カンピオーネ!~智慧の王~   作:土ノ子

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太陽英雄 後篇

【二十一世紀初頭、新たにカンピオーネと確認された日本人についての報告書より抜粋】

 

エジプト神話に登場するトート、かつてはジェフティと呼ばれた神はかの地で広く信仰された古い神です。壁画には黒朱鷺(イビス)の頭部を持った男性、もしくは頭上に月を戴いた狒狒の姿であらわされます。

彼の職掌は広く、言葉と文字の発明者であり真理の探究者、音芸の守護者。時と暦を司ることから月とも結びつきます。

しかし最大の特徴はなにより言葉によって世界を形作ったという偉大な智慧の神、魔術神の権能でしょう。力ある言葉、即ち言霊はただ唱えられることで霊威を表します。これは最源流の魔術であり、トートはこの言霊を司る魔術神の最高峰であるのです。

赤坂将悟という少年はこの智慧の神を殺害し、カンピオーネに至ったのです。

 

 

 

 

 

 

グリニッジ賢人議会によって【始原の言霊(Chaos Words)】と命名された赤坂将悟が所有する第一の権能。

 

その本質を一言でまとめると言霊による神話伝承の再現である。

要するにトートが関わる神話伝承、あるいは所有する権能で可能なあらゆる神威を顕せる魔術の権能。

 

例えば先ほど『雷』『楯』を創造したのは言葉で万物を生み出した『創造神』の属性から、『神速』は時間、暦を司る『時間神』の属性に由来する。元々トートの職掌が広範に渡ることも相まって一つの権能で引き起こせる事象の多彩さは数多ある権能の中で間違いなく随一だ。

 

ただしやれることが多いものの、個々の事象を引き起こすのに特化した権能に比べてどうしても効率が落ちる。

 

例えば先ほどの『神速』、この雷霆の俊足の持ち主と名高い黒王子アレクと将悟を比べると制限事項がかなり多い。アレクが限界で20分近く神速を維持できるのに対し、将悟は体感時間で十数秒程度、連続で使えばたちまち心臓が痛み身体が麻痺する。間をはさんでも一日に5回以上使用するとコンディションが最悪になり、自滅する可能性すらある。

 

まあ『神速』はとびきり強力な分縛りが厳しい能力なので、他のものがここまで制限事項を伴う訳ではない。

 

手札の数では現存する魔王の中でも屈指。

しかしその代償に決定打の低さと燃費の悪さが付きまとう。

 

考えなしのパワープレイを許さず、如何に手札を切るかによって戦況・勝敗はガラリと変わる。ある意味で智慧の神から奪った権能に相応しいと言える。

 

そんな万能ではあっても優秀とは言えない権能だが力押しより駆け引き、策を巡らせるのが好きな将悟は自分向きなのだろうと達観している。まあカルナのような輩を相手にするには不向きだが…。

 

「察するに我が洞察は外れていないらしい。余の眼力も捨てたものではないようだ」

 

さてどうしたものかと不利な戦況に内心でしかめっ面を作る将悟に声をかけるカルナ。美声に籠るのは英雄の威厳、戦士の喜悦。ここで一気に勝利を決せんと尋常ではなくモチベーションを高めている!

 

「赤坂将悟よ、君の奪いし魔術の権能は確かに行き届き、多彩であろう。多くの戦場で役立てられよう。

されどその類の権能は多くの場合一撃で雌雄を決する威力はなく、消耗も激しかろう?」

 

その通り。

先ほどの飛び道具合戦や神速で将悟も呪力をかなり消費している。消耗の度合いだけ見るなら実はカルナと極端に大きな差があるわけではないのだ。カルナも余力をまだまだ残している、むしろ手の内をかなり悟られた将悟の方が不利なくらいだ。

 

「即ち激烈なる蹂躙の前には強風に晒された霧の如くむなしく消え去るのみ。覚悟を決めるが善い」

 

虚空へと剣を収め、無手になったカルナが一言ごとに神力を滾らせ、まるで噴火寸前の火山のように噴出し始める。これもまた聖句、神々の振るう神威を増幅させる言霊に他ならない。

 

何かとんでもないことをやる気だ、だが一体なにを?

 

幸いと云っていいのかその自問の答えはすぐ目の前に現物となって現れた。

 

「暁に昇り、黄昏に降る太陽が命ずる。不滅の陽光よ、我が元へ輝ける戦車を遣わしたまえ! 汝の主たる日輪を乗せ、疾く翔けよ!」

 

太陽の神力が一点に凝縮し、爆発するかのように激しい光が噴き出し始める。思わず手を顔の前でかざし眼を瞑る。やがて数秒が経ってまぶたの裏から照らす光が弱まったのを感じ、まぶたを上げたそこにはそれ自体が光輪を背負う一台の豪華絢爛な戦車(チャリオット)

 

鬣が途中から炎に転じ、ひづめを一足かくごとに火の粉が噴き出す七頭の駿馬。力強い騎獣が牽く戦車は随所に金銀宝玉で飾られているが見るべきところはそこではない。戦車全てが材質不明の黄金に光り輝く金属で作られているのだ。

 

注目すべきは壮麗な外観ではなく金属の強度と重量に戦車の大質量と速度が合わさった時に繰り出される強大無比な破壊力!!

