カンピオーネ!~智慧の王~   作:土ノ子

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アナザー・ビギンズ ⑤ 神殺しの剣

将悟が滝壺の女神から祝福を受けた丁度そのころ。

 

幽世、鍛冶神の座す領域では智慧の神と領域の主による闘争が火花を散らし、巻き起こっていた。ヘファイストスの名を借りる神が領土とするその世界は、火口に溶岩を湛えた活火山を中心に茫漠とした草木一本生えない台地が広がる荒涼とした世界である。

 

主たる鍛冶神は中心部の火山、その深奥に自身の工房を構え、数千年という永遠に等しい歳月を費やし、己の完全なる神格の復活を目論んでいた。そしてその成就は今一歩というところにまで及んでいる。

 

後は神具が生み出す《鋼》、長き漂泊の末に出会う彼の半身とも末裔とも言える神格が地上に降臨すれば彼の願いは九分九厘成ったも同然であった。

 

尤もその降臨は彼の主導の下行われなくてはならない。トートの手によるものであってはならなかった。だからこそ地上に少年を猟犬として送る一方で自身を囮とした時間稼ぎの方策を講じているのだ。

 

鍛冶神にも無論勝算はあった。

 

神具を預けた少年は所詮只人の子、恃みと出来るはずもない脆弱な存在であるがその手には女神の精気の味を覚えた神具がある。幽世で手にした際、彼の神気を一部分け与えることで神具はこれ以上ない程に活発化している。

 

あとは誰に命じずとも神具自身が女神の匂いを嗅ぎ取り、少年を使って自身を女神の下に導くだろう。そこから先は少年に付けた“目”で事態を把握した己が手勢を送り込めばどうとでもなる…。仮に少年の手から神具が失われようと、彼が望めばすぐさま神具はその手元に現れる。万が一の際のフォローまで考えられた企てだった。

 

鍛冶神の見立ては間違っていない。ただ一点、追われる立場の女神が敢えて虎口たる少年の身の内、その深い部分に潜り込んでいたのを見逃してしまったことを除けばほぼ穴が無いといっても過言ではない。

 

だがその一点の見落としがやがて蟻の一穴となり、彼の目論見を根本から崩していくのだが今の彼にそれを知る由もない。

 

さておき、目下の鍛冶神の関心事はもっぱら『アキナケスの祭壇』を求めて彼の工房に攻め込んできた智慧の大神に向けられていた。最低限彼が復活する準備が整うまでの時間稼ぎが出来ればよいが、可能ならば少しでも余力を削っておきたい。

 

だが流石は古代エジプトで信仰され続けた魔導の神と言うべきか、ヘファイストスが営々数千年をかけて築き上げた工房にして城塞を凄まじい勢いで攻略しつつあった。無論ヘファイストスが何の手立ても打たないはずがなく、矢継ぎ早に蓄えた兵力や仕掛けをつぎ込んでいた。

 

それでも尚、僅か二日に満たない時間で半分近い道程が突破されつつある。少なからず己が工房にして城塞に自負を抱いていただけに、これにはヘファイストスも歯噛みして悔しがった。

 

まずヘファイストスの工房は火山の裾野にある複数の入り口の内、正しい一つからのみ入ることが出来る。それ以外の入り口は全て偽装、消耗と殺害を目的に建造された終着点の無い魔窟(ダンジョン)なのだ。そんな第一の関門は、トートが全ての入り口を見つけ、調べ終わるなり早々に正しい入り口を看破され、突破された。智慧の神にこうした謎掛け問答を仕掛けることの無意味さを思い知らされた。

 

ならばと入口から少し奥にある広大な空間を武装させた青銅人形の軍勢で満たし、トートが現れるや全軍で突撃させる。もちろんこれで大神を討ち取れるとは思っていない。すこしでも消耗につなげ、時間を稼ぐ一手になればとの思いからだった。結果としてその目論見は半分成功し、もう半分は失敗した。トートは掲げた(ウアス)から不可思議な波動で広間全体を包むこむとあっという間に青銅兵士たちは原型も残さずにさらさらと風化してしまったのだ。まるで永劫に近い年月が一瞬のうちに過ぎ去ったかのように。神力はそれなりに消耗しただろうが、稼げた時間は一分に満たなかった。

 

三つ目の関門はクレタの大迷宮(ラビリントス)もかくやと言わんばかりの広大なる迷路だった。三桁近い階層とそれに伴い横の広さも尋常ではない。突破させることなど考えもせず、各所に罠や兵力、侵入者を惑わす仕掛けを配置した大迷宮は最もよく時間を稼いだと言っていいだろう。敢えてこうした“智慧”に関わる関門を用意しつつ兵力を逐次投入していくことでトートに力押しによる即時突破ではなく、プライドを刺激して真正面から攻略させ、漸減的な時間稼ぎを試みたのだ。最も優れた魔術師が数十人の部隊を組んで生死を度外視しても一〇〇年かかってなお最深層に辿り着くことは叶わない最高難度の迷宮。だが智慧の大神の前では両神の対面を半日ほど先送りにすることしかできなかった。

