カンピオーネ!~智慧の王~   作:土ノ子

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初投稿です。ほぼ処女作? 
至らぬ点もあるかもしれませんがよろしくお願いします。


太陽英雄 前篇

 

 

 

 

 

―――乾坤一擲。

 

自らの魂もなにもかも全部乗せて愚直に突きだした短剣は、確かに目の前に屹立する神の胸部を刺し貫いていた。

 

手応えあった、と脳が知覚すると途端に身体に限界が来た。

 

右手に握っていた儀式用の鉄剣――神具『アキナケスの祭壇』――に宿っていた《鋼》の神霊が霧散していく。贄に捧げた心臓の代わりに自分の体を動かしていた神霊が消えれば、後に残るのは襤褸切れのように無残な肉体だけだ。

 

たちまち膝をつき、地面へと力無く身を投げ出すしかない。

 

血液があらかた流れ出してしまった以上、生命維持のレッドゾーンなどとっくの昔に振り切っており、あとはこの世から旅立つのが早いか遅いかの違いでしかない。

 

それでも神に一矢報いてやった爽快感が残っており、悪い気分ではない。

 

「く、はは…。まさかあの鍛冶神奴ではなく、定命の宿命背負う人の子に私が討たれるとは、な」

 

心底から愉しそうに笑う神。田舎に豪農である祖父に呼び出された、一介の中学生だった自分が出会った強壮な神。鳥頭人身の異形、只人を平伏させる威厳を持って俺に供物を要求した智慧の神。

 

始めは要求を拒絶したことから祖父に渡された異国風の鉄剣を巡る騒動が始まり、幽世に潜む鍛冶神から忌々しい軛を刺され、遂に出遭った女神からは加護を受け取った。幾つもの幸運に助けられ、遂に鉄剣を用いて《鋼》の神霊を召喚し、激戦の果てに神との一騎打ちに至った。

 

人生で最も濃厚な、この先どれだけ長生きしても決して忘れられないだろう日々。

それもいま終わり―――否、始まろうとしているのだ。簒奪の宴が。

 

「なんとも天晴れな愚か者よ。汝の蛮勇と幸運、なによりその狡猾な智慧に敬意を表そうではないか!」

「ふふっ、■■■様ったら討たれたというのに嬉しそうでいらっしゃるわね」

「おお、汝が噂に聞く全てを与える女神か。貴女が此処に居るということは、愚者と魔女の落とし子を産む暗黒の聖誕祭が始まるのだな!」

「ええ、あたしは神と人の狭間に立つ者。あらゆる災厄と一掴みの希望を与える女なのですから!

新たな息子を迎えにいく労を惜しむことはありませんわ」

 

新たに現れた女は一度言葉を切り、愛おし気な声を無残に横たわる人の子へと向ける。

 

「貴方が私の七番目の義息ね。ふふ、■■■様の神力は貴方の心身に流れ込んでいるわ。今貴方が感じている熱と苦痛は貴方を魔王の高みへと到達させるための代償よ。甘んじてお受けなさい」

 

甘く可憐な美声が耳朶を打つ。激痛と灼熱感で意識は切れ切れとなっていても分かる誰よりも『女』を感じさせる声。誰だ、と疑問が浮かんで答えを結ばずに消えていく。

 

「さあ皆様、この子に祝福と憎悪を与えて頂戴! 東の最果てで魔王となり地上に君臨する運命を得たこの子に、聖なる言霊を捧げて頂戴!!」

「はは、良かろう! ヘファイストスよ! 己も道具越しに眺めるだけでなく、この愚者の申し子に祝福と呪いを与えてやれっ!!」

 

虚空へと声を張り上げると、どこからともなく青銅造りの鷲が生き物のように翼を羽ばたかせて降りてくる。幽世に座す鍛冶神が送り込んだ使い魔だった。

 

「……黙れ、魔術師の守護者よ。元よりこやつに一杯食わされた借り、忘れておらぬ。小僧、我が神格を取り戻し、完全となった暁には真っ先に地上に降りて貴様を討つと誓約しよう! 忘れるな、貴様を討つはこのわしよ!」

「貴様が憎悪を与えるならば私は祝福を与えよう―――新たなる神殺しよ、赤坂将悟よ! 汝は我が智慧と魔術の権能を簒奪し、神殺しとなる。誰よりも賢く、狡猾であれ。それさえ出来れば汝は常に勝者となるだろう。これから先、汝の生涯は否応なく波乱に満ちたものとなるであろうが―――壮健であれ! 二度と会わぬことを願っておるぞ!!」

 

二柱の神による祝福と憎悪を受けとるのを最後に、その意識はぶつりと途切れた。

 

―――これは一つの節目。

赤坂将悟の日常が平穏から騒乱へ、平凡から特異へと切り替わる記念日である。

 

そして彼が齎す波紋は後に世界を大きく揺さぶることになるが―――その未来は、いまだ定かではなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――――――――――――――――という夢を見たんだよっ!!」

 

「妄想乙、とか言えないのがアレですねー」

 