 

あの戦車の前に立ったものは何であれ馬上からの攻撃が降り注がれ、馬蹄に踏み砕かれる未来が待っているに違いない。

 

「太陽の戦車か…。またストレートな力押しで来やがったな」

 

印欧語族系民族の神話では空を大地に見立てた「太陽の戦車」が存在する。例えばローマ神話のソル、ギリシャ神話のヘリオス。もちろんカルナと同体であるスーリヤもまたその系譜に連なる太陽神。またカルナは『マハーバーラタ』で戦車を駆って名のある戦士を幾人も討ち果たして縦横無尽の活躍をしている。となればカルナが戦車を駆るのも全く道理だというものだ。

 

そして戦車(チャリオット)

 

即ち古代世界において最強を誇った兵器である。騎兵が現れるまで最速を誇った機動力と高速で移動しながら弓矢が放てること、さらに加速を付けてふるわれるポールウェポンの破壊力も相まって驚異的な戦力として扱われた。

 

歴史では戦力維持に割くコストや構造上の脆さから戦車はやがて重騎兵などに取って代わられていったが無論目の前の英雄が駆る代物にそんなことはなんの関係もあるまい。

 

カルナの狙いは明白だ、馬鹿馬鹿しいまでに圧倒的な力押しで攻めきってしまう。そして将悟にとってそれこそがやられて最も苦しい戦術なのだ。

 

「今こそ我らの雌雄を決さん…覚悟せよ!」

 

トン、とカルナが軽やかな仕草で飛び乗るとそれを合図に七頭の駿馬が御者も鞭も無しに駆け始める。両者の間にあった距離が瞬く間に詰められていく。そして将悟の背筋も一歩距離が詰まるごとに冷や汗が流れていく。まだ対抗できそうな手段が思いつかないのだ。

 

「徒歩の戦士を馬蹄にかけるのも戦場の習い。許せよ!」

 

「どうせ許されなくても踏みつぶす気だろうが!」

 

悪態をつきながら相対する戦車との距離を測る。

踏み潰されるがどうかギリギリの距離を見定めて、横っ跳びに躱す。上策とはとても言えないが、これしか思いつかない以上やるしかないのだ。

大切なのはタイミングだ。速すぎれば車上のカルナに貫かれ、遅すぎれば駿馬達に蹂躙される。

 

もう少し、もう少し、もう少し………いまっ!

 

カンピオーネ特有の勝負勘で当たりを付け、まさに馬群の突進に押しつぶされようとした刹那に身体全体のばねを使って思い切りよく跳躍する。

無意識の見えない手で強引に幸運を手繰り寄せる神殺しの恩恵か馬蹄の蹂躙にかけられることは避けられた。しかし…、

 

「ぐ、ぎぎっ…!」

 

致命傷を避けた代償に、跳躍したそのときにカルナから射られた一筋の流星が右の肩口に突き刺さっていた。しかも肩を貫通した箭が焼けた鉄のように高熱を発して嫌な音を立てて肉を焼く。その苦痛に思わず苦悶の表情を浮かべつつ、呪力を高めて矢の高熱を沈下させた。

 

肉を貫かれしかも内側から灼熱で焙られており、正直半端じゃなく痛い…だが負傷としては軽い部類だ。

 

貫通した矢と吹き込まれた灼熱に筋肉をやられたのか右腕は動かせないが、走り回る足と聖句を唱える口が使える分状況は随分と良い。これから加速度的に悪くなっていく予感がするがそれは考えない方が吉である。

 

一方見事に将悟の肩口を射抜いたカルナが駆る戦車はそのまま直進し、即時の追撃に移れないでいた。戦車という兵器は構造上旋回性が低く、再び将悟を叩くには大きな距離を使ってUターンするしかない。カルナが駆る神造の戦車も流石にその欠点までは克服できなかったらしい。

 

だがその程度では英雄が乗り物とするそれにとって弱点とはなりえない。

 

「仔らよ、翔けあがれ! 益荒男の騎獣に相応しき汝らの力を示してみよ!」

 

戦車を引く駿馬に叱咤の言葉をかけるとそれに呼応するように馬達の身体から一層炎が噴き出し、飛び散る汗のように火の粉を振りまく。そしてそのまままるで空中に確固とした地面があるかのように踏み締め、あっという間に天を駆けあがってしまった。機動力と高度、この二つがカルナに利する以上旋回性の低さは決定的な弱点にはならないのだ。

空を踏み締めて走る駿馬達とそれに牽かれる戦車が見事に天を駆ける。どこか猛禽の羽ばたきを思わせる力強い疾走だ。

 

緩やかにU字を描いて旋回し、再び向かってくる戦車。今度は速度を緩めて駆け下ってくる、直接踏みつぶすのではない。ならば飛び道具か。

 

見ると戦車に屹立したカルナは右腕に握った長大な投げ槍による投躑の構えを入っている。

 

鎧の上からでも分かるほどの筋肉の緊張。距離があるはずの英雄の体躯がまるで二倍、三倍に膨れ上がったかのようなプレッシャー。見ただけでその危険性を伝えてくる、投げ槍に込められた絶大な神力!

