ゆうかりんか   作:かしこみ巫女

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外伝6 邂逅

 湖に浮かぶ蓮の花を眺めながら、手にした桃に大口で齧りつこうとして止める。まだ痛みの残る腕を庇いながら、桃を膝の上に置く。湧き出てくる溜息を遠慮なく盛大に吐く。

 

「……はぁ」

「これみよがしに溜息など吐かれて。一体どうされたのです? 総領娘様が落ち込むなんて雹が降りますよ」

「ねぇ。嫌味を吐くのも竜宮の使いの仕事なの?」

 

 天子が睨むと、衣玖はわざとらしくおどけてみせる。

 

「いえ、私は空気を読んで気を遣ったのです。ええ、私は空気を読めますので」

「そうなのかしら」

「はい」

「貴方が言うならそうなんでしょうね。私は知らないけど」

 

 天子は視線を湖に戻す。衣玖も会話を止めるが、立ち去る気配はない。一応、気を遣っているらしい。

 

 それにしても、今回起こした異変は散々な結果だったと天子は心の底から落胆していた。博麗神社を派手に倒壊させた後、わざと敗北してやるところまでは順調だった。関節技でノックアウトされたのはちょっとしたアクシデントではあったけれど。がその後がよろしくない。迷惑料代わりに神社修復を請け負い、神社に要石を埋め込んでやった後からが本番だったのに。色々な小細工をして天子の地上の拠点にしてやるつもりだったのに。どうしてこうなった。

 

「あの赤毛の童妖怪のせいで。私の偉大で完璧な計画が全て水の泡よ。ご破算。全く、どうしてくれるのよ」

「そうでしょうか。私としては感謝してもしたりないのですが」

「あの後が本番だったのよ。これじゃ、私は一体なんだったのかって話じゃない。暴力巫女に痛い目にあわされただけよ」

「なんだったのよと言われましても。ただの我が儘だったのでは」

「うるさい」

 

 桃を衣玖に投げつけるが、見事にキャッチされてしまう。しかもひとさし指を天に上げた決めポーズつき。イライラ度が増していく。

 

「申し訳ありません」

「ならそのポーズはなんなのよ」

「桃をキャッチできたアピールです」

「じゃあさ。悪いと思ってるなら緋想の剣もってきて。今度は全力で大暴れしてくるから。もう一度ぶっ壊してくるわ」

「お断りします。自殺幇助は私の仕事ではありませんので」

 

 霊夢にぼこぼこにされた後、八雲紫やらに取り囲まれた天子。形だけの謝罪の後、私財をつかって復興させて欲しいと願い出たのだ。霊夢は当然だと頷き、周囲の連中もそれに同調。全てが天子の思い通りに進んでいた。

 ところがだ、風見燐香とかいう童妖怪が八雲紫に耳打ちすると、風向きが一変した。

 八雲紫は黒い雰囲気と共に表情を険しくすると、天子の頬を全力でつねりあげ『面白いことを考えるわねぇ。ただ、それを実行されると面倒なこと極まりないわ。この我が儘お嬢様には、きついお仕置きが必要みたいねぇ』などとほざき、折檻の後に天界へ連行されてしまった。要石埋め込み計画はここで破綻だ。博麗神社は鬼の力だけで修復されることになってしまった。

 失敗した原因は考えるまでもなく、風見燐香が余計なことを八雲紫に吹き込んだせいである。どうして思惑が分かったのかはさほど重要ではない。大事なのは結果だけ。とにかく異変は終了し、天子は楽しめなくなってしまった。完全に不完全燃焼である。

 

 その後は、父親を筆頭とした面倒な連中から説教説教説教の雨。天子の耳には、気分的には大タコができてしまっている。これも当然ながら緋想の剣は没収の上、反省するまで謹慎処分。謹慎なんて名目だけだし、剣は元から天子の物ではなかったから全然悔しくないが。必要になったらまた強引に持ち出せばいいだけだ。だから悔しくないのである。

 

「……はぁー」

「どうかしましたか? 先程よりも酷い溜息が」

「まーた退屈な日々に戻ったなぁって思っただけ。だから大きな石を全力で投げ込んで、波紋を起こしてやったのに。何もなかったかのように元に戻っちゃった。あー、とても悲しいしやりきれない」