妄想ではなく実際にあった過去が今朝の夢に出てきたので、何となく話してみた。状況説明乙。

 

やれやれとくたびれたため息を吐くくたびれた背広を着たくたびれた男性。日本の呪術業界を統括する正史編纂委員会のエージェント、甘粕冬馬。

 

神様をぶっ殺して“神殺し爆☆誕!”なノリでパンドラさんに養子として迎え入れられた一年前。当初は魔術の存在すら知らずに平穏な生活を送っていた俺だが、やがて偶然の巡り合わせで得た海外旅行プランで何故か魔王と神と神祖が絡む事件に巻き込まれて介入(物理)し、七人目の魔王として認知され始めた。

 

騒動の幕引きの時にヴォバンの爺さんに付けられた『智慧の王』の異名もそれを後押ししたらしい。

 

なお魔王としての活動は国籍の関係から当然日本を中心に動き、正史編纂委員会とも結びつくようになる。甘粕さんはほぼ最初期に真偽の調査のため俺に接触してきて、それからの付き合いである。何気にこのおっさんとは気が合うし、無茶振りしても大抵なんとかなるし、無理なことは本当に無理とこちらに伝え、しかも飄々として弱みを見せないから使い倒しても心が痛まないという本当に有り難い人材なのである。

 

「かの神殺しを産み出す生誕の秘儀、当事者から聞けるとはなかなかレアな体験ですな。これは報告をまとめて売り出せば儲かりますかね?」

 

「さあ? 沙耶ノ宮が許せば売れるんじゃね。儲かるかは知らんけど」

 

「馨さんが副業を許してくれそうにないですから却下ですねー」

 

と、委員会専用の小型ジェットに乗りながら無駄話をしている。人に聞かれたらイタイ病気をこじらせたダメな二人組(片割れは人でなしとも付け加えるべきだろう)に見えるだろうが、幸いなことに他に人はいない。

 

今朝方、休日に遠出をしようと家を出た瞬間に甘粕さんにとっつかまってあっという間に空の上である。何故こうなった?

 

「―――――で、話題がそれたけどなんの話だったっけ?」

 

「相変わらず話が飛ぶ時も唐突なら戻す時も唐突ですよね、良いですけど」

 

ため息を一つ。

 

「急を要する話です。昨夜、某県の山村にて莫大な呪力が膨れ上がって弾けるのが観測されました」

 

「また神様がらみの厄介事かァ…」

 

「ええまあ。最低でも対象は神獣以上の存在だと馨さんは判断しています。現地からの報告だと、二つ目の太陽が里の上空に現れて、夜になっても沈まないそうです」

 

「まーた傍迷惑な。北極や南極でもない日本で白夜になるとか一体何なんだ。しまいにはオーロラでも降り注ぐんじゃないか」

 

「太陽が中天に居座った白夜なんて世界中のどこにもありませんって。仮にオーロラまで出現したら下手すれば半年は隠蔽作業にかかりきりになりそうですから、犯人には自重してほしいところですが」

 

望み薄でしょうねー、と甘粕さん。

流石にオーロラは出ないよと慰めにならない慰めを送る。神獣だろうと神様だろうとこれから派手にやらかすのはほぼ決定事項である。後は隠蔽作業の量が多いか少ないかの違いくらいだ。

 

「続けますよ。幸い件の山村は山間にある集落で他の集落とは距離があり、太陽がある高度も低いため余所の集落からは空が常に白んで見えている程度。住人は異常気象の名目で全員避難済みで、死者は出ていません。ただ、太陽の影響で旱魃の類は起きているようです」

 

一日中太陽が居座ってれば、旱魃の一つや二つ起きるだろう。まつろわぬ神が関わっているとなればなおさらだ。

 

「死者が出てないなら被害は軽い方だな」

 

「同感です。人命がかかると隠蔽作業が大変なんですよ」

 

そこかよ、と突っ込みたくなるが。

俺や神様が引き起こす事件の後始末に従事する委員会の仕事はたまに殺人的な量になることを考えると何も言えないのだ。反省も後悔もする予定はないが。

 

「他にはなにか?」

 

「いえ、今の段階では―――現場からの連絡です、少々お待ちください」

 

懐から携帯を取り出し、通話を始めた。

連絡はそれほど長く続かず、通話を終えると改めてこちらに向き直る。

 

「まつろわぬ神らしき人影とその居場所が判明しました」

 

さりげなく重要情報である。俺の扱う権能の性質上、神の来歴・性質に関する情報は多ければ多いほどいいのだから。

 

「遠見の術で偵察に出していた人員が村の公民館近くで黄金の鎧を身に付けた壮年の男性を視認。詳細を探るため、さらに近づけようとしたところこのまつろわぬ神らしき人物と“目が合った”そうです」

 

「…目が合った?」

 

「ええ、はっきり認識されたと本人は証言してます」

 

「目が良いんだな、そいつ」

 

いや、冗談ではなく。神話における太陽神は陽光が照らしている範囲の出来事を見逃さないとかいった伝承を持つのが結構多いのだ。

 

