カンピオーネ!~智慧の王~   作:土ノ子

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それにしてもうちの王様マジ魔王様である。


幕間 沙耶宮馨

アテナ襲来、そして武蔵坊弁慶顕現という日本壊滅の危機を脱した夜から数日が経過し、東京は表面上元通りの活気を取り戻していた。

 

朝食をこしらえ、朝のニュースを見ながら摂っていると数日たった今も話題は浜離宮恩賜庭園を含むあの騒動でもたらされた数々の異変が主体である。時間がたつにつれて明らかになってきた経済的損失は総額で百億ではきかないだろうとか。

 

が、将悟にはそうした事情には無関心にニュースを眺める。あの騒動の翌日も律儀に城楠学院に登校を続けて週末の休日を迎え、やっと用事が果たせるのだ。

 

一定のペースで朝食を腹の中に収める。その後弁慶との戦闘でコツを掴んだ生命の権能による絆を通して清秋院恵那に声をかけた。一応携帯電話を持っているはずだが彼女の場合電源が切れていることが非常に多い、というか真っ当に携帯電話を使っているところを見たことがあまりない。

 

朝早く、という程の時間帯ではないため恵那は起床していた。どうも七雄神社の境内の一画で素振りをしていたらしい。これから赴く旨を伝えると「身支度があるからゆっくり来てねー」とのことだった。心なしかその声音には悪戯っぽい気配が滲んでいたが…さて。

 

護堂との手打ちの後、将悟と別れた恵那はこれまで万理谷家に宿を求めていたはずだった。裕理とも話しておくから、と言っていたがさて、どんな塩梅になっているのやら。ほとんど無関心であった今までと違い、恵那の存在を抜きに裕理は少なからず気にかかる存在になっていた。

 

来る者は選び、去る者は追わないのが将悟の流儀。だが関係が険悪なより良好なほうがいいに決まっている。あの夜、激情に任せて裕理の懇願を一刀のもとに切り捨てたことについて自責の念がないわけではないのだ。

まあ、今はいい。どんな間柄になるにせよそれはこれからの積み重ねでいくらでも変わりうる。まずは目の前のことに集中するべきだ。

 

「それじゃ黒幕気取ってるジジイを問い詰めに行きますかね」

 

急を要する、という程ではないが先のドタバタから頭の隅に引っかかっている疑問がいくつもある。将悟が求める答えを一端なりとも知っているだろう『古老』達を問い詰めるべく、将悟は恵那に幽世渡りの秘儀を依頼するため連絡を入れたのだ。一応甘粕にも今日の幽世渡りは伝えてあるため、身体が空けば顔を出すと言っていたが望み薄だろう。あの日からまだ数日しか経っていない、甘粕達東京分室のデスマーチは今日も続いているはずだった。

 

彼らの苦労を他所に雑にならない程度に鏡の前で身だしなみを整え、財布と携帯電話を懐に入れる。

 

両親が海外勤務中であるため己一人で住む自宅に鍵をかける。ガレージから普段使わないため若干痛んできた自転車を引っ張り出すと将悟は駅に向けてゆっくりと漕ぎ出したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

自転車と電車を使って幾つかの駅を渡り、下車する。そのまま路地に踏み込み、奥へ奥へと分け入っていくといつの間にか七雄神社に続く長い階段が目の前にある。

 

そのまま体力に任せて長い階段も軽快に登っていくと七雄神社の鳥居が見えてくる。都心に似合わぬ静けさが耳に心地よい。ざっと周囲に目を配るとほとんど人影を見ない。恐らくは将悟の到来を知らされていたため人払いしたのだろう。

 

そのまま己と恵那を結ぶ絆を辿り、境内の奥へと足を進めていく。

 

視線の先には人影が二つ。一人はもちろん清秋院恵那、もう片方は多忙の極みにある甘粕冬馬―――ではない。だが将悟とも顔見知りであり、一応この場に顔を出してもおかしくない人物である。

 

「へえ」

 

だが予想もしなかった人物であり、その思いが音となって口から洩れた。

特注の学ランを身に着けた完璧な美少年―――ただし性別は♀―――である沙耶ノ宮馨だった。

 

「やっほ、王様」

「おう」

 

恵那とも軽くやり取りを交わしてから彼(に見える彼女)に向き直る。

 

「こりゃ、また。久しぶりだな、沙耶ノ宮」

「お久しゅう、王よ。ええ、前回顔を合わせてから大分経ちましたね。変わらぬご活躍ぶりでなによりです」

 

