全ては誰かの笑顔のために   作:桐生 乱桐(アジフライ)

13 / 80
明けましておめでとうございます

まぁ大体の展開は同じですがご容赦を

直しきれてなかったり、誤字脱字見かけましたら連絡をば

本年もこんな作品ではありますがお付き合いくださいませ


#9 サイレントマジョリティ

このシスターの事も気掛かりだが、この都市(まち)に魔術師が来ること事態が異常なのか

そんなタイミングを計ってきてか、アラタの携帯がブルブルと震えだした

いそいそと携帯を取り出しディスプレイに表示された名前を蒼崎橙子の文字

シスターを介抱している当麻を横目にアラタは通話ボタンを押してそれを耳に押し当てた

 

<アラタ。今何があった。魔力の流れを感じたぞ>

 

先ほどの魔力の流れを感知したのか橙子からそんな声が上がった

彼女にしては珍しく、少々真面目な声色だ

 

「あぁ。知人がちょっと襲われた。禁書目録とか何とかを保護するために来たんだと」

<…ほお、まさかそんな大層なものまでかかわってくるとは。式といいお前といい、厄介事を運ぶ天才か?>

「好きで運んでるわけじゃないさ。…あとでそっちに行く」

 

橙子に断りをいれて改めて当麻に視線を向ける

ううっ、と小さくシスターが呻いた

交流した時間は極めて短いが、それでも当麻の友人を捨て置けない

 

「おい、聞こえるか?」

 

当麻は彼女の頬を優しく叩きながら言葉を続けた

 

「お前の頭ん中に、傷を治すようなもんはないのかよ?」

 

シスターは小さく浅い呼吸を繰り返しながら

 

「あるけ、ど…君たちには、無理…、あれ、でも、君の方は…ううん、やっぱり、無理…」

「なっ!?」

 

歯切れの悪いシスターの言葉

アラタは首をかしげたが、なんとなく心当たりはあるような気がする

一方で当麻が無理という言葉に絶句していた

そしてその絶句を補足するようにシスターが付け足した

 

「たとえ私が、教えて、実行しても…、君の力が、邪魔をする…」

 

愕然とした様子で当麻が自分の右手を見る

その右手に内包されるは幻想殺し(イマジンブレイカ―)

異能としてステイルの炎を打ち消すなら同様に回復術式を破壊する恐れがあるのだ

 

「くっそ! …またこの右手が悪いのかよ…!」

「あ、ううん…そういうのじゃなくて」

 

か細い声色

失血で震える唇を動かして

 

「?」

「超能力者、ていうのがダメなの。魔術っていうのは…〝才能ない人間〟が〝才能ある人間〟と同じことをするために生み出された術式…。分かる? 〝才能ない人間〟と、〝才能ある人間〟は、違うの…」

「なっ…!?」

 

当麻が息を呑んだ

とどのつまり、どういう事かというと、だ

我々能力者は時間割り(カリキュラム)を受けている

それは薬や電極を用いて普通の人間とは違う回路を無理やりに拡張している事を指す

ありていに言えば身体の作りが一般人とは違うのだ

 

「ちっくしょう! そんなのって…そんなのってあるかよ!!」

 

逆に普通の人間が能力者に近づくために作られた術式や儀式が、魔術である

故に、この学園都市にシスターを救える事が出来る人間は一人もいないのだ

 

「…当麻、諦めるのはまだ早いぜ」

「何がだよ!? この学園都市には能力者しかいない! つまりインデックスを助けることができる人間は―――」

「じゃあ教師はどうだ」

 

アラタの呟きに当麻がえ? と聞き返す

 

「確かに俺らじゃシスターを助けることはできない。けど作る側の教師はどうだ?」

「…そ、そうか…俺たちはみんな何かしら開発されてるけど…教師の人たちなら!」

 

魔術の使用条件は〝才能のない人間〟

それに〝魔術の才能のない人間〟とは言っていない

だから、あるいは希望はあるはずだ

 

