ぼっちじゃない。ただ皆が俺を畏怖しているだけなんだ。 作:すずきえすく
今回は第13話となります。
よろしくお願いいたします。
『お兄ちゃーん♪小町はですね、5〇1の豚まんを食してみたいのですっ!』
小町は、受話器越しに高らかと宣言した。
事の発端は、大学に入って初めての冬休みを迎えるにあたり、小町へ”帰省するけど、土産は何が欲しい? リクエストはあるか? ”と、LINEの登録がてらに電話を入れた事だった。
俺はてっきり、”やったー、お兄ちゃんが帰ってくるよ! ”とか”お兄ちゃんのプレゼントなら何でも良いよ…って今の小町的にポイント高ーい♪”といったリアクションが返って来るものだと思っていたのだが、小町の第一声は、その予想を大きく覆すものだった。
『あのぼっちだったお兄ちゃんが…LINE!?』
そこかよっ! それに何だよ、その失礼な驚きっぷりは。俺の帰省は全力スルーかよ!
…お兄ちゃん泣いちゃうよ?
まぁ…気持ちは分からなくもない。もし由比ヶ浜に登録を促されていなければ、LINEとはずっと縁遠いままだったろからな。しかしながら、慣れてみるとなかなか面白いもので、あれからしばらく使い続けた結果、今では、1人グループを作成してぼっちスタンプを楽しむ事くらい造作も無くなる程に、俺は手練れへと変貌を遂げた。
「つまりコミュニケーションツールさえも、1人遊びの道具へと昇華させる俺って超凄い。」
それを聞いた小町は、
『はぁ…お兄ちゃんてば、相変わらずなんだねぇ。』
と、呆れた様に大きなため息を付いた。
そりゃ、人間は早々変わるものでは無いのですよ? 小町さん。自分が自分であることの証…それがアイデンティティというものなんだと、お兄ちゃんは思うな。ところが小町は、それを耳にした途端”ふっふ~ん♪”と何やら含んだ鼻息を漏らすと、直後に剛速球を投げ込んできた。
『でもさ、色々変わった事もあるでしょ? いろは先輩とか♪』
なん...やて...?
ニワカが関西弁を使って、ホンマすんませんでした。
まぁ…正直なところ、この間の件で小町と一色との間に、ホットラインの存在が明らかになったので、この展開はある程度予測が付いていたのだが…あざと計算高いこいつらが、強力なパートナーシップを築いているかと思うと、ひんやりと首筋が寒くなってくるな。果たして、小町はどこまで知っているんだろうか?
ともかく、俺は全力で惚ける事にした。
「さて? 何のことだか、お兄ちゃんさっぱり分かんなーい。」
仮に詳細が漏れてないのであれば、下手に関与を仄めかしたりすると、ヤブヘビになりかねないのでここは慎重に…と、初球は外角低めに外れる変化球を投じた。だが、そんな思惑などお見通しだと言わんばかりに、小町は話を続けた。
『またまたぁ~♪LINEだって、いろは先輩とお話しする為でしょう? いやー、ついにお兄ちゃんにも春が来たんだねぇ。あぁっ、小町の目に思わず涙がっ!』
目に溜まった涙を手で拭う様な、しおしおとしたワザとらしい仕草が目に浮かぶ。けれど、ご期待に沿えなくて申し訳無いのだが、春なんて来てやしないし、そもそも一色に促されてLINEを始めたわけではない。
『へっ? 小町はてっきり…。じゃあ、なんでLINEしてるの? …ぼっちなのにさぁ。』
小町は、キョトンとした感じで俺に尋ねた。おいおい…ぼっちってのは余計だ。それに何度も言うようだが、俺はぼっちじゃない。ただ皆が俺を畏怖してくるだけなんだ!
”えーっ、それをぼっちっていうんじゃん。”と気だるそうに答える小町…ってお前、全然容赦ないのな。まあ…本来であれば、俺の尊厳に関わるところではあるのだが、覆ったところで大して尊厳が向上する訳でもないので、気にせず話を進める事にした。
「子供電話相談室を絶賛開催中だ。子供役は由比ヶ浜だけどな。」
その瞬間、小町は”ほえっ、結衣さんと!?”と驚いた声をあげたが、一旦間を空けた後に不敵な笑みを浮かべてそうな声で呟いた。
『ほほぉ、これは面白くなってきましたねぇ♪』
こいつにとって面白い展開になるという事は、俺にとっては高確率で、ひどく疲れる展開になるという事だ。また何か、良からぬ事を思いついたんじゃないだろうな…。
そんな不安を一層掻き立てるかの様に、小町は嬉しそうに語りかけてきたた。
『いろはお姉ちゃんに結衣お姉ちゃん…どちらも捨てがたいなぁ。あ、そうそう、雪乃お姉ちゃんってのも悪くないよね…お兄ちゃん、小町のお姉ちゃん候補がどんどん増えてるよ!』
やれやれ…勘弁してくれ。大体、お姉ちゃん候補など存在しないんだ。そもそも、お前には俺がいるじゃないか…兄貴という、唯一無二の存在がな!