優雅な微笑、特注の学ランを男子以上に見事に着こなした『彼女』は相変わらず少女漫画に出てくる王子様さながらの美少年っぷりだった。しかも学業も優秀、媛巫女としての力量も恵那を除けば後れを取ることはない。

 

これで性格がまともなら本物の完璧超人なんだが、と一番の問題人物が内心でのたまう。

 

まあ馨の場合能力的な優秀さに反して自分が楽しむためなら手段と目的を選ばない洒落者で数奇者。甘粕曰く「悪戯好きで嘘つき、おまけに女たらしって三冠王」というなかなか将悟好みの破天荒なキャラクターの持ち主である。その時点でまっとうな善人から程遠いのは確かだ。

 

「まさかここに来るとは思わなかった。甘粕さん以上に忙しいはずだよな?」

「ええ、学生の身ですから就学時間はそちらを優先しているんですが…その分放課後にスケジュールが詰まっている状態です。ですが幾らか御身と話しておきたいことがありましてね。少し無理をして来ました」

 

たぶん「少し無理を(押し付けて)来ました」なんだろうな、となんとなく思う将悟。彼の直感もこの推測が外れてはいないと言っている。南無、と彼ら共通の知人に向けて祈る。

 

「話しておきたいこと?」

「今後についてです」

 

解釈次第でどうとでもとれそうな話題。とりあえず思いついたことから口に出すことにする。

 

「エリカ・ブランデッリは結局日本に居着いたんだったか」

「はい。ローマの結社との交渉に当たり日本にも担当者がいた方がいい……という方便で移住してきました。メインは草薙護堂氏の近くに侍ることでしょうけど。まあ一々日本とローマを往復するのも面倒だし時間もかかりますから、渡りに船と言えばそうでした。懸念は能力的なものでしたがそちらも問題はないようです」

「ほぉ」

 

思わず頷く。

 

それはつまり多少なりともエリカと話す機会があったということだ。このとびきり優秀だが同じくらい癖のある才媛が。傍で見物していたかったな、とショーでも見るかのような気分で思う。

 

「早速ローマの連中を毟り取りに行ったか。どんな気配だ?」

「あちらも賠償には同意しています。貴方の名前を使った脅しが利きました。問題はその金額と賠償の方法ですね。如何に大身だろうと所詮魔術結社程度が今回の被害総額を一括払いなんて不可能ですし仮にされても困ります」

 

まあそこはいろいろと考えていますので、と話を打ち切る馨。将悟としてもそれ以上は興味がないし、きっと話されても理解できないので問題はない。

 

「今のところエリカさんが窓口兼御用聞きになって話が進んでいます。大した権限は無いようですが草薙護堂氏の権威を背景にうまくローマの結社群をまとめているようです。各結社の実態も我々よりはるかに熟知しているようですし、下手に口出しするより彼女がまとめた案を我々が頂く形にしようかと。実務はさておき大まかな方向性を詰める所までは彼女を信用してもよさそうですね」

 

そのままニコニコと楽しそうに腹黒いやり取りを開陳してくる馨。

 

「ひとまず被害総額に二倍増しして吹っかけてみたんですがね、上手く躱されてしまいました。サルバトーレ卿とイタリアの魔術結社は僕らと将悟さんほど強く癒着していませんから強気で出てみましたが中々どうして。機会があれば喜んで戦いを求めるサルバトーレ卿の気性、理不尽には強く反発する草薙護堂氏の存在を持ち出してきて逆に脅されました。もちろんやんわりと、隠喩を用いてですけどね」

「なるほど、ね。まあそこらへんの腹黒いやりとりは良いんだ。面白そうだが深く首を突っ込むつもりはない。俺に面倒がやってこない範囲で好きにやってくれ」

 

それよりも、と将悟。

 

「エリカ・ブランデッリ。沙耶ノ宮はどう見た?」

「おや、珍しい。将悟さんが気に掛けるほどとは。これは僕も注意が必要ですか」

 

気にした理由はもう少し別のところにあるのだが敢えてスルー。

 

「才気煥発。そして曲者。一筋縄ではいかない、というのが第一印象ですね―――ええ、彼女がいてくれて本当に良かった(・・・・・・・・・・・・・・・)

 

心底嬉しそうにエリカの存在を歓迎する馨を見やる。

ふむ、と一つ頷き確信の念とともに最大の理由であろう一人の名前を挙げる。

 

「草薙護堂」

「流石は『智慧の王』。我々にとって彼女は手綱です、草薙護堂という極めて手に余る魔王と付き合うための」

「天才だろうが曲者だろうが人間相手なら交渉もできるからな」

 

