全ては誰かの笑顔のために   作:桐生 乱桐(アジフライ)

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前半はちょろっといじって、後半はあまり変えず




#13 スキルアウト

人気の少ない路地裏にて

 

「…貴方たち。わたくしを常盤台の婚后光子と知っての狼藉ですの?」

 

バッと婚后は緑色で花が描かれた扇子を勢いよく広げ、自分を取り囲む不埒な男どもを見渡した

話には聞いていたがまさか、自分が能力者狩りに遭うなど想像もしていなかった

 

「狼藉ぃ? はっ、さっすが常盤台のオジョウサマは俺らとは違うお言葉をお使いだ。なぁ?」

 

目の前の男が仲間に同意を求めるとそれに合わせたかのように大笑いする

これだから品性のない男は嫌いだ

御坂の友人である彼のような男性は中々いないらしい

 

「どうやら、日本語が通じない方たちらしいですわねぇ。…ならば、お相手いたしましょう!」

 

じり、と婚后は身構えた

大丈夫、相手は徒党を組んでいようとも所詮品のない無能力者

油断さえしなければ問題はないはずだ

 

「…っは」

 

目の前の男が笑う、と同時の出来事だった

 

キィィィ、と耳鳴りのような音が聞こえてきたと思ったら強烈な頭痛が婚后を襲う

それは能力者限定なのか、目の前の男を含め、その仲間たちはピンピンしている

 

「どうした? 頭が痛いのか」

 

白々しく聞いてくる男に苛立ちが募る、が頭痛には勝てない

婚后は扇子を落とし、その場に跪いてしまった

そんな婚后の耳に、また新しい声が聞こえてきた

 

「…おいおい。女の子にちょっかい出すってのは、いただけねぇな」

 

「あぁ!? 誰だて―――ぶふゅ!?」

 

前に立つ男を拳一撃で意識を奪うと、目の前の男はニィ、とニヒルな笑みを浮かべる

顔を確かめようとしたが痛みがピークに達し、ついにその場に倒れ伏してしまった

 

◇◇◇

 

それで通報を受けてアラタたち風紀委員が駆け付ける

駆け付けた時最初に目に入ったのはものの見事にぶっ倒れたスキルアウトの方々

 

「…うわー。これは派手にやったな」

「ですが、これにて頻発していたスキルアウトによる能力者狩りも、どうやらこれで打ち止めですわね」

 

黒子の言うとおりになってくれればいいのだが

改めてぶっ倒れているスキルアウトの連中を見て

 

「けどま、相手が悪かったな。確か彼女は大能力者(レベル4)なんだろ? 無能力者(レベル0)が群れなしてもなぁ…」

「それが違うのよ」

 

固法の言葉に「え?」と黒子と共にそんな声を出す

「どういう事さ」と聞いてみると

 

「彼女の話によるとなぜか能力がうまく行使できず、そこに謎の人物が現れて―――」

 

言いかけた時一人のスキルアウトを乗せた担架が彼女の前を通り過ぎた

彼女の顔はそのスキルアウトをちらりと見るとハッとして

 

「…タメゾウ?」

 

小さい声ではあるがそう人物名を口にした気がする

…誰の名前だろう、知り合いか?

 

「固法先輩?」

「どうした?」

「え? え、えぇ、ごめん。えっと、初春さんの聞き取り上手く行ってるかしら」

 

思い切り話を逸らされた気がするが気のせいだろう

彼女の視線を追うとそこには婚后に聞きこんでいる初春の姿があった

 

「気が付いたら、皆倒されていた、と」

「えぇ…」

 

婚后は頭に手をやりながら彼女に自分が体験したことを話していた

彼女を襲っていた頭痛はもうなくなったらしい

 

「何か覚えてることがあれば、ぜひ」

「そうですわね…黒い、革ジャンと…それを持った殿方の背中黒い大きな刺青を見たような…」

 

「っ!」

 

ある単語を聞いた時、国法の顔はまたハッとなる

先ほども感じたが、やはり様子がおかしい

 

「…どうした固法。さっきからおかしいぞ?」

「い、いえ、何でもないわよ…」

 

本当にどうしたのだろうか

どういう事か凛としてない

その表情には、どことなく寂しさが募っていた

 

◇◇◇

 

「ビッグスパイダー?」

 

お昼時の時間帯

珍しく固法から昼食に誘われたアラタはテーブルを挟んで固法と対面している

そして彼女の口からそんな単語を聞いた

 

「支部でも初春さんと白井さんに話したんだけどね。昔はそれなりのプライドを持って一線は弁えてたんだけど。今じゃただの無法者の集団になってしまった」

「プライド、ねぇ」

 

スキルアウトにはスキルアウトなりの流儀がある、というところか

正直に言って今のそいつらは単なる暴れ者、と言った印象しかないが昔は名のある組織だったのだろう

 

「それはそれとして、よく知ってるな固法」

「え? え、えぇ。…まぁね」

 

にはは、と笑う固法

しかしその笑見の奥にある瞳は、どこか悲しそうに見えていた

 

「…ま、深くは聞かないよ。お昼ごちそうさま。今度は俺が奢るよ」

「あら。貴方からそんな言葉聞くなんて。明日は槍でも降るかしら」

「やかましい。奢られたんだから俺も奢って返す。そのうちだけどな」

「ふふ。えぇ、期待しないで待ってるわ」

 

そんな短い会話を交え、アラタは彼女の横を通り過ぎる

ちらりと彼女の横顔へと視線をやった

彼女の横顔は、どこか遠い方へと向けられていた

その視線の先に誰がいるのかはわからない

 