「ま、古来太陽と言えば天上にある神の目、監視者としばしば看做されますからね。ほら、日本でも“お天道様が見ている”とか言いますし」

 

「ギリシャ神話の太陽神ヘリオスもやたらと目が届く上にチクリ屋だよなー。アフロディーテの浮気とかハデスのぺルセポネ誘拐を当事者に伝えることで一役買ってるし」

 

「人の目は誤魔化せても神様の目は誤魔化せないぞ、という一つの寓話と言えます」

 

「実際にまつろわぬ神として顕現されると洒落にならんけどな。もし司法神の相も持ってたらやましいところがあるやつ全部地獄行きにできるぞ。昔話よろしく口先八丁で誤魔化すこともできないだろうし」

 

「ほんと笑えませんよ、それ。いまは気紛れで司法神の権能を振るってないだけって可能性もあるんですからね」

 

人影が消えた集落に飽きて別の場所に移動し始めたら悪夢ですよ。

人を食った性格が売りの甘粕さんも流石に憂鬱そうにため息をつく。

 

「あとは黄金の鎧か……俺のオタク思考が某英雄王を激しく有罪判決しているんだが」

 

「同感ですが……ええ、錯覚でしょう。それは流石に、ねぇ?」

 

互いに生温かい視線を交わしながら、何となく頷き合う。もし“実物”が現れたら、遂に日本のオタク文化が神話の領域を侵食し出したという証拠になるだろう。もしそんなことになったら全ての神話学・比較宗教学の学者が泣くだろう、割とガチで。

 

まあこの話はわきに置いといて話を戻そう。いい加減進まん。

 

「現場まであとどれくらいで着く?」

 

「近場の飛行場まで一時間。現地まで車で更に一時間ほどでしょう。現地に本部代わりに借り切った民宿がありますので一先ずはそちらに…」

 

「着き次第、案内してくれ」

 

「―――承知しました。王の仰せのとおりに」

 

と、うやうやしく頭を下げるエージェント。

ある程度の情報交換を済ませてしまえば特にやることも無い俺はさっさとシートを傾け寝入る体勢に入る。神さまの類が出てきて穏当に終わったことなど一度もない。今回もどうせ厄介事になるのだから体力を温存しておこうそうしよう。

 

グダグダの理論武装を済ませた将悟は四肢を思い切り伸ばし、さっさと睡魔に身をゆだねるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

…………。

 

あれから幾つかの交通手段を経て件の山村に到着した頃にはそろそろ日が傾いて沈もうかという時間帯だった。だが話に聞いていた通りに山村の中心部の上空に居座っている小型の太陽によって未だに集落は昼の明るさを保っていた。

 

そして到着後、短く現地の人間と打ち合わせをした後俺は早速行動に移していた。打ち合わせと言っても、神様との戦いで甘粕さんや他の委員会の人間にしてもらうことなどほとんど無い。もっぱら情報交換と後始末についてだ。

 

甘粕さんからの報告だとまつろわぬ神らしき人影は近隣で最も大きな建物である公民館隣に敷設されたグラウンドで動くことも無く佇んでいるのだという。

 

公民館はどうせ近隣で一番大きい建物だからという理由で選んだのだろう、神様は基本的に見栄っ張りなのが多いのだ。

 

神様がいるところまで車を出すと言われたが丁重に断る。なにせこの上なく目立つ“目印”がここからでも見えるので迷うことなど無いし、移動に関しても自力で向かった方がよほど早い。

 

誰憚ることなく堂々と呪力を解放する。相手が太陽神ならとうの昔にこちらの存在は知られているだろうから隠行など考えるだけ無駄だ。

 

ただし行使するのは権能ではなく、ヒトが振るう神秘の業、魔術だ。この一年の経験で身に付いた『転移』の魔術。自身を数キロ以内の距離を超え、瞬時に移動する術である。

 

とりあえず魔術の存在を知って一年の素人が使っていい術ではない。無論よほど上級の魔術師でもなければ自転車に乗る感覚で『転移』など使えない。だが俺に関しては突っ込むだけ無駄である。最初に殺した神様の影響か魔術適性がデタラメなことになってるし。

 

集落の上空に堂々と居座る太陽を目印に『転移』を何度も使って小刻みに移動していく内に、村落で最も大きい建造物である件の公民館、そしてその隣に敷設されているグラウンドが見えてきた。

 

もう一息、とグランドの入り口近くに転移。

 

いた…。

 

報告で聞いた通りに、黄金の鎧を身につけ頭上に二個目の太陽を戴いた輝ける英雄。グラウンドの中心で目を瞑って腕を組んで立っているだけだというのに、悟りを拓いた高僧を思わせる静謐な威厳を湛えている。

 

その姿を視認した瞬間から空の旅でボーっとしていた頭が途端に明晰になり、四肢に力が満ちていく。微かに感じていた疲労など一瞬で溶け、たちまちのうちに戦闘態勢が整った。

 

神殺しの肉体が疑問の余地なく奴は神だと教えてくれる。

 

再び転移を発動、まつろわぬ神と相対する位置に出現する。奴は驚いたようもなく、瞑っていた瞼を、組んでいた腕を開き、将悟を視線で捉えた。涼やかな笑みを浮かべ、口を開く神。

