全ては誰かの笑顔のために   作:桐生 乱桐(アジフライ)

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ちょっと無理やり感があるあもしれない
今回もちょこっと流用していますよリメイク前のを

ではどうぞ

多分次回で終わるかなー(希望的観測


#36 誰が為に

はぁはぁと息を吐きながら鏡祢アラタと上条当麻は道を走っていた

目的地は今もなお行われようとしている御坂妹の実験場所

場所は曖昧だが、人目に付くような場所でだけは行われないはず

それだけを頼りにしてして色々そんな場所を携帯のマップで探しながら走っていたが、流石にそれも限界だ

途中、一度走りを止めてぜぇはぁと大きく息をして軽く呼吸を整えながら、アラタと当麻は顔をあげる

このままでは埒が明かない、と思ったのか、息をしながら当麻はアラタに言った

 

「アラタ! お前は、御坂を探してこい!」

「はぁ、はぁ…! あ!? なんつった当麻!」

「お前は先に御坂を探してこいって言ったんだ! アイツが何しでかすか、想像できねぇお前じゃねぇだろ!」

 

当麻に言われて、う、とアラタは考え込む

確かに、今美琴は追い詰められているだろう

とは言ってもどこまで追い詰められてるかはわからないが…無茶をしでかすとも限らない

それに沢白も合流するとは言ってたが、それもいつになるかはわからない

となると、ここは当麻の提案を飲んだ方がいいか

 

「わかった。当麻、お前は?」

「俺はこのまま、御坂妹の場所を探す!」

「―――わかった。その代わり、その猫は俺に渡しとけ」

「え?」

「お前は戦場に猫持ってく気か? 巻き込んだら危ないだろ、なら、俺の方がギリ安全だ」

「そ、それもそうか。よし、渡すぞ」

 

そう言ってゆっくりと当麻から猫を受け取ると、落とさないように両手で抱える

…この可愛らしい猫の毛並みを存分に撫で回したいところだが、残念ながらそんな時間はない

時は一刻を争うのだ

 

「じゃあ、こっちも俺の携帯渡しとく」

「え? なんで?」

「さっき電話してた時、誰かが来るって言ったろ? そしたら多分こっちにかかってくる。その人たちと合流できなきゃまずいからな、事情を話せば、多分大丈夫だ」

「お、おう。よくわかんないけど、お前の知り合いから電話かメールがくる感じだな?」

「そんなところだ。っと、これ以上は不味いか…じゃあ当麻、また後で!」

 

そうアラタが言うともう一度猫を抱えなおすと勢いよく走り出した

彼の背中を見えなくなるまで見送ると、当麻も自分の携帯を使い地図を開くと、周辺で実験に使えそうな場所を探そうとした、その時だ

 

「―――? バイブレーション?」

 

ついさっき受け取ったアラタの携帯が震えだした

危ない、素早く気づけて良かった

走っていたら気づけなかったかもしれない

携帯のマナーモード…即ち、着信を知らせるバイブレーションは、案外懐とかに忍ばせていると気づきにくい時があるのだ

当麻は自分の携帯を仕舞うと、今度はアラタの携帯を取り出し、通話のボタンを押す

 

「あの、もしもし?」

<…うん? アラタじゃない声がした。―――もしかして、君が上条当麻?>

「! 俺のこと知ってるんですか!?」

<あぁ、たまにアラタから聞くし、士からも聞いてるよ、不幸体質の少年>

 

いらんとこまで伝わっている事実にびっくりしつつ、当麻は言葉を発する

 

「それで、えっと…」

<あ、名乗ってなかった、沢白だよ、沢白凛音>

「あ、どうもです! それで、沢白さんは今どちらに…?」

<いやね、あの電話の後、気を利かせてGPS機能を起動させたアイツの携帯を追っかけてて、近くなったから連絡入れたんだよ。今も話の最中だけど―――>

 

言葉の途中で、いきなり向こうの声がぶつりと途切れる

いや、正確には向こうから切ったのか?

