#50 第七学区にて
常盤台中学のある学舎の園と同じ学区にありながら、いかんせん華やかさが足りないその一角に、上条当麻と鏡祢アラタの学生寮がある
当然ながらここは男子寮だ
しかしとある一室と一室は例外がまかり通っている
そのある一室のうちの片方で、ゴウラム―――人間名〝鏡祢みのり〟は厨房に立って、鏡祢アラタの手伝いをしていた
「アラタ、コロッケ出来たよ」
「おっけー、皿に乗せておいてくれ」
言われた通り、みのりは適当に切ったキャベツと一緒にお皿につい先ほど出来たコロッケを盛り付ける
一通り皿に乗せて、ふと思った疑問をみのりはぶつけた
「ソースは?」
「あぁ、それもかけといて」
「はーい」
アラタからの返事を聞いてみのりは冷蔵庫に歩いていきそこからソースを取り出した
ほどほどに冷えており、出来立てのコロッケに掛ければちょうどいい感じになりそうだ
「さて、そろそろ食べようか」
みのりと自分、二人分用意してアラタは今のテーブルへと歩いていく
すでに料理はみのりが運んでおり、今ではすっかり生活に溶け込みテレビを見ている
現在映っているのは天気予報だ
大きめの日本地図を背後に、女性キャスターがスマイルで何事かを喋っている
「…ねぇアラタ、どうしてこれで天気が分かるの?」
「うん? んっとな…その地図に書き込まれてる年輪みたいなのが等圧線って言ってさ、気圧の谷やら山やらを見て大雑把だけど雲が出来るかどうかを調べてるんだよ。…まぁあんまりあてになんないけどな」
「ふぅん…。最近のカガクってすごいね」
「ちょっと前までは天気〝予報〟じゃなくて〝予言〟みたいなものだったからなぁ」
学園都市が打ち上げた三基の人工衛星のうちの一つは、もう存在していない
…まぁそんなものがなくなった所で、アラタがやる事は変わらない
数日前、彼女の笑顔を守ると改めて誓ったのだ
とある魔術師と街中で出会い、彼との会話で、むしろ任せていいか、と言われた
正直、その男の事をアラタは知らない
それでも、胸を張って任せろとアラタは答えた
だから、守るんだ
この日常を
「アラタ、おかわり」
「はいはいっと」
◇
現在時刻午後七時三十分
そんな時刻、神代ツルギはいつものように一七七支部に足を踏み入れた
「親友の俺が遊びに来たぞカ・ガーミン―――…て、なんだ。ウィ・ハール一人か」
「私見て落胆するのやめてくださいよー」
ふぇぇ、なんて擬音が似合いそうなくらい座っている少女が抗議する
対してツルギは
「いや、すまない。ついうっかりいつものテンションで入ってきてしまった。許してくれウィ・ハール。ところでサ・テーンはいないのか」
「いつもいつもいませんよ。今日は固法先輩いなかったからいいものの…」
「ふふふ。甘いなウィ・ハール。俺はクォ・ノーリがいてもこの調子だぞ」
ですよねー、と言いながら再び初春は目の前の作業を再開した
「スィ・ラインもいないのか?」
「白井さんはさっき電話で呼んでおきましたよ。もうそろそろ来ると思いますけど」
そう彼女が答えた直後、バァンと勢いよくドアが開け放たれた
そして部屋の中に不機嫌ですよと言わんばかりに白井黒子が入ってくる
「…何の用ですの? 山ほどいる風紀委員の中からわざわざわたくしを呼ぶなんて」
「冷静に考えると別段白井さんである理由もないような」
「―――ほっほぉう。わたくしがお姉様と買い物中であることを理解したうえでそう思うのならもうちょっと違う態度をとってもいいんじゃないですの?」
「やったー! うわーいっ!!」
「なんで大感激ですの!?」
「ははは。ウィ・ハールもスィ・ラインも仲が良いなー」
外野は黙りますの! なんて言葉をしながら黒子は初春にぐりぐり攻撃を叩きこむ
一七七支部はオフィスの一室のようなものだ
役所にあるようなデスクが並べられ、そこにパソコンが何台か置かれている
初春はダリの時計みたいな〝科学的に疲れにくい〟椅子に座っており、ぐりぐりを受けながらもパソコンを操作した
バツ印が描かれ何かが表示されている
気になったツルギも彼女の後ろに歩いてそれを覗き込んだ
映ってるのはGPS上の地図みたいなものだ
何か事件でも発生しているのか、赤いバツ印が書かれている
バツ印の他にも何点かポイントされて別ウィンドウに写真やらデータやらが表示されている
「校内でのもめごとではないのですのね」
学校問題ならGPSなんか使わない
基本的に風紀委員はその名の通り校内での治安維持を行うための組織であり、支部は各学校に一つずつ設置されており、交番等と違って最終下校時刻になったら鍵を閉めて無人となる…と言っても今は例外だが
非常事態にでもならない限り基本学外の治安維持は
やがてぐりぐりから解放された初春が
「一応
「お、お兄様ったら…」
やれやれ、と言った様子で黒子は自分の頭に手をやった
「それで。これはどういった事件なのだ?」
「ちょっと神代さん。部外者がツッコまないでくださいな」
そんな黒子の言葉にツルギはまぁまぁ、と返すのみでどうも話にならない
それに初春は苦笑いしながら
「えっと、強盗というか、ひったくりというか。だけど十人がかりで実行してますからスマートなやり方とは言えませんね」