◇◇◇

 

 

<聞いたわよ。婚后さんが襲われたって話>

 

美琴から電話がかかってきたのでそれに応答している途中

どうやら今日、黒子や初春から聞いたのだろう

 

「その話を知ってるって事は、ビッグスパイダーの件も知ってるよな」

<ええ。…ったく、このご時世に能力者狩りなんて流行らないわよ。…いっそ私に絡んできてくれれば―――>

「実際にそうなったらエライ事になるから却下」

 

主にスキルアウトの連中が

 

「友達が襲われて許せないのはわかるけど、お前はあくまで一般人なんだからな?」

<わかってるわよ。…けどもし私が襲撃されたら、反撃くらいはしていいよね?>

 

妙に期待のこもった声色だ

…まぁ正当防衛くらいはかまわないかな、と判断したアラタはやれやれ、と思いながらも首を縦に振り、肯定の意を発する

 

<さっすがアラタ。話が分かる! …それじゃまた明日ねっ>

 

そう元気に言って彼女からの通話は切れた

まぁそんな事はないとは思うが、頭には入れておこう

そんな事を考えながら軽く背伸びしてアラタは布団を敷いて眠りについた

 

◇◇◇

 

事件が進んだのはそれから数日後の事だった

 

「またビッグスパイダーが?」

 

黒子の後ろでパソコンを除いていた美琴が呟いた

美琴が呟いた通り、この一週間においてその件のビッグスパイダーの活動がより活発になってきたのだ

 

「今週だけでももう三人…連中、ピッチを上げて来てますわ」

「やっぱここは一発ドカン! と―――」

「お前のドカンは爆発力がありすぎるから駄目だっつの」

 

そう言われしょぼんとする美琴をスルーしつつ初春に視線を向ける

彼女は携帯端末を開いて

 

「ビッグスパイダーが勢力を強めてきたのは、約二年ほど前みたいなんですよ。武器を手にして、犯罪行為を繰り返すようになったのも、その頃です」

 

初春が喋っている際に、わずかばかり固法の口元が変化したような気がした

気にしないように視線を再び初春に向けて、彼女の言葉を聞いていく

 

「…けど、そんなのをどうしたら学園都市に持ってこれんだ?」

 

アラタの考える疑問はそこである

学園都市の物資運搬は学園都市側で管理されている

当然ながら非合法なものは完全にシャットアウトされるはずなのだが

 

「…蛇の道は蛇と申しますから…」

「…あぁ、そうか。誰かがその手の流通を手伝ったのか」

「バックがいるってわけね?」

 

調べてみる価値はありそうだ

三人で頷きあったとき初春が「あ、ちょっと待ってください」と声をかけた

 

「それと、ビッグスパイダーのリーダーが分かったんです。名前は黒妻綿流(くろづまわたる)。かなりあくどい男のようです。なんでも、仲間を平気で裏切るような奴みたいで、グループから抜けるなんて言えば背後―――っていうか、背中から撃ちかねないとか」

「…とりあえずは、最低の男というわけですわね」

 

黒子の呟きに同意しそうになったとき、一瞬固法の表情が見えた

どことなく、唇を噛みしめているかのような、そんな表情

 

「背中と言えば、その人背中に蜘蛛の刺青がいれてるみたいですよ?」

「…蜘蛛の?」

 

婚后を助けた人も蜘蛛の刺青を入れていた、という報告を聞いていたのだが

黒妻は二人いるのだろうか

 

「結局、ただの仲間割れだったとか?」

「仲間割れ?」

 

アラタが聞き返すと美琴は人差し指を立てながら

 

「仲間を背中から撃つような男なんでしょ? その可能性もなくはないんじゃない?」

 

そう言われると納得できる

…納得はできるが、どうも違和感が引っかかる

 

「えっと…彼らは、第十学区の、通称〝ストレンジ〟と呼ばれるところを根城にしているようです」

 

携帯端末を弄りながら、初春がその情報を導き出す

その報告を聞きながら黒子はふむぅ…、と息を吐いた

 

「行くの?」

「管轄外ではありますが、第七学区で発生した事件の調査だと言えば筋は通りますの。固法せんぱ―――」

 

「ごめんっ。…私、今日中に報告書纏めなきゃいけなくて…」

 

黒子の言葉を遮るように固法は声を出した

見えてはいないところで、手を握りしめながら

 

「よっし、じゃ行こうか!」

「行くって…。お姉様!?」

 

パチンと掌を叩きながら美琴は意気揚揚とそう言った

行く気満々である

その後彼女はアラタの顔を見て

 

「アラタは?」

「…いや、ちょっと気になる事が出来たからさ、その後で行く」

 

その言葉を聞いた美琴はニィ、と笑みを浮かべて

 

「わかったわ! 行くわよ黒子!」

「ちょ、待って下さ―――」 

「二人のピンチヒッターよ! ほら早く!」

「ですから―――あーれー、ごむたいなぁー」

 

口で否定しながらもガッツリにやけ顔になっていた黒子

調査と言えど美琴と二人で出かけられるのが嬉しいのだろう

しかし流石に二人だけでは心配なのも確かである

…連絡入れておこう

片手で携帯を操作しながらアラタはちらりと固法の顔を見た

その視界に眼鏡の奥に揺らいでいる瞳と、懸命に歯を食いしばる彼女の顔が見えた   

 

 

所変わって第十学区

今現在美琴たちがいるのはストレンジと呼ばれる場所だ

 

「ここが、ビッグスパイダーの根城、ストレンジってわけね」

 