頭に疑問符を浮かべながらどうしたんだろうと首を傾げていたら、背後から声が聞こえてきた

 

「やぁ、上条当麻くん」

 

不意に聞こえてきた女性の声

その声色は少し前までアラタの携帯から聞こえてきた女性の声と同一だ

当麻はゆっくりと振り返ると、そこには背中まで届く黒髪ロングの、白衣を着た女性と、同じように黒髪ロング(こちらは肩まで)女子生徒…そして、なんでか知らんが、行きつけ(?)の病院の先生であるはずの、門矢士までもいた

 

「こうして出会えて嬉しいよ。改めて、私が沢白だ」

 

◇◇◇

 

研究所から抜け出した御坂美琴は一人、フラフラと街の中を歩いていた

このイカれた実験を止めるのはどうしたらいいのか

考えに考え抜いて、美琴は一つの結論を導き出す

ハッキングしたレベル6シフトに関する資料の中に、超電磁砲は逃げに徹したところで、百八十五手で敗走し、殺されると演算結果が出ている

 

なら、この私にそんな価値なんてないと、学者連中に思わせればいい

 

逃げに徹したところで、最初の一手で無様に頭を垂れて、みじめに泣いて命乞いした上で死んでしまえば、もしかしたら

 

「…ッ」

 

ゾクリと体が震える

身体は今も恐怖で怯えている

美琴は自分の両手で己を抱くように動かすと、震える自分を抑えつける

妹達(シスターズ)の面々は恐れず淡々と向かっていったんだ、なら自分もそれに倣わなければならない

ならないのだが―――

 

「どうして、こんなことになっちゃったのかな」

 

いつしか美琴は、大きめな橋の所までやってきていた

彼女は橋の手すりに両手をかけて、闇夜に光っている星空をなんとなしに眺めてみる

 

ふと、子供のころを思い出した

 

幼いころ、初めて能力が使えるようになった、あの日のこと

パチパチと両の手のひらから迸る青白い閃光の輝きがとても綺麗で、布団の中でずっとそれを眺めていたくらいだ

もっと成長すれば、あの夜空の星みたいに大きな光にも似たそれができるのかな、なんて思っていたものだ

 

今となっては、そんな幻想(ゆめ)語る資格なんかないって言うのに

 

「…筋ジストロフィー、か」

 

筋ジストロフィー

それはいわば不治の病の一つであり、筋肉が少しづつ動かなくなっていく病気だ

当然自分は筋ジストロフィーではないし、友達にそんな病気になっている人はいない

 

現代の医学では治せない、その病をキミの力なら治せるかもしれないんだ

 

そんな甘い言葉に乗せられて、幼い自分はDNAマップを提供した

 

だが待っていた結末がこの()惨状()

 

あの研究者の言葉は嘘だったのか、あるいは本当だとして途中で歪んでしまったのか、それはわからないし、興味も沸かなかった

だけど、大勢の人を助けたいと思った気持ちは、紛れもなく本物だった

 

沢山の人たちを助けたいと思った善意は

二万人もの妹達をただ殺していく悪意となった

悪意となって、しまった

 

だから何としても、この実験を止めないといけない

たとえ自分が死んだとしても、この狂気を止めなきゃならない

 

別に、自己犠牲が尊いものだなんて思ってない

実際今だって体は僅かに震えているし、指先だって血の気が引いてて冷たかった

できる事なら―――できる事なら大声で助けたいって叫びたいッ

 

だけどそんな…そんな自分だけ助かりたいなんてこと言えない

 

もう既に一万人の妹達が犠牲となっているのに、自分だけそんな甘いユメを見るだなんて許されない

 

不意に、脳裏にある人物の顔が浮かんできた

 

笑顔を重んじ、人知れず誰かの笑顔を守るために戦っている、アイツ

知らない所で傷ついて、それを私たちに隠して笑っている、大切な友達

 

きっと彼に全てを打ち明けて、助けてって叫べば、きっとアイツは助けてくれる

 

だけど、先も言ったようにそれはできない

もう既にこの手は血で汚れているからだ

だからもう、美琴は己の命を投げ出すほかにない

 

でも―――それでも、止まらなかったら?