 

アレが放たれればグラウンドどころか一部崩壊しつつ原型を残していた公民館まで綺麗さっぱり消滅する!

 

「マジで自重しねえなド畜生!?」

 

自分一人を殺すには明らかなオーバーキル気味な神力の行使。それだけ高く買われているということなのか、もちろん全く嬉しくないが。

 

結論からいえばアレから逃げるのは不可能、全力で護れ。

 

「我は大いなる銀を戴くもの。時と星の理を識る賢者」

 

しかしただ護っても直接アレを受け止めるのは不可能、ワンクッションを置くための一工夫が要る。

そのためには―――、

 

今にも導火線が尽きそうなダイナマイトに備える心境で、自身を中心に半円を描く形で淡く煌めく銀の光で出来た言霊による城壁を生み出す。ただの『創造』とは一味違う特別製だ。

 

そしてもう一つ。

 

「果てなき漠砂を渡る風よ、いまひととき汝が孕む落とし子を顕したまえ」

 

目前に迫るカルナの戦車。

 

投げ槍は限界まで込められた神力によって灼けた鉄のように赤熱し、そのデタラメな高熱で周囲の空気はひどく揺らめいている。

 

これならイケる(・・・)か―――?

 

「弱者の道具たる言葉を武器とする汝では力に依りて権威を打ち立てる我に敵うはずも無し! 往生せよ!」

 

遂に互いの顔と顔がはっきりと見て取れる距離に至るとカルナは絶好の位置と見たか溜めに溜めていた渾身の力を持って赤熱する投げ槍を投じた。

 

投じられた長槍は夜空を引き裂く巨大な流星となって天下る、さながら降り注ぐ太陽の欠片のように!!

 

無論狙いは小癪な防壁を築いた神殺しの元へ。

 

刹那の間に投げ槍は両者を隔てる距離を踏破しつくし、隕石の墜落に等しい衝撃で銀に輝く防御など問題にせず神殺しへ深々と突き刺さった!

 

これで死んだとは思わない、だが次の本命で討てればそれで良いのだ。とはいえ少しでも痛手をくれてやりたいものだが…。カルナは戦車を停止させ、眼を細めた。

 

弓に優れた彼は当然ながら眼も良い、この程度の距離なら太陽の霊眼を用いずとも見渡せた。しかし眼を凝らしても槍から噴き出す熱気によって空気が揺らめき、酷く見え辛い…。

 

だがその瞬間、カルナは自身の慧眼を疑うような光景を目にした。

 

投げ槍に身体の中心を貫かれたはずの神殺しの姿がゆらゆらと輪郭が崩れ、ついには消滅してしまったのだ! 謀られたのだ、手段は分からぬが幻影を操る妖しの術によって!

 

そして幻影が消え去るのと同時に、大地に突き立った長槍から離れた場所に再び神殺しが顕れた、無論無傷で。

 

見事なり…。

カルナは思わず微笑する。ここまで見事に騙されればいっそ爽快感すら覚える。

無論最後に勝つのは己だが…。

 

「いかなる手管を用いた、神殺しよ!」

 

「教えるわけねーだろ! 味噌汁で顔洗って出直しやがれ!!」

 

…………。

 

うむ、やばかった。

 

なんとかやり過ごしたが直撃していれば防壁など無視して上半身と下半身に分かれていただろう強烈な槍だった。

 

投躑の前に創造したのは『蜃気楼』、砂漠の気温差が生み出す幻を権能で再現したのだ。

 

破壊の神力に全力を傾けている今なら霊視を働かせている余裕はないと踏んでの賭けだったが、なんとかなったようだ。

 

「やるな、だがまだ終わっておらんぞ!」

 

本命の前段階として投げ槍に込められた神力が一点に向かって収縮し、やがて内から噴き出す圧力に耐えかねたかのように罅が入り始める。

 

次の瞬間、着弾の衝撃でクレーターを抉った投げ槍から超大規模の劫火が爆発するかのような勢いで全方位に噴出していく!!

 

例えるならアクション映画の爆発シーン、悪の親玉の根城が強力な爆発によって崩壊していくあの光景が将悟を当事者として巻き込んで展開される。

 

あとは展開した『鏡』にこれを凌ぎ切るポテンシャルがあるか…これも賭けだ。

 

そして摂氏6000℃、太陽の表面温度に匹敵する熱量を秘めた焰の津波が波打ち際に造られた砂の城のようにあっさりと呑みこんでいった。

 

 

 

 

 

 

…………………。

………………。

……………。

津波のように全てを呑みこんだ焰が過ぎ去ると、そこはさながら煉獄の様相を呈していた。

地面はまき散らされた莫大な熱量によって灼け溶けており、大気はことごとく酸素を奪いつくされ肺を焼く熱気が充満している。

 

そんな光景が周辺数百メートルにわたって続いている…咄嗟に『神速』を使っても逃げ切れないほど広範囲の殲滅・蹂躙する焔。カルナにとっても全力の全力を振り絞った一撃だった。

 

生き残っているはずがない…カルナの眼に、微かな銀の輝きが差しこんだのはそう判断したのと同時だった。

 

どうやらまだまだいくさを楽しむことは出来るらしい。いやさ、英雄が生きるは王宮にあらず、女人の元でもあらず。英雄が生き、死すは死闘のただなかと相場が決まっている!

