ゆうかりんか   作:かしこみ巫女

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第九話 皹の入ったグラス

「座学は一旦終了。次は能力のコントロールについてだけど――」

 

 アリスがノートをしまい、こちらを眺めてくる。ああ、金髪が眩しい。アリスは本当に美人だと思う。一方の私も見栄えは問題ないが、目つきが最凶最悪だ。浮かべる笑みは嘲笑となり、誰かさんのせいで威圧感常時発揮状態とされていた。可愛いよりも、怖いと思われるはず。

 

 ――そんなことを考えていたら、隣に浮かぶ上海人形に頭を軽く小突かれる。

 

 

「今、余計なことを考えていたでしょう」

「いいえ」

「貴方は自分では無表情を維持しているつもりでも、全く隠せていない。現段階では、嘘をつくのが下手と言わざるを得ないわね」

 

 そんなはずはないと、自分の頬を両手で押さえる。

 

 

「――と、今のは引っ掛けだったわけだけど。嘘つきさんはみつかったみたいね」

「…………」

 

 渋いですねと呟きたくなるが、なんとか堪えた。しかし、感情というか考えを読まれやすいというのは確かだった。私が幽香に対して悪口を考えると、即座にお仕置きが飛んでくる。目がいけないのだろうか。それとも顔が笑っているとか? いずれにせよ修正せねば。

 

 

「話が逸れてしまったついでに聞いておくけれど、貴方の得意とする能力はなに?」

「……得意」

 

 私の得意な能力。なんであろうか。幽香に徹底的に痛めつけられる程度の能力。これは得意というより日常だ。幽香対策を考える事か。これは毎日考えているから合っているかもしれない。しかしちょっと悲しすぎるので、言うのは止めておこう。

 

 

「彼岸花を咲かせる程度の能力。多分、それが私の能力です」

「へぇ。ちょっと見せてもらえるかしら」

「はい。えっと、どの辺に咲かせれば?」

「ちょっと待ってて」

 

 アリスが小気味よく指を鳴らすと、人形たちが動き出し外にゆっくりと出て行く。しばらくすると、土で満たされた鉢植えをもって帰ってきた。これに咲かせてみろということらしい。人形さんは便利だなぁと感心した。

 

 ――というわけで能力発動。アリスを見習って格好良く指を鳴らしてみる。――かなりしけった音になってしまった。素晴らしきヒィッツカラルドさんに怒られてしまう。

 ちなみに、アリスは生温かい笑みを浮かべてくれた。これはこれでかなり恥ずかしい。

 とはいえ、音はしけってしまったが、能力の発動自体には成功している。小さな鉢植えには、立派に開花している彼岸花が現れた。綺麗な花なのに、あまり評判は宜しくない。悲しい事である。――地獄花、死人花、捨子花。ならばいつか思い知らせてやろう。私達の思いと共に。

 

 

「なるほど。綺麗に咲いているわ」

「ありがとうございます」

 

 

 ――と思考に何か靄がかかってしまった。とにかく、彼岸花は綺麗な花なのである。是非とも大事に育てて欲しい。アリスならきっと大切にしてくれるだろう。

 

 

 

「幽香は花を操る程度の能力だったかしら。それを更に限定した感じね。どの程度まで咲かせられるの?」

「太陽の畑の一画を、彼岸花で埋めたら半殺しにされました。それ以来試していません。……悲しく切ない思い出があるので是非聞いてください」

 

 ――アリスにとある悲しい出来事を説明する。

 得意気に能力を好き放題発動していたら、背後から痛恨の一撃を喰らってしまった。

 もう絶対にやりませんと百回言っても許してくれなかった。あの事件は私のトラウマの一つである。しかし怪我の功名とやらで、あの場所は彼岸花地帯ということで認めてもらうことができた。咲いている花を処分することはできなかったらしい。鬼の目にも涙というやつである。ならば私にも情けが欲しい。

 

 

「……それは大変だったわね」

「はい」

「まぁ、能力を覚えた直後は、よくあることよ。技に溺れて痛い目に遭って学習していくのだから」

「なるほど。納得できました」

「それで、中々素敵な能力だったけど、他には何かできるのかしら。例えば、妖術とかね」

「隠形術とか結界術とか呪縛術を少々。夜中に独学で修行しました」

 