 

未だに人の子に伏せた“目”から女神の魂を見つけた報せはない。苛立たし気に荒い息をつき、胸の内で役に立たない少年に向けて罵声を浴びせる。

 

長い長い年月をかけて蓄えた(ちから)(たから)はまだまだ尽きる気配はないが、かの大神を相手取るには甚だ心もとないと言う他なかった。元より数百年前あのまつろわぬ女神を『祭壇』で縫い止めるために少なからず戦力を擦り減らした。彼は半身を捥ぎ取られた神であり、真性のまつろわぬ神が相手では地力で劣る。

 

だからこそヘファイストスがまつろわぬ神に勝利するには事が起きる前の行動、蓄えた戦力と策謀を如何に駆使するかが重要なのだが、この大神の襲来は想定すらしていない。また女神の魂が逃げ去る余力があるとも考えていなかった。

 

想定外の連続に苛立ちは最高潮に達し、ギリギリと歯ぎしりをして悔しがる。よりにもよって、“今”、彼の満願成就の時を目前とした今になって何故こんなにも邪魔が入るのか…?! 運命などという代物があるのならば呪詛の一つも投げてやりたいところだ。

 

「構うものか…! 余さず我が企みで飲み込み、突き進めばよい。逆境の果てにこそ、我が再臨は成るのだから!!」

 

気が遠くなるほど昔に半身を捥ぎ取られたまつろわぬ神、いやだからこそか、長年をかけて溜め込んできた鬱屈と憤怒の気炎を燃やし、不退転の決意を固める。運命が彼に逆らうというのならばその全てを踏破して悲願に届かせればいい。それだけのことなのだと。

 

「これは…」

 

一方快調に進撃を続けるトートの前に新たな障害が立ち塞がっていた。大岩と金属が入り混じった…否、組み合わせて造り上げられた防壁がヘファイストスへと続く洞窟を完全に塞いでいる。見るだけで分かるその偉容、一筋縄ではいかないことを一目見て感じ取りながらもその動きに遅滞は無く、迷いが無い。

 

「嵐神の矛よ」

 

一言、言霊を呟くだけで目も眩むような激しさで雷霆が迸り、道行きを阻む一枚岩を打ち崩さんとする。けして短くない時間の間雷光が迸り続け、それが収まったあと…焼け焦げ一つ見当たらない無傷の壁が姿を現す。その偉容を仰ぎ見たトートが感嘆の溜息を吐き、内心で鍛冶神の匠を称賛する。

 

驚くべき強固さ、この城壁は主神ゼウスより戦女神アテナに貸し与えられたアイギスの盾に匹敵する強靭さを誇っているのだと悟る。トートは知る由もなかったが、これと同じ堅牢さを備えた巌壁が未だ三枚控えている。これまで破竹の勢いで攻略を進めてきた智慧の神の歩みが初めて止まった瞬間だった。

 

『さしもの大神もその巌壁を力尽くでは突き崩せまい! その壁は儂が手ずから念入りに造り上げたもの。オリュンポスの神々の館を囲う城壁に等しい守りを備えているのだ!』

「見事な力作だ。なるほど、旧き魔導の神である私でも力で以てこの城壁は破れまい。だが我が手の中にその壁を突き崩す手段がないと考えるのは些か早計だな」

『面白い…我が渾身の守り、打ち崩せると言うのならば打ち破ってみよ!』

「無論。私は言霊を司る魔術の神、その名に誓って一度現した言葉を違えぬと約束しよう」

 

静謐な雰囲気のまま、トートは(ウアス)を構える。そのまま呪力を昂らせるわけでもなく、むしろ凪の大海に似た気配だ。

 

「ヘファイストス! そう、ヘファイストス…汝が名を借りたオリンポスの鍛冶神の名。そうだろう?」

『…………』

 

唐突に己が借りた鍛冶神の名と来歴について語り始める敵手に訝しげな沈黙で応えるヘファイストスだが、すぐにその余裕も消え失せる。

 

「世界に鍛冶を司る神は数多居る。その中でも何故汝がかの神の名を借りたのか…そこにこそ汝の失われた名、そして『アキナケスの祭壇』で招来せんとする《鋼》を結びつける理由がある」

 

トートから零れ落ちる言霊…流暢に語られる言葉一つ一つに呼応するように大神の周囲に夜空の月を思わせる“銀”の光球が急速に出現していったのだ。長い時を漂白した経験からその正体を見抜いたヘファイストスは文字通り血相を変える。あれは見立て通りの代物ならば、例えどれほど強固な壁だろうと一息で切り裂きうる神殺しの刃なのだ!