「投げ込んだのではなく、迷惑をばらまいたの間違いではないでしょうか」

「ま、そうとも言うわね。それも誤差の範囲内よ。私にしてみれば骨折り損のくたびれもうけ。あー、やだやだ。こんなことならずっとだらだらしてれば良かったわ」

 

 天子は両手を上に伸ばした後、そのまま地面に寝転んだ。面倒だし、このまま寝てしまおう。反省文を書く作業があるが、それはまた今度。どうせ時間は死ぬ程ある。退屈な日々のちょっとした変化になるかもしれない。どうせならないだろうけど。まぁ、いつものことだ。

 一体自分は何をしたかったんだっけか。何を求めてこんな異変を起こしたのだったか。そんなことを考えながら、天子は眠りについた。

 

 

 

 ――と思ったら。

 

 

「えい」

 

 気の抜けた声とともに、額に何か乗せられた。目を開ける。広がる青空。だが、額に何やら熱を感じる。というか熱い。しかもその熱がどんどん広がって、髪の方に――。

 

「熱っ! 熱いっ! み、みず!」

 

 天子は悲鳴を上げてごろごろと転がった。そして湖にそのまま着水。いきなりだったので水が鼻に入ってしまった

 

「ごぼごぼ! 冷たい!」

「凄いリアクションだね。燐香顔負けだね」

「私はリアクション芸人じゃないですし。というか、いきなりアツアツ芸を仕掛けるとはエグイですね」

「お灸を据えてみたんだけど。霊夢がお灸を据えてこいって言ってたし」

「確かに言ってましたけど。今の、へび花火ですよね」

「うん。まだあるからあげる。はい」

「これはどうもありがとうございます、ルーミアさん。じゃあ火をつけますよ」

「うねうね」

 

 湖から這い出ると、例の風見燐香と金髪の妖怪の姿があった。確かルーミアとか言ったか。開幕の花火を打ち上げた妖怪だからか、妙に記憶に残っている。名前を覚える意欲に著しく欠ける自分が、初対面の相手の名前を覚えているのは極めて異例なことだ。

 天子の計画を滅茶苦茶にしてくれた連中が、へび花火を囲んで何やら楽しそうに話している。それを穏やかな視線で見守っている永江衣玖。しかも呑気にへび花火とやらに火をつけている。色々と言いたいことはあるのだが。

 

「おーい。誰か助けてー」

「これは中々趣き深いですね」

「でも、やっぱり地味ですよね」

「地味だけどうねうねして面白いよ。混沌を形にしたらこれだね、うん」

「こ、混沌? そ、そうなのかなー」

 

 誰にも相手にされなかったので、咳払いをしてから天子は普通に湖から上がって近づく。あんな湖で溺れるほど間抜けではない。

 

「ちょっと。私を無視するなんて良い度胸じゃない」

「あ、ど、どうも」

「どうもじゃなくて。なんで貴方たちがここにいるのかしら。良い? ここは穢れの塊が気軽に近づいて良い場所じゃ――」

「実は萃香さんにつれてきてもらいました。他の人達もいますよ」

 

 指を差す燐香。その先には、桃の花を見ながらご機嫌に酒をあおっている鬼がいた。天子とも顔見知りである。友人と呼べるような関係ではない。萃香の他にも、黒帽子を被った女やら、人形遣いやら、緑の巫女やらもいる。何がなんだか分からない。

 

「あ、そう。で、わざわざ何しにきたわけ? ああ、異変の敗者を嘲りに来たのかしら。ま、それも面白い趣向よね」

「い、いえ。そういう訳では」

「いいのよ、別に。私は負けたんだから。さぁさぁ、遠慮なく罵倒しなさい」

 

 胸を張ると、燐香の顔が引き攣った。

 

「だから、違うんです。えっと、その。私たちは天界の桃を食べに」

「はぁ?」

「総領娘様はご存知ないでしょうが、私はしっかりと話を窺っております。今回総領娘様が下界を騒がした件は、天界の桃をプレゼントすることで手打ちになったそうで。上手く纏まって喜ばしいことです」

