【完結】チートでエムブレム 作:ナナシ
ニーナ「第二部は始まるのでしょうね…?」
ニーナ、コーネリアス、ハーディン、そしてマルス率いる解放軍は破竹の勢いで連勝を重ね、アカネイアの地へたどり着いた。
迎え撃つはドルーア軍と旧アカネイア正規軍。その数、実に3万。彼らは今か今かとアカネイアの地にて待ち構えている。
季節は秋。解放軍は一つの節目を迎えようとしていた───
◇◆◇
1.ノルダ解放
どうしてこんなことになってしまったのだろう。
ボロの布切れを纏った少女リンダは、押し込められた地下牢でそんなことばかり考えていた。
ある日のことだ。奴隷商人の男はイラついていた。
最近ノルダに進出してきた“とある商会”にいいようにしてやられたらしく、鬱憤が溜まっていたようだった。
男は鬱憤を晴らすかのように周囲に──主に売れ残りの奴隷達に──八つ当たりをしていた。
その八つ当たりは雑用係りのリンダにまで及んだ結果、彼女が男装していたということがバレてしまう。
「てめぇ!俺をダマしてやがったな!タロスってぇ名前も偽名か!?」
男装し性別を偽っていたことに激昂した奴隷商人はリンダを徹底的に痛めつけた。それはもう拷問と呼べるレベルだった。
…もし彼女がそのまま男に犯されていたら、確実に精神が壊れていただろう。そうしなかったのは男がそれを理解していたからだった。
ある程度痛めつけたところで気分が晴れたのだろう、男は奴隷を呼び、すでに顔の形が変わってしまったリンダを地下牢に閉じ込めるように指示する。
奴隷に引き摺られていく彼女へ、奴隷商人の男は告げた。
「……お前、なかなかいい顔してたな。決めたぞ、お前は俺専用の奴隷にする」
その後、リンダは他の奴隷達の手によって治療を施された後 地下牢に監禁された。
男は顔の形が変わり醜くなったリンダを犯すことが出来なかった。だから態々治療してやったのだ。
元通りの美しい娘に戻ればそれで良し。戻らなければそのまま奴隷として売り物にすれば良し。
それが男の下した結論だった。
リンダが地下牢に監禁されてから一ヵ月後───現在。
彼女はかつての美しい顔を取り戻していた。
それは即ち彼女の“少女”としての最後を意味する。
彼女はこれから人形として生きることを強制されるのだ。ここを支配する奴隷商人を満足させる、ただそれだけの人形として……。
アカネイアは滅び、父は殺された。
父を殺した魔王ガーネフに復讐することだけを願い、これまで生きてきた。
だけど、それももう───
ギィ、と何かが揺れる音がする。これは牢屋の扉が開く音だ。
視線を向ける。男が──自分と同じ奴隷──扉の前に立っていた。
「旦那様がお呼びだ。……ついてこい」
男は死刑宣告ともいうべき言葉を告げる。
両手両足には拘束具を嵌められてるため逃げることは不可能。
反抗しようにも魔道書は手元に無い。腕力でも12歳の少女であるリンダでは彼らに適うはずがない。
全てを悟ったリンダは目の前が真っ暗になったような感覚を覚える。
それをあえて言葉にするならば───絶望か。
男に引きずられる様に連れて行かれながら、リンダは小さく呟いた。
「……おとうさま、ごめんなさい……」
案内された部屋へ入ると、そこにはすでにこの館の主である奴隷商人の男がいた。機嫌が良いのかニヤニヤと笑っている。
部屋に入ったリンダは先客がいたことに気付く。
青い髪を腰まで伸ばした美しい女性──いや、女の子。年齢はリンダより二つ三つ上くらいか。
1サイズ上の服を着ているのか、ややだぶついてるように見える。
が、袖の先から見える腕やスカートから見えるスラリとした脚は、彼女が細身ながらも均整の取れた身体の持ち主であることが容易に伺えた。
男はニンマリと粘着質な笑みを浮かべながら二人の少女を眺める。これほどの上玉二人が自分の奴隷になるのかと思うと、笑わずにはいられなかった。
男が上機嫌な理由は他にもある。それは青髪の女があの忌々しい“フォーチュンテラー”の関係者だったからだ。
フォーチュンテラー。ここ数年の間に生まれた新興の商会で、現在アカネイア大陸のそこかしこに彼らの支部が存在する。
