カンピオーネ!~智慧の王~   作:土ノ子

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今回は短いです。


英国会談 ①

 

 

英国、ヒースロー空港。

多くの人が行きかう空港のロビーの一角で十数時間前に日本を発った飛行機に乗ってきた二人が顔を挙げるのも億劫だと言う風にぐったりしていた。控え目に言っても大変見苦しい風情である。

 

言うまでもなく賢人議会前議長との会談のために渡英した赤坂将悟と正史編纂委員会の代表として来た甘粕冬馬の二人だ。魔王に忍者と言うどちらも異色のプロフィールの持ち主のため体力は人並み以上にあるのだが、流石にこの類の体調不良は避けられなかった。

 

両者とも時差ボケに苦しみながらなんとか移動しようと動き出す。この避けようのない苦しみを治すにはさっさとホテルに行って寝てしまうのが一番早いのだ。全身にわだかまる倦怠感をなんとか振り払い、予約していたホテルへ向かう足を確保するためにタクシー乗り場へと歩いていく。その際、国際色豊かな人種がたむろするロビーを一瞬だけ振り返った。

 

懐かしいものだな、と胸中で一人ごちる。

 

よくよく思い返してみれば“あの男”と初めて遭ったのもこの場所だったか。赤坂将悟がカンピオーネとして新生してから最初に戦った超の付く強敵。エメラルドの邪眼、獰猛に笑う巨狼、生気を失くした死者の軍勢。少し意識を過去に向ければ今も鮮やかに思い出せる激闘。三〇〇を超える齢を重ねながら老人のひ弱さとは無縁の戦うために生きている男。戦を愛する古き王。

 

約一年前、イギリスの何処かに今も封印されているまつろわぬ神を巡って生じた一連の争乱。一柱の神が災いの種となり、偶然と必然も相まって三人の魔王が英国を舞台に暴れ回った。

 

『英国魔王争乱』の名で欧州魔術界に若き魔王、赤坂将悟の存在を強烈に刻みこんだ事件だった。

 

あの時結んだ縁の多くは今も続いている、順縁・逆縁いずれにしても。

これから会談に臨む女性もあの時の一件で縁を結んだ一人だ。

 

ゴドディン公爵家令嬢、プリンセス・アリス。欧州最高の貴婦人、類稀な美貌と霊能力を併せ持つ最も高貴な女性などと称されるやんごとなき方―――。

 

というのが一般的な見方で別に間違ってはいないのだが、実物は上の文句から想像出来るおしとやかなお嬢様像とはかなり対極に位置する人柄である。上辺からは想像できない曲者で、神や神殺しが起こす騒動を楽しんでいるそぶりすらある奔放な性格。ちなみにこれでもかなり控えめな表現だ。

 

彼女が所属する賢人議会とはそれなりに繋がりがあるが、ヴォバン侯爵などカンピオーネの脅威からイギリスを守護するため発展してきた経緯があるためやはり組織全体に神殺しに対して忌避感が根強い。なのでこれまでも揉め事が起これば必要に応じて賢人議会が将悟に出動を要請し、代わりに協力者を提供すると言う限定的な協力関係に留まっていた。

 

協力するが過度に馴れ合わない、要するにそんな関係だったわけだが今回の会談が成功すれば両者の距離は一気に縮まり、あるいは同盟関係に発展するかもしれない。少なくともまた欧州魔術界をお騒がせすることは間違いないだろう…。

 

が、そうした周囲の騒ぎは将悟にとってどうでもいい話だ。知ったことではない。

 

赤坂将悟も他のカンピオーネの例にもれず体育会系・右脳人間・根は野蛮人・肉食・大雑把という特徴を持つ。身も蓋も無く言えばこいつに政治的な影響を考えて行動しろと言うのは樹上の猿に地上で走れと言うのに等しく、加えて本人にまるでその気がない。

 

そうした将悟の性格と適性に対し、ある意味本人より把握しているのが正史編纂委員、甘粕冬馬だろう。

 

