ぼっちじゃない。ただ皆が俺を畏怖しているだけなんだ。   作:すずきえすく

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いつもお世話になっております。
今回、第17.5話をお送りいたします。

どうぞよろしくお願いいたします。




第17.5話 真顔でギャフンと言われたら、それはそれでむかつくよな。

 

 

 誰かが言った。”カレーは(かれ)ぇ…”と。

 

 

 もう、何十年も前から使い古されて来たと思われる、この古典的な親父ギャグは、その長い歴史において、多くの人を極寒の谷底へと突き落としてきた事は想像に難くない。だが、それにも拘わらず、21世紀の初頭に差し掛かったこの時代でも、懇親会などで場が盛り上がって来た時に、ついうっかり口にしてしまい…といった痛ましい事故が後を絶たない。

 

 そんな惨事を避けたいが為に”こんなギャグを思いついたんだが…”と、前もって家族に披露してくるお父さん方もいるようだが、それは止めておいた方が無難だ。何故なら、それで運良く外部におけるリスクを回避出来たとしても、今度は家族間に隙間風が吹き込みかねないからだ。

 

 例えば、それを最愛の妹に披露したとしよう。”うわぁ…小町的にポイント低い”と言われるだけならまだしも、無言で立ち去られた挙句、2~3日は目を合わせてすら貰えない…なんて事態を招いてしまって、心をバッキバキにへし折られてしまうまである。

 

 お兄ちゃん、ついうっかり放浪の旅に出たくなっちゃったよ…。

 

 

 さて実際のところ、カレーは単に辛いものしか存在しない訳ではない。カレーの○子様をはじめとした甘口や、オーソドックスな中辛に辛口、そして変り種を挙げればバリ辛、ダ○シムさん家のカレーの様な ヨガ辛(おもわず口からヨガファ○ヤー)といったものまで、その味付けはバラエティーに富んでいる。

 

 そして今回、由比ヶ浜が挑戦するのは、知る人ぞ知るマッサマンカレーだ。何だか、どこかのご当地ヒーローみたいな名前が付いているが、ウィキペディアによれば、実は”世界で最も美味な料理ランキング50”にランクインする程の逸品だそうだ。これならきっと、キ○ンジャーを誘き寄せる罠にだって使えるに違いない。

 

 だか、そんな高難度のカレーに由比ヶ浜がチャレンジするという時点で、俺にはBAD ENDしか想像出来なかった…って言うか、もう少し易しいメニューでも良かったんじゃないのか? 例えば…ほら、松山○子の写真がパッケージに載ってるボ○カレーとか。あれなら、3分温めるだけですぐに食べられるし、超お手軽じゃね?

 

 

 「比企谷君…気持ちは分からないでもないのだけれど、レトルトはダメよ。」

 

 

 そんな俺を嗜める雪ノ下。更に、そこへ補足を加える様に一色が呟いた。

 

 

 「それじゃあ、バーモン○カレーとかジャ○カレーも使っちゃダメですよねぇ…」

 

 「そうね一色さん。ルーも自作するのが望ましいんじゃないかしら。」

 

 

 まぁ…確かに、市販品を多用してしまっては料理番組にはならないし、そもそも今更メニューの変更なんて効かないだろう。つまり撮影までのこの1週間を、俺は人柱として、悲壮な決意で臨まねばならないという事だ。右手が折れても左手で投げる…みたいな、アス○ロ球団っぽい感じで。

 

 そんな俺の様子は、由比ヶ浜の闘争本能に火を着けるのに充分だったらしく、顔を真っ赤に染め上げ、更にぷくーっと両頬を大きく膨らませるなどして、ご機嫌斜めっぷりを隠そうとしない。やがて由比ヶ浜は、

 

 「ヒッキー失礼過ぎるしっ! 絶対にギャフンって言わせてやるんだからっ!」

 

と、両手を腰に当てつつ大きな胸を更に大きく張って、俺にそう言い放った。

 

 

 

 

 

 何か、別な意味でギャフンって言わされそうだけどな…。

 

 

 

 

 

第17.5話

 

ら、それはそれでむかつくよな。

 

 

 