 

『馬鹿なッ! 神の来歴を解き明かし、神格を切り裂く剣…それを何故軍神でもない貴様が所有している!?』

(ちから)(たから)にかまけ、智慧を蓄えることを怠ったか? 愚かだな、いま汝の命数を断つのはその愚かさだ」

 

独特の憂いと迷いを引きずった気配にどこか呆れた風の感情を載せ、やれやれとばかりに鳥の首を振るトート。

 

「私は太陽神(ラー)の航海に際して彼を守護し、敵対者を言霊の剣で切り裂く。そして軍神として崇拝された過去も持つ。まつろわす神殺しの刃を所有することに何の不思議があるだろうか」

 

トートはエジプトでは偉大なる智慧の神として崇拝された。

 

しかし軍神としての側面を持たなかったわけではない。もちろん全ての地方で軍神として崇められたわけではないが、古くは小アジアと繋がるシナイ半島でも信仰され、「遊牧者の主」「アジアの征服者」などの好戦的な異名も戴いていたという。慢性的に反乱が頻発していたヌビア地方では特に軍神としての側面が強調されて信仰されたともいう。その本分たる職掌は真理・知識・学問などの知的活動に置いていたのは間違いないが、信仰の側面として軍神として崇められた形跡も見られるのだ。

 

そうした過去の持ち主故にトートは外敵をまつろわす智慧の利剣を所有している。そしていまその武器を存分に振るわんと銀河の如き光球の群を膨大な数となるまで生み出し続けていた。

 

「ヘファイストス、汝ならざる鍛冶神は奇妙な神だ。彼の前身はアナトリアを含む火山帯にて崇められた雷と火を司る火山の神。希臘(ギリシャ)へ渡りくる過程で鍛冶神の相を備えるに至ったが、本来戦う者ではない。時に河の神が操る水の波濤を尽く焼き尽くし、屈服させたこともあるがそれは彼の前身たる火山神の権能を振るったにすぎず、軍神としての側面はあくまで持たない」

 

一拍の間を置き。

 

「―――で、ありながら何故か《鋼》の英雄が持つ特徴の幾つかを彼もまた備えている。ヘファイストスは誕生の時に天空から海に投げ落とされた。これは隕鉄の落下と燃え滾る鋼鉄の焼き入れを示す隠喩(メタファー)、バトラズをはじめとした最源流の《鋼》にしばしば見られる逸話だ。そしてテテュス、エウリュノメら海の女神による幼少時の養育…すなわち大地母神による援助。これもまた《鋼》の特徴だ」

 

トートの周囲を漂う“銀”の光はその数を増していく。その脅威、厄介さを痛感していてもヘファイストスには対抗する術がない。ただの力押しでは文字通り鎧袖一触に斬り破られてしまいかねない程の利剣なのだ。

 

()()()()()。かつて汝は鍛冶神であり―――同時に《鋼》の英雄神でもあったのだ! しかしはるかな昔、如何なる理由によってかは知らぬが、その半身を、鋼の英雄神たる相を捥ぎ取られ、失った…そうして数えるのが億劫な年月を漂泊し続けてきたのだ。違うか!?」

『黙れ! 黙るがいい、我が凋落の歴史を語るなど…!! 驕るな、大神!』

「黙らぬさ。どうして黙る道理があるだろうか―――そして、汝が『アキナケスの祭壇』を使い、招来しようとしている《鋼》は汝の末裔…半身とも言える軍神。長き時の中でかつての汝の神話は移り行き、かつて鍛冶神であった痕跡を残すだけの《鋼》となった。かの《鋼》が誕生する際に汝の権能を譲渡する仕込みを行うことで、再度本来の汝として顕現する腹積もりだったのだろう」

『そうだ! 儂は立ち返る、強壮にして偉大なる旧き我に立ち戻るのだ! 邪魔立てするのであれば如何なる大神、敵手であろうと尽くを冥府に送ってくれよう!!』

 

最早執念すら籠った血を吐くようなヘファイストスの宣言にトートはあくまで静謐な雰囲気のまま答える。

 

「その執念には感嘆の意を禁じ得ぬ。だが挑む相手が悪かったな、私はあらゆる智慧の主にして神殺しの剣の所有者。汝の悲願は叶わぬ、私がかの神具を見出した時にそれは定められていたのだ。抗わずにただ受け入れるがいい、今ならば次の機会を狙うことも出来よう」

『そのような定め、許せるものかよ…! 嗚呼(ああ)、許せるものか!! 我が全ての兵が尽く打倒されようとも貴様を打ち倒し、必ずや地上に再臨してくれん!!』

 

如何なる障害があろうとただ踏破する、如何なる犠牲を背負ったとしても…失った半身こそが抱くべき激情と狂乱の念に支配されながらヘファイストスは咆哮する。

 

「ならば是非もない。あとは我らが死生勝敗を分かつ結末まで突き進むのみ」

 

ヘファイストスの戦意と決意に応えるようにトートも眩く輝く銀の奔流を操ろうとし、

 

「む…?」

 

突如として感じ取った彼方の神力の気配に訝し気に首を傾げる。この気配は求めていた神具のもの、しかしその在処は鍛冶神が厳重に秘匿しているであろう工房の最深奥ではなく地上、生の領域にあるようだ。

 

『おぉ…おおッ! この蛇の気は…小僧め、やりおったか!』

「―――そういうことか」

 

