クリアしたRPGの世界を回るような感じです。
レッツほのぼの!
外伝1 新しい風
「…………」
「…………」
住み慣れているはずの我が風見家。幻想郷一黒い家と、私の中だけで評判だった修羅の家。そんな家の中、私は幽香と二人で晩御飯を食べている。以前と違うのは、重い空気が欠片もないこと。まるで穏やかな春風が吹いているような。あまりの落差に、私は相変わらず戸惑いを覚えている。
花映塚異変の後、やりすぎた罰として私は冥界での蟄居が命じられている。蟄居といってもそんなに重苦しいものではなく、一日の終りには白玉楼に帰ってこいという凄くアバウトなもの。そして、一週間に一度だけ、こうして風見家に戻ることが許されている。私が童妖怪だから、それぐらいのことは大目に見てやろうと紫や映姫たちが庇ってくれたおかげである。天狗のボスはしかめっ面だったらしいけど。
「……あの」
「何かしら。ちょっと味が薄かったかしら?」
「いえ、とても美味しいです。超グッドです」
「そう? お代わりは」
「い、頂きます」
幽香が穏やかに笑って立ち上がり、私のお皿をもって台所へと向かっていく。今日はシチューだった。前よりも更に美味しくなった気がする。また腕を上げたのか、それとも雰囲気のせいかは分からない。両方かも。
「はい」
「ありがとうございます」
「私はお風呂の用意をしてくる。ゆっくり食べていて構わないわ」
「分かりました、か、母さん」
言い慣れていないので、また噛んでしまった。お母様、お母さんというのはやはり丁寧すぎるということで、もっと距離を縮める為に母さんと呼んでみようと思ったわけなのだ。あんまり上手くいっていないけれど。
「別に無理をしなくてもいい。私は呼び方など気にしないわ」
「い、いえ。全然無理してません」
「そう? ならいいけど」
苦笑しながら幽香は立ち上がり、食器を流しに置いてお風呂の準備へと向かって行った。
以前は凍土かと思うほど冷たい空気を感じていたが、今はその真逆。本当に穏やかすぎて、私がやりづらい。しかも、そのぎこちなさすらも幽香は受け入れて接してくれているわけで。なんというか、世界が優しすぎて辛いのである。いや、辛いというか、幸せすぎて堕落しそうというか。
あまりにだらけているので、ルーミアには緊張感が足りないと理不尽なお小言を言われている。妖怪道には意外と厳しいルーミアなのである。ちなみに、緊張感というのはもっと妖怪らしく暴れようということである。私が油をまき、ルーミアが火をつけて、罰を受けるのは私。それを見るのが一番楽しいとほざきやがったので、魔貫光殺砲をぶっぱなしてやった。喜んでいたので逆効果だった。
ちなみに、妖夢、フラン、ルーミアのいつもの面子とは相変わらず遊び回っているし、たまに輝夜が抜け出してきて永遠亭相手に派手な悪戯をしたりするし、魔理沙も参加して博麗神社占拠作戦を実行して霊夢にたたき出されたりと、それなりに賑やかな日々を送っている。アリスの授業も普通に行なわれているし、毎日がハッピーすぎて辛い。ハッピーデイ万歳!
「御馳走さまでした」
「丁度お風呂の用意ができたわ。先に入る?」
「はい」
「そう。ゆっくり暖まってらっしゃい」
「は、はい」
私に優しく微笑む幽香。とても直視することができない。私の思考回路がぐるぐると回りだす。花梨人形の携帯回路も凄まじい勢いで回転する。ぎゅいーんと。敵愾心を向けられるのには慣れているが、こういった好意を幽香から与えられるのはまだまだ慣れていないのである。多分、数年はなれないと思う。いつまでもぎこちないままでは幽香に悪いので、できるだけ早く改善していけるように頑張りたいものである。
夜は幽香と一緒に寝るのが最近のお約束。私のベッドは幽香の部屋に移動済み。なんというか、あれ。うん、家族っていいな。そう思うのである。
「急に笑ったりして、どうかした?」
「いえ。……こんな日が来るとは、考えたことがなかったので。だから、その」
「…………」
「上手く言葉にできないんですけど、あの」
幽香が起き上がると、私のそばにやってくる。そして、震える手で私の頭を撫でてくる。
「私は、朝を迎えるのが少し怖くなった。全て、私が見ている夢なのではないかと。狂った私が見ている悪夢。本当にこれは現実なのかしら。全部、夢、幻なのではないかと、貴方がいないときに考える。もしそうだったとしたら、なんて恐ろしいのかと」
