カンピオーネ!~智慧の王~   作:土ノ子

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智慧の剣による神話解説が来ると思ったか?
だが残念。まずは恵那さんとのいちゃいちゃ(?)だ!

や、ホント言うと長くなったのと燃えと萌えの落差があったので二話に分割して投稿した方がキリもいいかと思ったんで。

なおバトルの続きは明日の同じ時間に投稿予約しました。

最後にネタバレ。将悟と恵那はまだ恋仲ではない。


蛇と鋼 ⑤

ーーー時刻は弁慶が出雲の地に顕現する少し前に遡る。

 

武蔵坊弁慶は日本の地に生まれた英雄である。

 

故に当然の如くその来歴を恵那は熟知していた。奔放な野性児に見えようとも生粋の良家の子女たる彼女の有する教養は深く、幅広い。自国で生まれた著名な英雄の成立過程などわざわざ調べ直さずとも把握していた。

 

また弁慶が顕現するであろうという位置も既に把握している。残念ながら大地の精気が凝りすぎ、無理に干渉すれば一気に事態が動きだしてしまう段階に来てしまっている。そのため顕現する前に対処という最善策は封じられたが、後手に回るという最悪の事態は避けられた。

 

あとはその知識を彼女の王様へ譲り渡すだけ……なのだが。

 

カンピオーネの魔術耐性は完璧に近いものがある。常人が魔王に魔術をかけるには経口摂取…要するにキスをする必要がある。

 

実は将悟はまつろわぬ神の神格を直接切り裂く『剣』の言霊を所有しながらこれまで『教授』の術を受けたことが無い。大概は自前の霊視力で天啓を享け、あるいは使えずとも別の方策で押し切った。

 

あなたはトート様を弑逆した神殺しなんだから余計な欲を出さずに戦っていれば霊視なんて必要な時に向こうから降りてくるわよ、といつかどこかでえらく軽い調子の忠告を聞いた気がするのだが……はて誰から聞いたのだったか?

 

「えっと…さ。その…………きょ、『教授』の術をかけないとダメだよね。弁慶と、神様と戦うんだし」

「お、おう…」

 

実はこうした色事に耐性が全くない恵那が勇気を振り絞って話を切り出すが将悟の反応も鈍かった。こう見えて将悟も恵那に負けず劣らず恋愛事には弱い。数か月前までは中学生、しかも年中神様絡みの騒動に巻き込まれており、経験を積む暇が全くなかったと言えば言い訳になるだろうか。

 

さておきこれまで将悟が恵那を受け入れなかった理由はシンプルである。

 

それが男女のものかは別として少なからず好意を持つ相手に一緒に地獄へ落ちてくれ、と素面で言える男が何人いるだろうか? しかも笑えないことに冗談やかっこつけの要素は一切なしだ。

 

彼女を“剣”として受け入れると言うことは何時死んでもおかしくない神殺しの戦場に伴うということだ、人命が木の葉よりも容易く掃《はら》われる戦場へ。

 

幸か不幸か将悟はまだそうした感性はまだ常人から逸脱していなかった。汎用性の高い将悟の権能が大概の状況に対応できたというのも大きい。

 

だが将悟は既に決断した、恵那を仲間と認め助力を恃む“剣”として神々との戦いに巻き込むことを。

 

とはいえ……いきなり男女の関係になることまで決断できたわけではなくてなんというかですね、必要だからってキスとか不健全と言うか…ちょっと僕らの間では早いと思うんです。などと混乱しつつ辛うじて脳裏で妄言を吐くだけで留める将悟。

 

キャラが崩れるレベルで盛大にヘタレているが敢えて言わせてもらうのなら赤坂将悟、この時16歳。恋愛観“は”ごくまっとうな青少年である。ファーストキスも済ませていない少年が公共のために美少女の純潔を奪えと言うのは中々難易度が高い。

 

洒落抜きで言うがここで恵那と口付けを交わせば将悟との交際の有無に関わらず彼女は一生操を守り続けるだろう。もう諦めてゴールしても良いんじゃないかな、と思わせるくらい恵那は魅力的だし好感度が高いが将悟としてはもう少し段階を踏みたいのだ。

 

なんかこう、男と女のロマンというか甘酸っぱいモノが欲しい。イチャイチャしたいのだ。正直に言えば恵那とのキスは内心大歓迎くらいの気持ちなのだが神様との戦いで必要だから仕方なく、というシチュエーションが激しく余計なのである。

 

キスをするなら神様とかの要素は抜きに真っ当なシチュエーションで真っ当に遂行したい。この期に及んで往生際の悪いことこの上ないが紛うこと無き将悟の本心であった。

 