 

「ッ! ―――…う、ぐぅ…!」

 

身体の内から感情がこみ上げてくる

これで止まらなかったらもう打てる手立てなんかない

残りの一万人、殺されておしまいだ

 

「…た、す、けて…」

 

小さい声で、消え入りそうな声量で言葉を発する

ついさっき自分にこんな資格ないだとか、そんなことを言い聞かせてたけど、それでも言いたかった

良いじゃないか! 言うだけならタダなんだ! 弱音くらい吐いたって罰なんか当たらないだろう

どうせこれから―――命を散らすのだから

 

「助けてよ…!」

 

もう疲れたんだ、誰でもいいから私をこの暗闇から連れ出してほしい

私一人じゃあこれが限界なんだッ

だけど、現実はそう甘くなんかない

どんな絶望の淵にいても、都合よく〝英雄(ヒーロー)〟なんて来てくれるわけが―――

 

「なー」

 

ふと、耳に入ってきた猫の鳴き声が美琴を我に返らせた

鳴き声のした方を見てみると、そこには一匹の黒猫がてけてけと歩いてきていた

黒猫はこちらの近くまで歩み寄るともう一度「なー」と鳴いて首を上げてくる

 

「…黒猫?」

 

どうしてこんなところにいるのだろう、そう思いながら美琴はじっとその黒猫をのぞき込む

刹那、もう一つこちらに向かってくる足音が聞こえてきた

誰だろう、と思って美琴は顔を上げて近づいてくる足音の方へと視線を向ける

 

「―――…ッ!!」

 

視線の先にいたのは、見慣れた一人の男性だった

制服の夏服を着て、ここまで走ってきてのか肩で息をしながら、ゆっくりと近づいてくる

空の月がその人物を照らし出し、闇に隠れていたその顔が明らかになる

 

「…こんなところにいたのか、美琴」

 

暗闇で包まれるこの鉄橋に、一人彼は―――鏡祢アラタは現れた

絶望を切り裂く光のように

心の底から待ち焦がれた、それこそ―――英雄(ヒーロー)のように

 

◇◇◇

 

「俺の力が必要って、どういうことですか、沢白さん」

「そのままの意味さ。アラタから聞いたよ、その右手、なんでもあらゆる異能を打ち消してしまうすごい右手だって」

 

沢白たちと合流した当麻は、実験場へと向かう道すがら、沢白からそんな言葉を聞かされた

この実験を確実に止めるには、君の力が必要なんだ、と

 

「多分ここにいる士が全力で一方通行に向かったら多分勝てるだろう、でもそれじゃあ意味がない。士は超能力者でも、無能力者でもない、仮面ライダーなのだから」

「…え!?」

「そうなんですか門矢先生!?」

 

どうやら言っていなかったらしく当麻どころか神那賀も心の底から驚いていた

士は頭をカリカリと掻きながら

 

「確実じゃない、倒せるかもってだけだ」

「そう。でも、そんなイレギュラーな戦闘では恐らく実験にはあまり支障がない。一方通行の傷が癒えたら、きっとまた再開される。かと言って殺すのもさすがに穏やかじゃない。意味なんてないしね」

 

沢白は「そこで!」と言葉を区切って当麻の方へと視線を向ける

顔が急接近し、思わず当麻は顔を赤らめる

この人めっちゃ美人なのだ、いい匂いするし

 

「君の出番ってわけだよ、上条当麻くンっ!」

「お、俺の…?」

「あぁ、君のその右手で、一発、一方通行に渾身の拳を打ち込んでほしいのさ」

 

そう言われて、当麻は思わず自分の右手を見つめる

外見上は何の変哲もない、ただの右手だが、この右手の先は、触れるとどんな異能も打ち消すことが出来る、幻想殺し(イマジンブレイカー)という力が宿っている

無論万能というわけでもない

効果範囲は右手の手首から手のひらまでだし、相手の能力によって起きた二次災害などは防げない

 

相手の炎自体は防げても、炎によって倒壊するビルとかは防げないように

 

「でも、俺にできるんですか? 一方通行に一発って…」

「大丈夫、相手は〝最強〟なだけで、〝無敵〟じゃないんだ。その境目に、勝機は必ずある」

「〝最強〟なだけで、〝無敵〟じゃない…?」

 

一体どういう違いがあるのだろうか

最強っていうのは、文字通りめちゃくちゃ強いのだろう

しかし無敵はこっちの攻撃すら通さないとかそういう…

 