「桃で手打ちって」

 

 天子は呆れた。持ちかけるほうも持ちかけるほうだし、それを受け入れる方もアレだ。

 

「天界見学、桃もぎ取りを楽しむツアーだそうです」

「ツ、ツアー」

 

 

 

「皆さん、成果はどうでしたか?」

「あ、一杯採れました。でも、こんなに取ってしまって本当に良いんですか?」

「どうぞどうぞ。腐るほどありますので」

「そっか。じゃあ、いただきまーす」

 

 ルーミアが闇を展開して、そこに手を突っ込む。すると、そこから桃が現れた。――黒く染まった、あの桃が。

 

「――あ!! そ、それ!!」

 

 天子が大声を上げて、近寄るが、黒桃はルーミアの口に飲み込まれていってしまった。一口で。

 

「うん、美味しいね。燐香は食べないの?」

「さっき食べましたし。白玉楼に帰ってからまた皆で食べますよ。というか、それ、なんで黒いんです?」

「さぁ。知らない」

「ちょ、ちょっと! そこの金髪妖怪! ちょーっと待ちなさい!!」

「んー、何かな?」

「その桃、黒い桃よ! 私に寄越しなさい! じゃなくて、私にもちょうだい!」

「えー。桃なら他にもあるじゃない」

 

 嫌そうな顔をするルーミア。

 

「そ、総領娘様。いくらなんでもそれはあまりに大人げない。桃でしたら幾らでもあるし、いつも召し上がっているではないですか。良い歳をして子供から取り上げるなんて。ああ、なんと嘆かわしい」

 

 衣玖がハンカチで目元を押さえながら諫言してくる。しかも演技ぶった口調で。言いたいことは分かる。いつも好きなだけ食べてるのに、どうして人のものを欲しがるのかと。だが、そうではないのだ。天子が欲しいのは――。

 

「違うっ! 私が欲しいのは、その黒い桃なのよ! 夢に出てきた、あの黒桃! とにかく問答無用、私はそれを食べる!」

 

 寄越せといわれて、はいそうですかと渡す馬鹿はいない。というわけで、実力行使に出ようとした時。

 

「はい。沢山あるからいいよ。飽きるほど取ったから、特別にあげる」

「……え。いいの?」

「うん。はい」

 

 呆気なく渡されてしまった。ルーミアは別の桃を手に取っている。天子は手にある黒い桃に視線を落す。

 

「ル、ルーミアが、お裾分けなんて。何か悪い物でも食べたんです?」

「ううん、なんとなくだけど、あげてもいいかーって思っただけ。なんか、前にもこんなことあったなーと思って。だから、なんとなく。うーん、なんか一人足りない気がするけど、そのうち集まりそうかな? 良く分からないけど」

「それはどういうことです? もう一人?」

 

 ルーミアの言葉に、怪訝そうな表情を浮かべる燐香。ルーミアは楽しげだ。

 

「そのうち分かると思うよ。多分、嫉妬パワーで楽しいことになると思うな。きっと、前よりも、もっと、比べ物にならないくらいに」

「はぁ。そうなんですか」

「うん、そうなんだよー」

「そうなのかー」

 

 良く分からない会話をしているルーミアと燐香。だが、今の天子にはそれは耳に入らない。掌に乗っている黒い桃。艶かしい色をしている。艶がある。これは腐食が進む事を表わす色ではない。全く別物。それに、むせ返るほど、馨しい匂いが漂っている。あの時も、きっとそうだった。

 

「…………」

 

 衣玖の視線を感じる。桃如きに我を失っている天子に呆れているようだ。だが、今はそんなことはどうでも良い。天子の手には、あの夢の世界だけにあるはずの果実がある。あの破滅の味がした果実。なんだか手が震える。身体が熱を帯びてくる。懐かしい友との再会、そんな不可解な感情まで浮かんでくる。そんなことはありえないのに。だって、天子に友達などいないのだから。

 ごくりと唾を飲み込む。そして、その黒桃に大口を開けて齧りついた。

 

「――ッ!!」

 