幽香の瞳が少し空虚なものが宿っていた。だから、私は頭に置かれた手を両手で掴む。そして、視線を合わせる。
「現実ですよ。母さんと、皆のおかげで、私はこうして生きていますから」
「……そうよね。少し変なことを言ったわ」
「今、私は、とても幸せです。よければ、少し分けてあげますよ」
「ふふ、生意気なことを言う。でも、ありがとう」
幽香が笑った。だから、私も笑った。
◇
「――というわけでですね、毎日が幸せすぎて辛いんです」
「はぁ?」
「そーなんだ」
寝巻きに着替えながら、呆れている妖夢。フランは既に枕に顔を埋めている。今は夜で、フランの活動時間のはずなのだが、昼間にはしゃぎすぎたせいでダウンしている。お世話役の美鈴は、幽々子、紫と大人の酒盛り中。多分アダルトな雰囲気を醸し出しているだろう。
ルーミアは謎肉をむしゃむしゃ食べている。目が合うと、こちらにそれを差し出してきた。私は近くにあったスルメイカを口に入れ、見なかったことにした。
今日は白玉楼に皆が泊まりに来ているのである。妖夢は屋敷を汚したら怒ると怒鳴っていたが、幽々子は賑やかでなによりと嬉しそうに笑っていた。
私的には、幽香が母親、アリスが姉、幽々子は親戚の叔母さんである。でもソレを口に出してはいけない。幻想郷の女性は皆少女なのである。誰が何を言おうとそういうものなのだ。
「はぁ、とか、そーなんだ、じゃなくてですね。私としては、後のしっぺ返しが怖いんですよね。禍福はあざなえるなんとやらで。この先何が起きるか不安でたまりません」
前作でハッピーエンド、続編でいきなり葬式から始まるゲームもあったし。怖いね!
「今までが今までなんだから、その分幸せでもいいと思うけど」
妖夢の言葉に、ルーミアがご機嫌に割って入ってくる。
「でも燐香には不幸が似合うよね。なんと言うか、災難に遭って面白いリアクションをするイメージ」
「なんでやねん」
「その反応、凄くベタだね」
「ええ、基本が大事ですから。私は毎日百回このツッコミを練習しています。例えるなら妖夢の素振りみたいなものですね」
「私と一緒にするな! 全然違う!」
「なんでやねん!」
ボケを被せるのは基本中の基本。
「言って分からない奴にはこうだ!」
妖夢が枕を投げてきたので、ソレをキャッチして投げ返す。ルーミアに。ルーミアは当然察知していたようで、ソレを更に掴んで妖夢に投げる。連携は見事に決まり、最後には妖夢の顔面に枕が炸裂。私とルーミアはハイタッチ。
「うぐぐ。お、お前ら……」
「まぁまぁ。そんなに騒いでると、幽々子さんに怒られますよ」
「うんうん。それにフランが起きちゃうよ。静かにしなきゃね」
「ぐぬぬ」
顔を赤くしていた妖夢だが、大きく息を吐いて近寄ってくると、私とルーミアに軽く拳骨を落としてきた。
「これで勘弁してやるわ」
「拳骨されましたよルーミア」
「そうだね。寝てるときに顔に落書きしよう」
「良い考えですね。額に肉を――」
「うるさい」
「じゃあフランにする?」
「それいいですね。先に寝るほうが悪いですよね」
「後で騒ぐのが目に見えてるから止めて。というかそれ寄越して」
筆ペンを取り上げられてしまった。残念。
「で、今日はこのまま寝るの? それとももう一暴れする?」
ニヤリと笑うルーミア。日中あれだけ騒いだのに、まだやりたりないようだ。今日は妖怪弾幕バトルロイヤルをやったのである。私たち四馬鹿と、チルノ、ミスティア、リグル、大妖精の変則バカルテット。更に三月精にプリズムリバー姉妹まで参加してそれはもうひどいことに。魔法の森上空で大戦争ごっこをやっていたら、最後は異変の臭いを察知した霊夢によって強制鎮圧。話せば分かると私が言ったら、問答無用と一言で切って捨てられた。やっぱり鬼巫女だ。
「もうそんな体力ないですよ。今日は軽く飲んで、スパッと寝ましょう。くーっ、効く!」
「ちょっと。お酒が解禁されたなんて聞いてないけど。幽香さんがOK出したの?」
「軽くなら良いって、私が決めました」
「じゃあ、その一杯だけと私が決めるから守るように。折角幸せを感じてるのに、アルコール依存症になったら元も子もないでしょ」
「うーん。あんまり過保護だと、燐香溶けちゃうんじゃないの。あ、もう大丈夫か。だらけ妖怪に進化したんだもんね」
