ぼっちじゃない。ただ皆が俺を畏怖しているだけなんだ。   作:すずきえすく

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いつもお世話になっております。
今回はサイドストーリー(前編)となります。

最後までお付き合い頂けますと
嬉しく思います。

 


第17.25話 因みに俺は千葉県生まれアニソン育ちな。

 

「やれやれ、今日は色々あったな…」

 

 特にカレーとかカレーとかカレーとか…むしろカレーとか。

 

 

 あの後、ガハママさんが帰って来てからが大変だった…というのもガハママさんが、死んだ魚の様な目をして完全に生気を失い放心していた俺を見るや否や、”結衣…まさか貴方、毒を盛ったのっ!?”と騒ぎ出して、状況は一気に混沌(カオス)とした方向へと流れていったのだ。

 

 ”ど、毒なんて盛るわけ無いしっ!”と涙目になりながら、必死に自分の身の潔白を主張する由比ヶ浜に対し、容赦なく雷を落とすガハママさんを宥める(なだめる)のには、かなり骨が折れた。

 

 結局”目は元々こんな感じなんっス”という俺の説明によって、なんとか収拾がついたのだが、割とあっさりと納得してしまったガハママさんの反応と、由比ヶ浜の”そうだもん。ヒッキーの目が腐っているのは前からだもん。”という主張に、俺はいまいち釈然としない思いを抱える事となった。

 

 アパム!アパム!弾っ!弾持って来いっ!アパァァァムっ!

 

 

 それにしても…見た目が若いのと、ゴッシップネタ好きなおばさんパワーに包まれていたから分かり難いのだが、考えてみればこの人って親だったんだよな。NOと言える日本人がここに居た。たとえ過失であっても、叱るべきところではしっかりと叱る様子に、由比ヶ浜親子の絆の強さを垣間見た気がする。

 

 

 まぁ…それでもやっぱり、カレーに酢だこは無いわ。

 

 

 

 俺は自室の布団に包まりながら、そんな事を考えていた。時刻は既に深夜1時を大きく回り、さっきまでの出来事全ては、既に昨日という過去へと追いやられていた。本来であれば、とっくに眠りに就いていてもおかしくない時間帯なのだが、柄にも無く若干気持ちが高ぶっているのか、なかなか睡魔がやって来ない。まぁ無理も無い、あんなに人と話をしたのは久しぶりなのだ。

 

 それにしても、たった9ヶ月やそこらで、人ってのは色々と変わるもんなんだな。由比ヶ浜は依然アホの子のままではあったのだが、コタツの天板に押しつぶされて、むにょんと形を大きく変えていたおっぱい様は、明らかに俺の記憶をはるかに上回る大きさだった。しかも、一色とは違い、由比ヶ浜の場合は無邪気に距離を詰めてくるから始末が悪い。俺の肘に圧し掛かる様に押し付けられた胸の質量が、今になって生々しく蘇って来た。

 

 それど同時に、”Hey,Yo, 君の大きなおっぱい♪胸に希望がいっぱい♪(作詞作曲:すずきえすく)”というヒップホップ育ち(東京生まれ)な楽曲を、だいたい友達になった悪そうな奴らが大挙して来たかと思うと、俺の脳内でけたたましく合唱し始めた。

 

 

 あぁっ、全然寝られねぇ…っ!

 

 

 ともかく落ち着かねば…色即是空、空即是色。だが、マテリア○バーストを食らった某敵艦隊の末路とは違い、俺の煩悩はなかなか撃沈されてはくれない。成功すれば、雪ノ下にの声に少しだけ似ているあの方の”さすがはお兄様ですっ”という賞賛が得られそうなところなのだが、今は”やっぱごみいちゃんだねぇ…さすがだよぉ。”という小町の呆れ声ばかりが、頭の中を木霊(こだま)する。つまるところ、俺の溺愛する妹は小町だけ…そう、たった1人の特別な存在なのである。

 

 おいそこ、”シスコンマジキモーい♪”とか言うな。

 

 

 

 話を戻そう。

 

 それに、変わったのはおっぱい様だけではない。料理の腕前だって、以前に比べると格段に向上した。無論、味ではなくて攻撃力が…だけどな。まったりとしていてそれでいて…みたいな感想を思い浮かべる暇(いとま)も無く、いきなり意識を根こそぎ刈り取られたのは、流石に初めての経験だった。

 

 一時期は、味の方も確実に向上していたはずなのに…進化するにあたって、一体どの様な過程を経れば、この様な結果に辿り着くのであろうか。教えて、ダーウィンさんっ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ダーウィン「ワカリマセーン(日本語的な意味で)」

