風見幽香の殺し方【完結】   作:おぴゃん

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あらすじの扉絵を知人にいただきました。ありがたやー!


7『鶴見千晃、(もしくはTK◆tsuru.c78a)世界(とネット)の片隅で(上)』

 どしん。

 

 リビングの窓ガラスを打ち鳴らしたのは風。台風の足音だ。

 ここ数日F市全体がこんなカンジ。ごうごう雨が毎日降って、どんよりした雲がもくもく。カミナリどかーん。

 

「ハジメ」

 

 美味しいサンドイッチと新聞とコーヒーがあるのにお父さんもカミナリを落とす寸前だ。

 

「ハジメ、ハジメ、いい加減にしろ」

「あぁ、そうだな。うん」

 

 そしてクソあにきはどんより。

 返事は返ってくるけれど、頬杖ついたまんまサンドイッチかじかじしてるんじゃあ、きっと何も聞こえてないんだろうなって。

 

「あにき、お行儀わるい」

 

 こんなにおいしいBLTを作ってくれたのは何を隠そうおねえちゃん。

 そーやって片手間に食べていいものではないのだ。なんならイタダキマスの儀式を毎朝晩数時間にわたって開催したっていっこう構わないし、一口ごとにおねえちゃんに礼を言ったって何もおかしいところはない。

 

『恥ずかしいから絶対にしないで』

 

 ってハナシを前おねえちゃんにしたらすっごくビミョーな顔をされた。だからしてます。自重。

 

「寝ても覚めてもおねえちゃんに夢中。ってかんじ?」

 

 クソあにきの見つめる先はリビングの窓ガラス。雨も風もめちゃくちゃ激しいから、外の様子はヘタクソの描いた油絵みたいにぼやけてしまっている。土の茶色、伸び放題をようやくカットしてもらった庭のケヤキの緑色。

 

「メシ食ったら手伝ってやろうかなぁ」

 

 と、ボケボケのあにきが見つめるのは花壇に咲きかけの花と、もう咲いてしまった花たちの七色モザイク。その中でもいっとう大きな赤だ。

 それはおねえちゃんの色。

 

「あにきのトモダチ、いいセンスしてるよねえ」

 

 リビングの片隅にはプレゼントの空き箱の塔が建っている。

 おねえちゃんの赤いレインコートもこないだのホワイトデーに貰ったものだ。中にはプロティンとか牛肉とかワケわかんないのも結構あったけれど、少なくとも園芸部のみんなのチョイスはちゃんとしている。

 なぁんてあにきと一緒におねえさまの後ろ姿を見つめていると、本当に雷が落ちた。テーブルの上に。

 

「おいバス行っちまうぞバカ息子!」

 

 おとうさんパンチで最初にびっくりしたのはコーヒーカップと皿だった。完全に不意打ちだ。がちゃんという音に私も飛び跳ねる。あにきはもっとびっくりする。

 

「えっ――――おわわ!」

 

 鳩時計は八時ちょいまえ。バス行っちまう、ではない。バス行っちまった、だ。

 

「なななな何で教えてくれないんだよ!」

 

 あにきがイスをひっくり返す勢いで立ち上がる。

 

「俺は何度も言った」

「わたしも」

 

 ばかたれあにきはとことん騒がしく戸棚を引っ掻き回して自転車のカギを見つけると、あにきは転がり出るように玄関から大雨の外へ。おねえちゃんが手を振ったようだ。

 覗き込んだコーヒーカップの底から、すっごくさめた目をした私が見返してくる。

 

「こういう日に急ぐとさ、大抵ケガするよね」

 

 ギコギコとチェーンを鳴らして、あにきの乗った自転車が住宅街の坂道を下っていくのが分かった。やっぱりっていうか、それがちょっとだけ聞こえなくなった後にハデなクラッシュ音に代わる。

 

「今日は御手洗さんちの前とみた」

 

 お父さんがマグカップを口に運んだ。

 

「じゃあ最短記録更新だ」

 

 私も特に焦りはしない。

 この家であにきの心配をマトモにしているのは一人だけ。

 

「あにき、最近ぼんやりしてるよね」

 

 相変わらず風と雨が叩き付ける窓の外からは赤色が消えていた。

 

「いつものことじゃないか」

 

