ぼっちじゃない。ただ皆が俺を畏怖しているだけなんだ。   作:すずきえすく

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お世話になっております。
すずきえすくでございます。

本名は、すずきですらありませんが。


さて、今回は3.5話という事で
サイドストーリーという位置づけのお話です。

今回もお付き合いいただければ、嬉しく思います。



※2016年1月30日、加筆修正を行いました。


第3.5話 それからの俺は、肉まんを買うのが気恥ずかしくなった。

 

 

 三月某日、卒業式の日。

 

 

 私は某所で、葉山先輩を待っていました。

 

 正直なところ…ほら、葉山先輩は告白ラッシュの中心的存在になりそうじゃないですかぁ?だから、”時間通りには来られないだろうなぁ…”なんて思っていたんですけど、こちらから呼び出したのにもかかわらず、ほぼ時間通りに来てくださったところに、葉山先輩の誠実さを感じます。ホント、そういうところはセンパイも見習って欲し…って絶対無理ですね。

 

 

 だって、目がアレですし。

 

 

 待ち合わせの場所に現れた葉山先輩は、しばらく辺りを見回して、やがて私の姿を確認すると、軽く右手を上げて駆け寄って来ました。

 

 

「いろは、待たせてゴメン。話ってなんだい?」

 

 

 私は手のひらをキュッと握りしめ、顔を上げて答えます。

 

 

「葉山先輩、来てくださってありがとうございます。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 二人きりになるのは…

 ディスティニーランド以来でしょうか。

 

 

 

 

第3.5話

 

は、肉まんを買うのが気恥ずかしくなった。

 

 

 

 -二月某日-

 

 

 

 「それでも俺は、本物が欲しい」

 

 そんな言葉に、心を激しく揺さぶられた私は、”本物”を渇望して一歩を踏み出そうと決意した結果、クリスマスのディスティニーランドで葉山先輩に告白して、見事にフラれてしまいました。

 

 ほら…私って、結構モテる方じゃないですかぁ?ですから、コクられた事もちょいちょいあるんですけど…そういう人たちも、きっと勇気を振り絞ってくれてたんですね。私、葉山先輩にフラれるまで、全然思いもしませんでした…好意を拒絶されるのって、とても悲しい事だったんですね。その後不覚にも、センパイの前で泣いてしまいましたし。

 

 

 って私…今、気がつきました!泣いてるところをセンパイに、思いっきり見られてるじゃないですかっ!!今まで全然気付きませんでしたっ!

 

 あぁぁぁぁぁぁぁぁ…っ!!!

 恥ずかし過ぎて悶絶しそうです…。

 

 私は頭を抱えて、”ぐはぁぁぁーっ”ってなってました。これが俗に言う、黒歴史ってやつですね。違うんですっ!魔が差しただけなんですっ!あんなの、私のキャラじゃないんですっ!

 

 そもそも、こんなにも純真で可憐な私が…どうしてこんな目に合わねばならないのでしょうか?いえ、実は分かってるんです。そもそもそんなの、言うまでもないじゃないですかぁ。

 

 これもみんな、センパイのせいです!センパイが全部悪いんですっ!

 

 

 「センパイのバカっ!ボケナスっ!八幡っ!」

 

 

 ホントは、本人の前で言ってやりたかったのですが、残念ながらここには居ません。でも、全くスッキリしなかったと言えば…嘘になります。本音を言うと…ちょっとだけ、気が晴れました。やーいっ八幡♪

 

 

 

 

 

 

 「おい、人の顔を見るなり罵倒すんじゃねぇよ。」

 

 

 へ?

 

 

 声の方向へ顔を向けると、センパイが立っていました。ヤバイ…もしかして今の、聞かれてたんでしょうか?