 

「我が招待に応え、よくぞ参った。当代の神殺しよ。そなたこそ余が討つに値する大敵。まずは名乗りを上げ、しかる後に刃の下で血潮を交わそうぞ!」

 

「こっちを無視してテンション上げてるところ悪いが、お前の招待を受けた覚えなんてこれっぽっちも無いぞ」

 

物騒な後半部分は丁重にスルーして聞き逃せない部分のみを尋ねる。言うまでも無く招待状どころか言葉を交わすのもこれが最初である。

 

「何を言う。余が顕した狼煙に気付き、この地へとやって来たのであろう?」

 

「いやちょっと待て」

 

一瞬意味不明な文句を頭の中で整理し、頭上で嫌味なくらい輝いている小規模な太陽を見上げる。

 

(もしかして上のアレはそういうことなのか……?)

 

神々の思考や行動は人間どころか魔王ですら意味不明な時があるがこれ“も”また極め付けである。

 

「余がこの地に顕現したのも何らかの理由があろう。そして余が顕すべき神威など英雄の武技を振るうことに他なるまい。されど軽々に動き回るのも王者の度量が疑われよう」

 

さも深刻そうに話す英雄になんとなくオチが見え、白けた笑みを送る。

重々しく語っているくせにやっていることは恐ろしく身勝手であり、王様家業をやっている身ながら流石に呆れざるを得ない。

 

「故に我が神力を持って太陽を創り出し、大妖を呼び寄せる灯火としたのよ」

 

「やっぱりそんなオチか! 大した目的があるわけでもない癖にやっていることが傍迷惑すぎるぞお前!」

 

つまり頭上の太陽は“俺、参上!”とばかりに神や神殺しを引き寄せるための打ち上げたメッセージだったわけだ。求めた役割から考えると狼煙というより誘蛾灯と表現した方が適切な気もするが。

 

将悟自身神殺しの魔王として活動している中で建造物や関係者に被害を与えてしまったことはそれなりにある。だがそのほとんどは不可効力なものであり、大抵は周囲への被害を考えてやっていた(逆に言うと考えた上で被害を出していた訳だが)。

 

「……OK、とりあえず上のピカピカ鬱陶しい代物は脇に置いといて、だ。要するにあんたは戦いたいんだったな?」

 

「しかり。狼煙を上げても中々難敵がやって来ぬ故あるいは余自ら動くべきかと思い悩んでいたが、そなたが余の目の前に現れた以上無用な心配となった。あとは余とそなたが死力を振り絞る血戦を演じれば善い」

 

「ああうん。念のため聞いておくけど大陸の方にもう一人俺の御同輩がいるからどうせならそっちを狙ったらどうだ。正直あんたがこの国から消えてくれるなら俺自身は別にあんたと戦いたいわけでも無理に戦う理由があるわけでもないし」

 

「それは良いことを聞いた。君の首を獲った後は君の言う神殺しを訪ねるとしよう」

 

「ですよねー」

 

後半の台詞はガン無視で都合のいいところだけ聞きとる神様マジデビルイヤーである。神様なのに。まあ最初からこいつら相手に交渉とか夢物語だと思っているので、特に落胆とかはしていない。

 

神と神殺しが出会えば、結局やることは一つに行き着くのだ。

 

「改めて名乗ろう。余はカルナの名を所有する神である」

 

静かに、おごそかな口調で名乗りを上げる英雄神―――まつろわぬカルナ。

虚空から呼び寄せた黄金に輝く装飾が施された剣の切っ先を向け、高々と大音声を上げる。

 

「名乗れ、若きラークシャサよ! その名を余は胸に刻み、戦士(クシャトリヤ)の名誉に恥じぬ振る舞いでいくさに臨むことをここに誓約する!!」

 

どこまでも華々しく、誇りを胸に振る舞わんとする英雄カルナ。

 

確か古代インドにおけるクル族の大戦争を描いた世界三大叙事詩のひとつ『マハーバーラタ』に登場する大英雄。

太陽神スーリヤと当時未婚だったパーンドゥ王妃クンティーの間に生まれながらも、未婚の出産が発覚するのを恐れた王妃によって生後すぐに川へ流された神の子。『マハーバーラタ』の主人公、パーンダヴァ兄弟の隠された長子であり同時に最大の仇敵。英雄豪傑が綺羅星のごとく揃った神代のインドにおいてなお屈指の武勇を誇ったとんでもないビッグネームである。

 

歯応えのあり過ぎる強敵を前に頬が吊り上がるのを自覚する。まったく、何故自分は好き好んでこんな連中を相手にしているのか。我ながら正気を疑うというものだ! こんな化け物と鍔迫り合う戦いに胸を躍らせるなどとは!?

