ゆうかりんか   作:かしこみ巫女

81 / 89
第七十六話 涙脆い観測者

「――ッッ!!」

 

 姫海棠はたては、白昼夢から醒めたかのように、意識を取り戻す。すると、目の前には黒髪の美人の姿。永遠亭の蓬莱山輝夜がお茶を呑気に啜っていた。その背後には八意永琳が目を光らせたまま控えている。

 

「おはよう、はたて。ご気分はいかがかしら?」

「……え、永遠亭の姫様? あれれ? 私は」

「え? え? ええっ!! な、何なの。今のはなんだったのよ!?」

 

 となりでは、同じく意識を取り戻したらしい射命丸文が、慌てふためきながら悲鳴をあげている。

 はたてはチカチカする視界に頭痛を覚えながら、ちゃぶ台の上に置かれている携帯を手に取る。段々と状況が飲み込めてきた。

 

 どうやらここは永遠亭。妖怪の山を抜け出したはたてたちは、何故かは分からないが八意永琳に保護され、強引にここまでつれてこられたのだ。そして、文と一緒にこの和室に押し込まれた後、急に意識を失ってしまったのだ。

 本当にわけが分からない。分からないといえば、今の謎の光景。今まで生きてきた中で最悪の部類に入る悪夢を連続で見てしまった。四連続の悪夢って。自らの精神の不安定さを表わしているのだろうか。否定できないのが、はたての悲しいところ。

 

「どういうことなのか。もしかして、姫様の仕業とか?」

「そ、そうに決まってるでしょ! なんでか私まで巻き込まれてるし!」

「近くで怒鳴らないでよ。耳が痛いし」

「大体ね、なんで私まで亡命とか訳分からない事に! 全部おまえのせいだ! この馬鹿はたて!」

「うるさいなー。話が進まないから、文はちょっと黙ってて」

 

 ちゃぶ台の上にあった饅頭を、文の口に押し込む。もごもごと暴れていたが、なんとか消化を終えると、怒気を露わにしながらも文は押し黙る。空気を読んだのだろう。

 

「説明? 何の説明が必要なのかしら」

「何のって。私たちをここまで連れて来たわけとか」

「貴方が逃げてたから助けてあげたの。それだけよ」

 

 あっけらかんと言い放つ輝夜。だが、その言葉を鵜呑みにはできない。妖怪の山を抜け出し、白狼天狗の追っ手がかかったのは直ぐだった。つまり、はたてたちが山を抜け出す事を知っていなければ、永琳と鈴仙を向かわせることはできないはず。

 つまり、輝夜はこうなることを“なんらかの手段”で知っていたことになる。彼女の能力の一部なのかは分からないが。

 

「それだけって、絶対に違うでしょ。……姫様は、私、いや、私の能力に用があったんじゃない?」

 

 はたてはカマを掛けてみた。すると、輝夜は嬉しそうに笑顔を作り、手を一度だけ軽く合わせた。

 

「うふふ、正解よ」

「やっぱり。……私の念写能力?」

「とても素敵な能力だと思うわ。何が起こるかは大体分かっても、私には映像にして皆で見るなんてできない。だからね、貴方の力を借りて、皆と一緒に見てみたかったの。いつもと違って、新鮮な体験ができたわ。ね、永琳」

「まぁ、それは認めるけど。色々と研究してみたいのは確か。ただ、姫が物好きなことには変わりないわね。それと、私は事象以外には、本当に興味がないから」

 

 永琳はつまらなそうに言ってのけた。本当にどうでもよさそうだった。彼女にとっての世界とは、蓬莱山輝夜だけなのだろう。

 

「ああ、それじゃあ駄目よ永琳。もっと感受性を強くしないと、世の中を楽しめない。私なんてついほろりと来てしまったわ。そうね、いずれははたてくらいにはなってみたいわね」

「――え?」

「本当に素敵な顔してるわ」

「え? え? って、か、顔」

 

 はたては、何を言われてるのか分からなかった。が、顔面の違和感にようやく気がついた。涙と鼻水がカピカピに乾いた跡がある。なんか凄く気持ちが悪くなってきた。鏡を見たら悲鳴をあげるだろう。

 

「か、顔が! 顔がなんかやばい!」

「ちょっと静かにして。はい、布巾。熱いから気をつけて」

 

 鈴仙がアツアツの布巾を手渡してくれたので、素早く受け取り、顔を一気にふき取る。

 

「あっつ!! マジであっつ!」

「だから言ったのに。馬鹿じゃないの」

 

