全ては誰かの笑顔のために   作:桐生 乱桐(アジフライ)

39 / 80
#32 自動販売機

あくる日の夏の一日

 

今自動販売機の前に、二人の男が立っている

一人は鏡祢アラタ

もうひとりは自販機のつり銭レバーをがっちゃんがっちゃん動かして奮闘している上条当麻である

 

「なぁ、今も俺の目の前で、一体何が起こってるんでせうか?」

「さぁな。ってかわかってるだろう?」

 

アラタの言葉に当麻はうぅ、と短く声を発する

そう、現状はわかっている

問いかけたのは目の前の不幸(げんじつ)から逃れたいだけである

単純に、喉が渇いたから自販機で飲み物でも買おうぜ、という話になり、先にアラタが小銭を入れて缶ジュースを購入したあと、当麻も便乗して購入しようとした

しかし財布を開けたとき、当麻には小銭がなかった

結果持っていた二千円札を投入して、ついでに小銭にでも両替しようとしたことが事件の始まりだった

 

 

 

ういーん、と自販機はお金を飲み込んで、そのままうんともすんとも言わなくなった

 

 

 

「―――は、あの!? ちょっと!?」

 

動かなくなって数秒後、当麻はそんなことを言いながらガチャガチャとつり銭レバーを動かし始めた

彼の右手には、どんな異能も打ち消せる幻想殺し(イマジンブレイカー)なる力が宿っているのだが、当然だが発動しない

当たり前である、目の前の自販機は能力など使っていないからだ

 

「な、なぁ。思いっきりぶん殴れば出てきたりとかしないかな?」

「出てくるだろうな。警備ロボットが」

 

 

だよなぁ! とがっくりとさらに項垂れるのはツンツン頭の男、上条当麻

そんな彼を見てやれやれといった様子で苦笑いを浮かべるのが我が知人、鏡祢アラタ

歩いて近づいていく最中、不意に、美琴は鏡祢アラタと初めて出会った時のことを思い返す

 

思えばどこかの公園で飲み物を買おうとしたとき、どこぞのスキルアウトに絡まれたことが始まりなのだ

在り来たりな言葉とともに、ナンパを仕掛けてくる見た目高校生前後のチンピラたち

そもそもこちとら中学生だというのになんでナンパなんぞできるのだろうか

面倒くさいからとりあえず適当に能力使って再起不能にしようとしていたところに現れたのがあの男―――鏡祢アラタだったのだ

 

その時は腕章とかしておらず、単なるお人好しかと思ったが、後に黒子の紹介で彼が風紀委員(ジャッジメント)だということを知った

そこから少しづつ交流を持つようになり、気心知れた友達として現在(いま)に至る

 

(しっかし、なんだかんだそこそこな付き合いになってきたわねぇ…)

 

美琴自身もそこそこ無茶してると思うがおんなじくらいアイツも無茶してると近づきながら思う

 

「ちょろっとー。そんなとこで二人してつったってないで、買わないならどいたどいたー」

 

なるべくいつもの感じを出しつつも、明るい雰囲気を纏いながら美琴は二人に声をかける

先に気づいたのはアラタの方だった

 

「んあ。なんだ、美琴か。悪い悪い、いま俺のダチが、トラぶっててな。頑張って奮闘してる様を内心で微笑みながら応援しているところだ」

「どんな神経してやがりますかアナタは!?」

 

うがーっと怒声を発する当麻にはははと笑って流すアラタ

そんな二人の光景を見ているとあぁ、戻ってこれたんだなぁと美琴は実感する

 

「あぁ、なるほど。相変わらずアンタの友達は不幸に見舞われてるってわけね。まぁそれはともかく、先に私に買わせてくれない? もう喉渇いちゃって」

「…あー。その自販機な、金を飲むっぽいぞ」

「え? あぁ、知ってるわよ。…あれ、アンタ知ってんじゃないの?」

 

美琴の視線がアラタを見据える

それに釣られるように当麻が「え!?」というような表情で勢いよくアラタの方へと向き直った

アラタは空の方を見上げながらへったクソな口笛を吹き始めた

当麻はがばぁと彼に掴みかかりながら

 

「お、お前ぇぇぇぇぇ!? 知ってるならなんで言ってくんないの!?」

「いやぁ…。面白そうだったからつい」

 