 

 「お久しぶりです、センパイ♪一体…何の事でしょうか?」

 

 ”はて?”と小首を傾げて、全力で可愛さをアピールする私。とりあえず、全力で無かった事にしました。けれども、センパイはバッチリ聞いてたみたいで、

 

 「惚けるな。思いっきり”ボケナス…八幡”って悪態ついてたろうがっ。」

 

と的確に指摘してきました。いろはちゃん大失敗の巻♪てへっ…って、”八幡”が罵倒語に含まれてるんですね…センパイの辞書にも。

 

 まぁ、聞かれたものは仕方がないですね。

 

 

 

 色々と検討した結果、私は力技で話を変える事にしました。

 

 

 「ところで…なんでここにいるんですか。自宅学習期間なのに私の顔が見たいから登校するってのは悪い気もしなくもないですが、冷静に考えると私に執着し過ぎでちょっと引きますので出直して来てくださいゴメンナサイ。」

 

 

 いけない、うっかりテンションが上がってしまいました。このトキメキはもしかして恋の予感…じゃないですね。完全にありえません。センパイと絡むと私、何故か遠慮が無くなってしまうんです。

 

 けれども、阿吽の呼吸とでも言えばいいのでしょうか?”もはやお約束だな”といった表情を浮かべたセンパイ。

 

 「ちげぇし!って、事実無根過ぎるわっ!」

 

 「またまたぁ・・・ホントは私に会いたかった癖に♪」

 

 「あーハイハイ、会いたかった会いたかった。」

 

 「むぅーっ!なんですか、そのテキトーな返しはっ!」

 

 

 一見、馴れ合いの様に感じるかもですが、こんな些細なやり取りが、私の心を浮き立たせます。なんか久しぶりですね、この感覚…っていうか、おざなり感たっぷりに”会いたかった”って言われたのに、ちょっぴり嬉しくなってしまったのが、とっても癪です。

 

 

 ほらそこっ!ほんのちょっぴりだけなんですからねっ!!

 

 

 

 むぅっ…センパイの癖にナマイキな!

 

 反撃したくなった私は、センパイの正面に回り込み、胸元の前で両手を組んで、瞳を潤ませながら見上げる様な視線を送りました。

 

 

 

 

「センパイ、もしかそて私と会うの…嫌ですか?」

 

 

 

 

 自分の持つ可愛さといじらしさを、思いっ切り演出しましたよ?私。大抵の男の子は、これで確実に仕留められます♪もちろん、センパイにも効果テキメンだったみたいで、ちょっぴり顔を赤くして、目を泳がせながら…

 

 「い、いや・・・迷惑なんかじゃ・・ねぇよ。」

 

 そう言うと、照れてしまったのかソッポを向いてしまいました。ふふふ♪そんなセンパイ、ちょっとカワイイですよ♪ともかく、私のプライドは満たされたので、良しとします。

 

 

 いろはちゃん大勝利♪

 

 

 

 

 

 

 

 その後”今日は家族がアレなんで・・・”というセンパイを無理やり連れ立って、寄り道する事になったんです。遠まわしに断ろうとするなんて、地味に傷付きますね。そもそも、家族がアレって何なんですか。

 

 こうなったら、何かご馳走してもらいましょう…絶対に!

 

 結局、”俺は、県内全てのサイゼの位置を把握している(どやぁ!)”と言うセンパイの右手を引っ張って、前から気になってたカフェに入りました。

 

 

 ここのザッハトルテ、一度食べてみたかったんですよねー♪

 

 

 

 

 

 

 「そういや、葉山の奴はKO大に決まったみたいだな。」

 

 「ハイ、そうみたいですね。」

 

 センパイは、運ばれてきたコーヒーに、大量の砂糖と、これまた大量のミルクを投入して”うん…やはりコーヒーに限るな”と一口飲んで呟きました。ちょっと待ってください…通ぶってますけど、もはやコーヒーじゃないですよ、それって。

 

 まぁ…いいですけど。

 

 それにしてもこのザッハトルテ、めちゃくちゃ美味しいです♪。私の目に狂いはありませんでした!次に来る時は、何を頼みましょうか…。

 

 

 「まぁ、都内なら会う機会もあるだろうし、良かったな。」

 

 「ハイ♪」

 

 

 葉山先輩の進路は、戸部先輩経由で知ってましたけど…そういえば、センパイはどこへ行くのでしょうか?居場所は抑えておかなければ。

 

 そりゃもちろん…これからも、センパイにはドントン使いっぱ…じゃなくて、責任を取ってもらわねばなりませんから。え?もちろん他意はありませんよ?

