カンピオーネ!~智慧の王~   作:土ノ子

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嵐、来たる ⑧

颶風の速度と刀鎗の鋭さを持った魔狼の爪が迫る。ほんの少し前までならば辛うじて弾くか、体を崩して躱すか、無様に喰らうかの三択だった。だが今ならば爪撃の軌道を余裕すら持って見て取り、対応できる。

 

「グルラァッ!」

「シャアァッ!」

 

弧の軌跡を描いて迫る鋭い爪を、陽光の宿る拳で正面から迎撃する。激突、後ろに弾け飛ぶ拳の動きに敢えて逆らわずに体を流し、逆の手で裏拳を叩き込むと鼻先まで迫っていた魔狼のアギトが瞬く間に飛び退く。

 

武術を知らないが故に常識に囚われない身のこなし。目に頼らずとも理不尽な精度の直感がヴォバンの位置を正確に教えてくれる。恵那をして予測不能と言わしめたその身ごなしが、世界最高峰の霊視の才とこれ以上なく上手く噛み合って劣勢を押し返し始めていた。

 

「先ほどとは随分と調子が違う。何を見た、赤坂将悟!」

「あんたの、お蔭、でなッ!」

 

目まぐるしく攻防を続ける中、不意に投げられた問いかけにきれぎれにだが答えを返す。

 

「ふん…?」

「あんたが速すぎて見えないもんだから、必死こいてあんたを見てたら()()()()()()()()()()()()

 

目に見て取れるほど急激な動きの変化。稚拙な体術のまま、先ほどまで無様に喰らっていた爪撃を尽く躱して見せる。控えめに言って異常な事態に不審の念が籠った問いかけを投げると、あまりにも適当かつ曖昧模糊とした言い草が返される。だからこそ確信する、この若き王はサルバトーレ・ド二や羅濠教主らも持つ心眼をこの死闘の中で開くに至ったのだと!

 

なんというデタラメか―――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

思わずクククッと愉快気に笑うと、その非常識さを揶揄する。

 

「胡乱な奴よ。その“目”―――心眼は神域に近づいた武術家か、霊視術師どもがようやく至りうる境地。ましてや心乱れるのが常たる死闘のただなかで開眼するか…流石我が同胞よな!」

 

仇敵が成し遂げた偉業にヴォバンはいっそ痛快ですらある調子で笑い、称賛する。この心眼、人類屈指の実力者であり聖騎士の位階を持つパオロ・ブランデッリをして不完全な形でしか行使できない超一級品のスキルである。見たところ将悟のソレもまだまだ不安定かつ不完全なまま発現しているようだが…なに、死闘のただなかに置いておけば勝手に成長するだろう。

 

神殺しの性質は人よりもむしろ魔獣に近い。彼らを研ぎ澄ませるのは鍛錬にあらず、ただ死闘のみ。戦う中で勝手に力を得ていく類の、常識で計れない生き物なのだから!

 

「ご高説どうも! くたばれ!」

「その程度ではまだまだ喰らってやるわけにはいかぬな!」

 

奇跡の恩恵を受けた将悟が息を吹き返し、今が好機とばかりに猛然と反撃を加え始める。今まで少なからず将悟の身体に傷を刻んだ鋭い爪は空を切り、逆に将悟が振るう殴打と蹴りは直撃こそしないもののヴォバンの肉体に触れる深さが少しずつ増していっている。

 

傾いた天秤を、一気に盛り返した。その事実にヴォバンは眦を鋭く釣り上げ、歓喜の咆哮を上げる。そうでなければやりがいが無いとでも言いたげに。

 

それでもまだ、分が悪い。奇跡に助けられてなお、ヴォバンの地力はそれを上回った。その事実を前に、それでも将悟は動じない。己がヴォバンに劣っていることなどとうの昔に知っている。

 

ならば…。

 

自問する。

 

ならば…かつての己はどうやってこの仇敵を相手に一矢報いたのだったか。

 

脳裏に過ぎった問いに、ふと思い出す。

 

―――そうだ。

―――己の全てを以てして、ヴォバンには勝てまい。

―――特に至近距離での殴り合いなど、己の領分ではない。

―――ならば、どうする? どうすれば奴に勝てる!?

 

その答えは、かつての死闘の中にあった。

 

パオロ・ブランデッリ。

 

先代『紅き悪魔』。当代屈指の戦歴と武功を誇る聖騎士。英国争乱において未だ目覚めて日が浅い赤坂将悟を導き、死闘の決着となる一撃を繰り出すまでの下準備をこなしきった騎士。その戦いぶりから将悟の“人間”に対する価値観に強い影響を与えたと言っていい。将悟が盟友と呼ぶ数少ない傑物だ。

 

一人の騎士の献身に助けられ、狼王と相討った死闘を思い出し、自答する。

 

―――勝つための戦力と、手段を他所から持ってくればいい。

 

その答えは将悟にとって当然とすら言えるものだった。元より赤坂将悟は己一人ではこれまで生き抜けなかった弱く、未熟な魔王。清秋院恵那の、甘粕冬馬の、戦場を共にした仲間の力を借りてようやく、全ての力を発揮できるのだから!