 

「赤坂将悟。王様家業やるにはお前は邪魔だ。だから潰す。以上」

 

「単純で善いな! では参るぞ、神殺しよ!!」

 

どこがつぼに触れたのか不明だが痛快に笑うカルナ。陽光に照らされて輝く剣を頭上に掲げる―――すると忽ちのうちに上空に居座っていた太陽が消え、代わってカルナの剣と鎧が内側から輝き始めた。

 

第二の太陽に押しのけられていた闇が戻ってくる。時間的には日が沈んでいてもおかしくないし、周りが山に囲まれた集落であればなおさら夜は早く忍び寄ってくる。

 

集落の大部分は闇が戻りつつあったが、グラウンドとその周囲だけはカルナから発される光輝によって昼間の明るさを保っていた。

 

太陽を創り、維持していた神力を回収したのだ、と神殺しの勘が見抜く。これでカルナは太陽神の権能と英雄神の武勇を存分に振るえるだろう。

 

なによりカルナから放射される莫大な神力はこの一年で積み上げたキャリアを思い返しても五指に余る強壮さだ。

 

「まずは剣の腕を比べ合おうぞ!」

 

と、剣を掲げ叫ぶが早いか金色に輝く閃光となって間合いを詰めてくる。とんでもないスピード、既に臨戦態勢に入り一挙一動を注視していたにもかかわらず、満足な反応を許さない俊足だ!

 

チリチリと脳裏を焼く直観に従い、見栄えもなにもかもを捨てて地面へ身を投げ出して回避する。コンマ一秒遅れて丁度先ほど首があった位置をカルナの握る剣が通過する。

 

将悟が所有する権能はやれることがとにかく幅広いが、その中に白兵戦の補正はほぼない。このように接近されてしまえば、とにかく紙一重で回避するくらいしかやれることが無いのだ。

 

続いて地面にうつ伏せになった将悟を狙って二の太刀、三の太刀が繰り出されるが魔王特有の危機生存本能と生き汚さでグラウンドを転がりまわって紙一重ながらも回避に成功する。戦場が地面むき出しのグラウンドで善かったというものだ、これがコンクリか石畳なら今頃全身打ち身だらけである。

 

「ふむ…。もしや君は武術の心得を持たないのかね?」

 

首を傾げ、何故向かって来ないのかとばかりに不思議そうに見やる太陽の英雄。

 

「当然のように格闘術の心得を求めんな! もとは現代日本のパンピーだぞ、俺は!?」

 

「嘆かわしい、と余は思うが? 神殺したるもの、武芸の一つや二つ。身につけて置いて損はなかろう?」

 

「あいにく古代の野蛮人よろしく肉弾戦に付き合う気はねーよ」

 

露悪的に言ってみれば、

 

「よろしい。魔術師の妖しき業を振るうも、賢者の智略を駆使するのも君の自由だ。敵の流儀に口出しする無粋はせぬよ」

 

と、王者のごとき器で許容されるがそれが逆に権能を振るうひと押しとなる。

 

…虚仮にされた挙句ここまで余裕を見せつけられて、黙ったままでいられるものか!

 

「―――我は聖なる言ノ葉の主。石から生まれたる智慧の守護者!」

 

身の内から呪力を昂らせ、言霊と共に体外へ吐き出す。

 

「我は呪言を持って世界を形作る者! 我創造するは『雷』なり―――!!」

 

体外へと組み上げられた呪力は言霊によって編みあげられ、権能の主の意のままに創造される。

造り出されたのは将悟の掌に収まるほどの小さく放電するプラズマ球―――されどその威力侮りがたし!

 

「とりあえず初手だ。喰らっとけ!」

 

突き出した掌から球体の形へぎゅうぎゅうに押し固めていたエネルギー塊が解放される。たちまちのうちに近距離で対峙していた両者の視界を埋め尽くす規模の雷撃が幾束も蛇のごとくのたうちながらカルナへと襲いかかった!

 

「ハハハッ! 神殺しよ、なかなか見事な手妻だぞ!」

 

英雄を飲みこまんと迫る雷撃の波濤を再びあの黄金の閃光の如きスピードで咄嗟に身をかわし、距離を取って離脱するカルナ。流石は英雄と云うべきかその体に傷一つ見受けられない。

 

「ただ稲妻を手懐ける類の権能ではなさそうだな…。いずれにしろ楽しめそうではある」

 

改めて品定めをする視線を向けてくるカルナを余所に、将悟は敵の戦力評価を行う。

未だ見せていない太陽神の権能は除外し、白兵戦能力を見るならばとにかく閃光の如きスピードが厄介だ。攻めるも躱すも自由自在。手持ちの攻撃手段の中で一番出の早い『雷』を近距離から撃ち込んで躱された以上、正攻法で当てるのは困難である。

 

(とりあえずは、近づかせないのが先決だな)

 

再びプラズマ球を生みだし、今度は片手ではなく両の掌に保持する。真正面から『雷』を放ってもまともに当たりはしないだろうが牽制になれば十分だ。とにかくその隙に対策を考えるしかない。

 

「稲妻よ、我が意に従い顕れよ!」

 

更に次々と虚空からプラズマ球を産み出し、自身の周囲に滞空させておく。数をそろえると先程の稲妻ほど威力はでないが、牽制目的ならばこれで十分だ。

 

