ぼっちじゃない。ただ皆が俺を畏怖しているだけなんだ。   作:すずきえすく

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かなりのご無沙汰をしまして、申し訳ありません。
どうぞよろしくお願いいたします。



第20話 もしあの場面で、ネロがブラックブラックガムを持ってさえいたならば・・・

 

 ウィキペディアによれば、リスクマネジメントとは”リスクを組織的に管理(マネジメント)し、損失などの回避または低減をはかるプロセスをいう”のだそうだ。

 

 だとすれば、材木座の様なぼっちからすれば”年賀状が来ないのは、皆メールで済ませているからでござる”ってな具合に、正月早々親兄弟に対して取り繕ってみたり、修学旅行の班決めの時徐に(おもむろに)国語の教科書を開いて”物語に集中し過ぎて、周りの喧騒なんて全然気付いてないでござるよ”アピールをしてみたり、はたまたチュッパチャップスを挿したヘッドホンを耳に当てたまま机に突っ伏して、昼休み中寝たふりを決め込んで中2感を演出したりする…などといった、孤高の存在を演じる事によって己の自尊心を守るという涙ぐましい努力は、一種のリスクマネージメントであると言えなくもない。

 

 しかしながらそんな思惑とは裏腹に、日常生活において屡々(しばしば)その身に降りかかって来るリスクをマネージメントしきれずに、かえって心の奥底を大きく抉られるという結末を迎えるぼっち達も少なくない。

 

 

 

 そりゃそうだ。

 

 

 

 どんなに取り繕ったところで、ぼっちは所詮ぼっちなのだ。そもそも、事ある毎に”孤高なオレってば超カッコイイ!”アピールを重ねたとしても、自分自身が思うほどに他人はこちらを見ちゃいない。むしろ、人との繋がりが希薄なだけに存在感が無さ過ぎて、ふとした拍子に

 

 

 「比企谷? 誰、それ。」

 

 

などと真顔で言われるまである。相手に悪意が無いだけに、そのダメージは地味大きいのだ。

 

 

 

 

 

 だがちょっと待って欲しい。

 

 リスク自体を回避する事自体は比較的容易であるにもかかわらず、リスクマネージメントという盾を手にしているとはいえ、それ自体を避ける事はせずにあえてその中に身を投じる…(そして案の定心理的ダメージを受け悶絶する)といった、一種矛盾を含んだ行動を取る者が後を絶たないのは、自らを孤高の存在であるとアピールしながらも、その実他人の視線が頗る(すこぶる)気になってしまうという、アイデンティティクライシスよろしく、心が左右にグラグラと揺れ動いているからなのではないだろうか?

 

 だとすればそういった者の大半は、心の奥底に『不本意ながらもぼっちな境遇を受け入れつつも出来れば脱ぼっちを果たしつつ、あわよくばリア充共の仲間入りを果たしたいんです、私(晴れた空が好きです)』という、ある意味”犬伏の別れ”的な心の葛藤を隠し持っているのではないかと推察…いや、ここは敢えて”隠し持っているに違いない”と断言する事にしよう。

 

 

 そこへいくと、俺のリスクマネージメント…いや、もうこれは新しくカテゴライズされたマネージメント、言うなれば”ぼっちマネージメント”って呼んでも良いよな。

 

 とにかく、そのぼっちマネージメントっぷりは彼らと一線を画している。

 

 

 まず、正月に着信メールを装って携帯のアラームをセットしたりはしないし、班決めの際に読むのは国語の教科書ではなく場の空気だ。むしろ、自ら進んで穴埋め要員となって、

 

 「ひ、ヒキタニ君…良かったら組まない?」

 

といった具合に遠慮がちに声を掛けられるという経験を山ほど重ね、スーパーサブたるポジションを堅固に築き上げた結果、その道ではもはや熟練者(マスターアジア)と言っても差し支えの無い域に上り詰めたまである。

 

 そして、ぼっちにとって一番の山場であると言ってもいい…昼休みに至っては、その大半をベストプレイスにてその時間を費やしてきた。

 

 

 この様に、第三者との接触を”持たず作らず持ち込ませず”いうぼっち3原則…即ち無の境地へと辿り着いた俺の心理に、前述の者共の様なブレや葛藤など欠片も存在するはずもなく、それは即ち、ぼっちという世界での悟りを開いた”分かっちゃった人達”の仲間入りを果たした…いや、むしろ俺がトップランナーであると言っても過言ではない。