そして同時にアラタにしか聞こえないくらいの小さい声で、当麻は気になっていたことを問いかける

 

「(…なぁ、あと誰なんだこの人。ノリで会話しちまってるけど)」

「(御坂美琴つってな、俺の友達だ。お前とも割とフランクな関係だから、そこんとこ臨機応変にな)」

「(マジでか。上条さんとしては、お前に女の子の友達がいたことに驚きを禁じえない)」

「(張っ倒すぞお前)」

 

そんな内緒話をしてるとは露知らず、美琴は? と首を一人かしげる

 

「ちょっと。二人でなにヒソヒソ話してるのよ」

「え!? あ、あぁ! 悪い悪い!」

 

すかさず当麻が離れ、美琴に向き直って頭を右手でかき始める

まったくもう、と美琴は改めて自販機に向き直って視線だけを当麻たちの方へと向けて問いかけてみた

 

「それで、いくら飲まれたの?」

「は?」

「だから。いくら飲まれたって聞いてるのよ。できるかわかんないけど、お金戻してみるから」

 

それを聞いて、一瞬当麻は何を言ってるのか理解するのに数十秒かかった

たっぷり二十秒くらい時間を空けて当麻はゆっくりと口を開く

 

「ま、マジで?」

「期待はしないでよね。流石にそんなことやったことないんだから」

「い、いや、でも流石に悪いっていうか、金額は微妙に言いたくないっていうか―――」

「二千円だ」

 

いつまでも渋る当麻の代わりにアラタが飲まれた金額を口にする

何かを言いたそうな当麻の表情が視界に入ってくるが、これ以上待っててもジリ貧だと思ったのだ

二千円、という単語を聞いた美琴は? と頭に疑問符を浮かべるが、僅かに思考したあと、閃いたように口に出す

 

「―――ま、まさか、二千円札?」

 

これ以上は逃れらねぇ、そう判断した当麻はバツが悪そうに表情を曇らせながらゆっくりと首を下に動かす

 

「―――ぷ、あっはははははっ! まだあったんだ二千円札なんて! あんまり中途半端な金額だったから、一瞬考えちゃった! そりゃそんなレアなお札来たら自販機だって飲み込むわよ!」

 

思わず笑い始めた美琴を尻目に当麻はぎゃー! と言いたげに頭を抱えて疼きだす

そうですともだからあんまり言いたくなかったのだ二千円札が飲まれたなんて

実際最初入れようとしてアラタに見られた時もアイツ変な笑い出てたし

 

「さって! それじゃあ二千円札が戻ってくることを願いながら。あ、だけど千円札が二枚出てきても、文句言わないでよ」

 

ひとしきり笑ってすっきりしたのか、美琴は自販機へと手を伸ばす

しょぼーんとしている当麻は脇目に、アラタはひとつ、疑問を抱いた

 

―――コイツ、どうやってお札出すのだろうか

 

いや、自販機に手を添えている時点で正直察するにあまりあるのだが、念のためアラタは聞いておくことにする

 

「…なぁ、一応聞くけど、どうやって金出すんだ?」

「そりゃあもちろんこうやって―――」

 

刹那、笑顔を見せたあと、美琴は添えた掌からバリバリっ! と雷をひとつぶっ放した

まるで携帯のマナーモードみたいにブルブルと震えた後、いかにも壊れてますと言わんばかりにモクモクと煙を出してきた

 

「あ。あれ? 威力は抑えたはずなんだけど…あ、なんかいっぱいジュース出てきた。すごい、これ二千円以上じゃないの?」

 

当麻は顔面が真っ青になった

アラタはやっぱりと苦笑いした

 

「美琴、とりあえずジュース持ってここ離れるぞ」

「え?」

「え、じゃない、もうわかるだろオチが!」

 

アラタにそう言われ、モクモク煙を吐き出している自販機を見る

そして悟る、あ、これアカンやつや

 

三人はたくさん出てきたジュースを三人で適当に分配すると、一目散にその場から走り出す

彼らが走って数秒後、自販機は今までの恨みを晴らすようにやかましく警報を鳴り響かせるのだった

 

◇◇◇

 