 

重量と巨躯に任せたヴォバンの突進を大きく身を捩って回避、そのまま距離を取ると太陽の絆を通じて“彼女”の存在を感じ取る。彼我を隔てる距離はそれなりに遠いが、己と彼女には何の関係もない。

 

輝ける光輝を迸らせ、『転移』の魔術を行使。我が剣よと恃む少女を召喚する。

 

「―――来い、恵那ぁッ!」

 

死闘のただなかへ誘う、その呼びかけに。

 

「―――やっと呼んでくれた」

 

これ以上ないほどに嬉しそうな(いら)えが返ってくる。

黄金の残光に照らされ、神々しいほど美しい少女が艶やかに笑い、そこにいた。

 

「埒が開かん。(たす)けてくれ」

「任せて。恵那は、王様の《剣》だからね」

 

あらゆる状況説明をすっとばした救援要請へ当意即妙とばかりに答えを返す。

“相棒”は既に竹刀袋から取り出され、何時でも斬りかかれる臨戦態勢に入っていた。

 

「クハハッ! 君も来たか、清秋院恵那よ!」

「言ったでしょ、侯爵様―――何時だって、何処であっても恵那は王様を援けるって!」

 

ヴォバンもまた虚空より顕れた少女の参戦を歓迎し、文字通りの犬歯を剥き出して猛々しく哄笑する。黄金の輝きを身に宿し、凛々しくヴォバンに立ち向かう恵那に、戦意と歓喜を等分に入り混じらせた称賛を送った。

 

「その言や良し! だが私に抗う資格があるとはまだ言えぬな!」

 

そう見栄を切るや否や、人狼と化しても変わらないエメラルドの瞳が妖しく光る。【ソドムの瞳】、ひと睨みするだけで生物を塩の塊に変える邪視の権能を振るう前兆だ。

 

ヴォバンは“敵”と認めた相手にこそ、手加減などという生ぬるい真似はしない。元よりこの邪視の権能を退けなければ己の前に立つ資格すらないのだから。この程度の試練、軽く打ち破ってみせよと期待すら込めて睨むその双眸から不可視の波動が放射される!

 

「勝利を望むならば我が邪視を乗り越えてみせよ、その先にしか道は無いのだから!」

「こうも言ったよ。侯爵様と戦う時だって、負けてなんか上げたりしないって!!」

 

暴悪なまでに強烈な眼光を輝かせたヴォバンに一歩も引かず、決意を込めた声で右手に構えた相棒に呼びかける。その身は既に戦に臨む準備を万端整え、充溢する神気で心身を満たしている。太刀の媛巫女第一の切り札たる神がかりを行使し始めたのだ。

 

「天叢雲劍よ、我が手に破魔の霊験を顕し給え!」

 

刀身に邪を祓う清冽な神気を漲らせた天叢雲劍を気合い一閃、押し寄せる波濤の如き邪視の波動に向けて振りかぶる。

 

「駆邪顕正の刃たれ…汝災いを退けるべし! キエエエェィ―――!!」

 

裂帛の気合いとともに上段から振り下ろした神刀は迫りくる邪視を散り散りに斬り伏せ、霧散させた。かくして恵那は見事邪眼の呪いを斬り破り…無傷。指先一片も塩に変えられていない。

 

「その神力…もしや、降臨術師か? 久しく目にしておらんな。お蔭で気付くのが遅れたぞ!」

「ご老公・速須佐之男命(ハヤスサノオノミコト)から賜った加護とその佩刀・天叢雲劍。侯爵様の権能にだって、負けたりはしないよ!」

 

まつろわぬ神と交信し、その加護を賜る神がかりの術。魔術の本場である欧州ですら三〇〇年以上同系統の術者は輩出されていない。ヴォバンをして目を剥かせるほど稀少価値を持つ伝説的な霊能力なのだ。

 

むしろ納得がいったと獰猛に笑うヴォバンに対し、半ば以上虚勢ながら見事に啖呵を切ってみせる。

 

「中々驚かされたが、我らの戦いに割って入るには力不足だぞ!」

「そいつはどうかな?」

 

恵那に向けた言葉を引き取ったのは、呪力を総身に漲らせた将悟である。

 

「ぬ…?」

 

ヴォバンの予想では将悟が前でヴォバンと張り合い、後ろで恵那が援護する形を取るものと判断していた。如何に神がかりの使い手と言えどカンピオーネやまつろわぬ神々を相手に真っ向からぶつかり合うには根本的に地力が足りないのだ。この場の誰も知らないことだが、現に草薙護堂も大抵の場合仲間には自身のフォローに徹させている。