「当麻。悪いけど俺は一緒に行けない。正直思い当たる人一人しかいないけど」

「あぁ。俺もその人しか浮かばなかった」

 

不意に当麻は押し黙った

当麻はインデックスを背負いながら

 

「けど俺、あの先生の家知らないぜ?」

「いいよ、携帯貸す」

 

そう言ってずい、とアラタは携帯を当麻に押し付けた

彼は仕事用の携帯とプライベート用の携帯と二つ所持している

今回渡したのは仕事用のものだ

 

「悪いアラタ! これ明日返すから!」

 

携帯を確認しながらシスターを背負った当麻は足早にかけていく

その背中を見送りながらアラタは一つ、安堵の息を洩らした

 

「…魔術、ねぇ」

 

こういったことを聞くのはやはり専門家に限る

そう思い立ったアラタはその場からゆっくり歩き始めた

 

◇◇◇

 

伽藍の堂の外見はパッと見建設途中の廃ビルにしか見えない

しかしちゃんと電気も通るし水道も完備、簡易なものだが寝床もあると至れり尽くせりな事務所

わざわざその廃ビルを買い取り、本人は事務所だと言い張っている

その場所には結界も張られており、ほとんどの人間が訪れることはない、が宿主が認めた人物ならば割とふつうに出入りできるようだ

 

そんな廃ビル四階のドアを勢いよく開けてアラタが訪問する

 

「橙子、待たせた」

「来たか。早かったじゃないか」

 

割かし大きな机に座っていた彼女がふぅ、と煙草を吹かす

名前は蒼崎橙子

封印指定を受けた魔術師らしいが、その片はあまりわからない

 

「…魔術師が学園都市(ここ)に攻めてきた、と聞いたが?」

「あぁ。そのことだけど」

 

そこでアラタは先ほどのステイルの事を掻い摘んで話し始めた

暫く話を聞いた橙子はふむ、と首を縦に振りながら

 

「しかし、本当に禁書目録が絡んでいるとはね。幸い知り合ったのは一般人な事が救いか」

「なぁ、その禁書目録ってのはなんなんだ? そんなにヤバいものなのか」

 

見た感じの所は年端もいかない可憐な少女だったのだが

自分で言っておいてなんだがとても危険性があるとは思えない

橙子はあぁ、と小さく頷き

 

「禁書目録はいわば世界中の魔導書、邪本悪書十万三千冊の原典を記憶しているんだぞ? 渡るヤツが渡るヤツなら、魔術を極めし魔神にだってなれるものさ」

「…まぁ、彼女がなんとなくすごい女の子だってわかった…。けどなんで狙われないといけないのさ?」

「それはわからない。とりあえず、私から言えるのは今のところここまでだ。お前もまだ仕事が残っているだろう?」

 

そう言われてむ、とアラタは口をつぐむ

そうだ、禁書目録も大事だが優先するべきは幻想御手(レベルアッパー)

 

「ありがとう。…何か分かったらまた来る」

 

とりあえずこの事が分かっただけでも今日は良しとしよう

短く橙子にそう告げてアラタは伽藍の堂を後にした

 

◇◇◇

 

翌日の一七七支部

 

パソコンの前でにらめっこしていた初春は最後にかちりとエンターキーを押した

すると画面に何かがダウンロードされるバーが表示され、やがていっぱいになり、完了する

 

「完了、と…」

 

そう呟きながら初春は接続された音楽プレーヤーを手にする

先ほどこのプレーヤーにダウンロードしたのは件の幻想御手(レベルアッパー)である

 

「…しかし、この音楽を聞いただけで、本当に能力が上がりますの?」

「さあな。けど情報提供者はそう言ってたぜ?」

 

ちなみこの情報右京からもたらされたものだ

少し前に女の子を助けたとき情報を入手できたとかなんとか

曖昧でも正直今はこれしか頼るものがなかったので、仕方ない

 