ここノルダにも彼らの支部が作られた。そして、その時から男が経営する各店舗が没落し始めたのだ。
男は奴隷の売買を始め多くの事業を営んでいた。武器、道具、食料、衣料。他にも様々。
全てが順調だった。これまでノルダの市場は男が全て支配していたと言っていい。
だがフォーチュンテラーがノルダに来てから全てが変わった。
まず衣料品を取り扱っている店の売り上げが激減した。男の店の客が全て向こうに流れていったのだ。
フォーチュンは“特売セール”というこの世界には無かった概念を使い、巧みに客寄せを行なった。
特売セール。それは他店よりも安い値段で商品を取り扱うする、新しい販売戦略だ。
フォーチュンの商品は品質が良い。それこそ他店で売られている新品の商品同様に。
それが他店よりも安い値段で販売されたらどうなるのか───
結果は火を見るより明らか。ノルダの市民はこぞってフォーチュンへと走った。
そこから先は詳しく語る必要も無いだろう。
フォーチュンは同じ手口で他の市場も制圧していった。
最も何故か奴隷市場には手を出さなかったが。
男が今なお商人としてこのノルダに居られるのは、奴隷市場を独占し何とか利益を出していたからである。
もしフォーチュンが奴隷市場にまで介入していたら、男はひと月も待たずにこの町から放逐されていただろう。
男はフンと鼻息を荒くし、次いで瞳を爛々と輝かせる。
今、目の前にはあの忌々しいフォーチュンの関係者───それも極上の容姿をした女がいる。
この女を自分の好きなように出来る。それだけで男は得も知れぬ興奮を覚えていた。
男は舌なめずりをし、さっそくとばかりに青髪の女に手を───
「待ちなさい!その女性に手を出すのはわたしが許しません!」
───出しかけたところを、リンダに制された。
先ほどまでのリンダは、恐怖に屈し、絶望に落ち、抵抗など無駄だと萎縮していた。
しかし今は違う。今のリンダは「青髪の女性を守る」という、ただそれだけの為に動いている。
『力なき者の力に』
それは彼女の父ミロアの言葉。
青髪の女性の服に男の手が伸びたとき、不意にその言葉を思い出した。
思い出してしまった以上、動かねばならない。ここで動かなければ父の言葉を否定することになってしまう。
故に彼女は絶望を、恐怖を押しのけ、女性を救うべく男に挑みかかった。
……が、
「うるせぇッ!」
男は怒声と共にリンダへ拳を振るう。リンダは両手足を拘束されているため避けられず、そのまま顔を殴られ───
「ッ───!」
「な!?」
───殴られそうになったが、二人の間に青髪の女性が割って入ったため彼女が変わりに殴られてしまった。
男は一瞬怯んだが──青髪の女性が男を睨んでいる──相手が抵抗出来ない奴隷であると思い出し、再び激昂する。
その男を無視し、女性はスカートを捲くりあげ───
「な、て、てめぇ!?」
「それは!?」
驚くリンダと男。女はニヤリと笑った。
なんと女はスカートの中からショートソードを取り出したのだ。
「てめぇ、何者───ギャ、ギャァーッ!?」
女性は黙して語らず、剣を抜いた勢いそのままに男の片腕を切り落とした。男は悲鳴をあげ地面を転がる。
男の悲鳴を聞き異常を察したのか、子飼いの傭兵達が部屋へとなだれ込んで来た。
「どうした! 一体なにが───こ、これは!?」
「こ、殺せ! このガキどもを殺せぇぇぇ!!」
片腕を切り落とされた男と、血に濡れた剣を持つ女。少し離れて茶髪の少女が呆然と女を見上げている。
それだけで何があったのか察した傭兵達は腰から剣を抜き、女へと切りかかった。
しかし───
「この女、強い……ガッ!?」
「フッ───!」
傭兵達の斬撃を女は軽くいなし、逆にカウンターで返り討ちにする。
多対戦に慣れているのか、女はよどみ無くショートソードを振るう。
「ひ、人質だ!そこの茶髪の小娘を人質にとれ!」
傭兵の数が半数を切ったところでそう命ずる奴隷商人。
傭兵達も女を殺すにはそれが最善策だと判断し、牽制しつつリンダのもとへと走る。
そうはさせぬと女もリンダのもとへと走るが───