 

だがこの時、愛刀を構えて前に出たのは恵那であり、後方で呪力を猛らせているのは将悟だった。

 

「合わせろ」

「うんっ!」

 

多くを語らずとも意思疎通できる…否、太陽の絆を通じて文字通り心と心で会話が出来る二人だからこその打てば響くやり取り。

 

「何か企みがあるようだな。乗ってやろう」

 

真っ向勝負で己が負けるはずがないという自負を込め、あくまで正面から受けて立つ選択を取る。

 

『――――――』

 

二人と一匹が睨みあう一瞬の“間”が空き、

 

「グルウウウウウゥゥオオオオオオォォ!」

「イィヤアアアアァァアアアアアアァァ!」

 

―――激突する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

銀と黄金、それぞれ異なる輝きを纏いながら人狼と太刀の媛巫女は互いに得物を交わし合う。

 

その激突の激しさは、先ほどまで繰り広げられていた将悟とのせめぎ合いと比べても一切劣ることが無い。戦歴と地力に勝るヴォバンはもちろんとして、恵那もまた神がかりに加え将悟から与えられた太陽の加護を最大限引き出し、この拮抗を作り出していた。

 

「その光、己だけでなく部下をも強化できるようだな!」

「中々便利な権能だよ。二対一だがまさか卑怯とは言わんよな」

「構わんさ。君達がどんな手を使おうと、勝つのは私なのだから!」

 

後方で恵那のフォローに徹する将悟の挑発に笑って答えるが。

 

「だが、不可解なのは確かだ…」

 

微かに、至近距離で鎬を削る恵那にも聞こえない声量で疑念を漏らす。先ほどから腑に落ちない攻防が幾度となく繰り返されていた。

 

振るわれる太刀を躱して懐に潜りこみ、爪を振るう―――手元に引き戻した太刀の“柄”で受け、弾かれる。

魔狼の身体能力と巨躯を生かした突撃を見舞う―――ギリギリまで引き付けて躱し、翻って太刀を振るう。

 

ヴォバンの猛攻を全て防ぎ切り、あまつさえ反撃すら加えてくる。先ほどまでの将悟よりも、それこそ心眼を開いた状態と比較してなお“強い”。如何に神がかりの使い手、そして将悟の加護を受けているとは言え理不尽に過ぎる強さである。

 

「我は呪言を以て世界を形作る者。我創造するは『雷』なり」

 

加えて、“これ”だ。

 

雷霆の速度で飛来したプラズマ球がヴォバンの回避する方向に的確過ぎる程的確に迫る。この雷霆自体にヴォバンを打ち倒す威力は無いが、まともに喰らえば総身に痺れが走り、動きが一瞬止まる。ダメージは無いが食らうと面倒だ。

 

それを嫌って避けたその場所には―――、

 

「天叢雲!」

『応っ!』

 

暴風を身に纏い、砲弾となって突撃する少女の姿がある。

 

「ッ、ちぃぃッ!」

 

舌打ちを一つ、腹の奥底から呪力を汲み上げて魔狼の身体能力を最大限に引き上げる。砲弾そのままの勢いで迫る少女の斬り下ろしを真っ向から受け止め、弾き飛ばす。華奢な体躯が風に飛ばされる紙細工のように遠ざかっていくが、眼光は力が満ち、神具もしっかりと両手に保っている。ダメージは無いと見た。

 

ともあれ体勢を崩した。好機とみるや即座に追撃を試みる。獣の瞬発力で彼我を隔てる数十メートルの距離を刹那の間に踏破し、人間を紙屑のように引き裂く爪を振りかぶり、

 

―――『転移』。

 

恵那と位置をそっくりそのまま入れ替わる形で魔術を行使した将悟が、右手にぎゅうぎゅうと限界まで雷撃を圧縮したプラズマ球を構えている。

 

「吹き飛べ」

 

行き場を求めて暴れ出そうとしている莫大なエネルギーが解放され、のたうつ紫電の大蛇となってヴォバンに迫る。至近距離から雷霆の速度で迫る大出力砲撃。完璧なタイミングで、完璧なカウンターとなった。

 

「―――」

 

着弾。紫電が弾け、極大の閃光にヴォバンが飲み込まれた。紫電がバチバチとけたたましく鳴り響きながらのたうつ蛇のように無作為に庭園の草木を焼き焦がす。数秒の後紫電が収まったその場所に立つヴォバンは、恐ろしいことに僅かな火傷程度の負傷しか負っていなかった。

 

まともに喰らって耐え抜いたのではない。咄嗟に影から呼び出した死せる従僕たちを盾として数舜の時間を稼ぎ、体内の呪力を活性化することで雷撃を逸らし、難を逃れたのだ。思考の瞬発力、危地に陥った時の切り抜ける方策が体に染みついているからこその妙技であった。

 

