ぼっちじゃない。ただ皆が俺を畏怖しているだけなんだ。   作:すずきえすく

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いつもお世話になっております。
今回は第16話のお届けとなります。

最後までお付き合い頂けると
嬉しく思います。





第16話 ねぇねぇ、ヨーロッパの首都ってどこにあるの?

 

 

 カリカリカリカリ…

 

 文字の書き込まれる音が部屋中に響き渡る。

 

 

 由比ヶ浜に見せてもらった模試の成績表には、思ったよりもまともな偏差値が並んでいた。この調子であれば、本番で相当やらかさない限り、良い結果が期待できそうだ。

 

 ただ、不安材料が全く無い訳では無い。全体的に見れば悪くないのだが、各科目ごとに目を向けてみると、とりわけ日本史だけは、他の教科に比べると見劣りする。まぁ、こいつは暴れん将軍や水戸黄門を史実だと思っていたくらいだから、その点は推して知るべし…と言ったところなのかも知れないが。

 

 そこで俺は可能性の間口を広げるべく、他の選択科目の実力はどうか…もう少し突っ込んだ言い方をすれば、選択科目の変更が可能かどうかを検証してみる事にした。

 

 「由比ヶ浜、ここで問題だ。ルイ14世が、後世の人々に何と呼ばれているか答えよ。」

 

 「…ほえ?」

 

 こいつにとって、この問いは寝耳に水だったに違いない。なんてったって、選択科目外の問題だからな。俺だって、選択科目以外は大して勉強しなかったし。

 

 由比ヶ浜は、多少驚いた表情を浮かべたものの”ちょっと待っててっ”と、意外と前向きに考えはじめ、それから5分程”うーん”と唸り続けた末に、消え入りそうな声で答えた。

 

 

 「ル、ルイルイ・・・とか?」

 

 

 正解は太陽王な。

 

 

 なんか、友達にニックネーム付けてる感じになっちゃったよ。そう言えば大分前に、こいつは自分自身に”ゆいゆい”ってニックネームを付けちゃった事があったよな。あまりのセンスに、あの雪ノ下も”自虐癖があるのかしら…”と困惑してたけど。

 

 そうだ、こいつの新しいニックネームなんだけどさ、もう”山田ユイ53世くらい”とかで良くね? 決め台詞は『ルネッサーンスだしっ!』で。

 

 

 

 

 

 「・・・ってか、そのルイさんって誰? 外国の人?」

 

 

 「・・・。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 はい、世界史消えたー。

 

 「オーケー。じゃあ、気を取り直して次の問題だ。」

 

 「ちょっとっ! 何で完全スルーだしっ!」

 

 

 こうして色々と検証を重ねた結果、消去法で日本史が一番マシだという結論に辿り着いた。

 

 

 

 

 

 やはり、日々の積み重ねってのは大事なんだな。

 

 

 

 

第16話

 

の首都ってどこにあるの?

 

 

 

 

 

 「できたーっ!」

 

 

 何かをやり遂げた! といった感情を込めて、由比ヶ浜は感嘆した。あたかも、フルマラソンを完走したかの様な喜びっぷりに対して、俺はあくまで冷静さを保ったままだ。

 

 落ち着け由比ヶ浜、俺達の戦いはまだ始まったばかりだ。

 

 しかもこのマラソン、場合によってはゴールまでの距離が際限無く伸びる。例えば、アニメやマンガ、ラノベ等で”浪人”と設定されたキャラクターの多くには、大概悲惨極まりない運命が待っている。何故なら、物語の流れが遅かったり、作品の人気に火が着いて話が長期に及ぶと、彼らは季節が廻る(めぐる)たびにそのキャリアを重ね続け、下手をすれば何十年もの間、浪人し続ける事になるからだ。

 

 サ○エさんに出てくる甚六さんは設定上2浪だが、実質的にはもう何十年も浪人生活を送っているし、キテ○ツ大百科の勉三さんに至っては6浪と、設定がリアル過ぎる。

 

 俺だったら、確実に心をへし折られているまである。

 

 ともかく、これから物語を紡ぐ皆様には、くれぐれもお願いしたい。確かに現実世界は厳しい…だから、せめて創作物の中だけでも、彼らの様な不遇に喘いでいる者には報われて欲しいのだ。

 

 ノーモア甚六! ノーモア勉三!