 

 

 

 

 

第17.25話

 

生まれアニソン育ちな。

 

 

 

 

 

 話は、高校時代に遡る(さかのぼる)。

 

 その日も、これといって依頼を寄せられるも無く、いつもと変わらない時間が放課後の部室に流れていた。雪ノ下は、やはりいつもの様に窓際の席へ腰掛けて読書に勤しみ(いそしみ)、俺は同様に、廊下側の席に着いて読書を楽しんでいた。由比ヶ浜の場合は、いつも教室で三浦たちと少し駄弁って(だべって)から来るのだが、その例に漏れずまだ部室には来ていない。

 

 そして一色のやつは、時より”せんぱぁい、わたし超暇じゃないですかぁ。だから何か面白い事してみて下さいよぉ。”と俺に無茶振りしつつ、手元にあるスマホを一生懸命弄って(いじって)いた。

 

 いや、だからお前…生徒会とか部活はどうした? と、以前ならばツッコんでいたところなのだが、”えっ? 何か問題でも?”と言わんばかりに毎回無言で首を傾げられているうちに、何だか俺の方がおかしな事を言っているのではないかという気になってしまい、現在に至っている。それに、雪ノ下や由比ヶ浜だって何も言わないしな。

 

 まぁ…なんだかんだで、そこまではいつもの静かな日常だったんだ。

 

 だが、そんないつもの平穏な日常をブチ壊すかの様に、”バタバタ”と廊下を疾走する足音がけたたましく響き渡り、そして奉仕部の部室の前でその音が途切れるや否や、今度は”ガラガラビタンッ”と勢い良くドアが開け放たれた。

 

 

 「どうしようっ!?テレビに出る事になっちゃったよーっ!!」

 

 

 声の主は由比ヶ浜だ。いつもなら、明るく”やっはろー♪”と挨拶してくるところなのに、珍しく慌てて駆け込んできて、開口一番”テレビガー”と叫んだ彼女の身に、一体何が起こったのだろうか。それに、テレビに出るって…まさか荒れる新成人的な感じで!?

 

 ともかく、それなりに親しい者としてやれる事はやるべきだろう。俺は、可能な限り柔和な笑みを浮かべると、由比ヶ浜の右肩に”ポン”と片手を添えた。

 

 「由比ヶ浜…悪い事は言わない。自首した方が罪は軽くなるぞ?」

 

 そんな俺の気遣いに対し、真っ赤な顔をして怒りを露わにする由比ヶ浜。

 

 「何でニュースに出る事前提だしっ! 逮捕される様な事なんてしてないからっ! 」

 

 由比ヶ浜はそう主張しながら、軽く掌を握って”ボカっボカっ”と俺の背中を叩き始めた。言っておくが、リア充共の様にきゃっきゃウフフとした、じゃれ合う感じの叩き方じゃないからな? 思いの他、腰の入った拳が次々と俺の背中に炸裂する。こらっ痛いって。冗談だよ冗談。このままだと、ホントにニュースになりかねないぞ。

 

 「そうよ比企谷君。由比ヶ浜さんが、そんな事する訳ないじゃない。あと気持ち悪いから、その目は止めなさい。」

 

 それまで様子を窺って(うかがって)いた雪ノ下が、読みかけの文庫本を”パタリ”と閉じるや否や、由比ヶ浜に同調した。盟友を援護しつつ、的確に相手へダメージを与えられるその手腕は特筆に価するのだが…肉体的には由比ヶ浜から、そして精神的には雪ノ下から屠られ(ほふられ)はじめた俺は、早くもノックアウト寸前だ。

 

 そんな中、唯一この場面を冷静に見ていたのが一色だった。一色は”はいはーい、皆さん落ち着いてくださーい”と俺達の中に割って入り、場が落ち着いたのを見計らって口を開いた。

 

 「で、結衣先輩、何の番組に出られるんですかぁ?」

 

 そう聞かれた由比ヶ浜は、俺を叩き倒していた手を止めて”そうだった、こんな事してる場合じゃなかったし。”と我に返った様に呟き、そして雪ノ下も”確かに、比企谷君を屠るなんて、かえって本人を喜ばせるだけだわ…”と困惑した。

 

 まったく、お前らときたら…。

 

 ともかく、俺へ向けられた矛先が納められただけでも良しとしますかね。それにしても、まさか一色が居てくれて良かった、なんて思う日が来ようとは…などと感慨深く思っていた俺の耳元に、今度は一色が素早く口元を近づけてきた。