「…や、やっぱりダメ?」

 

ごめん、やっぱり女らしくない恵那なんかじゃ駄目だよね…と密かに隠していたと思われるコンプレックスを吐露しながら弱々しく下を向く恵那。

 

そのあまりにらしくない姿に密かに衝撃を受けつつ一方で得意の直感に頼らずともある未来を幻視するのは容易だった。つまり、ここで恵那との『教授』を断ったら理非善悪に関わらず問答無用で己が悪者になると。

 

そして今はヘタレているが元来将悟は果断な決断力が持ち味である。闘争心と少女を思う心で羞恥を塗りつぶし、腹を決める。恵那の顎に指を引っかけて顔を上げさせ、鼻先がくっつくほど近くで向き合う。

 

「『剣』が要る。弁慶を斬るための『剣』が」

 

あ…、とその瞳を直視した恵那が呆けた呟きを洩らしてしまうほどの真剣さを込めて『教授』を要請する。

 

「お前の知識を俺にくれ」

 

―――はい、とその勢いに押されたように珍しく従順でしおらしい様子で恵那が頷いたのはその直後だった。

 

そして間を空けることなく。

 

どこか初々しい雰囲気で相対する二人。

特に将悟の方は恰好つけすぎたさっきまでの己の発言に背中がかきむしられるような羞恥に襲われていた。

 

恵那が羞恥心を押し隠しつつ、精一杯真面目な顔で弁慶に関する知識を『教授』しようとしてくれているのが唯一の救いだろう。

 

だがいざ本番という段になって戸惑うように将悟を見遣る恵那。カンピオーネに魔術をかけるには経口摂取…つまりキスが必須。頭では分かっていてもなかなか自分から切り出す踏ん切りはつけにくいのだろう。

 

将悟もまた『教授』を強要している身で全てを初心な恵那に任せるという選択肢は取りたくなかった。恵那も将悟もこうしたやり取りは初体験だが少女に任せたままというのは男の沽券にかかわる。幾ら魔王でもロクデナシすぎだ。ダメ人間ですらないではないか。

 

「……」

 

その決意のまま腕を差し出すとぐいと無言のまま無造作に、だが力強く恵那を抱き寄せる。

 

「お、王様…?」

 

戸惑うな声が漏れる恵那。

 

「あったかいな…」

 

思わずもれた一言にカアァ、と恵那の怜悧な(かんばせ)がたちまちのうちに紅潮していく。この一言が恵那を戸惑いから動転に至らせ、なおかつ異性と肢体を密着させていることを強烈に意識させたらしい。

 

いきなりキスするのではなくひとまずハグを経由してリラックスさせよう、という目論見だったのだが見事なまでに逆効果となった。下手に雰囲気が“そちら”の方に傾いてしまい、ますます身を固くする恵那。

 

明らかな台詞と行動の選択ミスにヤバい、どうする…と胸中が焦りに満ちていく中次に訪れた感情は―――意外なことに明鏡止水、驚くほど素直に落ち着いた心境であった。

 

まずは己の失敗を潔く認めるとフ…、と吐息をもらし内心で浅はかな己を罵倒する。

 

なにせ己は恋愛経験ゼロの新兵なのだ。無駄にかっこうつけても仕方がないではないか。自分を大きく見せるために肩肘を張り、背伸びするのは己の流儀ではない。

 

あくまで自分らしく、思うがままに振る舞えばよいのだ…火事場の糞度胸だけは人の十倍以上持ち合わせる将悟である。開き直りは驚くほど早く済んだ。

 

「なあ、清秋……“恵那”」

「―――!? うんっ…!」

 

ゆっくりと抱きしめていた少女を解放する。

 

この期に及んで名字で呼び続けるのも無粋であろう、とほとんど初めて下の名前で呼びかけると見て分かるくらいに喜色を露わにする恵那。その程度のことでこれほどに喜んでくれるのならばもっと前にこうしておけばよかったな、と微かに後悔の念が浮かぶ。

 

先程は勢いで押し切ってしまった言葉を今度ははっきりと形にして恵那に伝えるのだ。

 

「弁慶の知識を『教授』してもらうのは別にお前じゃなくてもできる、よな?」

 

その言葉が終るや否やびしり、と恵那の強張った笑顔に罅が入り、絶望がしみだしてくる。今の発言をマイナスに取られた……いや、この言葉だけではどう取ってもネガティブな発想にしかつながらないのだからこれは己のミスである。

 