「隙を見せたな───!」
「ッ───!」
リンダを守るために走り出した女に僅かな隙が生まれる。その隙を見逃すほど傭兵達は甘くなかった。
ザン、という肉を切り裂く音の後に、ボトリ、と何か落ちる。それは───女の左手だった。
「いや……いやぁぁぁ!」
「形勢逆転だな…!」
「殺せぇ!殺せぇ!そのガキどもを殺してしまえぇッ!」
リンダは悲鳴のあげ、商人は二人を殺せと怒声を飛ばす。
傭兵達は即座に切りかからず、ジリジリと間合いをつめながら機を待っていた。
勝敗はすでに決している。左手を切り落とされた女には最早勝ち目はない。
ならば後はいかに被害を押さえ場を終わらせるか───それが彼ら傭兵の考えだった。
もっとも、彼らのその考えは全て無駄に終わる。
なぜならば───
「くっ……」
『!?』
女から漏れる声。それを聞いた傭兵達は一斉に距離をあけた。
いや、傭兵達だけじゃない。奴隷商人も怒声を止め、歪んだ表情になっている。
彼らは皆、目の前に悠然と立つ女に対し恐れを見せていた。
リンダは事態についていけずにいた。それも当然だ、彼女からは女の背中しか見えず、女の表情が分からないのだから。
リンダからは見えず、しかし彼らからは見える女の表情。それは───狂人が見せる顔だった。
頬は高揚から赤くなり、両目は恍惚とした光を灯し、半開きの口からは舌が覗き自分の唇をなぞる様にゆっくりとなめている。
人殺しを生業としている傭兵と、裏の世界を隅々まで知っているはずの奴隷商人はそれを見て恐れを抱く。
───アレは、目の前に居る女は……狂人(バーサーカー)と称すべき存在であると男達は理解したのだ。
女はフッと狂喜に満ちた表情を消し、元通りの美しい顔へと戻す。
「……いけないな、ミネルバ殿に注意されたばかりだというのに」
「───お、男の人…!?」
女(?)の呟きが聞こえたのか、リンダは思わず驚きの声をあげる。
女───女装した青年はリンダへ振り返り、微笑む。
「すぐに終わらせる。……そこから動かないようにね」
落ち着いた声。それは粟立つリンダの心を抑えてくれる、優しさに満ちた声だった。
青年は傭兵達へと再び振り返り、剣を構える。それを見た傭兵達も自分の獲物を構えるが、切りかかることが出来なかった。
彼らの脳裏には狂人染みた笑みを浮かべる青年のあの表情が刻まれていた。ある種のトラウマと化していた。
故に今、そしてリンダへと振り返り大きな隙が生まれていた先ほども青年に攻撃出来なかったのだ。
青年が足を一歩踏み出し、男達は一歩下がる。それを三回ほど繰り返した後、青年は低く哂った。この場はすでに自分が支配している。それを理解出来たからだ。
青年は笑みを消し、剣を上段に構える。そして凛とした声とともに、自身の名を明かした。
「我が名はマルス! 解放軍 第三軍 軍団長マルス! 人身売買などという悪行を行いし愚者達よ、今こそ裁きの時だ───!」
あれからそれほど時間も掛からず奴隷商人と傭兵達はマルスの手によって倒された。
奴隷商人が倒されたことによって、商品として扱われていた奴隷達が解放された。
解放された奴隷は口減らしの為に売られた子供達だった。奴隷商人に売られた子供達には帰る場所がない。故郷がどこなのか分かる子供などほとんどいない。極僅かに故郷を覚えている子供もいるが、仮に帰ったとしてもまたどこぞの奴隷商人に売り飛ばされるというのは容易に想像出来る。親は口減らしのために子供を売ったのだ、もう一度売ることに抵抗は無いだろう。
子供達はこのままでは難民になってしまう。そこに救いの手を差し伸べたのがマルスだった。
マルスはノルダにあるフォーチュン支部へと掛け合い、彼らからの援助を引き出した。
とんとん拍子で話は進んでいった。借金の返済のため売り払われた貴族の屋敷をフォーチュンが購入、そこを孤児院として改装。子供達はその孤児院でこれから暮らすことに。
元貴族の屋敷のため非常に広く、頑丈だ。子供達は不自由なく生活を送れるだろう。
息子のその働きに感極まったのか、コーネリアスは人目を憚らず涙を流す。妻であるリーザの瞳にも光るものが見えていた。
