ぼっちじゃない。ただ皆が俺を畏怖しているだけなんだ。   作:すずきえすく

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御世話になっております。
すずきえすくでございます。

今回は第4話となります。

最後までお付き合い頂けると
嬉しく思います。


※平成28年2月11日 加筆修正を行いました。




第4話 別腹でも、太るんだからな?

 「大家さん、これとってもおいしいです♪」

 

 一色が大口を開けて、凄い勢いでモリモリと食べている。皿の上の食材は、次から次へと一色の口へ…みたいな生易しいものではなく、一口でペロリと平らげられて一瞬で消えるといった具合だ。それはあたかも、ジンベエザメの食事タイムを彷彿とさせる様な、凄まじいものだ。

 

 海遊館のホームページによると、ジンベエザメに与えるエサは1日2回、その量は合計で8kgにも達するそうだ。そこへいくと、この一色の食べっぷりでは、1日どころか1回の食事で軽々と平らげてしまうのではないだろうか?

 

 1日の食事が24kgだとすると、3日で72kg…という事は、42日を過ぎる頃には、一色の体重は1tを軽々と超えてくる計算だ。この分だと来場所の新弟子検査では、一色はぶっちぎりの合格を果たす事になるだろう。未来の大横綱”いろは富士”の誕生である。

 

 

 一方、それを満足そうに眺める大家のおばちゃん。普段俺が少食な分、その食べっぷりに”作り甲斐があったわぁ”といったところなのだろう。

 

 「こんにゃく炊いたん食べぇ」

 

 「ジュース飲みぃ」

 

 「林檎食べるかぁ?」

 

 気を良くした大家のおばちゃんが、料理を次から次へと卓に並べ、それを片っ端から食べ尽くしていく一色。こうしてあっという間に、並べられた食料の大半が、一色の胃袋へと消えていった。ほぼ間違いなく、俺の3倍は食ってるな…

 

 

 

 まさに食のベルトコンベアーやー。

 

 

 

 ”一色いろはは、お砂糖とスパイスと素敵な何かでできている”

 

 以前デートの真似事をした時に、そんな事を思ったのだが…断言しよう。

 

 

 

 

 

 今のこいつの大半は、どんぶり飯で出来ているに違いない。

 

 

 

第4話

 

も、太るんだからな?

 

 

 

 

 「今夜はここに・・・泊めてくださいね?」

 

 

 

 いつもとは違い、あざとさの欠片もない一色。その真意を量りかねた俺は、思わず視線を逸らしてしまった。だが目を逸らしても、腕に伝わる彼女の温もりが、その存在をより一層意識させて、余計に俺を混乱させる。

 

 「ちょっ、それはまずいだろ!」

 

 こいつは一体、何を考えているんだ? 目がマジで、ちょっと怖いんですけど…。ちょっと待て…もしかして、俺が動揺する姿を一頻り愉しんだ後に

 

 『どうですか?センパイ、絶対ドキドキしましたよね♪』

 

なんてオチをぶちかまして来るんじゃねぇの? っていうか、むしろネタであってくれっ!

 

 

 しかし一色の眼差しは、俺を捉えて離さない。それどころか、俺の右腕に絡まっていた一色の両腕に、より一層”ぎゅぅぅぅっっ”と力が込められた。

 

 「ふふふ♪せんぱぁい・・・何がまずいんですかぁ♪?」

 

 当たってるって! 当たってますってば!!

 

2つの膨らみが、俺の腕に押し潰されて歪な姿に形を変えていた。一色は、やや妖艶さを含んだ”にやり”という微笑みを俺に向けると、

 

「もしかしてセンパイ、エッチな事・・・考えてます?」

 

俺の耳に”ふぅぅぅっ”と息を吹きかける様に囁いた。 

 

 「か、考えてねぇよっ!ただほら、世間体ってものがだな…」

 

 俺が言い終わらないうちに、一色は再び俺の耳元に顔を近づける。

 

 「私…センパイの事、信じてますから♪」

 

 甘い囁きと一緒に、もわぁっとした生暖かい吐息が俺の耳をくすぐり、またその艶っぽい声色に反応してしまって、それらは俺の背筋をゾクゾクと震えさせた。

 

 大体お前なぁ、そんな凶悪な物を押し付けておいて”信じてます♪”って…あんた鬼ですか!

 

っていうか近いよ! 近すぎんだってば!!