 

 

 「お兄ちゃん、今日も晩御飯は食べてくるんだよね?」

 

 

 小町にそう告げられた瞬間、昨日の惨劇が俺の脳裏に(よみがえ)り、それまで爽やかに感じられた(まぶ)しい朝日が、途端に暗黒時代の到来を告げる稲光の様に思えてきた。そっか…今日も地獄の特訓が始まるんだな。

 

 「あぁ…。」

 

 気だるく返事をする俺。カレーの特訓は放課後に行われてるという事もあり、家に帰って更に飯を食える程の胃袋を、俺は持ち合わせていなかった。えっ? 毎日毎日カレーばっかり食って、飽きが来ないのか…だって? もちろん来るさ、人間だもの。ただしそれが、カレーと呼べるシロモノだったらの話…だけどな。済まない…そのあたりは、どうか察してくれ。

 

 そんな様子に、小町は心配そうに俺の顔を覗き込んでくる。

 

 「お兄ちゃーん、顔色悪いけど大丈夫? それに、目も死んでるし…」

 

 そう言いながら、小町は自分の(ひたい)を俺の額に当ててきた。その生ぬるい体温が、額を通じてこちらに伝わってくる。何というか…上手くは言えないのだが、不安な時に感じる人肌ってのは、なんとなく落ち着くよな。

 

 「うん、熱はないね。それに…考えてみれば、目がアレなのはいつもの事だし。」

 

 小町は、俺が平熱である事を確認すると、安心した様に額を離した。その判断基準の一旦にいまいち 釈然(しゃくぜん)としないが、強く否定も出来ないのが辛いところだ。

 

 

 「じゃあお兄ちゃん、本日もよろしくなのであります!」

 

 小町が自転車の荷台に”どかっ”っと腰かけたのを確認して、俺は自転車を漕ぎ出した。

 

 

 

 

 

 あれから5日が経った。

 

 初日はまだ良かった。”今日は、私がお手本を見せるわね。”と言った雪ノ下の作ったカレーは、それはそれは美味いものだったからな。元々料理の出来る雪ノ下だが、由比ヶ浜に教える為に散々予習したのだろう、的確にポイントが絞られていた。それを一字一句聞き漏らすまいとメモる由比ヶ浜も、真剣そのものだ。

 

 そして2日目は、由比ヶ浜がメインであったものの、雪ノ下が傍についていた為か、完成品はどうにかカレーとしての(てい)()していた。

 

 

 「ゆきのん、ありがとう! ちょっと自信付いたから、明日は一人で作ってみるよ!」

 

 

 だが…由比ヶ浜の健闘虚しく、3日目は鍋が火を噴き、4日目は材木座が火を噴いた。材木座の(しかばね)を余所に、罰の悪そうな顔で”さ、砂糖を入れ過ぎたからさ…し、塩で中和しただけだもんっ!”と言い張る由比ヶ浜を前に、俺は軽く 眩暈(めまい)がしたのだった。

 

 

 さて…今日はどんな困難が待ち受けているだろうか。

 

 

 

 

 

 あっという間に本日の授業が終わりを迎え、早くも放課後がやって来た。普段ならば開放感に溢れて足取りも軽くなるところなのだが、忘れてはいけない…本当の山場はこれからやって来るのだ。

 

 途中、”え、えっとぉ…今日はわたしぃ、生徒会が忙しくてぇ…ってセンパイっ、離してくださいっ! 私、まだ死にたくないんですっ!”と、涙目になりながら必死に訴えかけてくる一色を捕縛しつつ、何とか調理実習室へと辿り着いた。

 

 

 ようやく諦めのついた一色を伴い、”うーっす。”とひと声を掛けて部屋へ入ったのだが、何やら雲行きが怪しい。中では無言のまま仁王立ちした雪ノ下と、しょんぼりと肩を落とした由比ヶ浜が立ち尽くし、更には不自然なくらいに部屋がシンと静まり返っていたのである。

 

 なんか…サービス終了が決まって、過疎ってるオンゲーみたいな雰囲気だな。

 

 

 「どうした、何かあったのか?」

 