普段はまともでございと何食わぬ顔をしている癖に自分の興味やこだわり、命の危機などである一線を越えると途端に自重という言葉を忘れて暴れ出す傍迷惑な『王』。その前科は数知れず。少し遠出をすれば必ずと言っていいほどトラブルに巻き込まれ、彼自身がトラブルの種を作るのも珍しくない。神様関連のトラブルバスターでありながら彼自身がトラブルメイカー。

 

恐ろしく傍迷惑で、彼の齎す騒動の後始末に奔走したことは数知れず。その癖本人はケロッとした顔をしているのだから始末が悪い。だが自分の身内と判断したカテゴリには割と露骨に甘い。そして幸か不幸かかの王は己を引いた線の内側に置いてくれているらしい。

 

王の信頼を勝ち取り、比較的その操縦法を心得ている甘粕はきっとこれからも彼の上司とお付きの魔王に容赦なくこき使われていくのだろう。だが不思議と原因である彼から遠ざかろうと思わないのは、カンピオーネが有する奇妙なカリスマ性に色々麻痺してしまっているからか。

 

己の心境を顧みた忍者はやれやれと困ったように被りを振るしかない。総合的に判断するとどうも甘粕は赤坂将悟という少年王が嫌いになれないようだった。

 

……が、それはそれ、これはこれ。仕事は仕事である。

 

今回の件を企てた本人からあらかた会談で持ちかける内容について聞いていたが、一手間違えればかなり荒れることになるのは間違いない。今回の会談に関して己はあくまでも正史編纂委員会の代表なので普段のようにはフォローし辛い。決して交渉が上手いとは言えない王の性格を思うと、なんとかつつがなくいって欲しいのだが…。

 

(フラグ乙…ですかねェ)

 

会談を持ちかけた当人のトラブルメーカーっぷりを思い出すとどうにも儚く思えて仕方がない。とはいえ今の時点では心配してもどうにもならない問題である。甘粕はこれ以上考えるのはやめ、一時棚上げすることにした。将悟のお付きとなって以来、仕事量が格段に増えたためか自分では処理できない案件に対しては無駄に気に掛けない癖が付いていた。

 

故に今ここで甘粕に出来ることなどさっさとタクシーでも捕まえて予約していたホテルへと向かうことくらいだ。一足先に出口へ足を向けていた将悟を追って甘粕もまた早足で歩きだす。

 

ここ数日労働基準法に真っ向から喧嘩を売るデスマーチ中だった上に時差ボケのせいもあって空の上でたっぷりと睡眠をとったのだがまだ寝足りない。さっさとホテルへ行ってチェックインすることにしよう…。

 

もちろんこの夜は数ヵ月後、同伴する仲間(全員美少女)と同じ部屋に宿泊する後輩魔王と違い、野郎二人が特にトラブルも華もない一泊を過ごすだけで終わった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ホテルで一泊し、体調も何とか平常に戻った二人。帰国する時にもう一度同じ苦しみを味わわなければならないことを考えると憂鬱な気分にならざるを得ないが、なにはともあれ今は会談に集中するべきだ。

 

これから会談に臨む相手であるプリンセス・アリスの病弱な体調は有名な話だ、特に六年前から一層顕著になり賢人議会議長の座も退いたという。まあ退屈に死ぬほど飽いているあの姫君のことだから、久しぶりに暇つぶしの種が出来たと内心で大喜びしているだろう。そう考えるとむしろいいことしたなと思えるから不思議だ。

 

時間に余裕を持ってホテルを出て適当に走っているタクシーを捕まえ、行き先を告げると運転手には不思議そうな顔をされた。まあ見かけはごく普通の日本人二人(片方は未成年)がロンドン屈指の高級住宅街ハムステッド、それも観光名所ではなく個人宅の名を出せば不思議に思われるだろう。到底あの界隈の住人と釣り合うようには見えない。

 