周囲を見渡してボソリと美琴が呟く

そんな彼女の横を一人の男が通り過ぎ、軽く周囲を見渡した

美琴は苦い顔をしながら

 

「…ていうかなんでここに貴方がいんのよ」

「お前たちだけじゃ心配だ、というわけでな。アラタに頼まれた」

 

そう言ってこちらに振り向いたのは天道総司という男

なんだかんだで二人を心配したアラタに携帯で頼まれ、それを快諾して向かってきてくれたのだ

 

「お兄様も心配症というかなんというか…、まぁ今回はこの行為を素直に受け取っておきましょうよ、ね、お姉様」

「ったく…しょうがないわね」

 

黒子に宥められ美琴は頭を掻きながら改めてストレンジを見渡した

パッと見での感想はまさに不良の集まりと言った感じである

壁に描かれたグラフィティアート、破壊された警備ロボットに壊れた車、はては破壊されたままの監視カメラなどまさにスラム街

道路も汚くろくに掃除されていないうえに煙草の吸殻の山や放置された空き缶など、まったく期待を裏切らないというかなんというか

 

「…素敵、とは言い難いわね」

 

苦笑いと共に美琴はそんな感想を漏らした

水清ければ魚は住まず、とはよく言ったものだ

 

「まぁ…スキルアウトからしてみれば、ここは住みやすいのかもしれませんわねぇ…」

「かもしれないな」

 

それぞれ口に出しながら三人はとりあえず歩き出した

道を歩く途中にも道端にいるスキルアウトの奴らに思い切り睨まれたりしてる

正直に言って視線が痛い

 

「スキルアウトもスキルアウトだけど、こいつらを放置してる学園都市も学園都市よ」

「そうですわねぇ。それにますます歓迎されてますし」

 

そんな彼女たちの言葉を気にくわなかったのかわらわらとスキルアウトの連中が集まっている気がする

…分かってて言っているのだろうか

 

「アンタが風紀委員の腕章(そんなもん)つけてるから」

「なぁ! これはお姉様が急かすから!」

「…やれやれ」

 

内心重く、それでいて深くため息をつく天道

そんな三人の耳にヒュウ、と口笛が届いた

 

「よお、嬢ちゃん。なあにもめてんのかなぁ?」

「おいおい、風紀委員もいやがるぜ?」

 

案の定である

美琴は若干眉を潜ませて

 

「ほらぁ…」

 

と黒子に呟いた

 

「…お姉様ぁ」

 

黒子が嘆く

そんな嘆きを無視してスキルアウトの連中が口を開いた

 

「何もめてんのかなぁ?」

「今更かえさねぇぜぇ?」

 

やれやれどうしたものか、と考え始めたその時だ

 

 

「待ちな」

 

 

と、透き通った声が耳に届いた

 

その声色は後ろから聞こえたので、徐に後ろへと振り向く

そこには赤い髪にライダースジャケットを羽織り、牛乳を片手にしている一人の男性がいた

男性は手に持った牛乳パックを口にし、飲み始めた

そしてぷはぁ、と口からパックを離すと笑みを浮かべ

 

「大勢で三人にちょっかい出すのは、いただけねぇな」

 

そう言いながらゆっくりとその男性は戸惑う美琴と黒子、対していつもと変わらない様子の天道を尻目に徒党を組んだスキルアウトの前に立つ

 

「女の前だからって何カッコつけてんだよ、あぁん?」

「まぁまぁ」

 

男性はとりあえず最初は話し合いで解決しようと思ったのか、笑みを浮かべたままだ

 

「いいからテメェはとっとと失せろ」

 

男の言葉と共にパシッと牛乳パックを持った手が弾かれた

その拍子に持っていた牛乳パックが地面に落ち、中身がこぼれ出す

男性はしばらくその牛乳パックだったモノを見下ろして、そしてそのスキルアウトの連中を一瞥すると

 

「…ちっ」

 

凄く不機嫌そうに舌を打った

 

 

~五分後~

 

 

「あ、あの、こちらでよろしかったでしょうか」

 

先ほどとは打って変わって低姿勢なスキルアウトの連中

顔には殴られた跡が如実に浮き出ており妙に生々しい

ちなみにこのスキルアウトの一人は先ほど自分が叩き落とした牛乳を買いに行かされたので実際は五分以上かかっているかもしれない

 

「おう。悪いな」

「い、いえいえ!! じゃあ俺らはこの辺で!」

 

そう言い残すとスキルアウトの連中はいそいそと逃げ帰って行った

ケンカしていた時は正直に言って圧倒的だったから、アイツらにはトラウマになってしまっているのではなかろうか

 

「…別に助けてくれ、なんて頼んでないだけど」

「ん? あぁ、そりゃ悪かった。昔知り合いに君ら位の胸の女の子がいてさ、放っておけなかったんだ」

 

そう言って朗らかな笑みを浮かべた

 

「殿方に胸の話をされたのに」

「不思議と、いやらしくない…」

 

美琴と黒子はそれぞれ自分の胸元を見ながらそう呟いた

そんな静寂の中、ふと視線を戻すとその男性はすたすたと歩いてしまっていた

前を歩く男性の後ろ姿を、天道は歩いて追っていく

 

「先に行くぞ」

「え? あっ、待ちなさいっ!」

「お姉様、お待ちになってくださいなっ」

 

三人は天道を筆頭にその男性を追いかけ始める

思えば肝心のビッグスパイダーの情報が集まってなかった

 

 