「誰がだらけ妖怪なんですか。この食いしん坊妖怪!」
ルーミアにするめを投げつけると、大口を開けて飲み込んでしまった。
「ね。そろそろ新しい刺激が欲しいんじゃない? 地底制圧作戦実行する?」
「い、いや、無茶言わないでください。あそこに行ったら絶対酷い目に遭いますよね。主に私が」
今地底に私が手を出すのはとてもやばい。地雷原でタップダンスするくらいヤバイ。
「いいじゃん。楽しければ」
「いくないです」
「でも妖夢は賛成だって」
「言ってねーし!」
彼岸花を大量に咲かせた前回の異変。天界、地獄には大した被害はなかった。主に面子を潰してしまったのは妖怪の山である。大天狗はそれはもう激おこだったらしい。そのうち刺客を向けられそうで恐ろしい。先に手を出したのは私なので仕方が無いのだが。
それと、喧嘩を売ったという意味では地底もヤバイ。八雲紫の話だと、地底の妖怪は死ぬ程ブチ切れていたとか。一時は地上からの侵攻と疑われたようで、フォローするのに紫が死ぬ程苦労させられたと、頬を目一杯抓られながら怒られた。そのうち侘びにいくから付き合えといわれている。だが、今は火に油なのでということで延期中である。それをどこからか聞いた幽香が、『親善大使』と称して勝手に地底に向かおうとして一悶着あったらしい。詳しくは知らないし知りたくも無い。もう修羅の世界は終わったのである。今はほのぼの幻想郷時代なのだ。うん。
「あ、そういえば」
ルーミアが嬉しそうに手をポンと叩く。ルーミアが嬉しそうなときは、大抵碌でもないことを思いついたときである。主に、私に対しての。とても嫌な予感がする。
「妖怪の山に、新入りが来たんだって。天狗たちはピリピリしてるとか。なんだか面白そうだよね」
「へ、へー。そうなのかー」
「うん。しかも新入りが、いきなり霊夢に喧嘩売りに来たんだよ。巫女対巫女とか凄く面白いよね。悪即斬がモットーの巫女なんだとか。巫女の癖に刀持ってたし」
「へー。すごいなー。って、刀? 悪即斬??」
「うん。だって見てたし。その新入りの巫女とも話したから間違いないよ。今日は挨拶代わりだから見逃してくれるってさ」
ルーミアが愉快そうに笑っている。本当に楽しかったのだろう。ルーミアは意外と好戦的なのである。だって人食い妖怪だから。
「巫女なのに剣士なの? どっちが本業なんだろう」
「さー知らない」
「うーむ」
腕組みをして怪訝な表情の妖夢。確かに良く分からない話だ。
どこの新撰組残党だろう。牙突とか使ってきそうな予感がする。それは本当に早苗なのかな? 意味が分からない。
「神社と湖が来たっていうのは紫様から聞いてたけど」
妖夢も初耳だという表情。ルーミアが話を続ける。
「で、守矢の名の下に妖怪退治しまくって、沢山布教するんだって。やる気のない神社は真っ先に併合してやるって鼻息が荒かった。そうそう、後凄く緑だった」
緑なら間違いなく東風谷早苗だろう。守矢だし。刀を持ってる理由は分からないけども。とにかく、かなり戦意旺盛らしい。霊夢に宣戦布告したということは、守矢神社のためにガンガン布教活動していくはず。というか博麗神社乗っ取りも企んでいるのかも。
それに妖怪を退治しまくるとは穏やかじゃない。霊夢が鬼巫女仕様なように、早苗ももしかして修羅か羅刹仕様なのだろうか。人修羅だったらどうしよう。
とにかく、私としては危うきに近寄らずがベスト。なにしろ、私は妖怪の山は出禁状態といっていいし。地底と同じく、入ったら死んじゃうのだ。あそこには知り合いは文ぐらいしかいない。紫のバラの人、はたては今は永遠亭所属だし。よって、完全にアウェイ。絶対に入らないのである。
「なんだか一騒動ありそうかな。燐香は絶対に大人しくしてなよ。あそこは、本当に面倒な地帯だから。絶対に山には行かないように。ねぇ、分かった? 分かってるよね?」
妖夢が執拗に釘を刺してくる。私の額にぐいぐいと指を突きつけて。私は思わず両手を上げて降参ポーズ。
「わ、分かってますよ。というか、私は平和主義ですからね」
「……本当かな。まーた亡命とかいって、その神社に行くとか普通にしそうだけど」
「いやいや、しませんから! もうする必要ないですし」
「…………」
全然信じていない様子の妖夢。ルーミアはニヤニヤ笑っている。何が楽しいんだこいつめ!