そんな俺のリアクションに、小町は不満そうな声をあげた。
『お兄ちゃん、つまんなーい。』
その御、電話が更に1時間近くに及んだ末に、ようやく俺は土産のリクエストを聞き出す事に成功した。それが冒頭の”豚まんを食してみたいのですっ!”だ。
そしてその3日後、俺は小町の要望に応えるべく、5〇1の豚まんをしこたま買い込んで、意気揚々と新幹線に乗り込んだ。そう、乗り込んだまでは良かったんだ…。
俺は、5○1謹製豚まんの暴力的なまでの存在感をを、非常に甘く見ていたと認めざるを得ない。窓際の座席に腰を掛けてからしばらくすると、何やらヒソヒソとした囁きがあちらこちらから挙がり始めた。
”なんか、5〇1の匂いしてへん?”
”うわぁ…めっちゃ腹減ってくるやんか!”
”誰やねん! テロリストは!”
俺が気が付いた時には、お口が恋人のあの某社製ブルーベリーガムよりも、存在感のある匂いが列車内に充満し尽くしていて、もはや手遅れの状態だった。
あぁ…これはヒソヒソされても仕方ないやつですわ。
俺はこの後、東京駅に着くまでの3時間余りを、肩身の狭い思いで過ごす事になったのである。
第13話
5
〇
1
蓬
〇
と
蓬〇本館ってのは、別の会社なんだな…。
『私と…付き合ってほしいな。』
由比ヶ浜の問いかけに、俺は思わず”ごくり”と生唾を飲み込んだ。こいつはアホの子ではあるが、人を陥れる様は事は絶対にしない。それだけに彼女の発したこの言葉は、とても重みのあるものに感じられた。
『その、だめ…かな?』
しばし言葉に詰まった俺に、由比ヶ浜は再度俺に返答を促した。恐る恐るではあるが、その実逃げ道の無い問いかけに、いよいよ俺はテンパってしまった。
「くぁwせdrftgyふじこlp…」
『ヒッキーがぶっ壊れたっ!?』
俺の様子に、由比ヶ浜が驚きの声をあげた…って、ぶっ壊れたとは失礼な。そもそも、テンパらない方がおかしいだろうに。だってさ、そ、その、付き合って欲しいって事はだな、つまりそれって…
『!?』
その瞬間、由比ヶ浜は”何か重大な事に気が付いた!”と言わんばかりに大きく息を飲み込んだ。そして、受話器越しに大声で”ち、ち、ち…違うのっ!”と叫んだあと、今度は”あわわわわっ、ど、どうしよ…”とテンパりだした。
何でお前までテンパってるんだよ…。だがどことなく、名○屋章を彷彿とさせる取り乱しっぷりを耳にしているうちに、逆に俺の方は平静さを取り戻していった。まぁ…アキラの場合は”ななななっ…!”だけどな。知らないお友達は、1度ググってみてくれ。
「ともかく1度、大きく深呼吸して落ち着け…な?」
”うん、分かった!”と返事した由比ヶ浜は、大きく息を吸ったり吐いたりし始めた。受話器越しから聞こえて来る”はぁ…んっ…はぁ…っん”という息遣いが、ちょっぴり艶めかしい。
やがて、落ち着きを取り戻した由比ヶ浜は、大声で叫んだ。
『そのっ…違うくないけど違うからっ! 付き合って欲しいのは”勉強に”だからっ!』
「つまり…そっちにいる間、お前の家庭教師をすれば良いって事か?」
その問いかけに”その通りっ!”と力強く肯定した由比ヶ浜。おいおい、口調が児○清のモノマネをする博多○丸みたいになってるぞ。まぁ…それはともかく手短にまとめると、由比ヶ浜はこれまで仮面浪人を続けてきたが、本腰を入れる為に専門学校を休学して、再び大学受験に挑む為に勉学に励んでいるという事だっだ。
だから、俺が帰省している間だけで良いから、勉強に”付き合って欲しい”…と。
危なかった…また新たな黒歴史が、心の奥底に刻み込まれるところだった。仕掛けられてもいない罠に引っ掛かってしまっては、立つ瀬が無いからな…っていうかぶっちゃけ恥ずかしい。あぁっ、さっきまで勘違いしていた俺自身を”バーカバーカ”と罵ってやりたいっ!