この領域にあるはずの神具の気配に覚えた疑問も、続く鍛冶神の声に氷解する。

 

「してやられたな。智慧の神たる私を謀るとは天晴れ見事。あの少年を使ったのであろうが…そうか、かの女神のもとに辿り着いたのか」

 

見事に騙されたことへの負の感情を微塵も表さず、逆に称賛の気配すら漂わせながら得心して頷く。あくまで戦闘の高揚や激昂と無縁な様子は流石智慧の神と言うべき冷静さだった。

 

「では、これ以上の長居は無意味か」

『ハハハ、無駄よ! 祭壇は望めば即座に我が手元に顕れる。そして捧げるべき心臓も既に得た。如何な大神と言えど即座に現世へ帰還し、神具を奪い取ることは叶うまい!』

 

その通りだ、と認めながらもやはり冷静に此度の企図は鍛冶神が一枚上手だったようだと認識する。同時に潮時を悟り、踵を返して工房を去ろうとする。これ以上留まっても得るものはなく、鍛冶神とも行きがかり上矛を交えた以上の因縁は無い。理由もなく無為な戦を続けるのは智慧を本分とする彼の流儀ではなかった。

 

『小僧! 今ぞ宿願の時ぞ―――汝の心臓を捧げよ! 旧き我、《鋼》にして鍛冶神たる我の復活の贄となるがいい!』

 

狂喜すら宿した鍛冶神の言霊が現世の少年に向けて放たれる。痩せても嗄れてもまつろわぬ神、魔術師ですらない人の子が抗えるものではない。これであの少年の命数も尽きた、と少しだけ稀な資質を持った少年を惜しみながらも歩みは止まらない。彼はまつろわぬトート、何者かに討たれ、真なる神へ回帰するまで地上を彷徨い続ける智慧と魔導の神なのだから。

 

『…………馬鹿なッ!』

 

だが。

 

『馬鹿なッ! 何故ッ! 如何なる手妻を使った!?』

 

狂乱と混乱をこれ以上なく表した鍛冶神の狂態が歩み去らんとするその足を止めた。

 

「…………」

 

察するに、あの少年は鍛冶神の言霊を退けたようだ。

 

それはつまり今度はあの少年が鍛冶神に一杯食わせたということに他ならない。果たして如何なる手管を用い鍛冶神を出し抜いたのか、うずうずと胸の内で好奇心が騒ぎ出す。智慧の神たる性ゆえか、彼は未知があるならば埋めずにいられない神だった。

 

この領域は主たる鍛冶神の仕込みにより幽世の基本的な移動手段である思考による空間転移は行えない。だがそれも潜り抜ける裏技の一つや二つ、どこかに転がっているものだ。幸いなことにトートの手には今まさに仕込みをひっくり返しうる『剣』が握られていた。

 

「―――我はトートなり。正義と真理の主、智慧と理解の言霊を発する者。其の言葉は神の葦筆、以て暴虐に打ち勝つ者」

 

渦巻く…銀河の如くトートを取り巻いていた銀の光球がぐるぐると速度を上げて渦巻いていく。

 

「我はトートなり。幾万年を舟の中に在る大いなる魔術師! 言葉に力を与え、言葉によって反逆と闘争を征する者なり!」

 

周囲を輪転する銀の輝きは少しずつ鍛冶神の領域を侵略していく。

 

『!? 待て、逃がさ―――』

 

残念だが待てぬな、と胸の内だけで返すと含み笑いを漏らす。そしてトートが振るう言霊の『剣』はヘファイストスの支配をしたたかに斬り破り、現世と幽世を隔てる境界を超える蟻の一穴を穿った。

 

トートはラーの航海に付き従い、昼と夜…生と死の領域を交互に旅をする。つまり現世と冥府を行き来する神でもあった。さらに冥府との関わりも深く『死者の審判』でオシリスを補佐する司法神であり、ラーが所有する『太陽の舟』に対応する『月の舟』の持ち主であるテーベの三柱神コンスとも習合する。コンスは夜に亡くなった迷える死者の魂を西の地平の果て、つまり冥府に導くと言う。

 

故にトートにとって現世と幽世の境界を跳び越えることなど人間がちょっと隣町まで足を延ばすのと大して変わりが無い。最早鍛冶神の怒号に対し一片の気も払うことなく、幽世と現世を阻む境界を無造作に跳躍。生ある者たちの領域へと再び顕現したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

再び生の領域へ姿を現したトートの眼前には神具を携えた少年。その姿を視界の端に留めたままトートは周囲を見渡した。

 

トートが神具の気配を頼りに顕現したのは、かつて女神が(ねぐら)とした滝壺の淵であった。太陽は既に地平線の彼方に去り、煌々と輝く満月が天空に座して地上を照らしている。かつての聖域はまだ女神の神気が残留しており、トートにとってもその身に馴染む空気に満ちた空間だった。

 

地上に降り立って早々に感じられるのはザラザラと濃く荒々しい《鋼》の気配、その中にほんの少し《蛇》の神力が混ざっている。伴って気配の中心である神具を握った少年が目に映り、互いの姿を視界に入れた両者の間で沈黙が落ちる。