 いつもにまして、だ。数日前のホワイトデー。畏れ多くもおねえちゃんを連れ出して帰ってきたと思ったらずっとこの調子。どうせまた、調子乗っておねえちゃんに怒られたりしたんだろうけど。

 

「お父さんはもう少し子供たちのことを見てあげてくださーい」

「うぐう」

 

 あ、言っちゃった。

 

「…………ごめんね」

 

 お父さんは低くうめいて新聞に隠れるように身をちぢこめた。

 

「ちょっと。マジヘコミしないでったら」

 

 こうなるとしばらくこのままなので、私はさっさとご飯に戻る。ニュースは今日も台風のこと。引きこもりにはあんまり関係ない。

 

「お友達、きたんじゃないか」

 

 明らかに風の吹きつけるものとは違うきしみが屋根から走ったのは、私が最後のひとかけのパンくずを皿から拾い上げて口に放り込んだ時だった。

 

「ほら、持って行ってやれ。どうせ今日もずぶ濡れだろうから」

 

 お父さんがバスタオルを投げてくれた。

 

「ありがと」

 

 見ず知らずのおねえちゃんをこの家に入れたこともそうだけど、お父さんの適応力は本当すごいと思う。玄関から絶対に入ろうとしない私の新しいともだちに驚いたのは最初の一日だけだ。

 

「それと、お願いなんだけど」

「分かってる。幽香さんには黙っておくから、さっさと入れてやれ」

 

 廊下に出てさゆうかくにん。

 玄関におねえちゃんの靴はまだない。二階へと階段をのぼりながらそういうことにホッとしているだけでおねえちゃんを裏切っているような気になる。

 

「おねえちゃん、おーちゃんキライなんだろうなぁ」

 

 そりゃ、人のおやつを横取りするし私の頭を全力でかじりやがったし。それでも私はあのくるくるパーを全力で嫌いになることなんてできなかった。きっと、ゼツボーテキに空気が読めないってところでもアレが合ってしまったんだと思う。なんだっけ? ハチョーってやつ?

 とにかく私とあいつとは、ホワイトデーの一件から、遊ぶようになっていた。

 

「ごめんね、おねえちゃん」

 

 私の部屋に近づくにつれ、だんだんと雨の音が強くなってくる。なんだかイヤな予感っていうか確信っていうか。

 

「マジで?」

 

 ドアを開けて、頭がまっちろけっけになりましたよ。

 どうやってか私の部屋の窓を割らずに鍵だけ開ける方法を編み出したフトドキモノは、だけど窓の閉め方が分からなかったらしい。

 そんなこんなでびっしょびしょの私のベッド。おねえちゃんが洗ってくれたシーツの上に黒い足跡をこれでもかと残して遊んでいたそいつ。今日も今日とでほとんど下着みたいなカッコで出歩きやがって。

 

「ちゅん?」

 

 ちゅんじゃねーよ。

 

「おーちゃん、てめえもう許さんぞ!」

 

 首をへし折ってやろうと思ったのだが、やっぱり私、おーちゃんには頭以外負けている。さっさと組み伏せられてえへえへ笑うこいつに前ほど危機感がないのは、タップしたら攻撃を止めるというルールをこいつの貧弱なおつむが奇跡的に呑み込んだからだ。

 

「ぎぶ?」

 

 そんなこんなで今日も惨敗を喫した私が床に伸びている。

 

「う」

 

 私にまたがったまま首を傾げるおーちゃんを見ているときゅうに喉が苦しくなる。大きな飴玉を何かの拍子に呑み込んでしまった時のような、ずっとつかえの取れない感じ。

 

『くうん?』

 

 寒い。雪のちらつく、明りの一つもない空き地に私は転がされているのだ。そんなことはありえない。だって私は引きこもり。

 そしてもっともっとあり得えないことに、私を見下ろすのはゾウのような大きさの怪物だった。ぬめりをもった皮。そこから生えた触手。ガラクタをやためったら背中に接着しているせいで、その姿はカタツムリに見える。

 

「ちーちゃん?」

 

 肩をゆすぶられて、私はようやく心配そうに覗きこんでくるおーちゃんに気付けた。

 

「大丈夫。具合わるいとかじゃない。けど」

 

 怪物と自分。その間にずうずうしく入ってきて、さっと私を抱えて走る誰か。

 

『任せとけよ。守ってやるから、安心しろ』

 

