全ては誰かの笑顔のために   作:桐生 乱桐(アジフライ)

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#53 各々がすべきことを

結局、ツルギも一緒に行動することになった

やれやれと言った顔つきで黒子は彼の手を取り、空間移動で開始した

おおよそ八十メートルほど進んで、地面に足をつけて、また目的地を定めて連続的に移動する

今、黒子の身体は全快とは言えない

だからこういったときに自在に自分の身体を連続で高速移動できるこの能力が頼もしい

 

(結標の場合は、わたくしと違って〝遠く離れたもの〟を転移できる反面、その分計算式が複雑で面倒ですのね。わたくしは〝手元にあるもの〟しか転移できませんけど、その代わり移動前の座標を計算する必要がないですし)

 

そんな事を考えながら連続的に彼女は空間移動をしている―――そんな時、より明確な指針を得る

 

ドォン! とどこかで、落雷みたいな音が耳に届いたのだ

 

黒子は止まって、夜空を見る

それに釣られツルギも空を仰ぎ見た

 

「白井、これはまさか」

「えぇ…そのまさかですわ」

 

空は美しい星々があり、別段濁ってなどいなかった

都心に比べると基本時刻が学校に合わせているこの学園都市は日が落ちるとさっさと表から明かりが消えていく

故に、この澄んだ空から落雷なんてありえない

 

<白井さん、第七学区の一地区で能力者による大規模な戦闘が発生しました、結標の予想ルート上です!>

 

その予感を裏付けるようにもう一度雷が迸る

断言していい

 

「―――お姉様!」

 

そう叫んで進路を変える

不用意に美琴の前に己の姿を晒すのは気が引けるが彼女が何者かに襲われている所を想像すると居ても立ってもいられない

 

途中、人の目が気にはなったがそれらを一切無視し、とにかくツルギと共に先へと進む

その雷撃の音源からちょうど死角になるビルの角から顔を出し、向こうを窺った

同様にツルギも彼女の隣に行き、僅かに顔を覗かせる

 

 

一言で表すなら、戦場と言った所だろうか

たった一人の女の子が作り出す、戦場

―――違う、その女の子の隣に、一人の少年もいる

 

場所は建設途中の廃ビルだ

何日か前に鉄骨が崩れて事故が起きた場所でもある

壊れて邪魔になった鉄骨を除いて残った部分の強度を検査し、再び組み上げた所…と記憶している

 

そのビルの入り口にマイクロバスが横倒しになっている

ガラスは割れて内装は舞い飛んでいるが、その中には誰もいない

 

乗っていたであろう人々はみんな建設途中のビルの中にいる

そこらにある鉄骨が盾になってくれるように願いながら

潜んでいるのは大小合わせ約三十人弱、武装しているものもいれば、能力者もいた

 

(…白井、見えるか、あの銃を)

(えぇ、覚えていますわ、確か貴方がド突きまわした連中が持っていたのと同じですの)

 

デザインはもちろんの事、構え方まで完全に一致だ

対する美琴はそのバスの横にただ立っており、その傍に鏡祢アラタもバスに背を預けていた

彼は腕を組んではいるものの、いつでも動き出せるように視線は一点に向いている

 

その構図を見れば件の〝残骸(レムナント)〟を外部組織に引き渡そうとしているヤツらなのだと推測できる

どう言った経緯を持って能力者が離反したかはわからないが

そしてそこには見知った顔もある

 

結標淡希と、サングラスの男だ

美琴らの前には特に遮蔽物も何もない

飛び道具を持つ連中を相手に、近くのバスを盾にしようともしていない

―――否、必要がないからだ

常識を考えれば、それはあまりにも無防備な状況だろう

 

しかし、超電磁砲(レールガン)―――御坂美琴はその常識さえも吹き飛ばす

 

彼女の指から、閃光が疾った

 

音速の三倍の速度で放たれたコインは柱になっている鉄骨を貫き、銃を構えた男たちは弾け飛ぶ破片で薙ぎ払われ、上階で美琴らの頭上を狙っていた連中は支えを失い真下へと飲まれていく

運よく彼女の雷撃から逃れた残り物能力者たちが一斉に美琴に襲い掛かり、巻き返しを図ろうとした、が連中が動くより先に隣の男が動いていた

 

鏡祢アラタ

 