確かに前は冥界に亡命しようとしたけど、あのときとは状況が完全に異なるわけで。いまはハッピーライフを送っているから、このままでいいのである。穏やかな日々、我が世の春がようやくやってきたのだ。これを変えるのはお断りである。
「というかですね、悪即斬で妖怪退治するとか言ってる物騒な巫女のところに行くわけがないでしょう。斬られちゃいますよ」
「それもそうか。……いや、でも先手を打ってロケット花火とか打ち込みに行きそうだし。何かやりそう」
ちょっと前までそんなことを考えていたけど、よくよく考えると危なすぎる行為であった。なによりも場所がヤバイ。
「それって命を懸けてまでやることじゃないですよね」
「輝夜さんと悪ノリしている姿が簡単に目に浮かぶんだけど」
「……否定できないのが辛いところ」
輝夜が聞いてたら、確実に実行されていただろう。とりあえず永遠亭に大量に打ち込んだので、満足してくれてはいたが。おかげで永琳からは益々厄介者扱い。企画立案は私じゃないのに。輝夜が何かする、私が余計な事を吹き込んだ、全部風見燐香のせいである、という式が永琳の中で確立されている。いつかこの誤解は解けるのだろうか。解ける前に薬を盛られそう。
「ねぇねぇ。じゃあさ、霊夢とその巫女を戦わせて、その隙にその神社を占領するっていうのはどうかな。上手く行けば博麗神社も乗っ取れるよ」
漁夫の利を提案してくるルーミア。絶対に上手くいかないと分かってるくせに提案してくるのが恐ろしい。途中で裏切るつもりだろう。最後に霊夢にボコられるのは私だ!
「もちろん却下です。というか、あっちには神様がいるでしょうから、神罰を受けますよ。怖いですよね、神罰」
「それはそれで。どうせ食らうのは私じゃなくて、燐香だし」
「なぜっ! どうして私が被害担当なんです!」
「美味しいところだよ」
「どこが!」
「まぁ、この件は霊夢がなんとかするでしょ。あとは魔理沙あたりか。あれなら私も様子を見に行くし。燐香は大人しくしていればいいよ。というか、余計なことをすると、なんだかひどいことになりそうだから止めて」
「例えば?」
「燐香が山に行って新入り巫女に拘束されて、幽香さんが単騎で突撃、ついでにアリスさんも行って、フランも突っ込んで、紅魔館介入。異変解決中の霊夢に天狗、新参勢力が入り乱れてもうぐちゃぐちゃに。うん、山が更地になりそう。……想像しただけで、胃が痛くなってきた」
「大丈夫? 食べすぎならトイレ行った方が良いよ。この部屋で漏らすのだけはやめてね」
妖夢がお腹を押さえている。ルーミアがその背中を撫でているが、全く逆効果だろう。というかデリカシーのかけらもない。
「違うわ! というか誰が漏らすか!」
案の定妖夢がぎゃーぎゃー騒ぎ出した。
「あーお姉様、うるさいなぁ。……死んじゃえ」
と、フランが寝ぼけながら枕ミサイル発射、ルーミアに直撃。
「やられたー」
「なんとも面白い連中である。私はそう思った」
「何を他人事みたいに言ってるの。いつも燐香が騒ぎの中心でしょうが! そのせいで私まで四馬鹿の仲間入りだよ! 畜生!」
「えー。私は寿司でいうガリ、蕎麦でいうネギみたいなものですよ。主役は妖夢にお譲りします」
「全然意味がわからない」
「つまり、明日は朝からお寿司にしましょうということで」
「我が儘言うな発想を飛躍させるなボケを重ねるな!!」
「――おお。今宵の妖夢はツッコミが冴えてますね」
「やかましい!」
それはともかく、想像するのが恐ろしい。神、人間、妖怪の血みどろバトル。メガテンが再現されそう。
「とにかく、もし異変になったら私はここで地蔵になってます。うん、きっと来世では閻魔さまになれますね。私は慈悲深いことに定評がある素敵な閻魔になりますよ」
「あはは。今度あの閻魔に言っておいてあげるね」
復活したルーミアがしゃしゃりでる。それをされると私のお尻に悔悟棒が叩きつけられるのである。
「またお尻を叩かれるのは嫌なのでやめてください。次こそお猿さんになってしまいます」
「それは私の台詞だよ! というか燐香が閻魔になったら、天国が地獄になるから絶対にやめろ!」
「閻魔になったときのモットーは『地獄にもっと笑いを』でいこうかと。もっととモットーをかけてみました」
映姫から座布団をもらうことが私の小さな目標である。それを言ったら、白い目で見られてしまった。ついでにお尻に一撃。何故か妖夢にも。連帯責任とは恐ろしい。
「面白くねーし! というか四季様には言わないでよ! 本当に!」
妖夢がお尻を擦りながらプンプン怒っていた。
それはともかく、いよいよ風神録開幕だ。私は白玉楼にいるので、魔理沙あたりから話を聞くだけになるだろう。早苗とはゲームの話とかで盛り上がってみたいけど、はてさてどうなるやら。とんでもない修羅だったらやばいので、警戒が必要だ。なにせ、既に妖怪ぶっ殺す宣言してるわけだし。なんにせよ、私は一応謹慎中の身分なので、異変が終わるまではここに篭っていよう。明日は何をやろうかなー!