 顔は見えないんだけど、ドサクサにとんでもないところを引っ掴みやがった手が誰のものかは分かる。

 

「…………白馬の王子様はさ、おねえちゃんって決まってるハズじゃん」

 

 だからこそ、これは夢で間違いない。あいつにそんな勇気も思い切りもあるはずがない。

 

「なんだろうね、コレって」

 

 おーちゃんは。

 こいつはやっぱり、どんな言葉を投げつけてもただただ小鳥のように首をかしげて笑うだけだ。こんな役立たずにはさっさと見切りをつけて、私はケイタイをベッドの上から拾い上げる。

 

 ◆◆◆

 

 

46:むらさき

証拠ねえ。どんな画像なら信じてくれるのかしら。

 

47:以下、名無しにかわりましてZUNがお送りします

IDつきでぱんつと顔うp

 

48:むらさき

そんなことならお安い御用よ。ちょっと待っててね。

 

49:以下、名無しにかわりましてZUNがお送りします

wktk

 

50: 以下、名無しにかわりましてZUNがお送りします

>>44

まじでむらさき女なん?

 

51:TK◆tsuru.c78a

すとーっぷ。ネットで顔出しとか、ヤバイって。

 

52:むらさき

なんで?

 

53:TK◆tsuru.c78a

なんでもクソもあるかよ。なんかヤバいって、ちょっと考えりゃ分かるじゃん。

 

54: 以下、名無しにかわりましてZUNがお送りします

お、クソコテちゃんオッスオッス

 

55:TK◆tsuru.c78a

おひさー

 

56: 以下、名無しにかわりましてZUNがお送りします

くそがああああああああああああああああああ

 

57: 以下、名無しにかわりましてZUNがお送りします

>>53

あのさぁ・・・

 

58:むらさき

そうなの?じゃあやめとく。

 

59:むらさき

教えてくれてありがとう。あぶないあぶない。

 

60: 以下、名無しにかわりましてZUNがお送りします

なんなのお前バカなの?死ぬの?

 

61:TK◆tsuru.c78a

バカじゃねーし。俺は死ぬほど困ってんだよ話きけタコ。

 

62: 以下、名無しにかわりましてZUNがお送りします

マジでくたばってくんねえかなぁ(切実

 

63:むらさき

>>おちびちゃん

悩みがあるなら話してごらんなさいな。

 

64: 以下、名無しにかわりましてZUNがお送りします

むらさきって聞きたがりよな。リアルで友達できんくない?

 

65:むらさき

逆ね。このパソコンの外だと大抵のことは知ってるし、そうじゃなくても教えてもらえるし。顔の見えない相手との会話ってめんどう。

 

66: 以下、名無しにかわりましてZUNがお送りします

なんか強そうなこと言ってるけどお前マジで何モンだよwwwwwww

 

67: 以下、名無しにかわりましてZUNがお送りします

>>65

厨二病?

 

68:むらさき

いいえ賢者です。

 

68:TK◆tsuru.c78a

それマジで言ってんの?

 

70: 以下、名無しにかわりましてZUNがお送りします

剣じゃて

 

71:以下、名無しにかわりましてZUNがお送りします

おなかいったたwwwwお腹wwwwww痛いでござるwwwwwけんwwじゃあwww

 

72: 以下、名無しにかわりましてZUNがお送りします

予想の斜め上かと思わせておいてまさかの直球発言に草を禁じ得ない

 

73:mらsあき

だってほんとうだもん

 

74:TK◆tsuru.c78a

もう賢者でもパンツでもなんでもいいんだけどさ。最近夢?てか忘れた記憶?わかんないけどよく見るんだ。でもそれって行ったこともない場所で見たこともない怪物が目の前にいて、自分倒れてるみたいな。

 

75:TK◆tsuru.c78a

そんな覚えもないことが目の前で再生されるかんじ。でも空気のにおいとか何かさわった感じとかめっちゃくちゃリアルに覚えてんの。

 

76: 以下、名無しにかわりましてZUNがお送りします

お前日本語ひど杉内?ちゃんと学校で国語ならった?

 

77: TK◆tsuru,c78a

だからガッコは行ってねえつったろ殴るぞ

 

78: 以下、名無しにかわりましてZUNがお送りします

要するにヒッキーのTKは家から出たこともないのにどこかへ行った記憶があったりその先で出会った誰かのことを覚えてるってこと?