相手が能力を発動するより早く腹部に拳を叩きこみ、風力使いらにはその男を盾代わりにし攻撃を封じた隙に顔面に蹴りを叩きこむ

そして彼を狙って放たれた念力使いの木の杭は護身用として持っていた警棒―――トライアクセラ―によって叩き落とされがら空きとなった身体に飛び蹴りを叩きこまれた

 

そして一言

 

「出てきやがれ、この卑怯者」

 

彼の言葉に続くように美琴もアラタの隣に歩いてくる

 

「仲間をクッションにするなんて、関心できないわね」

 

ある一点を見据え、侮蔑を孕んだ言葉をぶつける

 

「仲間の死は無駄にはしない、なんて美談はどうかしら」

 

答える声は、まだ余裕を保っていた

白いキャリーケースを片手に口元に笑みを浮かべ、結標淡希は鉄骨を組んだ足場の三階部分に現れる

結標の周囲には美琴の電流を浴びて気を失ってる男たちが転がっている

恐らく、美琴の攻撃の際に自分の付近へと転送し、そのまま〝盾〟にしたのだろう

そして無造作に盾としていた一人を適当に蹴っ飛ばし、サングラスの男が出てくる

 

「…まったく、悪党は言う事も小さいわね。何、この程度で逃げ延びたと思い込んでるの?」

「まさか。貴女が本気を出していたらここら一体は壊滅してるでしょうし、そこの連れの男性にも殲滅されているでしょう。…まあ、だから何なのか、と言った所だけど」

 

結標はケースを固定して、それに腰掛ける

そしてそのまま

 

「…それはそうと、随分焦ってるのね。そんなに残骸(レムナント)を組み直されるのが怖いのかしら。それとも復元された樹形図の設計者を世界中に量産、流通化される事? もしくは、その内の数基かで実験が再開される事かしら」

 

美琴の前髪あたりで火花がバヂリと迸る

そんな彼女を抑えるようにアラタがジロリ、と彼女を睨み―――

 

「黙ってろ」

 

明らかに怒気を孕んだ声色でそう一喝する

それに対して結標は座ったまま、軍用ライトを下から振るうだけだ

 

(―――)

 

黒子は様子を伺い、二人が対峙している相手が結標とサングラスの男なのだと悟る

彼らの因縁がどうあるかは分からないが、敵対しているのかは間違いなさそうだ

 

「弱いものなのど放っておけばいいのに。そもそも、貴女たちが大切にしてるあれらは〝実験〟の為に作られたんでしょう? なら本来通りに壊してあげればいいのに」

「―――本気で言ってんの」

「本気も何も、貴女たちは自分の為に戦っているのでしょう。私と同じように、自分の為に力を振るい、他の人を傷つける。別にそれが悪いことだなんて言わないわ。自分の中にあるものに対して、自分が我慢する方がおかしいのよ。違うかしら」

 

仲間を盾にする目の前の女は嘲るようにそう言った

結局の所、私利私欲のためにその力を行使しているのだと

私たちは同類なんだから、どちらかが一方的に憤るのはおかしいのだ、と

 

「―――そうね」

 

それに対して、御坂美琴は小さく呟いた

 

「えぇ、確かに私は怒ってる。頭の血管が切れそうなくらい怒ってるわ。例の残骸掘り起こそうとしたり、自分の為にそれを強奪しようとするやつが現れたり、またこんな事にアラタを巻きこんだり、やっとの思いで治めた実験をまた蒸し返されそうとされたり。確かにそれは頭にくるわ。―――でもね」

 

少し間をおいて、御坂美琴は口にする

自分が一体、何のために怒っているのかを

 

「一番頭にきてるのは、この件に私の後輩を巻き込んでしまった事。その後輩が医者にも行かないで自分で下手な手当てをして、なおかつまだ諦めていない事! あまつさえ自分の身を差し置いて私を案ずるような言葉吐いて!!」

 

黒子の胸が詰まる

今ここに黒子がいることに、御坂美琴は知らないハズだ

なら、その声は誰に言っているのか

今、彼女は

 

何のために動いているのか

 

「えぇ! 私は怒ってる! 完璧すぎて馬鹿馬鹿しい後輩と! その後輩を傷つけた目の前の女と! この状況を作り上げた自分自身に!!」

 

美琴は睨む

 

「この一件が実験の発端だというのなら責任は私にある、後輩が傷ついたのも、あんたが後輩を傷つけてしまったことも、全部私のせいだというのなら。私は、全力でアンタを止める!」