「ほう、弓比べかね! 余が天下に名を知られた弓達者であることを知らぬと見える。その試みは無謀であると忠告しておこう」

 

余計な御世話だと自信過剰な発言に呆れかえるも、そういえばこいつは天下の名人と讃えられた大英雄アルジェナに弓比べで勝っていたことを思い出す。己の技量、強壮さについて不遜とすら取れる言動を繰り返すカルナだが一つの時代を代表するに足る武芸の持ち主であることは間違いが無い。

 

となると確かにこの撃ち合いはこちらに不利かもしれない。

 

―――だが最後に勝つのは俺だ。

 

強いものが勝つのではない、勝った者が強いのだ。例えこの弓比べに負けようが、最後に奴の首を噛み切れればそれでいい。将悟の闘志を感じ取ったのかカルナもまた燃え立つような喜悦を頬に浮かべる。

互いに浮かべた獰猛な笑みが合図となった。

 

将悟は滞空するプラズマ球を開放し、幾条もの天翔ける紫電をけしかける。

カルナもまた虚空から随所に飾りが付いた強弓を取り出し、先端に炎を灯した矢をつがえて放つ。

 

熱と閃光、光輝の箭が交わされる戦場の火ぶたが切って落とされた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《甘粕冬馬》

 

遥か遠方より王と神のいくさを密かに監視する一人の忍びがいた。

言うまでも無く上司から戦況を逐一報告することを命令された甘粕冬馬である。

 

視認できるギリギリの距離から何かあれば即座に離脱できる体勢だった。カンピオーネや神が暴れまわる戦場では、見える範囲は残らず流れ弾が飛んでくる可能性があるのだから当然の判断である。できればこの位置にすらいたくはなかったのだが上司の命令に逆らえない公務員の悲しさか。

 

「形勢は6:4で不利ですかね…」

 

この一年、常に将悟のそばで補佐し続けてきた経験から甘粕はなんとなく戦況の不味さを悟っていた。

 

将悟が放つ雷撃は間断なく弾幕となってカルナへと撃ち込まれる。神獣クラスの敵なら大ダメージは免れない火力と密度だが、カルナが放つ弓箭の見事さは将悟の弾幕を上回っていた。

 

自然体で弓に箭をつがえ、無造作にひょうと射る。炎が灯されたその一矢は無数に分裂し、さながら光の雨となって紫電の弾幕と相殺し合う。それを一息に4本は射るのだ。

 

一矢でならなんとか上回っていた稲妻も二の矢、三の矢と続くと流石に物量で押し切られ、太陽に照らされた霧のように消え去っていく。

 

弾幕合戦に打ち負けて届く矢は呪力を高めることで何とか凌いでいるようだが…。

 

今は何とか互角に見える撃ち合いだがおそらくそう遠くないうちに形勢はカルナに傾く。

だがそれも当然だ。赤坂将悟という『王』の本領はこんな力比べでは発揮されることはない。

 

将悟の権能の強みは対応力の高さだ。とにかく使える攻撃の種類、行使できる現象の多彩さが広い。その代償に最大威力、決定力が他の『王』と比べて低い水準にあるのだが…。

ともかく変幻自在の権能で攻め、あるいは凌ぎながら隙を作り出し、有効打を打ち込む。これが将悟の戦闘における基本戦術だ。

 

故にまともに撃ち合い、力比べに付き合っている現状ははっきり将悟に不利である。そして本人もそれを分かっている。その上で付き合っているのだ。

 

ではその理由はというと…、

 

「攻めあぐねて策を練りながら弓合戦に応じている、といったところですか」

 

無理もないでしょうが、と呟く甘粕。

甘粕が予測するカルナの最も厄介なアドバンテージは、武勇ではなく太陽神が有する不死性だと考えていた。

 

諸国の神話伝承に詳しい甘粕はカルナの身に付けた具足、黄金の鎧こそ不死性の源だと当たりを付けた。あの鎧こそ父なる太陽神から授けられた不死不滅の黄金。鎧を身につけている限りカルナは不死であり不敗、なればこそ『マハーバーラタ』では鎧を失ったカルナは敗北したのだが…。

 

将悟も鎧の逸話を知らずとも不死性に関しては予測しているだろうから今頃幾つもの策がその頭の中で検討されているだろう。

 

特に高火力の決定打を持たない将悟から見れば不死性を突破しないと勝ち目が薄い。有効な手立てはあるがアレは使えない時は本当に使えないのだ…。

 

そのまましばし考え込むが…。

 

「流石にちょっと思いつきませんね」

 

と、あっさり考えるのをやめる。

真剣さが足りない訳ではないが考えるだけ無駄だと割り切ったのだ。

 

「まあ、なんとかなるでしょう」

 

この一年、誰よりも近くで将悟の活躍を見せつけられてきた(・・・・・・・・・)甘粕はそう呟いた。

 

力比べで負けているからといってそれが敗北に直結する“はずがない”。

 

正面からと見せて背後から、防御と見せかけて反撃を、隙がなければ手を変え品を変え作り出す。千変万化の権能で以て敵の意表を突き勝利をもぎ取る。それこそ甘粕が見てきた赤坂将悟という『王』のスタイルなのだから!!