本当に〝今の〟黒妻綿流は本人なのか

手っ取り早く確かめるのなら、警備員(アンチスキル)に聞いた方が早いと考えたアラタはとある支部に来ていた

受付の人に聞いて、適当に腰掛けて件の人が来るのを待つ

しばしして、一人の男性がこちらに歩いてくる

 

「…いきなり人を指名してきて、なんだ一体」

 

歩いてきたのは矢車ソウ

若干疲れた顔をしている彼を確認するとアラタは立ち上がって

 

「いや、俺も悪いとは思ってるんですけどもね、ちょっと見せて欲しい資料があるんです」

「資料?」

「はい。〝黒妻綿流〟って人のなんですが…あります?」

「確かにそいつのならあるにはあるが…どうするんだそんなもん見て」

「今世間を騒がせてるビッグスパイダーの襲撃事件、ご存じですよね」

 

アラタがそれを聞くと矢車は目を細めて

 

「…なるほど、黒妻綿流のことを調べに来たのか」

「えぇ。好奇心、ですけど」

「―――わかった。確かに、俺も気にはなっていたからな。ついてこい」

「了解」

 

やれやれといった様子で矢車が踵を返し歩き出す

そんな彼の背中をアラタは追いかけた

 

 

「へぇ…」

 

男性の後ろをついていくと、とある建物の屋上に出た

そしてその屋上から見える景色に素直に美琴は息を呑んだ

様々な建物が並び、何よりも広大な青空に目が行く

ゆっくりと進む白い雲をつい目で追いたくなるほどだ

その景色に見入っているのか、黒子も天道も黙っている

 

「いいとこだろ? ちょっとした秘密の場所さ」

 

景色を楽しんでいるとき、男性がふと口を開いた

男性は目の前の手すりに両手をのせて

 

「ここは風が気持ちいいんだ。…ここから見るストレンジは、二年前と変わらねぇな」

「二年前?」

 

思わず気になった言葉に反応して美琴は反射的に聞き返してしまった

問われた男性は目を閉じながら小さく笑いを作ると

 

「ま。いろいろとな」

 

ものの見事にスルーされた

まぁ当然の反応だろう

 

「それにしても、なぜスキルアウトの方々はこの地区に集中して―――」

能力者(アンタたち)にはわからねぇさ」

 

黒子の言葉を切って男性が呟いた

美琴と黒子の二人は男性の方を振り向き、ただ黙って話を耳に入れていく

天道は先程から景色を見ているが、耳は会話に向けている

 

「いろいろ投げ出しちまったんだよ、俺たちは。全てが能力で判断される学園都市を捨てたのさ」

 

無能力者にとって、超能力は手の届かないもの

それこそ、あの青空のように

だから、幻想御手(レベルアッパー)なんてものに手を伸ばしてしまうんだ

 

「けど、スキルアウトはスキルアウトでしょ? …群れを組んで何をするかと思えば、やることなすことろくでもないことばっかり」

「はは。手厳しいな」

 

そんな美琴の言葉さえ男性は笑って飛ばした

そう言ったところで男性は横目でちらりと美琴たちを見る

 

「ところで、あんたたちは何しに来たんだ?」

「あぁ、そうでした。その―――」

「ビッグスパイダーという組織について調べに来た。…何か知らないか?」

 

ここまで沈黙を保ってきた天道が不意に口を開いた

当然ながら黒子はむぅ、と口元を歪ませたが、気にせず天道は男性を見据えていた

 

「―――ここでその名前、出さない方が賢明だぜ?」

「覚えておこう。それで、質問の答えを聞きたい」

「知らないな。…じゃ、しっかりと守ってやんなよ」

 

最後にそう言って男性はポケットに手を突っ込んで歩いて行ってしまった

その後ろ姿を美琴と天道はどこか訝しんだような目で追っていた

 

「…どうされました? お姉様に、天道さん」

 

「いや。あの人、なんか気になるのよね」

「お前もか」

 

しかし黒子は頭にハテナマークを浮かべ首を傾げながら

 

「気になる…といいますと?」

「ビッグスパイダーが勢力を伸ばし始めたのが、二年前。…なんか引っかからない?」

「…言われてみれば…」

「まぁ、ヒントにはなったか」

 

天道がつぶやき、美琴はそれに頷きながら二人はおもむろに歩き出した

同様に黒子も美琴のあとを歩いていく、そのどさくさに紛れて腕を組もうとしたら案の定美琴にゲンコツされた

 

 

「おめぇら何やってんだ!!」

 

ストレンジのとあるアジトにて

そこはビッグスパイダーと呼ばれるスキルアウトの人たちが集まる言わば拠点だった

その拠点の中でマグナムの銃口をメンバーに突きつけながら一人の男が声を荒げている

 

「能力者狩りの兵隊がもう二十人以上やられてんだぞ!?」

 

怒気がこもった〝黒妻〟の声色に周りは明らかに焦りを感じている

そんな〝黒妻〟を宥めようとメンバーの一人が口を開いた

 

「そ、その、手掛かりは探してはいるんですが―――」

「探してる、だぁ!?」

 

〝黒妻〟はその男にマグナムの銃口を向けた

思わずひっ、と声を上げる

 

「見つけるんだよぉ!! なんで見つからねぇか分かるか! 舐められてんだよ俺たちが!!」

 

いいか野郎ども! と声を続けながらマグナムを天井に向けて〝黒妻〟は続ける

 

「能力者をぶっ潰して、俺たちビッグスパイダーがどんだけ力を持ってるか! 連中に思い知らせてやるんだ…!! そうすりゃ、俺たちに逆らう奴らなんざいなくなる…!!」

 