 

そう言いつつ、彼女は横目でちらりとアラタを見て

 

「…本当は一人で行こうと思ってたんだけどね」

「…ん? どうした?」

 

いつも通りのやり取りに美琴はなんでもない、とため息を吐きながらも、少しではあるが安堵している

底抜けに優しい男の善意に今回は肖ろう

理由も聞かずにそばにいてくれる、この人の善意を

 

そして改めて結標と、サングラスの男を視界に入れた

そんな二人の視線を前に、まだ結標は笑っている

 

「本当に優しいわね。素直に自分も被害者だと嘆いていれば、戦わずに済んだのに」

「けど、アンタが戦うきっかけになったのが実験のせいなら。絶対能力進化実験(レベル6シフト)や、量産能力者実験にしても」

「やはり、倒された仲間から私の理由を聞いていたのね。ならわかるでしょう? 私はここで捕まるわけにはいかない。―――意地でも逃げ延びさせていただくわ」

 

最後の言葉だけ、声のトーンが本気だった

対するアラタは

 

「お前の力で、美琴から逃げ延びれるかな」

「あら。確かに雷撃の速度は目に止められないけど、それだけよ。前触れを読み、それに合わせて―――」

「無理ね」

 

その問いに美琴は一言で切り捨てる

 

「アラタは初めてかもしんないけど、〝私はアンタとぶつかるのは初めてじゃないでしょうが〟気づいてるくせに。アンタの能力にはクセがあるのよ、何でもかんでも飛ばせるくせに、自分の身体だけは移動させない。まぁそうよね、ビルの壁の中や道路の真ん中にでも移動してしまったらお終いだもの。誰かを犠牲にしてでも救われたいアンタにとっては、万が一でも自滅する可能性は廃したいって所かしら」

 

「―――」

 

結標淡希は答えない

 

「…もしかして、私が今まで気づいていないと思っていたの? 散々周りの奴や看板飛ばして利用しておいて自分だけ飛ばないなんて状況、違和感持って当然じゃない。…ていうか、これだけ不利な状況になればふつうなら逃げに徹するでしょう。出し惜しみなんかじゃない、アンタに余裕がないことくらい誰だってわかるわ」

 

結標は薄く笑う

しかし、その指先は僅かばかりに震えている

幸いにも、本当に凝らさないと分からないほど微弱だが

 

「他人を飛ばすのは躊躇わない。けど自分を飛ばすのなら話が違うんじゃない? 計算式に間違いがないかを確かめるのに、少し時間がかかるとか。二~三秒ほどね」

 

それで、と美琴は言葉を区切る

 

「そのくらいの時間で、何発撃てると思う?」

「―――書庫にそこまで情報が記載されていたかしら」

「同じ答えを二度言わせるな。アンタのツラと戦い方見てたら予想できるわ」

 

その問いに結標淡希は笑みを作る

揺れる足が鉄骨の足場に届く、ケースから身体を離し、優雅に彼女が立った

 

「―――ですけど」

 

自分以外なら、その女は飛ばすことを躊躇わない

 

その一言と共に結標淡希の眼前に十人前後の人間が飛ばされる

美琴やアラタの攻撃を受けて気を失った人たちだ

それはいわば、人を用いた盾

 

「盾にしては―――穴だらけね!」

 

しかし美琴は止まらない

人の身体というのは、そこまで平じゃない、どうあがいても僅かばかりの隙間が生まれる

彼女はその間を貫こうとしている

美琴が掌で高圧電流を生み出す傍ら―――

 

「問題」

 

結標の声が響く

 

「この中に、〝私たちとは関係ない人間〟は何人混じっているかしら?」

 

な、と美琴は一瞬のその動きにブレーキをかける

そのためらいは結標にとってのチャンスであった―――が

一人、迅速に動く影があった

 

すでに目星をつけていたのか、彼は気を失っている男のホルスターから瞬時に銃を引き抜き、それを構えた

走りながらにして、男はその姿を二本角の緑の姿へと変わっている

結標はギョッ、とした

しかしここで躊躇えば、せっかく時間を稼いだ意味がなくなる

幸いに件のサングラスの男はあえて盾に使用し、気を失っている奴らの一人だ、と思いこんでいるはずだ

 

だから、結標はそれを実行する

 

刹那、風の一撃が彼女の頬を横切るのと、彼女が飛んだタイミングはほぼ同時

 

