伽藍の堂、と呼ばれる場所がある
正しくはそう呼んでいるのは数人のほとんどの人間には認識されていない、一見廃墟のような場所なのだが
そんな伽藍の堂の所長―――蒼崎橙子が机の上にある紙と珍しく格闘していた
そしてそんな彼女の隣で、一人の少女が橙子を助けるように思考を巡らせていた
アリステラである
「…橙子さん、やっぱりここの所をこんな感じにして…」
「そうか? 私はここをだな…」
アリステラの相棒である翔は今、大きめな共同ソファの方で座りながら本を読んでいる
ああ言った仕事では、翔の出番はないゆえに、手伝えることがせいぜいコーヒーを淹れるぐらいしかないのだ
今現在、アリスとが橙子がしている仕事、というのは、アイドル物の衣装のデザインである
「しっかし、橙子さんがアイドルの衣装手掛けるって状況が想像できないわねぇ」
そんな事を呟く翔の対面に座っている一人の女性
名前を黒桐鮮花という
なんでも橙子の昔馴染みだったり、弟子だったりとそんな断片的な事しか翔はよくは知らない
「けど、なんでいきなりこんな話来たんでしょうね。わざわざ伽藍の堂に」
「さぁ? まぁ橙子さんの古い知り合いじゃない? そこのところよくわからないけど…」
橙子が経営している伽藍の堂とは、一応は建築デザイン事務所であるが、橙子の気分で受けれるものは何でも受けている
今回のアイドル衣装を手掛けるのもまた、橙子の気分で請け負ったのだろう
「あ、橙子さんこんな感じでどうですか!? 今びびっと来ました!」
「おぉ。悪くなさそうだ…これで行こうか!」
―――まぁ、当人たちが楽しそうなんだから、それでいいか
◇
夢を見た
崩壊している飛行機の中を、歩いている夢だ
どうして自分がここにいるかはわからない
だけど、自分は歌を口ずさんでいた
ららら、とそれを歌と表現するのは少し違うかもしれないけど、それでもその言葉を口ずさむのをやめなかった
右手に何らかのアクセサリを持っていたような感触がある
それを持ったまま、口ずさみながら歩いている時―――
◇
「はっ…!」
不意に目が覚めた
ゆっくりと上半身を動かすと、知らない部屋に鳴護アリサはいた
自分のいる場所はベッドの上…誰かが寝かせてくれたのだろう
不意に視線を向けると二人の女の子がテレビ画面を見ながらゲームをプレイしていた
―――片方はインデックスだ…けどもう片方の女の子は見覚えがない
「あ、やられちゃった」
「むむむ。ここ、中々難関ステージかも」
静かに起きたおかげか、そのインデックスと女の子はまだこっちに気づく様子はなかった
「お、目が覚めたみたいだな」
「本当か?」
不意にこっちに向かって声が聞こえた
ちらりと視線を向けると、そっちにいるのは上条当麻と鏡祢アラタの二人だった
何かを作っていたのか、アラタの方は手にフライ返しを持っている
「待ってな、もう少しでホットケーキ焼き終わるから、焼き終わったら一緒に食べよう」
「ほっとけーき! あらたが作ってるの?」
「市販のだけどね。言っとくけど数ないからあんまりおかわりしちゃダメだよインデックス」
アラタとインデックスがそんな会話をしてるなか、落ち着いてきたアリサはちらりと当麻の方を向きながら
「…ここは…?」
「あぁ、俺が今住んでる学生寮だよ。とりあえず今のところ安全だから、安心していいぜ」
そう言って小さく微笑む上条当麻
そんな彼の笑顔に、アリサは少しだけ安堵する
ホッとしたアリサの視界に、クワガタのようなカチューシャをつけた黒い長髪の女の子がひょっこりと顔を出した
「わわっ」
「びっくりさせちゃった? ごめんなさい。…私はみのり。アラタやトウマを助けてくれてありがとう。…そのお礼だけ言いたかった」