 

あるいはカルナはいままで己は死んでいたのではないかと思った。そう、己は神殺しとの死闘の中で生き返りつつあるのだ…。

 

もっともっと戦いたい、剣を、魔術を交わしたい! 

 

カルナは将悟を最大の雄敵と認めつつあった。

 

 

 

 

 

 

…………。

 

一方、この煉獄の如き様相を創造した紅蓮の濁流を生き残った将悟と言えば。

 

「~~~~~~ッ!!」

 

一息吸い込めばたちまち肺が焼かれる灼熱の空気の中、酸欠でヤバい感じになっていた。

 

「ッ、がゼよッ!」

 

『風』を生み出して、生物にとって毒となった空気を上空へと吹き飛ばし、清浄な空気と入れ替える。

本命を切り抜けた先に酸欠で死ぬとか間抜けすぎて泣ける死に様になりそうだった…。いろんな意味でピンチだった。命と尊厳、どちらの意味でも。

 

なんとか一息吐くと自身を中心に半円を描く形で配置・維持していた銀の『鏡』がその役割を果たし終え、儚くも砕けて消え去っていく。以前にヴォバンの爺さんと戦った時の経験が役に立ったか…。

 

凌ぎ切った代償に全身に細かい火傷が山ほど。肩で息をするほど莫大な呪力を消費してしまった、しかも限界を超えた権能の行使のせいか全身の血管が千切れズキズキと痛み始めている。

 

そのくせまだまだ敵は上空で高みの見物をしながら意気健昂なのだから笑えない。

 

「無傷とは行かなかったようだがアレを切り抜けるか!? 侮っていたつもりはなかったがつくづくデタラメな生き物よな、神殺しとは!!」

 

「…よりにもよって神さまに言われたくないぞ…この万国びっくり傍迷惑グランプリ優勝者どもめ…」

 

ぼそぼそと訳のわからない悪態を吐くぐらいの元気しかない。

 

顔を挙げるのも億劫だが、見上げればカルナはきっとあの猛々しくも喜悦を浮かべたあの笑顔を浮かべているのだろうと思う。

 

嗚呼、だがなんと強壮で輝かしい英雄なのだろうか。

今まではただの敵としてしか認識していなかったカルナに対し、将悟は微かに感嘆の念を抱く。

 

宣言の通り激烈たる一撃、勝敗を決するに相応しい大技。徹頭徹尾全力全開、一撃一撃が必殺の域に達するほど念の込められた攻勢。

 

“それ”こそがカルナという英雄なのだと言葉に出さず叩きつけてくる。

 

相性の不利を差し引いても洒落にならないほど強い。力が、技がではなくそのどこまでも愚直に全力をぶつけてくる心根こそが!

 

だというのに傷を負えば負うほど、不利になればなるほど腹の底から熱の塊が噴きでてくる。逆境にこそ反逆しろと、絶対の存在を否定しろと神殺しの本能が吼え猛る。

 

闘争の熱が脳を焼き、しばし忘我の境地に入ったその時―――、

 

不意に、来た(・・)。最も欲しかった情報(モノ)。『剣』を研ぎ上げるために必要な砥石になる知識が。

 

 

 

 

―――生まれながらに鎧を与えられた輝く太陽の英雄。奸智によって鎧を奪われたカルナ。それは不滅不敗の英雄に刻まれた唯一の欠損。不死性の剥奪。即ち鎧こそが太陽の象徴。ならばその鎧の正体とは―――?

 

 

 

 

生と不死のはざまから零れ落ちた幾つかの脈絡のない知識を霊視によって受け取り、ジグソーパズルのように次々と一つの構図に嵌まっていく。

 

なるほど、という理解と共に不意に胸中で強い確信が宿る。言霊の権能で振るう最強の手札、『剣』の言霊が使用可能になっている!

 

最も欲しかったあの『鎧』を破る手立てが掌中にある。ならば今こそ『剣』を振るい反撃の狼煙を挙げ、さんざん痛めつけてくれたお返しをしてやらねば!!

