ぼっちじゃない。ただ皆が俺を畏怖しているだけなんだ。   作:すずきえすく

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いつもお世話になっております。
第17話のお届けとなります。

今回もお付き合いの程
どうぞ宜しくお願いいたします。



第17話 インド人もビックリ(色々な意味で)。

 

 皆様は、絶体絶命の危機に瀕した(ひんした)事があるだろうか?

 

 例えば、センテン○スプリングから目を付けられてしまったり、また、それが切っ掛けで経歴詐称がバレてしまい、全ての仕事の降板を余儀なくされてしまったり、更にその挙句”4月から、どうやって生活していけば…”といった具合に、今後の生活の見通しが立たなくなってしまったり…と、人間というものは、生きていれば多かれ少なかれ、思わず身も竦む(すくむ)様なピンチと遭遇する事がある。

 

 葉山レベルのリア充ともなると、そういう場面に陥った時には”ピンチをチャンスに!”と鼻息を荒くするのだろうが、それを全ての事柄に当て嵌められる訳ではない。『一度失った信用は永久に取り戻せない事もあるわ。特に男が生涯をかけた…大切な仕事の信用はね』って、メーテルも言ってたからな。

 

 仮に、運良くチャンスが廻って来たとしても、それは、天界から垂らされた蜘蛛の糸の如く儚く脆い。だが、その強度が材木座のメンタル程度しかないと分かっていても、それを手繰り寄せんと誰もが必死に手を伸ばすのは、その糸こそが僅かに残された一縷(いちる)の望みであるからだ。だからこそ一発逆転、起死回生、V字回復といった言葉が、一際輝いて見えるのだろう。

 

 まぁ…大概は”人生最大の賭け”に敗れた挙句、開拓民として哀愁を漂わせながら、ただひたすらルーレットを回し続ける事になるんだけどな。

 

 

 さて、俺の目の前には今、何やら禍々しい妖気を放つ物体を盛り付けた皿が置かれている。その皿は、火に掛けられている訳でもないのに、時より大きな気泡を噴出させ、その気泡が弾ける度に発せられる”こぽっ…”という音が、その禍々しさをより一層際立たせていた。

 

 「ヒ、ヒッキー、無理して食べなくても…良いからね?」

 

 テーブルを挟んだ向かい側には、複雑な表情を浮かべた由比ヶ浜が座っていた。余程バツが悪いのか、髪の毛を人差し指で弄りつつ、俺から目を逸らしたままだ。

 

 以前、由比ヶ浜の作った”自称”和風ハンバーグは、材木座を一撃で葬る程の破壊力を誇っていたのだが、覚悟して無理すれば食えなくも無かった。だが今回は…

 

 「なぁ由比ヶ浜、これって…」

 

 俺の問いかけに、ビクっと肩を震わせる由比ヶ浜。

 

 「カ、カレーだよ?…多分。」

 

 多分って何だよ、多分って。あと、頼むから目を合せてくれ…不安になるから。

 

 作った本人ですらカレーである事を確信出来てない時点で、天界から垂らされた蜘蛛の糸が、切れるどころか端から存在などしていなかった事を思い知らされる。

 

 「そ、そうだったな、カレーだった…よな。」

 

 だが、料理が苦手にも拘らず、一生懸命作ってくれていたのを間近で見ていた俺には”喰えない”の4文字を、どうしても口にする事は出来なかった。

 

 「・・・。」

 

 期待と不安を滲ませた由比ヶ浜が、俺をじっと見つめている。

 

 ・・・。

 

 ピンチをチャンスに変えるどころか、もはや退路の断たれた決死隊である事を悟った俺は、生唾をごくりと飲み込んでから、目の前にあったスプーンを手に取った。その瞬間、ここに至るまでの経緯…というか人生そのものが、俺の頭の中を走馬灯の様に駆け巡る。

 

 

 

 そう…俺の人生はたった今、大きな山場を迎えていた。

 

 

 

 

 

第17話

 

もビックリ(色々な意味で)。

 

 

 

 「ねぇヒッキー君、うちで晩御飯食べていかない?」

 

 

 ガハママさんがそう俺に告げたのは、今日の勉強会がお開きとなって、せっせと帰り支度を整えていた矢先の事だった。急な申し出に、俺はちらりと由比ヶ浜の方を見たのだが、由比ヶ浜には既に話が通っていたらしく”うちのママのカレー、すっごく美味しいんだよ♪”と、こっちを見ながら声を弾ませた。そして、その言葉を補足する様に”そうよぉ? いつもよりすっごく、腕によりを掛けちゃうんだからっ♪”と言う、ガハママさんの鼻息も荒い。

 

 俺は、キラキラした眼差しを向けて来る由比ヶ浜親子の目力…というか圧力を感じながらも、折角なのでお言葉に甘える事にした。由比ヶ浜が腕を振るうのならともかく、ガハママさんであれば命に拘わる事はないだろうからな。

 

 まさか、料理の腕も遺伝…なんて事はないよね?