神那賀雫は一人病院へと足を運ぶ

今や日課となっているトレーニングをするためだ

トレーニングといっても、一人でそれをやってるわけじゃない

ここでドクターとして働いている伊達明にコーチしてもらっている

経緯は不明だが、彼もまた自分と同じ仮面ライダーバースらしく、バースの先輩として、色々教えてもらってるのだ

 

「よう。今日もか? 精がでるな」

 

通りすがった男性がそんな事を言ってくる

雫は歩きながらゆっくりと止まり、声の方へ振り向いて

 

「いいじゃないですか。そういう門矢さんこそ、サボりですか?」

「今日の仕事は終わらせたよ。…ったく、こんな仕事慣れてねーっつーのに」

 

後半はボソボソと小さい声量で聞こえなかったが、どうやら本日の分は終わってるみたいだ

こちらに話しかけてきたのは、少し前に学園都市外部から補充要員? としてこの病院に赴任してきた門矢士という医者だ

医者のくせに白衣しか着てないし白衣の下は思いっきり私服っぽいし首から変な二眼レフカメラかけてるしはっきり言って奇抜だし変ではあるがこれでもなかなか出来る男らしいのだ

曖昧なのは彼の仕事している風景を雫が全く見ていないからなのだけど

 

「そんなわけなので、伊達さんがどこにいるかわかります?」

「さぁな。仮にいたとしても、まだ仕事してんじゃねーのか」

「問題ないです。約束出来ればいいんですから」

 

それまでこっちは自主トレをしていればいいことだ

時間は無限ではないのだし、有意義に用いていかねば

 

 

どこまで走ったかは正直覚えていない

時間にしてはおおよそ十分くらいは走った記憶はあるのだが、ぶっちゃけ体内時計なので正確ではない

ふと気付いたときには繁華街のベンチへとたどり着いていた

何となしに空を見上げてみる

夕焼けのオレンジ色に染まりつつある空には、大きめの飛行船が飛んでいた

その飛行船に付けられている大画面には、筋ジストロフィーの病理研究を行っていた水穂機構が業務撤退を表明しました、なんかニュースを垂れ流している

 

「ちょっと、いい加減ジュース受け取りなさいな、元々アンタの取り分でしょ?」

「いや、運ぶときは仕方ないとはいえ、改めてこのジュースを受け取ったらついぞ共犯者にクラスアップしてしまいそうでな…」

「共犯どころか金はお前のだから主犯だろうが」

「確かに入れたのは俺だけどこんな量のジュースは望んでないッ! ―――ってかなんで〝ほっとおしるこ〟とか混じってんの!?」

「あれ誤作動狙いだから種類までは選べないのよね」

「黒豆サイダーとかショウガ豆乳とか悪意しか見えないんだけど!?」

「いやいや、いちごおでんとかガラナ青汁とか来ないだけでもマシだぜ当麻。ここらは美琴の強運に感謝だな」

 

学園都市

それは言い換えると実験都市でもある

大多数に存在する大学や研究所で制作された商品の実地テストということで、街の至る所には生ゴミを回収して自立走行するロボットとか警備ロボなどの実験品で溢れている

コンビニの棚や自動販売機に並んでいるラインナップも普通の街とは異なるのだ

 

「あ、ヤシの実サイダー飲まないなら貰っていい?」

「…美味いのか? それ」

「えぇ、なかなか美味しいわよ?」

 

当麻の言葉に頷きつつ、美琴はかきょとプルタブを開けてゴクゴクとそれを飲んでいく

美琴が飲み物を飲んでいるのを見て、そういえば自分も喉渇いてたわと思い出したアラタも先ほど美琴が吐き出させた缶ジュースの大群を見やる

 

「せっかくだから、目ぇ瞑って取ってみるか」

 

ランダムに出てきたその缶ジュースを適当に触れていき、そしてまた適当に一本セレクトして手に取った

 

「…なんだ? 青汁スパークリング?」

「うわ、いかにもエグそうなの引いたわね…」

 

なんで青汁に炭酸を加えたのか

新たな刺激を模索した結果なのだろうか

っていうかなんで青汁? 他にもっとあるだろう

 

「はははっ、諦めなさいって、運に任せた結果それ取ったんだから」

「いや、手に取った以上飲むけどさぁ…飲みたくねぇなぁ…」

 