 なんだかお見合いみたいになってきた気がする。妖術のほうを少々。みたいな。こちらの母親は幽香だとして、アリスの母親は神綺様? こっちの世界でもそうなのだろうか。だが、迂闊にきくのはかなり危険な気がするのでこれは止めておく。地雷を踏んでしまって、お前は魔界送りにしてやるとか言われたら困ってしまう。

 

 

「隠形術……。かなり高度な術のはずだけど。試しにやってみてくれる?」

「はい。……ではいきます」

 

 立ち上がってから妖力を溜め、印を結んで姿を掻き消す。窓を見ても、自分の姿は反射していない。自分で言うのもなんだが完璧である。

 目の前で悠然と座っているアリスに向かってダブルピースをしてみる。例の顔芸はしない。そんなことをしているところが幽香に見つかったら、打ち首獄門である。

 

 

「確かに、姿は消えているわね。その術、どれぐらいの自信があるの?」

「誰にも見破れないと思います。私の術は完璧ですよ」

 

 胸を張る。あの悪魔ですら気付かないのだから完璧である。あのときバレたのは、多分偶然である。あの女は悪魔的直感の持ち主だからだ。

 

 

「なるほど。貴方の実力の程は分かった。一つ残念なお知らせをするけど、その隠形術、お粗末極まりないわよ」

「……えっ?」

 

 どこがいけないのだろう。姿は完全に消えているのに。いまいち納得がいかない。

 

 

「姿は消えているけれど、違和感が凄まじいの。一般人でも、その空間に“何か”がいることに気がつくでしょう。私達のように力を持つ者が見れば、貴方の妖力が見えてしまう。ちょっと目を凝らすだけで、貴方の姿は丸見えということ」

 

 なんという欠陥隠形術。完璧だと思っていたのは自分だけだった。これでは裸の王様である。いやまて。ということは。

 

 

「つまり、幽香にもバレバレだったということね」

「…………」

 

 両膝をついて天井を仰ぐ。ついでに両手もあげてしまおうか。有名なプラトーンのシーン。

 

 

「……ぷっ。本当に大げさね」

「悲しみをアピールしてみました」

 

 

 アリスが口を押さえて僅かに噴出した。珍しいシーンに違いない。身体を張った甲斐があったかもしれない。

 

「とにかく、能力のコントロールを身につけて、自分の気配を消しさえすればいい。別にそんなにがっかりする必要はないわよ」

「そうですね。前向きに頑張ります」

 

 演技を止めてさっさと座る。それを見ていたアリスが、疲れたように溜息を吐く。そしてジト目でこちらを見つめてくる。こんな顔でも美人さんなのが羨ましい。

 

 

「貴方、意外とひょうきんな性格をしているみたいね」

「ありがとうございます」

「別に褒めていないわ。……さて、話を元に戻しましょうか」

 

 アリスが人形を使って、テーブルの上にグラスを並べていく。水差しでそれぞれに水を満たしていく。何かを呟いて指を鳴らすと、それぞれのグラスが赤や黄色……七色に輝きだす。流石は七色の魔法使い。格好良い。

 

 

「おおー。ブラボー、ビューティフォー!」

 

 私は立ち上がり、全力で拍手する。アリスが困惑しながら「やめなさい」と言ってきたので、名残惜しいが再び椅子に腰かける。

 

 

「こんなことを絶賛されても嬉しくない。恥ずかしいのよ。……えーっと、このグラスと水に、今特殊な魔法を掛けたわ。燐香、どれでもいいからグラスに向かって妖力を注ぎこみなさい」

「?」

「やれば分かるわ。さぁ」

「はい」

 

 意味が全く分からないが、やれば分かるらしいので大人しく従うことにする。

 私の髪と同じ、輝く赤色の水で満たされたグラスへ手をかざす。妖力を注ぐ。光線のように放つのではなく、注ぎ込むようなイメージ。

 すると、赤く輝いていた水は光を失い、グラスに罅が入ってそのまま割れてしまった。水がテーブルの上に零れてしまうが、人形たちがすぐに布巾でふき取っていく。予想済みだったようだ。

 

「これはどういう?」

「このグラスには、ある程度までの妖力に耐えられる魔法を掛けていた。水の光はその耐久力を分かりやすく示している。貴方がこれから行なう鍛錬は、グラスを割る事無く、水を無色透明へと戻すこと」

「…………」

 

 