他の将軍クラス───ミネルバやオグマも同じだった。コーネリアスとまではいかないものの、それでも涙を禁じえなかった。「これであのバーサークさえなければ」と思うと、また別の涙が出てきてしまう。
彼等がマルスの働きに感動しているのを横目に、ハーディンは一人思案していた。それは“戦後”のことである。
(この戦争、不測の事態が起こったとしても最後に勝つのは我ら解放軍。“秘密の店”を背後に持つ───それはそういう意味だ)
ディール要塞でマルス達と合流した彼らは、マルスから「自分は“秘密の店”と繋がっている」と告げられた。
ハーディンは驚くことなく「なるほど」と納得する。“秘密の店”と繋がりがある、それだけでこれまでのマルス軍の活躍振りが全て説明出来てしまうからだ。
数百本にも及ぶサンダーソード然り、キルソード然り、キラーランス然り。それら全てを“秘密の店”から購入したのだろう。
いや、購入ではなく無償の提供なのかもしれない。あれほどの数の希少武器をあっさりと揃えたのだ、ゴールドを支払って購入したというのは無理がある。
それに、聞けば“メニディ川の戦い”でコーネリアス率いるアリティア軍へ武器を提供したのはマルスだという話ではないか。(それを知らされたコーネリアスはさらに号泣した)
当時のマルスはまだ子供。子供が軍全体に渡る武器の代金を支払えるとは到底思えない。
故に、無償。マルスは『“秘密の店”と何らかの契約を結び、無償で商品を受け取っている』とハーディンは予想する。
“秘密の店”で売っているのは武器道具だけではないとも彼らは聞かされた。食料、衣料、薬……そういったものまであるのだという。
解放軍がこれまで口にしてきた食料は“秘密の店”から仕入れたもの。解放軍の手によってドルーア帝国から解放された地域で配給した食料も“秘密の店”から仕入れたものだとマルスは語る。
(……マルス王子は私とは違う。コーネリアス殿ともだ)
ハーディンとコーネリアス。この二人は大陸に覇を唱えることが出来る英傑だ。
然るべき軍事力を手に入れ、かつ二人が覇道を歩む気になれば、容易く大陸を制圧することが可能だろう。
英雄とは、覇王になるべくして生まれた人間とはそういうものなのだ。
しかし彼は、マルスは違う。彼の歩む道は血塗れの覇道ではない。
虐げられている力無き者に救いの手を差し伸べる弱者の味方。それこそがマルスの正体。
そう───それはまさしく正義の味方だ。
正義の味方の歩む道とは“王道”に他ならない。その証拠に、彼はこれまで王道を歩んできた。
タリス王国、 ガルダの港町、サムスーフ、ディール。帝国軍によって支配されている地域を彼は全て救ってきた。
ただ救っただけでは終わらない。彼等が自らの足で立ちあがり歩けるよう、復興支援もきっちりと行なってきたのだ。
弱者を救い、守り、導き、自らの意思で歩ませる。マルスの行いはまさに“王道”そのものだ。
そして今のアカネイア大陸に必要なのはハーディンやコーネリアスのような覇王ではない。
そう、今この大陸に必要なのは───
ハーディンは意を決しコーネリアスへと話す。
「コーネリアス殿、一つ相談があるのですが」
「ふむ。ここで聞けるような内容ですかな?」
「はい。戦後の話しになりますが、戦争で乱れたアカネイア大陸の安定と復興のために、マルス王子とニーナ様の御二人を───」
◇◆◇
風が木々を揺らし、独特の音を鳴らす。
月夜が照らすノルダの森を少女───リンダは静かに歩いていた。
今のリンダは奴隷時代の彼女ではない。垢にまみれた肌やボロボロだった髪は綺麗に整えられ、身に着けている服もボロの布切れから魔道士特有の服へと着替えている。
「………」
近くにあった切り株の上にそっと座る。でこぼこしていたが彼女は気にしなかった。
ノルダの周辺はすでにドルーアから解放されている。夜中の森を一人で歩いていても危険は無い。
「………マルス様………」
ぽつりと呟く。リンダは自分を救ってくれた青年のことを、あの時のことを思い出していた。