「ん~…正直眉唾というか…はっ! けどこれを使って白井さんを超える能力者になったら、今までの仕返しにあんなことやこんなこと…」

「初春ー、思考が駄々漏れだよー」

 

そんな私怨にも俗物にもまみれた思考の事を今現在厨房で軽食を作ってくれている佐天が指摘した

そこを指摘されてハッとなった初春の背後には幻想御手(レベルアッパー)を構えた怖い笑みを浮かべる白井黒子

 

「そんなにわたくしに恨みを晴らしたいのでしたらぜひっ!」

「ひぃ!? 冗談!! 冗談ですよぉぅ!」

 

ギリギリと自分の両耳に接近させる黒子の腕を必死で押さえる初春

この二人は仲が良いんだか悪いんだか…と、そんな仲睦まじい(?)やり取りの最中、不意にピリリと黒子の携帯が鳴った

 

「ほ! ほら! 携帯鳴ってますよ!?」

 

好機と言わんばかりに初春がそのことを指摘する

一方黒子はどこか苦虫を噛み潰したような顔を浮かべるとしぶしぶと言った様子で携帯に出た

 

「はい。…えぇ、了解しました」

 

短く言葉を済ませて通話を切り、黒子はアラタと初春に向き直る

その表情と先ほどの短い会話から推測できる事柄をアラタは口にした

 

「また学生が暴れてるのか?」

「その通りですわ。初春は木山先生に連絡をお願いしますわ」

「わかりました」

 

そう言ってドアに駆け寄る黒子の背中にアラタは

 

「手伝おうか?」

 

と言葉を投げかけた

一方言われた黒子は嬉しさ半分と言ったような表情で

 

「お気持ちだけ受け取っておきますわ。あのような連中、お兄様の手を煩わせるまでもないですもの。初春や佐天さんたちを頼みますわ」

 

そう言って黒子はドアを開けて飛び出して行ってしまった

いなくなった黒子の場所を見ながらアラタはやれやれと苦笑いする

黒子は美琴や自分に対して心配をかけまいと振る舞っている

それが逆に心配になるのだが

 

「アラタさん、軽食のシュガートーストできましたよー」

「あぁ、ありがとう。机に置いといてくれ」

「はーい」

 

佐天の気配りに感謝しながらアラタはもう一つの用件を思い出す

用件というのはなんか違うような気がするが

 

 

初春が木山さんと連絡を取り合っている中、アラタは友人である上条当麻に電話をかけていた

幻想御手(レベルアッパー)の事もそうだがあのシスターの事もある

スリーコールの後、聞きなれた声がアラタの耳に届いてきた

 

<アラタ! 仕事は終わったのか?>

「いんや、まだ途中だけど、心配になってな。どうだ? シスター…インデックスは」

<あぁ、小萌先生のおかげで何とかな…一時はどうなるかと思ったぜ…>

 

そう語る当麻の声色は本当に安堵したような声色だ

そんな当麻の後ろでそのインデックスと小萌先生が話し合うことが聞こえてくる

どうやら彼女の怪我が治ったのは本当のようだ

 

「そっか。安心したぜ、近いうちにまた顔を出すよ」

<あぁ、んじゃまたな>

 

その後短い会話を交わして当麻との電話を切る

近々何か差し入れでも持っていこうか、と考えながらシュガートーストを頬張る佐天と初春の下に戻っていった

 

 

それでいて約二日後

 

「ちょっと沁みますよ?」

 

初春のそんな言葉と共に彼女はピンセットで消毒液を沁みこませたポンポンを黒子の傷口に軽く触れる

瞬間黒子がもだえた

傷口に直に消毒液をぶっかけるよりかはマシだがそれでも応えるものがある

 

「…日に日に生傷が増えていきますね…」

「仕方ありませんわ。…幻想御手(レベルアッパー)の使用者が増えてきているんですのもの」

 