暗に護堂は交渉できないとけなしているが将悟本人もそうした方面の適正はない。だがそうした時のためにいるのが甘粕である。魔王と人をつなぐ仲介役。馨はエリカにもそれを求めるつもりでいるのだろう。

 

「とはいえいざという時に奴を抑え切れる手綱とも思えんが」

「正直カンピオーネの本領を発揮する場面では如何なる制止にも効果は期待できないし、していません。我々もいい加減学習しています」

 

クスリと悪戯っぽく笑いつつウインク。馨のいう『学習』に使用させられた教材はまさに目の前の少年王なのだから。一方遠回しとはいえチクリと皮肉で刺された将悟はどこ吹く風だ。この程度で心を動かすほど繊細な神経をしていない、良くも悪くも。

 

「我々としては草薙氏を速やかに国内の勢力に取り込み、安定させたいんです。なんなら正史編纂委員会と対立する形になっても構わない」

 

同格である貴方がいますからね、と馨が言えば、

面倒事はごめんだぞ、と将悟が返す。

 

なお『敵対』ではなく『対立』というところがミソだ。そこを越えると―――恐らく洒落を一切抜きにこの国の裏側は血で血を洗う修羅の巷になる。それを誰よりも理解しつつなお心底楽しげに笑える馨に将悟もまた内心で笑みをこぼす。

 

恵那の動物的な感性、甘粕の飄々としつつも随所に配慮を覗かせる立ち回りは将悟のお気に入り。加えて言うなら馨の鉄火の間でも大胆不敵に立ち回る度胸と手腕も中々好みに沿っている。

 

「お手を煩わせる事態にならないよう立ち回りましょう。ともかく日本の呪術会はこの先荒れるでしょう。その時に備えて将悟さんとより昵懇の仲になれるよう支援は惜しまないつもりです」

 

具体的には恵那に続く第二夫人とかどうですか、と洒落っ気たっぷりに冗談を飛ばす。甘粕の時と違って一切将悟の気に障らない軽さは女遊びで鳴らす粋人の面目躍如か。まあ思い返すと中々こっぱずかしいあれらの場面を直接見られたわけでもなし。この程度の冗談であれば大して気にならない。

 

情報ソースは甘粕さんか、と容疑者に内心で当たりをつけながら一言「要らん」と返す。少なくとも恵那と同じくらい気が合う相手でもなければ興味の一つも惹かれない。異性の好みは人によりけりだが将悟は外見より内面重視派だった、それもかなり癖のあるタイプだ。

 

更に言えば身内と認識した者たちには殊の外大事にする性質でもある。仮に自分が恵那の立場なら嫌だろう、とごく常識的な発想を(必要な時に限って働かせない割に)働かせ、端から選択肢を持とうとしない。以上から将悟が今後愛人などという代物を持つ可能性はほぼ0と言っても過言ではなかった。

 

「いい加減話を戻すか。それで、本題は?」

 

唐突に話題を切り替えたのも半分は話を打ち切るため、もう半分は馨が話を切り出す機会を窺っていると見受けたからだ。意を汲んだ馨もまたその眦を鋭くし、怜悧な表情で問いかける。

 

「では。率直にお聞かせください。貴方の目から見て草薙護堂はいかなる御仁に見受けられましたか?」

 

―――なるほど、そういう質問か。

 

赤坂将悟と草薙護堂。日本呪術界の台風の目となる二人のキーパーソンについてその片割れから直接聞ける機会、あまりなかろう。特に今はまさに護堂が原因で生じた事件が勃発、終息したばかり。正史編纂委員会次期頭領としては対立、妥協、友好いずれの道にしても可能性を探っておきたい訳だが結局重要なのは神殺し同士の相性、個人的意見なのだ。そこを掴む機会を逸する訳にはいかないのだろう。

 

草薙の気性ね…。

 

将悟はしばし目を閉じ、草薙護堂というカンピオーネを思い浮かべる。関わり合った時間は僅かながら将悟は直感で真実を見抜く霊視力の持ち主。本質は射抜けずとも輪郭を言い当てるくらいならば問題ない。

 

無念無想、色即是空。頭をからっぽにし、心を空の境地に誘えば言葉が自然と口をついて出る。

 

「       だな」

 

意外な言葉を聞いたように馨は目を丸くするがすぐにふむ、と頷く。将悟の言葉は半ば神の託宣に近い。解釈次第で幾らでも受け取り方が変わるため100%当てには出来ないが、判断材料にはなる。

 

「手は、取り合えそうですか?」

「無理だろ」

 