 

例えるなら九回裏、ツーアウト満塁。サヨナラホームランを出せば最後の大逆転。最後の一球、されど打ちとるチャンスが転がり込んできた。そんなところか。

 

そして切り札は『剣』の言霊。

 

『創造』、『神速』など戦闘に転用できる(・・・・・・・・)他の言霊に比べ『剣』の言霊は唯一純然たる敵と戦って討つための(・・・・・・・・・・)言霊である。

 

 

―――エジプトの神トートは智慧、魔術の神だ。ほかの権能も直接的に戦いとは結びつかず、神話において果たす役割も宰相や裁判官、弁護人など文官・官僚的なものが多い。

 

だが決してトートは無力でも、争いを恐れる存在でもなかった。

 

トートは時にラーに反逆し、逃亡した虐殺の戦女神セクメトを連れ戻し、強大な嵐の神セトの代理としてラーの御座舟『太陽の舟』の護衛を務め、対峙する敵を魔法の言霊で斬り裂いた(・・・・・・・・・・・)という。

 

文化的・政治的な領分をホームグラウンドとしながら闘神の相もまた有する。

その象徴こそが『剣』の言霊、智慧で鍛えし神殺しの刃なのである。

 

その『剣』をここが勝負どころと腹を決め、一気に引き抜く!

 

「―――俺は知っているぞ、カルナ。あんたの鎧、父なる太陽が授けた不死の恩恵の源を!」

 

「むぅっ、次は如何なる手妻を使うつもりだ!?」

 

喜々として叫び、弓と矢筒を呼び出す。しかしすぐに射るのではなく様子を見ている。その余裕面をすぐに焦りと怒りに変えてやる!

 

「あんたが言った弱者の武器、智慧で鍛えた言霊の『剣』だよ。

―――カルナ、あんたが持つ太陽神の相はあんたの出生と深くかかわっている」

 

降り注ぐ月光に似た銀色に瞬く光球が数十、数百と恐ろしい速度で生み出されていく。銀の光球は将悟を中心に瞬く間に一群を為し、闇を押しのけず、さりとて同化もせず調和していく。

 

「あんたを産んだ母親、クル王パーンドゥの王妃クンティーは若い頃仕えた聖仙ドゥルヴァーサから五度だけ、任意の神を父親とした子供を産む真言(マントラ)を教えられていた」

 

「ほう、我が出自について語るか」

 

それはさながら夜空にばらまかれた月の欠片。

カルナから放たれる暴力的な光輝にも不思議と負けない、儚くも揺らがない輝きだ。

 

「何をするつもりかは知らぬが、余が黙って見ていると思ったか!」

 

上空で停止した戦車に立ち、見事な構えで弓弦を引く。しかも指と指の間に矢を一本ずつ挟み、計四本を一息に撃ち出していく。射られた矢弾は幾重にも分裂し、激しい弾雨となって月光のごとき儚き輝きをかき消さんと迫る。

 

しかし光り輝く弾雨は儚げに見える『剣』の光球で以て無造作に切り裂かれていく! さながら実体のない霞みを払うように。

 

結果一矢足りとも将悟へと届くことはなく、光輝を散らして空しく消え去っていく。

 

「一息に我が神力がかき消されただと? 赤坂将悟よ、貴様まさか…」

 

混乱し、忌々しげに口走る英雄。将悟が操る『剣』の正体を悟ったようだ。

それを無視して言霊を紡ぎ出し、更に『剣』を補充する。

 

「パーンドゥと結婚する前に一度、好奇心でスーリヤを呼んだクンティーは処女性を失わず、一人の赤子を産んだ。スーリヤに、生まれてくる赤子へ父親と同じ黄金に輝く鎧を与えることを要求して―――この生まれながらに黄金の鎧を身に付けた赤子が後にカルナと呼ばれる大英雄、つまりあんただ!」

 

遂に将悟の方から積極的に攻勢を仕掛ける。一部の『剣』を上空のカルナに向けて動かし、その神力の源を斬り破らんとあっという間に距離を詰めていく。

 

だが今度はカルナが魅せる番だった。

 

再び弓に矢を番える。先程のような小手調べではない、念を込めて打ち放つ渾身の一矢!

鮮やかに闇を切り裂く矢は空中で身を捩る燃える大蛇へと変じ、振るわれた『剣』を飲みこみながら切り裂かれ、しかし完全に消え去ることなく『剣』を飲み尽くしていく

 

消耗してもまだまだ力は残っているらしい。

 

攻勢を凌いだカルナはうっすらと戦慄を覗かせながら得心が行ったと頷く。

 

「知識を刃に変え、神をまつろわす言霊の剣。それが貴様の切り札か!?」

 

「その通りだよ。どうだ? あんたが笑った弱者の武器は、確かにあんたを追い詰めているぞ!」

 

「笑止! この程度で余を討ち果たそうなど片腹痛い!」

 

カルナを乗せた戦車は将悟の目の前へと降り立つ。

そしてカルナの頭上に新たに、火を吹きながら緩やかに回る巨大な車輪が出現する。

 

あの車輪に蓄えられている尋常ならざる神力! 流石は古代インドの一時代に最強の一人として名を連ねた英傑ということか。

 

あの車輪が輝く時、再びあの大質量の焰が将悟を蹂躙せんと迫るのに違いない!