 

 

 

 俺の返事を聞いたガハママさんは、”それじゃあ、7時くらいに出来ると思うから、それまで待っててね♪”と言い残すと、軽やかな足取りでキッチンへと向かって行った。由比ヶ浜の部屋にある時計は、5時を少し回ったあたりを指していたので、晩御飯までおおよそ2時間弱といったところだろう。ならば、それまでもう少し勉強を詰めておくかと由比ヶ浜に提案しようとしたのだが、それよりも早く由比ヶ浜が口を開いた。

 

 

 「ねぇ、ヒッキーんとこに、いろはちゃんが来たってホント?」

 

 

 勉強が終わってゆるゆるだった部屋の空気が、一瞬にして凍りついた様な気がした。

 

 おいおい、なんでオマエさんがそれを知ってるんだ? っていうか、この間の雪ノ下さんの事といい、一色の事といい、最近俺の素行が周りに駄々漏れな気がするんだけど、気のせいだろうか。まさか、俺にもあのセンテン○スプリングが張り付いてるんじゃないだろうな?

 

 「あ、あぁ。大学のオープンキャンパスを見に来たついでにな。」

 

 ともかく、下手な小細工は身を滅ぼすので、動揺を悟られない様可能な限りシンプルに答える事にした。それに対して由比ヶ浜は”ふ、ふーん…オ、オープンキャンパスかぁ。な、なるほどね。”と、なんとなく歯切れが悪い。

 

 「じゃ、じゃさ…いろはちゃんがヒッキーの部屋に泊まったって…ホント?」

 

 「!?」

 

 俺の脳内で、嘉門〇夫が”鼻から乳牛”と連呼した。

 

 さっきのは軽いジャブだったのかっ! 核心に迫った感じの問いかけに、俺は思わず絶句した。そして、この絶句を由比ヶ浜は肯定と捉えた様で、”ヒッキー…ホントにいろはちゃんと組んず解れつの爛れた(ただれた)肉体関係にっ…”と呟きながら、わなわなと肩を振るわせ始めた。

 

 おぉぉぉぃっ、ちょっと待て。組んず解れつの爛れた肉体関係って…オマエさん、ドロドロした昼ドラばっか見過ぎなんじゃね? そのうち、”役立たずの豚っ”とか言って罵りだしたりしないだろうなコイツは…って、しないか。雪ノ下じゃあるまいし。

 

 確かに、同じ屋根の下で男女が一晩過ごしたと耳にしたならば、あんな事やこんな事を想像してしまうのも無理はないんだが…。ちょっとエロっぽくなったけど、ギリセーフだったんだからね? 大きな声では言えないけど。

 

 ともかく、ここは補足を入れておかないと、後々面倒な事になりそうだ。

 

 「落ち着け由比ヶ浜。不適切な関係には至ってない…多分。」

 

 そうだ、俺はクリ〇トン元大統領とは違うんだ…Yes,we can. そんな思いを言葉に詰め込んだのだが、それに対する由比ヶ浜の返事は、間髪入れずのツッコミだった。

 

 「多分って何だしっ、多分ってっ!!」

 

 

 まぁ…そりゃそうなるわな。

 

 

 

 その後の俺は、一色が泊まる事になったのは、俺の妹だと騙った上で大家のおばちゃんと結託した結果である事、大家のおばちゃんが客間を提供してくれた事、一色のやつが深夜寝ぼけて俺の布団に潜り込んで来た事、色々あったが無事脱出して、俺が入れ替わりで客間で寝た事…等々を大雑把に説明した。

 

 俺の弁明(?)を怪訝そうな顔をしつつ、それまで静かに聞いていた由比ヶ浜だったのだが、

 

 「なんか嘘くさい…。」

 