そんな〝黒妻〟の言葉に触発されたメンバーが「応!!」と答える

そのメンバーたちの表情を見ながら〝黒妻〟は一つ考え事をしていた

 

メンバーもあらかた帰った夕刻時

〝黒妻〟はソファーに腰掛けながら地面を見ていた

 

「…〝アイツ〟が生きてる…?」

 

譫言のように呟くその声の真意は誰にもわからない

その言葉が何を意味しているのかも

 

「そんな訳はねぇ…けど、もし…生きてたら…」

 

ぎゅ…! と彼は手に持ったマグナムを思い切り握りしめて

 

「…生きて、いたら―――!!」

 

 

翌日

 

ビッグスパイダーの行動はさらに加速していった

それの対応にアラタはただ追われていた

一応美琴や、天道、ツルギといった親友たちも協力してくれてはいるが、それでも数は中々減らない

 

<アラタさん、そっちはどう?>

「一人を保護した。神那賀の方は?」

<こっちは二人。…なんなのよ連中、調子に乗っているかと思えばただ集団でリンチしてるし。…こんな小さいことする小物集団のリーダーが見てみたいわね>

 

うんざりと言った様子で電話の向こうで彼女が呟く

正直彼女がうんざりしたい気持ちもわかる

朝から起きてこの調子、ずっとスキルアウトを倒して被害者を保護する、というのが本日の基本的なサイクル

しかし如何せんいたるところで起きているために、今回はさらに神那賀の手も借りてしまったというのだ

 

「とりあえずこのままいろいろと歩き回ってみてくれ、見かけたら保護を頼む」

<了解。今度ジュースかなんか奢ってよ?>

「考えておく」

 

奢るとは言っていない

 

それはそうとそんなやり取りをしながらアラタは携帯の電源を切った

そして携帯を仕舞おうとしたその瞬間再び携帯が鳴り響いた

唐突になった音楽に驚きながらもアラタはディスプレイを見てみるとそこには神代ツルギの名前が

いったいどうしたのだろうか、と思いながらアラタは通話ボタンを押すとそれを耳に当てた

 

「もしもし、どうしたツルギ」

<いやなに。さっきのしたビッグスパイダーの連中にアジトの場所を吐かせたのだがな>

「…マジか。ようやるな」

<気にするな。それより場所を教えたあと急いで向かってくれ。ミサカトリーヌとスィ・ラインが空間移動(テレポート)でさっさと向かってしまったからな>

 

アイツら…

内心で呟きながらため息を漏らす

しかしあの二人ならとくに問題はないだろうが

 

<このあと場所を添付した地図も交えてメールで送る。頼んだぞカ・ガーミン>

「あぁ、ありがとな。ツルギも気をつけてくれよ」

<わかった。では俺は再度ビッグスパイダーの雑兵を捕まえに行く。またな>

 

そう言い終えて電話を切った後すぐにメールがきた

そこには簡素な文章と共に地図が添付されてある

場所を確認してよし、と記憶したあと、付近に停めてあったビートチェイサーにまたがった時だ

 

「おう、そこの君」

 

エライ気さくな感じで声をかけられた

振り向いて確認してみると赤い髪にライダースジャケットを着込み、片手に牛乳を持った青年が立っていた

 

「―――アンタは」

 

見た目はスキルアウトのようだが、敵意などはなくむしろ友人になれそうなほど兄貴的なオーラを放っている

そしてその顔を、アラタは知っている

青年は一度手に持った牛乳を飲みながらアラタに近づいて

 

「これから、ビッグスパイダーのアジトに行くんだろ? 悪いね、電話の内容が聞こえちまって」

「え、えぇ。そうですが…?」

 

軽く演技を交えつつ、青年に受け答えしていく

そう言うと青年は少し真剣な表情をして彼を見て

 

「頼む。俺も一緒に連れて行ってくれ」

「い、いや、それは構いませんけど、なんで…」

「もちろん、無茶言ってるのは分かる。…けど、俺はつけなきゃなんねぇケジメがあんだ」

 

そしてアラタは見た

その瞳の奥にある真っ直ぐなまなざし、何かを背負っているようなその雰囲気

…矢車に見せてもらった写真のとおり、鋭い目つきをしてる

…困った、こういうのに弱いんだ自分は

 

「…わかりました。行きましょう」

「! …いいのか?」

「構いませんよ。本気みたいだし、なら俺にはそれを止める権利はないです」

 

言いながらアラタは呼びのメットを青年に渡し、自分はビートチェイサーに跨った

アラタはメットを被りながらアクセラーの調子を確かめて、エンジンをふかす

 

「ただ飛ばしますよ、舌噛まないでくださいね」

「…恩に切るぜ、少年」

 

青年は感謝の言葉を述べながら彼の後ろに座る

そんな青年にムッとしながら

 

「少年違います。俺には、鏡祢アラタって名前があんです」

「ははっ。悪かったアラタ。…んじゃ、俺も自己紹介しないとな」

 

そしてその後聞かされた彼の名前に一瞬、口元に笑みがでる

やっぱり、あの人で間違いない

 

「オッケー、しっかり捕まっててくださいよ!」

「おう! かっ飛ばしてくれ!」

 

青年の言葉に応えるかの如くアクセルをフルスロットルにし、ビートチェイサーは駆け抜けた

 

◇◇◇―――ここまで

 

とある廃墟にて

 

ドサァッと誰かが地面を統べる音がした

それはビッグスパイダーのメンバーの一人である

それを黒子と美琴は残っているメンバーの前に突き出したのだ

 

風紀委員(ジャッジメント)ですの!!」

 