「た、助けるだなんて…あの時は、正直無我夢中で…何が何なのかわかんなくて…あ、そういえば、天道さんとひよりちゃんは…」
「あの二人ならもう家だと思うぜ。流石に遅い時間だからな」
「…そんで、その様子だと、連中のことはやっぱ知らなそうだな…」
彼女の言葉にアラタが短く返し、当麻が腕を組んで考える
動揺している彼女の姿を演技だとも思えない
なんでこの子が狙われたのかいまいちピンと来ない…
「ふっふーん。知らなくてとーぜんだよっ。だってあれは魔―――」
「ストップインデックス」
何かを口走ろうとしたインデックスの口をみのりの手が塞いだ
危うくいらんことを口走るところだった
みのりの行動に感謝をしつつ
「ま、まぁ化学だけじゃあ説明できないことって色々あるよなぁ? なぁ当麻!」
「お、おう! いやー、世界って広いんだなーって!」
「! ―――当麻くんも、アラタくんも信じてるの?」
不意にぐ、と身を乗り出して聞き返してくるアリサに当麻とアラタは疑問符を浮かべる
その後で当麻が代表して
「…信じてるって?」
「その…化学だけじゃあ解明できない…不思議なチカラ」
「…まぁ、言ってしまえば超能力もまた、説明できない力ではあるけど…そういうの、あってほしいのか?」
「…私がそうなんだ」
アリサの告白にえ、とアラタは首を傾げる
一体どういうことだろうと思ってそのまま言葉を待っているとゆっくりと彼女は続きを話し出した
「…歌を歌ったりするときだけなんだけどね。なんだか、計測できない力みたいなのがあるみたいで。今も、霧ヶ丘で定期的に検査を受けてるんだけど…結局、よくわかってなくて」
霧ヶ丘…おそらく霧ヶ丘女学院のことだろう
ざっくり言ってしまえばお嬢さま学校の一つで、能力開発のエキスパートらしいが詳しい詳細はよく知らない
「…私ね、時々思うんだ。…もしかしたらみんなが歌を聞いてくれてるのって、その力のおかげなんじゃないかなって…」
「違うっ!」
ネガティブなことを呟いたアリサを、当麻の言葉がかき消した
「そんなんなら、俺の右手が―――あっと…」
「そうだよ! ありさの歌は本物だよ!」
右手…幻想殺し
そうだ、もし彼女の歌声が何かしらの能力なんだとしたら、きっと当麻の右手が反応するはずだ
だから絶対に、彼女の歌は、彼女自身の力に間違いないはずだ
「わたしは聞いたことないからわからないけど…インデックスが言うんなら、間違いないよ」
「あぁ。君の歌は確かに心に染み渡った。…だからそんなネガティブなこと言わないで」
みのりとアラタもインデックスに便乗し短い言葉をかけていく
それでアリサも少しだけ安堵したのか、小さく微笑んだ
そんなアリサの膝に、一匹の猫がやってくる―――スフィンクスである
スフィンクスは「なー」と短く鳴き声を発する
まるでスフィンクスも励ましてくれてるみたいだ
「…ありがとう」
笑んだままスフィンクスを抱き上げると、徐に窓を開けて、ベランダへと足を運ぶ
そのまま手すりに寄りかかって、夜風を見に受けながらぽつりと言葉を発し始めた
「…歌でみんなを幸せにしたかった。歌っていれば、私も幸せになれる気がしてた。…だけど、それでもし、誰かが傷つくのなら…もう―――」
「! おい、もしかして、オーディションに受かったのに、辞退しようっていうんじゃ」
「だって、〝歌いたい〟って、結局は私のわがままだもん。…またさっきみたいなことが起こって…そのせいで、大勢の人が怪我とかしたら…」
「…本音は?」
「…え?」
アラタの言葉に、アリサがハッとする
「君の本音はどうなんだ。…歌いたいのか? 歌いたくないのか?」
「…歌いたいよ。…私には、それしかないんだもん…っ!」