 

 「このお返しは、マダム○ンボニエールのザッハトルテで手を打ちますね。」

 

 

 一色、お前もか…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「「グッピー3分クッキング!?」」

 

 部室内に戦慄が走った。出演するのって、よりによって料理番組かよ…。

 

 驚愕する雪ノ下と俺に対し、”うん♪そうだよー♪”と無邪気な声で答える由比ヶ浜。その一切邪気の無い笑顔が、逆に怖さを助長させる。一方、由比ヶ浜の腕前を知らない一色は”うわぁ、結衣先輩凄いですぅ♪”とテンション高く喰い付いた。由比ヶ浜も、一色のそんな様子にご満悦な様子で、

 

 「もしかして、そのまま芸能界デビューとかっ♪」

 

 「やだなぁ、いろはちゃん。流石にそれは無いよぉ♪」

 

といった具合に、どんどん話が膨らんでいく。

 

 

 そんな様子を生暖かい目で見守っていた俺に、雪ノ下が肘で軽く小突いた。

 

 「比企谷君、このまま放って置いたら大惨事になるわよ?」

 

 まぁ…確かにそうなるよな。運良く時間内に料理を完成させたとしても、試食の段階で目を覆いたくなる程の凄惨な事態になるのは、目に見えているからな。そして、その結果として由比ヶ浜は、芸能界デビューよりも先に某巨大匿名掲示板デビューを果たす事になるだろう。そうだな…スレタイは、

 

 

 【バイオテロ?】グッピー3分クッキングで放送事故【59】

 

 

みたいな感じで。祭りに沸く住人の姿が目に浮かぶ様だ。

 

 「呆れた。そこまで分かっているのに、放置しているのね。」

 

 やれやれといった感じで、雪ノ下が溜息をついた。そんな事言われたって、本人があれだけ乗り気なんだから、黙って背中を押してやるのが人情ってもんだろう?

 

 テレビの人達はとても優秀だ。きっと何とかしてくれるさ…多分。

 

 「…比企谷君。」

 

 氷の様な冷たい目をした雪ノ下が、無言で俺をじっと見つめる。その顔にはまるで、

 

 ( つ べ こ べ 言 わ ず 何 と か し な さ い 。 )

 

と書いてあるかの様だ。体感温度が2~3℃下がるのを感じながら、慌てて背筋を伸ばす俺。何とかしろったって、一体どうやって…。何だかんだ言ったところで、俺もこいつも全くのノープランなのだ。

 

 

 結局俺は、大した案も思いつかないまま、雪ノ下の無言の圧力に背中を押される格好となった。

”やだなぁ♪サインとか今から考えちゃうのぉ?”などと、後から思い出せば黒歴史確定な事を口走る程、頭がお花畑な由比ヶ浜に、俺は恐る恐る話を切り出した。

 

 「あの、由比ヶ浜…さん?」

 

 「あ、ごめんねヒッキー。まだサイン考えられてないんだ♪」

 

 いや、お前のサインは要らないから。

 

 

 だが、こんなところで一々ツッコんでいては、何時間あっても話が先に進まない。なので、俺は断腸の思いでツッコむ事を放棄して、話を進めることにした。

 

 「んでお前、どんな料理作るんだ?」

 

 そんな俺の質問に、それまで浮かれまくっていた由比ヶ浜は、急激に現実へと引き戻されたらしく、雪ノ下の方へ顔を向けると泣きそうな顔で”ゆきのーん、助けてぇぇっ!”と、そのまま大草原の小さな胸へ飛び込んだ。見る人がいなくても、町にいる時と同じ様にお行儀良くしなさい…と、キャ○ラインさんが注意しそうな程のお転婆っぷりだ。

 

 「由比ヶ浜さん大丈夫?比企谷君に変な事されてない? 警察は110番だったかしら。」

 

 ポケットから携帯を取り出した雪ノ下は、今にもダイヤルしそうな勢いだ。こいつの行動は、冗談なのか本気なのか分からない時があるから始末が悪い。今回も、どちらなのか分からず判断に困っていたのだが、雪ノ下が”えっと…確か市外局番が必要だったわね。”と言いながら0・4・3とプッシュし始めたのを見て、瞬く間(またたくま)に俺の血の気がスーッと引いていった。

 

 ヤヴァイ…こいつマジだ。

 

 

 「ちょっと待て、俺は無罪なんだ!」

 