 

 

 

 

 

 

 …多分な。

 

 

 ともかく、どこかのバンドみたいに”他のメンバーがボーカルを残して脱退してしまいました(そして脱退メンバーで新たにバンドを結成しました)”みたいな状況は、見る者の胸を強く締め付けるし、またその哀れみの視線を向けられた当事者は多くの場合、夜寝る度にその光景を思い出し、一人布団の上で悶絶する事になるだろう。

 

 華々しく散っていた先人達の経験…いや、むしろ歴史と言ってもいいだろう、現代を生きる我々はそれらを教訓とし、決してその悲劇的な歴史を繰り返してはならない。

 

愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶのだ。

 

 

 結論。中途半端に群れない事…つまりぼっちである事こそが、人生における最大のリスクマネージメントなのである。

 

 

 

 

 

 ア○イさん…メンタル超強ぇ。

 

 

 

 

 

 

 だが、そんな特権階級(ボッチマスター)たる俺にだって、リスクは突然に…しかも容赦なく降りかかってくる。

 

 

 

 

 

 「アザレアを~♪これ以上歌うと色々とヤヴァイから歌わないし~っ♪」

 

 

 台所の奥から、一度耳にすれば誰もが”上機嫌なんだな…”と分かるくらいに陽気な鼻歌が、先程から絶え間なく聞こえてきている。ちょっと鼻の掛かった甘い声に加えて適度に外れる音程により、却ってその可愛さが頗る(すこぶる)強調されて、それらはタンポポの綿毛の様にふんわりと柔らかい旋律となって、俺の耳を心地良く擽って来る。

 

 本来であるならば、そんな緩い空気にその身を任せ、再び夢の世界へ旅立って惰眠をむさぼりたいところなのだが、そんなアップテンポでご機嫌なサウンドと反比例するかの様に、俺の周りに漂う空気は重く、どんよりと淀んでいった。

 

 そう、察しの良い皆様は既にピンと来ていらっしゃるかも知れないが、その戦慄…もとい旋律の主は由比ヶ浜だ。

 

 

 「あぁっ!?結衣さんそれはっ!!」

 

 

 時より、その穏やかな旋律を打ち破るかの様に聞こえて来る小町の悲痛な叫び声によって、壁を隔てた向こう側で起きている出来事の凄惨さが、より生々しくこちらへ伝えられてくる。

 

 

 これは…ダメかも分からんね。

 

 

 

 

 それから更に幾ばくかの刻が流れ、俺の目の前には何とも形容し難い物体Xが、ど派手な湯気を噴き上げながら、あたかも己の存在を誇示するかの様に鎮座していた。

 

 「えへへ…ちょっと失敗しちゃった♪」

 

 そう言いながら、軽く頬を染める由比ヶ浜。

 

 ちくしょう…悔しいが可愛いじゃないか、この野郎っ! ダン〇ンこの野郎っ! だが、そんな可愛い仕草がコントラストとなって、却って物体Xのヤヴァさが強調されてしまい、それを口元に運ぶという俺の決心を、大幅に鈍らせた。

 

 

 ってか、失敗とかいうレベルじゃないだろ…これ。

 

 

 

 そんな空気を察したのか、由比ヶ浜が

 

 「む、無理しなくても良いから…ね?」

 

と、寂しそうに視線を落とした。

 

 そんな一連の仕草が、俺の罪悪感をチクチクと刺激する。

 

 

 いやー、これマジでヤヴァイでしょー!(戸部風)

 

 

 

 そんなやり取りを見ていた小町が、もどかしそうな声で俺の耳元で囁いた。

 

 「お兄ちゃん、何やってんのさっ! ここでビシッと根性出さないと、小町的にポイント低いよっ! 」

 

 

 

 

 

 

 

 

 お前は鬼か。

 

 

 

 

 

 とは言え、ここまで来ては流石に逃げられないという事も分かっているんだ…あぁ、分かっているとも! ほら、”男なら、負けると分かっていても戦わなければならない時がある”って、ハーロックと松本先生も言ってたしな。

 

ここでようやく、俺は腹を括る事にした。

 

 

 相変わらず勢いよく煙を噴き上げているそれに一瞬たじろいだものの、”ごくり”と1つ、生唾を大きく飲み込んで右手で力強くスプーンを握りしめた俺は、そのまま物体Xを自分の口元へ一気に掻き込んだのだった。

 

 そんな俺の様子に

 

 「ヒッキー…」

 

と、嬉しそうに呟く由比ヶ浜。そんな彼女を見て、少しは腹を括った甲斐があったのかもな…などと思いつつ、徐々に意識が遠のいてゆく。

 

 

 

 「パトラッシュ…なんだかとっても眠いんだ…」

 

 

 

 そんな思いを最後に俺の視界は真っ暗な闇に包まれ、そこで意識がぶっつりと途切れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あれ…確か前にも、こんな事無かったっけ? 