疑問は持っただろうが教える義務も無いので黙殺、運転手もマナーは心得ているのか多少雑談に興じたがプライベートに関わる話題を出すことはなかった。

 

しかし目的地に到着すると運転手はますます不思議そうな顔をした、古城じみた邸宅に広い敷地と庭、四階建ての建物、しかも四つの尖塔付きと周囲の住宅と比べて全く見劣りしない立派な外観だったからだ。本格的にこいつらは一体何者だと言う視線が向けられたがその程度で貫けるほど二人の面の皮は薄くない。

 

外国人と思えない流暢な英語で料金を丁重に支払うと、タクシーがそれ以上そこに留まっている理由も無くなり、速やかに去って行った。あるいは関わるべきでないという勘が働いたのかもしれない。

 

到着を知らせる呼び鈴を鳴らすべく広い門に近付いた二人だが、こっそり見張っていたんじゃないかと言いたくなる絶妙なタイミングでミス・エリクソンが現れ、邸宅内へ招き入れた。

 

ミス・エリクソン。容姿は30代の白人女性、きつい顔立ちに細身のフレームをかけた厳格な女教師といった風情。この邸宅で女官長を務めているお目付け役であり、アリスの腹心である。

 

「お久しぶりです、赤坂様。本日は魔王であらせられる御身にわざわざロンドンまで出向いて頂き…」

 

そのままミス・エリクソンの堅苦しい挨拶を聞き流しながら、アリスの元まで案内を頼む。明確な敵意すら浮かべている相手の挨拶など聞いていてちっとも楽しくないのだ。何度かアリスが外出するための“説得”に協力したのを根に持っているのかもしれない。

 

隔意を示しながらあくまで丁重な物腰でミス・エリクソンは歩いていく。そのまま邸宅に入るのかと思ったがどうやら見事に手入れされた庭園へ向かっているようだった。今回の会談はどうも外で行うつもりのようだ。

 

見目が美しく、過ごしやすいよう丁寧に管理された庭園に用意されたテーブルと四脚のチェア。その一つに優美な外見の、正に貴婦人と表現するべき若い女性が座っていた。

 

この時点で将悟は彼女がアストラル体であることを悟る。まず間違いなく彼女の本体はいまも邸宅の一室で眠りに就いているだろう。

 

面倒だな、と内心で一人ごちる将悟。

 

例えばアリスの幽体分離、あるいは太刀の媛巫女とその佩刀。

賢人議会、正史編纂委員会。双方と繋がりのある将悟はどちらの機密もかなり知っているが、それらを両者に晒すことなくこの会談を終えなければならない。今回はそうした部分に多少なりとも踏み込むので正直言葉を選ばなくてはいけない現状が面倒くさくてたまらない。

 

が、多少面倒でもなんでもやらねばならない。将悟の目的を考えれば打てる手は打てるだけ打つべきで、賢人議会が長年にわたって蓄積してきた知識を得られれば間違いなくプラスに働くはずなのだから。

 

そんなことを考えながらアリスへ向けて歩いていく。こちらに気付いた玲瓏な美女が立ち上がり、素晴らしく優雅な仕草で将悟に向けて一礼する。欧州最高の貴婦人、その称号に偽りなしと誰もが納得する立ち居振る舞いだった。

 

「こうしてお会いするのは久しぶりですね、赤坂様。先日、二柱目の神を弑し奉ったと仄聞致しました。神殺しの王道を順調に歩まれているようですねっ」

 

鈴が転がるような透き通った美声。微かに楽しげな気配を漂わせた悪戯っぽい笑顔。いや、おそらく真実楽しんでいるのだろう。彼らカンピオーネが引き起こす騒動はほぼ軟禁状態に等しいプリンセスにとって良い暇つぶしの種なのだ。

 

それにしても相変わらず耳が早い。遠く離れた極東の出来事すらも把握しているとは。流石に詳細までは掴んでいないようだが…。

 

「久しぶり。まあ、姫さんも“相変わらず”なようで」

「赤坂様こそレディの扱いがぞんざいなのはお変わりないようですね」

 