 そう言っている鈴仙の目は赤かった。兎だからだろうか。でも、この前はそうじゃなかったような。しかも鼻声だし。

 というか、てゐと他の兎たちも隣の部屋にいることに気がついた。兎たちは涙をボロボロと流している。てゐはそれを笑顔で慰めていた。兎たちは、謎の装置から映し出されている映像を見ながら泣いているようだった。しばらくすると、その映像は灰色に染まっていった。

 

「……なに、それ。それに、今の映像って」

「貴方と姫の能力を使って念写した映像を、記録できるか実験していたの。中々興味深い成果を得られたことには感謝するわ。まぁ、視点を操作できないのは頂けないわね。観測機としては落第ね」

 

 永琳は立ち上がると、装置のスイッチをオフにする。灰色の世界が消えてなくなった。胸がズキリと痛みを訴える。

 

「……私と、姫様の?」

「ええ。どれも素敵な物語だったわ。だって、思わず心が震えたもの。貴方も、そう感じたのでしょう? 誰よりも近くで見ていたのだから」

 

 輝夜の言葉。さっきから、何を言っているのか良く分からなかった。だが、もしかしてと思う。

 ――もしかして、悪夢だと思っているあの光景は、全て真実だとでもいうのだろうか。

 だが、おかしい。何もかもがおかしい。経過と結末がどれも違うのは一体どういうことだ。歴史が何個も存在するとでもいうのか。世界は一つのはずなのに。そもそも、まだそんなことは起こっていない。彼岸花の異変は、兆候を見せ始めたばかり。

 

「あのー、ちょっと宜しいですか。お話がよく分からないのですが、さっきの思わず笑ってしまう不幸な物語は、実際に起こったことなのですか?」

 

 文の空気を読まない発言に、はたてはキッとして睨みつける。当然ながら文はどこ吹く風。

 

「どこに笑える要素があったんだ! このボケっ!」

「だって私には、全く、これっぽっちも関係ないからねぇ。どれも記事にしたら面白そうなのは確かだけど。あ、ルーミアさんのだけは頂けませんでしたが。なにあの真っ黒! 冗談ははたての頭だけにしなさいよ」

「相変わらず捻くれてるわね。死んじゃえ!」

 

 はたては手にしていた携帯をなげつける。文の顔面にもろに炸裂する。

 

「ぶへっ!! い、痛い。が、顔面はなしでしょうが! なんてことすんのよお前は!」

「うるさい! 死ね薄情者! 出歯亀天狗! 変な苗字!」

「ひ、引き篭もりストーカー女の分際で!! 大体姫海棠の方が変な苗字でしょうが!! 喰らえッ!」

 

 プルプルと震える文は、携帯を全力で投げ返してくる。よけられない。はたての額にクリティカルヒット。角が直撃して、思わず涙が滲み出てくる。

 

「楽しそうで羨ましいわ。私と妹紅みたいじゃない? ねぇ、永琳」

「はぁ? 私には全く理解できないわね」

「それはね、貴方が理解しようとしないからよ」

「したくもないわ。馬鹿馬鹿しい」

「つれないわね、永琳は。ま、いいか。それで、さっきの質問だけどね。半分正解といったところかしら」

「半分?」

 

 輝夜の言葉に、文が首を捻る。

 

「え、ということは、まだ、起きてないの?」

「それも半分正解。この世界でまだ起こっていない。あの映像は、起こりうる未来、或いは起こってしまった未来。要は、観測する地点の問題というわけね」

 

 輝夜は楽しそうに、蓬莱の枝を取り出し、幹の部分を指し示した。枝分かれした未来ということを示したいのだろうか。

 

「観測する地点……。ちょ、ちょっと待って。ということは、まだ?」

「ふふ。今頃、紅魔館が制圧されたところじゃないかしら。つまり、全てが動き出すのはこれからよ。考える時間は、まだ残されているみたいね」

「と、ということは。まだ、あの結末が回避できるってこと!? い、急がなくちゃ!! ふげっ!!」

 

 はたては立ち上がり、文の身体にひっかかって盛大にこけてしまった。

 

「じゃ、邪魔くせー!! なに呑気に座ってんのよ!」

「ああ!? こ、こんのクソ天狗!! お前が足元を見ないからだろうが!」

「うるさいな! もう時間が無いっていうのに! 文はもういいからどっか行っちゃいなよ!」

「私はお前に巻き込まれたんだよ! 反逆罪に巻き込んだ責任を取れよ! あああああ、本当にどうすんのよもう!!」

 