 

 

 

 

 第20話

 

で、ネロがブラックブラックガムを持ってさえいたならば…

 

 

 

 

 

 

 「もうっ、ヒッキーってば。昨日は何時まで起きてたの? あんまり夜更かししちゃ…体に悪いよ?」

 

 

 

 何だか釈然としない思いを抱えながらも、”あぁ…スマン。”と俺は短く返事をした。何だかんだで、俺の身を案じてくれているのだから、その気持ちは大事にしたい。

 

 

 あれから大凡(おおよそ)30分程経った後、川を挟んだ向こう岸から手を振る人々を振り切って、俺は何とか息を吹き返した。たった30分なのに、何だか2時間映画を1本観た後の様な、密度の濃い出来事があった気がするのだが、何故だろう…全然思い出せない。

 

 やけに筋肉質な、ヘルメットに覆面という出で立ちの人に声を掛けられ、生命の玉とやらを3つ~4つ貰った様な気もするけれど、きっと気のせいだな…ウン。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 コンピュータ超人のOSが、まさかのWindows95だったなんて…。

 

 

 

 

 

 閑話休題。

 

 寝ている間に見る夢なんてのは、往々にしてそういうものだ。”人偏”に”夢”と書いて”儚い”となるのも、きっとそんな理由だからなのだろう。

 

 あるいは、”夢”というものは早々に”夢”から”目標”へと昇華しなければ、結局只の夢で終わり、儚くも霧散してしまうものだという、”俺、BIGになる!”と上京してきたは良いが日常生活に疲れてしまい、ただ生きる事だけで精一杯になってしまっている夢追い人への警鐘なのかも知れない。

 

 

 

 まぁ…適当に言ってるだけだから、胸が痛かった皆様はくれぐれも気にせず、今後も目標に向かって頑張って欲しい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 他意はないんです…いや、マジすんませんでした。

 

 

 

 ともかく俺の場合、夢を叶える為にわざわざ上京必要はない。まぁ仮に行くとしても、アキバあたりをブラついて、精々ジャンクパーツをニヤニヤしながら眺める程度のものだ。

 

 ”BIGでなくてもいい、ただ堅実に育って欲しい…”

 

 そんな(主に親父の)思いを背に受けて、堅実な目標たる専業主夫になる…という大願を成就すべく、俺は日々精進し続けるのみなのである。

 

 

 

 

 

 「専業主夫に、俺はなるっ!!」

 

 

 

 

 

 そんな俺の心の声を漏れ聞いた由比ヶ浜は、軽く頭に手を当てて

 

 ”はぁ…”

 

と、呆れた様に大きな溜息をついた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんなこんなで、予定よりもほんの少し早めに勉強会が始まった。

 

 シンと静まり返った室内に、”カリカリカリ…”とペンを走らせる音が絶え間なく響き渡り、時より”パラパラパラ…”と問題集のページを捲る音が微かに宙を舞う。ピンと張り詰めた空気がその場を支配し、そこに一切の緩みが感じられない。

 

 自分の課題に目を通しつつ、そんな雰囲気に何となく落ち着かない俺がいた。まぁ…なんだ、女子が自分の部屋に居るってだけで、そもそも落ち着かないものなんだよな、多分。

 

 

 それにしても、あの由比ヶ浜が勉強に対して、こんなに前向きになるなんてな…。だってこいつ、”勉強が苦手なのも個性っ!!”って鼻息荒かったんだぜ?