ああクソ、と言葉が足りない己を呪う。こんな顔をさせたいのではないのだ、どう考えても恵那には憂いより笑顔が似合うのだから。

 

「でも嫌だ」

 

せめて一秒でも早く、と取り繕うことも忘れ直截的に言葉を乗せる。

 

「お前じゃないと嫌だ」

 

子供の駄々のような、そのくせ熱烈に恵那を―――恵那だけを求める告白が紡がれる。

 

一拍遅れて自分が“求められている”のだと理解した恵那は咄嗟に羞恥から俯き、バッと両手で顔を見られないように覆ってしまう。

 

そのまま一秒、二秒、三秒…と。無言のまま流れていく時間に流石に外したかとひやりとしたものが将悟の腹を伝う。

 

「恵那ね…」

 

だが幸いにも将悟が焦りから次の行動に移る前に恵那から動いてくれた。ゆっくりと顔を覆っていた両手を後ろに回し、もじもじと恥ずかしそうに、それでもこれ以上なく幸福そうな笑顔で。

 

ほんの少し前、”剣”にして相棒たることを要請されることで人生でこれ以上はないと思われる幸福感を味わった恵那。だがたったいま”女”として求められたことはそれすら上回る喜びを彼女に与えた。

 

だからこそ次に続く言葉はただ告白への返答以上の真情を持って紡がれた。

 

「“もう死んでもいい”」

 

それは純粋培養の大和撫子として教育された少女らしい、奥ゆかしい返答だった。“身も心も貴方に捧げます”という、眩しいまでに純粋な少女が紡いだ“女”としてのありったけの想いだ。

 

教養豊かな少女はかつて明治の文豪がロシア文学の一節を日本語で表現した際の名訳に仮託して将悟へ応えたのである。また言葉そのものの決意も乗せて。

 

生憎とそれに応える教養を“男”の方が持ち合わせていなかった。だがその短い言葉に託された少女の想いを察せられないほど鈍くも無い。

 

故に、想いを確かめ合う言葉はそれ以上要らなかった。

 

“女”は自ら“男”に向かって歩み寄り…こつん、と額を将悟の胸に押し当てるほど密着する。二人は互いの体温を共有し合い―――そしてゆっくりと口付けを交わす。

 

拙く、不器用に唇を押し当ててくる恵那。その一生懸命に頑張る姿に愛おしさを覚えた将悟もまた積極的に恵那の唇に己のそれを重ね合わせる。

 

羞恥心などとうの昔に振り切れている。不器用で初心なはずの二人が交わす接吻は、淫靡ではないがひどく濃厚で激しいものになった。

 

気持ちを確かめあうと同時に神を殺すための準備…『教授』の儀式が始まった。

 

「武蔵坊弁慶は源義経の一の家来、史実に登場する人物だと思われている英雄…。でも実際には彼について記述された史料はほとんどない。なのにここまで弁慶が有名なのはその神格の成立過程で史実よりもむしろ創作が大きな働きをしたからなんだよ」

「創作で作られた英雄…アーサー王みたいだな」

「アーサー…英吉利(イギリス)国で一番権威のある英雄だっけ? 詳しくは知らないけど、どっちの神様も神格が成立、発展する過程で人為的な改変が生じたのは確かだよ」

 

睦言と言うには堅苦しすぎる話題…だが二人が交わす口付けはそれを補って余りあるほど積極的で、情熱的だ。額がくっつきあうほど顔を近づけ、体温を交わし合う。視線が交差し、奇妙に暖かい幸福感を共有する。

 

ただ抱き合い、相手を思うだけでも舌を絡め合い、唾液を交換する『教授』の儀式がオマケに思える快さだった。

 

「源平合戦を描いた初期の文学作品じゃ弁慶は義経の郎党、その末尾に名を連ねているだけで特に手柄話は見られない…。それがある史伝物語の登場で一気に変わるんだ。能や歌舞伎も含めた後世の文学作品に多大な影響を与え、現在に至る弁慶のイメージを作り上げた物語―――」

 

一拍置き、かの伝奇物語の名を口にする。

 

義経記(ぎけいき)

 

そう、この物語―――そして弁慶の主君である源義経こそがまつろわぬ弁慶を語る上で外せないキーワードなのだ。

 

「弁慶はね、怪力無双の荒法師っていうイメージで認知されているけど実際はものすごく職掌が広いんだ。ただの力自慢、武辺者ってだけじゃない。山伏に扮して道案内することもあれば悪霊に遭っては霊能で調伏したりね。時には祭司や産婆の役割を担うこともあった。最も目立つのは智慧者としての一面かな…。義経が頼朝に追われる逃避行の中、頭と舌を働かせて危機を逃れるのは常に弁慶の役割なんだよ」

