カンピオーネ!~智慧の王~   作:土ノ子

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―――諸君、可愛い馨さんが見たいか?









5千文字くらいでサラッと。
思い付きなためこの先のプロットは皆無。主人公サイドでこの話が出ることは恐らくない。




幕間 沙耶宮馨 ③

後日談

 

 

 

以前、上司から招かれた沙耶宮家別邸に甘粕はまたしても呼び出されていた。

 

あれから数週間ほど経ち、ようやく甘粕らエージェントが夜も眠れない忙しさから夜遅くまで帰れない忙しさにまで落ち着いた頃だ。ちなみに一連の元凶である赤坂将悟も1か月近い長期療養を終え、日常生活に復帰していた。なんでもこれから恵那の見舞いで清秋院本家に顔を出すとかなんとか言っていたが、これ以上厄介ごとを起こさなければもう何でもいいと言うのが正直な気持ちである。

 

前回聞かされた話がヘビーというも生臭くて重苦しいものだっただけに呼び出された時には憂鬱な心情に襲われたものの、逆らうと余計に悪いことが起きることは確実だったため、重い足取りを引きずるように上司がいる執務室まで足を運ぶ。

 

「やあ。今日はいい天気だね、甘粕さん」

「……このどんよりと曇った空模様が良い天気と言えるなら、そうなのでしょう」

 

普段の三倍増しで爽やかさを振りまきながらやけに朗らかな口調で話す上司に薄気味悪さを覚えながら、覿面に乗り気でない気持ちを込めて返す。

 

「今日はちょっと個人的な相談がしたくて呼んだんだ。恥ずかしながらいま抱えている問題に対して、少しでも力になってくれそうな知り合いが甘粕さんだけでね」

 

目の前の上司に頼られる、というシチュエーションが幾ら頭を捻っても想像できず、腹の底を探る視線を送るが一部の隙もない完璧な笑顔と言う壁に跳ね返される。腹の探り合いと言う分野では馨も中々侮れない曲者である。少しの手掛かりもない状況で思い至れるほど、甘粕は万能でも霊能に優れてもいない。

 

すぐに無駄な努力を放棄し、大人しく次の言葉を待った。

 

「うん、実はだね」

 

従順かつ優秀な部下の様子に満足げに頷いた馨はそのまま勿体ぶることもなくあっさりと、そして至極真面目にその“悩み”を開陳する。

 

「―――結婚を考えているんだ」

「…………」

 

その瞬間、甘粕は周囲を見渡して『ドッキリ!』の看板が無いことを確認した後、自分の耳と正気を疑う作業を開始した。そのまま三〇秒ほどかけて自己診断を終えた後、自身が耳にし、理解した言葉の羅列に誤りが無かったことを嫌々ながら認識する。

 

「……ふむ、驚くのは分かるけれど流石になにがしかの反応は欲しかったね。それで、どうかな?」

 

どこか面白がるような、いや、率直に部下をからかっている気配を漂わせながら二の句を継ぐ。上司に話を振られた部下としてはどんなに気が進まず、予想もつかない内容だろうととりあえず言葉を返すしかない。

 

「……ちなみにお相手はどこの女性で?」

「おいおい、僕の性別をサラッと無視してくれるね」

 

特注の学ランを身に着け、女性としては驚異的に薄い胸の前で腕を組む少年のような“少女”。少年漫画から出てきた王子様のような中性的な美貌。多数のうら若き乙女と恋を語らう粋人である沙耶宮馨の性別は実のところ『♀』なのである。

 

「そういう主張をされたいのならご自身の性別について積極的に誤解を振りまいていくスタイルを捨てて、現在交際中の女性陣と少しずつでも縁を切っていく作業が必要になると思いますが」

「ハハハ、こればっかりは中々ね。旧来の名家に縛られた哀れな子女のささやかな息抜きだ、多めに見てくれ」

「ささやかな息抜き、と言う割には派手にやっているように見えますがねー」

 

このまま下らない戯言の応酬で話が終わらないかなーと一縷の希望を抱くが、もちろん馨はそんな希望を斟酌しない。

 

「で、本題に戻るけど。僕は本格的に婚姻を結ぶことを考えている―――将悟さんとね」

 