そんなやり取りを交わしながら初春は慣れた手つきで湿布を取り出して先ほどの傷口に張り付けた

ひんやりとその傷口近辺が冷却される気分が心地いい

 

「とにかく、泣き言言っても始まりませんわ」

 

今やるべきことは三つ

 

まずは幻想御手(レベルアッパー)拡散の阻止

次に昏睡した使用者の回復

そして最後に、幻想御手(レベルアッパー)開発者の検挙

 

とりあえずこの三つが最優先すべき事柄だ

開発者がどんな経緯を持って幻想御手(こんなモノ)を作ってばらまいたのか、その目論見を吐かさなければならない

 

「けど、今は白井さんのけがの手当てが先ですよー」

 

初春に促され、黒子は笑みを浮かべる

包帯を持ち、黒子は両手を上げて身体を晒す

包帯をすべて取り、再び黒子の身体に包帯を初春が巻いていく

 

「ホントは御坂さんやアラタさんにやってもらいたいんじゃないですか?」

「百歩譲ってお姉様にこの無様な姿は晒せても、お兄様には晒せませんわ。お兄様に晒すときはベッドの上と決めておりますの」

「大丈夫ですって。ぶっちゃけ誰も見たくないですから」

 

その言葉にギラリ、と黒子の眼が鋭くなった

瞬間初春はしまった! というような顔をするがもう遅く、伸びる黒子の手は初春の胸ぐらをガッツリ掴んで彼女をぐわんぐわんと前後させる

その時だった

 

「おっすー。あたしもなんか手伝おうかー?」

 

タイミング悪いというかなんというか、偶然にも美琴が入ってきた

こんな姿見せるわけにはいかない、そう判断した黒子は暴挙に出る

今先ほど掴んでいた初春を美琴の頭上へと空間転移させた

ご丁寧に初春の位置を逆さにして

跡の末路は推して知るべし、である

重力に耐えられず落下した初春の頭は美琴の頭に見事に激突し、びったーん、と床に倒れ伏した

 

「うぃーす。ん…? あれ? どうしたのこれ?」

 

美琴より少し遅れてアラタが扉を開けて入ってくる

視界に入ったのは床にぶっ倒れた美琴と初春

そしてシャツを着た黒子の姿であった

 

 

んで

 

「それで? 進んでるの? 捜査の方」

 

おでこに絆創膏を貼った美琴が椅子に座りながら問いかけた

割と痛そうに額を撫でているあたり結構大ダメージだったのかもしれない

 

「木山さんの話では短期間に大量の電気的情報を脳に入力するための学習装置(テスタメント)なんて言う装置もあるらしいんだけど…」

「ですけど、それは五感すべてに働きかけるもので…」

幻想御手(レベルアッパー)は音楽ソフトですし…それだと聴覚作用だけなんです」

 

ふむう、と考え込む四人

被害者の自宅ないし自室に行ってはみたが曲のデータ以外何にも見つからないのだ

 

「…仮の話だけどさ」

 

不意に美琴が呟いた

何かに思い出したかのように彼女は言葉を紡いでいき、三人は耳を傾ける

 

「その曲自体に、五感に働きかける作用があったとしたら?」

「…と、いうと?」

「かき氷食べた時の話、覚えてない?」

 

美琴に指摘されてその時の会話を思い出す

あれは介旅の事で悩んでいた時に、遭遇した美琴らに誘われてかき氷を購入して…

そこまで思い出してアラタはあっとと手ポンを叩いた

 

「そうか、共感覚性か」

「それよ」

 

アラタに合わせて美琴もピッと指を指す

 

「そうでした…うっかり忘れていましたわ…」

「…え? なんです?」

 

ただ一人その場に居合わせていなかった初春一人だけが頭に疑問符を浮かべた

そんな初春に黒子は笑みを浮かべながら

 

「共感覚性ですわ! 一つの刺激で複数の刺激を得ることですわ」

「ある種の方向で間隔を刺激することによって、別の感覚を刺激されることよ」

 