倒した傭兵の返り血で全身は紅く汚れ、切り落とされた左手からは血が絶え間なく零れ落ちる。常人ならばその時のマルスを見ると視線を反らしてしまうだろう。
そしてリンダという少女は常人だった。最後の傭兵を討ちこちらへと振り返ったマルスを、全身血塗れの青年を見て「ひっ」と声を洩らしてしまった。その様子に、マルスは困ったように笑う。
苦笑するマルスを見て、リンダは自分は何て残酷なことをしたのだろうと気付く。先ほどのアレは自分を救ってくれた恩人に対してとる態度ではない。
『あの、あの…わたし……あっ』
錯乱にも似た動揺を見せるリンダを、マルスはそっと抱きしめる。
マルスに優しく抱きしめられたリンダは一度だけビクンと体を震わせた後、少しずつ落ち着きを取り戻していった。
『───大丈夫。もう大丈夫だから』
マルスのその言葉に、リンダは強い衝撃を受ける。嬉しくて、情けなくて、許せなくて……あらゆる感情が今の彼女に渦巻いていた。
振り返れると、奴隷として捕らえられてから今まで碌な人生ではなかった。
父は殺され、親しい人達も皆死んでしまった。
明日の食事を心配しなければならないほどひもじい生活だった。
雇い主である奴隷商人の気紛れで殴られることも多々あった。
自分が女であることが奴隷商人にバレた時は、女としての尊厳をも踏みにじられるところだった。
心が折れ、反抗する意思を失くしていたが、奴隷商人に襲われそうになった女性を見て父の言葉を思い出し、もう一度立ち上がった。
しかし、まともな食事も摂れず衰弱し、肉体的にもか弱い12歳の少女では抗うことすら出来ず、再び暴力に屈してしまった。
だけど、その女性は実は男で、そして自分を助けてくれて………。
父の教えを思い出し、助けたいと願ったのに、それでも憎き奴隷商人に負けたのが情けなかった。
力及ばず、再び暴力に屈してしまった自分が許せなかった。
……地獄のような日々から自分を救ってくれたことが、嬉しかった。
ありとあらゆる感情が彼女の中で混ざり、凝縮し───爆発した。
『あ──あ──あああぁあぁぁぁぁあぁあぁぁあぁぁぁあああ!!!!!』
リンダは泣いた。拷問にも等しい暴力を振るわれても泣かなかった彼女は、マルスの腕の中でただ泣いた。
幼い少女が歩むには過酷すぎる人生。そんな彼女に泣くという行為は許されなかった。
しかし今。彼女はやっと、12歳の少女に戻れた。
『大丈夫』 マルスのその一言が彼女には救いの言葉に聞こえたのだ───
リンダは立ち上がり、切り株を数回コンコンと叩く。ゴウン、と何かが開く音がした。
その切り株には魔法的な仕掛けが施されており、特定の行動をすると地下への隠し扉が開く仕掛けになっていた。
現れた地下への階段を下り、隠し部屋へと入る。部屋の中央にはテーブルがあり、そこに分厚い魔道書が乗っていた。
その魔道書こそ光の魔法オーラ。父でありアカネイアの大司祭ミロアからリンダが受け継いだ魔道書である。
魔道書を手に取り、亡き父に語りかけるかのようにリンダは呟く。
「力なき者の力に……。お父様、お父様の言葉の体現者に わたしは出会いました……」
解放軍に保護された彼女はニーナと再開した。そしてニーナからマルスのことを色々と聞いた。
……リンダは、マルスこそがミロアの言っていた“王”であるということを理解する。
「お父様……わたしは戦います。マルス様と一緒に、この大陸に平和を取り戻すために───!」
魔道書をかかげ、娘は亡き父に誓う。それに答えるかのように魔道書が淡く輝く。
翌日、光の大魔法の継承者がマルス軍に志願する。マルスは喜んでその魔道士を迎え入れたという───
◇◆◇
2.マルス様の憂鬱。
やばいやばいマヂやばい。何がやばいって私の恋愛フラグが消滅したことがやばい。
いやね、ある日ふと気付いたんですよ。シーダとの間に恋愛フラグ立ってねーって。フラグはフラグでも忠誠フラグとかそんなん立ってんの。
なんかさー、シーダの私を見る目がさー、オレルアン騎士団がハーディン殿を見る目と同じなんだよねー。恋愛感情が一切混じることのない忠義に満ちた目っつーの?