やはり、と甘粕は溜息を一つ。最近上司とあの少年の距離が近いというか、関係が深まった気配が双方の言動の端々から感じ取れていたのである。だからと言って二人が結婚、などという想定は端から起きなかったが。良かれ悪しかれ二人の間にそういう色事めいた気配はない。

 

だがこの場で本人から伝えられれば尤もありそうな可能性として挙げられそうなのは、あの少年くらいだ。個人的感情の面からでも、政治的事情の面からでも。

 

「この話、本人にはもう伝えたので?」

「いいや、これでもうら若き十代の乙女だからね。一世一代の告白の前に、頼れる大人の一人にでも相談したいと思うのは当然の乙女心だろう?」

 

などと微笑みながら、サラリと耳にかかった髪をかきあげる美少年(性別:♀)。うら若き云々の辺りで思わず鼻で笑いそうになった甘粕だが、辛うじて耐える。本人が申告する通り一応は多感な時期の少女で、かなり洒落にならない悪戯が好きという悪癖持ちだ。わざわざ猟師の前で鳴く雉になるつもりは無かった。

 

「でしたら諦めたほうがよろしいでしょう。恵那さんがいます。その程度の事実に思い至らない馨さんとも思えませんが」

「率直に言うねー。……愛人、側室という形でもダメかい?」

「意外と潔癖症というか、身内に対しては義理堅い人ですからね。恵那さんを万が一でも悲しませるような、特に乗り気でもない婚姻をわざわざ結ぶとも思えません」

「それこそ形だけの関係で、でもかな。ああ、もちろん恵那の承認は取り付けるつもりでいるよ」

 

舌鋒鋭く馨の論を切り裂いていた甘粕だが、ここで言葉に詰まる。将悟は恵那を大事にするだろうが、逆に恵那はそうした男が複数の女性と交際する関係について驚くほど寛容だ。戦国大名を先祖に持つほどの名家の子女として育てられたからでもあるし、本人の気質もかなり大きい。

 

恵那が拒否感を示さなければ、将悟自身が複数の女性と関係を結ぶことに対して積極的に拒否することはないだろう。積極的に求めると言うことも考えづらいが。

 

そして肝心の馨と将悟との相性だが……男女のそれかはともかくとしてかなり良好と言わざるを得ない。火種に油というか、ロケットエンジンにニトロというか混ぜると危険的なニュアンスも多分に含まれているが、お互い嫌っているということは決してないはずだ。

 

先ほどは無下に否定したが、逆に恵那以外で将悟と縁を結ぶとしたら―――なるほど、眼前の“少女”以外に適任はいないのかもしれない。

 

「…………その条件でなら、まあ可能性はあるかもしれませんが」

「が?」

「何故、唐突にこんな話を? 実家の小五月蠅(こうるさ)い老人方にでもせっつかれましたか?」

 

そして何故よりにもよって相談相手が自分なのか? 天に自身の運命を呪いたい甘粕だった。いや、理屈は分かるのだ。将悟と最も親しい同性は自分だし、あけすけに下半身事情を聞き出せそうな人材など自分が知る限り皆無である。だが何も殿上人の色恋沙汰に自分を巻き込まなくてもいいではないだろうか、という至極尤もな感想を抱く。馬で蹴られるどころか権力闘争に巻き込まれて轢き潰されかねない。

 

「いや、これは僕自身の意思だよ。最近、この業界の将来について色々話したじゃないか。それに釣られてか、恥ずかしながら僕自身の未来という事柄についても思いを馳せるようになってね」

「ははァ…」

 

力なく相槌を打つと、馨はその表情を真剣なものに改める。

 

「―――正直に言うとね、今の僕は将悟さんのことが女性として好きなわけでも何でもない。もちろん彼の直臣として忠誠を誓っているし、一緒に来いと言われれば地獄の底までだってお供しよう。でも普通の少女が感じるような恋のときめきだとかそういう衝動を感じたことは一度もない…それこそ、誰に対してもね」

 

馨が積極的に同性の少女たちと付き合うのは彼女が同性愛者であるからではなく、単に悪戯好きな性格だからだ。自身を美少年と勘違いして熱を上げる少女たちをみて楽しむのが好きと言う、改めて聞くと中々悪趣味な性格の産物なのである。

 