黒子に続けて美琴も補足する

流石常盤台、説明が分かり易かった

 

「つまり、同じ音で音で五感を刺激して…学習装置と同じような効果を出している、ということですか?」

 

 

<その可能性はあるな>

 

そのことを早速初春は木山春生に電話で報告

そして帰ってきたのはそんな言葉だった

 

<なるほど、見落としていた…>

「その線で調査をお願いしたいのですが…?」

<あぁ。そういうことなら、樹形図の設計者(ツリーダイアグラム)の許可も下りるだろう>

樹形図の設計者(ツリーダイアグラム)!? 学園都市のスーパーコンピューターならすぐですね!」

 

先ほど初春が口にした樹形図の設計者(ツリーダイアグラム)とは、言った通りこの学園都市が誇るスーパーコンピューターである

スーパーコンピューターとは比喩ではなくマジであり、正しいデータさえ入力してやれば、完全な未来予測が可能

そのため学園都市では天気予測は〝予報〟ではなく〝予言〟であり確率ではない完全な確定事項として扱われる

つまり雨はが止むのはあと何秒後、みたいな感じで予言され、その秒を過ぎると雨が止む、と言ったニュアンスである

 

<結果が出たら知らせるよ>

「あ、じゃあ今からそちらに行ってもいいですか? 樹形図の設計者(ツリーダイアグラム)を使う瞬間をこの目で見てみたいんです!」

 

初春のパソコン好きに火がついたのか、そんな事を言っていく

そんな初春を木山は電話の向こう側で笑みを作りながら

 

<あぁ、構わないよ>

 

許可を貰った初春はさも嬉しそうな表情の後、携帯を仕舞い初春は扉に歩いていく

そして手をかけようとしたそんな時扉がガチャリと開いた

 

「おっ邪魔しまーす、何か手伝いに―――」

「佐天さん! 丁度良かった! 佐天さんも一緒に行きましょう!」

「え? ど、どこに?」

「行けばわかりますよ!さぁ、早くっ!」

「ちょ、わかったってば、なんでそんなテンションあがってるの初春!?」

 

ドキドキが止まらない初春に引っ張られて佐天は彼女の後ろを苦笑いしながら歩いて行った

 

◇◇◇

 

リアルゲコ太っ

 

それが御坂美琴が冥土帰し(ヘブンキャンセラー)抱いたパッと見の印象だった

ぶっちゃけ失礼ではないかとアラタは思ったが言われた本人は気にしてなさそうなのであえて突っ込まないでおいた

 

それで現在、彼の研究室にて

 

冥土帰しはカタカタとマウスとキーボードを操作してディスプレイに折れ線グラフのようなものを表示させる

 

「これは幻想御手(レベルアッパー)使用者の全脳波パターン。…脳波は個人個人で違うから、同じ波形なんてありえないんだね? …だけど使用者の脳波パターンには共通するところがあることに気が付いたんだよ」

「どういう事ですの?」

「誰か他人の脳波パターンで無理やり脳が動かされているとしたら人体に多大な影響が出るだろうね?」

 

それはつまり、幻想御手(レベルアッパー)に無理やり脳をいじられて植物状態になってしまったのだろうか?

しかし一体誰が何のために…

 

考えている三人に向かって冥土帰しは口を開く

まるで自分らの思考を先読みしているかのごとく言葉を並べた

 

「僕は医師だ。それを調べるのは、君たちの仕事だろう?」

 

 

「はい、わかりました」

 

木山の研究所についたとき、初春はアラタから電話を受けていた

内容は至ってシンプルな気をつけろよ、という何げない心配の言葉だった

 

<あと、樹形図の設計者(ツリーダイアグラム)が見れるからって浮かれない事。まだ事件は終わっていないんだからな>

 

そう言われて初春は顔を引き締める

浮かれていてうっかり忘れそうになってしまっていた自分の頬を軽く叩いて喝を入れる

 