 

『…………』

 

鍛冶神にその身柄を強奪されてより一両日ぶりの再会だった。見たところ少年自身に変化はなく、それよりも劇的に変化したのはその手に握る『アキナケスの祭壇』だ。数日前に目にした時よりはるかに神具が活性化し、今にも渦巻く力が破裂しそうなほど不安定な様子だった。

 

「君の内に潜んでいた女神の魂を喰らったか。これでこの場には三つの《鍵》が揃った…何時でもあの《鋼》を招来することが叶う」

「…………」

「その前に問いたい。汝は如何なる手管を以て鍛冶神を出し抜き、女神の魂を手中に収めたのだろうか? どちらかだけならば、あるいは幾つも傷を負うことを許容するならば脆弱な人の身でも成し遂げられるやも知れぬ。しかし私が見るに汝に神と争った気配はない…ただ《蛇》の神力の残滓を身に纏うのみ。故に合点がいかぬ」

「俺は何もしちゃいない。ただ、あいつに助けられ…いや、託されただけだ」

 

あいつの代わりに、あんたらをぶん殴る役目をな…と敵意も露わにトートを睨む将悟の怒りを無視して独り納得したと頷く。

 

「―――そうか。汝はあの女神に見込まれたのか。しかも自らの魂を捧げる程に入れ込まれるとは…これは思いもつかぬはずだ」

「あいつとは昔に縁があったんだ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、それだけは言っておくからな」

 

将悟の返事に理解が出来ぬと首を傾げる。まだ理解が及ばない点はある、例えば女神の魂を神具に捧げたとしても何一つ根本的な解決になっていないことだ。むしろトートとヘファイストスに利するお膳立てを整えただけでしかない。

 

だがトートはすぐに思考を止めた。所詮は小さき人の子と零落した女神。偉大なりし智慧と魔術の神である己が幾ら考えを巡らしたところで所詮立っている地平が違う以上理解できるはずがないのだ。人が蟻の考えなど理解できないように。傲慢を傲慢と認識できない程当然に、智慧の神はそう考えた。

 

女神との対話、もたらされた知識からなんとなくそのことを悟った将悟は酷く微妙な顔をしてトートを見ると溜息を吐く。この神様は性格的には決して悪性の輩ではない、だがひどくはた迷惑かつ周囲のことを考えないのも確かで、人間の存在を足元の蟻と同列に扱っている。それでいてとにかく知らないことを知りたがる好奇心の持ち主で、その欲求にはストレートに行動する。

 

そんなに嫌いではないがとにかく面倒くさい奴、というのが不敬ではあるが率直な感想だった。

 

「……まあいいや。俺はあんたの質問に答えた、ならこっちから一つ聞いてもいいよな?」

 

この問いかけに大きな意味は無い。強いて言うならば時間稼ぎか…()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「我が好奇の念を晴らした功績によりその申し出を受け入れよう。如何なる問いかけでも投げかけるが良い。人の子が思いつく程度の疑問ならば大半を知悉している故な」

「……それじゃお言葉に甘えて」

 

いちいち有難みの失せる自信過剰な発言にジト目を向けつつ、半分以上己の好奇心からくる疑問を率直にぶつける。

 

「“神”ってなんだ?」

 

純粋な疑問の意を込めて放たれる質問が、智慧の大神の胸を刺し貫いた。

 

「――――」

 

無言で以て応える。万言を費やすよりも雄弁な、トートが将悟の質問に応える術を持たないと言う証明だった。

 

「神殺しは、神を殺す。『最後の王』は神殺しを殺す。なら、神は? まつろわぬ神は一体何のために誕生するんだ?」

 

女神に流し込まれた知識、その中にはまつろわぬ神を討つことで誕生する埒外の存在たる神殺しの魔王、そしてそんな魔王達すら抹殺する最強の鋼の存在があった。何故わざわざそんな知識まで刻み込んだのかは…何となく予想はつくが置いておこう。そうした知識に触れ合う中で生まれた自然な疑問をそのまま智慧の神にぶつける。

 

あわよくば智慧の神に対してささやかな一撃となるのではないかと、それに失敗したところで失うものもないのだしという開き直りと共に放たれた言葉はしたたかに、呪力を伴わない言霊の呪詛となって“智慧”をアイデンティティとするトートの根底を揺るがした。それは僅かにだがトートの武器、つまり言葉を鈍らせることとなった。

 

「……言を弄して逃げることも出来ようが、それは智慧の神たる我が流儀にあらず」

 

己の無知を隠さずに曝け出すトートの声は常よりもさらに威厳があった。

 

「故に汝の問いに正しからざるとも答えよう―――私もまたその答えを探し、流浪しているのだ。実を申せば此度、『アキナケスの祭壇』を求めたのもその問いへの答えを探る手がかりとなるやもと思ったからであった」

「あんた、頭良いんだろう? 智慧の神とか名乗って、きっと誰も知らないようなことをたくさん知っているんだろう? なのに分からないのか? そんなにおかしな疑問なのか」