そして黒子のこの台詞

しかしメンバーはまだ状況を理解していないようで「なんだこいつら」だの「ガキがふざけてんじゃーぞ」だの好き勝手言っている

そして困惑しているメンバーの割って出てきたのがジャケットを羽織ったリーゼントの今どきの不良感満載な男が現れた

 

「…風紀委員が、一体何の用だ」

 

恐らくこの男が黒妻だろう

そう確信した黒子は口を開く

 

「黒妻綿流ですわね?」

「あ?」

「能力者を対象とした暴力事件の首謀者として、貴方を拘束します」

 

その言葉を聞いた〝黒妻〟は「ほぉ…?」と口を細めた

何か思惑でもあるのか、と思った黒子は警戒する

 

「拘束ねぇ…? わりぃがママゴトに付き合ってる暇はないんだよ。帰りな」

 

「…言ってくれるわね」

 

美琴がぼそりと返答するように呟いた

しかしそれでも〝黒妻〟を含め周りの連中は余裕の態度を崩さない

…本当に何か勝算でもあるのだろうか

 

「親切心で言ってやってんだぜ? わかんねぇなら、その華奢な身体に教えてやるまでだ」

 

〝黒妻〟の一言で周りのメンツが二人を取り囲む

それと同時に美琴も身構えた

が、

 

「お待ちになってお姉様」

「? …黒子」

「この程度の連中、お姉様の手を煩わせるまでもなく、わたくし一人で十分ですわ」

 

確かに黒子の実力をもってすればこの程度の奴らはものの数分でノックアウトだろう

しかし目の前の〝黒妻〟はそれでも笑みであった

 

「十分かどうか…確かめてみな!」

 

そう〝黒妻〟が叫んだ直後だった

キィィィ…! と耳に劈くような不快な音が聞こえてきたのだ

思わず二人して耳を抑えて音を塞ごうとする、がそれでも不快な音は消えてくれない

 

「な、なに!? この音…!!」

「頭に…直接…響いてくるみたいですの…!?」

 

例えるなら黒板を引っ掻いたようなそんな音が絶えず頭の中で流れているような、そんな感じ

そしてこれらの音は目の前のスキルアウト達には効果がない

設定かなにかか、それても無能力者には効果がないのか

 

「どうした?」

 

二やついた〝黒妻〟の顔がイラついてくる

舐めるなとばかりに黒子は空間移動を実行しようとするが、一瞬消えただけで移動には至らなかった

 

「飛べない!?」

「どうした嬢ちゃん…一人で十分なんだ…ろぉ!?」

 

言葉と共に〝黒妻〟が黒子の腹部を蹴り飛ばした

 

「ぐふっ!!?」

 

肺から息を吐き出し、黒子は大きく後ろへ飛ばされ地面へと叩きつけられた

 

「黒子!! こっのぉ!!」

 

蹴られた後輩のカタキを取るべく、美琴は全力で放電した、はずだった

しかし放たれた雷は彼女の思った方向に飛ばず、あげくに威力も弱いものしか放たれなかった

それでも彼女の雷は建物を破壊するほどの破壊力はあったのだが

 

「そんな…!? 狙いも、威力も…!!」

「へっ、コントロールが利かねえか。お前はもちろんしらねぇだろうが…こいつはキャパシティダウンっつうシステムでな、細かいことは知らねぇが、要するにこの音が脳の演算能力を混乱させるんだってよ」

 

そんなシステムがあるなど初耳だ

いや、そんな事よりもそんなものどうやって持ってきたのだこいつらは

目の前の〝黒妻〟は笑う

勝利を確信したようなそんな汚い笑みだ

 

「おら、どうするよ? 黒妻さん助けて下さい、って頭下げたら許してやらないこともない―――ん?」

 

ふと、キャパシティダウンとは別にバイクのようなエンジン音が耳に聞こえてきた

その音はどんどん近づいていき、徐々にその姿も露わになっていく

一台のバイクはこちらの目の前を横切ると同時に、先ほど〝黒妻〟が見たキャパシティダウン付近へとドリフトして停止する

 

「…へぇ、今は黒妻っていうのか」

 

そんなバイクの後ろからメットを脱ぎ、牛乳片手に一人の青年が下りた

同様に運転していた男もメットを脱いでハンドルにかけた

 

「無事か、二人とも」

 

それは自分が最も知っている男性の姿だ

 

「アラタ…!?」

 

驚愕する美琴を余所に、目の前の〝黒妻〟は目を見開いていた

まるで幽霊かなんかにでも会っているように

そして譫言のように呟いた

 

「…くろ、づま…さん…?」

 

「え…!?」

 

目の前の男はなんといった

この男が〝黒妻〟ではなかったのか

 

「…えっと…こいつか?」

 

黒妻は適当にシステムのケーブルを引っこ抜いた

直後、先ほどまで不快に感じていた音が消え失せる

 

「! 音が…」

「消えた…」

 

不快感が消え、調子もいつもの感じに戻ってくる

そして気が付くと隣にはアラタが立っていた

 

「…よかった。特に怪我はないみたいだな。黒子は?」

 

美琴の調子を確かめたあと彼は後ろにいた問いかける

慌てて黒子も返事をして駆け寄ってきた

 

「は、はい。大丈夫ですの」

 

その言葉を聞いてふぅ、とアラタは一息ついた

間に合ったみたいだ

 

「アラタ」

「はい?」

 

返事をした直後、彼目掛けて黒妻が持っていた牛乳パックが投げられた

それを受け取ったアラタは頭にハテナマークを浮かべながら黒妻を見る

 

「持っててくれ」

「…了解」

 