と、全ての話を耳にしても疑念を隠そうとはしなかった。まぁ、決定的な事は無かったが、何も無かった訳でも無かったから始末が悪いのだ。そもそも”気がついたら、半裸の一色が隣で寝ていました”なんて、言える筈も無い。

 

 それに…色々と際どかったしな。

 

 「際どかったって何だしっ!?」

 

 しまった。ついうっかり、心の声が漏れ出てしまったみたいだ。

 

 

 その後、再び追及心に火が着いてしまった由比ヶ浜を宥める(なだめる)のに、大層骨を折る事となってしまった。

 

 

 

 

 

 

 「分かった…ヒッキーの事信じる事にする。」

 

 由比ヶ浜は、顰めた(しかめた)顔でそう言った。その顔を見ていると、”いまいち釈然としないんだけど…”という声が聞こえてきそうだ。まぁ…信じてくれるならそれに越した事はないんだけどさ。

 

 それにしても、こいつがこんなに追及してくるなんて…まるで、浮気した駄目旦那を締め上げている鬼嫁みたいだな。もしかしてオマエ、俺の事が好きなんじゃねぇの?

 

 「は、は、は、はぁぁぁぁあっ!?」

 

 その瞬間、由比ヶ浜は顔を真っ赤に染めると、手元にあったクッションを二つ折りにして”バフッ、バフッ”っと俺を殴打し始めた。

 

 「バ、バ、バ、バカッ! バカッ! ヒッキーのバカッ! 」

 

 「痛ぇって、分かった分かったっ。俺が悪かったから勘弁してくれっ」

 

 またもや心の声が駄々漏れになっていた様だ。自重しないと、命がいくつあっても足りないな…そう実感しつつ、由比ヶ浜を必死に宥め(なだめ)続けた。

 

 「冗談だよ、冗談。分かってるから落ち着けってば。」

 

 その言葉を耳にした由比ヶ浜は、眉を”キッ”と吊り上げた。

 

 「ヒッキーのバカっ! ぜ、全然分かってないしっ!」

 

 俺を殴打する手に、更に力が込められた。ちょっ、何でだよっ! 増々状況が悪くなってんじゃねぇかっ。あぁっ、もうどうすれば分かんねぇっ。助けてドザ〇もん!!

 

 

 

 

 

 それから10分程俺を殴打し続けて、由比ヶ浜はようやく落ち着きを取り戻した。取り戻したのは良いだが、さっきまでの騒がしい雰囲気とは対照的に、今度は恐ろしく沈黙した気まずい空気が部屋を支配していた。

 

 

 「・・・。」

 

 

 「・・・。」

 

 

 あぁ、さっきみたいなテンションで、”御飯出来たわよーん♪”ってガハママさんが乱入して来ないかなぁ…なんて思ってはみたものの、そういう時に限ってご期待通りに現れてはくれない。でも、スターダストボーイズは駄目じゃない。

 

 「な、なぁ由比ヶ…」

 

 ともかく、他力本願はやめて自力で状況を打破するか…と、声を掛けようとした時、ほぼ同時に由比ヶ浜も口を開いた。

 

 「ヒッキー…。」

 

 「な、なんだ?」 

 

 由比ヶ浜は、若干不安な表情を浮かべながら、俺の目をじっと見つめ、

 

 「も、もし、私がそっちに行ってたとしたら…と、泊めてくれてた…かな?」

 

そう言い終わると、下から覗き込む様に俺を真っすぐ見上げてきた。若干潤んだ瞳は、気を抜けば引き込まれそうな程の深いオーシャンブルーの輝きを帯びていて、まるで魅了の魔法に掛かってしまったかの様に、俺はそこから目を逸らす事が出来ない。

 

 

 「…ヒッキー?」

 

 

 そんな由比ヶ浜の呼びかけに、俺はようやく我に返った。ほんの数分程度の時間であったはずなのに、まるで何時間も引き込まれていたかの様だ。

 

 「あ、あぁ…すまんすまん、その…」

 

 「…その?」

 

 由比ヶ浜が、自分の顔をぐいっと俺に近づけてくる。一気に詰まる距離に、思わずドキリと胸が高鳴った。それに加えて、その瞳に俺の姿が映し出されるのが気恥ずかしくなったのもあって、思わず目を逸らしてしまった。だが由比ヶ浜も、負けじとその逸らした方向へ移動すると、再び俺の顔を覗き込んだ。

 

 「ヒッキー、泊まっても…良い?」

 