 

 

 「センパイは、どんな感じですか?」

 

 するとセンパイは”んー”と伸びをした後、さらっと言いました。

 

 「俺も・・・千葉を離れる事になるかも知れんな。」

 

 「へぇー、センパイも都内なんですね。てっきりCB大志望かと・・・」

 

 「いんや、関西圏だ。」

 

 

 

 

 

 

 「・・・はい?」

 

 

 

 

 

 

 一瞬、時間が停まったのかと思いました。

 

 

 

 

 ちょ、ちょっと待ってくださいよ。

 

 

 

 

 関西は修学旅行で行きましたけど…めちゃくちゃ遠いじゃないですか!

 

 

 

 ホント、洒落になってませんよ。大体、何百キロ離れてると思ってるんですか。

 

 

 

 センパイが大学生で、私が高校生のままで…そのうえ何百キロも離れてしまったら…

 

 

 

 簡単に連絡を取り合う事なんて出来なくなって、そしてどんどん疎遠になって…

 

 

 

 センパイとの繋がりが、消えちゃうじゃないですか!

 

 

 

 そうなってしまったら

 

 

 責任を取ってもらうことも・・・

 

 

 お話しすることも・・・

 

 

 そして、そっと触れることだって・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 さぁっ…と血の気が引いて、急激に体温が失われていく様な錯覚を覚えると同時に、身体からガックリと力が抜けていく気がしました。そんな様子に気がついたのか、心配そうな表情を浮かべたセンパイが、私の顔を覗き込んできます。

 

 「おい、大丈夫か?具合でも悪いのか?」

 

 

 けれど、それを悟られたくない私は、平静を装うしかありませんでした。

 

 「だ、大丈夫です。センパイが芸人デビューして、ぼっち漫談で駄々スベリする所を想像してたら、寒くなってきただけです。」

 

 「想像力豊かだな、オイ…って、ぼっち漫談って何だよ。」

 

 

 

 

 

 

 それからの事は、あまり覚えていません。

 

 ただ、胸にぽっかりと穴が空いてしまって…それを埋めるピースを無くしてしまった様な感覚が、私の中から消える事がありませんでした。

 

 

 

 

 そして心の片隅に、違和感を抱えたまま迎えたのが、今日。

 

 センパイ達が卒業する日です。

 

 

 実は、生徒会長として送辞を送る予定でして、ちょっと早めに登校してきたんですけど…学校に着くなりセンパイの姿を探してしまう自分が、とっても腹立たしいです。

 

 だってほら、負けた気になるじゃないですか?

 

 

 とはいえ、この数日間ずっと抱え込んでる違和感が一体何なのか、正体が分からないまま…いえ、本当は何となくと分かってるんです。ただそれを認めてしまうと、きっと今までとは、何かが決定的に変わってしまって…。

 

 得体の知れない不安を抱えたまま、センパイと顔を合わせたとしても、何を話せば良いのか全然分からず…結局あれから、1度も会えていません。

 

 

 この様に、柄にもなく小難しいことを考え込みながら生徒会室へ向かう私。入口で立ち止まって”ああんもうっ…!”っと、もやもや感に支配された頭を掻き毟っていたところに、誰かが声をかけてきました。

 

 

 「よぉ、いろはすじゃん」

 

 「…はい?ってなんだ、戸部先輩じゃないですか。」

 

 忘れてましたけど、戸部先輩も卒業生でしたね。

 

 

 「いろはす、それないわー」

 

 まったく…相変わらず騒がしい人ですね。まぁ、悪い人ではないんですけど。けれど、仮にも先輩ですので、ここはキチンと挨拶しておく事にします。

 

 こう見えて、私はそのあたり…しっかりしてるんですよ?