それを見届けて鏡祢アラタ―――緑のクウガは膝を付く

珍しく超感覚をフルで使った

普段は抑えているせいで僅かばかりに時間が伸びてはいるのだが、本気になると五十秒弱持つかどうか

 

「悪い、美琴。間に合わなかった」

 

彼は変身を解きながら美琴にそう謝罪する

美琴は彼の元へ駆け寄りながら申し訳なさそうに

 

「ううん。…ごめん、私があんな下らない言葉遊び見抜けていれば」

 

先ほどの人の盾に、関係ない人達なんていなかった

結標の言葉遊びに騙されたのだ

 

「気にするな。―――まだ負けてない」

 

そう言いながら、彼は少しだけちらりと、ある所を見た

そして―――ばっちりと黒子と目が合う

 

白井黒子は一瞬声が出そうになった

どういう事だ、と考える

まだ自分たちはここにいることを知られてはいないはずだ

 

黒子が狼狽えるのも無理はない

緑のクウガによる超感覚―――それにより、アラタはおおよその位置はつかめていたのだ

確認がてら、ちらりと視線をやったら案の定居ただけの事

彼女の後ろにいるツルギに向かって、彼は少しだけ指を動かす

 

それに釣られて、ツルギはその指の先を見る

そこに気を失っているふりをしている、件のサングラスの男

ツルギは黒子に悟られないよう感謝の念を込めて両手を合わせた

一方で、ようやく落ち着いた黒子は先ほどのを多分偶然だと強引に納得させる

 

「…ここからは、わたくしたちの出番ですわ、神代さん」

「あぁ。白井は結標を追ってくれ。俺はここにいるサングラスとケリを付ける」

「? その男がこちらに? …いいえ、聞くだけ野暮ですわね、とにかく、任せましたわ」

 

一つ、決意を込めるように黒子は息を吐く

そして、

 

「ご武運を」

「お前もな」

 

最後に一つ、お互いの拳を軽くぶつけると、黒子は虚空へと消えた

そしてツルギはヤイバーを手にし、アラタと美琴がそこから結標を探しに歩き去った時、声を響かせる

 

「―――いつまで、寝ているつもりだ」

 

今もなお、気を失ったフリをするサングラスの男に向かってそう言い放った

一瞬訪れる静寂

やがてゆっくりと気を失っている男たちの中から一人の男が立ち上がる

男は気怠そうにサングラスをかけ直した

 

「…いつ、気づいた」

「それをお前に言う義理はない。いつぞやの借りを返しにきたぞ」

 

その言葉をあざ笑うようにサングラスの男は声を出す

 

「はっ、勇ましいことだ。この件に、全く他人の分際でよくもまぁ…」

「他人ではない」

 

男の言葉をツルギは遮る

 

「あぁ、確かにオレと白井は全く別々の道を立っている。おそらく、今後それが交わる事はないだろう」

 

しかしな、とツルギは言葉を区切り

 

「オレの友がよく言っていてな、別々の道を歩いていけるのが友達だ、と。友を助けるのは、人として当然だ」

「―――おうおう、言うねぇ」

 

<SCRPIO>

 

その言葉を聞いた男はゆったりとメモリを取り出し、それを起動させ自身の姿をスコルピオドーパントへと変化させた

同じように、ツルギはそれを見届けてヤイバーを逆手に持ち、す、と前に突き出す

 

<Standby>

 

そんな音声と共に地面から一匹のサソリのようなロボットが飛び出してきた

自分の所に飛んでくるそのサソリ―――サソードゼクターが飛んでくるのを確認しながら、ヤイバーでそれをキャッチする要領でセットする

 

「変身!」

 

その一言と共に、ヤイバーにセットしたサソードゼクターのゼクターニードルを押し込みマスクドの過程を省略する

 

<HENSIN>

<CHANGE SCORPION>

 

そんな電子音声が響き、ツルギの身体を鎧が包み込んでいく

やがて全身を包み込み、暗闇に緑色の複眼が発光する

 

「お前には名乗っていなかった。故に、名乗りを上げよう」

 

サソードは持っているサソードヤイバーを突きつけ

 

「オレの名前は神代ツルギ。…貴様に敗北を刻みつける、男の名前だ―――!」

 

そう言葉を吐き、真っ直ぐサソードはスコルピオに向かって駆けだした


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