しかししてやられたことには変わりがない、とヴォバンは思う。

 

(認めねばなるまい…)

 

このまま付き合っていても同じことの繰り返しになるだけだろう。

 

事実、先ほどから似たような攻防が幾度となく繰り返されていた。互いに攻め込み、攻め込まれ、しかしほとんど全ての局面で上をいかれる。恵那が奇跡的なレベルで奮闘を見せているのは確かだが、それ以上に将悟のフォローも厄介だ。不慣れな心眼を行使しているとは思えぬほどに適切なタイミングで適切なフォローをこなしてくる。

 

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これほどの芸当をこなすのに、心眼の存在だけでは説明できない。それこそ心眼すら凌ぐ千里眼の権能か、心を見透かす類の権能でもなければ―――いや、違う。これはもっと別の、まるで互いに心を通じ合わせているような…?

 

「そういうことか」

 

何かが頭の隅に引っかかり、それをとっかかりに獣の直感と膨大な戦闘経験が道理を超えて正答を見つけ出す。この種の鋭い読みは聡明で知られるアレクサンドル・ガスコインの専売特許ではない。こと戦いに関する分野では同等以上のものを発揮するのがヴォバン侯爵という怪物である。

 

「その奇妙な光、単純に力を強める類のものにあらず。己やその眷属に加護を授けるのがその本質。そうした加護の権能はしばしば霊的に“親”と“子”を結びつけ、五感や精神をリンクさせることが多い…君達の当意即妙に過ぎる連携は、その恩恵という訳だ」

 

ヴォバンは一つ頷き、得心した。

 

「察するに赤坂将悟の心眼すら共有して“視”えていたのではないかな?」

「……。相変わらず頭のおかしい洞察力だな」

 

言外に肯定を告げながら、驚きと呆れの混じった視線を向ける。まさかたかだか数分剣を交えただけで見えない種を暴かれるとは…分かっていたことだが、やはり幾世紀にも渡ってまつろわぬ神々と戦い続けてきた経験は伊達ではない。

 

ヴォバンの言う通り、将悟と恵那は太陽の権能で結ばれたアストラル・リンクで以て異体同心の境地、それこそ将悟の心眼すら共有するレベルにまで至っていた。声による合図どころかアイコンタクトすら不要。互いが互いに求めることを脳裏に浮かべた瞬間既に実行されているという理不尽極まりない精度のコンビネーションである。

 

今の将悟と恵那の連携に勝るには、複数で一体を成す神々か自身の分身たる顕身の間で交わすものくらいしかいまい。

 

地力ではヴォバンが勝れども、流石に本領ではない人間サイズの格闘戦。しかも神がかりを行った恵那に将悟による十全以上のバックアップが加われば不利となっても仕方が無い。特に心眼の存在は殴り合いの距離ではヴォバンが持つ魔狼の直感に匹敵、あるいはそれ以上に有用だ。

 

「まさしく阿吽の呼吸と表現すべきか。なにせ真実互いの心が見えているわけだからな。その上で馬鹿正直に力比べに付き合えば、こうなるのも必然か」

 

尤もらしく頷きながらも微塵も戦意は衰えていない。

 

「認めよう。このまま付き合っていては私にとって分が悪い勝負となるだろう。良くて千日手だ」

 

口では潔く敗北を認めているが、それはあくまで“これまで”の話だ。

 

「だがな」

 

最終的な勝利まで譲るつもりなど、一欠けらたりともありはしないのだから。

 

あまり私を、舐めてくれるな(グルウウウゥゥオオオオォォ)!」

 

吼えるような怒声とともに、人狼と化したヴォバンのシルエットが急激に膨張する。魔狼の本性、『貪る群狼』を遂に全開にしたのだ! その偉容、実に三〇メートルを優に超える大巨狼。こうなれば先ほどまでヴォバンを翻弄した精密な連携も大きな意味を成さない。その連携ごと小さき者たちを叩き潰せば良いだけなのだから。

 

だがその偉容を仰ぎ見た将悟はどこかやり遂げた顔で小さく頷く。

 

「―――よし」

 

戦況は変わりつつある。

ヴォバン自ら宣言したように、今場の流れは将悟達の方に来ていた。

 

死闘が新たなステージに移行したと確信した将悟は、さらに天秤を己に向けて傾けるため、今一度兜の緒を締め直して臨むのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

大巨狼と化したヴォバンはその巨体に見合わぬ速度で庭園を所狭しと暴れまわっていた。対する二人は燕か鹿のように跳ね回りながら、必死でその暴威を躱しつつヴォバンの隙を伺っていた。

 

振り回される巨腕はやすやすと起伏に富んだ庭園の地形を変え、整えられていた風景があっという間に崩壊していく。

 

小回りは流石に二人が上回っていたが、逆に言えばそれ以外の優位が見当たらない。速度でかき回して有効打を与えようにも、牽制程度の攻撃には目もくれず本命だけを察知して恐ろしい反応速度で相討ちを狙ってくる。