そんな風に気さくに会話を進めていく我が友人鏡祢アラタと、その友達、御坂美琴

アラタと美琴は友達らしいが、その距離感はどう見ても友達以上な感じがする

今も仲睦まじく(少なくとも当麻からはそう見える)雑談をしている二人を見て、当麻はハッとする

もしかしたら、これは俗に言う〝友達以上恋人未満〟という奴なのでは

仮にそうじゃないとしても―――アラタと会話している美琴の顔は、本当に楽しそうだ

これは変に茶化すとたぶん先ほどの電撃が飛んできそうなので、当麻は心の中にその疑問を隠すことにした

 

 

 

「―――お姉さま?」

 

 

 

そんな時だ

自分たち以外の第三者の声が聞こえたのは

声がしたのは、ベンチの後ろ

皆が振り向くと―――そこに〝御坂美琴が立っていたのだ〟

 

「―――え?」

 

呟いたのは鏡祢アラタである

少なくとも当麻よりは美琴との付き合いは長いわけだし、ある程度彼女の事情も把握しているのだろう

肩まである茶色の髪

白い半袖のブラウス、サマーセーターにプリーツスカートで合っているだろうか

そこにいたのは紛れもない〝御坂美琴〟だ

隣に美琴との違いは、ベンチの後ろの方の美琴はなんかよくわからないゴーグルのようなものをつけている、ということだ

チラリ、と先にいた方の美琴を見やる

彼女は驚いた様子でもあり、少しだが震えているようにも見えた

 

「…え、っと…? どちらさま?」

「妹です、と、ミサカは素早く即答します」

 

妹? はて、美琴に妹なんていただろうか、と当麻と自称御坂妹のやり取りを聞いてアラタは考える

ご両親のことは流石にアラタもよく知らないが、少なくとも妹さんの話なんて聞いたことがない

とりあえず何かを聞いてみようと美琴へと視線を向けた時だった

 

 

 

「なんでアンタが、こんなとこ歩いてるのよッ!!」

 

 

 

不意をつくように放たれた美琴の怒声

今まで聞いたことないくらいの感情の爆発が、アラタの耳を貫いていた

一度叫んで落ち着いたのか、美琴は僅かに俯きながらフラフラと妹の方へと歩いていき、その肩に触れる

 

「…なんでッ…こんなとこふらついてる訳…?」

 

今度は一転、静かに、それでいて僅かに震えるような声色で問いただす

 

「なんで、と問われれば、研修です、とミサカは正直に答えます」

「―――研修―――ッ!?」

 

驚きを含んだような美琴の声

しかし後ろの方にいる当麻とアラタは全くと言っていい程に状況がわからない

一度顔を見合わせる

疑問符を浮かべながらも、当麻が最初に口を開いた

 

「研修って事は、あれか? 御坂の妹さん、風紀委員にでも入ったのか?」

「えぇ? けどそんな情報は―――」

 

「アラタッ!!」

 

会話を遮るように叫んだ美琴の声

唐突な怒声に、思わずアラタと当麻はビクリと身体を震わせる

その後、「ごめん」と美琴はいつものような笑顔を浮かべて短く謝罪したあと、妹さんの手を掴みながら

 

「アラタ、私ちょっとこの子と話さないといけないこと出来たから、その…またね」

「? ですけど、ミサカにもスケジュールが―――」

「―――いいから。〝来なさい〟」

 

驚くほど平坦な声色

そして同時に、断ることを許さないその声色

最後にまた美琴はこちらを向いて―――正しくはアラタの方を向いて

 

「そんな訳だから…また、後でね」

 

短く別れを告げながら、美琴は妹を連れて歩いていく

この場から離れていく彼女の背中を見つめながら当麻はベンチに座り直した

アラタも当麻の隣に座り直しながら、なんとなく空を仰ぎ見る

 

(…あんなに声荒げる美琴、初めてかもしれない)

 

テレスティーナと戦うときは、あんなふうに声を荒らげてたかもしれないが、今回のはそれとはなんか違う気がする

なんだ? アイツの周りで何が起こっているんだ?

 

「複雑な…ご家庭、なのかなぁ?」

「さぁ、な」

 

離れゆく彼女の背中を見ながら、アラタは当麻の言葉にそんな事しか返せなかった

この時、アラタたちは彼女が背負うモノを知る由もなかった


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。