ゆうかりんか   作:かしこみ巫女

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外伝5 緋想天舞

 寝静まった白玉楼。本来客間であるはずのここが、今の私の部屋。別に部屋ごとくれなくても良いといったのだが、幽々子が気を利かせてくれたのだ。流石の器の大きさ。姫様は違う! 

 和室で一人というのは、よくよく考えると結構怖い気がする。しかもここはお化けのメッカ。だから妖夢もビビリになったのである。たまにお化けの格好をして妖夢の部屋に突撃するというのがお約束。今日は疲れたのでやらないけど。なにせ、いきなり雪が積もったのである。秋が深まってきたということだろうか。いや、秋に雪はおかしい。もしかして緋想天の始まりかとも思うけど、ちょっと時期が早い。来年の夏じゃないのかな。ここは素直に、雪を楽しもうということで、妖夢、そして飛び入りの東風谷早苗と雪合戦を行なったのだ。早苗もだんだんと馴染みだしてきて、良い傾向である。

 

「……ん?」

 

 なにやら音がしたので、障子の方に寝返りを打つ。月明かりに照らされた長髪の女が、障子の裏に突っ立っている。思わずビクッとするが、それで悲鳴を上げるのは愚の骨頂。口元に手を当てて、ギリギリで堪える。うろたえない、風見の娘はうろたえない!

 

「……妖夢、リベンジとはやるようになりました。だが、まだまだ甘い」

 

 私はしめりけつき彼岸花を生じさせ、障子が開くのを待つ。……今だ!

 

「し、失礼――」

「えい!」

「ぎゃっ!」

 

 可愛らしい悲鳴とともに、長髪の女がひっくり返って、廊下をぐるぐる回転した後、庭に落ちて行った。なんという素晴らしいリアクションだろうか。私は思わず感動して、うんうんと頷いてしまった。私しか見ていないのに、ここまでのリアクションを披露してくれたのだ。妖夢は芸人の鑑である。

 妖夢に称賛を送るべく、私は小走りで庭に向かう。すると――。

 

「ぬ、ぬめぬめする! なんですかこれ!」

「あ、あれ。妖夢じゃない」

「忍び込んだのはアレでしたけど、いきなり攻撃しなくても!」

「皆寝てますから、しー!」

「あ、ご、ごめんなさい」

 

 リアクション芸人魂魄妖夢ではなく、常識に囚われない泥だらけの東風谷早苗が現れた。とりあえず泥を払ってやり、早苗を縁側へと座らせる。なんかパンパンに詰ったリュックを背負ってるし、家出でもしてきたのか。家出経験が豊富な私としては、寛大に迎えてあげたい。

 

「やっぱり家出ですか?」

「違いますよ!」

「ま、まさか、亡霊と逢引? 全米で映画化できそうですね。監督は私がやりましょう! タイトルは『今会いに逝きます』でいいですか?」

「違いますし映画化もしませんから! なんでそういう発想になるんですか!」

 

 反応が妖夢に似ている。ここで呆れるのが霊夢、ボケに乗ってくれるのが魔理沙、真面目に突っ込みをいれてくるのが妖夢である。

 

「では、ま、まさか!」

「ええ、そのまさかです」

「私に夜這いは色々と不味いですよね。母さんに言いつけます」

「全然違いますから! 噂が広まったら社会的に死ぬのでやめて!」

 

 早苗が涙目でつかんできたので、まぁまぁと宥めておく。

 

「で、本当の所は?」

「通過儀礼を行ないたいと思いまして」

「……はい?」

「私は妖怪と上手くお付き合いしていきたいのです。そして、人間が妖怪と仲良くするには、一緒に博麗神社への襲撃ごっこをするんですよね。ルーミアさんに詳しく教えていただきました。同業者たる私としては色々と心苦しいのですが、ここは是非燐香さんと一緒にやりたいと。なんでも、襲撃のプロだとか!」

 

 心苦しいと言うわりに顔がノリノリである。風神録でボコられた仕返しができるからだろう。しかしそんな通過儀礼は聞いた事がない。全部ルーミアの考えたホラ話である。主に早苗を私に押し付けて嵌めるための!