どうやら今回は、出番はなさそうだ

 

アラタに牛乳を渡した黒妻は改めて目の前の〝黒妻〟を視界に捉える

 

「…久しぶりだなぁ。蛇谷」

「う、嘘だ…! 死んだはずだ! あんだけの事があったんだ、生きてるはずが―――」

「じゃ幽霊ってことでいいや」

「ゆ、幽霊…」

 

その単語を聞いた黒妻、否、蛇谷は一瞬下を向いた

そして

 

「んだったらぁ! 墓場に戻してやらぁ!! おらテメェら!! やっちまえ!! 相手は一人だ! こっちには武器もある! ビビんなぁ!!」

 

蛇谷の言葉に促され、数十人いるメンバーはそれぞれの獲物を構える

そんな蛇谷の顔を見ながら、愁いを帯びた表情で黒妻は呟いた

 

「…変わっちまったな、蛇谷―――」

 

そう呟いたのち、黒妻は一気に駆け抜けた

 

―――そこからはもう爽快なぐらい黒妻が圧倒的だった

振られたパイプを軽く身を逸らすことで避け、カウンターを叩きこんだり、二人一気に殴り飛ばしたり

自分に向けられた銃でさえ、相手の手を先に掴み、引き寄せて遠心力を込めた拳を叩きこんだりと、まさしく無双というような言葉がぴったりだった

 

息をすると一人殴られて

瞬きすると二人殴られて

眼で追うと三人殴られて

 

蛇谷は確信する

幽霊なんかではないと

 

やがてメンバーの一人が徐に一つのメモリを取り出した

そいつを見て蛇谷は確信する

そうだ、まだこいつがあるじゃないか…!

 

「…なんだ? USBメモリ?」

 

目の前の男が取り出したメモリを見て訝しむ黒妻

そんな黒妻を見てメモリを持った男はボタンを押して起動させる

 

<ELEPHANT>

 

その電子音声が鳴り響いた後、その男は掌にそのメモリを差し込む

途端に男の身体は象のような身体へとみるみる変わっていき、やがて怪人へと変貌した

顔は大きな象を模しており、大きな鼻に目が行く

分かり易く例えるならどこぞの神様、ガネーシャみたいな感じだろうか

 

流石にこれには傍観できない、と判断したアラタは持っていた牛乳を美琴に預けると駆け足で黒妻の隣に駆け寄った

 

「こっからは俺の出番です、黒妻さん」

「…行けんのか? 怪物なんて初めて見たがよ…」

「大丈夫です。…ああいうのには慣れてますから」

 

そう言ったあと、アラタは腰へと手を翳す

すると体の内側からアークルと呼ばれるベルトが顕現する

ゆっくりとエレファントドーパントへ歩み寄りながら右手を左斜めへと突き出し、左手をアークルの右側上部へと持っていく

そしてそれらの手を開くように動かした後、叫んだ

 

「変身!」

 

その手をアークルのサイドへ持っていく

ギィン、と音がしたと思ったら、先ほどの怪人と同じように彼の身体が変わっていく

怪人ではなく、仮面ライダーに

 

その姿を見た誰もが驚愕する

そんな驚愕の視線に動じることなく、クウガはエレファントドーパントへと駆け抜けた

 

そんな後姿を見た黒妻は

 

「…仮面ライダーって奴だったのか…」

 

そんな黒妻と同じように驚いたのはもう一人

 

「お、おおおおお兄様がっ!! 変わって…!?」

 

彼の同僚の白井黒子である

彼女はクウガを指差しながら口を金魚みたいにパクつかせ、ちょっと気味悪い

 

「そういやアンタ知らなかったわね」

「! その口ぶりからするとお姉様は知っておられましたの!?」

「知ってたわよ。たぶん初春さんも佐天さんも知ってるんじゃないかな」

 

その言葉を聞いてさらに絶句する黒子

彼女の表情は語る

 

わたくしだけハブラれていたという事ですのね…!?

 

まぁ彼女はその時怪我をしており支部でお留守番だっただけなのだが

 

そんな彼女を尻目に、エレファントドーパントと戦闘をしていたクウガ

エレファントドーパントは象特有の怪力を遺憾なく発揮し、着実ではあるがクウガを追い詰めていく

しかもクウガが反撃しようとその顔面を殴り付けても

 

「…固ぇ…!!」

 

皮膚が分厚いのか、はたまた体が硬いのか、こちらの攻撃がうまく通用しないのだ

このままではジリ貧と感じたクウガは先ほど黒妻が掃討したスキルアウトが所持していた鉄パイプを一本取って叫ぶ

 

「超変身!」

 

その言葉と共に赤い身体が青く、ドラゴンフォームへと変わっていく

そして手に持っていた鉄パイプもドラゴンロッドへと形を変化させ、それを構えた

 

そのままドラゴンロッドを振り回し、エレファントドーパントへと叩きつける…が、やはり効果は薄い

 

「っくそっ…! ぐわっ!」

 

唐突に振るわれた長い鼻に反応できず、身体にもろにもらってしまい、壁へと叩きつけられる

青のクウガ…ドラゴンフォームは俊敏性、跳躍力に長けるがその反面、防御力、腕力にその反動が出てしまっている

その低下した力を補うためにドラゴンロッドという棒型武器があるのだが、これも効かないとなれば意味をなさない

恐らくあの皮膚の厚さだと紫の剣の攻撃も通りづらいだろう

 

「…ふぅー…! 超変身」

 