 OK。分かったから、ちょっとお兄さんと話し合おうな。だが無罪を主張する俺に、今度は一色のやつが、俺を窮地へと叩き込もうと暗躍する。

 

 「センパイ…素直に罪を認めれば、情状酌量があるかも知れませんよ?」

 

 それでも俺はやってない…やってないんだ! そんなやってもない事を認めてしまえば、それこそ俺が、お茶の間の皆様の前でテレビデビューしてしまうじゃないか…もちろん被疑者として。

 

 

 そんな絶体絶命の危機に瀕した(ひんした)俺に、由比ヶ浜が不思議そうに尋ねてきた。

 

 「ほえ? ヒッキー、今度は何をやらかしたの?」

 

 

 それをお前が言うのかぁぁぁぁぁっ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「つまり、カレーを作る特訓をすれば良いのね?」

 

 雪ノ下の問いかけに、由比ヶ浜が首を激しく縦に振った。由比ヶ浜に与えられたテーマは、カレーライスだそうだ。由比ヶ浜どうこういう以前に、3分でカレーは作れないよな? なんて野暮な事は言いっこ無しだ。番組の尺自体は10分あるし、何より伝家の宝刀である”さて、2時間置いたものがこちらです”みたいな感じのやつを多用すれば、どんなに手間のかかる料理でもあら不思議、尺の中に納まっちゃうのである。

 

 ともあれ、料理の特訓とあれば俺に出来る事は何も無い。ここは雪ノ下と一色に任せて、そそくさと退散する事にするかね。じゃあ、家族がアレなんで俺はそろそろこの辺りで…

 

 「待ちなさい。どこへ行く気なのかしら?」

 

 雪ノ下の右手が、俺の肩を鷲掴み(わしづかみ)にした。その握力の強さに、俺の第2肩関節がミシミシと悲鳴をあげる。”私…体力だけには自信が無いの”と言っていたのは、一体どこの誰だったっけな。

 

 「ほ、ほら、俺は料理なんて作れねぇじゃん?だからさ…」

 

 「構わないわ。味見して感想をくれれば良いのよ。」

 

 間髪容れず、そう被せてくる雪ノ下。更に小声で”人柱は多い方が良いもの…”と呟いたのも、俺は聞き逃さなかった。物騒な発言だが、残念ながらそれは否定できない。

 

 そこへ追い打ちをかける様に”ヒッキーからも感想もらえたら嬉しい…じゃなかった、助かるんだけどなぁ?”と、由比ヶ浜が上目遣いに問いかけてきた。その期待に満ちた眼差しに、不覚にもドキリとさせられた俺は、思わずその視線を逸らしてしまう。

 

 だが、由比ヶ浜は俺の頭を両手でガシッと抑えると、強制的に”グググッ”と自分の方向へと向けさせて、再度俺に懇願した。

 

 「 ね ぇ ヒ ッ キ ー 、 お ね が い っ ( は ぁ と ) 」

 

 随分と禍々しい”はぁと”だな、オイ。

 

 だが、そんな禍々しい由比ヶ浜を前にしても、ガッチリと頭をホールドされているせいで、俺は身動き1つ取れず逃げる事もままならない。それにしても、雪ノ下といい由比ヶ浜といい、その華奢な体のどこからそんな力が出て来るんだ? 女子はか弱い存在だ…なんてのは、もはや都市伝説の部類になってんじゃねぇの?

 

 

 

 

 

 結局それがダメ押しの一撃となって、俺はこのカレー作り特訓に味見役という名の人柱として参加する事となった。

 

 

 つづく

 

 

 

 【おまけ】

 

 

 「じーっ。」

 

 「・・・。」

 

 「じーっ。」

 

 「・・・一色、俺の顔に何かついてるか?」

 

 「いえ、結衣先輩みたいな視線を送れば、センパイがコロッといくのではないかと。」

 

 「・・・。」

 

 「・・・。」

 

 「・・・。」

 

 「・・・センパイ?」

 

 「俺さ、コロっと逝っちゃうのかな…カレーで。」

 

 「・・・そんなにヤヴァイんですか。」

 

 「あぁ・・・。」

 

 「・・・。」

 

 「・・・。」

 

 「・・・か、陰ながら祈っておきますね。」

 

 「何を言ってるんだ、お前も食うんだよ・・・一色。」

 

 

 「!?」

 

 

 




 
最後までお付き合い頂きまして
ありがとうございました。

本当は1編で収める予定でしたが、
長くなりすぎてしまって…

前後編と分けてお届けする事になりました。


次回は第17.5話となります。
またお付き合い頂けますと
嬉しく思います。


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