 俺の問いかけに、雪ノ下はテーブルを指差した。

 

 「見ての通りよ。」

 

 雪ノ下の指し示したテーブルの上には、チョコレート、スイカ、よっ○ゃんイカ、酢だこ、マダムシ○コ…その他、様々な食材が並んでいた。何か、カレーには似つかわしくない物も、ちらほら並んでるんですけど…。

 

 「…これは何だ?」

 

 「隠し味…だそうよ。」

 

 雪ノ下は、自分の額に軽く手を当てると”やれやれ”とため息をついた。

 

 そうか、この二日間はこれらを色々ブチ込んでたのか…どうりで死人が出るはずだ(※材木座は死んでません)。もはや、テロと言っても差し支えない有様に、俺と一色は言葉を失った。大体…マダムシ○コはヤヴァイだろ、マダムシ○コは!

 

 「で、でもさっ、レシピ通りだったら、何か愛情込めてないみたいじゃん?」

 

 困惑を隠せない俺に対して、自分の意図を必死に訴えかける由比ヶ浜に、”それは、最低限の腕前になってからでも遅くはないわ。変にアレンジしても、混沌とするだけよ。”と、容赦のない雪ノ下。

 

 双方の主張が出揃うと、一色は間を取り持つ様に”うーん…どちらの言い分も分からなくはないですよね。”と言いつつ、腕組みしながら何やら思案しだした。

 

 そしてすぐに、一色は何かを思いついたらしく、くるりとこっちの方へと向き直ると”ニヤリ”と邪悪に顔を歪めた。

 

 

 「センパイは、どう思いますぅ?」

 

 

 おい一色っ、ここで俺に振るのかよっ!

 

 

 

 その瞬間、雪ノ下と由比ヶ浜が一斉に俺の方へ顔を向けた。

 

 

 「比企谷君…?」

 

 

 「ヒッキー?」

 

 

 「「(アナタ)ヒッキーはどちらの味方なの(かしら)!?」」

 

 

 食い入る様に見つめてくる二人の圧力に押され、俺は思わず2~3歩後ずさった…が、彼女達もその分距離を詰めてくる。本能をむき出しにした様な 獰猛(どうもう)さに、俺のライフは 枯渇寸前(こかつすんぜん)だ。一色のやつめ…さっきの仕返しのつもりだな。

 

 ともかく、これは非常に難しい問題だ。仮に雪ノ下の味方をした場合、犠牲者を出しているとはいえ、頑張っている由比ヶ浜がちょっと気の毒な気がする。かと言って、由比ヶ浜の味方をしてしまえば、更に(むくろ)が増える事になるだろう…恐らく俺の。

 

 下手をすれば命取りになりかねない状況に、俺の身がキュッと引き締まった。

 

 

 「えーっとだな…。」

 

 俺がそう言葉を発した瞬間、二人の目が大きく見開かれた。 固唾(かたず)を呑んで見守るような雰囲気は、まるでオリンピック開催地の発表を待つ、組織委員会の面々のそれの様だ。思わず、カタコトで”トーキョッ”って言いたくなってくるが、ここは空気を読むべきだろう。

 

 

 「確かに、雪ノ下の言う事が正しい。」

 

 

 思わず右手を握り締め、”ふんすっ”と小さくガッツポーズする雪ノ下。対照的に、由比ヶ浜は”ううっ…やっぱり”と落胆を隠さない。

 

 「まぁ、最後まで話を聞け。お前の気持ちも、決して間違いではない。」

 

 「いーもん。どうせあたし、料理超下手だもん…。」

 

 そう言ってしょぼくれる由比ヶ浜が、小動物の様に見えてちょっとカワイイ。

 

 「下手というより独特…規格外…いえ、個性的…かしら?」

 

 雪ノ下のあんまりな呟きに、”フォローの仕方が微妙過ぎるっ!?”と驚愕する由比ヶ浜。まぁ…雪ノ下にフォローらしいフォローを期待するのは無理というものだ。何せ、にっころがしでねっころがしなのだから。

 

 「なぁ由比ヶ浜…何がなんでも、ひと手間加えなきゃダメって事はないと思うぞ。」

 