「っ!」

 

改めてゆっくり思考して、当麻はハッと気が付いた

その結論にたどり着いたのだ

 

「気が付いたかナ? その小さな境目に」

「はい、けど、実行できるかは…」

「大丈夫、根拠なんかないけど、君が普段見舞われる〝不幸〟よりは楽だって」

 

そう言ってはははと笑い飛ばす沢白に、当麻は若干ジト目となって反撃する

簡単に言ってくれちゃって、と文句を言いそうになるがやらないという選択肢など最初(はな)からないのでその言葉を引っ込める

 

「まぁ途中、この実験を円滑に進めるためのボディーガード? みたいなやつが出てくるだろうから、そいつらは俺と神那賀の二人で相手してやる。存分に拳を震え、上条。けどできれば入院はすんなよ」

「ぜ、善処シマス…」

 

相手が相手だからはっきりとは頷けない

若干不安で汗が出てきた当麻の肩に、ポンと誰かが優しく手を置いた

それは先ほど士に神那賀と呼ばれた女生徒だ

そういえば軽く彼女についてもアラタから聞いたことがある

と言っても知り合いの仮面ライダーくらいしか情報知らないけど

 

「みんな色々言ってるけど、無茶だけはしないでね?」

「…あぁ、わかってるよ」

 

神那賀の励ましを受けて、当麻は息を吐き出す

そうだ、これ以上泣き言は言っていられない

どっちにしても、御坂妹を助けて、この下らない実験を終わらせる

 

それだけだ

 

◇◇◇

 

シリアルナンバー10032号、御坂妹は繁華街を抜けて工業地帯にある一角を目指し歩いていた

ゆっくりと街灯が並んでいる通りを歩きながら実験内容を頭の中で思い出していた

 

別に恐怖なんてない

憎悪もないし、あきらめもない

彼女の顔にあるのはただ本当に無表情

他人が見ればそれはぜんまい人形がテクテク崖に歩いているように見えるだろう

 

別段、御坂妹は命の大切さが分からない人種ではない

目前で死にかけの人がいれば自分の取りえる行動を選択し適切な判断をする行動力はある

 

ただ、それを自分に向ける、当てはめることが出来ないだけ

 

材料や機材があればボタン一個で作られる身体に洗脳装置(テスタメント)を使ってデータに上書きするように強制入力される無の心

彼女の単価は金にして十八万円

多少性能の高いパソコンだ

製造技術が向上されれば早々にワゴンセールに放り込まれるくらいに

 

だからこそ、理解できないことが御坂妹には一つだけあった

 

夜道を歩きながらふと思う

路地裏で複数のミサカと遭遇した二人の少年は驚いて息を止めていた

 

二人の言葉を思い出す

 

―――お前は、誰なんだ

その言葉はまるで御坂妹に対しての言葉ではなく

 

―――じゃあ、そこで何をしている

まるで何かを否定して欲しくて投げかけた言葉のような感じがした

 

それほどまでに認めたくなかっただろうか

二万人の妹達(シスターズ)が、心臓を止めていく作業が

 

分からない、理解できない

一体何を言っていたんだろう、あの二人は

 

理解できないものを考えても仕方ない、と御坂妹は結論付ける

 

 

 

だけど、どうして、今あの二人の顔を思い出したんだろうか

 

 

 

本当に価値などないなら思い出す必要もない

読み終えた本を本棚に戻すように

昨日食べた夕食の内容なんて覚える必要のないくらいに

 

今これから行われる実験について考えていたはずなのに、どうして自分は脱線してしまったのか

 

「…、」

 

御坂妹には、分からなかった

たったそれだけのことなのに

 

◇◇◇

 

「…あら。アラタじゃない。どうしたのよ、こんな時間に」

 

青の姿で一番高いところに飛び、そのまま緑となって全力で美琴の姿を追った

緑の姿は感覚がかなり鋭敏になる分、身体にかかる負担がかなり大きく、戦闘では〝目の前の相手〟にのみ集中することで、その負担を誤魔化してきた

 

だが人を探すとなるとそうは言っていられなくなる

あらゆる声に耳を傾けないといけないし、実際頭がパンクしそうだった

だがその声の中に、アラタは確かに聞いたのだ

 