 

「意味が分からないよ」

「信徒は妖怪の方がほとんどなのです。この通過儀礼を行なわなければ、いつまでも余所者のまま。それはまずいと確信しました。というわけで、早速いきましょう。必要なものはここに用意してあります」

 

 マシンガントークの後、リュックを開ける早苗。中にはロケット花火、ドラゴン花火、爆竹、なんか凄そうな連発打ち上げ花火が入っていた。香霖堂の花火は大体フランドールが買い占めているのだが、一体。

 

「家にあったんですよ。神奈子様や諏訪子さまと遊んだときの残りですね」

「なるほど。で、なんで花火なんです、ってルーミアに聞いたんでしたっけ」

「ええ。派手にいきましょう!」

 

 私はどうしたものかと頭を抱える。もう妖夢は寝てるし、ルーミアを探すのは大変、フランドールは起きてるだろうけど、いきなり早苗とうまくやれるだろうか。非常に心配である。早苗は一度紅魔館を襲撃しているし。

 

「そういえば、紅魔館には挨拶に行ったんですか?」

「いえ、門番の人に追い返されてしまって。妹様の機嫌が悪いから今日のところは帰ってくれと」

「今度一緒に行きましょうか。悪い子じゃないんですが、虫の居所が悪いときもあるんです」

 

 レミリアとまた喧嘩でもしていたのかも。大抵は全力バトルだから、早苗が巻き込まれる事を危惧したのだろう。

 

「なるほど、良く分かりました。あ、それでですね。今日はついでに霊夢さんにも謝ろうかと」

「……これから襲撃に行くのに?」

「ええ。どうせならまとめて謝った方が、手間が少なくていいですよね」

 

 ニコニコと朗らかに笑っている早苗。確かに合理的である。相手が許してくれるかまで考えが至っていないのが致命的だけども。多分、霊夢に全力で殴られる。ついでに私も。

 

「だったら、皆揃ってるときのほうが良いんじゃないですかね。主に私のリスクマネジメントという点で」

 

 下手人が少なければ少ないほど、お仕置きがキツくなる。フラン、ルーミアを誘い、妖夢を巻き込めばきっちり5等分。これなら私もニッコリである。

 

「いえ、やるなら今日が良いよと、通りすがりの占い師さんに言われまして。絶対今日の夜にやれと。夜明けまでにやらないと死ぬよって言われました」

「占い師って。誰なんですか?」

「青い髪をした綺麗な人でしたね。なんだか浮世離れしてるというか」

 

 占いが趣味の妖怪やら人間なんていたっけか。うーん、紫あたりが気を利かせたとか。ありそうだ。巫女同士、仲良くするに越したことはないし。仲良くなれるかは分からないけど。向かったら、魔理沙や咲夜がパーティ準備してたりして。うん、ないな。飲んでる可能性は少しあるけど。

 

「というわけで、是非お願いします! 嫌と言っても、いえ、できれば合意のもとで行きましょう! 幽香さんにも宜しくお願いされましたので! 今後の友好のためにも是非!」

「わ、分かりましたから。近い近い近い」

 

 頭を下げた早苗がグイグイ近づいてくる。嫌と言っても、強引に連れ出されそう。

 良いこと考えた。花火を神社に打ち込んだ後、煙幕ばらまいて、ルーミアもいたことにしよう。余計なことを吹き込んだ張本人なので連帯責任である。ルーミアの物まねは結構自信がある。『一番打ち込んでたのに、真っ先に逃げたよ』とでも弁解しよう。あわよくば全責任を押し付ける。完璧!