 由比ヶ浜の大きな瞳から逃れる術がない事を悟った俺は、もはや観念するほか無かった。

 

 「あぁ…そういう状況だったらな。」

 

 その返事を聞いた由比ヶ浜は、ぱぁっと明るい表情を浮かべたのだが、すぐに何かを思いついた…というか何かイタズラを企んだ(たくらんだ)様な笑みを浮かべると

 

 「じゃさ、受験の時はヨロシクね♪約束だよ?」

 

などと、とんでもない事を言い出した。おいおい、さっきまでは仮定の話だったじゃねぇか。俺は異議申し立てをすべく、口を開こうとしたのだが”いろはちゃんは泊まったのに…”としょんぼりと(した演技を)する由比ヶ浜に対して、何も反論出来ず…

 

 「あぁ…わかった。」

 

と答えるのが精一杯だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ごめんなさいっ。パパに届け物をしなきゃならなくなったのっ」

 

 6時を少し回った頃、部屋にやって来たガマハハさんが、胸元で小さく手を合わせて詫びてきた。なんでも、由比ヶ浜のパパさんが、数日会社に泊まりこむ事になり、着替えやら何やらを届けねばならなくなった…との事らしい。

 

 本来であれば、そういう事ならばまたの機会に…となるところなのだが、ここで予期せぬアクシデントが発生した…というのも、由比ヶ浜がドヤ顔を決めつつ”アタシが作るーっ!”と訳の分からない事を言い出したのだ。その瞬間、部屋全体が驚きに包まれた…というよりも、戦慄が走ったと言った方が正しいな。意思とは関係なく、俺の体がビシッと硬直したしな…全く、生き物の本能ってスゴイよな!

 

 そんな様子を見ていたガハママさんは、”大丈夫♪あとはルーを入れて煮込むだけだから♪”というのだが…もうこれ、フラグ立ってるかんね?

 

 俺の懸念などお構い無しに、”そっかぁ♪じゃあ楽勝じゃん♪”と意欲に燃える由比ヶ浜と”頑張って、結衣♪”とエールを送るガハママさん。頑張ってってのは”死人を出さない様に! ガンバっ”みたいな意味が込められてる気がするのは、俺だけだろうか。

 

 でもまぁ…以前作ったクッキーも、それまでに比べれば随分上手く出来ていたし、あれから更に時が進んだ現在ならば、もしかしたら由比ヶ浜の腕前も、格段に向上しているかも知れない…

 

 

 

 

 

 

 

 そんな事を考えていた時期も…俺にはありました。

 

 

 走馬灯の様に駆け巡ってきた俺の人生の軌跡が、ようやく現在地に追いついた。どうやら、お別れの時がやって来たらしい。

 

 

 「・・・よしっ。」

 

 

 仕上がりが物体Xとはいえ、頑張った事には変わりないのだ。料理の不得手な新妻を貰った新婚ホヤホヤの夫の様に、俺は覚悟を決めてカレーらしき物体を口の中へと勢い良くかきこんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 このオレが 千葉のどっかで 果てんとも 留め置かまし ぼっち魂 (辞世の句)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ヒ、ヒッキー、しっかりしてっ!?」

 

 

 泣きそうな顔の由比ヶ浜の絶叫が部屋中に響き渡った辺りで、俺の意識はぶっつりと途切れた。

 

 

 

 

 

 

 それからしばらくの記憶が、俺には無い。

 

 

 つづく

 

 

 

 【おまけ】

 

 「辞世の句って、英語で何ていうか分かるか?」

 

 「うーん…辞世の句って何?」

 

 「うん、分かってた。」

 

 「ちょっと何、その暖かい眼差しはっ! 超ムカツクしっ!」

 

 「ちなみに正解は、デスポエムな。」

 

 「ほえぇ…何かデスソースみたいだねぇ。」

 

 「ちなみに、辞世の句はソースじゃないからな?」

 

 

 「そ、そ、そんなの知ってるしっ! あたしの事バカにし過ぎだからっ!」

 

 

 

 




 
最後までお付き合い頂きまして
ありがとうございます。

さて、先日の日本橋で行われた
ストリートフェスタに行って参りましたよ!

それはまた、ツイッターの方で
呟かせて頂きます。

さて、番外編を含めまして
今回で20話目となります。

ここまで書き連ねてこれたのも、
偏に皆様のお陰でございます。

心より御礼申し上げます。


さて、次回もお付き合い頂けますと
嬉しく思います。



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