互いに一刺し、からかうように言葉を交わし合う。二人の顔に浮かぶのは稚気の笑み。これで意外とこの二人の相性は悪くないのだ。いつもならもう少しこのやり取りは続くのだが、普段と違って今回は会談の場である。普段より真面目に構えているのか、初対面の甘粕に視線を向ける。

 

「そちらの方は日本の正史編纂委員会の方ですね。初めまして、ミスター。アリス・ルイーズ・オブ・ナヴァールです」

「お初お目にかかります、プリンセス。ご丁寧なあいさつ痛み入ります。正史編纂委員会、東京分室室長補佐の甘粕冬馬と申します」

 

淑やかに挨拶を交わすアリス。普段の飄々とした軽薄さは為りを潜め、背筋をピンと伸ばして受け答えをする甘粕。二人が被っている猫の大きさを知っている将悟としては違和感が凄いのだが、礼儀は社会の潤滑剤である。別に害も無いのだし構うまい…。流石にここで突っ込みを入れるほど空気が読めないわけではなかった。

 

ミス・エリクソンも交えてひとしきり挨拶が済むと四人はそのままチェアに腰かけ、しばし他愛のない世間話をする。まあもっぱら喋っているのはアリスと将悟だったが。当たり障りのない話が大半だが、そんなものでもアリスの関心を引くには十分らしい。興味深そうに耳を傾け、時折質問をしている。

 

「…それで、今日のご用件はなんでしょうか?」

 

しばし和やかな雰囲気で時間は流れるが、頃合いと見たかアリスは遂に話を切り出した。将悟も心得たように真剣な眼差しに切り替え、対面の姫君を見据える。左右に座った甘粕とミス・エリクソンもまた気を引き締める。ここから会談が本格的に始まるのだ。

 

「ん、本題の前に聞きたいんだが『投函』で送ったものはもう読んだ?」

「ええ、カンピオーネ直筆のレポートが読めるだなんて前代未聞でした! しかも自分の権能について、一部とはいえ晒してしまうのですから」

「考察の部分を全部抜いて引き起こした現象を箇条書きに記述しただけのレポートとも言えない代物だけどなー。それに知られて困る類のものでもない」

 

先日清秋院恵那との模擬戦を経て将悟が自分なりにまとめた太陽の権能のレポート。その極一部分を『投函』の魔術でアリスの元へ送りつけていたのだ。

 

「姫さんは、この権能をどう見た?」

 

ゆっくりと、試すように一言一言慎重に発言する。目の高さに上げた手に宿るのは穏やかな光、遍く照らす太陽の慈愛。そんなイメージを抱かせる柔らかくも力強い輝きだった。

 

「なにか意味があるようですね。分かりました、お付き合いしましょう」

 

遠回りに話を進める将悟になにか思惑があると感じたのか、素直に口を開くアリス。彼女は若いながら賢人議会議長も務めた才媛、すなわち神秘学における知の権威でもあるのだ。元々こうした謎かけや問答めいた会話が好きなのかもしれない。

 

「起こした現象だけを見て共通点を見出すならばやはり“強化”する権能に思えます…運動能力、自己治癒能力、剣の切れ味と威力……でも本質は違う。権能を使用することで結果的に威力・効果を強めている、そんな気がするわ」

 

気がする、という曖昧な言葉でしめている割に確かな自信が言葉の端々に漏れている。ぼんやりとした視線はどこにも焦点があっておらず、何処か浮世離れした表情。霊視が来たか、と慌てず観察する。

 

プリンセス・アリスは世界最高峰の霊力の所有者であり、霊視の資質も一級品だという。そして手元には魔王直筆のレポート、目の前には権能の所有者である魔王本人。既にここはかなり霊視が降りやすい場となっているのだ。元々こうなることを期待して敢えて最低限の情報に絞ったのだが、実際に霊視が降りるかどうかは運否天賦。幸運だったと言える。