 

 

 まぁ、勉三さんは大学に入った途端、ミニクーパーを乗りまわしたり、カワイイ彼女が出来たりと、それまでの不遇が嘘だったかの様に、リア充へと変貌を遂げて行くんだけどな。

 

 って事は…あれ? 甚六さん、まさかのひとり負けじゃ…。

 

 

 

 げふんげふん…、話を戻そう。

 

 こうして、甚六さんにシンパシーを感じて感傷的になった俺は、それとは対照的に、爽快感に満ち満ちている由比ヶ浜から解答用紙を受け取った。

 

 「あれ? ヒッキー、何か元気なくない?」

 

 向かい側に座っていた由比ヶ浜が、身を乗り出して心配そうに覗き込んでくる。その結果、ただでも大きな由比ヶ浜の胸が、こたつの上にドンドーンと乗っかって、その圧倒的な質量がより強調される事となった。一色のが肉まんだとすれば、こいつのは…そうだな、大きなメロンが2個並んでいる感じだ。

 

 なんか、前より大きくなってません?

 

 「ねぇ…ホント大丈夫?」

 

 俺が、そんな邪な事を考えている事など露知らず、由比ヶ浜は再度心配そうに問いかけてくる。そんな由比ヶ浜を見て、急激に冷静さを取り戻した俺は、コタツの天板によって押しつぶされそうになっている、2つの大きなメロンから慌てて視線を外した。

 

 混じり気の無い由比ヶ浜の視線がとても痛い…って、ガン見してたの、バレてないよね?

 

 

 ともかく俺は、全力で誤魔化す事にした。

 

 「だ、大丈夫だ。甚六さんが不憫過ぎて、涙してただけだ。」

 

 「全然意味分かんないしっ! ってか、甚六さんって誰っ! 」

 

 由比ヶ浜が驚愕した。

 

 こいつ…日を追うごとに、ツッコミの切れ味にどんどん磨きが掛かってきてるな。ってか、甚六さんって誰か…だって? そんなのは決まっているじゃないか。王者の中の王者、つまりKingu of Kingsだ。

 

 …ただし、浪人のな。

 

 

 ただ、おっぱいの圧倒的な存在感を前に、甚六さんへの興味など微塵も無くなった俺は、その解説を早々に打ち切って、由比ヶ浜から渡された答案の採点に勤しむ事にした。

 

 まぁ、そもそも架空の存在だしな。煩悩退散、煩悩退散。

 

 

 「・・・。」

 

 

 「・・・。」

 

 

 …おぉ、記述式なのに結構埋まってるじゃないか。

 

 

 「・・・。」

 

 

 「・・・。」

 

 

 

 

 

 「ちょっ、何で途中で説明打ち切ったしっ! このままだと、気になって夜眠れないよーっ」

 

 

 

 

 

 ほんのりと放置された事に気づいてしまった由比ヶ浜が、ここでようやく抗議の声をあげた。やれやれ仕方がない、少し相手をしてやるか。

 

 「大丈夫だろ。だってお前、いつも部室で大口開けて、グーグーいびきかいてたじゃん。」

 

 由比ヶ浜は”なっ!?”と一声あげた後、顔を真っ赤にして口をパクパクさせた。けれど、すぐに気を取り直したかと思うと、今度は拗ねた様に”ぷぅっ”と頬を膨らませた。

 

 「お、大口なんて開けないもんっ!」

 

 いやいや、めちゃくちゃ開けてたよ? なんなら、どばーっと盛大に涎を垂らしていたまである。雪ノ下なんて”握りこぶしが入るんじゃないかしら…”って、毎回ソワソワしてたしな。

 

 恥らっているあたり、自覚はあるんだろうけどさ。

 

 

 由比ヶ浜は、その後も”私の事バカにし過ぎだからっ!”とか”よ、涎は垂れてないもんっ…多分”といった具合に、散々悶え続けた。そんな由比ヶ浜を余所に、俺は黙々と採点を進めていく。

 

 「ってヒッキー、私の話聞いてる?」

 