 気を失いそうな衝撃が天子を襲う。致命的な甘味が脳を焼いていく。天子は思わず膝をついた。そして、両手を天に掲げる。自分の求めていたものは、ここにあったのだと。

 

「ああ、ああ、これよ。そう、これなのよ。この味よ。私が求めていたのは、これっ! これをもう一度味わいたくて、私は、私は」

 

 何故だか涙が溢れてきた。涎も出てる。鼻水も。

 

「そ、総領娘様? どこかお加減でも? まさか、頭の方に遂に異常が――」

 

 ドン引きの衣玖。

 

「うーん。そんなに美味しかったのかなー」

「それ、ヤバイものでも入ってるんです? 天人だけに効くヤバイ薬とか」

「別に入ってないよ。ただ、私の能力の影響で黒くなっただけ。ほら、真っ黒」

 

 ルーミアから別の黒桃を受け取り、口にする燐香。特に奇妙な味ではない。濃厚さが増しているようだが。

 

「……確かに。でも、なんで味まで濃厚に?」

「黒いからじゃない。腐りかけは美味しいし」

「意味が分からないよ」

「それより、良かったね、燐香」

「何がです?」

「またリアクション芸人が増えたよ」

「うーん、天然ボケ芸人じゃないですかね。タイプ的にはルーミアの方が近い様な」

「そうなのかなー」

 

 ルーミアはそう言うと、天子に近づいて、食べかけの黒桃を手に取る。そして、齧りついた。

 

「うん、なんだか懐かしい味だなー」

「…………」

「ね、天人さん。桃を持ってきてくれたら、また黒くしてあげる。だから、たまには持ってきてね」

「天人の私を、下界に招待するっていうの?」

「だって、食べたいんでしょ?」

「……分かったわ。気が向いたら行ってあげる。ただし、約束を破ったら、また地震を起こしてやる」

「あはは。それもいいねー」

「よくないですよ。霊夢さんが怒り狂いますし」

「私は全然構わないけど」

 

 ルーミアはニコリと笑うと、燐香、衣玖を連れ立って萃香たちのもとへと戻って行った。

 

「…………ふん」

 

 それを見送った後、天子は再び黒桃に齧りつく。美味しいが、なんだか物足りなくなった。

 それから少し、そして多いに悩んだ後、立ち上がってルーミア達の下へ向かう事にした。異変の半分を阻止してくれた赤毛の燐香に、盛大に文句を言ってやることを口実にして。

 ――先ほどまでの鬱屈とした気分はもうどこかへとすっ飛んでいた。

 

 

 

 

 

 

 一方、桃を食べて満腹になった燐香は寝転がりながらひたすら幸せに浸っていた。が、酔っ払った萃香から『忘れてた忘れてた』と謎の手紙を渡されると、一気に地獄を味わうハメに陥った。

 

「ど、どうしよう」

 

 手紙を読んだ燐香は、それを手にしたまま顔を青褪めさせていた。差出人は星熊勇儀以下、有志一同だ。

 書状の内容は、先日の大量に咲かせてくれた彼岸花の礼をしたいので、是非とも遊びに来て欲しいとのこと。付添い人は何人でも構わないと。一ヶ月以内に来なかった場合は、こちらから盛大に歓迎に向かうので是非とも宜しくと。

 

「ち、地霊殿編がまさか同時に起こるんじゃ。や、やばいけどどうしたら。地底は危険が危なくて超ヤバイ。というか、さとりっていうのが本当にヤバイ。どれくらいヤバイって、私のおでこに第三の目が開くぐらいヤバイ。というかそんなこと言ってる場合じゃない! ど、どうしよう!」

 

 萃香が近くにいるのにも関わらず、自分の世界に入ってわけの分からないことを呟いている燐香。じたばたとしたかと思うと、天を見上げて目を閉じたりと見ているだけで面白い。

 慌てふためく燐香を肴に、萃香は満面の笑顔で酒をぐびぐびとあおっていた。どうやら、楽しそうなことになりそうなので、今度こそ全力で介入してやろうと強く心に決めて。久々に地底に戻るというのも悪くない。

 




緋想天エピローグでした。
一区切りついた感じでしょうか。
地霊殿は気が向いたら!

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