やはり俺が恋愛に積極的になるのはまちがっていない。 作:部屋長
葉月と初めて昼食を一緒にしてから、三日が経って再びの昼休み。ベストプレイスにて、本来であれば心が一番癒される時間なはずなのに俺はパンを咀嚼しながら頭を抱えていた。
……隣にいる葉月が不思議そうに俺を見てるから馬鹿っぽいことをするのはやめよう。いやまぁ、俺が頭抱えてる理由は一応あなたが原因なんですけどね……。
「……なぁ」
「ふぁい? ふぁんふぇふあ?」
「いや、やっぱ食べ終わってからでいいわ……」
何て言ってるか全く分かんねーぞ。……葉月が食い終わるまでにとりあえず状況を整理しよう。
俺が頭を抱える程度には悩んでいる原因。それは、初めて昼休みを一緒に過ごしたあの日から、なぜか俺と葉月が毎日一緒に飯を食べていることについてだ。あの時に葉月はたまにって言ってたはずなんだけどな……。
今までは隣の席でも俺の関心がなかったこともあって、葉月のことは全く知らなかった。しかし、ここ数日の間を見る限りでは葉月には俺と違って普通に友達はいる。
それなのに何で俺とたまにではなく毎日一緒に昼食を取っているのだろうか。うん、謎ですね。
「んくっ……ご、ごめんなさい。食べ物を口に入れたまま喋るなんて汚かったですよね……」
「急に話しかけた俺も悪いし気にすんな。……で、葉月に聞きたいことがあるんだが」
「な、何でしょうか」
俺の重苦しい雰囲気のせいか、葉月は少しの緊張が混じった目でこちらを見てくる。しかし俺と目が合うと恥ずかしそうにササッと視線を横に逸らしてしまった。
そんな怖いこと聞くつもりはないから安心してくれ。ただ純粋な疑問を聞くだけだから……。
「えーっと、その、あれだ、……何で俺らって毎日一緒に飯食ってんだ……?」
言うと、葉月も俺と同じように不思議そうな顔をして。
「……な、何ででしょうか?」
「や、質問を質問で返されても……」
葉月さんってちょっぴり抜けてるとこありますよね。それが悪いわけじゃないけど、何も考えずに毎日一緒に食ってたっていうならさすがに問題ありだと思う。
「友達とは食わなくて平気なのか? 毎日こっちばかり来てたらさすがに違和感あるだろ」
「い、いえ、……その、なぜかは分からないんですけど、その友達に『うふふ、楽しんできてね。いてらいてら!』と言われまして……」
友達の真似をしたからか、ほんのりと頬を朱に染める葉月。何その友達ちょっとノリ軽すぎません?
「……いや、まぁそれならいいんだけど」
「は、はい」
ここでぴたりと会話が止まり一時沈黙。今までなら会話をしない時間も居心地が悪いわけではなかったが、今は少しばかり気まずさがある。
いや、だって葉月さんそれ絶対からかわれてますよ? 気づいてないの?
その友達もまさか相手が俺だとは思ってないだろうしな……。いかん、色々と不安になってきた。
「……俺と一緒に食ってても楽しいか?」
「え? きゅ、急にどうしたんですか?」
「や、大して面白いこと話せるわけじゃないし。それに昼休みだけじゃ男子に慣れる練習だってできてないからちょっと気になってな」
そう、これも俺が頭を悩ます要因の一つだ。葉月自身も多少慣れてはきたのか、初めて話したときよりは幾分かは会話もスムーズになっている。
しかし、同じ相手と繰り返し話していたら慣れるのは至極当然の話であって。だからこそこれが男子に慣れる練習になっているのか不安なのである。そもそも会話だけで本当に慣れるのかも疑問になってきたし。
そんな俺の疑問に葉月は、ぽつりと言葉を紡ぐ。
「……そ、そんなことないです。ちゃんと男の子に慣れる練習、できてます」
「そ、そうか?」
「は、はい、私にとってはすごい進歩ですよ。そもそも男の子とこんなに話すのだって久しぶりでしたし」
まだ話せるのは比企谷君限定ですけど……とぽしょりと付け足して、彼女は少し恥ずかしそうに微笑む。
「……そうか、それなら何よりだ」
そういや葉月のことですっかり忘れてたけど、俺も女子に積極的になろうとか考えてたんだよな。冬休みの俺の行動はある意味女慣れする練習に近いところはあったし、何か役に立つことでもあったらいいのだが……。
……いや、葉月には絶対積極的に何かするとかはないけどね? 慣れるどころか男性恐怖症になってとんでもないことになるわ。
そんな馬鹿なことを考えていると、顔を真っ赤にした葉月が口元をもにゅもにゅさせていた。