 

ヴォバンの巨体はその体格に見合うタフネスを備えている。天叢雲で斬りつけられたとしても剃刀(カミソリ)で肉を薄く裂いた程度のダメージでしかないのだ。そのためある程度割り切って迎撃とカウンターに全てを注ぎ込んでいた。相討ちならば十分に元は取れるのだ。そうと分かれば将悟たちもそう簡単に死地と化したヴォバンの懐に潜りこむわけにはいかない。

 

さらに厄介なのが『疾風怒濤』との合わせ技である。荒れ狂う暴風を従え、とんでもなく大雑把な精度で強風を吹かせてくるのだ。それ自体に威力は無いが、行動を阻害するという実に厄介な狙いが潜んでいた。二人の身体能力も人外の域を突破していたが、いくら何でも台風並みの向かい風の中で普段通りの精度で動き回れるはずがない。

 

将悟としては狙い通りにいかず、攻めあぐねているのが現状である。一つの権能で出来る欠点を別の権能を使って埋めてくる老練さは流石と言うべきだろう。

 

なんにしろこれ以上続けても埒が開かない…ならば自ら思うように動いて埒を開けるしかないだろう。

 

絆を通じて恵那に合図を送り、『転移』で手元に呼び寄せる。これまで常にヴォバンを挟むように動いていた二人が一か所に合流した形だ。ヴォバンからすれば狙いやすいことこの上ない…つまり、これは挑発だ。

 

そして格下からの挑発を無視できない…否、乗ったうえで企みごと粉砕するのがヴォバンの流儀である。

 

「覚悟を決めたか? それとも策でもあるか。いずれにせよ、目論見ごと叩き潰してくれるわ!!」

 

怒声とともに剽悍な動きで押し迫るヴォバンが見上げる程の巨躯を存分に生かした剛腕を振り下ろす。単純に巨大な質量と巨体と思えない俊敏な速度、この組み合わせから合算される物理的破壊力はひたすらにとんでもない。3階建ての雑居ビル程度ならば腕を一振りするだけでがれきの山と化すだろう。

 

「八雲たつ 出雲八重垣 妻ごみに 八重垣つくる その八重垣を!」

 

スサノオが詠んだとされる最古の和歌そのままの言霊を発すると、上空に重く立籠っている雷雲とは出所が異なる黒雲が恵那を中心に急速に湧き出てくる。恵那に加護を齎すスサノオの神力が具現したものだ。

 

歴史書に曰く、高天原で乱暴狼藉を働くスサノオを恐れた天照大神は天岩戸に隠れ、世界中は闇に飲まれたという。これは暴風神スサノオの象徴である嵐雲が太陽を遮り、隠してしまうことの隠喩だ。

 

故に恵那(スサノオ)が駆使する黒雲は太陽神の系譜に連なる攻撃に対する強力な盾として機能する。

 

「何を企んでいるかは知らぬが、その小癪な盾ごと粉砕してやろう!」

 

各々が決死の覚悟を決めて突き出した矛と盾が激突する。接触の瞬間ぶつかり合い、弾け飛んだ運動エネルギーが周囲へ放射されていき、衝撃に耐えきれない地面が大魔狼と黒雲を中心にめくれ上がっていく。

 

拮抗は数秒、天秤が傾いた先はやはり地力に勝るヴォバンだった。ゆっくりとだが確実に黒雲を押し込み、二人に向けて刀剣のような爪を近づけていく。恵那が振るう神がかりの力は、結局は人の器に収まる範囲でしか行使することが出来ない。ならばこの結果は順当とすら言えたが、もちろんそれで諦めるような将悟達ではない。

 

「気合いを入れろ、ここが踏ん張りどころだ!」

 

将悟は叱咤激励を張り上げると瞬間的に絞り出せる呪力を全て輝ける陽光に変換し、恵那へと譲渡した。敢えて防御に関する一切は全て恵那に任せ、自身は次の行動に向けた準備と恵那への援護に専念する。

 

信じている―――未熟者の空想と笑われても、己と恵那がいるならば…と。

 

「そうだね…」

 

向けられた信頼は太陽の絆を通じて恵那の心にダイレクトに伝わる。心の中に流れ込んでくるそれは、死闘の最中だというのにどこか暖かい。いま真実恵那は将悟に《剣》と認められ、信じられている。その事実が奇妙なまでの幸福感と燃え猛る戦意を呼び起こし、恵那の胸中を混沌にかき乱す。

 

「恵那と、王様がいる。ならなんだって出来る! 誰にだって勝ってみせる!」

 

押し込まれた豪腕を、今度は黒雲の圧力が押し返していく。

 

心の内に氾濫する感情は、形のある言葉となって恵那の口を衝いて出る。身の程を弁えない無謀な宣言を、しかしヴォバンは笑わない。ただ大口を叩くのならばそれに相応しい力で証明してみせろと一層の力を込めて、黒雲に加える圧力を加速度的に増大させていく。