 「聞いてるホー。」

 

 「絶対聞いてないしっ!」

 

 ったく、このかまってちゃんめ。

 

 このままだと全然前に進まないので、俺は切り札を出す事にした。ダウンジャケットのポケットをゴソゴソと弄る(まさぐる)俺を、不思議そうな顔で見つめる由比ヶ浜。

 

 おっ、あったあった。

 

 「良い子だからちょっと待ってろ。ほら、コレをやるからさ。」

 

 俺が取り出したのはもちろんヴェル○ースオリジナル。何故なら、彼女もまた特別なおっぱいだからです。まぁ、平たく言えば飴玉だ。

 

 由比ヶ浜はしばらくの間、掌の上に乗せられたヴェル〇ースオリジナルを”きょとん”とした表情で見つめていたのだが、やがてワナワナと身を振るわせた。

 

 「むーっ! 子供扱いしてっ! 」

 

 おかしいなーゆいがはまは、なんでこんなにすねているんだろうなー。

 

 もし、相手が小町だったら”小町にこんな手が通じるとでも…”と言いながらも、そのまま静かになるんだが。まぁ…いくらあの由比ヶ浜とはいえ、もう19歳だ。流石に飴玉1つくらいでは静かにはならないだろう。

 

 「すまん、俺が悪かった。」

 

 俺は、由比ヶ浜に差し出していた飴玉を、再びポケットの中に戻した。ヴェルダー○オリジナル…めちゃくちゃウマいんだけどな。

 

 それを見ていた由比ヶ浜は、後ろ髪を引かれるかの様に、小さく”あっ…”と漏らすと、心の中で何かと戦う様に”うーん…”と唸りだした。

 

 

 その後もしばらく、由比ヶ浜は心の葛藤に翻弄されていたのだが、やがてそれも治まったのか、俺から顔を背けたままぶっきらぼうに呟いた。

 

 

 「・・・ちょうだい。」

 

 

 欲しいのかよっ!

 

 由比ヶ浜は、ヴェルダー○オリジナルを”ぽいっ”っと口に放り込むと、”あたしにこんな手が通じるとでも…”と呟いて、そのまま静かになった。

 

 由比ヶ浜といい小町といい、ヴェルダー○オリジナル…何気に凄ぇな。

 

 

 

 さて…こいつが静かなうちに、さっさと採点を終わらせてしまうとするか。

 

 

 「・・・。」

 

 

 「・・・。」

 

 

 「・・・じーっ。」

 

 

 「・・・。」

 

 

 「・・・じーっ」

 

 

 「・・・。」

 

 

 それまで順調に採点を進めていたのだが、なんとなく由比ヶ浜の視線を感じて落ち着かない。どうしても気になった俺は、そっと顔を上げて様子を窺ってみたのだが…

 

 

 「「・・・!?」」

 

 

 バッチリと目がが合ってしまった。

 

 目が合った瞬間、由比ヶ浜はビクッとなって慌ててそっぽを向き、俺はそそくさと解答用紙に視線を戻した。なんか、めちゃくちゃガン見されてたしっ!

 

 その、気配で分かる程の視線の力強さに、俺の頭頂部がハゲたりしないだろうかと心配になってくるんだが…だ、大丈夫だよね?

 

 

 「・・・じーっ。」

 

 

 「・・・。」

 

 

 それからも、”じーっ”という由比ヶ浜の視線を気にしつつ採点を続けていたのだが、ようやくその作業も終わりに差し掛かった頃、急に由比ヶ浜がソワソワとしはじめ、やがて意を決したかの様によしっ!っと気合を入れて勢い良く立ち上がった。

 

 そんな様子に、俺は”トイレに行くにしては、随分気合が入っているなぁ。”なんて呑気に考えていたのだが、由比ヶ浜はトイレどころか、逆にこちらへ近づいて来たかと思うと、そのまま俺の横に”ドシっ”と腰を下ろした。

 

 なぁんだ、トイレじゃなかったのか…って、な、なんで隣に座ったしっ!