99%諦観しつつ1%の可能性を見出そうとする馨の懇願に似た質問をバッサリと切り捨てる。

 

「相性云々のレベルじゃない。カンピオーネなんてエゴの塊が服着て歩いているような生物、近くにいたら絶対にどこかでぶつかる。普段の生活は良い、あっちも俺もこだわりは無い方だからな。けど鉄火場なら話は別だ。テメエのやり方を押し通そうとして、譲らないに決まってる」

「……で、ありますか。互いに譲らなければ」

「勝った方が好き勝手できる。そういうことになるだろうな」

「…………仮に我々が決闘の場を整え、立会人になるといった場合は」

「状況次第だ。切羽詰まっていれば俺は躊躇う気はない」

「なるほど、中々頭の痛い事態が続きそうです」

 

やれやれ、と肩をすくめる馨からは珍しく洒落っ気というものが薄かった。それでも平常心を保ち、捨て鉢になっていないのは見事と言えるだろう。将悟が見たところ、草薙護堂の誕生によって地獄の鍋底の様相を呈してきた東京を上手く転がせそうなのは目の前の馨くらいだ。能力的に匹敵する人材がいないわけではないが他の面子は絶対的にカンピオーネへの理解が足りていない。

 

「腹案はありそうだが?」

「……あっさり見抜かれますか。流石です」

 

得意の勘働きに任せて馨に問いかけてみると肩をすくめて肯定された。しかしそれ以上その腹案について開陳してくることはなかった将悟もまた王の権威で無理やりに聞き出すような無粋を働く気はない。きっと後で自分の目で見た方が面白いと思うからだ。

 

ただ、もろもろの期待を込めて馨に視線を向ける。

 

「沙耶ノ宮」

「…は」

 

何気ない呼びかけの裏に何かを感じ取ったのだろう。微かに警戒心を覗かせつつ神妙に頷く馨に向けて将悟はこれ以上ないほど朗らかな笑顔で囁きかける。さながら堕天使か悪魔―――人を悪へと誘う魔王のような笑顔で。

 

好きにやれ(・・・・・)。文句を垂れる連中には俺の名前を使って黙らせろ」

 

俺たちに振り回される分だけお前も周りを振り回してやれ、きっと楽しいぞ(・・・・・・・)―――と。

 

カラカラと陽気な笑顔をうかべながら不心得極まりない楽しみをそそのかす。その様子はほとんど悪魔が人好きのする笑顔で堕落に誘うのと変わりない。まっとうな人間なら関わることすら放棄したくなる悪辣な囁き、あっさりと全権委任状を馨に寄越した決断に流石の若き俊英たる馨も虚を突かれた。

 

深く考えての行動ではない。強いて言うなら、この混沌とした状況はきっと馨に任せた方が面白くなる―――そう勘が囁きかけたからである。

 

「……ええ。ええ、あなたはそういう方だ。この僕ともあろうものが失念していました」

 

どの道委員会に将悟との癒着関係を解消するという選択肢はない。ならばいっそ行けるところまで関係を突き進めてしまうというのは十分にアリ(・・)だ。身内贔屓が強い将悟の性格を馨はよく知っている。

 

そして見込まれた馨個人もまた将悟(アクマ)に目を付けられるだけのことはある生粋の快楽主義者(エピキュリアン)だった。面白ければそれでよし―――馨はその欲求に非常に忠実だった。面白い“手段”を採用するために“目的”を選ぶ数奇者の性は伊達ではない。

 

普通なら顔を顰めるのが普通である己の悪徳を正面から肯定し、あまつさえ思うが侭に振る舞えと庇護を与えられる。まさしく悪魔的な懐の深さ。それは生来善性とはいえない人格を持つ馨の決断を後押しするに十分な振る舞いだった。

 

馨はクスリ、ととびきり魅力的で優雅な微笑を浮かべる。

そのまま服が汚れるのも厭わず地面に片膝をついて大仰に臣下の礼を取った。

 

「仰せのままに、我が王(・・・)。この命尽きるときまで変わらぬ忠誠を貴方に捧げます」

 

将悟は無言のまま頷き、差し出された誓い(モノ)を受け取る。

 

これまで赤坂将悟と沙耶ノ宮馨の関係はカンピオーネとその傘下組織の幹部というものでしかなかった。だがこの時両者はその枠を踏み越え、余人に断ち切れぬ絆を結ぶに至った。それは王と忠臣というより一方を主、一方を従とした共犯関係に近かったがだからこそ強力に二人を結びつけたのである。

 