 

79:TK◆tsuru.c78a

そんなかんじ。あとヒッキー言うなや。

 

80: 以下、名無しにかわりましてZUNがお送りします

デジャブ(小声)

 

81: 以下、名無しにかわりましてZUNがお送りします

デジャヴって書こうとしたらもう>>80で終わってた

 

82: 以下、名無しにかわりましてZUNがお送りします

糸冬了

 

83:TK◆tsuru.c78a

人の悩みを勝手に終わらせないでってばー

 

84: 以下、名無しにかわりましてZUNがお送りします

じゃあ本当にあったことなんじゃねーの?

よかたったじゃん外出できててwwwwww

 

85: 以下、名無しにかわりましてZUNがお送りします

>>83

マジレスするとデジャブなんて脳のバグみたいなもんだしお前のトラウマかなんかが夢に出ただけだ。現代の科学で解明できることはとっくに解明されてるし、実際にそんな怪物がいるんならとっくに見つかってるから

 

86 以下、名無しにかわりましてZUNがお送りします

>>85

おたく、夢ないねぇ

 

87: 以下、名無しにかわりましてZUNがお送りします

夢なんてどっかにあるんなら見せてほしいわwwwww

お前実際いきてきてなんか不思議なことあった?ないっしょ。おおかたこの世界は夢も秘密も大昔の連中にしゃぶりつくされたリンゴの芯みたいなもんなんだと思うよ。マジつまんねえ時代に生まれてきた俺らwwww

 

88: むらさき

逆はどうかしら

 

89:以下、名無しにかわりましてZUNがお送りします

>>78

勿体つけたカキコすんなよ。そんな安価ほしいん?

 

90:以下、名無しにかわりましてZUNがお送りします

結局安価してるし間違ってるし。お前窓際行って・・・RОMれ

 

91:むらさき

>>89

この世界には語り尽くせない幻想がまだまだある。

それをナイナイ言って、キレイにリンゴの芯だけくりぬいちゃったのが私達。私達が見えないふりをしたから、そういうものが消えていっちゃった。の、かも、ね。

 

92:以下、名無しにかわりましてZUNがお送りします

いんじゃねーの。ファンタジー小説の設定なら普通に面白いと思う

 

93:以下、名無しにかわりましてZUNがお送りします

あほくさwwww

 

94: TK◆tauru.c78a

じゃ逆もアリってこと?そういうものがきっとあるって信じて信じて信じまくったら?

 

95;以下、名無しにかわりましてZUNがお送りします

むらさき=サンのコトダマは実にヨマヨイめいている

 

96:むらさき

ま、なんとなく思いついたことを言ってみただけね。

 

97:以下、名無しにかわりましてZUNがお送りします

じゃあ信じていればむらさきが俺のお姉さんになってくれる可能性が微レ存…?

 

98:むらさき

それは丁重にお断りいたします。

 

99:以下、名無しにかわりましてZUNがお送りします

ふええむらさきお姉ちゃんの言葉難しすぎておじちゃんにはちんぷんかんぷんだよぉ

 

100:以下、名無しにかわりましてZUNがお送りします

イヤってことだろ言わせんな恥ずかしい

 

101:以下、名無しにかわりましてZUNがお送りします

分かってんだよ夢くらい見させろやks

 

 ◆◆◆

 

 顔の見えない掲示板の住人達とのやりとりは順調に脱線していった。

 なんだか頭が痛くなってきて眉と眉の間を揉んでいると、びゅうと音を立ててだしぬけに雨風が私の顔に吹き付ける。

 

「だから閉めてけっつーに」

 

 おおかた飽きっぽいあいつのことだ。ケイタイに夢中の私に愛想を尽かしたに違いない。激しく揺れるカーテンの向こうには台風に踏み荒らされる私たちの町。

 

「おーちゃん、帰れるのかな」

 

 近所の路地を私は探したんだけど、もうおーちゃんの姿は見つからなかった。今日こそはあいつがどうやってここまで上がってきてどうやって帰るのかハッキリさせようと思っていたんだけれど。

 べしょべしょのシーツも床に散った花もそのままで私はまた夢のことを考えていた。

 

「千晃」

「ひゃあ」

 

 そんな状態の時に耳元でいきなり名前を呼ばれたものだから、とうぜん驚いた。くそあにきそっくりのそそっかしさを発揮した私。爪先がフローリングの水たまりにとられる。そのまますっころぶハズだった私を、おねえちゃんが抱き留めた。