 

 往々にして個性個性言ってる奴に限って個性が無い。そもそも、ちょっとやそっとで変わるものが個性なわけがない…とは俺の持論なのだが、由比ヶ浜の散々たる成績表の履歴を鑑みれば、彼女の主張は至極当然の事の様に思われた。

 

 だってさ、アヒルの行進なんだぜ? ”いっちにっ、いっちにっ…”って。

 

 であるから、”そうだな…個性だな。”と、俺の中で出来うる限りの優しい眼差しを向けて、その発言を全面的に肯定したにも拘らず、

 

 「ヒッキーっ、その言い方何かムカつくっ!!」

 

と、由比ヶ浜の不興を買ったのは、甚だ理不尽な話だった。

 

 

 あとさ、手当たり次第に物を投げるのはやめような。だってほら、当たったりしたら痛いじゃん? 鉄アレイとかさ。

 

 

 

 ってな具合で、由比ヶ浜の勉学に対するモチベーションの低さを、かつての俺は物理的なダメージを以って思い知らされていた訳なのだが…ところがどっこい、今目の前にいる彼女には当時の面影など微塵も無い。

 

人間ってのは明確な目標が出来るだけで、こんなに変わるもんなんだな。”鹿苑寺”と”慈照寺”が合わさって、”鹿苑寺…ショウジ?”なんて事をのたまっていたのが嘘の様だ。

 

 

 俺がそんな事を漠然と考えている間も、由比ヶ浜のペンは変わらず快調に文字を刻み続けている。何度かの勉強会を経て、最近ようやく見慣れてきた由比ヶ浜の真剣な顔つきからは、それまでお馴染みであった喜怒哀楽に溢れた、豊かなそれとはまた違った彼女の一面が垣間見えてくる。

 

 僅かにあどけなさを残した顔立ちとは対照的に、まるでユリの花の様な凛とした空気を身に纏う姿に、思わず目を奪われそうに…って、ちょっと待ってくれ。

 

 奪われそうってだけでその…なんだ、魅了されてなんてないんだからねっ!

 

 幾多の恋愛経験というか失恋、いや勘違い的?…な、ともかく修羅場を潜り抜けてきた俺ですらこの調子だ。きっと並みの人間だったらコロリといってるに違いない。

 

 危ないところだった…。

 

 色即是空、空即是色。人間、経験を糧に日々学習して生きているのだ。

 

 

 そんな、悶絶したかと思えば即達観した様にウンウン頷く俺の様子がよっぽど挙動不審に見えたのか、由比ヶ浜は俺の顔へと視線を移すと、”ほえっ?”っと不思議そうに首をかしげた。

 

 「ヒッキー、なんか変だけど大丈夫?」

 

 続けて”まぁ、変なのはいつもの事だけどさ”と、失礼な事をのたまう由比ヶ浜。

 

 なんて失敬なっ…と言いたいところだが、自覚があるだけに反論できねぇ。

 

 だが皆様、ここは冷静になって俺の言葉に耳を傾けて欲しい。”変わっている”という事は、即ち一般人とは異なっているという事であり、歴史に名を遺す偉人達の多くは、偉業を成し遂げるまでの過程において屡々(しばしば)変人扱いされたものである。つまり、日頃より周りから畏怖される俺もまた、特別な存在なのだと感じました。

 

 結論。ヴェルダースオリジナルに出て来るお孫さん、超偉人。

 

 

 だが、その変人…もとい、偉人っぷりすら目立たなくさせてしまう程のヴェルダースオリジナルの旨さを、お茶の間の皆様へ如何に伝えれば良いのかを考えあぐねている俺に対し、心配そうな表情を浮かべた由比ヶ浜は、自分の顔をグイッと俺に近づけた。

 

 「もしかして…体調良くない? 大丈夫? 」

 

 由比ヶ浜はそう俺に尋ねるや否や、右手で俺の前髪をそっと掻き上げ、そして左手で自分の前髪を掻き上げると、自分の額を俺のそれに押し当てた。

 

 

 ち、ちょっ…ガハマさん何やってるんっスかっ!?

 

 

 あまりに突然の出来事に、陸揚げされた直後のバナメイエビ(活きてるやつな?)の如く、思わず左右に身を捩る(よじる)俺。しかしその直後、由比ヶ浜の両手によって俺の頭は両サイドから挟み込まれる様にガッチリとホールドされ、一切の身動きが取れなくなった。

 

 「ちょっ、熱計れないじゃん! じっとしてろしっ!」

 

 由比ヶ浜は、お節介な幼馴染がちょっぴり拗ねた様な声を出しつつ、より一層自分の額を俺のそれに密着させた。

 

 ちょっ、おまっ!?