 

侮辱や揚げ足をとるためではない、本気で疑問に思ったのだろう。どこか間の抜けた語調で重ねて問いかける少年に苦笑を以てトートは応える。

 

「然様。神のことなど、当の神自身すら把握しておらぬのだ。おそらくは世界の理、不死の領域に属する知識なのであろう。然るべき資格を持った者のみがその智慧に触れることが出来る…ふふ、敢えて地上にてその秘密に至ろうとする物好きは私だけであろうな」

「なんで、そんなことを?」

「知れたこと。私は智慧の神、未知があればそこに至ろうとする。そういうものなのだ」

 

神話を核に地上へ顕現するまつろわぬ神に変化の余地はない。誕生した時からその性格も、在り方も、権能も一切揺るがずに流浪と漂泊を続けていく。

 

「そんなものなのか」

「然り。そうとしかあれぬ、そうとしかあろうと思えぬ」

「…そっか。じゃあ、仕方ないな。許せないし、間違っていると思うけど、仕方がない」

 

嵐が破壊をまき散らすように、神は流離う中で災厄をまき散らすのだろう。良くも悪くも、ですらない。ただそうとしか在れないが故に。

 

「仕方ないから―――俺が、あんたを終わらせる。あんたが望んだとおりに」

 

明けない夜は無いように、沈まない太陽が無いように、神だからとて殺せない道理はないのだから。

 

「否だ。私は未だ私が届かざる未知あることを知っている。この世を既知で埋め尽くす。その果てにこそ我が望みが―――」

 

どこか己に言い聞かせている様子のトートに言い知れぬ歪みを感じ、同時に少しだけ哀しみを覚える。

 

「本当に、そうなのか? あんたの望みは知らないことを知るってことだけなのか? もっと違う望みが…いや、すべきことがあるんじゃないのか!?」

 

一戦も交えずに終わる、そんな未来はあり得ないと知りつつもなおも問いかける将悟に対し、一言で切り捨ててみせる。

 

「少なくとも少年よ、それは汝が知るところではない。まあ良い、今頃鍛冶神めは泡を食ってここへ攻め入る準備を整えておろう。惜しいと思わぬこともないが、猶予はあまりないゆえ、手短に済ませるとしよう」

 

あくまで淡々とした語調で、その要求によって生じる喪失に一片も心を揺るがせることなく言霊を紡ぐ。

 

「聖なる言の葉の主が命ず。汝、神具を以て己が心臓を抉り出し、《鋼》の軍神を呼び奉る贄となるべし」

 

如何なる手妻によってかヘファイストスのかけた呪いは破ったようだが、言葉によって世界とその法則を作り上げたトートは言霊の権能の大家と言い切っていい神格である。所詮は神格の半分を捥ぎ取られた鍛冶神の真似事とは格が違う。故に如何なる手を使おうともトートの命に逆らうことは不可能だ。

 

“だが”、

 

「断るッ!」

 

将悟は堂々と胸を張り、強制力を持って絡みつくトートの言霊を真っ向から跳ね除けのけて見せた。

 

「―――……」

 

()()()()()()()、先ほどトートから零れ落ちた言霊は呪力を伴う絶対的な強制力を有している。意志の強さがどうこうではない、もっと根本的に強制力を跳ね除けるだけの膨大な呪力をその身に供えていなければならない。そんな呪力を人の子が有しているはずが―――

 

「これは…!?」

 

否、前提が違ったのだとトートは悟る。よくよく将悟を見てみれば神具から溢れだす膨大な神力に紛れて気付かなかったが、将悟自身の肉体から純然たる《蛇》の神力が少なからず零れ落ちている。これが意味するのは女神の魂、少なくともその一部が将悟の裡に眠っているということ。そしてその事実が暗示する彼らの思惑は―――。

 

「あんたはまつろわぬ神であって、あいつみたいな本当の神様じゃない。あんたに従いたいなんて全然思わないし、ましてやあんたのために生贄になるなんて()()()()()()()()()()()()()!」

 

ぞくり、とトートの背を戦慄が走り抜ける。偉大なる大神に向かって不遜にも吐いた大言、そこに込められた感情の熱量が己をも脅かしうるのだと霊視の導きにより悟ったために。

 

「俺は、俺がやりたいようにやってから死ぬ。生き抜いてから死んでやる!」

 

神を相手に堂々と啖呵を切った将悟に感嘆と驚愕を込めた声を上げる。

 

「そういうことか!? 矮小なる人の子が、神をその身に降ろす―――否、力づくで従える気か! 女神の加護あれど、無謀な試みだ。むざむざ命を捨てる気か!」

「ハ―――知ってるか、智慧の神様? 博打ってのは何かを賭けなきゃ始まらないんだよ!」

 

命をチップに大博打に挑むと宣言するとアキナケスの祭壇を取り出した…その瞬間のことだった。

 

『何を企んでいるかは知らぬが、させると思うてかあああああぁぁッ―――!』

 