 

 

 「戸部先輩、卒業おめでとうございます。」

 

 「おぉ、ありがとな」

 

 「卒業できて良かったですね。」

 

 「お、おぉ、ありがとな…」

 

 

 

 

 考えてみれば、これまで戸部先輩を色々とコキ使…お世話になりました。主に荷物運びとか、生徒会室の模様替えとか…そうそう、プロテインまとめ買いの時もお世話になりましたよね。

 

 「戸部先輩、本当にありがとうございました。」

 

 「いいってことよ!」

 

 

 今振り返ると、結構雑な扱いをしてしまったと思うんですけど、”そんな事は全く気にしてないぜ!”といった感じ(※個人的な感想です)で返事する戸部先輩は、とても懐が深い人だと思います…ちょっと騒がしいけど。

 

 

 

 僅かな沈黙が訪れた後、戸部先輩が不意に遠くを眺めました。つられて私も同じ方を眺めてみると、正門の辺りで見知らぬ男女が、照れくさそうにモジモジしています。

 

 ほほお…どちらかが告白して、見事カップル誕生といったところですね…。

 

 リア充は、今すぐここで爆発してください。

 

 

 一方、戸部先輩は”いいわー青春だわー”と言うと同時に、右手を高々と上げてサムズアップをし、無駄に爽やかな笑顔を浮かべました。戸部先輩は、単純で何も考えてはいませんけれど、他人の幸福を素直に喜べる良い人です…ちょっと暑苦しいですけど。

 

 私は、なんとなく聞いてしまいました。

 

 

 「戸部先輩には、好きな人っていますか?」

 

 「へっ、いろはす…もしかして俺の事が!?」

 

 「いえ、それは無いです。全く無いです。」

 

 「いろはす容赦ないわぁー。」

 

 大事な事なので、もう一度言っておきますが…これっぽっちもありません。微塵もその気はありません。可能性ゼロです。取りあえず、20回くらい生まれ変わってから出直してきて下さい。

 

 「で、いるんですか?」

 

 戸部先輩は、一旦間を置いて視線を遠くへ向けた後に

 

”あぁ、いるべ”

 

と言いました。

 

「告白をしようとして失敗したんだけどさぁ?いや、正確には出来てないんだけど…ってかそもそも、ヒキタニ君にチャンスを貰った様なもんだし…みたいな?。」

 

 センパイ、一体何をやらかしたのでしょうか…。私、とっても気になります…けどっ、とりあえず今回それは、後回しです。

 

 

 「誰かを好きになるって、なんなんでしょうね。」

 

 ”そんなん、いろはすの方が良く知ってるっしょー”と、のたまう戸部先輩。それは…確かにそう思われても、仕方ないですけど。

 

 

 「好きって色々あるっしょ?親愛だったり、敬愛だったり、友愛とか・・・・あぁ、憧れってのもあるでしょー」

 

 今まで、なんとなく”良いなぁ”と思ったら、取りあえず粉を振りかけていたので、そういった事をあまり深く考えた事が無かった私には、興味深い話です。

 

 

「でもさ、えび…げふんげふん。十年先も、百年先も、おじぃおばぁになっても…一緒に居られたら良いって思うんだったら、その”好き”は最高っしょー?」

 

 

 最高の”好き”ですか…。

 

 

 自分の気持ちが一体どうなのかを知る事は、とっても難しいと思っていたんですけど、戸部先輩の単純明快な”好き”は、私に軽い衝撃を与えたのと同時に、それは驚く程すんなりと私の中で消化されていきました

 

 

 

 

 それじゃあ、私にとっての”最高の好き”って…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あぁ・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そっかぁ・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 そういうことだったんですね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 「…ってごめんな、いろはすー。よく分かんないっしょ?」

 

 戸部先輩は、先ほどのシリアスモードからは完全に脱却し、いつものウェーイな調子に戻っていました…3分くらいが、限界なんですね。

 

 「いえいえ、大変参考になりました!」

 

 「そう言ってくれるとありがたいわー。」

 

 いえ、こちらこそ感謝です。なんと言いますか…そう、目から鱗が落ちまくって、後で掃除が大変なまであります。さて…そうと決まれば、早速行動しなければ!です。

 