”ヒッキー自意識過剰過ぎだし!”と、俺は心の中で自分自身を戒めた。
けれど、この由比ヶ浜の再受験は、俺にとっては意外なものに感じられた。確かに、並々ならぬ努力を重ねつつも、去年の由比ヶ浜は惜しくも涙を呑んだ。だが、彼女本人から聞き及んでいた範囲では、専門学校での生活は充実そのものといった具合だったので、まさかそれを投げ打って、再受験に踏み切るとは思いもしなかったのである。
その理由に関しては、普段快活な由比ヶ浜にしては珍しく口篭ったのだが、ただ一言だけ
『…負けたくなかったから』
と呟いただけだった。
由比ヶ浜が、誰に負けたくないのかは分からない。だが、その意思…というか決意は、受話器越しからでも充分に感じられる程に力強いものだった。ただそれだけに、俺は軽々しく返事など出来なかった。
俺は、由比ヶ浜の期待に副える程、しっかりと教えてやれそうな気がしないし、そこまで真摯に向き合っているのであれば、予備校の冬期講習へ行った方が効果は大きいだろう。何より、由比ヶ浜の決意や頑張りに対して、それをガッチリ受け止めてやるには、俺では器が小さ過ぎる様に思われた。
けれど、俺のそんな思惑を見透かした様に、
『ヒッキーはね、ただ一緒に居てくれたら良いんだよ? それで私、頑張れるからっ!』
と力強くアピールし、その後で慌てて”ほ、ほらっ、ヒッキーは監督役っていうか…”と付け足した。その上で、一生のお願いだと言わんばかりの勢いで
『ただ付き合ってくれるだけでも良いから…ねっ? お願いっ、ヒッキー!』
と、ダメ押ししてきた。
何というか…由比ヶ浜の気の使い様が痛いほど伝わってくる。まったくこいつは…アホの子の癖に、人の事ばかり気にしやがって…。
ここまでお膳立てされたならば、俺も腹を括らねばならないだろう。
「分かった。付き合うだけなら構わん。」
俺の答えに、由比ヶ浜が声を弾ませた。
快速列車の扉がゆっくりと開かれ、俺は駅のホームに降り立った。おおよそ9ヶ月ぶりに踏みしめた故郷の地…その街並みは、以前と何1つ変わること無く日常の時を刻んでいた。そんな見知った光景は俺を著しく安堵させ、そして感慨深くさせた。
もちろん、今住んでいる街も悪くはない。愛着も湧いて来たし、もう何年か時を重ねれば、恐らくは第2の故郷と呼べる程の存在となるだろう。けれども、生まれ育った街というものはやはり別格だ。そう…詰まるところ、俺の千葉愛は少しも損なわれてはいないという事なのだ。
あぁ…故郷ってのは良いものだな。
そんな気持ちを噛み締めながら、俺はコインロッカーに荷物を押し込んだ。小町のクリスマスプレゼントを探すには、邪魔になるからな。あっちで買う事も考えたのだが、久々の千葉を堪能しつつ探すのも悪くないだろう…なんて思ったのだ。
けれども、荷物を押し込んでいる最中に、まさか雪ノ下さん(姉)に捕縛されるとは思わなかったし、更に一色にまで捕まるとは予想だにしなかった。まぁ、そのお蔭でプレゼント選びは上手く捗ったんだけどさ。でもおかしいなぁ…千葉の面積ってのは結構広くて、確か5156平方キロくらいあるはずなんだが…。
俺が考えるよりも、世間というのは意外と狭いものなのかも知れんな。…ってまさか、俺に発信機なんかが取り付けられたりとか…してないよね?
そんな、中2病的妄想を重ねながらも、俺は実家へと辿り着いた。まだ9ヶ月しか経ってないのに、実家の佇まいが、こんなに新鮮に感じられる事に軽い驚きを感じながらも、俺は意気揚々と玄関のドアを開いた。
「ただいまぁ。」
覇気のない俺の声が、廊下に響き渡る。その直後、かまくらの尻尾が床を”ダンッ”と叩く音が返事の様に返ってきて、更に1テンポ遅れて”お兄ちゃんが帰ってきた!”という小町の声が聞こえて来た。そして、ドタドタと廊下を駆ける音が響き渡る。
さて、感動の再会だ。きっと小町の事だから、テンションMAXで”お兄ちゃん♪おっかえりぃ~♪”と満面の笑みで俺を出迎えてくれるに違いない。そうだ、俺の妹がこんなに可愛いわけがないこともない…つまり小町はカワイイ!!
だが、廊下を駆けてまで出迎えてくれた小町の第一声は、その予想を大きく覆すものだった…。
「うわっ!お兄ちゃん豚まん臭いよっ!」
帰宅して尚、5〇1の豚まんの匂いは褪せる事なく、その存在感を誇示し続けていたのだった。
つづく
【おまけ】
「もぐもぐ…この豚まん、とっても美味しいね! お兄ちゃん♪」
「そうだろう? まぁ、俺も食うの初めてだけどな。」
「今度ネットでお取り寄せしよーっと♪」
「えっ!?お取り寄せ出来んの?」
「うん♪全国配送可能だって。」
「マジか…俺、車内で匂いテロリストとか言われながら持ってきたのに。」
「まぁまぁ♪小町的にはポイント高いから♪」
「なぁ…ちなみに今、何ポイントくらいあるんだ?」
「んー…分かんない♪」
「数えてないのかよっ!」
最後まで閲覧頂きましてありがとうございました。
また次回もお付き合い頂きますれば、
嬉しく思います。