 

ヴォバンもまた、普段から纏う余裕の衣を投げ捨てて恵那の盾を突き破るために満身の力を振り絞る。相性の不利など知ったことではないとばかりに臍下丹田から引きずり出した呪力を惜しげもなくこの均衡を破るために注ぎ込む。

 

その成果は眼前で如実に現れ、再び拮抗していたはずの天秤がヴォバンへと傾いていく。

 

「天叢雲、残ったもの…ここで全部、使い切るよッ!」

『承知した。最源流の《鋼》の神威、とくと目に焼き付けよ! 清秋院恵那と天叢雲劍、ここに在りとな!!』

 

急速に迫ってくる大質量に抗うため天叢雲を天に掲げ、魂まで持っていけとありったけの呪力を神刀に注ぎ込む。最源流の《鋼》、闘争こそを何よりも尊ぶ神刀は己に流れ込む膨大な呪力に常ならぬ高揚と歓喜の意を盛大に示し、存分に哄笑する。これほどの死闘、これほどの闘争のど真ん中で己とその巫女が存分に武を振るう……これ以上の喜びなど、《鋼》たる己にあるはずがない!  天井知らずに突き抜けたテンションのまま、天叢雲は平時ならば絶対にやらないであろう無茶をやらかした。

 

『見事な覚悟だ、巫女よ。(オレ)の全て、余さず持っていくがいい!!』

 

神刀に認められた恵那に、許容量を超えた神力が流れ込む。幽世のスサノオ、そして天叢雲から存分に引き出した呪力が渦を巻いて猛り、恵那の身体をボロボロに蝕んでいく。本来ならばこの時恵那の肉体は注がれる膨大な神力を受け止めきれず、全身から血を噴き出して死んでもおかしくはなかった。だが太陽の神力で底上げされた全能力、そして太陽の絆を通じて日々少しずつ輝ける陽光を受け続けることによって現在進行形で成長し続けている恵那自身の地力がぎりぎりのところで恵那を救った。

 

「あ…ああ……」

 

痛い、と全身が引き裂かれるような痛みに思わず呻きが漏れる。

 

言うまでもなく危険な状態だ。この状態が後一〇秒続けば、辛うじて保っていた均衡はあっという間に“死”に傾くだろう―――だが、肉体が破裂しかねない無茶を押し通すことでこの数秒に限って言うならば恵那は守護神たるスサノオに等しい力を振るえる、赤坂将悟が持つ最強の《剣》となる!

 

「あ、あ、あああ…うわあああああああああああぁぁぁ!」

 

痛みを咆哮に変えて喉も裂けよと恵那が叫ぶ。すると轟、と恵那を守る黒雲から一陣の烈風が渦巻いた。烈風は加速度的に渦を巻く勢いを増し、ヴォバンの巨体をも飲みこむ暴風の(アギト)へと急成長していく! 

 

黒雲から噴き出す暴風だけではない、恵那と将悟を守護する黒雲そのものが火山から噴き出す噴煙の如き勢いで膨張していく。

 

外へ外へと噴き出す黒雲の圧力は暴威の化身足るヴォバンの大魔狼を以てして押しとどめることは出来なかった。同時に吹き荒れる暴風は大魔狼すら飲みこむ極大の竜巻と化し、ついでのように庭園全域を薙ぎ倒しながらホテルに向けてヴォバンを叩きつけた!

 

「幾ら王の助力があれどこれほどとはな…。見誤っていたか、清秋院恵那ァ!」

 

自身との激突でホテルを半壊させながら忌々し気な感情を撒き散らす。人間が振るうには規格外すぎる力に、さしものヴォバンも怒りと驚きを込めた怒声を上げるほかない。恵那が起こした奇跡は、遂に大魔狼を吹き飛ばし、ホテルに叩きつけることで無防備な姿を曝け出させる大難事を成功させる。

 

「最高のアシストだ。主演女優賞をくれてやってもいいくらいだぜ、相棒!」

 

小さくとも不思議と明瞭に聞こえる少年の声は、どこか遠い。そして()()。疑問に思う暇もなく恵那の視界が唐突に切り替わり、『転移』の術で避難させられたのだと一瞬遅れて理解する。無論他でもない、これから無防備なヴォバンに向けて放たれる赤坂将悟が渾身を込めた全身全霊の一撃から!

 

声の出どころを辿って上空を見上げればそこに見えるのは見慣れた暗雲ではなく漆黒の度合いをさらに深めた影が―――否、これは視界を覆う程、巨大な…“砲弾”だ!