そう呟いた彼女の頬を、目から流れた雫が伝う
そんな彼女の涙を、抱き抱えたスフィンクスが慰めるようにぺろぺろと舐めた
彼女の本心を聞き届けた当麻が、アリサに言葉を投げかける
「なら、歌えよ。やりたいことと、やれる力があるんなら、やんなきゃだめだ」
四人もベランダへと近づいて、アリサを見据える
涙にぬれた彼女は、そのまま目元を指で拭いながら当麻の言葉を聞いていた
「そのために、安全に歌える方法を探そうぜ。俺たちも協力するからさ」
「…うんっ!」
そう満面の笑顔でアリサは頷いてくれた
その笑顔に思わずインデックスも、みのりもアラタも釣られて微笑を作り
「それじゃあ、ありさはしばらくここにいるといいよ!」
「え?」「え!?」
「ふむ。確かに敵さんは人目があるところなら迂闊に手を出してこないだろうし…この場所なら俺たちもフォローしやすいし、色々とベストマッチじゃん」
「…いいの?」
「―――どうやらそれが最善っぽいなぁ…―――よーしっ! この上条さんに任せなさいっ! どーんと面倒見てやりますとも!!」
そう高らかに宣言してくれる当麻を見て、インデックスとアリサもまた、笑みを作る
アラタも内心で安堵する、彼がいるのなら大体は大丈夫だろう
そんな中、一人みのりはすんすんと鼻を動かして
「…アラタ、ホットケーキは?」
「え? ―――あ、やっべぇ!? 焼きっぱなしだぁ!?」
そう言ってどたどたと慌ててキッチンに戻るも―――時すでに遅く
「あぁぁぁぁ!? 焦げちまってるぅぅ!?」
普段の彼からしたら珍しい叫びが、学生寮に響き渡った
そんな彼を見て、インデックスも当麻も、アリサもみのりも笑いだしたのだった
◇◇◇
「はい。…連中は分類不明の能力を用いていました」
<能力ねぇ。…でも、今どきはどんな能力だって生み出せるものでしょう? ましてや、この学園都市では>
シャットアウラ・セクウェンツィアは一人、自身の部屋で上司であるレディリーへと報告を行っていた
シャワーでも浴びた後なのか、彼女は下着姿のままで、片手に通信機器を持ち、それを耳に当てながらもう片方の手はタンスの上にある端末を操作し、窓のシャッターを開けて、外の夜景を映させる
「…今回の敵は、相当に珍しい部類の力だと思います」
<レアアースを自在に操る貴女の能力も、かなり珍しいと思うのだけど? シャットアウラ>
「希少価値という意味での珍しい、という意味ではありません。…貴方の仰った通り、鳴護アリサは襲われた。…一体あの女は、何者なのですか」
<あら? 知らないと戦えないかしら?>
報告の途中で、シャットアウラの顔は不意に歪みだす
〝ノイズ〟が聞こえてくる
耳障りな、〝ノイズ〟が、通信の向こうから耳に入ってシャットアウラの思考を乱してくる
苦痛に顔を歪めながら、シャットアウラは問いかけた
「…ところで、この通信は本当に安全なのでしょうか」
◇
<先ほどから、ノイズを感じるのですが>
「…ノイズ?」
そんなものあっただろうか、あるいはこういった通信に干渉してしまうような何か―――と周囲を見渡してレディリーは思い出した
蓄音機である
「あぁ。そうだったわね」
レディリーは思い出したように、横に控えているマリアに指示し、蓄音機の再生を止めさせた
◇
<どう? これでノイズは消えたかしら?>
「! …はい」
不意に消えたノイズに、思わずシャットアウラは通信機から耳を話す
<それじゃあ、明日もあの子の警護よろしくね?>
「はい。それでは」
短くレディリーへの了承の返事をした後で、シャットアウラは通信機を切った
そしてベッドの上に置かれているものをシャットアウラは確認する