もうね、ギャフンって感じっすわ。史実じゃ結ばれてたんだしこっちの世界でも大丈夫だべって余裕ぶっこいてたらこのザマですよ。なぜこうなったし。
……いや、原因は一応予想出来る。タリス王国に送った大量の食料支援。多分あれが原因だ。あれでシーダにスイッチが入っちゃったんだろう。……どうせ入るなら忠義とか忠誠じゃなくて恋愛の方のスイッチ入ってくれよ(涙)
忠義といえばカシムも何か凄いことになってる。今のカシムって「貴方のためなら死ねます!」みたいなノリ。いや、死なないでよ。そして死なせるような命令もしないよ? カシムの方は何が原因でここまで変わったのか本気で分からん。
何かもう私の知ってる“ファイアーエムブレム”とは大きく違っている気がする。特に人間関係。……全部私が原因な気がするけどさ。
ミネルバ殿とのフラグも残念ながら立ってない。その原因も分かっている。
どうやら彼女……レフカンディで暴れていた私を見ていたらしい。バーサーク状態の私を。彼女に指摘されたから間違いない。
あれを見られた以上もうどうしようもねー! 私は泣く泣くミネルバ殿との恋愛フラグを諦めた……。
シーダやミネルバ殿との恋愛フラグが消滅し意気消沈する私ことマルス。……しかしここで立ち止まる私ではない。彼女達がダメなら他を狙えばよいのだ!
そう───例えばリンダとか! 都合のいいことに次はノルダ。私が彼女をドラマチックに救出し、そこから「ラブラブチュッチュ☆リンダと幸せ家族計画(はあと)」となるように頑張ればいいのだ!
マルス様最低すぐるとか聞こえてきそうだが、だから何だというのだ。シーダ達との恋愛フラグが消滅した今、美少女との恋愛フラグを手に入れるためならば何でも利用してくれる!私は欲望のままに生きるぞメディウスー!
