カンピオーネ!~智慧の王~   作:土ノ子

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英国争乱編なんて……無かったんだ!

スイマセン。真面目に英国争乱編は考えてて展開に無理が生じたのでお蔵入りとなりました。スルーして原作第一巻の時間軸に向けて進みます。

皆様、大変お待たせいたしました。以前と比べて文章の量が落ちてなおかつ亀更新となりますが皆様の暇つぶしの種になれれば幸いです。



英国会談 ③

麗らかな日差しの下で始まった姫君の昔語り。自重の言葉を辞書に持たない三人の魔王が好き勝手に英国を引っ掻き廻した一連の争乱について語ったアリスは次のように結び、昔語りを終えた。

 

「―――とまあ件の騒動、英国魔王争乱は以上のような結末と相成ったわけです」

 

めでたしめでたし、では終わりませんでしたが―――とアリス。

心なしかジト目で対面に座る人物を見詰めていたが。

 

「…んー。改めて人から聞いてみると酷い話だな。何時の間にか俺がジジイ相手に互角に戦った恐怖の大魔王と化している。謝罪と賠償を要求する」

 

視線の先ではちっとも反省の色を見せない若者がのんびりと紅茶を啜りながら妄言を吐いている。そこに不審そうな顔で疑問を挟むのは彼とも親交深い正史編纂委員会のエージェントだ。

 

「話を聞いていた限りきっちりあのヴォバン侯爵と相討ちとなったように聞こえますが?」

「俺がやったのはあのジジイの隙を突いて足払い食わせただけだ。互角じゃないし間違っても勝ってない」

 

心なしか憮然とした表情で答える将悟。微妙な顔をする女性二人と対照的になるほどと甘粕はうなずく。万事鷹揚な態度を崩さないように思われている赤坂将悟だが一方でこだわっている部分だととことんこだわる面をもつ。今回の場合将悟の認識ではヴォバン侯爵に対し騙し打ちを喰らわせただけで、勝っていない。将悟が侯爵から完膚なきまでに勝利を奪い取ったと将悟が思えなければそれは勝利ではない。逆に言えばヴォバン侯爵との対決は赤坂将悟にとって半端に済ませることが出来ないほど重いものなのである。

 

そして甘粕がアリスから聞いた英国魔王争乱の顛末をプリンセス・アリスの詩情を交えた表現に従って語るのなら。

 

今も英国の地で眠る『まつろわぬアーサー』を巡って生じたヴォバン侯爵と黒王子の抗争。

そこに世に知られぬ最も若き七人目の王が好奇心から首を突っ込み。

嵐の目となる三人の王の傍では賢人議会、聖騎士、悪名高きアーサリアンらが奮闘と策謀の限りを尽くし。

敵も味方も入り乱れた争乱は最終的に黒王子が迷宮の権能で鍵をかけた『アーサー』の眠る封印の地にて狼王と若き王が総力を尽くし互いに相討つ仕儀となった。

その際に若き王・赤坂将悟は最古参の魔王より最大の雄敵たる可能性を認められ、若き日の狼王の宿敵であった今は亡き老カンピオーネ『智慧の王』の称号を贈られたのである。ヴォバンを討つ意志があるならばいずれその称号に見合う力量を身に付け我が前に立つべし、と。

古く力ある王に立ち向かう若き王、その構図に狼王が回想したのはかつての宿敵か、はたまたその前に立つ若く未熟だった己自身か…それはヴォバン侯爵にしか分からないがともあれその一幕を目撃していたアリスが提出した一連の騒動を巡る報告書の末尾はこうしめくくられていた。

 

『我ら賢人議会はここに新たなる脅威、七人目のカンピオーネが誕生したことを認めなければならない。そしてかのヴォバン侯爵自らが思い入れ深き『智慧の王』の称号を贈った若き王、赤坂将悟の真価を見誤ってはならない。未だ赤坂将悟は世に出たばかりの『王』である。権能を一つしか持たず、自らと結びつく結社もなく、先達の『王』らに並ぶ絶対的権威を持たない。されどかの王もまた猛き愚者の申し子、世界の騒擾を齎す災厄の一柱なのだ。

故に我らは強く警告する。かの王に偏見、侮り、敵意、企みそのいずれも持ったまま対峙する状況に陥ってはならない。彼は『智慧の王』に相応しき条理を無視した眼力を以て全てを見抜き、相応しい末路を授けるだろうから』

 

この報告書により赤坂将悟の名は『智慧の王』という称号と共に欧州全土に知れ渡った。そしてヴォバン侯爵と相討った事実と報告書の最後の一文によって欧州在住の魔術師達に魔王の中でも一際アンタッチャブルな存在として認知されることになる。