 

「よかろう、汝が余の威光を掻き消す『剣』を繰るならば余はそれを真正面から打ち破るのみ! 水をかければ火を消えよう、されど椀一杯の水で燎原の大火を沈められはしないのだから!!」

 

小手先で勝てぬなら乾坤一擲の全力で、物量で以て押しつぶすと宣言する。正面突破、全力全開を信条とするカルナらしい選択だった。

 

カルナの猛烈な反撃に備え、将悟は言霊を紡ぐのを再開する。

 

「未婚の出産が発覚することを恐れ、クンティーは赤子を川へ流してしまう。そしてパーンドゥと結婚した後聖仙の呪いによって性交できなくなったパーンドゥに願われ、ダルマ、ヴァーユ、そしてインドラと交わり子供を生んだ。この時インドラとの交わりによって生まれた赤子がアルジェナ―――のちにあんたと何度も死闘を交え、憎み合い、遂にはあんたを討ちとる大英雄。叙事詩『マハーバーラタ』の主人公たちの一人だ!」

 

「然り! 彼奴等、特にアルジュナとは幾度となく弓と剣を交わし合ったものよ」

 

「ここで問題になるのは、あんたの鎧が何故太陽神の象徴となるのかだ。

 と言っても別に難しい理屈があるわけじゃない。古代に用いられた金属は金、銀、銅。これらにやがて青銅が加わる。

主に用いられた銅や青銅は錆びやすく、その輝きをくすませやすい……けれど錆びる前の銅は赤金色、青銅は金色に輝く。その輝きから金属はやがて太陽や月と結び付けられていった! 『金属で武装した戦神・太陽神』は世界中の広い範囲で見られる神話的なモチーフの一つだ!」

 

ペルシアのミスラは銅の槌矛を、ギリシアのアポロンは銀の弓を持つ。遠く離れたメソアメリカの軍神ウィツィロポチトリはカルナと同じく黄金で武装した姿で生まれてくる。

無論カルナ、スーリヤと同じ系譜に連なるヘリオス、ソールも同様の伝承を所有する。

 

「流石智慧の神より権能を奪いし神殺しよ。よく我が出自を学んでいるな」

 

いっそ懐かしげな雰囲気さえ漂うカルナの相槌を合図に、巨大な車輪が猛烈な勢いで回転し始め、それに呼応するかのように車輪から白き槍の穂先のように噴き出していく大質量の焰! 神殺しを灰すら残さず焼き尽くすために迫るそれはまさに太陽のフレアの再現。

 

だがその莫大な質量の焰は一片たりとも将悟に届くことはない、幾百あるいは千に届こうとする数の『剣』が焔の神力を切り裂き、分断し、柔らかな朝日よりも穏やかな熱へと落としていく。

 

長く、長く。巨大な車輪から吐き出されていく莫大な量の焰もやがては途切れ、火焰の槍を生み出した車輪もまた消滅していく。

 

代償に無数にあった銀の光球も随分と数を減らしてしまったが、まだ言霊は尽きていない。

 

「金属器と太陽神はしばしば結び付けて信仰される。あんたの鎧はその典型だ―――そして鎧がある限り不死不滅の天運が輝くあんたは、だからこそ鎧を失ったとき太陽神の加護もまた同時に失い、定命を定められた一人の英雄に過ぎなくなってしまった」

 

ここだ。将悟は密かに集中力を高めた。

ここからこそがカルナの弱点、凋落の歴史なのだから!

 

高らかに語らっていた声の調子を落とし、

カルナにも届くよう静かだがハッキリと問いかける。

 

「カルナ、あんたは覚えているか? その鎧を失うことになった謀略を。その首謀者を」

 

「…黙るがよい、神殺し。そこを囀るは我が逆鱗に触れると知れ」

 

行き過ぎた怒りが一瞬回ってカルナを鎮めていく。

触れれば斬れる、氷のように冷たい声音。激怒している、あの闊達な英雄が!

 

そう、まずは怒らせ、冷静さを奪う。怒りに身を任せ不用意に突っ込んできたなら逆襲してやればよい!

 

「息子アルジェナに加護を与えるインドラはバラモンに扮し、あんたに鎧の寄進を求めた。あんたがバラモンからの要求を断れないのを知っていて!」

 

ちなみに神話でのカルナは最期にはこの要求を飲み、短剣で鎧と一体となっていた肉体の部分を切り離して血塗れとなって手渡した。インドラは恥じ入り、一度のみ使える輝ける勝利の槍を与えたというが到底釣り合うものではなかった。

 

「インドラとスーリヤはアルジュナとカルナのように時に対立する。両者は互いに互角の力を有し、争い、そして最後にはスーリヤが敗れてしまう」

 

「忌わしや! 我が過去を暴くものはことごとく呪われるがいい、この神殺しめが!」

 

心底腹立たしげに睨みつける形相にあの闊達な英雄の面影はない。だが無理もない、これは要するにカルナの過去を暴き古傷を抉り出しているのと同じことなのだから。

 

「カルナもまたインドラの息子アルジュナに討たれる。しかもカルナとスーリヤ、両者の最期は酷似している。ともに戦車に乗って戦い、片方の車輪になんらかの不調が起こって敗北する。神話上の対立構造が叙事詩でも再現されているんだ!」

 

「その良く回る舌を切り取ってくれるわ、青二才めが!!」

 