ブラックイクサナックル
試運転も兼ねて使用してみたが、意外に着心地が悪くない
しかしまだこいつの性能を生かし切れてはいない気がするのだ
「…軽く体を動かしてから、寝るとするか」
◇
「…こんな深夜に人を呼び出しといて何の用だよ博士」
「まーまー、そう固いこと言わないでー。コーヒー飲む?」
十二時を少し過ぎた辺り
鏡祢アラタは沢白凛音の研究所へと足を運んでいた
正確に言えば呼び出されたといっていいか
ご飯も食べ終わり(黒こげのホットケーキは責任もって自分が食べて、余ってた材料で再度焼いた)さぁ部屋戻って寝るかー、としていたころに電話で呼び出されたのである
「で。要件はなんなの」
「あぁそれね? いや実はさ、神那賀くんのベルト、ちょっと調整が終わったから、それの試運転お願いしたくてさ?」
「そんなんアンタがやりゃあいいだろ。っていうか日を改めろよ! なんでこんな真夜中なの?」
「科学者としての欲が抑えきれなくなったんだ。君ならやってくれると思ってネ?」
はた迷惑である
「…あぁもうわかったよ! とっととバースドライバー寄越せ! 軽く動かしてくるから!」
「そう言ってくれると思った! そんな訳で、これがメダルだ、ウェポンとか使わなくていいから、軽く動かした感想を聞かせてくれ」
◇
面倒な頼みごとを引き受けてしまった
っていうかそもそもこのベルトは神那賀雫のモノなのになんで自分が試運転しなければならないのか
沢白は「色々な人のデータが発展につながるのだヨ」とか言っていたが、どこまで信じていいのだろう
まぁ引き受けてしまったものは仕方ない、とっとと使って報告して寝よう…そう思って公園にやってきたとき、先客を見つけた
「…んあ?」
「―――ん?」
それは先日自分たちに忠告をしてきたあの黒い長髪の女だったのだ
昨日の今日で。なんちゅうタイミングで再会しやがる、っていうか気まずい
なんて言葉をかけるか迷っていたところ、先に向こうの女―――シャットアウラが口を開いた
「…そのベルト、お前も戦士なのか」
「え? え、えぇまぁそうなのかな?」
あれ、そういえばこの人自分がクウガとなっている時の姿見ていなかったっけ
アリサが気を失ったタイミングで解除したから、自分がクウガだと気づいていないっぽい
まぁそっちの方がいいや、説明面倒くさいし
「ちょうどいい。少し体を動かすところでな。相手が欲しいと思っていたところだ」
「あ、相手?」
「模擬戦の相手として付き合え。拒否は許さん」
「横暴だな!?」
しかしこっちも似た理由で公園にやってきた身、模擬戦といえど実戦に勝るデータはないだろうし、ここは受けるべきだろう
正直、一人寂しく動かすよりは、多少有意義だ
「…まぁいいよ。付き合ってやる」
「…私が言うのもなんだが、ゴネると思っていたぞ。物分かりがいいんだな」
「どうせ断っても襲ってくるんだろう? なら最初から付き合ってやるさ」
「ふん―――いい心がけだ。…変身」
<フィ・ス・ト・オン>
電子音声の後で、彼女の身体に幻影が重なり、ブラックイクサとしての姿がその場に現れる
アラタも同じようにバースドライバーを巻き付けると、ポケットに突っこんでいたメダルをセットして、呟いた
「変身」
レバーを回し、カポンという小気味よい音を聞きながら、その身をバースの鎧が包む
…アイツはいつもこんな視界で戦っていたのか、と軽く新発見をしながらも、バースは身構えた
「―――行くぞ」
徒手空拳のバースに合わせたのか、ブラックイクサもカリバーを用いることなく向かってくる
向かってくるタイミングに合わせて、バースもまたブラックイクサへと走り出した―――
…家に戻れたのは、深夜二時を回ったころだった