 

故に将悟の漏らしたぼやきも(本人の所業によるところが非常に大きいとは言え)的外れとは言えない。尤も甘粕に言わせれば、

 

「火の無い所に煙は立たないということわざをご存知で?」

 

自業自得である、ということになるのだが。

味方からの容赦のないツッコミにきっついな、とぼやく将悟。元よりただの冗談、笑って流してしまえる程度のささやかな不平不満だ。赤坂将悟は後に出会う“後輩”、草薙護堂と異なり世間の風評には無頓着、というより関心を持たない人間だったのである。

 

そんな苦笑し合う二人を余所に自らが使える姫君に目配せを送ったのはミス・エリクソンであった。その意味するところはこのお茶会もそろそろお開きです、である。話し合うべき点は十分に話し合われていた、だからこそ姫君の昔語りが許されたのだから。

 

アリスもまた微かに頷き、賛意を示す。退屈を厭う彼女には珍しいことに交渉ののっけから始まった将悟の衝撃発言の数々に驚き、やや精神的な疲労を感じていた。

 

アリスはそのまま大したもてなしもできず申し訳ありませんでしたが、と断りを入れながら将悟へこのお茶会のお開きを告げた。将悟もまた頷き、承諾の意を告げる。それじゃまた来る、とさながら友人の家を訪ねるレベルの気安さで再度の訪問を予告しながら。

 

将悟と甘粕の両者が椅子から立ち上がり、暇を告げようとするのを遮りアリスは悪戯っぽい表情で口元に指を当ててさも内緒話ですという風な仕草をした。

 

「最後に一つ情報提供を。これは私に未来を示してくださった赤坂様へのささやかなお礼。間違っても近い未来御身の周囲に起こる大騒動を期待しているわけではありませんよ?」

 

中々不穏な発言に甘粕はもうお腹いっぱいという顔をしたがアリスは止まらない。にこやかな笑顔のままで本日一番の爆弾を投下してみせる。

 

「御身の後進たる八人目のカンピオーネがイタリア、サルデーニャ島にて誕生しました。これはかなり確度の高い情報です」

 

なにせパオロに直接確認を取りましたから、と悪戯っぽく笑う姫君。甘粕が額に手を当てて自分の耳か正気を疑う顔つきをしているが将悟としてはパオロからの情報であると聞けただけで十分だった、天地がひっくり返ってもあの男がこんな嘘を吐くはずが無い。

 

ほんの少し動かされた好奇心のまま八人目について尋ねる。

 

「そいつの名前は?」

「草薙護堂。御身が版図とする日本に誕生した二人目の『王』です」

 

姫君の発言に今度こそ甘粕の顔面筋が崩壊した。直截極まりない擬音語で表現すれば将来直面する厄介事を憂える『うへー…』が直近かつ解決が容易ならざる大問題が発生した時の『うげぇっ…』に変化したのだ。

 

そんな憐れな国家公務員の心痛を余所に将悟は一言、

 

「へえ」

 

と相槌を打つのにとどめた。それ以上付け加えることも減らすことも無く、その日の内に二人は再び空の上へと旅立ち、英国を後にした。

 

そして東京に戻った甘粕の報告により正史編纂委員会は新たに誕生したカンピオーネと目される少年、草薙護堂の身辺調査を密かに開始する。

 

すぐに赤坂将悟と同じ高校、同じ学年の生徒であることが判明し、魔王同士の抗争による東京壊滅を予感した関係者一同の胃を痛めつけながらも件の草薙護堂はイタリアを中心に度々渡欧を繰り返すものの(日本では)大した騒動も起こさず、奇跡的なまでに平穏な一カ月が過ぎていった。

 

その間にも草薙護堂がカンピオーネである状況証拠が着々と積み上がっていくが平和なままに過ぎていく日々にこのまま何事も無くあってくれるのではないかという願望が関係者一同の間で醸成されていく。

 

そのささやかな願いはもちろん成就することなく、ある日赤坂将悟の元へかかってきたイタリアからの一本の電話が二人の王と二柱の神が関与する騒動の始まりを告げるのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

五月も終りに近くなった週末のある日、将悟からの電話が甘粕の元に届いた。

 

これは何気に珍しいことだった。気心の知れた間柄の割に基本的に両者の間で電話が使われるのは事務的な要件に限られる。事務的な要件―――要するに神さま絡みのアレコレであり、つい先ほど届いた草薙護堂に関する報告も相まって嫌な予感をダース単位で覚えつつ電話に出た甘粕に将悟は開口一番こう言い放った。

 

「昨日、噂の後輩がローマから帰国した」

「ええ、確かですよ」

「何か怪しげな代物を持ち歩いていたらしいな」

 

一体何処で聞きつけたんです? 