 

「では行きます!あ…そうそう。海老名先輩とずっと一緒にいられたら良いですね♪」

 

「ちょっ、何でっ!?」

 

うろたえる戸部先輩を残し、私はその場を後にしました。

 

 

 

 

 

新たな一歩を踏み出す為に、私がしなければならない事…。私はポケットからスマホを取り出し、ダイヤルしました。

 

 

『もしもし、葉山先輩ですか?』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「いろは、待たせてゴメン。話ってなんだい?」

 

 

 私は手のひらをキュッと握りしめ、顔を上げて答えます。

 

 「葉山先輩、来てくださってありがとうございます。」

 

 

 

 二人きりになるのは…

 ディスティニーランド以来でしょうか。

 

 

 

 

 

 

 

 「葉山先輩はあの時、既に気が付いてたんですね・・・。」

 

 

 私は”カッコイイ葉山先輩”のうわべに憧れていたに過ぎなかったんだ…。

 

 

「あぁ。」

 

 

 葉山先輩はそう返事をするだけで、あとはただ微笑みを浮かべていました。

 

 周りの人を、誰一人傷つけない様にするには、相手の立場や心情を人一倍配慮し、読み取らなければいけません。さっき私が、ようやく気付いた私自身の気持ちも、葉山先輩は、あの時既に感じ取っていたんですね…。

 

 

 

 

 

 

 少しの沈黙の後、葉山先輩は私に問いました。

 

 「いろは、これからどうするんだい?」

 

 「これから・・・と言いますと?」

 

 

 全部見透かされるのも悔しいと思ったので、少し恍けてみようと思ったんですが、相手は1枚も2枚も上手…ど真ん中の直球を投げてきました。

 

 「見つけたんだろ?本物の気持ちを、さ。」

 

 結局、全部お見通しなんですね。流石はおにいさ…じゃなかった、葉山先輩です。こうなったら、もはや取り繕うのは無意味ですよね。私は大きく胸を張って、宣言しました。

 

 

”もちろん、アタックあるのみです!”と。開き直った乙女は、とっても強いんです!

 

 

 「そっか。頑張れよ、いろは。」

 

 葉山先輩は穏やかに、けれども力強いエールを私にくれました。

 

 

 「でも、ライバルが二人もいるんで大変なんですよねー。」

 

 「まぁ、確かにあの二人は強敵だけど、一番の強敵は・・・」

 

 

 

 

 

 

 「「比企谷八幡」」

 

 

 

 

 

 

 「だな」

 

 「ですね♪」

 

 私たちは顔を見合わせると、思わず噴き出してしまいました。センパイ、朗報です!安

心してくださいね?アナタの存在感、たっぷりありますよ♪

 

 

 

 

 

 

 「じゃあいろは、サッカー部の事をよろしく頼むな」

 

 恐らく今後、葉山先輩とお会いする機会はぐっと減ることになりそうです。

 

 「葉山先輩!」

 

 「なんだい、いろは?」

 

 私は万感の想いを込めて、感謝の念を伝えました。 

 

「ご卒業おめでとうございます!今までありがとうございました!」

 

 

 

 葉山先輩は軽く右手を上げると、校門の方へ駆けていきました。

 

 

 

 

 

 

 さようなら、葉山先輩。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 由比ヶ浜が言った。

 

 ”奉仕部で打ち上げするからね。来なきゃ泣くよ?”と。

 

 いやお前、絶対泣かないだろう…っていうかむしろ、俺が泣かされるまである。

 

 

 無論、雪ノ下にな。

 

 

 でも、まぁなんだ…参加する事もやぶさかではないんだけどな。

 

 

 

 集合の時間まで余裕があったので、3年もの間、雨の日を除いてほぼ毎日の様に、俺を支え続けてくれた場所へと足を運ぶ事にした。

 

 

 そう、ベストプレイスだ。

 

 