ギリギリの均衡を保って幽世から静観を続けてきたヘファイストスが絶叫とともに最も強力な眷属を現世に向けて送り込む。時間に猶予が無かったため、急ぎ“門”から送り込めたのは一体のみ。だが己を除けば、ヘファイストスが誇る最強の手駒だ。

 

轟、と唸りを上げて着地するは赤熱する青銅巨人、少し神話に詳しいものならばクレタ島のタロスの名を思い出すかもしれない。無論この青銅巨人はタロスそのものではない。

 

だがその巨体に宿る強壮さは只の神獣、眷属とは一線を画すものがあった。この巨人を最速で送り届けるため例の青銅造りの大鷲も動員したが、常軌を逸した強行軍で酷使したため大分消耗している。参戦は叶うまい。

 

構うものか、捻り潰してくれると憎悪を込めて小さき人の子を叩き潰せと命じる。

 

『GU、GOOOOOOOOOM!!』

 

巨人が張り上げるのは巨体に相応しい重低音の大咆哮。ビリビリと空気を震わせ、大地を鳴動させる音の波動に踏ん張って耐える将悟。青銅巨人は真っ赤に焼けた拳を無造作に小さな人の子に向けて振りかぶり―――、

 

「我が獲物を横合いから出てきた輩にむざむざやらせるとでも?」

 

その単純にして強力極まりない暴威を遮ったのは、なんと(ウアス)を掲げたトートだった。唐突過ぎる助太刀に将悟が目を開く。偉大なる智慧の神は月の意匠が彫り込まれた銀の大盾でもって衝撃の一片たりとも将悟に届かせはしなかった。

 

「鍛冶神よ、相済まぬが今ひと時私は此奴に付く。この者らしき言い草で語るならば―――“そちらの方が面白い”からだ。私や汝では思いつかなかった道を示してみせた人の子の歩むその“先”…少し、見てみたくなったのでな」

『意味の分からぬことを…! 気が()れたか、智慧の神とも在ろう者が!』

「然様、私は智慧の神! 故にこの世に未知あらば求め、探り、この目で見ねば我慢がいかぬのだ! なに、汝の思惑とは全く外れたものになろうが、中々面白きものが見れるはずだぞ?」

 

誘うような、揶揄するようなトートの声に最早まともな言葉にならない金切り声を上げて己が有する最強の手駒を遮二無二突撃させる。トートが繰り出す言霊を幾たび受けて傷ついてもそのたびに幽世からヘファイストスが与える炎が青銅巨人を修復してしまうのだ。だがその千日手によって将悟が儀式を行う時間は十分以上に稼げている。

 

ここでトートから助力を享けるのは想定外だったのだが、何ら不都合はない。後悔させてやるから覚悟しとけよ、と苦笑交じりに胸の内で呟くだけだ。

 

―――あとは己の覚悟一つ。

 

闘志の籠った目でその手に握る神刀を見つめながら覚悟を決める。最期の最期まで突き進み、突き抜ける覚悟を。無謀と蛮勇に定評のある将悟を以てしても多大な覚悟が必要な行為であったが、己よりもはるかに辛い道を選んだ女神を見た以上、立ち止まることなど己自身が許さない!

 

「……げる」

 

握りしめた神具、その鋭い切っ先を右の胸へと向ける。

 

「俺の心臓を、お前に捧げる! だからとっとと顕現し(おき)やがれ、クソッタレの軍神野郎!」

 

決意を定めるように大音声を上げた将悟は勢いよく『祭壇』の切っ先を己が心臓に突き立てた! ぶしゅっ、ともびちゃっ、ともつかない生々しい音とともに噴き出した血潮が神具の刀身を赤く染め上げ、妖しい光が宿るキッカケとなる。同時に胸を奔る激痛が将悟に膝をつかせた。

 

ここに数百年の長きにわたり女神の命を吸い上げ、蓄え続けた『アキナケスの祭壇』が捧げられた将悟の心臓から噴き出す血潮を起爆剤に完全なる覚醒を果たす。

 

神具から今までの比ではない膨大な呪力が猛り狂って溢れだし、刀身から銀白色の靄《もや》が将悟に被さるように出現する。『アキナケスの祭壇』が招来する《鋼》は神具そのものと心臓を捧げた《贄》の肉体を核にして顕現するのだ。

 

「…ッ…! ぁッ!! が、あああああああああああああああああっ!!」

 

スキタイや匈奴、騎馬民族においてしばしば軍神に向けて人身供儀が行われたという。そしてその儀式には御神体としてアキナケス、あるいは径路剣と呼ばれる形状の剣が用いられたという。だからこそこの神具にして神剣はアキナケスの“祭壇”なのだ。

 

女神からまとめて流し込まれたそんな知識を反芻する、この修羅場に何を呑気なと呆れられるかもしれないが、逆だ。そんな愚にもつかないことでも必死に考えないと心臓を中心に全身を襲う絶大なる苦痛に耐えることが出来ないのだ。

 

全身の神経と言う神経を引き抜かれ、作り替えられていくかのような痛覚と不快感を伴ったおぞましい感覚。間違いなく人生で味わった苦痛の最大記録をぶっちぎりで追い越した、しかも現在進行形で上限が更新され続けている。