遂に怒りからなりふり構わなくなったカルナは、自身が駆る戦車に己に残った神力を注ぎこんでいく。

太陽の神力を与えられた神造の戦車は半ば太陽そのものと化して輝きながら光線と高熱を発し、それを引く駿馬達も半ば生物のかたちを失った焰の狂獣となって猛り狂う。

 

「仔らよ、我が半生を共に駆けた戦友達よ! 日輪を汚し、父なる太陽を貶めんと企む輩に馬蹄の洗礼をくれてやろうぞ。昂ぶれ、駆けよ、蹂躙せよ!!」

 

絶大な破壊力を秘めた突撃蹂躙が開始される。

この蹂躙にかけられた海は割れ、山は砕かれ、例え神だろうと無事には済むまい。

 

だが将悟はどこか遠く離れた場所から俯瞰する心持で口元を動かす。

カルナの神格を限界まで深く斬り裂くための、最期の言霊を紡ぐために。

 

「カルナ、あんたはスーリヤから太陽神の権能と同時にインドラに与えられる敗北の運命もまた引き継いでしまった……そしてそれこそがあんたの運命を決定づけた―――つまり、如何に奮闘しようと最終的には必ず討たれてしまう、仇役の運命を!!」

 

カルナが敗者たる運命にあることを曝け出した言霊は、なればこそカルナの命脈を絶つ必殺の刃となりうる。

無数に瞬く銀の光球を全て集め、カルナの戦車も両断できる巨大な『剣』として一つにする。

 

瞬く間に迫り、馬蹄にかけて焼き尽くせと猛り疾走する戦車に向けて渾身の力を込めて振るった。

 

カルナの最も厄介なチカラ、太陽の権能の源を斬り破るために!!

 

そして両者の影が交差するその瞬間―――、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《赤坂将悟》

 

燃え盛る戦車と神殺しの言霊が激突した。

すると将悟は正体不明の爆発と衝撃に晒され、全身に更なる負傷を刻みながら何十メートルも吹っ飛ばされたのだ。

 

焼けた大地を豪快に転がりながら十数秒後ようやく停止したその場所でなんとか半身を起しながら、将悟は激突の瞬間を思い出していた。

 

あの瞬間、銀の輝きが戦車を真っ二つに両断し、騎乗者たるカルナの本体をも捉えたその刹那。

 

カルナは『剣』に神格を切り裂かれながらも戦車を自ら爆散させ、その余波によって将悟へのカウンターとしたのだ。

 

怒り狂っているようで最後の冷静さは忘れない、流石は英雄神。してやられたと言うしかない、尋常ならざるしぶとさだ。

 

コンディションは互いに満身創痍もいいところ。

 

だが流れはまだ将悟にある、消耗もカルナに比べれば軽い。あくまで比較的だが。

なので将悟は全身の打撲、裂傷、内出血、火傷喀血骨折トドメに内臓破裂の齎す痛みをこらえながら、ギリギリ余裕を持って立ち上がった。

 

死闘の終わりを予感しながら。

 

ここでカルナが逃げるのなら追わない…というか追うような余裕はない。

ついでにここまで派手にやらかしておいてなんだか、決着にこだわる気はない。いや、それどころかこの死闘を繰り広げた相手との別れに対して微かな寂寥感すら感じていた。

 

ここで終わりなら、それはそれで構わない。だが立ち上がり、まだ向かってこようと言うのならば……望み通り全力で相手をするだろう、命を以て。

 

その覚悟を込めて将悟と同じくらいの距離を吹き飛ばされ、かなり遠くで立ち上がろうともがく英雄を睨みつける―――その視線を感じたのかカルナもまた将悟を静かな瞳で見据える。

 

自慢の鎧は最早跡形も無く、無数に傷の付いた逞しい上半身を晒している。カルナもまた尋常ならざる消耗。しかし英雄はゆっくりと立ち上がり、剣を呼び出して構えた。

 

…良いだろう、そっちがその気なら最後の最期まで付き合ってやる。

 

 

 

 

 

 

《カルナ》

 

たび重なる神力の消耗、乾坤一擲の自爆攻撃による負傷を抱えながらカルナはやけに明瞭な思考で己の状態を観察し、思考していた。

 

今のカルナは言霊の剣によって太陽神の権能の源、神格を切り裂かれた状態である。とはいえその一言で済んでしまうほど軽い事態ではない。

 

英雄神と太陽神、二つの相を持つ神がカルナ。その一方を言霊の『剣』で斬り破られるということは半身を引き裂かれ、捥ぎ取られたのに等しい。低く見積もっても戦闘能力は半減した。使い果たした神力も最初の強壮さと比べ見る影が無いほど目減りしている。

 

なにより神話に沿った殺し方を―――鎧を喪失させ、殺害する流れを作り出されたのは痛恨の極みと言うほかはない。

 

神話に抗う『まつろわぬ神』は一見自由な様に見えてその実何よりも肉体を構成する神話に縛られる。

 

鎧を失った今のカルナはかの大戦争に参加した時のように“殺せばそのまま死ぬ”ただの英雄(・・・・・)だ。英雄の武勇は残っているが生死の扱いは最早常人と変わらない。

 

(ふふん。なんだ、考えてみればあの大戦と変わらぬではないか)

 

なればこそ、一気呵成に残る力のすべてを振り絞って攻めねばならない。

逃走の道など無い、さきほどその道は自ら閉じた。

 

一瞬の火花のように短き生を駆け抜ける。それこそが英雄の在り方なのだから!!