 

微かに気だるげな気配で熱っぽく将悟を見詰め、その豊かに実った肢体を擦りつけてくる。恐らく無意識の行動なのだろうがどうしても意識がそちらの方へ行ってしまう。恵那もそうだが将悟も“若い”のだ。

 

「ん…。キモチイイ…王様、もっと、ちゃんと抱きしめて」

 

こんな時どう答えればいいのか分かるほど将悟は人生経験を積んでいない。ただ恵那の要求に応え、積極的に体を密着させ、恵那の唇を貪ることに没頭する。薄布越しに互いの肌を擦り合わせると堪らなく柔らかく、火を抱いているように熱い。五感で感じる恵那の全てが官能的で、思わず本来の目的を忘れてそちらの方にばかり意識が向きそうになってしまう。

 

「史書『吾妻鏡』に記されている以上弁慶が実在した可能性はかなり高い…。でもその原像は現代に広く認知されたイメージとは間違いなく乖離しているはずだよ」

 

だってどう考えても実在の人間に出来る所業じゃないから、と恵那は言う。

 

「弁慶は常に八面六臂の大活躍を見せる万能の超人…。はっきり言えば現実に生きている人間が出来る芸当じゃない。でもそれ自体は別に不思議でも何でも無いよ、弁慶の功績を辿ると多くが同じ時代…あるいは過去に生きた人たちの事績や当時の神話伝承に遡るんだ」

 

ハ…ァ…と一時的にキスを止め、恵那はゆっくりと息を継ぐ。

 

「抱きしめて…。ちょっと凄すぎて、立ってられない、かも」

 

宣言通り腰砕けとなった恵那をなんとか支える将悟。彼女ほどではないが将悟もまたいっぱいいっぱいだった。快いが強烈な熱が脳味噌をあぶり、ぼやけた心もちとなっている。

 

「武蔵坊弁慶と言う英雄を知る上で要訣となるのは弁慶が何故(・・)万能の超人となったのか、という点なんだ。畢竟、そこさえ掴んでしまえば……弁慶を斬るための『剣』を砥げるはず!」

 

よろよろと腰の定まらない動きで立ち上がり、強引に将悟の顔を胸元に埋めるように抱きしめる。将悟が咄嗟に膝を折ると恵那は両の掌を頬に当て上から口付けをねだってくる。

 

そして最後の仕上げと言うようにトロトロと甘い唾液とともに怒涛のように知識を流し込んでいく。

 

恵那の肢体から意識を逸らすため『教授』のキスに集中すると言うある種逆効果と言うか本末転倒な対処法を実行しながらも恵那から注がれる怒涛のような知識の奔流を一滴余さず受け入れる。

 

長く、永久に思えた最後の口付けもやがて潮が引くように唐突に『教授』の術が完了し、二人は唇を離した。

 

トロンとした蕩けた女の目でしなだれかかりながら将悟を上目遣いで見つめる恵那。ハァハァとキスに没頭しすぎたため頬を真っ赤に紅潮させ、呼吸を荒げる様子は例えようも無く女の色気を感じさせる。

 

とりあえず嫁入り前の生娘が男に見せていい姿ではない。

 

うん、まぁ…………責任取らなけりゃならんわなぁ、コレは。と、将悟が思ったかは定かではない。

 

ただこの一連の騒動が収束した数カ月後、清秋院家が正式に将悟と恵那の婚約が成立したことを大々的に発表したことは付け加えておくべきだろう。

 

唯我独尊、我が道を行く赤坂将悟だったが少なくともある点において潔い男であった。

 

 




“もう死んでもいい”云々の辺りでハテナが浮かんだ方はこの名訳と明治の文豪、二葉亭四迷などのキーワードを併せてグーグル先生に聞いてください。

調べてみたら二葉亭四迷氏がこう訳したか正確なところは疑問が残るようですが…。まあロマンティックな語句かつ以外とハイスペックな恵那さんなら知ってるだろうと思い、使ってみました。

割かし新鮮味は薄れたネタですが料理次第で意外といけるじゃないかと自画自賛。

あと書いてて思ったこと。

やはりこの二人にまともなラブコメをやらせるのは間違っている。書いてて捗らないこと甚だしい。ここが一番時間かかりました。

でも恵那さんは可愛い。
今までで一番まっとうに魅力を引き出せたのではないでしょうか。

同意される方は感想欄に恵那さん可愛いとお書き下さい。

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