 これは結構大変そうだ。私はこうみえてせっかちであり、コツコツと鍛えるのがあまり好きではない。バーッとやってポンとやるようなのが好きなのだ。

 それを我慢して小手先の技術を独学で習得したのは、そのための布石となるからである。幽香を仕留めるのは、超ド派手な最大級の必殺技と決めている。ギャフンと言わせる為にはそれぐらいでなければならない。

 

 

「今、面倒臭そうとか思ったでしょう」

「いいえ」

「顔に出ているわよ」

「ふふん。今度はひっかかりません」

「なら問題ないわね。幽香に倣って、貴方が音を上げる寸前までやってもらうわよ。疲れてきたときにこそ、この訓練は意味を為すの」

 

 やりこめられてしまった。多分、アリスには永遠に口ごたえ出来ない気がする。そして幽香は言うまでもない。壁を相手に愚痴を零しているばかりでは、コミュニケーション能力は上達しないということだ。

 

 

「ねぇ。なぜこんなことをやらせるか分かるかしら」

「能力のコントロールのため、ですか?」

「その通り。私達、人間ではないものはそう簡単に死ぬことはない。でも、人間は違う。貴方の放った適当な妖術でも、人間は容易くはじけとぶ。今貴方が割ってしまったグラスは、“普通の人間”が耐え切れる程度の強度だったの」

「……普通の人間」

「そう。罅がはいるという事は、致命傷を与えたのと同義。割れた時点で死亡確定。スペルカードルールは、力の差がある人間とも真剣に戦えるようにするというもの。貴方は人間を殺さないよう、自らの妖力をコントロールしなければならない。でも、ただ出力を弱めるだけでは、勝負に勝つことはできない。勝つためには、自らの能力を知り、どんな状況でも適切に妖力を操る必要がある。美しく優雅に戦いたいならなおのことね」

「…………」

 

 テーブルに散乱しているグラスの破片。目を凝らす。視界に靄がかかる。饐えた血の臭い。散らばる肉片、群がる小バエの不快な羽音。大小様々な部位が入り乱れ、何人の死体が混ざっているのか分からない。これをやったのは一体誰だろう。

 いやいや、やったのは私じゃないか。でもまだ足りない。もっともっと必要だ。私――私達の怒りはこれぐらいでは収まらない。思い知らせてやる。そのために私はここに生まれてきた。だからもっとグラスを。

 

 ――でもおかしいな。なんで、私達は自由に動けないのだろう。なぜ、地面から空を見上げている? ああそうか、散らばっているのは――。

 

 

「落ち着いて。余計なことを考えないで」

 

 アリスが頭を撫でてくる。ハッと意識を取り戻す。何だかどうでもいいことを考えていたようだ。私の悪い癖である。

 白昼夢を見ている場合ではない。今日は特にひどい気がする。体力回復直後だからだろうか。

 アリスが親切で教えてくれているのだから、真剣にやらなければ。頭を何度か振り、気合を入れなおす。

 

 

「ごめんなさい」

「別に深刻に考える必要はない。楽しみながらやればいい。貴方が必死にやるべきなのは、幽香との訓練なのでしょうし」

「うっ」

「ここではのんびりと過ごすと良いわ。私も片手間でやることだからね。別に期間は区切られていないし」

 

 リラックスしろと励ましてくれている。表情はそんなに変わらないが、アリスの親切心が伝わってくる。会ったばかりだというのに、本当に優しい人である。ああ、ここの家の子として生まれたかった。……アリスは結婚してないけれど!

 

 

「ふふ。いつもの表情に戻ったわね。……さて、何か質問はある?」

「ありません」

「よろしい。それじゃあ始めなさい。割れたグラスは魔法で修復して再利用するから、存分にやって構わない」

 

 

 アリスの言葉が終わると同時に、私は次のグラスを割っていた。

 私は今まで、全力全開か、幽香に見つからないように極力抑えるの二つだったようだ。全力全開では弱い人間を殺してしまうだろうし、全力で出力を抑えていては、妖精にも勝てないだろう。

 それをアリスは矯正しようとしてくれているのだ。流石は魔法使いである。もうこの人に一生ついていけばいいんじゃないだろうか。その前に悪魔を叩き潰さなければならないが。いつかアリスに聞いてみよう。幽香をどうにかする手段はありますかと。

 ――余計なことを考えていたら、グラスをまた割ってしまった。ああ、本当に難しい。

 

 


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