 

 これ以上ないくらいに、ドアップになった由比ヶ浜と目が合った。深い海の様に澄んだ藍色の瞳から送られる、1寸のブレもなく真っ直ぐな視線は、あたかも完全にロックオンした照準器の様に力強く揺るぎが無いものだ。

 

 そんな視線に、この俺が耐えられるはずも無く、ものの数分で居た堪れない気持ちで一杯になった。だがどんなに身を捩ろうとも、俺の頭は大絶賛ホールド中だ。

 

 …ってか、その細い腕からどうやったらこんな力が出るんだよ!

 

 肌の触れ合う部分からは、由比ヶ浜の温もりがダイレクトに感じられ、また、あとほんの少しでも近づけば触れてしまいそうなくらいの、僅かに開かれた由比ヶ浜の唇から漏れる”もわぁぁっ”とした熱い吐息が、柑橘系の香りを乗せて俺の鼻先をくすぐった。

 

 近いっ…近いよっ!!

 

 

 「うーん、熱は無いみたいだけど…」

 

 由比ヶ浜は、そんな俺の動揺など微塵も感づいてない様に呟くと、ようやく俺から額を離した。

 

 

 この5分にも満たないこの出来事によって、俺はすっかり気が動転してしまい、既に由比ヶ浜はパーソナルスペースの外であるにも関わらず、俺の鼓動はその余韻に引っ張られたままだ。

 

 

 

 

 

 「ホント…顔赤いけど大丈夫?」

 

 そんな由比ヶ浜の問いかけに、

 

 ”あぁ…大丈夫だから気にするな。”と答えるだけで俺は精一杯だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「結衣さぁん、お兄ちゃぁん、おやつの時間ですよぉ~♪」

 

 

 

 15時を少し過ぎた頃に、5○1の豚饅を片手に小町が部屋へとやって来た…ってか、豚饅まだあったのかよっ!

 

 「いやぁ…思いのほか美味しくってさ、お取り寄せしたの♪お母さんも美味しいって言ってたよ?」

 

 気に入ってもらって何よりだが、それ…俺って確実にありつけてないやつだよね?

 

 

 だが、ここは敢えて現実から目を背ける事にした。だって、心が折れるもの。

 

 

 「それって親父は?」

 

 「さぁ?」

 

 良かった、親父もありつけてないやつだ…親父ってば超可哀想。

 

 まぁ…お歳頃の娘さんの、父親に対する関心としてはこれくらいが世界標準だろうからさ、めげるな親父っ!

 

 

 

 あれ…って事は俺って…親父と同じ扱いって事?

 

 

 

 知りたくなかった真実を目の当たりにし、頭を抱えて悶絶する俺を余所に、小町は急々と豚饅とお茶を配膳し始めた。手際良く並べられたそれらは、ほくほくと柔らかな湯気を立てて、しょんぼり気分を忘却の彼方へと葬り去ろうとするが如く、俺の食欲を激しく刺激してくる。

 

 こういったあったかメニューは、この季節だと通常の3割り増しくらい旨そうに見えるから不思議だ。昼前にもこもこと煙を噴出していたアレと、ビジュアル的には大差は無いはずなんだけどな…ほんと不思議だ(大事な事なので2回言いました)。

 

 「・・・。」

 

 まぁ何だ、過去を振り返ったって仕方がないじゃないか。もし変えられるとするならば、それは常に未来だけだ。そして、あと数分後には、旨いものを頬張る未来が待っている事だろう。

 

 そう…あとは食べるだけんだ!

 

 

 だが、そんなタイミングを見計らうかの様に、試練は常にやって来る。

 

 案の定…肉饅を手にとって、まさにかぶり付かんとしたところで、新たな事件が勃発した。

 

 

 今の今まで、由比ヶ浜とキャッキャウフフとしていた小町。ところが”今、小町のお気に入りなんです♪結衣さんも…”と声を発したところで、突然小町の動きが固まった。

 

 いや、固まったというよりは何かに視線を奪われている…と言った方が正しい。由比ヶ浜の前に豚饅を置こうと中腰になったまま、小町はジッと凝視していた…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 由比ヶ浜の胸元を。

 

 