 

 「ほ、ほらっ、折角だし…それに、と、隣の方が見やすいかなぁ…なんて。あはは…。」

 

 あくまで機能性重視なのだと主張する由比ヶ浜。普段なら、色々と茶々を入れてしまうところなのだが、なんとなく水を差すのは憚られる(はばかられる)様な気がした。

 

 「な、なるほどな…そういう事か。」

 

 「う、うん…そういう事…。」

 

 「・・・。」

 

 「・・・。」

 

 緊張するやら気まずいやら、色々な感情がごちゃ混ぜになりながら、沈黙した時間が流れた。触れるか触れないかギリギリの距離となった事で、由比ヶ浜のぬくもりが放射熱となって俺に伝わってきて”由比ヶ浜”という女の子の存在が、より生々しくリアルに感じられた。

 

 それに、なんかイイ匂いするから余計にな。

 

 

 

 

 

 「ね、ねぇ…何点だった?」

 

 そんな沈黙を破ったのは、由比ヶ浜のそんな一言だった。これまでの時間、甚六さんやらおっぱいさんの存在感が際立っているが、本来の目的は勉強なんだ。もう少し気を引き締めないと、このままだとダメ過ぎんぞ…俺がな。

 

 俺は、採点の終わった解答用紙を一通り見直すと、それを由比ヶ浜に手渡した。

 

 「70点ってところだな。」

 

 「ふっふーん! 凄いでしょー♪」

 

 由比ヶ浜のドヤ顔がうっとおしい。確かに、高校時代のこいつの成績を考えると、考えられない程の正答率なんだけどさ。まさか、由比ヶ浜を見直す日がやって来ようとは…。

 

 「確かに…期末テストで”徳川もんが”って書いたやつだとは思えねぇ。」  

 

 断っておくが、解答欄じゃなくて氏名欄にだからな?

 

 「むがーっ! そ、その話題禁止ぃぃぃっ!」

 

 由比ヶ浜は両手で頭を抱えると、激しく悶絶した。まぁ…通常だったら、間違いなく黒歴史認定ものだよな。色々と間違え過ぎだし…お前はもんがでも、増してや徳川でもない。

 

 本当は色々と聞いてみたかったのだが、そんな事をしていてはどっぷりと日が暮れてしまうので、ここはぐっと我慢してフォローを入れることにした。

 

 「落ち着け由比ヶ浜…昔の話じゃないか。」

 

 俺は、出来るだけ爽やかな笑顔を浮かべて力強く語りかけた…目は死んでたけど。

 

 「・・・え?」

 

 悶絶していた由比ヶ浜が、ふと動きを止めてゆっくりと顔を上げる。

 

 「今はそれなりに点が採れているんだ。もうあの頃のお前じゃない。」

 

 「ヒッキー…。」

 

 ちょっぴり感動したのか、目に涙を溜めた由比ヶ浜がとても嬉しそうに微笑んだ。

 

 「それに…」

 

 「それ…に?」

 

 由比ヶ浜が、期待に満ちた眼差しを俺に向け、次に紡がれる言葉を待った。

 

 

 

 

 

 「良かったじゃないか…徳川もんがなんてDQNネームを付けられた人は居なかったんだ!」

 

 「むがーっ!」

 

 由比ヶ浜は、再び悶絶した。

 

 

 

 そんな悶絶中の由比ヶ浜を余所に、俺は今後の指針を練り始めた。70点という点数は、決して悪くはないが、飛び抜けて良くもない。本番はマーク式だから、もう2~3点の上積みも期待出来るとはいえ、全体的に見れば8割は欲しいところだ。

 

 とりあえず、他の教科は程良く出来ているから過去問重視で、日本史は一度全体を見直しつつ底上げを計る方向で、この冬休みの間は頑張って貰う事にしよう。

 

 よしっ…由比ヶ浜、あとはお前次第だ。

 

 

 そう思い、由比ヶ浜の方へ視線を戻してみたのだが…

 

 「ううっ…だからあたしはもんがじゃないしぃ…」

 

 由比ヶ浜は、未だ絶賛悶絶中だった。こいつの抱える黒歴史の闇は、想像以上に深いものなのかも知れないな。気持ちは分かるけどさ…俺も半日くらい悶絶する時あるし。

 

 おーい由比ヶ浜ぁ、さっさと戻ってこーい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「もうっ! ヒッキーのバカっ! 」