 

 

 そんな俺の、アタフタした様子に気を良くしたのか、一色は一瞬”ふふふ”とご機嫌な笑みを浮かべ、甘い声で俺に囁いた。

 

 「ねっ?今晩は隣にいても…いいですよね?」

 

 一色に力強く抱きつかれた事によって、元々ほのかに感じられていた甘い香りが、”

ぎゅぅぅぅっと”搾り出されたかの様に、凝縮されて漂ってくる。それはまるで、上質なワインの香りの如く、俺の脳を刺激しクラクラとさせた。

 

 

 ワインで思い出したんだが、ボ○ョレー・ヌヴォーのキャッチコピーは、毎年の様にパンチの効いた文言なんだけど、2010年だけ”2009年と同等の出来”と、控えめだったのは何でだろうな。

 

 「キャッチコピーの締め切り、今日なんだけど」

 

 「申し訳ございません申し訳ございません」

 

 「申し訳ないじゃ、済まないんだけど?」

 

 「申し訳ございません申し訳ございません」

 

 …みたいな遣り取りがあったのかも知れんな。いくら頑張ったって、思い付かない時は思い付かないものだ。だがそれでも、締め切りは必ずやって来る。

 

確かに締め切りは延ばせる…けど、それにだって限度があるからな。

 

 まぁ、今のは俺の勝手な妄想だ。軽く聞き流してくれよな? 苦情の電話とか、裁判とか、マジ勘弁してください済みません済みません。

 

 けど、そんなウキウキ社畜ライフとも呼ぶべき日常が待っているのならば、そんな場に身を投じるのは人生の浪費であり…つまり働きたくない。そこへいくと、専業主夫は間違いなく最強の存在だと言えるな。

 

 

 いやいや、そんな事より今は、この状況を如何にして打破するかだ。そこで俺は、一色に”とにかく一度離れろ”と促したのだが…

 

 

 「イヤです。泊まって良いって言うまで離れません(きっぱり)」

 

 

あっさりと断られた。だから何でだよ!

 

 その”何でだよ! にお答えします”と言わんばかりに、一色は胸を張って答えた。

 

 「センパイの処に押しかけるのを前提に、ホテルは押さえてないですし(えっへん)」

 

 なんでそんな事が前提なの! そして、なんでそんなに誇らしげなの!

 

 

 それでも、ようやくいつもの調子を取り戻しつつあった俺に対し、それを察したであろう一色。変わりつつあった風向きを、再び掌握せんと言わんばかりに、作戦再開と…捨てられた子猫の様な、憂いを含んだ表情を浮かべ、適度に潤ませた瞳で俺を見つめた。

 

 「センパイ・・・私の事・・・キライですか?」

 

 「キライじゃないが、可愛く言ってもダメなものはダメだ。そしてあざとい。」

 

 「むぅぅーっ、あざとくないですっ!」

 

 その思惑をあっさりとへし折られた一色は、まるで理不尽な仕打ちを受けた狸の様な、恨めしいといった表情で俺を見る。ふっ、北斗○拳の前では同じ技は二度も通じぬっ! って、あれは一度見た技が使える様になるんだったか?

 

 

 なんかさ…あざと八幡です♪って、ポイント高くね?

 

 

 

 

 「センパイ…ちょっとキモいです。」

 

 

 

 

 ・・・。

 

 

 

 

 どうやらこいつも、冷静さを取り戻してきたみたいだな。けど何故だろう…望んでいたはずなのに、バッキリと折られた様に心が挫けそうだ。

 

 だがここは、説得のチャンスだ。乗るしかない!このビッグウェーブに!!!

 

 「ホテル代は俺が持つし、明日は付き合うから、大人しく言うことを聞いてくれ。」

 

 ”えーっ”と、一色はすこぶる不満げな声を上げて抗議したが、ダメなものはダメだ。もう子供ではないんだから、頼むから聞き分けてくれ。

 

 

 『コンコン』

 

 

 そんな時、ドアがノックされた。その主は、言うまでも無く大家のおばちゃんだ。

 

 「比企谷さん、夕御飯が出来ましたえ?」

 

 部屋の時計は、夕方の6時半を指していた…って、あれからもう4時間以上たってたの!?4時間もあったら、長編アニメが2~3本観られるぞ。

 

 それにしても、考えてみれば今日の午後は、ひたすら正座とひたすら説教に費やされたって事だよな…あぁ、なんて不運な1日だったんだろうか。ここ数年で、こんなに疲れた日曜日の午後は他に無いぞ。

 

 でもまぁ、ここに泊めるという選択を回避出来たのは御の字だ。とりあえず飯を食ったら、一色の宿探しをしようだなんて思っていたのに…

 

 

 

 「いろはちゃん、今晩は泊まっていかはるやんねぇ?」

 

 

 

全米が震撼した。

 

 

 っていうか、おばちゃんの手酷い裏切りに俺が震撼した。ずっと味方だ…とは流石に思ってなかったけどさ、何故そんな発想になるんだよ!