「もちろんです!」

<じゃ、問題ないな。…再三言うが、気を付けてな>

 

そんな言葉と共にアラタは通話を切った

同じように初春も携帯を切ってそれをポケットに入れる

 

「はるばるお疲れ様。疲れただろう、少しコーヒーでも淹れてくるよ。待っていてくれ」

 

自分の対面に座っている木山の言葉を聞きながら初春は少しだけ頭を下げた

同様に隣に腰掛けていた佐天も「すいません」と短く言葉を入れながら頭を下げる

しかし木山が初春の隣を通りかけるとき、不意に初春は言葉を洩らした

 

「…けど、こうやっている間にも被害者が出てるのでしょうか…?」

「君が気負う必要はないよ。―――大丈夫、最後はきっと上手くいく」

 

初春の言葉に応えるように呟いた木山の言葉はどこか意味深なものがあった

まるで何か、考えているような―――

 

「けど初春、大丈夫? しっかり休んでいる?」

「だ、大丈夫です佐天さんっ。気を遣わせて…」

 

そう言われると佐天は一瞬キョトンとしたような表情を浮かべたのち、今度は笑顔を浮かべ

 

「気にすんなって。あたしたち友達じゃん。…そりゃあワタシは風紀委員でもなければ能力者でもない一般人だけどさ? …困ってる友達の力にはなりたいんだよね。…といっても、何にもできないんだけど」

 

笑顔を浮かべながらそう言う佐天の表情(カオ)はかつて見たことないくらいに輝いて見えた

その顔色には依然見せた能力者への憧れこそ消えてはいないものの、それはだいぶ薄れているように感じれる

だけど初春はただ純粋に佐天に笑顔が戻ったことが嬉しく思い、同時にその心遣いに深く感謝した

 

「…ん?」

 

そんな時ふと、引出からはみ出た紙の端に目がいった

 

「初春?」

「いえ…ちょっとあそこの用紙が気になって…。直してきますね?」

 

佐天にそう断りを入れて初春はその引き出しの前に歩いていく

そして何気なく引き出しを開けてはみ出ていた用紙を手に取り―――

 

「…え?」

 

初春の思考が停止した

 

◇◇◇

 

「なるほど。そういうことなら、書庫(バンク)へのアクセスも認められるでしょうね」

 

カタカタとキーボードを叩く固法がそう口を開いた

そんな固法の後ろで立っていた美琴が

 

書庫(バンク)にデータがなかったら?」

 

とそんな疑問を口にした

それに黒子が「大丈夫ですわ」と返した後

 

「学生はもちろん、職業適性テストを受けた大人のデータも保管されていますの」

「ふーん…けど、なんで幻想御手(レベルアッパー)を使うと同一人物の脳波が組み込まれるのかな? しかもそれでいて強度(レベル)があがるなんて…」

「さぁな。…コンピュータだってソフトを使ったからって性能が格段に上がるわけじゃなし、ネットにつなぐならわからんでもないが」

「? ネットワークにつなぐと、性能が上がるのですか?」

 

黒子にそう聞かれアラタは向き直って

 

「個々の性能が上がるわけじゃない。けど、いくつものコンピュータを並列に繋げば、演算能力が上がるから…」

「そっか。幻想御手(レベルアッパー)を使って、脳のネットワークを構築したんじゃ…」

 

美琴の呟きにアラタが頷いて固法を見る

彼女はうん、と頷いて

 

「可能性はあるわ」

 

しかしそうなるとどうやってみんなの脳を繋いでいるかに疑問がいく 

気になったアラタは国法にそう聞いて見ると彼女はカタカタとキ-ボードを叩く動作の傍ら

 

「考えられるのは、AIM拡散力場かしら。能力者は無自覚に力を周囲に放出してる。もしそれが繋がったら―――」

「ちょっと待ってください。それって無意識化の事ですし、私たちの脳はコンピュータでいえば、つかってるOSはバラバラだし、繋がっても意味はないんじゃ…」

「確かにね。だけど、ネットワークが作れるのは、プロトコルがあるからでしょう? 可能性の範疇を出ないけど、特定人物の脳波パターンがプロトコルの役割を担ってるんじゃないかしら」