 ベストプレイスを訪れるのは、恐らく今日で最後だが、そんなの関係ねぇと言わんばかりに、いつもと何一つ変わる事のない時間が、ここには流れていた。

 

 生徒達の声色は風に乗って、あらゆる方向からやって来る。それらの喧騒がここで交わり、それはあたかもオーケストラの様に反響し、波の様に響き渡るのだ。

 

 俺は、いつもと同じ様に段差に腰掛け、マッ缶を開けた。

 

 きっとこの場所は、俺がいなくなった後も何一つ変わらずに。風が全てを包み込こんで、辺りを静かに見守ってゆくのだろう。

 

 

 

 

 

 さて、時間も時間なのでそろそろ向かうかな…と腰をあげた時、遠くから誰かが息を切らして駆けてきた。

 

 

 「はぁーっ…んっ…もうセンパイっ…探しましたよぉ…はぁっ…はぁつ…」

 

 

 俺の前で立ち止まったのは、一色だ。そんなに慌てて、一体何があったんだ?

 

 

 「はぁん…あ…ん…い、息っ…息が整うまで…待ってください…んふぅ」

 

 

 ・・・。

 

 

 わかった、いつまでも待ちつづけようじゃないか!可愛い後輩の為だ、うん。

 

 

 

 

 

 決して…一色の息遣いにドギマギしてるんじゃないんだからねっ!

 

 

 

 しばらくすると、落ち着きを取り戻した一色が、俺に話しかけてきた。

 

 「センパイ、卒業おめでとうございます!」

 

 「あぁ、ありがとうな」

 

 「ハイ♪」

 

 「・・・。」

 

 「・・・。」

 

 

 「あれ?もしかして、態々それを言いに来たのか?」

 

 「ハイ♪もちのろんですっ♪」

 

 イマドキ”もちのろん”って、昭和か!でもまぁいいや、これくらいなら。いや、まてよ…一色の事だから、この土壇場でまた何か面倒な事を…

 

 「センパイ、何か失礼な事を考えてませんか?」

 

 「いえ、考えていません。マジ済みませんでした。」

 

 「なら宜しい♪」

 

 一色の視線が怖かったので、つい敬語になっちまった…。

 

 

 

 「それにしても、よく俺の居場所が分かったな。」

 

 「センパイの行きそうな場所なんて、まるっとお見通しですよ♪」

 

 そう言うと、一色はお馴染みの敬礼ポーズを決めた。もちろん、”きゃるん♪”とした笑顔ももれなくセットだ。うん、あざといのはいつも通りだ。いろはす的にポイントたかーい。

 

 

 「ちょっと、なんでそんなに反応薄いんですかっ!」

 

 「いや、流石に慣れたわー。」

 

 「はっ!それは、俺にとって慣れ親しんだ女性はお前だけだから付き合って欲しいって事ですか?!お気持ちは大変嬉しいのですが受験が終わってない今の状態だとセンパイの集中力が乱れてしまうので終わってから出直して来てくださいゴメンナサイ」

 

 

 卒業式の日には、どの学校でも多かれ少なかれ、告白ラッシュが巻き起こる。したがって、そこでフラれてしまう事は決して珍しい事ではない。ただしそれは、告白したけれど想いが叶わなかったというならば…だけどな。日本中で俺くらいじゃないか?告白もしてないのにフラれるのは。

 

 まぁ…こんなやり取りも今日で終わりなんだけどな。

 

 

 「何言ってるんですか!?終わりになんてさせませんよ?」

 

 いやいや、高校を卒業したらここには来なくなるし、何より、お前との接点は殆どなくなるじゃないか。大体、お前の為に張り切ってくれる下僕予備軍なんて、沢山いるだろうに。

 

 「いいえ、センパイにはこれからも責任をとってもらいます。」

 

 「いや、そりゃお前が生徒会長に・・・」

 

 生徒会長に当選させた責任をだな…と言い終わる前に、言葉を遮られた。

 

 「ディスティニーランドの帰りに、責任取るって言ったじゃないですかぁ」

 

 「いや、あれは俺が言ったんじゃなくて、お前が俺の耳元で・・・・」

 

 

 そう言い終わらないうちに、一色が俺との距離をきゅっと詰めて来た。そして、俺のシャツの裾をぎゅぅっっ…と掴むと、しっとりと潤んだ瞳を俺に向けて、絞り出すような声で俺に問いかけてきた。

 

 

 「せんぱぁい・・・やっぱり・・・私の事・・・嫌いですか?」

 

 

 一色さん!ちょっ、それ反則っ!そんな顔されたら、何も言えないじゃないか!