「ふむ。となるとこの色つきの矢印は逃走経路か。…しかし十人がかりでひったくりか。それは本当にひったくりと言えるのか」
「私に言われてもそれは流石に…あ、でもここからが問題なんです。何でも、盗まれたのはキャリーケースなんだとか」
「…キャリーケース?」
黒子は頭にキャリーケースを思い浮かべる
恐らく、底に車輪がついている運びやすいあれだろうか
「このキャリーケースに荷札がついてたという事で、目撃情報があって…えっと、見てもらった方が早いかな。ちょっと確かめてみてください」
彼女がキーを叩くとまた別のウィンドウが開く
そこには荷札の番号と荷主の送り先が書かれてあった
「…常盤台中学付属演算補助施設? …スィ・ライン、聞いたことあるか?」
「ありませんわね。…ていうかナチュラルに会話に混ざらないでください」
「あ、ないんですか。…一応、荷札の番号も照介してみましたけど、おかしいんです。ちゃんとこの番号で登録されてはいますけど、モノは熱暴走を防ぐための大規模な冷却装置なんですよ。どう考えたってキャリーケースなんかに収まるはずないんです」
「…学舎の園でも、金属部品ならまだしも、機材の搬入は聞いたことありませんわよ」
「ウィ・ハール、元はと言えば強盗に襲われたのだろう。つまりは当人がいると思うのだが―――」
「いいえ、当人はいないんです」
そのあっさりした答えに黒子は驚いて目を開いた
それに対してツルギは
「いないってどういうことだ」
「私らとは別に被害者の方も独自に追跡したみたいなんです。見ますか? 直前の映像。強盗は十人くらいいるのに、たった一人で誰かと連絡を取りながら追っかけていってますよ」
初春がコンピュータを操作する
するとまた別ウィンドウで鮮明なビデオ映像が映し出された
駅前の大通りらしき場所で、スーツを着た男が周囲を警戒しつつも、無線機で連絡をどこかと取っている
「あ、ここです」
そう言いながら初春は映像を止めた
「ここ、被害者のスーツがめくれて何か少し見えてませんか?」
そう言われてよく覗き込むとなんだか脇腹のあたりに黒いサスペンダーのようなものが見えた
「…ホルスター、かこれは」
「はい。大手機銃メーカー公式のショルダーホルスターです。ほら、刑事ドラマとかでよく見かけるような、ハンドガンを仕舞うやつ」
初春はそのホルスターを拡大させる
黒子は小さく苦笑って
「実は飾りかもしれませんわよ?」
「えぇ、かもしれません。こちらも」
そう言って初春はまたパソコンを操作する
スーツの胸のあたりに拡大し、いくつもの細かい矢印が出現する
それらは服の細かい
矢印は、ハンドガンの形を作っている
「映像はこれだけです。もっと他に映ってても良さげですけどね」
それらの映像を見て、ツルギは口を開いた
「カメラを避けるように行動しているのか、それとも純粋にカメラを避けて移動した結果、その男の姿を見失ったのか。…よくわからんな」
「それでも、物騒なことになりそうな予感だけはしますけどね」
同感だな、とツルギは答える
先ほどの映像を見た黒子は少し思考を走らせる
拳銃はまだ何とも言えないが、男が使用していた無線機は風紀委員の訓練で見たプロ仕様のものと酷似している
こちらに通報してこないという点もおかしいし
独自に動く被害者と、常盤台が絡んだキャリーケース
不自然なまでに揃っている装備品
普通の事件とはどこか違う
「スィ・ライン。犯人と被害者、どちらを追うか」
「本来なら両方…というべきでしょうけど、今回はやはり犯人ですわね。ケースを回収すれば被害者もこちらに接触をせざるを得ないでしょうし」
なるほど、と黒子にツルギは同意する
黒子は一つ息を吐いて初春に
「犯人の逃走経路は? と言っても、わたくしがここに来るまでに三十分程かかってますから、正確な位置はまだ分からないでしょうけど」
「ところがどっこい、そうでもないんです」
初春は告げる
「彼らはケースを盗んだ後、徒歩で地下街へ入ったみたいなんです。おそらく人工衛星から隠れるためでしょう。地下にもカメラ等はあるにはありますが、地上よりは逃げやすいはずです。上空からの撮影を封じれますし、カメラも人混みをうまく使えば死角を作れます。車での移動なんてもう絶望ですよ、信号機の配電ミスで、主要道路は混雑してますし」
ふむ…、と黒子は顎に手をやる
恐らく初春から通報を受けているから
しかし渋滞に巻き込まれればそれだけで動きが制限されるし、ヘリの申請も面倒くさい
こう言う迅速な行動を求めているときに限って、組織というのが弊害を生む
「…わたくしが向かった方が早いですわね」
「えー。つまりそれって私だけで
そんな初春に向かって得意げな顔したツルギが口を開く
「安心しろ。これからその面倒を片付けにいくのだ」
ツルギはすっくと座っていた椅子から降りて―――
「いや、貴方は連れて行きませんわよ?」
「―――なん、だと!?」
変な沈黙
「頼むスィ・ライン! 俺を同行させくれ! 安心しろ、オレはサポートに置いても頂点に立つ男だ!」
「あぁ、もう…仕方ありませんわね…」
その後、何とか頼み込んで同行を許可してもらいました