―――そう問い質したくなるのを堪えてそのようですと相槌を打つ。赤坂将悟が関わる事件は最初の内は小規模に見えても何故か大騒動に発展することが多い。揉め事の火種を見つけるのが病的なまでに上手い、他のカンピオーネと比較しても尚特筆すべき赤坂将悟の特技である。将悟自ら首を突っ込んでくるということは甘粕の苦労が増えるフラグが立つこととほぼイコールだ。

 

「ゴルゴネイオンというらしい。最古の地母神にまつわる神具、既に呼応して女神が動き出しているとさ」

「……イタリア、赤銅黒十字から何か連絡でも?」

 

将悟の伝聞調の発言に誰かから情報提供があったのだと察しを付ける。この場合最も怪しいのは個人的な親交を持つ赤銅黒十字の総帥、パオロ・ブランデッリだった。

 

「パオロから事前に話を通さなかったことの詫びと警告をもらった。女神については向こうも寝耳に水だったらしくてな。ローマで草薙護堂とどこぞの女神が遭遇したんだと、んで最早一刻の猶予も無いということでゴルゴネイオンを草薙に押し付けた。首謀者は姪のエリカ・ブランデッリ。乗っかったのはローマに根を張る名門結社《赤銅黒十字》に《雌狼》、《老貴婦人》と《百合の都》」

「エリカ・ブランデッリ……赤銅黒十字が草薙護堂の元へ送り込んだ愛人、ですか」

「本人は本気で草薙後輩に入れ込んでいるらしいがね。まあ話には聞いてるが会ったことも無い奴だ、面倒事を寄こしたことには腹が立つがそいつ個人は別にどうでもいい。草薙とやらには少し話をしなければならんが」

 

将悟も厄介事の火種を持ち込んだことには思うところがあるらしい。甘粕達正史編纂委員会としても自分たちの縄張りに爆弾を持ち込まれて黙っている訳にはいかない。向こうにカンピオーネが付いているのは確かに怖いが、こちらにも対抗できるカンピオーネはいる。面子と実利の面からこの問題についてなあなあで済ますことは出来なかった。

 

「私ども日本の呪術界からすれば傍迷惑なんてもんじゃないですねぇ」

 

とりあえず色々と思うところはあるものの甘粕は芸の無い感想を一言告げるだけにとどめた。

 

「ケジメについては全部片付いたら向こうと話し合ってくれ。俺の名前を使っていい」

「ご配慮感謝します」

 

ローマの魔術結社からどれくらい毟り取れるかは交渉次第だが、今回の一件における被害者は間違いなく甘粕達正史編纂委員会だ。よほどのことがなければタダで済ます気は無い。

 

問題は草薙護堂という“よほどのこと”がどう動くか分からない、そして正史編纂委員会がかの王に対してどういうスタンスで接するか決めかねているということだが……それは後に回しておこう。いまは目の前の問題こそが急務である。

 

「ところで将悟さんは今回の一件、どう動かれるおつもりで?」

 

通話口の先には騒動のカギを握るキーパーソンがいる。結局のところ彼がどう対応するのか聞いてからでないと始まらないこともある。カンピオーネが関わる事件において唯人が動かせるものなど、ほんのちっぽけな物に過ぎないのだと言うことを甘粕はこれまでの経験から良く学んでいた。

 

甘粕の直截な質問に対し将悟もまた端的に一言。

 

「直談判」

 

出たとこ勝負ということですね分かります。

 

短い平穏だったと甘粕はあらためて宝石の如き貴重な時間に思いを馳せつつ将悟にはこちらで段取りを付けると念押した後、電話を切った。そしてすぐに二人のカンピオーネに対してストッパーの役割を辛うじて期待できる人材に連絡を取るべく七雄神社へと足を向けたのである。

 




お久しぶりです。今後の展開に詰まった上に就活が中々決まらず今まで放置しっぱなしだった小説ですが多少余裕が出来たので投稿を再開しようと思います。ただし新卒の割に仕事が糞忙しいので月一更新出来れば御の字という情けなさですが。

今回から始まる《蛇と鋼》では日本では誰でも知っているほど有名な《鋼》の英雄が登場します。もう2、3話護堂と主人公のグダグダ交渉が続きますが、元々バトルが書きたくて始めた小説。出来るだけ早くそこまで行けるよう鞭を入れて頑張ります。

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