 ぎゃーぎゃー喚く文。耳を押さえながら、はたてはひとまず座る。巻き込んでしまって悪かったという思いはちょっとはあるから。ここは一言フォローが必要だろう。一応友達のつもりだし。文は違うと言うだろうが。

 

「うん、ごめんね、文。全部私のせいにしていいから、もう帰っていいよ」

「ふざけんな! こうなったら最後までくっついて特ダネゲットさせてもらうわよ! この騒動の真実を知るためだったということにすれば言い訳が立つかもしれないし!」

「あ、あっそう」

 

 はたてはその執念深さに感心すると共に、これからの行動について考えをめぐらせることにした。

 

(どう動けばいいのか、考えないと。考える考える。頭を回して考える。ぐるぐるぐるぐる)

 

 両こめかみに指を当てて、どこぞの小坊主のようにぐるぐると回してみる。

 見てしまった、見させられてしまった結末は、どれも燐香が破綻したことで起こっている。最後を見届けるのが誰かの違いはあるが。今更はたてがどう動こうとも、なにも変わらないような気がしてならない。

 確かに、自分は紫のバラの人を名乗り、ちょくちょく手助けをしてきた。だが、それがはたてだと燐香は知らない。それに、友人というほど親しいわけでもない。自分が勝手に見守り、勝手に手助けしているだけなのだから。文いわく、ストーカーと言われるのは納得がいかないが、出歯亀と同レベルというのは否定できない。

 

「むぐぐ」

「な、何よ急に唸りだして」 

「い、いや。どうしたらいいのかなって」

「はぁ? 行動するんじゃなかったの?」

 

 文はまずは動く行動派。はたては考えても結局動かない慎重派。その慎重派筆頭家老のはたてに動けというのは本来酷なのである。焦るばかりで思考が纏まらない。

 

「だから、何をしたらいいか考えてるの!」

「さっさと会いにいけばいいじゃない。直接見て聞いて考えれば答えは直ぐにでるでしょ」

「向こうは、私のことただの顔見知りくらいにしか思ってないの。実際合ってるし。私、ただの引き篭もりのぼっちだし。魂の篭った説得の言葉とか、何も思いつかないし」

 

 言葉とともに、力が抜けていくのを感じる。永琳や鈴仙の白い目が痛い。だって、実際その通りなのだから仕方がない。

 

「自分を卑下するものじゃないわ、素敵な天狗さん。鍵は、確かに貴方が握っているのよ。この世界の観測者は、貴方」

 

 輝夜の言葉。顔は相変わらずの笑顔。からかっているのだと思うが、感情がまったく読めない。

 

「わ、私が鍵を」

「ええ。横紐のはじまりは貴方だもの。貴方が何よりも、誰よりも強く否定したから、“絡まり”が始まった」

 

 言葉の意味が分からない。取りあえず、横に置いておく。

 

「……どうしたら良いか、もしかして、姫様には分かってるの?」

「ふふ。それは自分で考えなきゃ駄目よ。そうじゃなきゃ駄目。でも、この難題を無事に解決できたら、結婚してあげてもいいわよ?」

「ぶふっ!」

 

 輝夜がとんでもないことを言った瞬間、お茶を飲んでいた永琳が、思いっきり噴出した。そして思いっきり咽せこんでいる。それを見て、少しだけ頭が冷えてきた。

 あの四つの映像、何か違和感がなかっただろうか。具体的に、二つ、妙なところがある。

 

「あらあら。永琳の醜態を見て何か閃いたのかしら。素敵な表情に変わったけど」

「…………」

 

 永琳の視線が怖い。

 

「アンタ、そうなの? 面白いネタなら教えなさいよ」

「待って、文。ちょ、ちょっと静かにして。何か掴めたような」

 

 はたては、ポケットからペンを取り出し、ぐるぐるぐるぐると回し始める。ぼっちの間に身につけた熟練の技。その華麗さに、鈴仙は呆れながらも驚いている。輝夜とてゐ、そして兎たちは大きな拍手だ。永琳は真似をしようとして失敗していた。なかったことにしようとしているが、しっかりとはたては見ていた。

 

 それはともかく。まず一つ目から考えよう。ある物が、形を変えながら移動しているのだ。あれはどういうことだろう。素直に輝夜に聞いてみる。とぼけられても構わない。

 

「私があげた、携帯カイロ。あの道具、おかしいよね。絶対おかしいと思う」

「正解。横の紐が絡まっている要因の一つ。どうしてかは分からないけど、移動しているの。所有者と、形を変えながら」

「…………もしかして?」

「あるかもしれないわね。ここにも」

 

