多分恋敵とかなんだとか、そういうのと上手くやれるほど、俺は大人じゃないみたいだわ

 

 でもま、それで間違いだとは思わないんだ。

 俺達は仲良くしてきた分だけ、ギスギスする時間も必要だと思うんだ。

 身勝手だろ。でも遅い。これから俺はお前の真下で、お前のために戦うところだ。

 だから物言いは受け付けない。今はな。

 

 全部終わったら殴り合う時間なんていくらでもある。

 今回は大分ヤバいけど、これまでみたいにお前が奇跡を見せて、そんで落着。みんな幸せ大団円だ。そうだろ?

 

 だからお前が文句をたれに降りてきてくれるのを、ずっと待ってるからな。

 


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