 

「驚いたよ、もう!」

 

 いろんな意味で心臓バクバクだ。

 

「それはこっちのセリフよ」

 

 水のしたたる前髪をタオルで拭きながらおねえちゃんは部屋、というか特にひどい状態のベッドを見つめた。

 

「あの子、また来ていたのね」

 

 そう言って私を下ろして、あにき専用の薬箱を片づけて、床に散らばった花を集めてベッドのシーツを剥ぐ。そんなおねえちゃんの背中はすっごく怒っているように見えた。

 

「……ごめん。私が入れちゃった」

 

 おねえちゃんは手を休めてちらりと私を振り返ったみたいだけれど、こっちは気まずすぎて床を見つめることしかできない。おねえちゃんは誰にでも――くそあにきにすら――優しいけれど、おーちゃんにだけは何故かいい顔をしない。

 もちろん私はそれを知っている。知ったうえでおーちゃんと仲良くして、で、バレた。

 

「ごめん」

「別に千晃は悪くないわ」

 

 頭に置かれた手。おねえちゃんの匂い。

 やっぱり私のおねえちゃんは優しい。

 

「ただあの子とは、あまり遊んでほしくないの」

 

 そんな風に素敵な笑顔を向けられると、私はもうなすがままだ。

 

「なんでさ?」

「ヤキモチ、焼いちゃうから。かしら」

 

 多分それは本心からじゃないんだろうけど嬉しい。ずるいなぁ。

 おねえちゃんに手を引かれて私は階段を降りる。ふよふよと揺れる桃色の花を見つめる内に、気付けば私はリビングのソファに放り込まれていた。

 

「さようなら、よ」

 

 花を花瓶に活け直しながら、おねえちゃんはつぶやいた。

 

「え?」

「スイートピーの花言葉。お別れ」

 

 どうかしら、と花瓶を見せられても私はただただ頷くことしかできない。そんなことより、こんなに賑やかできれいな花がそんな意味を持つだなんて、ちょっと意外だった。っていうか。

 

「じゃあ何。江梨花ちゃんはなんでそんな花をおねえちゃんに渡したの」

「『もうあなたとは赤の他人ですから』っていうことなんでしょう」

「どうして?」

「思い当たる理由はいくらでもあるわね。もともと嫌われるのは得意だし」

 

 おねえちゃんは窓の曇りを何の気なしといったかんじで拭い去りながら口走る。そうは思えないんだけど。

 

「嘘つけ。どうせホントは人気者だったくせに」

「私はあなたの考えるようなーーーー」

 

 おねえちゃんは何か言おうとして、すぐに口を閉じるとそのまま窓辺の柱にもたれかかった。それから聞こえるのは雨がガラスをたたく音だけ。

 

「どちらにしろ今は違う。そうでしょ?」

 

 私はすっかり不安になってしまった。

 

「たとえどんなにひどい人だったとしても、もう違う。だからこれ以上変わる必要はないんだ。どこにも行かないで。これから先、ずっとずっと、私達と一緒にいてくれるよね」

 

 それを、おねえちゃんの言葉で確認したかった。

 

「う、わ」

 

 だけど返事は予想外のハグだったりする。

 

「今のあなたならこの先何が起こっても大丈夫」

 

 おねえちゃんは優しくて、やっぱりずるい。こんなふうに背中を撫でられるだけで私が満足して黙るってことをよく知っている。

 

「おねえちゃんがいなくなったら、私、もう頑張るの諦めちゃおうかな」

 

 それがシャクで意地悪を言ってやると、お姉ちゃんは笑顔の中にちょっとだけうすら寒いものを浮かべて私を見つめてくる。

 

「それだけは絶対に許さないわよ」

 

 それはあにきと約束したから?

 それとも、私を本当に妹のように大事に思っていてくれるから?

 

「おぉこわいこわい、と」

 

 確かめる勇気なんて私にはないから、ソファにごろりと転がってみる。

 私はおねえちゃんを縛り付けたい。きっと、どんなに強くスカートの裾を握っていても、いつかは風に吹かれた花びらみたいに手をすり抜けていってしまうのかな。

 

「これからまだまだ荒れそうねぇ」

 

 窓の外を見つめて、おねえちゃんはユウウツそうにつぶやいた。

 


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