「でも、仮に僕がこの生涯で誰かを好きになれるとしたら、それはきっとあの人だと思う。少なくとも実家の老人方がお見合いを勧めてくるような輩との間にそうした絆が結ばれるのは0%だね。ありえないと言い切っていい」

 

肩をすくめてうんざりした気配を漂わせながら断言する。

 

「それに条件も魅力的なんだよねー。そもそも沙耶宮の次期当主である僕の婚姻問題はどうしたって避けて通れないんだけど、ウチの家格と釣り合う相手なんて中々いない。その中で気が合う相手と巡り合える可能性はほとんどゼロだ。だけど将悟さんならこれ以上なく馬が合うし、僕の男装や交際関係について五月蠅く言わないだろうし、何かと口を挟んできそうな周囲を黙らせてくれる権威もある。おまけに恵那がいるから仮に“女”として情を通じることが出来なくても、あまり求められることもない…」

 

うん、と頷き一言でまとめた。

 

「すごいね、改めて考えると偽装結婚の相手としては最適だ」

 

惚気ているようにもばっさり切り捨てているようにも聞こえる、だがこれこそ沙耶宮馨と言いたくなる台詞だった。将悟ならば似たような感想を評するだろう、“こうでなくては沙耶宮馨ではない”と手でも叩きながら笑い混じりのコメントをしてくれるはずである。

 

「それでは丁度結論も出たようですし、私も忙しい身なのでこれでお暇を…」

「まあ待ってくれ。甘粕さんにはぜひ頼みたいことがあるんだ」

「プライベートな問題については給料の範囲外ということでファイナルアンサーです」

「残念、僕の結婚問題は業界全体と関わる重大事。つまり業務範囲だ、上司の僕が言うんだから間違いはない」

 

甘粕は遠い目をしながら遠慮なく職権乱用する上司に率いられる将来の正史編纂委員会の未来を思い、深い憂いを浮かべた。主が主なら臣下も臣下である。類は友を呼ぶという言葉を思い出す甘粕だった。

 

「とりあえず清秋院家への対応は僕が考えておくから、甘粕さんは将悟さんの方を頼むよ。今の話が持ち上がった場合、将悟さんがどんな反応をするか上手く探っておいてくれ」

「アッハイ」

 

あとはもう問答無用とばかりに一方的に告げられる。最初から望み薄ではあったが、ようやく甘粕は全てを諦め、力なく頷いた。

 

しかしなぁ…と胸の中だけで危惧の混じった愚痴をこぼす。

 

どうも馨は自身が言い出した将悟との婚姻に対して相当に乗り気であることが窺える。仮にこの縁組が成立すれば、馨は煩わしい実家とのつながりからほとんど自由になれるのだから無理はないが、果たしてそれ以外の感情が混じっていないと言い切れるか。もしや知らず知らずのうちに“女”としてあの少年に心惹かれているのではないか?

 

もう勝手に恋愛でも結婚でもやってくれ、というのが忌憚なき意見なのだが実は今の話を聞いた甘粕には一つ、懸念がある。

 

今の話は全て馨が将悟に対して“本気にならない”ことが前提なのだ。飄々とした馨の性格からは考え辛いのだが…万が一、馨が恵那を排してでも将悟の寵愛を独占したいと思ってしまえば、かなり笑えない事態になることは明白である。逆に恵那が馨の存在を疎む可能性も捨てきれない。彼女も箱入りの大和撫子として教育された成果により相当に古めかしく男に都合のいい男女観を持つが、実際に愛する男に別の女が出来ても笑っていられるか―――“恐らく”、大丈夫だろうと思う。だが、“絶対”ではない。

 

案外、外圧ではなく内紛で正史編纂委員会は瓦解するかもしれない。

 

冷静で有能、怜悧と言う言葉を絵に描いたような馨だが、恋も知らない十代の乙女と言えなくもないのだ。人間関係が破綻する原因は概ね恋愛、金銭、健康に分類できるという。こうした感情が絡む事柄で、大丈夫と軽々に言い切ることは甘粕にはできない。

 

かと言ってこの胸の内でわだかまる不安を開陳したところで馨は笑って否定するだけだろう。大袈裟だよと、自分はそんなキャラではないと。だがありふれた言いぐさだが、人間だれしも自分だからこそ分からない部分を持っているものだ。

 