 

 「い、いや、決してそんな事はないんだが・・・」

 

 どもりながらも、当たり障りのない俺の返事を耳にした一色は、シャツを掴む力に”ぎゅっ”と一層力を込め、元々大きな瞳をさらに大きく開くと、俺にとどめを差しに来た。

 

 

「じゃあぁ…これからも…ずっとずーっと…責任とってくださいね?」

 

 

 

 こいつズルい!お前、絶対分かっててやってるだろっ。自分の可愛さが何なのか分かってないと、ちょっとこの仕草は出てこないぞ…平塚先生!一色さんがズルしてきますっ!

 

 あざといからといって、可愛くない訳ではないから始末が悪いのだ。

 

 「わ、わかった、わかったから。なんかあったら連絡しろ。」

 

 

 その言葉を聞いた一色は、ぱぁぁぁっっと表情を明るくしたかと思うと、これ以上ないというくらいに元気よく、弾んだ声で”ハイっ♪”と返事した。

 

 ったく・・・現金なやつだ。

 

 そのあと一色は、間髪入れずに一色は、ポケットからスマホを取り出すと、目をキラキラさせながら、”それではセンパイ…家電に携帯、メール、LINE…ありとあらゆる連絡先を教えてくださいね♪”と興奮を隠さない。

 

 ありとあらゆるって…下僕にする気マンマン過ぎるだろ。どんだけ外堀埋めんだよ?

 

 

 

 

 

 登録を済ませた一色は、にんまりとした表情を浮かべると

 

”えいっ”

 

という掛け声とともに、俺の右腕に自分の両腕を絡ませてきた。女の子特有の、甘い香りと柔らかい感触が俺を支配する。

 

 

 以前の俺ならば、勘違いして確実に惚れていたな。そして高確率で、フラれていた違いない。だがここは、決して同じ轍は踏むまい!そうだ、こいつをカボチャと思おう…

 

 そうだ一色、お前はカボチャだっ!

 

 だが俺の思惑とは裏腹に、2つの柔らかな膨らみが俺を惑わせる。あぁ…そうか。そもそも、こんなに柔らかいカボチャなんて、ある訳が無かったんだ…。

 

 どう考えても、これは肉まんだ…そう、肉まんなんだ!!

 

 

 そんな心の葛藤など知る由もない一色は”さぁ、皆さん待ってますよ♪”と言うと、俺を伴って歩き始めた。

 

 ってか、そろそろ腕を開放してくれませんかね?

 

 

 

 

 

 

 

 「あ、そうだ・・・センパイ。」

 

 一色が、何かを思い出した様に立ち止まった。そして、俺の右腕を解放するや否や正面に回り込んでいつもの敬礼ポーズを決めると、屈託のない笑顔を浮かべて言った。

 

 

 

 

「これからも、ずっとずーっとよろしくですっ♪」

 

 

 

おわり

 

 

 




第3.5話の最後までお付き合い頂き
ありがとうございます。

皆さんは肉まん食べますか?
関西では551(豚まん)が抜きん出た存在(個人の意見です)
なのですが、個人的には難波にあります
二見の豚まんも、なかなか捨て難いです。

もし、こちらへ来られる機会がございましたら
是非是非食べ比べられてはいかがでしょうか。



今回は、急に浮かんだお話でしたので
1500字程度に収める予定だったのですが・・・
全然収まりませんでしたね。

本当に、長々とお付き合い頂きまして
ありがとうございました。
(大切な事なので、2回書きました)


それでは、第4話もまた
お付き合い頂けると嬉しく思います。


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