 

「…レポートの末尾には、言霊の権能で『創造』した円環(サークル)に太陽の権能を込め、その内部で休息させることで赤坂さまとの模擬戦に付き合った術者の極度の疲労を回復させたとある……これはただ自己治癒能力を強化するだけでは出来ない芸当です。ただ強めるだけでは失った体力を取り戻すことは出来ないのだから」

 

その通り。本来なら模擬戦の後に病院へ直行していなければならないはずの清秋院恵那が元気一杯で動き回ることが出来たのもこのお陰だった。

 

「故にこの権能は“強化する”のではなく“与える”類の権能だと推測します。そして“太陽”と“与える”…この二つのキーワードを組み合わせるとなんとなく思い浮かんでくるものがあります」

 

ここで初めてアリスは将悟の方を見る。射抜くような視線だった。

 

「“生命(・・)”。神話世界において太陽とは生命の象徴。暖かな光は生命を生み出し、育み、栄えるための源となる。太陽が与える恩恵がなければ生命は存在することができません。多くの文明で冥府が地下にあると考えられたのは生命の象徴たる太陽の光が決して地下に差さないことと無関係ではないでしょう」

 

アリスの口調は最早託宣じみており、神々しささえ感じられた。普段の姿がいかに親しみやすく奔放で、お転婆であろうとやはり彼女は“姫”なのだ。

 

すなわち、と巫女姫は続ける。

 

「貴方が得たのは生命力とでもいうべき未分化のエネルギーを与える権能ですね」

 

そうアリスは告げて授かった霊視を終えた。

全て聞き終えた将悟は降参だ、とばかりに両手を挙げる。

 

「まったく、何から何まで見抜かれるとは思わなかった。流石だ」

「偶然ですよ。霊視とは気紛れに降りてくる天の囁き。聞き取れたのは幸運でした」

 

フゥー、とため息を吐くアリス。アストラル体なのだから肉体的に疲れることはないはずだが精神的な疲労を表現したかったのかもしれない。しかし権能の本質はおおむねアリスが霊視した通りだった。

 

カルナから簒奪した太陽の権能。

アリスが霊視した通り、その本質は生命力とでも言うべきエネルギーの付与である。

 

アリスは未分化と表現したが……未分化とはつまり何にでもなれるということ。何にでもなれるが故に与えられたものと容易く同化し、その働きを飛躍的に強めたり、失った体力を補填することができる権能なのだ。その応用範囲はほぼ無限、自己や他者の肉体のみならず剣の切れ味のような非生物的な対象にも手が届く。

 

この権能は単独でははっきりいって何の役にも立たない代物である。しかし他の手札と組み合わせればその応用範囲は規格外と言えるほどに広い上に、神との戦闘に通用するほどに性能を引き上げる。神殺しとは言え平凡の枠を出ない将悟の運動能力を神がかりの巫女と鍔迫り合うまでに引き上げたように。

 

とはいえ現時点では今まで使えなかった札が神との実戦に耐えるようになった、というだけである。手札の数が増えたからと言って切る場面を間違えれば何の役にも立たないのは変わりがない。

 

そういう意味では言霊の権能に引き続きとても“らしい”権能だと言える。

 

閑話休題。

 

将悟は今回の会談においては太陽の権能、その本質を賢人議会側に理解してもらうのが最も難しい部分だろうと予測していた。そのため霊視によって一足飛びにその段階を飛び越すことが出来たのは将悟にとっても僥倖だ。

 

此処を納得させなければ次に話す内容に信憑性が生まれず、会談はこの段階で終わるか下手に進めて破談していた可能性がかなり高い。この場にいる全員に理解が行きとどいたのを目で確認すると、将悟はゆっくりと彼女たちにとって最重要な情報を切り出した。

 

「生命力を与える権能…こいつの本質は姫さんが言った通り。だからこいつを使えばたぶん極度の虚弱体質を改善することも可能だ(・・・・・・・・・・・・・・・・・・)