 

 ぶん剥れた(むくれた)由比ヶ浜が、ぷいっとそっぽを向いた。深淵の底から帰って来てくれたのは良かったんだが、さっきからずっとこの調子だ。まぁ、図らずもこいつの黒歴史を刺激してしまった俺が悪いのだが。

 

 「俺が悪かったからさ、いい加減機嫌を直してくれ。」

 

 「・・・。」

 

 由比ヶ浜は、一度だけこちらをチラ見しただけで、相変わらず”つーん”と拗ねたままだ。

 

 「ほら、飴ちゃんやるから機嫌直してくれよ。」

 

 俺が取り出したのはもちろんヴェル…(略)

 

 由比ヶ浜は”また子供扱いする…”と言いつつ、俺が差し出したヴェルダー○オリジナルを嬉しそうに受け取った。やれやれ、これでようやく機嫌が…

 

 「…って、こ、こんなので誤魔化されたりしないしっ!」

 

 ねぇ…今、思いっきり誤魔化されそうになってませんでした?

 

 「・・・。」

 

 「・・・。」

 

 誤魔化されないもんと言いつつ、それを口に放り込んだ途端に静かになる由比ヶ浜。

 

 そう言えば、カニ鍋やってる時も人は無言になるよな。つまり、カニ鍋を食べたいけど金がない時は、ヴェルダー○オリジナルを2~3個舐めておけば、”お金が浮いて超お得じゃないですかぁー♪”という論理が成り立つのではないだろうか…

 

 成り立ちませんね、失礼しました。

 

 

 俺がまた何か下らない事を考えているんじゃないか…そんな空気を薄々感じた取ったのか、由比ヶ浜は”はぁ…”と小さくため息をつくと、自分の顔と俺の顔とをぐいっと突き合わせて、念を押すように言った。

 

 「本当に…反省してる?」

 

 ようやくお許しが出そうな雰囲気だ。雪解けムードの到来に、俺の返事は決まっていた。

 

 「あぁ、もちろんだ。反省しすぎて、反省猿が軽く引くレベルだぞ。」

 

 「また訳の分かんない事を言い出したしっ!」

 

 反省猿とは、”反省だけならサルでも出来る”でお馴染みのあれだ。ちなみに今の次郎さんは4代目だそうだ。スケ○ン刑事で言えば、あや○みたいなポジションってところだな。更に例を挙げるならば、相棒の反町○史、プリ〇ス4WD、フレッシュプ○キュアもそうだ。そうそう、今のタイ○ーマスクも4代目だ。

 

 

 そんな、ぶつくさと考えている俺の様子をじーっと眺めていた由比ヶ浜は、しばらくして

 

 「まったくもう…相変わらずだなぁ。」

 

と呟いた。言葉とは裏腹に、その口調はすこぶる穏やかなものだ。

 

 「まぁ、人間ってのは早々変わったりしないんじゃね?。」

 

 まぁ、長いスパンで振り返った時、”あぁ…昔はこんなだったっけなぁ”と実感出来る様な変化はあるかも知れないけどな。

 

 だが由比ヶ浜は、その言葉に首を軽く横に振る。

 

 「ううん、ヒッキー…ちょっと大人っぽくなっててビックリしたもん。」

 

 「ん? 俺が?」

 

 「うん♪」

 

 たった9ヶ月程度で、そんなに見た目は変わらない気もするが…なんて思ったのだが、以前よりも2回りくらい大きくなった、由比ヶ浜のデカメロン様をしげしげと眺めてみると、意外とそんなものなのかも知れないな…なんて思えてくる。

 

 「まぁ、捻くれた性格は変わってないけどな。」

 

 「うん。中身は全然変わってなくて、ちょっと安心したかも♪」

 

 「おいおい、そこって”捻くれてなんてないよっ”とかってフォローするとこじゃね?」

 

 「ぷっ…それは無い無い♪」

 

 

 由比ヶ浜は、しばらくの間嬉しそうに笑っていたが、真顔に戻ると同時に今度は俺のシャツの袖をキュッと掴んで、俯く様に視線を床に落とした。

 