 

「頼みますよ、将悟さん…」

 

世界に神は居ても応えてくれることはない…。

それが分かっていても甘粕は王の勝利を祈らずにいられなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そろそろ十分にも届こうかという派手な割に不毛な飛び道具比べはカルナ有利なものの、なんとか形勢を維持したまま推移していた。

 

とにかく数を作って撃ち込んでもそれ以上の密度で太陽の矢を撃ち込まれ、呑みこまれてしまう。

運よく相殺されず直撃コースにある紫電も悠々と剣で切り裂いている…神様は大概そうだが、こいつもやはりデタラメである

 

灼熱と閃光の塊を次々と撃ち放ちながら、減った分はどんどん呪力を汲み上げて補充する。要諦は速度よりも密度だ、とにかくこの弾幕を維持している間は奴も早々近づけないはず。幾らか被弾しかけたがカンピオーネの魔術耐性でなんとか耐えている。

 

対してカルナはまだまだ余裕だと言わんばかり。

それどころか、

 

「そろそろ弓比べにも飽きたのでな。今度は余が腕比べに誘うとしよう!」

 

などとのたまう。

 

「偉そうな口はこっちの弾幕を潰してから叩け、この英雄野郎!」

 

「ふふん。ではそうさせてもらおう―――かっ!」

 

悪口か迷う罵声を浴びせると稚気に覗かせる笑顔を浮かべ、弓から剣に持ち替えたその姿が前触れなく“霞む”。

神速で一気にトップギアへシフトしたためだと気付いたのは、黄金の軌跡がジグザグの軌道を描き、瞬く間に懐へ踏み込まれたその時だ。

 

弓箭の速さに目が慣れてしまったため、それ以上に速い閃光のごとき俊足を捉えられなかったのだろう。しかもご丁寧に進路上で直撃コースになった稲妻はその手の剣でことごとく切り裂いて!

 

これは将吾の油断というよりもカルナの武力がデタラメすぎるからこそ起こった事態。物量に押し切られ、最初の頃より弾幕の密度が薄まっていたこともあるだろうが…。

 

「これで終わりだ、赤坂将悟よ!」

 

剣の間合いに飛び込み、脳天から一気に両断する必殺の一刀が振り下ろされる。当たれば即死確定の一振りに必死で呪言を紡ぐ。間に合え―――!!

 

「ッ!? 『楯』よ、在れ!」

 

「ぬぅっ!?」

 

外れるべくもない剣閃が神殺しの頭蓋を両断する感触ではなく、固いものに当たって弾かれる衝撃を手に帰してくる。防がれたのだ。

 

みると剣閃と将悟の頭部の間を遮るように、月の意匠が描かれた円形の楯が出現していた。

間一髪で『創造』が間にあったと将悟は冷や汗を感じる余裕も無く、続いて首を刈らんと横薙ぎに振るわれる剛剣。

 

「時を刻む呪歌を我は唱せん!」

 

今度こそ、との思いで振り切られた英雄の太刀は―――空を切る!? しかも今度は神殺しの姿まで消え失せた。

 

すぐ傍にある気配、これはまさか。

紡がれるは権能を増幅する聖句、膨れ上がる呪力に英雄は刹那を惜しんで跳び退る。

カルナの闘争本能が警鐘を鳴らす、安全地帯だと踏み込んだ魔王の懐は実は虎口だった。そんな直感だ。

 

「雷よ、稲妻よ、雷霆よ…」

 

逃げろ逃げろとささやく直観任せに全力で離脱。わき目もふらず退け―――!!

 

「灼熱の鉾となれ―――仇を喰らい蹂躙せよ!!」

 

膨れ上がる呪力は無双の英雄をして怯ませる大規模な雷撃の波濤へと変貌する。

そして至近から放たれる紫電の濁流は遂に輝ける英雄を捉え、そのあぎとの内へ一瞬で飲み込んだ!

 

「ぐ、が、ああああああああああああああああぁぁッ!!」

 

雄叫びと苦悶を等量に混ぜた怒声が英雄の喉から絞り出される。英雄を飲みこんだ雷光のアギトの内側から強い光が一点放射されている。太陽の神力を最大に行使し、なんとか踏みとどまっているのだ。

 

神殺しは笑う。

このまま黙って凌がせてやるものか。徹底的に叩いてやる。

 

「百の呪言、千の聖句を以て我は大いなる蛇を打ちのめさん、災厄を退けるは賢者が振るう剣の賜物なれば!」

 

新たに聖句を紡ぎ出し、捻りだせるありったけの呪力をくみ出して激烈な雷霆に上乗せる。たちまち倍する勢いで紫電の奔流が膨れ上がり、飲み込まれた太陽をかき消す絶大な熱量と閃光をまき散らした。

 

それは射線上にあった鉄筋造りの公民館に大穴を開け、解き放たれたエネルギーで豪快に火災が発生するほど強烈な一撃であった。

 

 

 

 

 

 