 

虚弱体質の改善、眼前のプリンセス・アリス。両者を組み合わせればその言葉の意味するところはあまりに明白だった。不治とされ、長らく手が出しようのなかったアリスの病状を、自分の有する権能ならばなんとかなると言っているのだ。

 

「…お、お待ちください。本当にそんなことが―――」

「可能です。いえ、現段階ではあくまで“可能性”ですが…私が受けた霊視を思い出すと、決して不可能ではないでしょう」

 

目を見開き、信じられないとありありに顔に書いてあるミス・エリクソンが強い不安とその裏返しである期待を込めて問いかけるのを、アリスが硬質な響きを持った言葉で遮った。霊視によって直接太陽の権能の本質と言える部分に触れたアリスには、将悟が偽りを言っていないことが実感として理解出来ていた。

 

対してアリス本人に肯定されたミス・エリクソンは一層気を入れて目の前の会話に耳を傾ける。アリスに忠実なこの女官長にとって、いや賢人議会にとって崇敬を一身に集める“姫”の恢復は悲願なのだ。そのためのヒントが目の前に差し出された、これで気を引き締めずして何が側近だというのか。

 

「かの権能が与えるエネルギー、なんにでも応用可能なその適合力は無類です。弱った体にも容易く同化して、負担をかけることなく内側から活力を与えてくれるでしょう…」

 

静かに語るアリスにはそれが分かった。

“だからこそ”表情と声音が如実に硬くなってしまっているのだ。

 

「理解してもらったように、俺も十分可能性はあると感じている」

 

将悟もそれを茶化すことなく真剣な顔で頷き、冷静に自らの権能が齎す可能性について言及する。ただしアリス達にとってあまり好ましくない話を。

 

「とはいえ体質改善のレベルになると必要な時間は相当長期間に渡るだろうし、その間俺がずっと付いているのは無理だ。俺なしで維持できるのは精々一日くらいだしな」

「そ…!」

 

それでは絵に描いた餅ではないか。おそらくミス・エリクソンはそう怒鳴ろうとしたのだろう。希望を見せつけた挙句奪い取るような所業である。敵意の一つや二つこもって当然と言えた。アリスの声音が固くなったのはこのせいだったのだ。

 

「―――そこで今日の本題に繋がるわけだな」

 

…が、そこで終わるのなら“前置き”があるわけもない。そう、今までの話は全てこれからの“本題”のための前振りなのである。アリスは思わず落としていた視線を上げた。

 

「俺から賢人議会へ、共同研究の提案だ。テーマは『魔術を応用した権能の制御・維持』。当座の目標は被検体の体質改善の達成。俺からの条件は賢人議会が本腰入れて協力すること。以上」

 

色々な意味でありえない提案に絶句する賢人議会の二人。

その驚愕を余所に爆弾を投下した本人は元々研究趣味の連中が作ったサークルなんだから趣旨には外れてないだろ、などとのたまっていた。

 

 

 

 




ここで露骨にヒキ。
次話こそ過去語りに。やるやる詐欺ですいません…。

内容的にはカルナから奪った権能の詳細を言及。幕間では近接戦の補強用と思わせつつ、その実完全な補助特化の権能です。応用範囲は基本なんにでも。

単体でいろいろやれる言霊の権能とは対照的に単体では何の役にも立ちませんが方向性的には同一です。権能コンセプト的な意味で。というか第二の権能除きこれから得る予定の四つ目も似たような方向性にします、たぶん。まあ予定は未定という言葉もありますし…

あとアリスの虚弱体質を改善云々。原作見るにたぶん行けるよな、でもタグ追加するかと半信半疑で書いてました。なお異なる意見のある方もおられるでしょうが、本作独自の設定ですので、仕方のない奴だと笑っていただけたら幸いです。

なお次話はある程度できているので今回よりもう少し早く上げられるはずです。よろしければ次も読んでやってください。

追記
タグ、あらすじなど一部追加・変更しました。

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