 

「いい加減、潰れっちまえええええぇぇ!!」

 

目算で優に直径100メートルを超える超巨大な岩塊を『創造』し、上空から地表の目標に向けて高速で投擲する荒業。威力に限れば近い未来将悟とも対峙するランスロット・デュ・ラックが放つ隕石墜落(メテオストライク)にも匹敵する、極大規模の質量攻撃であった。

 

三〇メートルを優に超える体躯を誇る大魔狼であろうと、ことこの砲撃に対する“質量”においては勝ち目がない。

 

予想外に次ぐ予想外の一手に虚を突かれたヴォバン。ゆっくりに見えるが、実際は相当な速度で天から墜ちてくる超巨大質量体を、咄嗟に暴風で押し返し、雷霆で撃墜しようとする。だが恵那が稼いだ時間を使って準備された将悟の“とっておき”に対抗するにはいかんせん時間が圧倒的に足りなかった。

 

かくして勢いを微塵も衰えさせることなくホテルを紙屑のように押し潰し、粉砕した規格外の砲弾がヴォバンに直撃したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

高層建築物の発破解体もかくや、という勢いでホテルが粉砕され、立ち込める粉塵が周辺一帯に蔓延している。

 

将悟が地上のヴォバンへ向けて躊躇なく撃ち掛けた巨大と言うも生温い大質量弾。周囲へ飛散した砕けた破片によってホテルはもちろん周辺数キロに渡る範囲に絶大な破壊をもたらしたそれは役目を終え、ゆっくりと元の呪力へ還っていく。

 

間違いなく渾身の一撃を最も無防備な瞬間にブチ当てることが出来た。直撃の瞬間を恵那がしっかりと目撃していたので、見間違いと言うこともないだろう。如何にカンピオーネと言えど一応は生物なのだから流石に死ねよ、と希望的観測を込めながら爆心地を注視していたが、まさかと言うべきかはたまたやはりと言うべきか悪い意味で期待通りの音が聞こえてくる。

 

ガラッ…、と砕けた岩が転がる音が。

 

「く、は…」

 

単発的な音がガラガラという音の連なりとなっていく。

 

「フハハッ…」

 

呆れを通り越して感嘆と確信の念に至る。間違いなく健在…どころか元気いっぱいな様子ですらある。

 

「ハハハハハハハハハハッ! やるではないか、堪能させてくれるではないか!?」

 

耳が潰れそうなほどの大音量で咆哮する大魔狼。ダメージが浅い訳がない、だが余力を残しているのは確かだ。しかも強烈な逆撃を食らったことで却って戦意が高揚しているらしい。頭痛がしてきそうなくらい闘争心溢れるテンションだった。

 

まさに意気軒高といった様子だが、先の砲撃自体はまともにブチ当てている。流石にダメージが無い筈はない。体中の骨がバキバキに折れていても不思議でないだろう…だが一体あとどれほど痛打を叩き込めれば落とせる? 

 

算段を立てるため頭を回していると、ヴォバンは大魔狼から人間体へと戻る。老紳士の服装はボロボロになり、ところどころ血の赤で染まっている。赤が占める面積も少しずつ増えているようだ。

 

だが全身を襲う激痛を微塵も表に出すことなく、老王は威風すら漂わせ若き少年王に向かい合う。

 

「無論、成長していると確信していた…だが、私の予想を超えたことは認めなければならないな」

 

少年に向けて最長老の魔王はどこかゆっくりとした調子で声をかける。

 

「強くなった。一年前とは比べ物にならぬ程に」

 

酷く満足気で、それでいて闘争の喜悦とは異なる感慨を込めた一言だった。将悟に向ける眼差しは冷徹ですらある普段のソレより少しだけ柔らかい。

 

対して嬉しくねーよ、とそっぽを向く将悟の頬も微かに緩んでいる。互いに仇敵と断じ、その命を奪うのは己だけと執着すらしているというのに……あるいはだからこそか、僅かだが暖かい交感が両者の間に生じていた。

 

「無論まだヴォバンと互角と言うには足りぬが」

 

尤も、そんな空気を断ち切るように余計な一言を付け足す辺りヴォバンのひねくれた性格が垣間見えた。

 

「第二ラウンドもまあ、幕といったところか。これから始まるのは第三ラウンドだが用意は良いかね?」

 

少なからず蓄積したダメージを余裕たっぷりな演技で覆い隠したヴォバンの発言に、苦笑するように頭を掻く将悟。真実、あの極大砲撃は将悟が放てる最大威力を有する。それをこれ以上ないタイミングで命中させ、なお致命打に届いていない。骨は確実に一ダースほどブチ折れているだろうし、臓器の損傷も複数あるはずだ。だがカンピオーネの基準ではまだまだ戦闘続行できるレベルの負傷である。

 

対して将悟は負傷こそヴォバンほどではないが、呪力の枯渇がそろそろ深刻なレベルに達している。ヴォバンに有効打を充てるために後先考えないハイペースで突っ走ってきたが、このままの調子で戦い続ければ先に将悟の呪力が底をつく。

 