え、なに。どうしたの。
「そ、それに、も、もちろん比企谷君と話すのもっ、えと、楽しいれしゅ……っ」
「……最後まで言えてればもうちょっと決まってたかもな」
「あぅ……やっぱりまだ恥ずかしいです……」
そのまま葉月はあうあう言いながら両手で顔を隠してうつむいてしまった。……あんな小っ恥ずかしいこと言われても困るし、噛んでもらえて助かったわ。
しばらくして、復活した葉月が赤くした顔を上げてこちらを見てくる。
「あ、あの、私からも一ついいですか?」
「ん、いいぞ。何だ?」
聞くと、葉月は短く切り揃えられた前髪の毛先をいじってから一呼吸する。そして、今日一番の真っ赤な顔をしてぷるぷる震えながら一言。
「一般的な男の子から見たら、私ってどう見えていると思いますか?」
「……はい?」
ど、どうしんだ突然。そもそも俺は一般的な男の子ではないってことが真っ先に思いついてる時点で俺もだいぶテンパってるな。
「え、えっと、私が男の子が苦手な理由の一つが、し、視線? ですから。どう見られているのかが気になってしまって……」
「あぁ、なるほど」
「そ、それと、たまにですけど、視線が少しだけ怖い人もいますから……」
「あー……」
葉月の言う怖い視線っていうのは、おそらく悪意のあるものではないだろう。多分だが、男への苦手意識から悪意のある視線だと感じてしまっているだけだ。
トップカーストにいるような目立つ印象はないが、葉月の見た目は普通に可愛い部類に入ると思う。おっとりとした印象を与える少し垂れた大きな目、すっと整った鼻に艶のある小さな唇。低めの身長は人によっては庇護欲を掻き立てられるだろう。
だから、その視線はどちらかと言えば好意的なものなはずだ。まぁ高校生男子なんて考えることろくでもないし視線がギラついててもしょうがないっていうか……。
だからこそ、このことを言っていいのか悩みどころだ。変に意識しちゃったら大変だろうし。
……まぁ、葉月が男への苦手意識を克服しようと努力してるんだし、俺も多少は身を粉にしよう。多少だけど。
「……変なこと言うけど大丈夫か?」
「へ? あ、そ、そんなに私の印象って変なんですか……?」
「や、そういうことではないからそんな顔すんなって……」
そんな一瞬で涙目にならなくても……。何か本当に泣きそうだしもうこのままサラッと言っちまうか……。
「一般的な男子からしたら、葉月のことは普通に可愛い女子だって思う……はず、だ」
うわ、何これ恥ずかしい……と思ったのは俺だけではなかったようだ。涙目のまま湯気でも出るんじゃないかと言うくらい顔を真っ赤にした葉月がわちゃわちゃと慌て始める。
「あわ、あわわわ……そそ、そんなことないです……!」
「……だから変なこと言うって言ったろ。悪かったな」
「い、いえ……聞いたのは私ですから大丈夫です……」
まぁ嫌な方に捉えられなかっただけ良かったか。お互いかなり恥ずかしい思いはしたけど……。
……ほっぺた真っ赤にした葉月がまだ何か聞きたそうにもじもじしてるんだけど。葉月相手に初めて嫌な予感が……。
「そ、その、さっきのは一般的な男の子の考えなんですよね……?」
「……まぁ、そうだな」
「……じゃ、じゃあ、その」
こちらを見ずに視線を少し下に向け、胸の前で指をもじもじさせながら葉月が恥ずかしそうにぽしょりと。
「ひ、比企谷君には、わ、私はどんな女の子に見えますか……?」
「えっ」
「あ、そ、そのですね……! 毎日こうやって私のためにお付き合いしてもらってるのに、変な印象を持たれていたらどうしようと今さらながら……あ、あわわ、な、何言ってるんだろ私……」
言い終えて、葉月は限界だったのか顔を隠すように丸くうずくまってしまった。綺麗な黒髪から覗く真っ赤になった耳は隠せていないが。
えぇ……言うしかないの、これ? 言うしかないんだよな、これ……。
「……まぁ、さっき言った一般的な男子のアレと同じだ。よく分からんけど」
「え、そ、それって……」
「そ、それ以上は何も言わんでくれ……」
「ひゃ、ひゃい……っ」
何だその噛み方可愛いな……じゃなくて。いや、今回ばかりは本当に焦った。まさか葉月が意外なとこで女子らしい発言をしてくるなんて……。
い、意外と天然小悪魔、なのか……?
葉月ちゃん、書いててとても楽しいです。初めてのオリヒロなのでいつもワクワクで書いてます。
ではでは今回もお読みいただきありがとうございました!