 

 「何でって・・・兄の処に身を寄せるのは、当たり前やないですの?」

 

 そういや一色のやつ、妹って事になってたんだっけ…その事を思い出し、俺は一瞬言い淀んでしまった。多分その時…隙が生じたんだろうな。

 

 一色の目が、キラリと光を放った瞬間、俺から離れ素早い動きで大家のおばちゃんの背後に身を隠すと、そこからはもう…こいつの独断場だった。

 

 「大家さん聞いてくださいですぅーっ。兄が酷いんですぅーっ。ここに泊まっちゃダメって、イジワルするんですぅーっ。」

 

 

 おばちゃんには、あざとさを見極める能力など無い。そして、一色の演技には一点の曇りも無く、比べて俺のは演技では無いが愛想も無い。無い無いばかりでもう止まらない。つまり、戦火が俺を目掛けてやって来たのは、自明の理だった訳だ。

 

 「いろはちゃん、可哀想に…。比企谷さん、血を分けた妹さんなんやから、いけずしはったらアカンのとちゃいますか?」

 

 おばちゃん、騙されてるよっ! 血を分けた妹どころか、こいつには輸血さえした事無いよっ! けれども、俺の心の声は誰にも届かない。一方、強力な援護射撃を受けた一色は、大家のおばちゃんの後ろに隠れながら、”そうだそうだー”とシュプレヒコールをあげた。

 

 こいつ・・・やっぱイイ性格してるわ。

 

 って、”妹の比企谷いろはです”って名乗ったのは、この為の伏線だったのか…。

 

 いろはす、マジ策士っ!

 

 

 

 もはや、ぐうの音も出ない。一切の抵抗を諦めた俺の様子を確認したのか、

 

 「という事でいろはちゃんには、今晩泊まっていってもらいます。いろはちゃん、御飯も作ったし早よう下においでな。」

 

そう言うと、大家のおばちゃんは一足先に1階へと下りて行った。

 

 

 

 おばちゃんが下りていったのを見計らうと、一色は振り向き

 

 「じゃあセンパイ、そういう事でよろしくですっ♪」

 

 いつもの敬礼ポーズをびしっと決めた。お前、ホントそれ好きだよな。もはやルーティンワークと化した感もあるが、その仕草だけ見ると可愛くない訳ではないんだよな…あざといけど。

 

 むしろ一色の半分は、あざとさで出来ているまである。

 

 

 

 

 

 

 おい…”素敵な何か”ってのは、まさか、あざとさじゃないだろうな!?

 

 

 まぁ、今更決定事項が覆るとも思わないので、俺は甘んじて、この敗北を受け入れる事にした。無駄な抵抗ほど、無駄な事は無いのだ。

 

 俺は早々に諦めをつけて一色に促した。

 

 「あぁ、こうなったら仕方ねぇな。とりあえず、飯にしようぜ」

 

 完全勝利を手にし、上機嫌で”ハイ♪”と返事する一色。色々と含むところもあっのたが、あまりにもニコニコとする一色を見ているうちに、そんな気持ちも霧散していった。

 

 こうして、一色を伴って1階へ下りようとしたのだが、一色は”ちょっと待ってください”と足を止め、意を決したかの様な表情を浮かべると、俺の胸元に”ぼふっ”と自分の額を沈めてきた。

 

 「ここにいる間は…いろはって、呼んで下さいね?」

 

 そう言いい終わると顔を上げ、俺を置いて1階へと下りて行った。

 

 

 …ったく、耳まで真っ赤になる程恥ずかしいなら、そんな事言わなきゃいいのに。

 

 

 

 

 ・・・。

 

 

 

 「い、いろは…。」

 

 

 

 ちょっ、これっ…想像以上に恥ずかしいわ。

 

 

 

 

 つづく

 

 

 

 【おまけ】

 

 「いろはちゃん、ケーキもあるけど、食べへん?」

 

 「ケーキですか!?頂きます♪」

 

 「甘いものは別腹やもんね」

 

 「ですよねー♪」

 

 まだ食べるのかよっ!

 

 




という訳で第4話、如何だったでしょうか?

甘いものは別腹と言いますが、
食べられる余力が増えるのって
とても凄い事ですよね。

”パンがなければお菓子を食べればいいじゃない?”

この言葉を現代風に解釈すると、

”むしろ、お菓子だけ食べたいですセンパーイ♪”

といった感じでしょうか?

平和で豊かだというのは、とても素晴しいですよね。


さて、次回でようやく5話となります。
時間軸的には、全然前へ進んでいませんけど、
次もお付き合い頂けると嬉しく思います。



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