その確信とともに将悟は己の中にある生命の権能が馨にも例の加護を与えることが可能になったと囁きかけるのを感じとる。将悟はこの流れのまま馨とも契約を結んでしまうか……少しの間考え込んだが、今は時期尚早と取りやめる。

 

此処に当事者達しか知らない、だからこそ強固な誓約はなされ―――性根の悪辣さという点で他の追随を許さない主従が誕生した。

 

「では、始めましょう。楽しい楽しい悪だくみを、ね」

 

素晴らしい、それでこそだと将悟は手を叩いて喜ぶ。優美さと才知の中に一つまみの邪悪さを掻き雑ぜた馨の笑顔は全くもって将悟の好みだった。愉快さの追求という人生の命題、その一点においてある意味恵那以上の期待の逸材である。

 

「とはいえさし当たり我が王に動いていただく必要はありません。手回しはこちらで進めておきます。どうぞ、吉報をお待ちください」

 

馨が洒落っ気を多分に含めた軽い口調で言上すれば。

 

「期待している」

 

と、八割がた冗談で構成された無駄に重々しい口調で将悟が返す。

そして互いの視線が絡み合うと人の悪い笑みを交わすのだ。越後屋と悪代官が裸足で逃げ出す悪辣さである。

 

そして馨との会話はそこで途切れた。話すべきことはすべて話しており、お開きであるという空気が漂ったからだ。馨は時計を見て時間を確認すると相変わらず一部の隙も無い立ち居振る舞いで暇を告げ、七雄神社を軽やかに去って行った。相変わらず絵になる伊達男っぷりだった。

 

将悟はその背中を見送りながら満足した笑みを浮かべる。それは一つの山場を越えた仕事人、あるいは一人の人間を悪の道に誘い込むことに成功した悪魔の笑顔だったかもしれない。

 

うんうんと無駄に充実した様子の将悟に苦笑しながら歩み寄る影が一つ。

 

これまで蚊帳の外で話を聞いていた恵那である。面白いこと、破天荒な話は彼女の好物だが先ほどまでの悪だくみは少々好みにそぐわない。故に黙ったまま二人のやり取りに耳を傾けていたのだ。

 

話は終わった? とばかりに近くの木に寄りかかっていた恵那が天叢雲劍を取り出し近寄ってくる。確かに随分と話が長引いてしまった。空を見上げると太陽も中天に近づいている。

 

やってくれ、と頷くと恵那は心を空の境地に誘い空っぽな己の器を呼び込んだ神の力で満たしていく。恵那の神がかりが急激な速度で黒雲を呼び、太陽を隠してしまう。ざあざあと激しい雨が横殴りに吹き付け、ほんの一分前まではカラっとした晴天だった様相があっという間に変わってしまった。

 

そして将悟を中心に等間隔に並ぶ八つの地点から凄まじい神力が溢れ出る。御老公・スサノオが所有する欺き、騙し、太陽すらも隠してしまうトリックスターの性を顕したのだ。

 

将悟を中心とした地面が黒々とした闇に変わり、急速にその面積を増していく。闇が将悟の足元を絡めとるように蠢き、ズブズブと沼に沈み込むようにその体が沈んでいく。行先は生と不死の境界、古老の頭領たるスサノオの御座す幽世の領域だった。

 

「すぐ戻る」

「オッケー。戻るころになったら連絡入れてね」

 

気軽なやりとりだが現実世界とアストラル界の隔たりは広い。ただの一般人はもちろん熟練の術者でさえ貴重な霊薬がなければその隔たりを飛び越えることなどできない。本来神、精霊、妖精、聖人といった人ならざる者たちの住まう領域なのだ。だが二人の間に繋がれた絆は物理的な距離はもちろん、現世と幽世の間すら飛び越えた意思疎通を可能とする。だからこその自信、だからこその余裕である。

 

そのまま将悟は散歩をするような緊張感のない空気のまま闇に飲み込まれ、現世から幽世へ渡った。

 

 

 




将悟と馨さんの腹黒なやりとりは書いてて超楽しかったです(小並感)。

割かし書いてるうちにキャラクターが動き出した感じ。将悟への臣従とか太陽の加護も当初の予定では載せなかったんですけどね。あっても困らない、執筆は生き物ということで採用。

今回書いてて一番生き生きしてましたわ、コイツら。予想外に駄目な方向にステップアップしてしまった。


PS
GW恐るべし。
いろいろそっちのけで書き溜めてたら何話かストック出来ました。
一週間間隔で一ヶ月投稿出来るくらいでしょうか。
というわけで暫く週一で更新します。

お楽しみ頂ければ幸いです

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