「…ま、しょーがねーわな」

 

畢竟(ひっきょう)全てのカンピオーネが有する最大の能力とは、どんな逆境からでもなんだかんだ生き残ってしまう“生き汚さ”にこそある。三世紀を超える戦歴を誇るヴォバンは、その種の能力が他の面子と比べても頭一つ高いのだろう。

 

事実として認めねばならない。このまま十二ラウンドの最後まで付き合ったとしても―――十二ラウンドまで辿りつけるかもまず怪しい―――間違いなくヴォバンの命には届かない。届かせるためには、将悟もそれ相応の代償を払わねばならないだろう。例えば……使えば己の命すら脅かす、諸刃の剣を持ち出すといった風に。

 

「第三ラウンドじゃない。最終ラウンドだ。勝つのが俺にしろ、あんたにしろ―――ここから五分で、全部決まる」

 

どこか諦めたような、あるいは覚悟を滲ませる声音が漏れる。その響きは奇しくもいつかの死闘で弁慶が乾坤一擲の大勝負の望むときのものによく似ていた。将悟の切った啖呵を聞いたヴォバンもまた纏う空気を鋭くし、冷徹ですらある眼光で将悟を射抜く。

 

「覚悟を決めたか…。良いだろう、刹那の時に全てを懸けると言うのならそれに付き合うのもまた王の度量と言うものだ」

 

ヴォバンの宣言を受け、将悟はもう一度己の心の内を見つめ直す。

 

十二分にヴォバンの力は削いだ、裕理は無傷の草薙護堂と共にいる、ここで退くのも戦術の一つ、あとは奴に任せてもいいのではないか? 

 

己に問いかけるように、諭すように言葉を重ねていくが、心の内に残るのはやはり一つだけ。

 

ヴォバンに勝ちたい―――この誰よりも強いと思った最強の敵に、勝ちたい。愚かしいほどの無謀に駆り立てる、燃えるようなこの思いが。

 

勝てるから戦う、負けるから逃げる。それもまた戦場の理だ、否定するつもりは無い。だが眼前の仇敵を前に背を向けるのは、断じて己の流儀ではない! 俺は勝てるから戦うのではない―――勝ちたいから戦うのだ。

 

「下がってろ」

「……分かった」

 

恵那は無理しないで、とも死なないで、とも言わずにただ頷く。自身も己の身体の負傷は把握しているのだろう。これ以上将悟に付き合っても足手まといになるだけだと。少しだが輝ける陽光を渡し、退避を促す。

 

()()()()()()()。侯爵様なんか、やっつけちゃえ!」

 

その激励に将悟は思わず笑みをこぼし、足をふらつかせながらも退避していく恵那に心の中でああ、やってやるさと呟く。

 

「さて、と…」

 

自身の奥底で厳重に錠をかけ、封じていた力の一端に触れる。火山神スルトから簒奪した第二の権能、その本領を引きずり出していく。

 

「いま終末の刻は来たりて黄昏に至る」

 

それは言霊…過ぎれば己の身すら焼く破滅の炎を解放する鍵だ。

 

同胞(はらから)よ、騎馬に跨り虹の橋を駆け上れ。金の宝物を溶かし崩せ。汝らの火を大地に投げよ。世界を黒き燃えさしで満たせ!」

 

躊躇いは刹那、臍下丹田から引きずり出した最後の呪力を封印していた第二の権能に注ぎ込むと下腹部から灼熱の塊が噴き出し、一瞬で全身の隅々にまで行き渡る。

 

「我が剣は災いの火、天地一切の被造物を焼く破滅の焔!」

 

身体が赤熱する。足元の大地が融解し、天を衝く火柱が吹き上がる。さながら火山の噴火の如く! とめどなく吹き上がる灼熱の奔流に巨大なシルエットが浮かび上がり、重々しい地響きと共に火柱を割って降臨する。

 

その偉容、実に体高20メートル超の赤熱する巨神であった。将悟は赤黒く灼熱するマグマで出来た巨人へと化身したのだ。火山岩の漆黒と溶岩の深紅が入り混じる色合い、岩から削り出した相貌は将悟の面影をわずかに残している。

 

顕身が身動ぎするたびに零れ落ちる火の粉が大気を焦がし、その身から発散する莫大な熱量が大地をどす黒い赤色の流体へと変じていく。

 

制限時間は五分。

 

それを超えればその身に蔵する炎は己が身を焼き、最後にはその命を奪うだろう。だがその代償に、この顕身には世界都市、東京を大火と荒廃に沈めるだけの暴威が秘められている。その脅威に比喩はあれど一つの文明圏(セカイ)を滅ぼすに足る災厄の化身と表現しても大袈裟と言うことは無い。

 

賽は投げられた、窮地の代償に好機を得た、()るべきものは仇敵の命一つだけ。

 

さあ―――死力を尽くせ。

 

 

 

 


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