 「でもね…ヒッキーが凄い変わってたらどうしよう…って、ちょっと不安だった。」

 

 俺のシャツを掴む手により一層”きゅぅぅぅぅ”っと力が込められる。

 

 

 少し間が置かれた後、由比ヶ浜は何か強い決意をしたかの様に顔を上げると、真っ直ぐな視線を俺に向けた。そしてもう片方の手を自分の胸元に置くと、ひとつ深呼吸した後にその目を大きく見開いた。

 

 

 「あ、あたしね…ず、ずっと前からヒッキーの事が…」

 

 

 

 

 その時だ。

 

 ”コンコン”とノックされたかと思うと、俺達の返事を待つ事無く勢い良くドアが開け放たれ、それと同時に超ハイテンションなヴォイスが部屋中に響き渡った。

 

 「ぱんぱかぱーん♪そろそろおやつの時間よーっ♪」

 

 この声の主は…言うまでも無いよな? そう、ガハママさんだ。

 

 

 「「・・・!?」」

 

 

 あまりに突然の出来事に、俺と由比ヶ浜はその場でビシッと固まってしまった。だが、そんな事はお構いなしに、ガハママさんは勢い良く部屋に入ってくると、ケーキと紅茶の乗ったトレーをコタツの上に置いて、それらを手際良く並べ始めた。

 

 「今日は優美子ちゃんとこのケーキよぉ…って、あれ?」

 

 ここに来て、俺達が並んで座っている事に気がついたガハママさん。それまでニコニコしてたのがニヤニヤに変わった瞬間を、俺は見逃さなかった。

 

 「あらぁ、2人はとっても仲が良いのね♪」

 

 その視線が、シャツの掴まれた手に注がれている事に気付き、慌ててその手を離す由比ヶ浜。そんな仕草に、ガハママさんの目が鋭く光る。

 

 あぁ…あれは格好のネタを仕入れた人の目だ。俺には分かる…だって、小町がそうだから。

 

 「もう、結衣ったら♪恥ずかしがらなくても良いのに♪」

 

 「な、なんの事かなぁー?」

 

 由比ヶ浜は全力で恍ける(とぼける)事にしたみたいだが…何しろ相手が悪過ぎた。

 

 それまでニヤニヤしていたガハママさんは、急に取り繕った様な穏やかな微笑を浮かべると、その表情からは想像出来ない様な、大きな爆弾を投下した。

 

 「仲が良いのもいいけど、気をつけるのよ? 私、まだお婆ちゃんにはなりたくないもの♪」

 

 その言葉に、顔をみるみる真っ赤にする由比ヶ浜。

 

 「あっ、でもね? どうせなら男の子と女の子、一人ずつが良いとママは思うなぁ♪」

 

 「なっ!?」

 

 畳みかける勢いのガハママさんを前に、由比ヶ浜が口をパクパクさせたまま絶句する。落ち着け由比ヶ浜…それ、揶揄われ(からかわれ)てるだけだからな?

 

 

 しばらくして、再起動を果たした由比ヶ浜が、耳までピンク色に染めつつ絶叫した。

 

 

 

 「ま、ま、ま、まだそんな事しないしっ! ママのバカぁぁぁぁぁっ! 」

 

 

 

 

 

 

 そんな、部屋中を木霊する絶叫に、サブレはビクッと体を震わせた。 

 

 

 

 つづく

 

 

 

 【おまけ】

 

 「ねぇヒッキー?」

 

 「なんだ?」

 

 「ワイマールけんぽうって…何?」

 

 「あぁ、ドイツの憲法だ。もう消滅しちまったけどな。」

 

 「そっかぁ…。」

 

 「まぁ、消えちまったものは仕方がないな。」

 

 「うん。でも残念だなぁ…。護身用に習おうと思ってたのに。」

 

 

 

 「・・・はい?」

 

 

 





最後までお付き合い下さいまして
ありがとうございました。

私の記憶が確かであれば、
甚六さんって昔、大学生の設定だった様な…。

それがいつの間にやら浪人に…。


まぁ何十年浪人しても、文豪の息子さんですから、
経済的には全然困らなさそうな気もしますけど。



それでは、次回もまたお付き合い頂けますと
嬉しく思います。



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