私は父上達を招集し緊急作戦会議を開く。題目は『ノルダの奴隷市場壊滅作戦』。
父上は正義の人だ。人身売買を行なう奴隷市場など許すような人ではない。他の将軍───ジェイガンやミネルバも同様。
これに異を唱えたのはハーディンとオグマの二人だった。
『奴隷市場を潰すのは賛成だ。しかし潰すにしても然るべき準備が必要だろう』
『こちらの動きを相手に悟られないように最小限の人数で動くべきですね』
現実主義者である二人の言うことは最もだった。こちらの行動に気付かれたら相手は逃走するのは確実。大人数で動けば気付かれる可能性が高い。
軍を動かすのも問題だ。解放軍を動かしノルダに乗り込めば市民に要らぬ不安や不満を与えてしまう。軍属経験の無い市民には近くに軍隊がいるというだけでストレスが溜まるのだ。そのストレスを解放軍が与えることなど問題外である。
故に行動するのは最小限の人数で。事がスムーズに運ぶように事前の下調べも入念の行なう必要もある。
ハーディン達の言葉に納得した一同。そこに私は一石を投じる。
『───皆さん、こちらをご覧下さい』
用意した資料を配る。そこには私が考えた作戦の概要が載っていた。
私が立てた作戦を簡単に説明すると以下の通りになる。
1.私が数名の人員を引き連れてノルダへ行く
2.ノルダにある伝手を利用し、私自身を奴隷として奴隷商人に売り払う
3.売られる際は軽く化粧をし女装する(女装した私は美少女そのもの)
4.無事買い取られ私を連れて商人が本拠地へ移動し始めたら残った人員で尾行を開始
5.本拠地特定後、私を残し全員撤退。改めて精鋭を選出し、その後本拠地の制圧を始める
多くの人がこの作戦に反対した。シーダやミネルバなんか「私が売られる役を!」と言って詰め寄ってきた。
が、私はそれら全てを却下する。この作戦で行くつもりだし、奴隷商人に売られる役を誰かに──それも女性に──やらせるつもりも毛頭無い。
反対する皆に対し色々と奇麗事を並べてなんとか説得する。私が珍しく見せた熱意に負けたのか、全員最後には(渋々とだが)納得した。
……成功の是非はともかく、この作戦ならリンダとのフラグは高確率で立つと思うんだよね!だから私は必死だったのさ。
そんなこんなでノルダにいる協力者(フォーチュンの人達)の協力の下、作戦は決行。
私は“フォーチュンと縁のある、破産した元貴族の娘”という設定のもと奴隷商へと売られた。
奴隷商人の男は嬉々として私を買い取った。あ、ちなみに商人から金を受け取った協力者は、商人が恨んでるフォーチュン・ノルダ支部の代表です。……恨んでるんなら支部代表の顔ぐらい知っとけよ。
とんとん拍子に事が進み、私はリンダらしき少女と出会う。あまりにも上手く行き過ぎていたため思わずニヤリと笑ってしまったが、ミネルバ殿に指摘されたことを思い出し慌てて表情を元に戻す。……リンダに見られなかったよね?
奴隷商人と傭兵達はアッサリと倒せた。父上やハーディン殿との剣の稽古が活きてくれたようだ。不覚をとり左手は切断されてしまったが傷薬を飲めば再生するから無問題。だんだん人間というカテゴリーから外れていってるような気がしないでもないが「気にしたら負けかな」とそっち方面の思考を放棄する。
その後、泣き疲れて眠ってしまったリンダを背負い合流予定地点へと移動。すでにその場所へ来ていたオグマ達と合流する。私は後片付けを彼らに任せリンダと共に駐屯地へと帰還した。
駐屯地へ戻った私はリンダをシーダに預け、そのまま軍の指揮を執る。全軍、今日のうちにノルダ北の平原へ移動しなければならなかった。
腕は再生し傷も塞がっているが、血が足りないせいでフラフラだ。が、そんな状態でも苦痛の表情一つ浮かべずに軍の指揮を執らなければならないのが王族──軍の指揮官の辛いところです。
奴隷市場壊滅作戦から夜が明け、翌日の昼。分厚い魔道書を手に持った一人の美しい少女が「軍に志願したい」と私のテントへと訪れた。間違いない、リンダだ。
私はリンダの入隊を歓迎するため立ち上がる。
「ようこそ、我が解放軍へ。私は君を歓迎する──」
頬をほんのり赤く染め、ウットリとした顔で私を見上げるリンダちゃん12歳。くっくっく、計画通り…!
いょーし! 転生オリ主らしくこの勢いでハーレム作ってくどぉー!
◇◆◇
マルスが両手を優しく握り、リンダを歓迎する。その時の彼女の胸中は───
(マルス様マルス様マルス様マルス様マルス様マルス様マルス様マルス様マルス様マルス様マルス様マルス様マルス様マルス様マルス様マルス様マルス様マルス様マルス様マルス様マルスさ────)
……………………………………………………。
や、病んでるーっ!?
マルス「我が世の春へ向けての第一歩だ!」
リンダ(マルス様……)←ヤンデレ化(弱)
マリク(マルス様……)←女装したマルスを見て目覚めた
オグマ(リンダはまだ戻れる可能性はあるが、マリクが……)
ミネルバ(王子に二人の事を言っておいた方がいいのかしら……)