「そっか…そうやって脳を並列に繋げば、莫大な量の計算をすることができる…!」

 

単独では弱い能力であったとしてもネットワークと一体化することにより能力の処理能力が向上し、結果的に能力の強度が上がる

かつそれでいて同系統の能力者の思考パターンが共有されることでより効率的に能力を扱えるようになる

恐らくそれが幻想御手(レベルアッパー)の真実

 

「昏睡患者は脳の活動すべてをネットワークに使われているんじゃないかしら?」

 

呟きながら国法はカタン、エンターキーを押した

 

「出たわよ! 脳波パターン一致率、99%!」

 

『!?』

 

その後に画面に出てきたのは、三人がよく知っている人物だった

 

 

「これも…これも…共感覚性の、論文…」

「初春?」

 

直してくるはずの初春がどういうわけだか書類に釘付けになっている

怪訝に思って佐天は思い切って聞いて見ると

 

「…おかしいんですよ。…木山先生に共感覚性について調べてくれるように頼んだのはついさっきなんです。…だけどここにあるのは、そのほとんどが共感覚性の研究論文なんです…!」

「…つまり、木山先生はもうその共感覚性について調べていた…?」

 

力強く初春が頷いたのと、扉が開くのは同時だった

否、まるで自分たちがこの行動を取ることを予見していたかのようなタイミング

 

「いけないな」

「っ!」

 

初春と佐天はハッとしながら木山の方を見た

木山の表情には相変わらずの気怠さがあったが、纏っているのは、紛れもなく敵意

 

「他人の研究成果を勝手に見ては―――」

 

そう言って、木山春生は目を細めた―――

 

 

「こ、れは…!?」

 

ただただディスプレイに移された写真を見て目を丸くするしかなかった

 

「登録者名…木山、春生…!?」

 

美琴が呟いたその名前に一瞬アラタの思考がフリーズする

―――そう言えば、木山の所に誰か行っていなかったか?

 

「おい、まずいぞ! 今その人の所には、初春と佐天が!」

「!? 初春さんと佐天さんがどうしたの!?」

 

アラタの声に固法が大きく振り向いた

 

「さっき、その人のとこに行くって、佐天と…」

「なんですって!?」

 

そんな声を背に受けて黒子が携帯を取り出すと急いで初春の携帯に電話を掛ける

最悪の事態になっていなければいいが、と淡い期待を込めながら黒子はスリーコールを待った

がちゃり、と音が聞こえた

 

「初春!?」

<おかけになった電話は、電波の届かないところか―――>

 

しかし聞こえてきたのは無情にもそんな無機質な機械音声

 

「繋がりませんの!」

警備員(アンチスキル)に緊急連絡、木山春生の身柄の確保! 人質のいる可能性あり!」

「はい!」

 

 

とある道路を走る車の中

後部座席に佐天は乗せられ、初春は木山の隣、つまりは助手席だ

念のためか二人は手錠をさせられ、一応行動を制限させられている

 

「…幻想御手(レベルアッパー)って、なんなんですか」

 

消沈する佐天の耳に初春のそんな問いかけが入ってくる

 

「どうしてこんなことをしたんですか。眠っている人たちはどうなるんです?」

「…矢継ぎ早だな」

 

対する木山は運転をしながら余裕綽々と言った様子である

余裕を見せているのかわからないが、今現在の様子は確かに木山に有利ではある

 

「誰かの能力を引き上げさせてぬか喜びさせて、何が面白いんですか!?」

 

初春の声色には明らかに怒気が込められている

一時とはいえ夢を見させてあとは昏倒させられるなんて行為、彼女が怒りを露わにするのは当然である

木山は静かにその言葉を聞きながらやがて答えた

 