…………………。

………………。

……………。

横薙ぎに振るわれるカルナの剛剣を『神速』でかわして背後に回り込み、最大威力の『雷』を捻り出し思う存分叩きつけた。今の攻防を解説すると実はそれだけだ。

 

だが実際はかなり際どいやり取りだった…特に神速の行使が間に合ったのは本当に幸運だった。転んでもタダでは起きず、窮地に陥ったことを逆用してなんとかやり返したが紙一重だった。一手間違えれば立場は逆になっていただろう。

 

おまけに使える回数が少ない『神速』も使ってしまった。黒王子アレクなどと比べると体感時間で十数秒しか維持できず、負担もけた外れに大きい『神速』を。余裕でやり過ごしたように見えて既に心臓がキリキリと痛んでいる。少し経てばこの痛みも収まるだろうが…。

 

グラウンドに立ちこめている激しい土埃を一筋の光線が切り裂いて、主の無事を告げた。まああの程度でくたばってくれるなら神様がらみの厄介事で被る苦労も半分になっているだろうしなァ。

 

強烈な熱風が全方位に吹き出され、土埃はたちまち消え失せた。

立ち上る陽炎が視界に立ちふさがりながら熱気の中心には満身創痍の英雄が屹立する。

 

豪華絢爛な黄金の鎧に至るところに亀裂が入り、全身焼けただれた跡が刻まれている。驚くほど血が流れていないのは雷撃によって蒸発したからか。鎧が衝撃と熱量の大半を引き受けたとはいえ、相当なダメージが入ったようだ。

 

「……悔しいがしてやられたわ! されど余が倒れ伏すにはほど遠いぞ!!」

 

なんとか天秤が傾いたかと密かに安堵したのもつかの間。

カルナがなにがしかの聖句を呟くと鎧からひときわ強い光輝と炎が立ち上り、カルナを包み込む。

 

輝ける太陽の神力が傷ついた黄金の鎧を瞬く間に修復し、堅牢な鎧を突破して入れた負傷も急速に癒されていく。代償に神力をかなり消費したようだが、戦闘力の衰えは一切見られない。

 

これは太陽の不死性…毎日地平線に沈んでは再び上り、日差しが弱まりながら冬至を境にまた強まる不滅の生命力の恩恵か。

 

生半可な攻撃ではダメージが通らず、少々の負傷では即座に癒してしまう。実のところこういったひたすらタフで地力が強いタイプは将悟が一番苦手とする手合いだった。正面衝突を繰り返していてはいずれこちらの首が飛ぶ。

 

「あーくそ、だから地母神と太陽神は相手にしたくないんだ!! しぶとすぎるんだよ!」

 

「父なる太陽から与えられた神威の鎧よ。これがある限り余は不死身なれば、鎧を完膚なきまで砕かぬ限り勝利は訪れぬと心得るがいい」

 

莞爾と笑う英雄に舌打ちする。腹が立つほど正論だ。噛み砕きたくなる。

局地的な攻防で勝ってもまだまだ不利だという状況に、逆に闘志が湧きあがってくる。絶対に勝つ!

 

「そして直に君の権能に触れ、詳らかに識ることも出来た。思った通りただ稲妻を操るような底の浅い権能ではなかったようだな」

 

対してカルナは滾る闘志を頬に乗せながら、まだまだ意気軒昂だ。どうだとばかりに推理、否、直感で得た事実を突き付けてくる。

 

「余が見受けたのは『稲妻』に『楯』、時を歪める『神速』。中々行き届いた権能だが、これだけで君が弑した神を見抜くのは智慧の神でも無ければ容易ではあるまい…。

されど遍く照らし見透かす霊眼の所有者でもある余は見抜いたぞ! 君が奪い取った権能の源、殺害した神の名を!!

 

カルナは太陽神スーリヤと同体とされた英雄。そして太陽神の霊眼から逃れ得るものなどない。

なるほど、奴もまた理屈を抜きに神や魔王の権能の素性を見抜く霊眼を持っていても不思議ではない。

 

尊ぶように、弄ぶようにカルナは聖なる神の御名を言の葉に乗せる。

 

その神の名は――――――、

 

 

 

 

 

「トートだ、そうだろう? 旧き魔導の都(エジプト)で広く崇められた智慧の神。偉大なる魔術の祖! かの大神を殺め、君は智慧と魔術の権能を簒奪したのだな!」

 

御名答。

やはりと言うべきかこの雄敵は一筋縄ではいかない厄介な手合いだったようだ。こちらの手の内を暴かれた影響はかなり大きい。

 

対してこちらにはあの太陽の不死性への切り札はない、先ほどのように強烈な一撃を何度も入れさせてくれるとも思えない。

ちょっと手詰まりである。どうしたものか…。

 

 

 

 

己の権能の源を見破られ、戦況に思考をめぐらす神殺し。

 

加えて太陽が英雄に与える不死不滅の恩恵。

 

これを破る手立ては未だ神殺しの手にはなく、神話を再現する戦場は混迷の度合いをますます深めていく……。

 

 

 




20160701 若干修正しました。

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