―――助けてっていう、彼女の声を

 

そしてそのまま駆け付けて、橋の手すりに肘をかけて体を預けている彼女の後姿を見つけた

彼女の背中は、すぐ一歩踏み出して身を投げ出してしまいそうな、そんな感じがするくらいに弱弱しく見えた

そして今もまた、彼女は強がっていつも通りに振舞おうとしている

演技なんて下手なくせに、彼女はいっちょ前にこちらに心配などさせまいと、いつもの自分を演じようとしている

 

「どうもこうもない、何、お互いに偶には話し合おうぜってわけよ」

「話し合う? アタシとアンタで、今更何を話し合うって―――」

 

そういう美琴の目に見えるように、ポケットから折りたたんでいたそれを取り出し、それを開いて見せた

これは妹達と、レベル6シフトに関連する資料だということに気が付くのに、時間はかからないだろう

事実、紙を見せたその瞬間、絶句したかのような表情を彼女は見せた

 

「〝全部〟知ってる。だから、無駄なことは省こうぜ」

 

 

―――

御坂美琴の頭の中は、もう真っ白になっていた

一番知られたくない人に、実験のことを知られてしまった

…いや、遅かれ早かれこうなっていたのかもしれない

 

「…あーあ。全く、どうしてそんなことしちゃうかな。それ持ってるってことは、私の部屋に入ったってことでしょう? 侵害よ? プライバシーの侵害」

 

アラタの性格上、きっとこういうのは許せないはずだ

そして自分は、その実験に手を貸した協力者

早い話、糾弾しに来たのだろう

 

―――そんなネガティブな発想しか、今の美琴には思いつかなかった

 

「それ、ぬいぐるみの中に隠してたと思うんだけど? わざわざまさぐったってこと? もう、死刑よ死刑」

 

けど、それでもいいや

過程は違えど、結果は同じ

いっそのこと誰かが責めてくれた方が幾分か気が楽だ

ましてや、それが鏡祢アラタなら

 

「それで。結局、アンタは私が許せないと思ってるのかしら」

 

僅かに笑みを浮かべてアラタの言葉を待つ

 

「…本気で言ってるのか」

「え…?」

「心配したよ。…心の底から」

 

真っ直ぐ、それでいて真剣な眼差しが、今の美琴には眩しかった

直視して絆されてしまったら、助けを求めてしまいそうな気がしたから、思わず美琴は顔をそらし、手すりに置いた自分の手に力を入れながら

 

「…う、嘘でも、心配してくれたことは、嬉しい、かな―――」

 

 

「嘘な訳ねぇだろうがッ!!」

 

 

響き渡る、アラタの怒鳴り声

思わずびくりと美琴は体を震わせる

反射的に、アラタの顔を見た

見てしまった

 

真剣すぎる、戦う時にいつもする、あの顔つきだ

ダメだ、揺らぐ、揺らいでしまう

求める資格なんてないはずなのに、自分の覚悟が鈍ってしまう

ギリ、と歯を嚙み締めて、己の感情を押し殺す

 

「…あの子たちね、平気で自分のこと実験動物って言うのよ。平気で身体弄られて、用が済んだら焼却炉…あの子たちは、モルモットがどんなものなのかを、正しく理解してる。分かっていながら自分たりをそう呼んでるの。…だから、私の手で、助けないといけないの…!」

 

美琴の言葉を、アラタは黙って聞いていた

軽く吐き出して落ち着いたのか、一つ息を吐いてゆっくりと美琴は歩き始める

 

「どこに行くんだ」

「今夜も実験は行われる。 その前に、私が出来うる最後の手段で、一方通行とケリをつけるわ」

「できるのか。あの資料には真っ向からは即死、逃げに徹しても百八十五手で詰むと書かれてる、お前はアイツに勝てるのか」

「えぇ、勝てないでしょうね。…でも、もしも、私にそれだけの価値がなかったら?」

「…なに…?」

 

アラタの顔が一度疑問符を浮かべる

そして瞬時に美琴の行動を理解した彼は今度は表情を驚愕に染めて

 

「…お前、死ぬ気か!」

 