大きく息を吐いて壁を背にクウガは立ち上がりドラゴンロッドをその辺に放り投げ、姿を再び赤へと戻す

だったら真正面から殴り合う他、道はない

相手の皮膚に穴を空けるか、こちらの拳が砕けるかのどちらかだ

その時握った拳にバヂリ、と雷が迸った気がした

 

しかしその時は特に気にするでもなく、真っ向からエレファントドーパントに走っていった

それに答えるようにエレファントドーパントも自分の両手を叩いてその勝負に乗った

だが馬鹿正直に殴り合う気はない

クウガは相手からの攻撃を捌くなり、避けるなりで隙をうかがってからぶん殴るスタイルだ

エレファントからの一撃を躱して、がら空きの顔面にその拳を叩きこむ

殴ったその瞬間、また拳から雷が迸った

 

(…まただ)

 

先ほど拳を握ったときもそうだったが、どこか自分の身体にある違和感がぬぐえない

しかし別に嫌でもない、むしろ気分がいいような気もする

だが今は目の前の敵を優先し、クウガは連撃を叩きこむ

 

「はぁぁぁぁ!」

 

咆哮と共にクウガはのろけたエレファントに向けてさらに拳を叩きつける

そしていつしか、彼の鎧はどことなく〝変化〟していた

 

赤い鎧は金色に縁どられ、ベルトのアークルは金色へと変わり、右足にはアンクレットが現れている

その変化に気づかなかったクウガは何気なく右足で蹴りつけて吹き飛ばした際に、何気なく自分の右足を見て驚いた

 

「! なんだこりゃ!?」

 

自分の身体の所々に金色が施されたその姿を自分は知らない

だが不思議と変な感じはしなかった

むしろ身体が軽い、いける…これなら…!

 

クウガは少し後ろへ下がりながら変身する際のポーズを取る

そして少し右足を引いて、大きくその両手を開いた

右足に力を込める

紅蓮のように熱くなる感覚を覚えたのちに、今度はバヂリと雷が疾る感覚がついてきた

 

そしてエレファントめがけて一直線に突っ走る

進路に見えているのは起き上がろうとしているエレファントドーパントただ一体

完全に立ち上がったエレファントは近づかせまいと長い鼻を振り回した

しかしその鼻を、クウガは雷を帯びた手刀で両断する

そしてその勢いのまま跳躍した

中空のままでクウガは一回転し、蹴りの威力を上げ、右足をエレファントドーパントへと突きつける

 

「おりゃぁぁぁぁぁっ!!」

 

突き出されたその足はエレファントドーパントの顔へと命中し、クウガはその反動で少し後ろへと飛び退いた

 

「う、ぐ…がぁぁぁぁ!?」

 

そんな叫びと共に、ゆっくりと後ろへと倒れた次の瞬間大きな爆発が巻き起こる

爆炎が止んだのち、見えたのは使用者が気絶して倒れている姿と、その隣に落ちているエレファントメモリのみ

 

クウガは急ぎメモリの下に駆け寄るとそれを手に取って思い切り力を入れて握りつぶした

 

 

全く持って予想外だった

黒妻が生きていたことも予想外だったし、まさか仮面ライダーがいたことも想像の範疇を軽く超えていた

…勝てない

自分はどうあがいてもこいつらに勝てない―――!

 

そう思った時に、蛇谷は動いていた

本能ではなく体が

 

「…う、うわぁぁぁぁぁ!!」

 

そんな情けない言葉を上げながら黒妻はまだ立っている仲間を無視して逃亡した

その後ろに「待ってください!」「黒妻さんっ!」と言いながら残った部下も逃げ帰る

あとに残ったのは変身を解除したアラタと、黒妻、そして美琴と黒子だけだった

 

 

「どうだ。調子は」

 

黒妻が美琴と黒子二人に尋ねる

 

「まだちょっと力が入んない感じだけど…まぁ問題ないわ」

「それを聞いて安心したぜ。心配は杞憂だったかな」

 

改めて二人が無事な事にアラタが安堵したタイミングで美琴が気になった疑問をぶつけてみることにした

 

「…ねぇ、あの男、黒妻じゃないの?」

「昔は蛇谷って呼ばれてたんだが、今は黒妻って呼ばれてるらしい」

「―――で、本物の黒妻は貴方ですのね」

「そう呼ばれたこともあったなぁ」

 

そう答えながら黒妻は美琴の手にあった牛乳を受け取ると蓋を開けて、それを一気に飲み始める

ゴクリ、ゴクリと喉を嚥下させ、ぷはぁ、と牛乳を口から離す

 

「やっぱ牛乳は―――」

 

 

 

「―――ムサシノ牛乳」

 

 

 

黒妻の言葉を遮るように女性の声が耳に届いた

その声色は聞き覚えのあるものだ

 

思わずその声が聞こえた方に三人して顔を向ける

そこには神妙な顔で立っている国法美偉の姿があった

 

「…固法先輩…!?」

 

思わずその驚きを口にした黒子を余所に、黒妻は彼女の方へ振り返った

そして一言

 

「―――久しぶりだな。美偉」

 

「…え?」「…え?」

 

美琴と黒子の声が重なった

まるであれ、二人って知り合いなんですか的な空気を醸し出している

正直そんな気がしていたアラタは特に驚くことがなかったが、この二人は違った

 

『え…』

 

黒妻を見る

 

『…え』

 

今度は固法を見る

 

そして最後に―――

 

『えぇぇぇぇぇっ!?』

 

二人の叫びが、誰もいないビッグスパイダーのアジトに響いた

 

 

 

それは過去の記憶

自分に思い出と、居場所をくれた、大切な人との再会―――

 


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