 そんな俺の一言にも”うーん、でもなぁ…”と、いまいち踏ん切りのつかない様子の由比ヶ浜。かつては料理鑑賞が趣味だと豪語していたこいつも、いつの間にやら作り手としての 矜持(きょうじ)というものが芽生えていたらしい…完成品はアレだけど。

 

 仕方がない、もうひと押しするか。

 

 

 「つまり何と言うか…あれだ。お前の場合、変に手を加えなくてもだな…一生懸命なのは、充分に伝わって来ると思うぞ? 当然気持ちだって込もるだろう、俺には分かる。」

 

 だってさ、考えてもみてくれ。死して屍拾う者無しがデフォルトの物体Xが、食える料理にまでクラスチェンジしてみろ? もうそれだけで、神が(もたら)した奇跡だと言ったって良いんじゃないか?

 

 俺がそんな事を考えているなど露知らず、”ヒッキー…”と感激した様に俺を見つめる由比ヶ浜。意外と…思ってる事の半分くらいしか伝えない方が、人間関係は上手くいくのかも知れないな…などと、その潤んだ瞳を見ながらしみじみ思った。

 

 

 まぁ色々あったが、何とか丸く収まりそうだ…なんて安心していたら、今度は一色のやつが俺の耳元へ、それも息が架かりそうなくらいに口元を近づけて、小声で囁きかけてきた。

 

 「せんぱぁい…どちらにも良い顔するなんて、ちょっとズルくないですかぁ? 」

 

 そして、呆れた顔で”それって完全に、チャラ男かヒモ男の手口じゃないですかぁ”と最後に付け加えた。一色さん、それは誤解ってもんですぜ? 俺が目指しているのは、専業主夫であってヒモではない。それにお前さ…肝心な事を忘れてないか?

 

 「もしあのまま盛られてみろ。今頃火を噴いていたのは一色…お前だったかも知れないんだぞ?」

 

 「!?」

 

 その瞬間、一色の背筋が不自然なまでにシャキッとした。きっと、昨日の材木座の凄惨な最期(※だから死んでません)が頭を過ぎったのだろう。一色は、軽く顔を引きつらせつつも精一杯の笑顔を浮かべ、

 

 「そ、そうですよ結衣先輩っ! ほ、ほらっ、Simple is best. って言葉もあるじゃないですかっ!」

 

と、必死に俺の言葉を補足した。更に雪ノ下もそれに続く。

 

 「そうね。それが良いと思うわ。」

 

 

 

 そんな、周りの声援に応える様に、由比ヶ浜は満面の笑みを浮かべた。

 

 「うん…みんなありがとう♪あたし、頑張ってみるね!」

 

 

 

 こうして、由比ヶ浜のマッサマンカレーは、特訓5日目にしてようやく、食べられるレベルへと到達したのであった。

 

 本番まであと2日…なんとか間に合いそうだ。

 

 

 

 

 めでたし めでたし。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ちょっと待ちなさい、比企谷君。さっきチラリと聞こえたのだけれど、アナタが私のヒモ…というのは、どういう事なのかしら?」

 

 雪ノ下は、感情を押し殺した様な表情で、俺との距離を1歩…また1歩と確実に詰めてくると、あっという間に俺を壁際へと追い詰めた。

 

 ちょっと待て、ヒモ男だのチャラ男だの言ってたのは、一色だからね? っていうか、目の光彩とか消えてて超怖いんですけどっ!?

 

 雪ノ下は、今までに見た事がない程の、澄んだ輝きを放つ陶磁器の様に美しく、けれど全く感情の込められてない無機質な微笑みを浮かべ、俺に告げた。

 

 「比企谷君…最期に言い残す事はないかしら?」

 

 

 

 

 

 まるで、死刑宣告にも似たその言葉を最後に、俺は意識を根こそぎ刈り取られた。

 

 

 

 つづく

 

 

 

 

 

 

 




 
最後までお付き合い頂きまして
ありがとうございます。

すみません、2部構成のつもりが
収まりませんでしたので、もう1部続きます。

次こそは…頑張りますので、
引き続きお付き合いをお願いいたします。


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