 

あの大戦争でも鎧を失って英雄として参戦し、数多のもののふどもを討ちとった己ならばちょうどいい足枷だろうさ!!

 

そう、後ろに道がないのだからどこまでも勇壮に前へ進むのみ。カルナは澄み渡った頭脳でそう結論を下した。

 

「悪いが、まだもうひと勝負付き合ってもらおうか」

 

「…フン、あんたがギブアップを言えなくなるくらいぶちのめしてやるさ」

 

両者は残る力を振り絞って構えをとった。

 

―――そして最後の血戦が幕を開く。

 

深手を負ったカルナの猛攻を、将悟があらゆる手練手管を用いて凌ぎ続ける。

 

勝負の天秤ははっきりと将悟の方へ傾いた。これを再び己に傾けるのは半身をもがれたカルナにとって容易ではない。だからこその乾坤一擲の猛攻だ、肉体を維持する神力までも湯水のごとく消費しながら。

 

押し切れればカルナの勝ち、凌がれれば将悟の勝ち。

 

これはそういう勝負だ。

 

そして果たしてどれだけの時間が経ったか、永遠に続くとすら思えた死闘は唐突に幕を下ろす。

 

「―――なんだ、凌ぎ切られたか」

 

限界だ。カルナは静かに自覚した。

最早動かそうとしても肉体は応えてくれない。対して神殺しはまだ余力を残している。

 

そして具現する太陽神たる己のお株を奪う、バカげた熱量を圧縮した紅蓮の太陽。劫火で飲み込み、喰らいつくさんと迫る炎。『剣』で斬り裂かれる前の己ならまだしも今の自分では抗えまい。

 

「最初で最期なれど善きいくさであった…うむ、あの大戦に負けぬ絢爛たる闘争。そして善き敗北であった」

 

どこか満足げに笑みを浮かべながら、最期の土産とばかりに祝福と呪詛を神殺しへ送る。

 

「余を喰らえ、赤坂将悟よ! 不滅の生命たる余を。そして何度でも敗北するがよい。昇りて沈む太陽のように、何度でも立ち上がれ。数多の敗北とそれ以上の勝利を奪い取れ! どこまでも駆け上がるがよい、いずれ余が再臨しまた汝と立ち会う日まで!!」

 

そしてカルナは紅蓮に焼かれながら静かに肉体を消滅させていくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一方で見事死闘の勝者となった将悟だが、こちらも負傷がレッドゾーンを通り越してデッドゾーンに入りかけていた。

 

洒落も冗談も抜きにいまの将悟は半ば死に、半ば生きている棺桶に片足を突っ込んだ状態なのだ。神殺しの理不尽な生命力をもってして危険と言わざるを得ない負傷である。

 

「…ったく、死ぬ寸、前でリベンジの申し込みかよ…バトルジャンキーめ」

 

死闘を演じた敵手へと罵倒していると、一瞬だけ背中に重みを感じる。カルナから権能を奪ったのだ、と悟ったその時に半ば意識が飛び掛ける。流れ出した血で出来た水たまりが急速に広がっていく。本格的に危険な兆候だった。

 

甘粕も遠方から監視しているかもしれないが、こちらに向かうまでまだあと数分は要るだろう。

 

死を覚悟した将悟に、しかし奇跡は舞い降りた。

 

死に際に瀕して霊的感性が研ぎ澄まされ、さらに神殺しの有する類稀な生存本能が合わさって化学反応を起こし、将悟は薄れ行く意識の中で甘美な全能感を堪能する。

 

たったいまカルナから奪い取った権能を掌握したのだ。

 

その使用法が脳裏に浮かび、僅かに残った搾りかすの様な呪力をカルナの権能を動かすために注ぎこむ。陽だまりの様な暖かさが身体を包むが、依然として予断を許さない状態だ。

 

だがまあ、なんとか死ぬことはなさそうだと意識が闇の中に沈み込みながらも将悟は睡魔に似たその感覚に進んで身を委ねた。五分後、権能と神力のぶつかり合いが収まった様子を感知し、カルナによる全方位殲滅攻撃から一時避難していた甘粕は現場へと到着。

 

瀕死の将悟を発見し、直ちに近場の病院への搬送手続きを開始した。

 

 

 

 

 

 

以上が赤坂将悟による三度目(・・・)の神殺しの顛末である。

 

この戦いで将悟が得た太陽の権能はこれ以後東欧の老侯爵との再戦を始めとした数多の強敵と戦い抜くための一翼となるのだがそれはまた別のお話―――。

 

 

 




とりあえずバトルが書きたいから執筆してみた感じです。
お次はたぶん過去編、将悟の魔王デビュー。イギリスで魔王どもがヒャッハーかます英国争乱篇の予定。
ストックとか一切ないので、この小説を気に入られた奇特な方は気長にお待ちください。

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