 

「じゃあ行きます?」

「宜しくお願いします! いざ池田屋ですね!」

 

 早苗が白い鉢巻を巻きだした。いや、討ち入りじゃないんだけど。

 

「いいですか? イタズラの後はちゃんと謝らないと駄目ですよ。本気で怒らせるのはご法度です。例えば、神社を壊すとかはダメです」

「もちろんです!」

 

 自信満々の早苗。不安が込上げてくる。奇跡の力が発動して、花火の威力が増して神社を壊したりしないよね。商売敵ごと葬ってやるとか言って。そして、巻き添えになる私。世の中は理不尽だからありうる話だ。

 

「早苗さんは初めてですから、神社の上に花火を打ち上げましょう」

「んー。それでは中途半端じゃないですか?」

「いえ、加減が大事なんです。早苗さんは初めてですし、神社が火事になったら大変です。それに、霊夢さんの日常に新鮮な驚きをプレゼントするのが名目ですから」

「あ、そうなんですか?」

 

 勿論違う。今勝手におもいついた。

 

「いつもだるそうに仕事してますからね。たまには緊張感をプレゼントしないといけません。霊夢さんも気分を一新できて嬉しい、私たちもひまつぶしができて嬉しい。つまりwin-winです」

「よく分かりました!」

 

 私は両手の親指を立てると、早苗が完璧なゲッツポーズをしてきた。幻想入りするには少し早い。場に微妙な空気が流れる。早苗はとても満足気。

 私は空気を呼んでツッコミを控えることにした。この微妙な空気こそがシュール芸の真髄だ。妖夢とは違い、早苗にはシュール芸の才能があるかもしれない。ツッコミ&シュール。こればかりは天賦の才だから、後天的に鍛えるのは難しい。妖夢には悪いが諦めてもらおう。ボケとツッコミのコテコテ二刀流を今後とも貫いて欲しい。

 

「じゃあ、分かってもらえたところで」

「ええ、気合入れていきましょう! 今宵の早苗は燃えています!」

「ささっと着替えちゃいますので、ちょっと待っててください。静かにお願いしますね」

「はい!」

「だから静かに!」

 

 

 

 

 

 

 

 一時間後。私と早苗は、警戒しながら飛行を続け、博麗神社裏庭に侵入していた。明かりは消えているから、多分寝てる……はず。油断はできない。ひどい時など、到着前に霊夢が鬼の形相で待ち構えているから。勘の良い巫女は嫌いである。

 

「き、緊張してきました。霊夢さんって、本当に強いですよね。わ、私は一度戦っただけですけど」

 

 今更ビビっても遅い。嫌だと言っても、一人で突っ込ませる。企画立案したのは早苗だから当然である。それに今更逃げても遅い可能性が高い。既に目覚めている気がする。暗闇で、霊夢がパチッと目を見開いて殺意を発しながら目覚めるのだ。想像するとホラー映画である。

 

「ええ、あれは巫女ではなく鬼巫女という職業なんです。これは秘密なんですが、本気で怒らせると髪が金色になりますよ」

「まさか、あの超サイヤ人なんですか?」

「はい。博麗の巫女は、サイヤの血を引いているんです。だから、戦うたびに強くなります。戦うのが三度のご飯より好きな戦闘民族なんです。この前なんてスカウターが壊れちゃいまして」

「お、恐ろしい。戦闘力53万の神奈子様が勝てなかったのも仕方ないのですね……」

 

 早苗がボケに回ったためにどこまでも積みあがっていく。私もいつになくノリノリで、ボケをかましていく。ボケだけがバベルの塔なみに積みあがっていく。

 ゴソっと何か音が聞こえる。私はピピッと口に出した後、後ろを振り返る。

 

「――スカウターに反応ッ! 誰ですかッ!?」

「……え、な、なんですかいきなり? というか、スカウターつけてませんよね?」

 

 ようやくツッコミをゲット。バベルの塔が崩れて私も思わずニッコリ。

 

「いえ。なにやら不穏な気配が。うーむ、やっぱり旧式のスカウターは駄目ですね」

「獣じゃないでしょうか。ここ、自然が一杯ですから。それと、スカウターつけてませんよね?」

「確かにそうかもしれません。襲撃前は昂ぶってしまいますからね。さぁ、用意しましょう」

「はい!」

 