アラタの問いに、美琴は答えなかった

代わりに返ってきたのは、いつもよく見る御坂美琴の微笑だ

 

「仮にそう行動して、自分に価値がないって研究者に示せても、演算しなおされたら…」

「ううん、それは大丈夫。樹形図の設計者は、ちょっと前に何者かの攻撃を受けて破壊されてるの。だからもう再演算はできない」

「! お前、そんなことまで…!」

 

なんだか、今日はこいつ、驚いてばっかりだな、と内心で美琴はちょっと笑った

普段と違う彼の一面を見れて、少しだけ心の中で笑顔になる

最期に彼のそんな姿を見ることができて、ちょっとだけ得したかな

 

「さ、わかったなら、そこをどいて」

 

そう言って美琴は、彼の横を通り過ぎようとした

だが出来なかった

す、と自分の前に彼の手が伸ばされたからだ

 

「…お前の考えはわかった」

「? …わかったならなによ、そこどいてって」

 

 

「けど俺は、まだお前の本心を聞いてない」

 

 

「…え?」

 

不意に告げられた彼の言葉に、思わず目が点になる

本心? いったい何を言ってるんだろう

 

「確かに今言ったお前の言葉も、噓偽りのない、紛れもない本心だろう、でも俺は、お前の本当の言葉をまだ聞いてない!」

「ほ、本当の言葉って何よ、言ってる意味がわかんない―――」

「わかってんだろ!! お前だって本当はッ!!」

 

叫ばれた彼の声に、思わずどくんと心臓が高鳴る

本当の、言葉…私、は

す、と目の前に彼の手が差し出された

 

「どんな雨だって、絶対に止む。俺は! お前を助けたいッ! お前の力になりたいんだよ!」

 

叫ばれた言葉が心に刺さる

思わず美琴は両耳を塞いで、言葉を聞かないようにしながら

 

「やめて! やめてよっ! やっと全部諦められそうだったのに、なんでそんなこと言うの!? 何もかもを全部諦めて一方通行の所に行けそうだったのに!!」

「諦める必要なんかない! 今ここでお前を行かせてしまったら、絶対に俺は後悔する! だから何度でも手を伸ばす! 頼むよ美琴!」

 

 

―――俺の手を、取ってくれッ!!

 

 

塞いでいても、その言葉ははっきりと聞こえてきた

同時に、自分を抑えていた覚悟が崩れていくのが分かる

あぁ、もう、限界だ

 

きっと無意識に、美琴はその手を握ったのだろう

きっと無意識に、美琴は目から涙を流したのだろう

きっと無意識に、美琴は―――助けてほしかったんだ

 

彼の手に触れた手が、力強く握り返される

彼の手は、暖かった

くん、と彼の手に引っ張られ、いつの間にか美琴は彼の胸に飛び込んでしまった

そのまま優しく抱きしめられる

触れる体の温もりを感じながら、美琴ははっきりと、本当の言葉を口にした

 

 

 

 

「―――お願い…。…助けて…っ!!」

 

 

 

「あぁ、任せろッ!」

 

彼女の願いを聞き届ける彼の言葉に呼応するかのように、アラタの背後にゴウラムが飛来する

ゴウラムは二人の周りを軽く一周しながら乗りやすいように地面に不時着してくれた

顔なんてないのに、アラタの方を見てる気がする

 

<行こう、アラタ。多分あの人たちもついてる>

「あぁ」

「あの人たち…?」

 

言葉を聞いて美琴は首を傾げる

その疑問に答えるように、アラタは彼女の方を向き、笑みを浮かべて

 

「お前を助けたいって思ってる奴は、俺以外にもいるってことさ」

 

そう言ってアラタは先にゴウラムの背に乗った

そしてその後、美琴に手を差し出してくる

美琴はちょっと遠慮がちに彼の手を握ると、そのままさっきと同じように引っ張って落ちないように支えてくれた

 

「美琴、場所はわかるか? 可能なら案内を頼みたい」

「えぇ、任せて」

「サンキュー。行くぞゴウラム、もう悲劇はおしまいだ」

 

アラタの言葉に答えるように、ゴウラムは羽を動かした

そしてそのまま一直線へと飛び始める

こんなバカげた実験は―――今日限りだ


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