銀雪のアイラ ~What a Ernest Prayer~   作:ドラケン

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夢 ―мечтать―

 

 

 それは、黒い雪の詩編。それは、黒い雪の物語。

 

 

 そこは鋼鉄の都市でした。大きな壁に囲まれた都市に、少女は居ました。大きな、大きな壁です。縁すら見えないくらいに、大きな壁に。鉄のカーテンに囲まれた都市です。大きな壁に囲まれているくせに、でんと構えた、大きなお城です。

 少女には、大好きな男の子が居ました。とても賢い男の子です。少女には、理解出来ないくらいに、頭の良い男の子です。いつも小難しいことを言っていて、だけど、大好きな男の子が。

 

 

 男の子は三つ、少女に教えてくれました。『人を傷つけてはいけない』、『人に言われたことは、人を傷つけない限り、守らなくてはいけない』、『それに背かない限り、自分を守らなくてはいけない』と。その、三つを。

 

 

 少女は、それを守りました。守って、壊れました。だって、少女は、ロボットだったから。

 守りました。守って、そして壊れました。ボロボロに、粉々に。塵屑になっても。壊れて、崩れて、もう動くこともできません。

 

 

 壊れて、崩れて、少女は嘆きます。だけど、誰も助けてくれはしません。だって、少女は、ロボットだったから。

 でも、少女は道化師と約束しました。だから、皇女さまがやって来ます。

 

 

 ほら、第三の皇女さまが来ました、黒い雪の合間にふわふわ浮いて。白い光、ゆらゆら。白い皇女さま、ゆらゆら。嘲り、笑いながら、ゆらゆら。

 皇女は少女に言いました、『時間だよ。イア・イア。思い出す時間だよ、イア・イア』。すると、少女はぽろぽろ、ぽろぽろ。壊れて、崩れて。

 

 

 少女は嘆きます。壊れるのは別にいい。ただ、あの子に伝えたかったと。言葉にしたいことがあったと、嘆きます。

 でも、皇女さまはなにもしてくれません。誰も助けてくれはしません。この鋼鉄の都市では、自分の事は、自分でしなくてはいけないから。

 

 

 

 

 

 

 

Q、世界とは?

 

 

 

 

 

 

 

 どうしますか? 誰も助けてくれはしません。少女は嘆くばかり。どうすれば良いですか?

 

 

 

 

 でも────

 

 

 

 

 もしも────

 

 

 

 

 あなたが────

 

 

 

 

………………

…………

……

 

 

 

 

 安息日明けの一週間初日、わたしとミラは揃って碩学院の門をくぐる。一週間の始まりの日、一日の始まりの朝。校門には、ブラヴァツキー夫人(ミシス・ブラヴァツキー)が立っていて。穏やかな視線で、登校する学生を見ていて。

 

 

「「おはようございます(ドーブリョ・ウートラ)夫人(ミシス)」」

おはようございます(ドーブリョ・ウートラ)Ms(ガスパジャー).ザイツェヴァ、Ms.パヴリチェンコ」

 

 

 揃って挨拶をすれば、穏やかに挨拶を返してくれる。穏やかに、淑女とは斯くあるべきというかのように。

 羨ましくなるくらい、たおやかに。微笑んで。

 

 

「ザイツェヴァ」

「え────?」

 

 

 一瞬、我を失って。すぐに取り戻して。背後の、彼を見る。見慣れた姿、きっちりと制服を着こなした模範生の彼。碩学院始まって以来の優等生の彼。

 

 

「やあ、ザイツェヴァ」

「お、おはよう、オジモフ君」

 

 

 イサアーク・オジモフ君を、見詰めて。見詰めて、時が止まったように。端から見たら、誤解されるんじゃないかってくらいに。事実、辺りの女生徒からヒソヒソと話されるくらい、じっと、見詰め合って────

 

 

「君に、言っておこうと思う。僕の、新しい夢を」

「新しい夢、を────?」

 

 

 はにかむように、そんな風に。彼は、穏やかに。昨日の事なんて、覚えていない……ううん、乗り越えたように。

 

 

「合衆国の、イェール大学(ユニバーシティ)…………そこに、行こうと思う。ソヴィエト初の、留学生として。そこで────」

 

 

 羨ましくなるくらい、満ち足りた顔で────

 

 

「僕は、夢を、追おうと思う────」

 

 

 眩しくなるような未来を、眩しくなるような笑顔で、口にして。

 だから、わたし────つい。

 

 

「うん────それ、とても、素敵」

「そう、かい? 君にそう言って貰えると、勇気が出るよ」

 

 

 そう、つい────鞄から、愛用の。サンクトペテルヴルクから流れてきたらしい。

 

 

「ええ。とても素敵だわ、オジモフ君」

 

 

 篆刻写真機を、取り出していて────

 

 

 

 

 

 シャッターを、切って────

 

 

 

 

 笑顔を────

 

 

 

 


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