 花火を手際よくセットしていく。導火線をまとめて、一斉に着火できるように。爆竹とドラゴンはロケット着火後に投げ入れる。そして、霊夢が飛び出してきたところに煙幕花火と私の煙幕発動。更に『大声』でルーミアの真似をする。全部一人でやったというようなセリフで。完璧すぎる。

 

「くくく。全ては計画通り」

「うわー。燐香さん、悪い顔してますね!」

「そういう早苗さんも、活き活きしてますよ。いやーいたずらは楽しい!」

「まさに我が世の春ですね! あはは!」

「まさに思い通り!」

 

 早苗がチャッ○マンを取り出す。私も指先から妖力で小さな火を灯す。

 

「この一撃が世界を変えますよ。早苗さん、覚悟はいいですか?」

「こ、これで私も皆さんの仲間入りなんですね。ああ、なんだか感慨深いです」

 

 ジーンとしている早苗。私は早苗の肩を叩く。

 

「この後は、しっかり霊夢さんと話し合ってください。強敵と書いて、友なのです。剣心と斎藤さんみたいな関係を目指して下さい」

「わ、分かりました。私、頑張ります!」

 

 殿軍役を確保。戦いとは非情なのである。

 

「ではカウントをはじめましょう。早苗さん、どうぞ」

「僭越ながら、この東風谷早苗が努めさせていただきます。カウント、3、2、1――」

 

 導火線に火元を近づける。そして――。

 

『ゼロ!!』

 

 なぜか、上空からゼロという大声が響き渡る。凄まじい声量。何事かと、霊夢が寝室から飛び出てくる。

 

「あー!! こんな時間にどこの馬鹿よ! 喧しい!!」

 

 同時に、大地が揺れ始める。最初はゆらゆら、次第にグラグラ、いや、とても立っていられない!!

 

「じ、地震」

「ど、どうしましょう。防災頭巾はどこですか! 神奈子様に聞かないと」

「そんなのもってきてないですよね! とりあえず、頭を隠しましょう。後は火を消してください!」

「は、はい」

 

 火をつけっぱなしだったので、消すよう指示してチャッカ○ンをしまわせる。頭を抑えて、揺れが収まるのを待つ。霊夢も怒声を上げながら、避難している。中から、酔っ払っていたらしい魔理沙も慌てて飛び出てくる。

 

「け、結構強いな! というか、やばいぞこれ! おい霊夢、早く出ろ!」

「わ、私の神社が。しょ、食糧に沢山のお酒が。な、なんで」

 

 魔理沙の悲鳴と、霊夢の悲しげな声。そして、一際重い衝撃と共に、神社は見事に倒壊した。呆気なく。うん。

 

「…………」

「…………」

 

 私と早苗は、黙って顔を見合わせる。そして、頷くと、音を立てないようにそそくさと退避を始める。どう見ても、疑われる。第一容疑者はどう見ても私たち。その力もあるし、動機も一応ある。特に私は超ヤバイ。見つかったら、どんな目に合うか。考えただけで恐ろしい。

 早苗が身体を震わせながら、四つんばいで移動開始。私は匍匐前進。と、チリチリと嫌な音がする。死ぬほど振り返りたくないが、振り返らざるを得ない。想像した通りの光景がそこにはあった。

 

「……さ、早苗さん、もしかして、火、つけたんです?」

「いえ、つけてないです。チャッ○マン、ちゃんと、しまいました……」

「ですよね。じゃあなんで、勝手に導火線に火が?」

「し、知らないです。まさか、き、奇跡?」

 

 呆然と眺めていると、いよいよ点火。ご丁寧に、ドラゴン花火と落っことしてしまった爆竹にまで点火している!