 

あ、ぎぃ…と嗚咽とも苦痛とも判別のつかない呻きが口から洩れる。

 

―――眼前の強敵を殺せ、食らいつけ、戦に臨め。

 

と、絶え間なく頭の中に“声”が鳴り響く。今まさに顕現せんとする《鋼》の神霊がちっぽけな人の子の精神を塗りつぶし、押し流さんとする。それはまさに嵐に揉まれる小舟のようなもの。飲み込まれるのは時間の問題と思われた。

 

だが。

 

将悟は知っている、これ以上の苦痛があることを。そして女神は自らの意思でその痛みを選び取ったのだ。ならば己もまたこの程度の痛みで心を折られてやるわけにはいかないのだ!

 

「うるっせーんだよ、テメェはっ!! 邪魔だからちょっと向こうにいってやがれっ!!」

 

苦痛以上の怒りで無理やり“声”の津波を押しのけて思うのは女神。策とも言えない穴だらけの将悟の思い付きをその献身で補ってくれた彼女とその魂の行方だ。

 

「行くぜ、“相棒”」

 

いま女神の魂は二つに引き裂かれ、半分は『アキナケスの祭壇』に、もう半分は将悟の裡に宿っている。儀式を始めるには不安が残る不完全な状態だ。ではここで疑問が一つ生じる。果たしていま『アキナケスの祭壇』に発動の引き金となる《贄》の心臓を捧げれば()()()()()()

 

その疑問こそが将悟の思い付きの出発点であり、企てた策の要だ。要するに中途半端に準備が整った状態で儀式とやらを始めれば、奴らが望まない“失敗”と言う結果に終わるのではないかという……はっきり言えば根性の曲がった嫌がらせこそがその思い付きだった。

 

それを一発逆転の策にまで昇華させたのは女神の知識と献身だ。

 

半分に分けた魂を《贄》としても『アキナケスの祭壇』を動かすキッカケとはなるだろうが、《鋼》の顕現にまでは至るまい。恐らくは将悟の肉体に神霊が宿り、明確な自我を持たないまま獣のように暴れまわることになるだろうというのが女神の見立てだった。

 

だからこそ“そこ”に将悟たちが付けこむ一点の突破口がある。

 

元をただせば『アキナケスの祭壇』が蓄えた水と大地の精気は大半が女神のものだった。とはいえ魂が完全に神具に囚われていてはその呪力に干渉することは出来ない。ならば内と外、神具と将悟。その両方から手を伸ばせば、そして不完全な顕現を遂げ、自我も定まらない《鋼》が相手ならば隙を突いて主導権を奪えるかもしれない。

 

女神の加護を受けて《鋼》の神霊を力づくで従える―――それこそが将悟達が立てた“策”の骨子だった。

 

だが一方で魂を二つ分けることで不都合が生じるのもまた必然だった。これはただでさえ弱り切っている女神から半身を捥ぎ取るような蛮行である。彼女の意識は揺蕩い、下手をすれば二度と意識の底に沈んで戻ってこない恐れも十分にあった。

 

()()()()()

 

「頼む…俺と一緒に戦ってくれ―――白娘子(ハクジョウシ)!」

 

だからこそ、彼女は己が“名”を将悟へと捧げたのだ。決戦の時、己がアイデンティティを構成する最も重要な要素…つまり“名”を呼ばれることで、己が神格を揺り動かし、末期の力を振り絞るきっかけとするために! 

 

そして遂に、その名を呼んだ。白き乙女にして滝壺の女神、中華の大地で崇められた蛇女神に向けた呼びかけに、

 

『否やなど、あろうものかよ! さぁて、いとし子よ。決戦ぞ、大戦(おおいくさ)ぞ! 神争いの時はいま来たれり!』

 

―――当然のように、女神は応えた。

 

 

 

 

 

 

 




滝壺の女神こと白娘子の名を言い当てられた人はどれだけいましたでしょうか? ちなみに本来中国語読みでは白娘子(パイニャンズ)だったり、白素貞という別名があったりしますが語呂優先でメガテン表記のハクジョウシに。

個人的には知名度がある、というより一部界隈でメジャーな神格という認識だったのでなるほど、分からんという人と楽勝、一発で分かりましたという両極端に分かれたんじゃないかなと勝手に推測しています(割合が5:5とは言ってない)。

ちなみに真名不明なもう一人、鍛冶神の名前はアナザー・ビギンズでは明かされません。あと単行本1、2巻分くらいエピソードを挟んだら再登場予定。なお小物臭さを漂わせていますが、本来の神格を取り戻した彼の戦闘能力は原作斉天大聖並というかなりの強キャラ。正面衝突ならアテナすら粉砕する暴力の権化です。

さておき本来5話完結だったはずが長くなりすぎたために前編後編に分割した今話でクライマックス直前です。
12時間後に後編も投下しますので、よろしければご一読して感想を一言だけでも頂ければ幸いです。



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