 ぐるぐるぐるぐる。あの携帯カイロ――携帯回路は、黒と白を内包しながら回っていた。

 奇しくも、あれははたてが見つけてきたもの。河童のバザーでたまたま見かけて、何故か目を惹かれてしまったもの。

 ……あれ、そうだっただろうか。なんで自分は目を惹かれてしまったんだっけ。そもそも、いつ買ったんだっけ。良く思い出せないけど、何か――。

 

 ――フラッシュバック。咲き乱れる黒い花。床に散らばる紫のバラには黒い液体。はたては両手を見る。はたては、誰かの首を絞めていた。その首は、歪な方向に捻じ曲がっている。両手を離すと、その身体からは黒い瘴気が生じて、霧散していく。

 文がはたての肩を優しく叩いている。仕方なかったのだと。仕方なくない。でも、違うのだ。

 身体を震わせながら、はたては違うと叫んでいる。いつまでも、叫んでいた。

 それは可能性の一つ。アリスの前は、はたて。回路の一番手は、私か。

 

「うっ」

 

 込上げてくる強烈な吐き気。思わず口を押さえる。首を折った感触がリアルに思い出された。花の茎を手折るように、ぽきりと。

 

「大丈夫かしら。とても、混乱しているみたいだけど」

 

 輝夜が背中を擦ってくれた。身体と心が温かくなる。なんだか気分が一気に楽になった。そして、記憶に僅かに靄がかかる。

 

「あれ、えっと。あれれ。あー、なんか変な感じだった。とにかく、回路は重要よね。あれは大事」

 

 思考がそれてしまった。今大事なのははたてが見つけた回路。なんとなく手に入れたそれが、流れ流れて形を変えていくというのはなにやら妙な感じである。もう最初の原型を留めていないし。まるで転がる石みたいだ。形を変えながら、流れのままに移動していく。

 ――そういえば。あのぐるぐる回る仕組み。他にも見覚えがなかっただろうか。ぐるぐる回りながら、全てを取り込む。うーんと悩むが、直ぐには答えが浮かばない。一旦保留だ。だけど、重要な気がする。後で絶対に思い出そう。

  

 次の違和感。いなければならない、ある人物が全く登場しないのだ。最後まで、絶対に諦めてはいけない人物。それが、どの結末でも全くでてこない。それを拒絶するかのように。これは、どういうことだろう。

 

「風見幽香?」

「正解。縦の紐がほつれている原因。彼女はどの結末も受け入れる事を拒絶している。絡まることはないけど、動かない、動けない。それゆえに、物語の行方はまだ確定していない」

「……え?」

 

 さっぱり分からない。自慢ではないが、頭は良くないのである。腕組みをするはたてに、永琳が呟く。

 

「つまり、まだ観測されていないということよ。地上だと、猫箱のたとえだったかしら?」

「あ、師匠。私それ知ってますよ。箱の中に猫を入れて、毒ガスを入れるんですよね。で、しばらくして開けたら死んでるんでしたっけ」

「それって至極当たり前の話じゃん。というか、鈴仙は猫を殺して楽しいの?」

 

 自慢げな鈴仙に、てゐが馬鹿にした感じでツッコミを入れる。

 

「楽しくないわよ! これは何かの実験の話なの。だから、私がやったんじゃなくて」

「猫殺しの鈴仙だー。猫鍋とか好きなの?」

「違う!!」

 

 てゐと鈴仙がじゃれあっている。煩いのでどこかに行って欲しいが、ここは彼女達の家だった。

 永琳は彼女達の存在をなかったことにして、話を続ける。

 

「生きている状態と死んでいる状態が等価に存在する。観測した瞬間、つまり、箱を開けた瞬間に生死が確定する。私たちはその二つが合わさった状態にいるということ。だから、未来は不確定。姫と貴方の能力でも、観測できない。箱が閉められているから」

「は、はぁ」

「この猫箱のたとえ話は、そもそもそんな状態は起こりえないという主旨だったのだけど。結末はどうなろうとも構わないけど、興味深い事象ではあるかしらね」

 

 なんだか頭がおかしくなりそうだが、この世界ではまだ結末が確定していないということを言いたいのだと思う。じゃあ他の世界ってなんだとそういう疑問が浮かぶのだが、良く分からない。それを平然と語る輝夜は一体何者なのだとか。どういう能力なのか、さっぱり分からないし分かりたくない。

 今重要なのは、異変をすぱっと解決したとき、燐香が無事に生きていることである。そうすればバッドエンドは無事回避でき、はたてはこの親子の物語の続きを見る事ができるというわけだ。分かりやすい。