 ヒューンヒューンという空を切り裂く音の後、凄まじい爆音が博麗神社跡地に轟く。それが数十秒続いた後、怖いくらいの静寂に包まれた。

 

 奥歯がガタガタ震えてしまう。本当に洒落になってないアルよ。思わず美鈴語が浮かんでしまうほどヤバイ。

 スタッと、着地する音が前方に聞こえる。凄まじい威圧感だ。激情がビリビリと伝わってくる。顔を上げることができない。

 

「…………」

「り、燐香さん。前に、誰か、いますよね」

「め、目を合わせてはいけません。塩の柱になっちゃいます」

「で、では、どうしたら」

「ここは死んだふりをしましょう」

「でもそれって、何の解決にもなってないような――」

「……アンタら、よくも、やってくれたわね」

 

 地獄から響いてきたような声で、早苗の言葉が遮られる。ビキッと身体が硬直する。

 

「花火で素敵なお祝いまでしてくれたみたいだけど。それにアンタは……早苗だっけか。神の力を借りてこの前の復讐ってわけ? おかげで、爽快な気分で目を覚ませたわ。爽快すぎてなんだかビキビキ来てるわ。なんでかしらね」

 

 諏訪子が本気を出せばそれくらいはできるかもしれない。更に容疑が深まってしまう。どうする、どうしよう私!

 

「……ち、ちが、違うんです。こ、これは事故というか、ただの偶然で、私たちは何も」

 

 早苗が弁解、私はすでに死んだふり。

 

「そう。それで、燐香。アンタは何か言い訳は? してもしばくけど」

「…………」

 

 するかしないかと言われたら是非したい。だが舌が乾いて口がまわらない。上手い言い訳は何かないか! 全然思い浮かばない!

 

「まずは、神社を見事に壊してくれたお礼をしないといけないわよね。覚悟は済んだ? ああ、済んでなくても構わないわ」

 

 ボキボキと拳を鳴らす霊夢。一歩踏み出してくる。大地がズシンと揺れた気がした。今日は本気で怒ってる。北斗残悔拳とか使ってきそう。

 今更弁解しようにも、頭に血が上ってるから聞いてもらえない可能性が高い。よって、ここはとにかく逃げるのがベスト! いつもの面子なら喜んで置いていくのだが、初心者の早苗を置いていくのはちょっと可哀相。だから一緒に逃げることにした。

 

「さ、早苗さん、逃げますよ!!」

「ひゃ、ひゃい!!」

「逃がすか馬鹿共ッ!!」

「早苗さん、目を瞑って! ――くらえ、太陽拳もどきッ!!」

「同じ手を何度も食らうか!!」

「げげっ」

 

 霊夢が素早く御幣でガード。単純だが効果的だ。仕方ないので、彼岸花で霊夢の足を搦めとる。即行で斬り払われるだろうが、まとわりつかせれば数秒は稼げるはず。

 私は早苗の手を引いて全力で飛び立とうとする。

 

「――そこまでよ」

「ぐえっ。な、なんで」

 

 私と早苗の頭がガシッと鷲掴まれる。何故かは分からないが、幽香がいた。

 

「何も悪い事をしていないなら、逃げる必要はないでしょう。事態が悪化するだけよ」

「す、少しはしてたような。あはは」

「ならまずは謝りなさい」

『ご、ごめんなさい。本当に反省してます』

『も、もうじわけありませんでした』

 

 アイアンクローされながら、霊夢に謝罪する。早苗も必死に声を絞り出している。

 

「……幽香か。捕まえてくれたのは礼を言うけど、今更情けはかけないわよ? 今回ばかりは流石にやりすぎよ」

「神社を壊した真犯人は上よ。もう始まってるから、貴方も暇なら行って来たら?」

 

 幽香の声に、霊夢が視線を上に向ける。なにやら、派手な弾幕ごっこが始まっている。

 なんかいつもより動きの悪い、アリスが人形を展開、口元を抑えた八雲紫と八坂神奈子が当てずっぽうにスペルをぶっ放している。萃香と幽々子、レミリアは犯人を逃がさないように牽制。魔理沙は直撃を加えようと肉薄攻撃を繰り返している。

 

「……なるほど、あの女か。寝起きで危うく勘違いするところだったわ。よくよく考えたら、アンタら、ここまで洒落にならないことはやってないしね。あれ以来はだけど」

「そ、それはもちろんです。わ、私と早苗さんは霊夢さんの日常に新鮮な驚きをプレゼントしようと――」

「ああ?」

「こわっ」

「ひいっ、鬼巫女!」

「さ、早苗さん、ビビってないでガツンと言ってやってください! ほら、見返すチャンスですよ!」

 