 しばらくの間、食い入る様な視線を由比ヶ浜の胸元に送っていた小町は、豚饅と由比ヶ浜の胸元の間を何度か視線を泳がせた後、最後に自分の平原を軽く一瞥し、顔をくにゃっと歪めた。

 

 あぁ、格差社会を目の当たりにしちゃったか…。

 

 

 まぁなんだ、こればかりは仕方が無い。人間皆平等…なんてのは幻想であり欺瞞なのだ。大概の人間はそれを噛み締めつつ、歯を食いしばって生きているのだ。

 

 一方、最初は”えっ? どうしたの、小町ちゃん?”と戸惑っていた由比ヶ浜も、途中で空気を察したのか、フォローの言葉を紡ぎ出そうと、必死になって”うーん、うーん”と唸っていた。ってか、そのリアクションが既にアレだけどな。

 

 

 やがて由比ヶ浜は、頭の上に豆電球が燈ったかの様な、如何にも”私、分かっちゃった!”といった明るい表情を浮かべると、その笑みを小町へと向けた。

 

 なんか…傷口に塩を塗り込むパターンにならなきゃいいけど。

 

 

 

 

 

 「ほ、ほら…遅刻しそうな時に、走っても揺れないから邪魔にならないじゃん?」

 

 

 

 

 

 その瞬間、小町の身体は雷に撃たれたみたいに大きく波打った。

 

 ちょっ、いきなりやらかしやがったっ!!

 

 もうさ、グサッって音が聞こえて来そうなくらいの…ドラ喰えで言えば”痛恨の一撃”ばりのリアクションで、あまりの痛々しさにお兄ちゃん…ちょっと目を背けちゃったよ。

 

 

 そんな小町の様子を見て、”しまったっ!”と己のやらかし具合を悟った由比ヶ浜は、一瞬視線を宙に彷徨わせつつも、すぐに気を取り直した様子で、それらを挽回すべく更にフォローという名の追い討ちをかける。

 

 「そ、それに谷間に汗かいてもすぐに流れて蒸れないし…あと…え、えーっと、ほ、ほら、うつ伏せに寝るのだってとっても楽じゃん?」

 

 

 往々にして、こういうフォローはダメ押にしかならないという事を、そろそろ由比ヶ浜は学んでも良い頃だ。由比ヶ浜には一切の悪意がないだけに、その純粋な眼差しを全身で受け止める事になった小町は、既に虫の息だ。

 

 もうヤメてあげてっ! 小町のライフはもうゼロよっ!

 

 

 

 

 

 しばらくの間、その衝撃に打ちひしがれていた小町は、やがて何かを悟った様なまなざしで遠くの空を見詰めると、力なく呟いた。

 

 

 

 

 

 「小町…なんだか、旅に出たくなったよ…。」

 

 

 

 

 

 

 神は乗り越えられる試練しか…いや、何でもない。

 

 

 

 

 

 

 厳しい現実を前に呆然と立ち尽くす最愛の妹に、俺は気の効いた言葉ひとつ掛けてやれず、ただその光景をオロオロしながら眺める事しか出来なかった…。

 

 

 許してくれ、小町…お兄ちゃんは…無力だ。

 

 

 

 つづく

 

 

 

 

 【次回予告】

 

 

 「豚まんとは全然違うしっ!もっと柔らかいもんっ!」

 

 

 

 「なんならさ…触って…確かめてみる?」

 

 

 

 「ねっ? 豚まんとは…全然違う…でしょ?」

 

 

 

 そんなタイミングを見計らうかの様に、”バタン!”と勢い良くドアが開け放たれ、そこには目の笑ってない、氷の様な寒々しい笑みを浮かべた少女が立っていた。

 

 

 

 

 

 「センパイ…随分とお楽しみの様ですね?(ニヤリ)」

 

 

 

 

 

 

 

 次回もお楽しみに!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「あれ…なんか次回、死亡フラグ立ってね?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 
ほぼ4ヶ月ぶりくらいの更新となります。
お待ち下さっていた方、もしいらっしゃいましたら
申し訳ございません。ありがとうございます。

ようやく色々と落ち着いてまいりましたが、
PCのリカバリーの憂き目に会い、放心しておりました。
これから少しずつリハビリしていきたいと思っております。

何とか年内には結衣編を完結させて、雪乃編へと
進めてまいりたいと考えていますが…

なんとか頑張りたいと思います。


それではまた、お付き合い頂けますと
嬉しく思います。


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