「他人の能力には興味などないよ。…私の目的はもっと大きなものだ…」

「…大きな、もの…?」

 

佐天の呟きを最後にいったん車内での会話はストップした

重々しい空気を纏わせながら、木山の車は道路を走る

 

◇◇◇

 

「私も出るわ!」

「本心としては駄目だって言いたいが、状況が状況だからな…いいだろ? 固法」

「えぇ。お願いするわ」

 

固法の声に力強く頷いて美琴はアラタに視線を向ける

 

「よし、行くぞ」

 

それに応えるかのようにアラタは勢いよくドアを開けて外に向かって走り出す

その走り出した背中に

 

「お兄様、お姉様!」

 

黒子が追いかけてきた

言葉を向けられた二人は立ち止まって黒子の方に向き直った

黒子は二人に向かって走り寄りながら

 

「初春も風紀委員(ジャッジメント)の端くれ、いざとなれば…」

 

なぜそこで言葉を濁らす

 

「…その、運がよければ…」

 

ここで不安に煽ってどうする、とアラタは心の中で突っ込んだ

 

「それに一科学者の木山に、警備員(アンチスキル)を退けられる力があるとは思いませんの!」

「何千人もの昏睡者の命が狙われてんだぞ?」

「それに…なんか嫌な予感がするの…」

 

思案するかのように美琴が呟いた

一科学者と言えど彼女は幻想御手(レベルアッパー)の開発者

何も用意していない訳がない

 

「ならなおさら! ここはわたくしもご同伴を―――」

 

そう言葉の最中で美琴は彼女の肩を軽く叩いた

瞬間激痛に耐えるかのようなリアクションを彼女は見せてくれる

…薄々思っていたが黒子は嘘が下手だと思う

 

「…そんな身体で動こうっての?」

「治ってないんだろ? 体の生傷」

 

この頃頻繁に幻想御手(レベルアッパー)使用者の暴走を捉えてきた黒子だ

だいぶ身体もボロボロだろう

 

「き、気づいていらしていたのですか…?」

 

叩かれた肩を押さえながら若干涙目になりながら黒子がこちらを見やる

 

「当たり前でしょ」

「むしろ気づかれてないとでも思っていたのか」

 

日常を見ているだけでも無理しているのは見て取れた

もう一度思う、黒子は嘘が下手だ、と

 

そんな黒子の額に美琴は指をこつんと当てて、アラタはぽふんと黒子の頭に手を乗せた

 

「アンタは私たちの後輩なんだから」

「こんな時くらい、先輩を頼れよ」

 

そう言って二人は小さく笑みを作る

美琴は軽くウインクし、アラタは優しい微笑みを

そんな二人を間近で見て、黒子は惚けてしまった

 

「…お姉様…お兄様…」

 

 

そんな黒子を戻し、二人は支部を出る

 

「どうするアラタ、タクシー拾う?」

「いや、拾う時間がもったいない。こいつで行く」

 

そう言ってアラタは近くに停めてあったバイクに駆け寄った

 

「って、あんたバイク運転できんの!?」

「言ってなかったっけ? …言ってないな、うん。つかどうでもいいからはよ乗れ!」

 

アラタに言われて美琴は急いで彼の後ろに乗った

バイクに乗るのは初めてだが不思議となんだかしっくりくる

 

「悪いな、ヘル俺のしかねぇんだ、だから全力で捕まれよ?」

 

言いながらアラタは警棒のようなものをハンドルの右側に突き刺して、エンジンをいれる

ブォォン、と大きな音が美琴の耳に聞こえてきた

 

「おっけー! 信じて任せるわ! かっ飛ばして!」

「任された! しっかり掴まってろよ!」

 

美琴の声を受け安心したのか、思い切りアクセルをひねる

自分の背に温かさを感じながらアラタはバイク、〝ビートチェイサー〟を発進させた

これ以上の被害者を、出さないために


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。