 私は早苗の盾を使った。早苗の盾は必死にもがいている。

 

「む、むむむ、無理ですっ! れ、霊夢さんの顔がビキビキしててあっち系の人ですし! 小指もっていかれちゃいます!」

「そんなもんいらないわよ。とにかく、花火の罰は後できっちりするとして、先にアレを締めるか。あの馬鹿、私の神社を壊しやがって!! 天人だからって容赦しないわよッ!!」

 

 般若の霊夢が一直線に飛び立っていき、犯人の腹部にエグい角度で拳を突き入れた。ぐえっと何か吐き出しながら、犯人の身体がくの字に折れる。更に顎を掴むと、勢いをつけて頭突きをお見舞いし、そのまま神社跡地に叩き落す。そこに対地攻撃仕様の夢想封印。まさに霊夢は鬼だった。

 

「霊力耐性でもあるのかしら。あー、面倒くさい」

「これは、優雅な戦いとは言い難いわね。まったく。それでも巫女――」

 

 言い終える前に、霊夢のビンタが炸裂する。パシィイイイイインという乾いた音が響く。更にもう一発。いわゆる往復ビンタ。

 

「地を這い蹲る人間如きが、て、天人たる私に――」

「まだ喋る元気があるとは驚いたわ。じゃあそろそろレベルを上げるから」

「ちょ、ちょっと」

 

 先ほどまでは暗くてよく分からなかったけど、月明かりで桃つき帽子が見えた。装束と会話の内容から察するに比那名居天子だろう。形勢は一方的だ。後の神社乗っ取り計画のために、天子が敢えて手加減しているのだろうが、その表情は余裕が全くない。

 

「け、計画と全然違うんだけど。なんでこの私が肉弾戦なんか。優雅に弾幕勝負しましょうよ。ね? 最後は負けてやるから」

「神社壊してくれたお礼にまずは全力でぶん殴る。話はそれからよ」

 

 霊夢が降下して更に追撃追撃追撃。神社の仕返しとばかりに容赦のない攻撃だ。情けない悲鳴が上がっている。天子も体勢を立て直して反撃してるけど、霊夢に当たってない。自然、隙の大きい拳になってしまい、霊夢に関節を極められてしまった。あれは、飛びつき式の腕ひしぎ逆十字! 流れるような動作に思わず私はガッツポーズ。アイアンクローされたままだけど。

 私がいつかやってみたいのはパロスペシャル。やられる姿しか想像できないのが悲しいところ。

 

「ちょっと。折れる折れる、本当に折れるから。天人って結構丈夫なんだけど、関節はヤバイのよ」

「天人だから平気でしょ。腕とか再生しそうだし」

「だから平気じゃないし再生もしないし。アンタ、本当に巫女なわけ? おーい。あの、本気で痛いんだけど。ね、聞いてる?」

「よいしょっと」

 

 更に締めに掛かる霊夢。

 

「本気で折れちゃうんだけど」

「いや、私は痛くないし」

「だからね、私が痛いのよ。私痛いの好きじゃないし」

「あっそ」

「あっそ、じゃなくてさ。はぁ、仕方ないわね。とりあえず負けを認めるわ。認めてあげるから。ほら、喜びなさいよ」

 

 極められてるのになぜか尊大な天子。霊夢の技が緩む気配はない。

 

「勝った気が全くしないので却下よ。敗者らしく無様な顔をしてもらわないと」

「は? 意味わかんないんだけど」

「別に分かって欲しくもないし」

「…………」

「…………」

「……そろそろ、やせ我慢の、限界だから、叫ぶわね。ああああああああああああッ、これっ、マジで痛いんだけどッ!! ちょっ、死ぬ死ぬ!! ほらっ負け認めてるんだから離しなさいっての! ね、聞いてる? おーい!!」

 