そこはかとない胃の痛みを感じ、溜息を一つ。

 

今は良い、そもそも話が始まってもいない。だが具体的に形を取り始めていくにつれて、今の懸念が正誤の二択となって迫ってくるのだろう。上手くいけば万々歳、しかし悪い方に転がればなかなか笑えない未来が待っている。

 

誰かに愚痴の一つも零すなり、助力を求められればとも思うがこんな悩みを相談できる人間は知り合いにいない、主に機密的な意味で。結局のところ甘粕が一人でこの不安とも懸念ともつかない悩みを抱え込むしかないのだ。

 

―――いっそ一切合切を当事者の少年にぶちまけてやろうか。

 

あの少年も精々自分が悩んでいる半分くらいは同じ気持ちを味わえばいいのだ…。案外あの色々と規格外な少年なら瓢箪から駒とばかりに上手く収めてくれるかもしれない。甘粕は半分くらいヤケな気持ちになって、この後ろ向きな思い付きを弄び始めるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

後日談のおまけ

 

 

 

ただでさえ業務が重なりいっぱいいっぱいだったところに未来への不安という地味に引きずりそうなストレスの種を背負ってしまった甘粕。憂鬱な気分を押し殺し、この時間を余計な重荷を背負うだけでなく、せめて少しでも建設的なものにしようと業務内容についての確認などを行い始める。

 

「……ちなみに、先日伺いましたお話なんですが―――将悟さんにはもう伝えたのですか?」

 

先日の話―――もちろん将来的な日本の呪術界の未来も左右する、馨の腹黒さが存分に発揮された一連の策謀のことだ。

 

「ああ、『楽しそうだから許す。思いっきりやれ』……そう仰っていただけたよ。正直、こういう政治的な話が苦手だと思っていたから、首を傾げられるか難色を示されるかと思っていたけど、予想よりずっとスムーズに内諾を頂けた」

 

と、馨は満足そうな、それでいて少し不思議そうな風韻が含まれた答えを返す。確かに少々将悟らしからぬ発言に甘粕はしばし、んーとうなりながら思考をまとめていたがやがて合点がいったと頷く。

 

「これは勘ですが、おそらくその発言に込められたニュアンスは少し違うと思いますよ」

「ニュアンス? 興味深いね。是非ご教授を頼むよ」

 

好奇心で瞳を輝かせた馨が興味津々という態で言う。

 

「なにせ甘粕さんほど将悟さんの取り扱いマニュアルを知り尽くしている人は他にいないだろうからね」

 

と馨が悪戯っぽくウィンクすれば。

 

「その肩書き今からでも返上できませんかね」

 

と甘粕がぼやき混じりに溜息を零す。

 

「賭けてもいいですが将悟さんは馨さんの話を全て理解できたわけじゃありません。いえ、一部は理解できたでしょうが、承認した理由は別のところにあります」

「? そうなると前後の話がつながらないんじゃないかな」

「ええ、ですからニュアンスが違うんです」

 

分かりませんか、と確認を一つ挟み。

 

「将悟さんはきっと『“お前が”楽しそうだから許す』…そういう意味で言ったんだと思いますよ。日本の未来すら左右する場面で、大真面目に」

 

随分とご寵愛を受けているようですね、未来の宰相殿…と。

わざとらしく取り繕った謹厳さの中に少なからずからかう響きが混ざっている。

 

「―――…」

 

それは完全な不意打ちだった、少なくとも沙耶宮馨にとっては。

 

部下の言葉に理解が及んでから一秒、二秒…途端に顔に血の気が昇り、脳裏に幾つものまとまりのない思考が過ぎ去っていく。いや、まさか、でも本当に…、あの人なら―――と。ある種とても似つかわしくなく、それでいて十代の乙女らしい懊悩は一時的に周囲の存在すら忘れてしばらく続く。

 

世に珍しき、沙耶宮馨の照れと羞恥で赤く染まった華の(かんばせ)

 

余人にはほとんど見る機会のないそれを拝むことになった甘粕はお返しですよ、と心の中で密かに舌を出す。たまには意趣返しの一つをしても許されるだろう、と委員会一の苦労人はささやかな報復の余韻に浸るのだった。

 

 

 

 




(最後だけ)可愛い馨さん。こんな彼女はアリですか?

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