 

「良くわかんないけど、燐香を助けるために行動すればいいってことよね。その二つの要因をなんとかして」

「は、はたてがやる気に満ちているなんて、明日は雪ね。ま、私には関係ないからどうでもいいけど。精々良いネタになってくれれば」

「よし、まずは携帯回路を探しにいかなきゃ。ついでに、計画を止める必要もあるのかな。あーやること多すぎっ! 死んじゃう!」

 引き篭もっていたから、体力には自信がない。打たれ強さもない。こういうときは、何でも使うのが吉である。

 

「ま、頑張ってよ。私は隠れて――」

「それじゃあ行くよ、文! またね、姫様!」

「ちょ、な、なにを。私は私で動くから――」

「いいからいいから!」

 

 はたては、文の腕を掴んで再び立ち上がると、翼を大きくはためかせる。

 

「頑張ってね。この私がお節介を焼いてしまったんだから、上手くいくことを祈ってるわ」

「もちろん頑張る。ちなみに、どうしてここまでお節介を焼いちゃったの? 貴方は姫様なのに」

「それはね。あの子が、どの結末でも私との約束を忘れていたから。何かやるときは人質にしてねって、ちゃんと言ってあったのに。守ってもらうには、まだまだ生きてもらわないと」

 

 そう言って、輝夜は楽しそうに微笑んだ。

 はたてはなるほどと頷くと、上空へ向かって飛び出した。嫌がる文を強引に引き摺って。目指すはアリス・マーガトロイドの家。人形遣いを止め、更に携帯回路を回収しなければならないだろう。

 

「ぐるぐるが重要ね。うん」

 

 はたての頭で、何かが形を作り出していく。それは西行寺幽々子の頭の変な模様と一緒。大事なのはぐるぐるだ。近からず、遠からず。白と黒はそれが一番いいような気がする。となると、どうするのが最善か。時間はもう半日もない。なにが出来るかは分からないが、やってみる価値はある。

 数十年間、彼女達を見届けてきたのだ。もう少しくらい手助けしたって、いいじゃないか。

 

「アンタ、今までで一番やる気に満ち満ちているわね。あのさ、そのやる気を、仕事とか生活に活かしなさいよ。」

「それはやだよ、面倒くさい。それにもう亡命しちゃったし。妖怪の山に戻るくらいなら首吊って死ぬから」

「……はぁ。もう私は知らないわ。好きにやって好きに死になさい。もう止めないから」

「うん、言われなくてもそうするし。あ、私の葬式には出てね」

「……本当に訳がわからない。前から言おうと思ってたんだけど、躁と鬱を繰り返すのを止めなさいよね。腐れ縁の私が迷惑だから! 私みたいに、常に冷静でありなさいよ。大事なのは平常心。アンタも記者のはしくれでしょうが」

「うーん。新聞作ってるけど、別に記者じゃないし。食べていくためにやってただけだし。というか嫌々やってた」

「……なんというか。馬鹿につける薬はないというか。こっちが鬱になりそうだわ」

 

 げっそりとする文。一方のはたては頭をぐるぐるとフル回転させていた。

 

「今凄いヒントがあったような……。電流が流れた感じがした! えっと、躁と鬱。ということは白と黒だよ。それらがぐるぐる回って回って、最後に大事なのは平常心。平常心を保つ為にぐるぐるぐるぐる回るんだ。ん、そっかー! 閃いたっ!!」

 

 はたては満面の笑みを文に向けてやった。ご機嫌なVサインつきで。

 文は魂の抜けるかのような深い溜息を吐いた。顔はげっそりとしている。

 

「……駄目だこりゃ。手遅れなまでに悪化してるわ。本当に一度死ななきゃ直らないかも」

「いけそう! きっといけるよ!」

「アンタに付き合ってる私が逝きそうだよ」

「ごめんねー」

「少しは誠意を篭めろ、この馬鹿!」

「お詫びに私の宴会芸を見せてあげるから」

 

 はたてが得意気に両手で二本のペンをぐるぐる回して見せると、文が忌々しそうに舌打ちしてくる。彼女はペン回しが苦手なのだ。はたてが勝てる唯一のこと。

 

「……ま、精々頑張りなさいよ。アンタの無様な姿、後ろでしっかり見ててあげるから」

「うん。頑張る」

 

 ――きっと、今度は大丈夫。考えは、纏まった。




最終話、及びエピローグを書き終えました。
土曜で見直して、日曜に投稿したいと思っております。
もう少しとなりますが、最後までお付き合いいただければ幸いです。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。