 死ぬことはないけど、死ぬ程痛いのは間違いない。天子は悶絶しながら、大地の上でもがいている。ギブアップかと魔理沙が何度も尋ねている。いつのまにレフェリーに。天子はギブギブと叫んでいるが、解放される様子はない。霊夢が『あー全然聞こえない』と首を横に振っている。実に悪魔である。というか霊夢って関節技も出来たんだ。迂闊に近づかないようにしよう、うん。

 

 ――実は、私の頭もそろそろ結構痛い。久々の幽香式アイアンクローは結構効く。全然本気じゃないけど。

 

「……あのー、幽香さん。そ、そろそろ手を離していただけると、助かるのですが。私、一応人間なので、ちょっと事故るだけで頭がつぶれたトマトに」

「か、母さん。ぎ、ギ、ギブ!」

「さて。少しお説教をするから、二人ともそこに正座しなさい。丁度良い機会だし太陽が昇るまでやるから」

 

 幽香は解放してくれたが、いつになく真剣な表情を浮かべている。これは逃げられないし、逃げてはいけない。私は空気が読めるのだ。

 

「や、やっぱり?」

「わ、私もですか!?」

「当然でしょ。貴方は神奈子からも説教してもらいなさい」

「そ、そんなぁ」

 

 肩を落す早苗。私と違いダブル説教。もしかすると、諏訪子もあるからトリプル説教。他人事ながら大変そう。

 

「あはは。今日は本当に面白かったなぁ! ね、締めはへび花火でいいかな? 見てよこれ。相変わらずうねうねしてる」

 

 暗闇から上機嫌のルーミアが現れた。へび花火をのんびりと観察している。いつのまに!

 って、ここでようやく気がついた。この妖怪、最初からずっと後をつけていやがったな! 途中で感じた怪しい気配は確実にこいつである。

 

「花火に火をつけたのは、お前かぁ!! どうして余計なことを!」

「えー、どうせ火をつけなくても見つかってたよ。だから、もっと楽しいほうにしたんだけど。案の定面白かったよね」

「私は面白くないんですけど! おかげでこの有様ですよ!」

「そうなんだ」

 

 普通に流された。手に持っていたネズミ花火を投げつけてやろうとしたら、幽香にとりあげられた。目聡い!

 

「あ、後で覚えていろ! お、おかげでこんなに酷い目にっ」

「あはは、楽しみにしてるね。でも、雪合戦に呼んでくれないのが悪いんだよ。フランも後で知ったら怒るんじゃないかなー」

 

 なぜか責められた。もしかすると拗ねているのかもしれない。雪合戦と早苗の神社初襲撃に誘わなかったから。本人は認めないだろうけど。変なところで意地っぱりなのだ。猫みたいに気紛れなのがルーミア。

 

「だってどこにいるか、いつも分からないじゃないですか。いつだって神出鬼没だし」

「私は呼べばいつでも出てくるよ。どろんとね」

「嘘付け! って痛いっ!」

 

 真っ赤な顔のアリスが急降下してきて、いきなり拳骨をお見舞いしてきた。早苗、ルーミアにも炸裂だ。フラフラしてるし、すっごい酒臭い。人形達もアリスと同じくフラフラしてる。

 

「ひっく。まーた懲りずにイタズラして、勝手に抜け出して、心配ばっかりかけて。今日という今日は……。あー、は、吐きそう。もう無理。幽香、あとよろしく。世界が回って本当に無理」

 

 アリスはそのまま昏倒してしまった。幽香が介抱した後、そのまま幽香による全員説教タイムに突入。ルーミアも説教に巻き込めたのは不幸中の幸いである。ざまぁみろというやつである。私が笑いかけると、ルーミアも笑い返してきた。全然悔しくなさそうなので、ガッカリである。

 色々と納得いかないところもあったが、あまり心配をかけるなと言われたので、前向きに善処しようとは思った。

 

 それにしても、どうしてこうなったのか私には分からない。花火を神社の上に打ち上げるだけだったのに。早苗にも分からないし、ルーミアは神社崩壊は想定外と笑っていた。どこまで本当かは知らないけれど。きっと、KOされた天人だけが知っている。


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